ガレージシャンソン歌手山田晃士の
『嗚呼、泥沼回顧録』
其の四拾参

〜唄うたいは自己管理



唄うたいにとっての楽器は己の身体。

ギタリストがネックを調整したり弦を張り替えたりする のと同様に、
ヴォーカリストは自己管理を徹底せねばならない。スト イックな人生なのだ。むむぅ...。
現在私は唄うたい失格である。
先日平坦な道を闊歩していた。段差もない、滑りやすい 訳でもない。
全くもってごく普通の歩道だ。
突如!右足を挫いてしまった!その瞬間激痛が襲ってき た。
立っていられない。耐えられない。頑張ってみる。やっ ぱり無理だ。
倒れるの恥ずかしいなあ...。近くに電信柱を発見。 しがみつく。
電信柱と五分間のアバンチュール。
誰一人助けてはくれない。声もかけてもらえない。
綺麗なおねいさんがもがき苦しむ私に一瞥をくれ た...。
悲劇のヒーローが完
成。
やっとの思いでタクシーに乗り込み病院へ。
”う〜ん、骨いっちゃってるかなあ?レントゲン撮って みましょう”
結果骨に異常はなかったが靱帯をニ本損傷。当て木を添 えられガッチリ固定された。
松葉杖の生活を余儀無くされる。
翌日ガレシャンでテリー伊藤さんのラジオ番組へ。
松葉杖をつきながら登場する私の佇まいに全員が驚愕、 心配、そして爆笑!
よかったぜ、笑えてもらえて。
よ〜し、こうなりゃ保証金を踏み倒して松葉杖を
改造 しちゃおうかな。
髑髏つけたりペイントしたり。カッコイイかもな!

何もない状況で足を挫いてしまった自分の情けなさ、
それを演出でごまかそうとしている私。
”後は野となれ山となれ、行き当たりばったりで生きて ます”
自分の書いた歌詞の通りだが、唄うたいとしてはまった くもって失格である...。


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