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ウルトラマンメビウス外伝 RAYGA

 第13話 進み行く先、路の彼方 その8

「……は? なに言ってんだ?」
 問い返す声にショックの色はない。ただ、意味不明ゆえに問い返した声だ。
 ヤマシロ・リョウコはガンウィンガ―を、ディノゾール・タイラントから距離を置くよう操縦しながら続けた。
「シロ……ううん、レイガちゃんはもうすぐ光の国へ帰っちゃうんでしょ!? 新マンと一緒にさ! だから、この戦いはレイガちゃんや新マンがいなくてもあたしたちが戦っていけるって、地球はこの手で守れるんだって証明のための戦いだから、ここはあたしたちだけで戦いたいんだよ!」
「バカ野郎!」
 いつもは素直なシロウの、即答は罵声だった。
「ふざけんな! 俺も、ジャックも、そんなこと疑いもしてねえよ!」
「え……」
「そんな証明してくれなんて、誰が頼んだよ! 俺とリョーコが友達なように、地球人とウルトラマンも友達じゃねえのかよ! 地球人は友達と別れる時にゃ、いなくても大丈夫だってことを証明してみせなきゃいけねえのか!? 違うだろ!? この星はお前らのもんだろうが! ウルトラマンが去るからって、なんでいちいち力を誇示する必要がある! 守りたいもんを守るのは力があるかどうかじゃなくて、それを支える意志と覚悟だって、お前らがこの一年で教えてくれたんだぞ!? それを今さら、違いますとか言うんじゃねえよ!」
「…………………………」
「今、守るべきもんはなんだ! 答えろ、リョウコ!」
 後頭部を殴りつけるような怒声に、唇を噛んでいたヤマシロ・リョウコは懊悩を眉間に刻み込んだまま叫んだ。
「ダムを! この先にあるダムを守ることだよ!」
「お前のその変なプライドと、それを守ることのどっちが大事だ!」
「ダムに決まってるじゃん!!」
「それは今、お前一人でできんのか!」
「無理!」
「お前の後ろにいるのは、誰だ!」
「シロウちゃん!」
「俺は、お前のなんだ!」
「マブダチ!!!」
「じゃあ、助けるぞ!!」
「ありがとう! 助けて!」
 懊悩の険は消えていた。代わりに潤む瞳。
 背後から差し込む青い輝きを感じながら、ヤマシロ・リョウコはそっと袖で拭った。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 フェニックスネスト・総監執務室。
 卓上のメインモニターで一連の通信を聞いていたサコミズ・シンゴは、嬉しそうに微笑み、頷いていた。
「そう……そうだ。地球を守るのに、ウルトラマンに証を立てる必要はないんだ。ウルトラマンがいようといまいと、地球を守りたいのはなによりまず僕たち地球人なんだから。地球を地球人の手で守る。それは当たり前のこと。それが当たり前だと理解し、その意志と覚悟を持つことでこそ、僕らとウルトラマンは対等な友情を築けるんだ」
 傍らに立つミサキ・ユキも同じように微笑み、頷く。
「本当に、彼らはいいチームになりましたね。オオクマ・シロウ君を含めて」
「ああ。これからの地球の守りを託すに足る、素晴らしいチームだと思うよ」

