ARMORED CORE BATTLE FIELD OF RAVEN



第8話 地下通路−黒い翼駆りて−
 実は文明的な人類の中で「〜はいつ始まったか」という質問で一番答えが得られないのは歴史家である。  『ポツダム宣言』や『ヤルタ会談』の様な事実は一つだが、そんなモノは本を読めば分かる。  私が言うのは『事実の起源』である。  例えば私はこう問おう『第二次世界大戦はいつ始まったか』と。  ある者は言うだろう、『目標に向けて一発目の砲弾が放たれたとき』と。  ある者は言うだろう、『ある国からある国へ宣戦布告が行われたとき』と。  ある者は言うだろう、『第一次世界大戦が始まったとき』と。  そしてまたある者は言うだろう、『人類が文明と国という概念を手に入れたとき』と。  これだから歴史という物は興味深い、多くの歴史家が同じ出来事に違う解釈をし、そして糧となる。  当時の人間が命を賭けた出来事さえも、歴史家からすれば只の糧でしかない。  そして歴史家となった当事者にしても、それは糧でしかないのだからより興味深い。
ヨーゼフ・エルンスト『歴史論』序論より
 深夜、市民区画オフィス街外縁部。  ドリップグリード社、受付。  そこに青年がやってきた。  「現在、本日の通常営業は終了しています、明日お願いします」  「いや、別に取引の話ではない、フリッツ・ドーラスを呼べ」  「ドーラス? ドーラス社長ですか?」  「そうだ、クリフ・アンダーソンといえばわかるだろう」  「クリフ………クリフ会長!?」  『さて、どうかな? 名前を語る偽物かもしれないよ?』  「………暗号了解、社長をお呼びします」  「ドーラス社長、クリフ会長がお呼びです、え? はい、分かりました、第3会議室へお願いします」  「わかった」  ヒラヒラと手を振るとエレベーターに乗り込んだ。  第3会議室  「失敬」  丁寧という表現からは程遠い口調で部屋に入る男。  「どうした、ラグ」  「それは一応社外秘というか機密事項なんだが」  「かまわんだろう、現在会議は2つ隣の第1会議室で行われているし、この部屋はクリーニング済みだ、盗聴の心配はない」  「熱心だな、何か新製品か?」  「現在モルッカ産の豆が栽培に成功してな、ブレンドに手間取っている」  「そうか」  既に分かったと思うがこの会社は表も裏もコーヒーの会社であって兵器の類を開発する会社ではない。  「それでどうした? 裏世界のラグ・ヴォイドとしてか? アンダーソン小財閥長クリフ・アンダーソンとしてか?」  「………ラグ・ヴォイドとして、だ」  「で、何をしたいんだ、ラグ」  「いや、どうということはない、ただ倉庫の端を貸してくれ」  「別に構わないが………爆発などの危険のある物は空いてる地下2階の第7倉庫を使ってくれ」  「分かった、恩に着る、返礼として、アンダーソンとして、南アメリカ産のコーヒー豆を20トンやろう」  「………さらにブレンドを悩ませる気かい」  苦笑しつつ彼は言った。  「ついでにジュース用の砂糖もくれてやろうじゃないか」  その苦笑はさらに苦々しい笑いになった。  ナイフで後ろから首を一撃で切り裂く、男は音もなく倒れる。  体を受け止め、物陰に死体を隠す。  「さて、逃げるか………」  ゴミ捨て場に死体を置き、血も殆ど無かったのでちょっと見にはただのゴミと浮浪者にしか見えない。  「逃げるとすれば、都市全域に根を張るエアクリーナーか、下水道か………」  さすがに下水道は人として嫌だったのでエアクリーナー内部に逃げ込むことにする。  「さて、水と食料は精々三日か、長期化したら日干しだな、調達ルートの確保くらいはしておきたいが………おっと!」  さっと入り口の陰に隠れる、3人だ、服装と装備からして恐らく『敵』だろう。  物陰から顔を見る、知り合いの顔ではない、とすれば気付かれる前に逃げるが得策だろう。  「心臓停止!」  「ボスミン心注! 電気ショック用意! 輸血は続けろ!」  ああ、心臓が止まったのか、でも何か感じるな、耳は良く動いている。  足音からそれがどんな人間なのかも分かる様な気がする。  ん、何の声だ? 遠い場所、この部屋の外か?  「やはり、この研究は中止するというリオル様の考えは正しかったのだ」  「しかしな、これほどの成功を収めるというのはある種最高の成果だぞ」  「その最高の成果を収めたところで閣下が消えたらその後はどうなるというのだ!」  「大丈夫だろう、こういう時、助けられた人間というのは得てして助かる物だ、少し落ち着け」  お前は落ち着きすぎだ、ギーレン。  「だが、どうするのだ? もし死んでしまわれたら」  「安心しろ、その時は『確実に死なない』手段がある、閣下もその手段には了承済みだ」  ああ、あの手段を使うのか、なるほど、それなら………  どうやら少し眠っていたらしい。  先ほどの残務は全て整理してある、少しは気が紛れたか。  今この部屋には誰もいない。  そして彼は十字を切る。  別に彼はキリスト教徒というわけではない。  彼の生まれ育った環境がキリスト教圏だったが為に『神に祈る』という行為がキリスト教系の物になってしまうと言うだけの話だ。  とはいえ、地球歴に入ってから人類の混血が進み、地方文化が世界中に広がり、  文化的に混沌となった『現代』では仏教徒が教会やモスクに祈りに行く、というような事も往々にしてある。  特に珍しいことではない。  私はこれより稀代の殺人者となろうとしています。  私の手が汚れぬのは代わりに手を汚す者が居るだけです、だからこそ罪は私がかぶります。  だからきっと、悪魔と共に多くの人間を虐殺します、願わくば神の御手にてお救い下さい。  そして願わくば、多くの人間を救うための力をお与え下さい。  人を切り裂くための錬磨と鍛造の極限、極東の旧時代の文化の一つ長刀『正国』  そして古き時代の対物(アンチ・マテリアル)ライフル『バレットM82A1』  両者とも、実戦的であり、只の人間なら近づくことさえできないだろう。  だが安心はできない、やつは悪魔なのだ、人間ではない。  人の作り出した悪魔だ、だからこそ人間が倒さねばならない、それが『作り出した者』の責任であり、義務だ。  そうして彼は空を往く。  旧時代の遺物であり、失われた技術の結晶、空中戦艦に乗って。  私たちの間の数少ない定説を一つだけ紹介しておこう。  『英国本土空中戦(バトル・オブ・ブリテン)』はいつ始まったか。  『馬鹿馬鹿しいことだが、ライト兄弟が飛行機で飛んだときから既に始まっていたのだよ』
ヨーゼフ・エルンスト『歴史論』第3章序文より
第8話 完

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