【一つ前に戻る】     【目次へ戻る】     【小説置き場へ戻る】     【ホーム】



ウルトラマンメビウス外伝 RAYGA

 第13話 進み行く先、路の彼方 その9

 三月末。
 時は夕刻。

 GUYS日本支部の食堂では、トリヤマ補佐官とマル秘書官の退官送別会が行われていた。
「え〜、おほん。わたくしトリヤマは今日を持ちまして、無事、延長していた補佐官生活を終えることとなったわけですが、これもひとえに優秀かつ素晴らしい上司であったサコミズ総監と、明日付けで副総監となられるミサキ女史、そして諸君の頑張りの賜物であると……」
 半泣きで演説をぶち上げるトリヤマ補佐官に、サコミズ総監はじめ出席者は照れくさそうにはにかむ。
 出席者は多彩なものだった。
 広報・避難誘導関連を受け持っていたこともあって、その方面の一般職員・隊員も多く顔を出している。また、かつてトリヤマ補佐官の下で働いたという他の職場の人たちも。
 CREW・GUYSのメンバーも、現メンバーだけでなく、クゼ・テッペイ、アマガイ・コノミの両名も出席している。
「ジョージさん、マリナさんも来たかったろうなぁ」
「あと、ミライ君も。みんな、あの東京決戦を戦い抜いた仲間ですもんねー……」
 ジュースをちびりちびりとやりながら、二人はしみじみと頷き合う。
「ま、リーグ戦大詰め真っ最中と世界選手権真っ最中じゃ、しょうがないよね」
「あ、でもお二人からメッセージ、預かってるんですよ。あとで渡してあげなきゃ」
「いいね。じゃあ、僕ら二人で渡しましょう」
 クゼ・テッペイの提案に、アマガイ・コノミは嬉しそうに頷いた。
「そうですね。あの時の仲間からの伝言ですもんね」
 二人が見つめる壇上では、トリヤマ補佐官のさして内容のない長い演説に、マル秘書官がいつも通りの厳しい突込みを入れ、場の笑いを誘っていた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 東京P地区・オオクマ家。
 居間のちゃぶ台を、ユミとエミ、シノブが囲んでいた。
 その前には、夕食。
 唐揚、おひたし、お味噌汁に、ごはん。唐揚の付け合せには千切りキャベツとトマト。
 それらが四人分。
「……シロウさん、遅いですね」
「ん」
 珍しく、エミは頷くだけにとどめる。正座するその膝の上に載せた拳をぎゅっと握り締めて。
 シノブは軽く一息つくと、両手を合わせた。
「連絡もなく帰って来ない子を待ってるのもなんだし、先にいただいちゃいましょう」
 少し冷たいとも取れるその発言に、女子高生たちは怪訝な顔を向ける。
 しかし、母親はそんな視線に動じることもなく自分の箸を取り上げた。
「食事の片付け、お風呂の用意、明日の用意、主婦にはやらなけりゃいけない家事が山ほどあるんです。帰って来ないバカたれを待つのは新婚夫婦だけでよろしい」
 その言い回しに、思わずエミが吹き出す。ユミも、なにを想像したのか少し頬を赤らめてから、くすりと笑みを漏らした。
 エミは待ちかねたように箸を持ち、お椀を取り上げる。
「じゃあ、あたしもいただきま〜す」
「私は……ごめんなさい、もう少し待たせてください。――あ、食器は自分で洗いますから」
 そう言って、少し物憂げな表情を庭に向ける。今にも、そこから帰って来ないかという期待を込めた眼差しで。

 三人は知っていた。
 シロウが帰って来ないかもしれないことを。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 悪島。
 もはやとっぷり暮れた無人の火山島の入江には、厳しい海風が吹き付けている。
 漆黒の海と暗黒の空を臨む岬の麓では、激しい波が何度も打ち付け、砕けた飛沫を舞い上がらせている。
 その突端に、人影があった。
 革ジャンを着込んだ、すらりと背丈の高い白髪の男。髪と同じ色の口ひげも、今は厳しい海風に打ち震えている。
「今夜は曇りか」
 沖合い遙かを見つめる男の呟きは、風に千切れて誰に届くこともなく掻き消される。
 その言葉通り、空は一面雲に覆われ、星の光は見えない。
 彼が特殊な人間でなければ、自分が立っている足元さえおぼつかない、そんな闇の中だった。
「――――――ッ!!」
 常人には見渡せぬ闇の中、そして常人には聞きだせぬであろう潮騒と風鳴りの中、男は確かにその音を聞いた。

