ARMORED CORE BATTLE FIELD OF RAVEN



第6話 偏愛−因子を孕んだ家族−
 走りながら彼女は思う。  ACで走りながら彼女は思う。  通信装置を使いながら彼女は思う。  今思えば崩壊の要因を孕んではいたと思う。  『空挺騎士団(エア・ナイツ)、応答して、空挺騎士団!』  両親に偏愛される兄、両親に阻害された妹、その妹を偏愛する兄。  例えばそこで、兄が居なくなったら、どうなるだろう。  車の中で兄は思う。  8年前のあの日を、寂しそうな妹の顔と、妹をまるで『存在しないかのように』自分に笑顔を向ける両親の顔を。  今思えばそれは不自然だった。  妹は学校にも行かせてもらえていない。  友達を連れて行った時も、まるで侍従のように振る舞うように教育された妹。  そうだ、それは不自然なんだ。  そんな思考がふと途切れる。  「ラグ、伏せろ」  「どうした?」  「狙撃部隊が展開しているようだぞ、それに見ろ、戦闘の跡だ、間違いない」  暗くて見難いが、蜂の巣状に穴の開いた車、それに、炎上していたであろう焦げた車がそこにあった。  「なんだと、ここはお前達の家だろう?」  「ああ、だが、間違いはない」  「分かった、お前を信用するぞ、で、どうする?」  「この大型トレーラーは多少のダメージは関係ない、踏みつぶせ」  「………いいねぇ、その単純な方法」  心底おかしそうにラグは苦笑した。  『こちら狙撃班1(スナイプワン)、目標車の停止を確認、伏せたためか、ドライバー及びターゲットを確認できません』  『………気付かれたと言うことはないだろう、現状で待機、隙を見て打ち抜け』  『了解』  そう言うと再びスコープをのぞき込む、こっちは廃車に開いた穴から覗いてるんだ、気付かれるはずがない。  だが、その覗いた箇所で、信じられないことが起こった。  大型トレーターが各所に機銃を乱射しながら突っ込んできたのだ。  廃車は押しつぶされ、中の人間は即死だろう。  『こちら偵察班3(サーチスリー)、狙撃部隊が撃破されていきます』  『ちっ、まさか気付かれるとは、仕方あるまい、部隊をまとめて作戦Bに移行しろ、損害を抑えて撤退するんだ』  『了解!』  「これで全部か?」  「多分な、少なくとも敵は探知されていない」  「よし、ではこれからどうする?」  「とりあえず、無駄かも知れないが部屋に戻る」  「正気か、部隊が待ちかまえているのは間違いないだろう」  「ノア達は部屋にいたはずだし、奴らが黙ってやられるとは思えない、しかしピンチになってる可能性はあるだろう」  「………分かった、良いだろう、つきあってやる」  愛用のサブマシンガンを用意しながらラグが言った。  「さすがだな、話が分かる」  「ただし、危険だと思ったら逃げるぞ、多分敵は相当数居る」  「分かってるさ」  15分後、シティーホテルの一室  3人の男が円卓に座っていた。  「張よ、そろそろ諦めて我々に任せたまえ」  「いや、敵は所詮10人にも満たない連中だ、その上我らには無傷の2個大隊がある、残った1個大隊にしても………」  「だが、それではローラー作戦の際に支障が出るだろう」  「リリエンタール卿、それは貴君らに任せても同じであろう?」  「エイガー卿、君のように殲滅兵器を統括する部署にはわからんだろうが」  「私は理解している、これでも3年前まで構成員として前線に出ていた身なのだからな」  「フン、その経験もすっかり錆び付いたと見える」  「よしたまえ張卿、我々が意地の張り合いに汲々としている間にも状況は変わるのだ」  「時にギーレン卿はどうなされた?」  「リオル閣下からの特命で行動中だそうだ、全く閣下もあの新参者をなぜああも重視なさるかわからん」  「それは卿のように何十年も地位の座にしがみつく者よりも信頼が置けるからであろう」  「な、なんだと!」  同時刻、シティー議長室  「警備兵は制圧しました、ギーレン卿」  「ご苦労だった、そしてもう一度言います市長、我々からの要求を飲んで頂きたい」  「何故かね?」  「我々の目的を果たすためです、そして、『過去の禍根』を断つためです」  「『後の世の為』ではなくかね?」  「ええ、その為に、準市民街と、非市民区画を一時期だけ閉鎖して欲しいのです」  「私は市長だ、だが市内を一部でも閉鎖するような場合は議会の招集が必要だ」  のらりくらりと議論を先のばしているようだが、市長は隙を窺っていた。  目の前の司令官さえ倒せれば、状況は変わる、そう考えていた。  「時に、市長、貴方に息子さんはおりますね?」  「………脅そうとしても無駄だぞ」  「いえ、そんなことは致しませんよ、この文章を読んで頂きたい」  恭しく手紙を机の上に置いた。  注意しつつ拾い上げ、読んだ。  「………わかった、良いだろう、24時間の期限付きだが閉鎖してやろう」  「感謝します、ラサシティー市長クレス・ヴァーノア様」  机の上に放り出された文章の最後に、こう書かれていた。  『リオル・ヴァーノア』と  こんなはずではなかった、もう何度思ったことか。  だが、今夜は今までの人生の総数を超えるほどに思った。  指揮下の1個隊が全滅し、今彼自身も残る数個隊で応戦中だった。  狭い場所では数の優位を生かせない、そう分かっていても広い場所がない以上、戦いようが無かったのだ。  