ARMORED CORE BATTLE FIELD OF RAVEN



第2話 戦場はアリーナ(後編)
 予想通り、目の前の男はたいした技量の持ち主じゃない。  砲撃も正確じゃなく、そして接近する素振りもない。  「キッシャー!」  蛇のような声だ、それはただの狂人の声ではない。  「強化人間………」  3人の人間が、観客席の暗がりの中にいた。  「あっさりとした勝負ね、最後まで見る必要あるのかしら?」  一人の、落ち着いた印象を見せる女性が呟く。  「あるさ………我々の仕事は、データ収集のためなのだから」  そう言ったのは、昼間ラグと一緒に居た男性だった。  「そう、だよね?そうなんだよね………」  落胆したようにもう一人の少女が言った。  「急ごしらえの仕事だったわね、あの時はスタッフも大変だったわ」  「その割には上出来だろう、ほら、見なさい」  「くうっ………」  あの蛇のような叫び声から形勢が変わった。  射撃の精度が上がり、動きも格段に良くなっている。  「食らえ!」  自分でベストなタイミングだと分かるブレード攻撃。  だが、それをあっさりと回避された。  その直後、砲弾が飛んでくる、後方へ回避し、逆撃を加えようとプラズマライフルを構える。  だが、そこには誰もいない。  真上!  レーダーはそう捉えていた。  馬鹿な………先ほどの攻撃からどれほど経ったというのだ。  3秒にも満たない時間で、天高く空中へ舞ったというのか。  どうにもこうにも早すぎる、只の機械であるACならば可能だ、だが、問題がある。  反射速度だ。  人間の反射神経じゃない、そして並の強化人間でもない………  その攻撃を回避する彼も、十分人間業ではないのだが、彼はそのことに一切気付かない。  それが『彼にとっての当然』なのだから。  回避しきれない勢い、ブレードをブレードで受け止める。  直後に自らバランスを崩し、空中から斬りかかった勢いを受け流すと同時に相手のバランスを崩した。  「おらぁっ!」  落下軌道を予測しての回し蹴り。  ブーストを併用しての蹴りの勢いはすさまじく早かった。  だが。  「ちっ!」  脚部を左腕で掴み、蹴りの勢いとブースト噴射の勢いに任せて距離をとる。  「………強化人間と化したな………貴様」  「ククク………それを言う資格はないんじゃないか?」  「………俺は貴様と違って、望んだ訳じゃない!」  叫び声。  自ら封印した忌まわしき記憶。  化け物。  自我の崩壊。  そして憎むべき男。  ………憎むべき、男?  だめだ、思い出せない、思い出したく、ないよ………  「怖いねぇ………だが、そんなに悠長にしていて良いのかい?」  「なんだと?」  「………俺が約束を守ると思っているか?」  一瞬の忘我。  「さあ、さっさと戻って確かめることだな!その力を使ってよぉ!」  そして、『ちょっとした』感情の爆発。  ブレードを携えて接近してくる。  とても速い速度、ブースターの最高速度だろう、でも、とてもゆっくり見える。  そして、その時空間の中、自分は普通に行動できた。  「トドメだな!」  ゆっくりと声が流れてくる。  ブレードで、突いてくる、狙いは、コックピット、今、自分のいる場所。  ザッと構えて一発だけプラズマライフルを撃った、その一撃は頭部を貫く。  突きだしたブレードを避け、同時にプラズマライフルを投げ捨てる。  そして、ACの左脇に腕を挟み込む姿勢をとる。  両手を使って、上下から腕を一気に圧迫する。  ブレードを噴出させていた左腕はあっさりと折れた。  そのことを知覚できぬまま慣性に任せて動く間抜けな機体。  左腕は上に突き上げ、右腕を突き下げた自分の機体。  左腕を頭に突き刺し、右腕は突き上げて腰部を刺し、投げ飛ばす。  同時に右足を蹴り上げ、落下しつつあったプラズマライフルを蹴り上げる。  