ガレージシャンソン歌手 山田晃士の
『嗚呼、泥沼回顧録』
其の八拾七
〜回転扉の向こう側





ホテルニューグランド。
山下公園の真ん前にある横濱の老舗の名ホテルだ。
まだ米軍ハウスがあった頃、
みなとみらいが埋め立てされる前、
中華街がナンキンマチと呼ばれていた頃、
ニューグランドは横濱のシンボル的存在であった。

幼い私が親父に連れられてニューグランドへ出かける。
回転扉をくぐるとそこは異国の地、古い洋館宛ら。
アーチ状の高い天井、手動式扉のエレベーター、
石の壁、中庭の噴水、床には鮮やかな色の絨毯。
その佇まいはわたしの胸をワクワクさせたものだ。

親父の仕事関係のクリスマスパーティー。
私は毎年それを心待ちにしていた。
二階のボールルームは着飾った人々で溢れかえり、華や かで、
言ってみれば社交界。
ビュッフェ式の食事。好きなものだけをおかわりした。
ホワイトソースのチキングラタンが本当に大好きで、
当時こんなに美味しいモノはないと思ってた。
今でもその味が忘れられない。

中学に上がってからは滅多に回転扉をくぐらなくなっ た。
時折親戚の集まりで行く程度。
縁が無くなったのだ。

それが何故か今年は正月から何度も足を運ぶ事となっ た。
墓参会、法事、親父の喜寿祝い、哀しかったりめでた かったり
…。
親戚や知人、友人で食事をした。
今では近代的な新館がメインとなっているニューグラン ドだが

旧館の会場、レストランに集った。
幼い頃の思い出が蘇る。
胸をワクワクさせた幼き日々。
もしかしたら私の美意識の一部の要素となっているのか もしれ
ない。
ホテルニューグランド。
いつの日かガレージシャンソン歌手のディナーショー を。
勿論古めかしい旧館の二階ボールルームで。


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