伏見无家
ここで言う琴(きん)はすべて七絃琴をさす『源氏物語』若菜下には光源氏によって日本で最初の琴論が語られている。その要旨 を訳してみよう。
「琴なむなほわづらはしく、手触れにくきものはありける」
諸々の芸の奥義や道を深くきわめても、琴だけは別物できわめようがなく手の出しようがない。琴を完全に修得した古人は、その音で天地を揺るがし、鬼神の心を和らげたという。また月や星辰を動かしたり、季節でもないのに霜や雪を降らせ、雷をとどろかせたことが上代にはたしかにあった。
「よろづの物の音のうちに従ひて」
すべての楽の音がこの琴の音に従って、悲しみ深き者は喜びに変わり、賎しく貧しい者は高貴な身分となり、財宝を得て世の中に認められるようになる例が多かった。
「かく限りなきものにて、そのままに習ひとる人のあり難く」
このように琴は限りないものであり、だれも音楽の中で最高のものと知ってはいても弾法を完全に修得した人は少ない。この国に琴が弾き伝えられた初め、我が身を投げ打つ覚悟で琴の奥義を学ぼうとしたが、成功した者はわずかだった。今ではどこにその秘法の一端が伝わっていよう。万事が衰えゆく世の中で、ひとり志高く世間を超越して、中国や朝鮮に長くとどまり親子離れ離れになってまで琴を求めては狂的である。だからといって生半可に稽古をして思うように弾けないから、琴には災いがあると難癖をつけ、ついに誰も弾かなくなってしまったことは残念なことだ。
「琴の音を離れては、何ごとをか物をととのへ知るしるべとはせむ」
琴が無くては、なんの楽器を用いてその音調の基準としよう。この音楽をわきまえ心得ないでいられようか。しかし一曲でも習得することさえ難しいのに、琴曲には多くの難曲があり量りもないものである。私が琴に熱中していたころ、日本に伝わった琴譜をすべて調べあげ、師と仰ぐべき人がいなくなるほど独学で研究したが、なお古人の琴には及ぶべくもない。
「ましてこの後といひては、伝はるべき末もなき、いとあはれなむ」
後の世にこの琴は伝わらないだろう。滅びゆく琴を嘆くばかりである。
平安期において琴は超越的で楽器の中で優位にあったことが知られる。ほかにも琴独 特の指法「輪の手」「五六の撥」などの記述があり、紫式部は琴學の造詣も深くなみ なみならぬ思いがあったようだ。しかし『源氏物語』が書かれた時代に琴韻はすでに 失われつつあった。滅びゆく琴は、そのまま二十一世紀の現代日本と同じ状況にある 。光源氏と共に嘆かずにはいられない。
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源氏物語「絵合」(えあわせ)冊子、裏表紙(天理図書館蔵)。弾琴する公達。
邦楽ジャーナル 2003、VOL.198 7月号より転載