ガレージシャンソン歌手 山田晃士の
『嗚呼、泥沼回顧録』
其の壱百五
〜楽屋はパワースポットだ




私も随分と長い事、舞 台活動をしてきているが、それぞれの会場を思い返す時にまず真っ先に浮かぶのは楽屋の風景だ。私は楽屋という空間が好き。居心地が良ければ、空き時間にも 外出せずに入り浸ってしまう。楽屋で私は色んな事を考える。曲順、MC、その夜の舞台をイメージする。 本番に向かって士気を上げていく。往々にして舞台上に居る時間よりも、楽屋に居る時間の方が長いのである。他愛ない楽屋のいくつもの場面が、私の胸に焼き 付いているのだ。
 
私が楽屋に求めるのは
●鏡がある事
●水が使える事(石鹸があれば尚よろしい)
●電源がある事
●書き物が出来る事
●トイレがあるか、もしくは会場内を横切らずにトイレに行ける事
である。
 
勿論、これ以上に快適な楽屋もあれば、これらを満たしていない楽屋もある。
そもそも楽屋が無い会場だってある。
建物の広さや構造にも関係する。
会場側の出来る範囲での配慮で構わない、演者としてはその時々の状況に応じて、楽屋での過ごし方を工夫していくのが又愉しいのだ。
 
夜毎夜毎、出演者の業が渦まく楽屋。
私が何よりも重視するのはその雰囲気である。
壁には表現者の情念が沁み込んでいる。
やっぱりいい舞台が繰り広げられている会場には、いい雰囲気の楽屋が存在するものなのだ。
素晴らしき表現者達の魂が蠢く楽屋は、一種のパワースポットとも言えよう。
 
今のところ私にとっての最高の楽屋は京都磔磔である。
まだ5〜6回程しかその舞台を踏んでいないのだが、その楽屋に入ると不思議と安堵してしまう私が居る。
 
又行きたいな。


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