ガレージシャンソン歌手山田晃士の
『嗚呼、泥沼回顧録』
其の九

〜サクラだよ、全員集合!〜

うだる様な毎日、う〜ん、あついよう。
私は既に発酵中、そろそろ食べごろである。
月末には単独公演2DAYS。来たれ!皆の衆。

ところで、十代の頃の私は、重鋼鉄楽団 『AROUGE』のメンバーとして、その青春の夏の日々をロックコンテストに捧げていた。
数々の有名グループを輩出した”East-West”、そのジュニア部門決勝大会に二年連続出場。
会場が中野サンプラザという事もあり、各出場バンドに100枚づつチケットが配られた。
「足りなかったら言って下さ〜い。」ノルマこそ無いが、出来るだけ売れとの無言の圧力である。
でもまあ応援が多いにこした事は無い。
我々も友達は勿論、親・兄弟・親戚にまで声をかけた。
学校は夏休み中だったので、友人の一人 にまとめてチケットを渡し
「とにかく大勢集めてくれ!」
と頼んだ。

その甲斐あってか当日は我々の演奏時にステージ前にオーディエンスが殺到!
コンテスト中一番の盛り上がりをみせた。
ああ、快感...。
入賞こそ逃したが翌日の新聞の片隅に”高校生スターバンド”として取り上げられた程だ。
数日後チケット精算の為友人代表に電話。
すると!

「えっ、あのチケットタダじゃないの?」
「まさか!ちゃんと料金書いてあっただろ!」
「みんなにタダであげちゃったよ...。」

そりゃあ沢山集まるだろうよ。

私はパフォーマーとしての喜びを知った代わりに、一年間に渡る経済的ストイックライフを強いられる事となった。
やはり何事にも”代償”は支払われなければならないのである。

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