『なにかが空気を掻き分け、出現した音』

 反射的に右腕を立てて頭部を庇い、左手を腰の高さに備える。
 果たして、重い一撃が右腕を襲った。
「瞬間移動からの不意討ちでもばれるかよ。くく……つくづくスゲえな、郷秀樹」
 闇の中、ハイキックを決めた姿勢のままにんまり頬笑んでいるのはオオクマ・シロウ。
「……なんのつもりだ、レイガ」
 郷秀樹は受けた腕にかかる蹴りの強さから、そしてそれを放った際の殺気から、若者の本気を感じ取っていた。
「なんのつもりもなにも、メビウスの時と同じさ」
 ぐっと蹴り足に体重を乗せて、押し込もうとする。
「いや、あの時とはちょっと違うな。今日の俺は、本気だぜ」
「そうか」
「っと」
 郷秀樹の気配を感じて、シロウは蹴り足を戻した。
 そのまま、左拳を胸の前に握り締め、右手刀を前に突き出すいつもの構えを取る。
「へ、懐かしいな。地球で最初に負けた場所で、お前に助けられた場所。あれから……思えば時が流れたもんだ」
「……………………」
 郷秀樹はことさら構えない。ただじっとシロウを見据えている。
 ただそれだけなのに、シロウは攻め込めない。じりじりっと間合いを詰めては行くものの、最初の一撃がでない。
「お前には何度も助けられ、何度も敗北を舐めさせられた。それも今日で最後かと思うと、ちょっとばかし淋しいかな」
「……帰らないつもりか」
「最初にそう言ったはずだぜ」
「そうか」
 頷いた郷秀樹が動いた。右腕を頭上に掲げるポーズとともに、光があふれ出す。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 GUYS日本支部の食堂。
 サコミズ総監によるトリヤマ補佐官への送辞の最中、現CREW・GUYSはメモリーディスプレイの呼び出しを受けた。
 一斉に取り出したその画面を見やり、お互いに目線を交し合って――そのまま胸ポケットに戻す。
(悪島で、エネルギー反応ですか……)
 イクノ・ゴンゾウはため息を一つ吐く。正直なところを言えば、彼らもこのようにして送り出してやりたい存在だ。
(この反応は、ウルトラマンね)
 シノハラ・ミオはひと時、瞳を閉じてこの一年の感謝の念を送る。
(レイガ……新マン……)
 クモイ・タイチは食堂の窓から覗く、暗い夜空をちらりと見やった。
(地球人の知らないこと知らないこと)
 何もなかった表情で、総監の送辞に意識を戻すセザキ・マサト。
(レイガちゃん……がんばれ)
 ヤマシロ・リョウコは口を引き結んで、心の中で声援を送った。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 新マンに続いて、レイガも変身した。
 荒涼たる火山の島の闇の中、向かい合う二体の巨人。お互いのカラータイマー、目、そしてレイガの額のビームランプだけが闇の中に浮かんでいる。
「……ヘアッ(無益な戦いだ)」
 そう告げながら、右拳を胸の前に握り締め、左手刀を前に突き出す構えを取る。
「ジェアアッ!(俺にとっちゃ、てめえの未来をてめえでつかむための戦いだ!)」
 レイガは叫ぶなり、ハイキックを連続で放った。新マンはそれを上体の動きだけで躱す。
 続けて回し蹴り、ローキック、二段蹴り。後方へと後退って躱す。
 当たらない。しかし、レイガは焦っていなかった。最初の攻防で躱されるのは織り込み済みだ。勝負は、もっと間合いを詰めて接近戦になった時だ。
 レイガが攻め、新マンが躱す。そんな攻防がひとしきり続く――
(なぜ地球に残る。宇宙の状況はオオクマ・シノブから聞いているはずだ)
(知った、ことか!!)
 瞬間移動。新マンの背後に現れるなり、手刀一閃。