「敵の現在位置は?」  「この暫定司令部から直線距離で約300、3階の階段で目標と交戦中」  「よし、連中が通った穴があったろう、そこから20人ほどを向かわせて後方から攻撃させろ、近接戦だ」  暫定司令部とは、一応各種器具が揃った場所、すなわちジオ達の住んでいたこの部屋である。  「指揮は君が執れ、私はこちらで敵の足止めをする、急ぎたまえ」  「了解」  この失態を埋める、即ち目標を捉えることが出来なければ彼は死を持って粛正されるだろう。  それは彼にとって恐怖だった、企業より歩兵指揮官として組織に引き抜かれて2年ほど、  その間辛酸も舐めたがこうして3個小隊を扱うまでになったのだ、ここで負けるかという思いがある。  しかも今度は少数人数、例え有効でなくとも正面からの攻撃で勝てるはずだったのだ。  それがなんだ、こんなはずではなかったのだ!  「くそっ!」  こうして自分が陣頭指揮を執るのは何度目か知らないが、そのたび部隊は勝利してきたのだ。  「負けられるか!」  彼は部屋を飛び出した。  「撤退だ!撤退しろ!」  3階の階段を突破した。  手榴弾を、築かれたバリケードを構成していたコンクリート片とともに投げつけ、油断していたところで爆破させる。  大半が上半身を乗り出しているので爆風をまともに受けて倒れ伏すという算段だ。  ある種ユニークな方法で前線を突破し、現在は4階の階段に向かっている。  だが、同じ方法はもう使えまい。  今までがそうで、突破し終わるまでそうだろう。  「だとしたら」  ジオは考える、先ほどまで敵が使っていたバリケードに隠れ、そこに落ちているマシンガンの残弾を数えながら。  「ラグ、さっきの方法でまた行くぞ」  「馬鹿言うな、さっきの方法じゃダメだろう、上にその方法は伝えられたに違いない」  「だから、今度はな………」  そっと耳打ちする。  「よし、それで行くぞ」  敵の弾幕が途切れる一瞬前に、コンクリート片と手榴弾が放られた。  「伏せろ!」  予想通り全員が伏せた。  恐らくバリケードの向こうで待ちかまえて爆発を待っているに違いない。  時間差でもって再び手榴弾を放り投げた、今度は先ほどよりも強く、遠くへ。  爆発と同時に弾幕を作ろうと顔を上げた瞬間、手榴弾が『後方で』爆発する。  撤退する間もない、全滅だった。  「よし、後は廊下だな」  そう言うとジオは残っていた手榴弾を全て階下に放り投げる。  ピンは抜かれていた。  爆発で階段から上に上がろうとしていた部隊は吹き飛ぶ、上がろうにもその階段は爆破されていてもう使い物にならない。  「良く分かったな」  「いや、ただ自分の退路を塞ごうとしただけさ」  どこまで本気か、目を細めて笑った。  「ふん、まあいいさ、残り約100メートル、弾幕は濃いぜ」  自分で言った『初老』とは思えないほど、若々しい顔で言った。  「上等!」  足下に転がっていたバズーカを拾い上げ、撃った。  「弾切れか!」  入り口が見えた。  銃撃戦の跡が見てとれる、だが現在戦闘が行われている様子はない。  「逃げ切ったか?それとも………」  逃げ切ったと思う、そう思わなければ正気を保てそうもない。  この濃い弾幕の中に飛び出してしまいそうだった。  「そのことは考えるな、今は部屋の状況の確認だ」  「………分かってるさ」  壁に隠れて部屋の正面を思い出す、手摺りがあったな。  「よし」  銃身だけを壁から出して、手摺りに向かって銃を撃つ。  跳弾。  マシンガンの弾丸が多数跳ね返り、無数の弾丸が−威力を落としたとはいえ−弾幕を作っていた兵士達を撃ち抜いた。  手摺りは最終的に千切れて弾け飛ぶ。  ラグは狼狽えた兵士に向けてサブマシンガンを乱射した、そして弾幕は停止した。  いきなり部屋にはいることはしなかった。  倒れていた兵士を部屋に中に放り投げる。  中から見た男からは部屋に飛び込んできたように見えるだろう。  銃弾は一撃で頭蓋を貫通した。  恐るべき腕前だろう。  だが状況がそれの発露を許さない。  死体を盾にしてジオが部屋に飛び込み、男が頭蓋を撃ち抜かれると同時にその影から銃弾を乱射する。  ジオの背後の壁に銃弾が命中すると同時にラグが部屋に飛び込み同じく銃弾を乱射してさらにソファーに隠れた。  乱射した弾に当たったのか、左肩をぶら下げたままマシンガンを乱射していた男が腹を押さえてうずくまった。  彼ら二人も同じようにその男を尋問して、手当をした後で気絶させておいた。  ちなみに彼は二時間後に頭を撃ち抜き自殺した。  「どうする?」  ラグは聞いた。  「決まりだろう」  と、言った物の大した作戦がある訳ではない。  「俺はとりあえず身を隠す、ラグはとりあえず市民区画の………」  「分かった、あそこならばテロ組織とはいえども手の出しようがないだろうからな」  「ACは隠しておこう、じゃあ3時間後に準市民街、F−4エリアのビルで」  「オーケー」  そんなやりとりの間も考えていた。  妹はどうしてこの世界にいるのだろう?  親友であり、今この世界に居る男は何故この道を選んだ?  その妹は何故?  戦場で出会ったあの少年は何故この世界に?  戦いに不要な思考が、片隅から離れなかった。
第6話 完

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