それを再び握りしめ、左脇から空を飛んでいる機体に向けて乱射する。  左足を軸に左回りに回転、交差させた両腕。  噴出されたブレード、まだ射程圏内。  回転の勢いを殺さず、ブレードを振り抜く。  交差された腕はいつの間にか戻っていた。  ふっと見上げると、両断された機体が上昇をはじめていた、  そして、それが止まると落下していった。  ふっと見ると、パイロットが脱出してきた。  どうしようか?  生殺与奪の全権は自分が握っているんだ。  ブレードで切り裂く?  ダメだよ、それじゃあ長い苦しみを味わせることが出来ない。  じゃあ撃とうか?  ダメだよ、それでも一撃で殺しちゃう。  ………そうだ、そうだよ。  彼の顔は喜色に染まっていた。  先ほどの一撃は何だったんだ?  彼は駆けながら考えた。  何か、とても強力な攻撃を加えられたのは分かる。  だが、自分がそれに気付かないのはどういう事だろうか?  反応速度の劣化?  そんなはずはない。  自分の体は既に外見からして人間ではない。  全身の大部分が機械化してしまっている。  機械の自己診断プログラムも正常値だ。  だとしたら、アレは、なんなのだ?  一瞬で壊された機体から遠ざかりながら、考えていた。  タァーンという小気味のいい音ではない、ドン、という重々しい音。  同時に走る痛み。  左脚を撃ち抜かれた、そう考えたと同時に、倒れ込んだ。  そこは、機械化されていない、生身の神経が通っていた。  ふと振り返ると、彼の機体を破壊した機体のコックピットが開かれていた。  そこには一人の男が立ち、銃を無造作に握りしめていた。  馬鹿な、ここから何百メートルあるというのだ?  撃ち抜くどころか、見えるかどうかも怪しいあの場所から自分の脚を撃ち抜いたというのか。  それが狙っていないにしても、命中させただけで恐ろしいという物だ。  もう一射。  今度は右腕。  ゆっくりとコックピットから降り立つ、それと同時にもう一射。  次は左腕。  その攻撃は、一度として機械化された部分を貫かない。  恐怖だった。  降り立ち、近づいてくる。  逃げなきゃ、そう思って振り向いた時、もう一射。  左足の同じ箇所にもう一射。  恐怖で痛みを忘れた体に、痛みが戻ってくる。  血塗れの格好で苦悶する。  「あと2発あるよ」  声が、とてもか細い声が聞こえた。  「ひっ………」  その声さえも恐怖を誘う材料でしかない。  「ま、待ってくれ、待ってくれよ………」  ドン!  右足を貫通する。  その痛みさえも感じない、恐怖で痛覚が麻痺していたのだろうか。  「お、俺は何もしてない、お前の仲間に、何もしてない」  血で汚れた地面の上に脚が乗り、ピチャッという音が聞こえた。  「………何のことかな?」  銃を額に突きつけられる。  もう何も見たくないのに、研ぎ澄まされた、研ぎ澄まされてしまった視覚が、銃を捉える。  コルトパイソンマグナム、大口径の銃だ。  ああ、これなら撃たれたら動けなくなるよ。  そんなことを考えていた。  ふと思う、自分が撃たれたところをACも撃たれていたよね。  痛かったよね。  ごめんよ、本当に、ゴメンよ。  だから………だから許して下さい。  神様、こんな時だけ願う不信心者ですが、神様、助けて下さい  だが、額を撃ち抜く音は聞こえてこない。  かと思うと頭を握られていた。  「さようなら」  これは………右腕かな?  思うと同時に首がもぎ取られた。  その首が宙を舞う。  宙を舞った頭が撃ち抜かれる、とても派手に飛び散る音が聞こえる、その中には機械化された脳が詰まっていた。  意識が、狂気に吸い取られていく。  それと同時に、全身の力が抜け、倒れ込んだ。
第2話 完

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