 しかし、新マンはそれを前屈みになって避け、後ろ蹴りを放った。それは、レイガの腹にまともに入った。
「ゴアッ!!」
 呻いて、くの字に折った身体を後退らせるレイガ。
(……親しくなった者たちが、危険にさらされてもいいというのか)
(余計な、お世話だぜ)
(……………………)
 腹を押さえながらも、しっかり上体を起こしたレイガ。再びいつもの構えに戻る。
(かーちゃんも、エミも、ユミも、それは自分たちの問題だって言った。もしお前の考えているとおりの状況になったとしても、それは俺のせいじゃねえし、そう思うことは許さねえってな。……正直、その時が来たらそんな風に考えられるかどうか、自信はねえ。それでも、あいつらは俺の居場所がここだって言ってくれた!)
(お前と、今の人たちはそれでいいかもしれない。だが、これから先、お前と親しくなる人たちはどうだ。皆が皆、彼ら彼女らと同じ考え方になるとは限らない)
(……論点がずれてるぜ、ジャック)
(……………………)
(それに、俺がここにいようがいまいが、お前たち兄弟の活躍のせいで、宇宙じゃこの地球はウルトラ族と関係の深い星と認識されている。危険にさらされているというなら、それはいつでもそうじゃねえのか)
(……………………)
(俺は守るために残るんじゃない。ここが俺の居場所だから、残るんだ)
(地球人として、生きるというのか)
(いいや)
 レイガは首を振った。
(地球人の一部が好きなウルトラ族として、生きる。ウルトラ族であることを、捨てはしない)
(勝手な言い分だ)
(それがどうした。かーちゃんも、みんなも、このまんまの俺を受け入れたんだ。このまんまの俺で生きなきゃ、意味がない)
(そうか。……だが、私は立場上、お前を光の国へ連れて帰らねばならない)
(知ってるよ。だからこうして向かい合ってんだろうが。……面倒臭いったらねえな)
(最後に聞いておく。……レイガ、お前は本気でこの地球に生きるつもりなんだな?)
(くどい!)
(……わかった)
 再び、構えを取る新マン。さっきまでとは違い、少しだけ前のめり。
 しかし、それだけでレイガは圧倒的威圧感を覚えて、じりじりと後退る。
(く……このっ)
 右手を額にかざし、振るう。放たれた楔形の光線――スラッシュ光線は、新マンの振るう腕に阻まれて届かない。
「シュワッ!!」
 跳び上がって空中で捻りを加え、エネルギーを足先に集めて――
 着地点に、新マンの姿はなかった。
 気づいた時、新マンはレイガより高く飛び、同じ技を繰り出していた。
 流星キック。
 空中でまともに受けたレイガは、そのまま地面に叩きつけられた。
「グァア……ッ!」
 呻き声を上げながらも、すぐに立ち上がる――すでに目の前に新マンの姿があった。
「ジェアッ! ヘエアッ!!」
 新マンの拳が、蹴りがレイガを襲う。学んだ防御を駆使しながらも、いなしきれない。
(く……くそっ!)
 腕を取られ、一本背負いをかけられる。
 しかし、レイガは空中で身を翻してそのまま押し潰すようにのしかかった。
「デェアッ!?」
 両膝をついた新マン――初めて、イニシアチブを得た。
「シュエアッ!!」
 右手を左から右へ、虚空を一閃。蒼い輝きが宿る。それを、新マンの背中に――
「ジュワッ!」
 新マンが勢いよく立ち上がった。予想外のその力に、たたらを踏んで後退るレイガ。
 その隙を逃さず、新マンの突き出した右手の先から放たれる針状光線ウルトラショット。
 胸に炸裂したその光線に、さらに大きく後退らせられる。
(……くぅ……っ!! ――う!?)
 態勢を立て直す間に、新マンは間合いを詰めてきていた。

