ガレージシャンソン歌手山田晃士の
『嗚呼、泥沼回顧録』
其の伍拾壱

〜恋のチカラ


幼稚園の頃、私は歩道橋が怖かった。
親父が私を抱きかかえようものならさぁ大変。
小便チビリ。
嘘じゃなく私は四つん這いで歩道橋を渡っていた。

小学生の頃、私はエスカレーターが怖かった。
昇りは何とかなったのだが下りはどうしても無理だった。
百貨店に行った時は遠回りしてでもエレベーターか階段を使っていた。

中学生の頃、好きな女の子と遊園地へ行った。
二人でジェットコースターに乗った。
胸がときめいた。
恋のチカラが一時的に私の高所恐怖症を眠らせてくれたのだ。

今年の正月、森美術館へ出かけた。
初めての六本木ヒルズ。
仕事がらみの綺麗なおねいさんと一緒であった。
美術館は53F。
帰りに52Fの展望台へ立ち寄った。
広がる360°の夜景。
恥ずかしい事に私は壁から離れる事が出来なかった。
おねいさんは窓際ではしゃいでいた。
恋のチカラもよこしまな大人には効果がない事を知った。
手のひらと足の裏に汗をかきながら。


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