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伏見无家
ここで言う琴(きん)はすべて七絃琴をさす『万葉集』に先立つこと八年前、日本で最初の文学作品となった漢詩集『懷風藻』(七五一)には七絃琴を詠んだ詩が驚くほど多くある。中には単に詩語として使われているものもあるが、ほとんどは実際に弾琴や聴琴をして詠んだものである。天平時代の貴族社会において、琴はごく普通の音楽だったことがうかがえる。『懷風藻』の基調となる詩情は美しい琴の響きにあった。彼ら詩人たちは神仙にあこがれ、仙境にさまようことを願う。その媒介となるものが琴であって、琴音に導かれ、あるいは自ら弾ずることによって神仙に至ろうとしたのである。
秋の夜山池に宴す
境部王(七一七頃)
峰に對して菊酒(きくしゅ)を傾け 水に臨んで桐琴(とうきん)を拍(う)つ 歸るを忘れて明月を待つ 何(なん)ぞ憂へむ夜漏(やろう)の深きを
(山に対座して菊を浮かべた酒をかたむけ、池に臨んで琴を弾ず。家に帰ることも忘れ、明月の出るのを待っている。どうして夜が更けゆくのが気になろうか。)
菊酒は重陽(九月九日)に飲む風流な酒。長寿薬。杯を傾け琴を弾じていれば夜が更けるのも忘れ、神仙のように永遠の時間を得ることができる。
また、友との契りを詠んだ詩がある。伯牙断琴(厚い友情)の故事をふまえ琴に寄せ友を思うのである。
南荒(なんくわう)に飄寓(へうぐう)して京に在る故友に贈る
石上(いそのかみ)乙麻呂(七五〇没)
遼夐(れうけい)、千里に遊び 徘徊(はいくわい)、寸心を惜む 風前、蘭馥(か)を送り 月後、桂陰(かげ)を舒(の)ぶ 斜雁(しゃがん)、雲を凌(しの)いで響き 輕蝉(けいぜん)、樹を抱いて吟ず 相思(そうし)、別れの慟(かなし)みを知る 徒(ただ)に弄す、白雲の琴
(遙か遠く千里の他郷に住み、さまよい歩いては我身の不運を心になげき悲しんでいる。蘭(フジバカマ)は馥郁(ふくいく)たる芳香を風とともに送り、月が出ると桂(かつら)はその樹影を地にひく。雁(かり)は雲間を鳴き渡り、蝉は木につかまり鳴いている。思い合う情は互いに離別の悲しみを知る。白雲の彼方、ただ琴を弾ずる。)
遼夐は遠くはるかなこと。相思とはこの場合、男女ではなく男同士の友情。
他にも多くの琴字がみられ『懷風藻』はあたかも一冊の「琴詩集」のようである。 「彈琴顧落景」(琴を弾じて夕日を見入る)。「雲端邊國我調絃 清絃入化經三歳」(遠い雲のはての辺国で私は琴をととのえ、清らかな琴の音は秘奥に入って三年を経た)。「流水散鳴琴」(琴の音に流水はほとばしり散る)。「薫風入琴臺」(薫風が琴の台に入る)。「風涼琴益微」(風は涼しく琴の音はますます冴える)。
日本人の詩情、心の原点が『懷風藻』にある。現代の日本人が琴韻とともに失ってしまった詩境がこの『懷風藻』にはある。
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元代 王振明「伯牙鼓琴図巻」
邦楽ジャーナル 2003、VOL.200 9月号より転載