 ウルトラ霞切り。

 回避も防御も間に合わない。
 どしり、と鋭くも重い衝撃が、腹部を襲う。
 ツルク星人、エンマーゴ、ディノゾール・タイラント。これまで戦ってきた中でも、斬撃を得意とする敵。そのいずれの攻撃とも違う。斬られたと同時に体の中の大事な力が、根こそぎ奪われてゆくような感覚。
(……こんな技が、あるのか……)
 手刀を刃に見立てて斬る真似をしているだけだろう、と安易に考えていた自分の迂闊さが呪わしい。
 もはやこらえようもなく、大地に突っ伏すレイガ。
 闇の中、そのカラータイマーが点滅を始めた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 闇の中、シロウは大の字に倒れている。
(やっぱ、つええ……俺程度じゃ、話にならねえ……)
 胸を塗り潰してゆく敗北感。
 しかしそれは、この戦いを始める前から覚悟していたこと。
 勝てるかどうかと聞かれれば、難しいと答えざるを得ない相手だ。
 意地と意志と覚悟で何とかなる相手でもない。
 だから、メビウス以来の不意討ちをしたのに、あまりにもあっさり破られてしまった。

 そして、一番大事なこと。
 この戦いは、独りだ。
 誰のためでもなく、自分がこの星に残るための戦い。言ってみれば、自分のわがままを通すための戦い。
 そんなものに、誰が応援を送るというのか。

 ……………………。
 いや、それも違う。
 みんなはそれでも応援を送ってくれる。

 この星に残りたいというレイガの、オオクマ・シロウの意志を受け入れ、それが叶うように応援してくれる。
 それを拒否しているのは、自分だ。
 これは俺の望みのための戦いだからと。
 だが。
 本当にそれでいいのか。
 自分勝手な望みだから、誰からも応援されてはいけないのか。
 自分勝手な望みでも、応援してくれる人たちの思いを無視するのは正しいことなのか。

 違う。

 正しいも正しくもない。
 俺が。
 それでいいのか。
 ただそれだけだ。
 ありのままを受け入れてくれる彼らの中にいたい、その思いで始めたこの戦いを。
 貫く意志と覚悟はなんだ。
 自分勝手な望みでも、お互いに受け入れられるからこそ、そこにいたいと思ったんじゃないのか俺は。

 ならば。

 俺は戦っていいはずだ。
 俺が俺として望む、最大最高の望みだからこそ。
 それを手に入れるための闘いを、諦めていいわけがない。
 たとえ相手が誰であろうと。
 俺が手にし、俺が守りたいものを奪うことは決して許さない。

 そうだ。

 俺には戦う理由がある。
 これまでになく、明確に。
 誰かのためでなく、自分のために。
 『それ』は間違いなく、自分のものだから。


 だから。


 立て。


 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 ゆらり、とレイガが立ち上がった。
 振り返った新マンが、構える。
 レイガは両腕を左へ水平に伸ばし、そのまま右へと回してゆく。軌跡に沿って光が集まり、右手には蒼い光が宿る。
「ジェアアッ!!」
 レイジウム光線。
 同時に、新マンは両腕を十字に構えた。
 放たれるはスペシウム光線。
 かつて、こらえる間もなく蹴散らされた蒼い光線はしかし、今度は耐えていた。
 しかし、刻一刻押し戻されてゆく。
「(……師匠が……言ったんだ)」
 呟くレイガ。その声は夢遊病患者のように、心許無い。
「(今年の夏を……最後まで戦うって……)」
 わずかに、押し出すような素振り。
「(ユミが……俺のこと、大好きだって……)」
 再び、押し出すような素振り。目に見えて、スペシウムの進行が遅くなった。
「(かーちゃんが、お前の好きなようにしなって……)」
 青と黒の体表パターンの縁が、光を放ち始める。
「(じじいどもが……今年の畑を楽しみにしてる……)」
「(マキヤとトオヤマ……面白い連中だ。お別れは淋しい……)」
「(カズヤ……ちょっと迷惑かけすぎたか……? ……謝らないとな……)」
「(てっちゃん……やっぱ戻るのやめ、って言ったらどんな顔するかな……)」
「(クモイ……セザキ……イチロウ……ジロウ……サブロウ……)」
「(リョーコ……そうだ…………リョーコが、俺も含めてみんなで行きたいって。この先へ……未来へ)」
「(みんなで行きたい未来……俺も……そこで生きたいんだ!!)」
 パターンが、右腕にねじれつつ集まってゆく。
 レイジウム光線がスペシウム光線を押し返してゆく。
「(だから、ジャック! 俺はお前に勝つ!)」
 立てていた右腕を、前に倒す。それは、ゾフィーが放つM87光線の構え。
 右手の先から迸る光線は、もはや完全にスペシウム光線を圧倒していた。
「(いけえええええええええええっっっっ!!!!)」
「――シェアッ!!」