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 峡谷を歩いて進むディノゾール・タイラントの前方に、石造りの巨大建築物が見えてきた。
 小河内ダム。奥多摩湖を形作る圧倒的な質量の水を堰き止めている石の砦。
 足を止めたディノゾール・タイラントは、試し飲みをするかのように断層スクープテイザーを伸ばす。
 通常サイズの個体でさえ、三つ並んだビルをことごとく両断する(※)その斬撃。(※TV版ウルトラマンメビウス第1話)
 しかし、それは直前で唐突に飛来した蒼い球状の輝きに弾かれた。
 不審と威嚇の唸りをあげて、わずかににじり下がるディノゾール・タイラント。
 蒼い輝きはやがて巨大な人型となり、銀地に青と黒のウルトラマンが出現した。
 ダムを背に、立ちはだかるウルトラマンレイガ。
 再び低く唸り、警戒するディノゾール・タイラント。
 だがしかし、その体格差はあまりに大きい。大人と子供ほどもある。
 レイガはその場で両腕を左へと水平に差し伸ばした。そのまま、右へと蒼い残光を引きながら孤を描きながら回し、最後に立てた右腕の腹に左拳を当てる。
「ジェアアッ!!」
 蒼く輝くレイジウム光線が迸る。
 しかし、それはディノゾール・タイラントの放つ断層スクープテイザーに弾かれた。
「シェアッ!? ……デュワッ!!」
 ならばとばかりに、両手を振りかざし、楔形の投擲光弾・スラッシュ光線を連続で放つ。
 それも、断層スクープテイザーに迎撃された。
「ヘア゛ア゛ッ!!」
 拳を握り締めたレイガは駆け出す――しかし、ろくに進みもしないうちに、またも断層スクープテイザーの餌食となり、跳ね飛ばされる。
 そのまま続けて放たれた追撃の連続斬撃こそ横に転がって逃れたものの、距離が詰められない。このままでは勝負にならないのは明らかだった。
 それを理解したか、ディノゾール・タイラントがのそりと前進を再開する。
『――やらせるもんかっ!!』
 目の前に立ちはだかるレイガを排除しようと再び開いた口元に、ビークバルカンが炸裂した。そして、ディノゾール・タイラントを煽るように、その眼前を横切るガンウィンガー。
 それに気を取られた隙を逃さず、レイガは姿を消した。
 彼我の距離を0に縮める超能力――瞬間移動。
 ガンウィンガーを追って断層スクープテイザーを放とうとしたその眼前に出現したレイガは、自分の胸ほどもあるディノゾール・タイラントの頭部を両手で上下につかみ、口を開かせないように締め上げた。
 嫌がって首を振るディノゾール・タイラント。振り回されながらも、顎を開かせないレイガ。
 しかし、ディノゾール・タイラントには両腕がある。張り倒すように左右から攻撃を受けたレイガは、苦鳴をあげながらも耐えたものの、五発目を食らった時に思わず手を離してしまっていた。否、力任せにもぎ離された。
 改めて飛ぶ断層スクープテイザー。
「シ、シェヤッ!!」
 レイガは思わず身を投げ出すようにしてそれを避けていた。
『ああっ!!』
「!?」
 ヤマシロ・リョウコがあげた驚きの声に、レイガは振り返った。
 ダム上部に突き出した二本の展望塔の、向かって左側が斜めに斬られてずり落ちていた。さらにその斬撃の延長線上、ダムの壁面にも深く鋭い亀裂が。
「デェアッ!!?」
 滲むように漏れ出す水。たちまち放射状に広がってゆく亀裂。

『その水を堰き止めているダムを破壊されると、この辺り一帯も含めて、恐ろしいほどの量の水に襲われて――』
『――多分、今年の夏プールは使えなくなります』
『――ダムを……私たちの夏を守って!』


