ガレージシャンソン歌手山田晃士の
『嗚呼、泥沼回顧録』
其の伍拾八

〜3点セット



夏休み。
西伊豆へ出かけるのが山田家の恒例行事だった。
岩地海岸という素晴らしい浜で、
小学生の私は日がな一日中泳いだ。
こう見えても泳ぐのが得意だったのだ。

水中メガネを手に入れた時、世界が広がった。
海中の景色を隈無く眺める事が可能になったのだ。

シュノーケルを手に入れた時、世界が更に広がった。
息継ぎの心配をせずに、ずっと海中の景色に没頭する事 が可能になったのだ。

足ひれを手に入れた時、私の世界は更に広がった。
より早く、より遠くへ、より容易く 移動する事が可能になったのだ。

3点セットを身に着けた私は”世界のはずれ”で無敵 だった。
何一つ怯える事無く、 足がまるで届かない沖まで、どんどん泳いで行った。
ワクワクしながら。そのまま外国迄も渡って行けそうな 位に。

ギターとアンプとマイクの3点セットを手にした今の私 は、
あの頃の自分が少しだけ羨ましい。


<<back
next>>