 それは、ほんのわずかの隙。

 圧倒的勢いでスペシウム光線を押し戻す、その光景に勝利を確信しない者がいようか。
 しかし、その確信で生じた隙を新マンは見逃さなかった。
 自ら十字を解くと同時に、消えるスペシウム。そして、飛ぶブレスレット。
「ジェ……ァッ!!(勝っ……!!)」
 勝利の確信を抱いた刹那に、レイガは飛来したブレスレットの直撃を受け、動きを止めた。
 動けない。
 思考は出来る。
 だが、身体は金縛りにあったように、指先一本ぴくりとも動かない。
 やがて、レイガの頭上に光の輪が現れた。
 そこから放たれた光の渦が、レイガを包んでゆく。
「(なん……だ、これ……)」
 光の渦はその場で縮小してゆき、最後には消えた。
 そこにいたはずの巨人の姿ごと。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 東京P地区・オオクマ家。
 飽きもせず、庭に面したサッシから星一つない夜空を見上げているユミ。
 シロウとユミの分の夕食が残されたままのちゃぶ台では、エミが唸りながら宿題に取り組んでいる。
 台所ではシノブが食器を洗う水音が聞こえている。
 静かだった。
 静かで。
 平和だった。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 海岸を打ち鳴らす潮騒が、一際耳に障る。
 意識を取り戻したシロウは、まず身じろごうとして四肢がほとんど動かぬことを確認させられた。
(……身体が……動かねえ……)
 ウルトラブレスレットの特殊攻撃がまだ効いているのか、それともダメージの蓄積によるものか。
 いずれにせよ、もはや抵抗は出来ない。瞬間移動で逃げたところで、すぐに追いつかれるだろう。
(やれやれ……やっぱ、このザマか……すまねえ、みんな)
「……気がついたのなら、早く起きてくれないかね。私はそんなに暇じゃないんだ」
 不意に聞こえてきたのは、郷秀樹の声ではない。
「君は回復能力を持っているのだろう? それでさっさと体力を回復したまえ」
(……その声……馬道龍)
 声の主の言葉どおりに体力を回復させつつ――そこで、シロウは異常に気づいた。
 体力が回復しない。
 いつものあの、光の力を身体に駆け巡らせる感覚が感じられない。
「……う…………なん、だ……?」
 かろうじて声を出す。しかし、それもうめきと聞き分けのつかないほどの弱々しいものだ。
 その声が届いたのか、闇の向こうの馬道龍は、ふむ、と何かに納得したような声を出した。
「回復できない、か。なるほど。……やれやれ、あいつも味な真似をしてくれる」
 呆れとも愚痴とも取れるような口調。
 やがて、闇の向こうから足音が――シロウは、そこでさらに気づいた。
 闇が、見えない。
 視界が真っ暗だ。
 夜空を覆う雲らしきわずかな濃淡は感じられるから、視界が塞がれているのではないだろう。闇を見通す力が発揮できないでいるのか。
(まさか、これは……)
 胸に広がるうそ寒い予感に震える間もなく、馬道龍は告げる。
「オオクマ・シロウ。もうウルトラマンジャックはいない。一応、彼から君へ伝言を預かってはいるのだが……今日のところは、とりあえず家に帰りたまえ。後日、私のところへ来るがいい。……先日の申し出の件についても、そこで返事をしよう」
 空中に投げ出されるような感覚に襲われ――実際、落ちた。
 高度にして2、30cmほどだろうか。それまでの真っ暗な視界が、ぼんやりと――
『なになになんの音、今の!? 隣の部屋から聞こえてきたよ!?』
『何かが落ちたみたいな音……だったよね?』
 聞き覚えのある声が、なにかに阻まれてぼんやりと聞こえる。背中に感じる柔らかさは、岩礁のものではない。ここ一年で親しみ慣れた畳の感触だ。
 しゅらり、とこれもまた聞き慣れたふすまを開く音。
 溢れ出す眩しい光は蛍光灯。
 そして。
「――シロウさん!?」
「シロウ!?」
 ユミとエミのシルエットがふすまの間に。
「……ただ、いま……」
 動けぬままに、ようやく搾り出した言葉。
 二人が飛びかかるように抱きついてきた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 数日後。
 都心の超高層ビル最上階社長室。
 そこへ、シロウが秘書のカノウに案内されて入ってきた。
 応接セットのソファを勧められ、待つほどもなく二人分の湯気立つ湯飲みがテーブルに並ぶ。
「それでは、何かありましたら」
 タバコを吸いながら、街を見下ろしている馬道龍の背中にそう声をかけ、出てゆくカノウ。
 社長室の扉が閉まる音が響いてから、馬道龍は振り返らずに口を開いた。
「……体調の方はどうかね、オオクマ・シロウ」
「おかげさまって言うんだっけな、こういう時は」
 お茶をすする。
「それはなにより」
「それより、ジャックの伝言を聞かせろよ」
「……ふむ。まあ、この数日で痛感していると思うが」
 馬道龍は向き直った。デスク上の灰皿にタバコを押し付けて揉み消し、歩いてシロウの対面の応接ソファにやってくる。
 腰を下ろすと、そのまま背もたれにぼっそりと埋もれるように背中を預けた。
「ジャックは君の超能力を封印していった。どういう判断なのかは知らんがね。宇宙警備隊隊員として犯罪者を野放しに出来ないと思ったのか、地球人として生きるという君の覚悟を図っているのか、それとももう君に超能力は必要ないと考えたのか……いずれにせよ、君が前に申し出ていた、君を戦力として生協の一端に加えるという話はご破算だ」
「……ま、そうだろうな」
 それほど落ち込んだ様子もなく湯飲みを舐め続けるシロウに、馬道龍はやや拍子抜けしたように肩をすくめた。
「なんだ。やけに物分りがいいな。もう少しわめくなりうなるなりするかと思ってたんだが」
「超能力がなくなった時点で、そっちにとっての俺の価値もなくなったことぐらいわかるさ。だから、その話はもういい。ジャックの伝言を聞かせろ」
「ふむ。……素直な君は物珍しいが……これはこれで弄り甲斐がなくてつまらんな。ま、いい」
 背を起こして、両膝に両肘を置く。
「奴からの伝言はこうだ。――レイガ、」

