ガレージシャンソン歌手山田晃士の
『嗚呼、泥沼回顧録』
其の伍拾六

〜蔵


私の実家は横浜本牧。
昭和初期に建てられた蔦の絡まる古い洋館であった。
ツェッペリンの『フィジカルグラフィティ』のジャケッ ト宛ら。
少年時代の私にとってちょっと自慢の家であった。
老朽の為、二年程前に取り壊された時は切なかった なぁ…。
そしてそんな洋館の隣には大きな”蔵”があった。
こちらは相反して純和風。日本の文化である。
現在その”蔵”だけが残されている。
幼い頃、悪さをするとこの”蔵”に閉じ込められたもの だ。
重い扉。金網で被われた窓。黴臭い匂い。裸電球。
むむぅ、江戸川乱歩の世界…。
恐怖だった。泣叫んでも届かない。何の音も聞こえな い。
お尻を叩かれるよりも、お説教されるよりも、
何よりも”蔵”に閉じ込められる事が最大の恐怖であっ た。
先週久し振りに実家に帰った。
”蔵”はかなり朽ち果てて来ており、ある意味凄みを増 していた。
一度、いつまでも出してくれない親父の目を盗み、
おばあちゃんがこっそりと助けてくれた事があったっ け。
その夜はおばあちゃんと一緒に寝た。
母とは違う暖かさがあった。
そんな事をふと思い出した。


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