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――


 レイガ、君の超能力はほぼ全て封印した。
 君の周囲の人間は受け入れてくれているとはいえ、やはり過ぎた力は時に悲劇を招く。
 君が嫌っているように、どうしても地球人の社会にはそうした影の部分が存在するのは確かだからだ。
 だから、地球人と同じ力だけでどこまで出来るか、やってみるといい。
 君が言った『地球人と共に行きたい未来』は、それでもたどり着ける場所のはずだ。

 だが。
 どうしても、君がそれを必要だと思うなら。
 今の君自身の力、君の親しき者たちの力、GUYSの力、生協の力……そんな絆の全てを結集しても、なお足りないなら。
 心の底からそれだけが必要だと望む時が来たなら。
 その封印は解ける。

 願わくば、そんな日が来ないことを願っている。
 地球を愛する者として。

 それでは。
 また会おう。


 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

「……また会おう、か」
 シロウは薄く笑った。
 馬道龍は再びソファの背もたれに背を埋めた。
「こうして、地球上からウルトラマンは再び姿を消し、地球には平和が訪れました。めでたし、めでたし。……ま、今度はいつまでの平和か、誰にもわからんがね」
「平和を守り続けて行こう、なんて殊勝な言葉は俺に期待するなよ?」
「はじめっからしていないから安心したまえ。――ところで」
 馬道龍はじっとシロウを見つめる。シロウもその視線に気づいて、湯飲みを置いた。
「オオクマ・シロウ。生協参加の件なんだが」
「だから、それはもうご破算だとさっき……」
「戦力としての君には期待しないが、それでも生協への参加は出来るぞ」
「は?」
「どうも君は、うちの組織をヤクザまがいの非合法組織か何かのように考えているようだが」
 盛大にため息をついて、再び前のめりに身を起こす。
「そもそも生協とは『地球在住宇宙人等生活協同組合』と言って、地球に潜む逃亡宇宙人やら地底人やらの少数派が身を寄せ合ってお互いの権利と利権を守るための集団なのであって、今や地球上に取り残されたウルトラ族の君だって、望めば参加できる資格を持っているんだぞ」
「え〜……と?」
 いまいち理解の外だったのか、曖昧な笑みを浮かべて小首を傾げるシロウ。
「生協に参加しておけば、宇宙で何かあったときや、地球で宇宙人に対して妙な動きや事件があったときの情報をいち早く手に入れることが出来る。場合によっては、君が半月ほど前に最初に持ちかけてきたように組織として組合員個人や、組合員と親しい地球人を保護することもある」
「ああ、それはわかってる。ジャックがいなくなった後のことを考えて、話を持ちかけたんだからな」
「無論、その代わりといってはなんだが、出来る範囲で組織への協力はしてもらう。能力がないなら資金提供だったり、情報提供だったりでも構わないんだ。例えば君の場合、ウルトラ族がこの組織に参加しているというだけでも、君が感じているようなうちの組織への非合法な印象は、多少なりとも拭えると私は考えているんだがね」
「なるほど。戦力扱いから、看板扱いへ格下げか」
「不満かね? それでさっき言った地球生活上でのサポートが得られるなら、安いものだとは思わないのか?」
「ま、確かにそうか。つうか、今の俺にはそれしかないか……」
「そういうことだ。それと、これは当たり前以前の話だが、組織の秩序に反する行為や組織への反抗はご法度だ。協同組合だから、ある程度の要望や抗議は常時受け付けているし、必要なら対処はするがね」
「……聞いてると、案外ちゃんとした組織なんだな」
「案外じゃなくて、しっかりした組織だよ!!」
 理解の緩いシロウに苛ついて、テーブルを叩いて抗議する馬道龍。興奮のあまり、時折変身が解けてメトロン星人の正体が見えかかる。
「この組織を造り上げるのに、私がどれだけの時間と労力と資金と情熱と努力と根性と血と汗と涙と酒と男と女と――」
「それで、結局俺は生協に入れてもらえるのか?」
 涙を流さんばかりの抗議をしていた馬道龍の動きが止まる。
「無論だ」
 威儀を正し、おほんと咳払いを一つ。
「そのための生協だからな。……ようこそ地球へ、ウルトラ族の若者よ。我々は君を喜んで受け入れよう」
 差し出された手を、シロウはしばし見つめていたが、やがてそれを握り返した。
「よろしく。今やただの世間知らずだが、なんとかここで生きてみるよ」

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 光綾織る空間の中、青く輝く地球が浮かんでいる。
 それを見つめる二人のウルトラマンの姿があった。
 一人が宇宙警備隊隊長・ゾフィー。
 もう一人は、ウルトラマンジャック。
「……これで良かったのか.ジャック」
 ゾフィーに問われ、頷くジャック。
「地球人ではない者として、地球に生きる。兄弟の誰もが望みながら、果たせなかったことだ。任務を負った宇宙警備隊隊員としてではなく、ただの一個のウルトラ族として、彼は我々と地球人の間に新しい関係を築くさきがけとなるかもしれない」
「新しい関係とは……?」
「守る、守られる、肩を並べる。そんな戦いを前提にしたで間柄ではなく……向かい合い、お互いを認め合い、ともに生きる。そんな関係だ」
「それは、我々だけの話ではないのではないか?」
「そうだ。宇宙で平和を願う人々が手を繋ぎ合う。そんな時代が、いつか地球にも訪れるだろう。その時、彼は――」
 言葉を切ったジャックは、地球を見つめながら頷く。
 それを見たゾフィーもまた、深く頷いた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 四月のとある日曜。
 東京P地区・タキザワの家の近くの畑。
 タキザワ、ワクイ、イリエの三老人の他に、シロウとヤマシロ・リョウコの姿があった。
「……てなわけで、変身するどころか超能力も全部失っちまってよー」
 鍬で土を起こしながら、そんな話をまったく悲壮感もなくあっけらかんと話すシロウ。
 それを聞いていたワクイが勝ち誇ったように笑った。
「わはははは。ざまーみろ。これで畑にクレーターとか言ってられんわけだ。ちょうどいいじゃねえか、力抜けて」
「言っとくけど、地球で学んだ武術とかは身についたままだからな。喧嘩売るなら買うぞ?」
「ほー? とりあえずお前さんには地球の礼儀として、目上の者に対する口の利き方から教えてやる必要がありそうだな?」
 腕まくりを始めるワクイ。
「それにしてもさー」
 呑気な声で割り込んだのは、シロウの隣の畝で苗を植えていたヤマシロ・リョウコ。
「先月までは武術で、今月からは畑仕事って……思いっきり地球ライフを楽しんでるね、シロウちゃん」
「ん〜……畑仕事自体は、去年の夏から手伝ってるけどな」
「そうなんだ? ふぅん、彼女も出来たみたいだし、ひょっとしてシロウちゃん……いつの間にやら、リア充?」
「リア……なに?」
「なんでもなーい」
 吹っ切るように言って、腰を上げ、そのまま伸ばす。
「う〜〜〜〜ん、にゃ。あ〜〜、やっぱ畑仕事は腰に来るわぁ。おじいちゃんたち、本当に良くやるねぇ」
「昔からこういう生活だからな」
 少し離れたところで先月植えた苗の様子を見ていたタキザワが、にっこり微笑む。
「まあ、それもあんたやあんたたちの先輩が、平和を守ってきてくれたおかげだ」
「いえいえ、どーいたしまして」
 おどけた道化師のように、ぺこっと頭を下げるヤマシロ・リョウコ。
 その時、畦の方から声が聞こえた。
「タキザワさーん」
「おじいちゃーん」
 全員で一斉に振り向くと、マキヤとトオヤマが子供連れで呼んでいた。
「すいませーん、今日はお邪魔しまーす」
「あんたたち、暴れないのよ? 畑は大事なんだからね」
 頭を下げるマキヤの傍らで、両家の子供たちに釘を刺すトオヤマ。
 タキザワは顔をほころばせて、畦へと歩き出した。
「……なに? 今日はなにかあんの? ひょっとしてお邪魔だった?」
 今日非番だからと急遽押しかけ、そのままシロウの仕事見学と称して畑仕事を手伝い始めたヤマシロ・リョウコが、珍しく遠慮を顔に出す。
 シロウは鼻で笑った。
「いや、全然。あの二人、子供に作物を実際に作るところを見せたいんだとさ。ま、俺の後輩ってとこだ。よぉし、いっちょしごいて――っと」
「おりょ?」
 シロウとヤマシロ・リョウコ、二人のポケットから、ほぼ同時に呼び出し音が鳴った。
 シロウは携帯、ヤマシロ・リョウコはメモリーディスプレイを取り出す。
「……あ、かーちゃん? なに?」
「はいはーい、こちらリョーコちゃんでーす。なにかあったー?」
『なに、じゃなくて。そろそろ時間だよ。今日、エミちゃんとユミちゃんの試合、応援に行ったげるんでしょ?』
『おう、非番のところ悪いな。今どこだ?』
「あー、そうだった。わかった、ありがとな、かーちゃん。このまま行って来るわ」
「東京P地区……って言うか、シロウちゃんとこへ遊びに来て、そのまま畑仕事手伝ってます」
『気をつけていくんだよ』
『ああ、じゃあちょうどいいや。マサトも向かわせてるんだがな、その近くでマイナスエネルギー反応があったらしいんだ。ちょっと現場へ先入りして、様子を見てやってくれ。何もなければ、そのまま非番でいいし』
「ああ。そんじゃ」
「G.I.G」
 ほぼ同時に携帯と画面を閉じた二人は、お互いに顔を見合わせると肩をすくめた。
「彼女と師匠の応援だって? あたしも応援してるって、伝えておいてよ。夏の本番には、時間が合えば行くしって」
「ああ。わかった。そっちは仕事か? なんかあったら……」
「うん、まあその時はよろしく」
 シロウの肩を軽く叩いて、タキザワへ挨拶をしに歩き出すヤマシロ・リョウコ。
 ふと、その足が止まった。そのまま振り返る。
「ねえ、シロウちゃん」
 携帯をポケットに納めながら後を追おうとしていたシロウは、ぶつかりそうになって危うく止まった。
「おおっと。なんだよ、急に止まるなよ」
「……今見てるのは、シロウちゃんが望んだ未来?」
 シロウは、怪訝そうに顔をしかめた。
「なに言ってんだ? 今は現在であって、未来じゃねーだろ」
「あ、いや。そういうことじゃなくてね」
「質問の意味はわからんが……超能力のことなら気にすんな。封じられただけで、奪われたわけじゃねえしな。先のことは正直わからんが……ともかく、俺は今が気に入ってる。大丈夫だよ」
 今度はシロウが、ヤマシロ・リョウコの肩を軽く叩いてはにかむ。
「そっか。なら、いいんだ。うん、安心した!」
 ヤマシロ・リョウコは、完全に一抹の影もない笑顔で応えた。
「また遊びに来るよ。じゃね」
「ああ、いつでも」
 気軽に手を上げあって、二人は畦を右と左へ別れて行った。

終わり



【あとがきへ】
    【目次へ戻る】    【ホーム】