「ヘアアアッッ!!」
 レイガはダムに飛びつくや、左手を白く光らせた。広がり始めていた亀裂の伸びが止まり、逆再生するように直ってゆく。
 そのがら空きの背中へ、断層スクープテイザーが叩きつけられた。
「グアァッ!!」
 仰け反って苦悶の声をあげるものの、ダムから左手を離さないレイガ。
 しつこく続く斬撃に右手を蒼く輝かせ、振り向いて二、三度弾くものの、半身の体勢では守りきれない。弾き損ねた斬撃が、ダムに新たな亀裂を作り、レイガの修繕活動を終わらせない。レイガは磔になっているも同然だった。
『くっそ、やめろっ!! やめろ、このぉ!!』
 迸るビークバルカンとウィングレッドブラスター。蒼い装甲甲殻に弾ける火花。
 ヤマシロ・リョウコ必死の援護攻撃も、その巨体には効果が無い。元々通常サイズのディノゾールでさえ、その装甲甲殻に対しては単発の通常兵器による打撃は望めないのだ。より巨大なディノゾール・タイラントに至っては、ガンウィンガーの装備では太刀打ちは困難を極める。
 その時、モニターにウィンドウが二つ開いた。
『――リョーコちゃん、お待たせ!』
『ヤマシロ隊員、バインドアップだ!』
 セザキ・マサトとクモイ・タイチ。
 ガンローダーとガンブースターが、それぞれ南と北から急速飛来していた。
 新たな邪魔者の存在を感じ取ったか、ディノゾール・タイラントの攻撃が止まり、南と北を見やる。その口が開き――
「……デュワッ!!」
 ダムから漏れる水量がある程度収まったと見たレイガは、振り返りざまに跳んだ。
 跳躍ではなく、瞬間移動で。
 今しも舌を伸ばそうとしていたディノゾール・タイラントの頭上に出現したレイガは、身体ごと覆い被さって両腕で顎をがっちりと抱え込み、力任せに締め上げた。
「フンンッ……ヘ、ヘアアッ!! デュアアッッ! ジェアッ!!」
 今度は頭を自由にさせない。自慢の怪力を全力全開、電撃、飛行能力などの超能力もフル動員して、大地に相手の頭部を押さえ込む。
 長い首を押さえつけるその体勢が功を奏し、這いつくばったディノゾール・タイラントは両腕がうまく使えない。レイガを殴る力も、先ほどより弱くなる。
 そうしている間に、CREW・GUYSはガンフェニックストライカーに合体していた。
『レイガちゃん、行くよ!』
『しっかり避けてくれよ!』
『最後まで離すな!』
 てんでに声をかける搭乗員。そして、蒼空に金色の輝きを放つ不死鳥。
 機体各部のイナーシャルウィングが展開し、メテオール粒子に包まれる巨体。
『『『インビンシブル・フェニックス!!』』』
 三人の掛け声とともに、突入してきたガンフェニックストライカーが急制動をかける。
 ガンフェニックスストライカーの金色のシルエットが本体を残して剥離し、ディノゾール・タイラントの頭部に襲い掛かる。
 そして――大爆発。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 千葉県房総半島山中。
 GUYSアローとディノゾールリバースとの戦いは熾烈を極めていた。
「くっそぉ、アローの足じゃあ二本の舌は捌ききれねえか!?」
『アローでなくても無理ですってば! 今でも避けてるのが奇跡なのに!!』
 至極真っ当な突っ込みはシノハラ・ミオ。ガンスピーダーを使用しないGUYSアローには、メモリーディスプレイを差し込むタイプの認証装置がないため、機体に直接搭載されている無線からの音声である。
『いいから逃げてください、隊長! いくらスペシウム弾頭弾を積んでいても、その機体でディノゾールリバースを倒すのは無茶です! ファンタムアビエイションも使えないのに、どうやって――』
「倒せなくてもいい。俺がここで時間稼ぎをして、こいつを釘付けにしておけば、他のを倒したあいつらが――」
『――そのあいつらっての、もちろん俺も頭数に入ってるんだよなぁ? リュウ?』
「その声は――イサナ!」
『おっまたせぇ!』
 海面すれすれから急上昇、速度を落とすことなく山の斜面に沿って超低空飛行しつつ、ディノゾールリバースに接近したシーウィンガーは、その横っ面へビークバルカンとウィングレッドブラスターを叩き込んだ。
 突然の攻撃に泡を食う双頭の怪獣。
『今だ、リュウ!』
「おう! メテオール解禁! スペシウム弾頭弾――」
 GUYSアローの機体下部がせり下がり、メテオール弾等発射装置が現れる。照準をつけるため、機動が少し直線的になったその刹那――斬光が走った。
「くぉっ! てぇ……りゃあああっ!!」
 咄嗟に操縦桿を切り、機体を錐揉みさせるアイハラ・リュウ。
 しかし、続けざまに走った光は、GUYSアローの右の翼をすっぱりと寸断していた。
『隊長!!?』
 シノハラ・ミオの悲鳴が響く。
 キャノピーの外、制御不能に世界が回る。しかし、真正面を蒼い装甲甲殻が占めているのは変わらない。
「負ぁけるかああああああああああああっっっ!!!」
 トリガーを引く。
 至近距離で放たれたスペシウム弾頭弾が炸裂すると同時に、GUYSアローまでもが突入して爆発した。
『リュウ!? おい、リュウ!!』
『隊長!? アイハラ隊長!?』
 機体を旋回させて戻ってきたイサナの叫びが、シノハラ・ミオの呼びかけが、通信回線に虚しく響く。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 ほとんど亀裂の消えたダムの前に、レイガが再び出現した。
 片膝をつき、支えにするように左手でダムを押さえる。実際には支えではなく、中断したダムの修繕を再開しているだけなのだが、その大きく上下する両肩と相まって、疲労の末に寄りかかっているようにも見えなくもない。
 ディノゾール・タイラントの姿は消えていた。
 インビンシブル・フェニックスで消し飛んだのか否かは、現状ではわからない。その巨体がいた場所は今、濛々と立ち込める土煙に包まれ、爆発の衝撃で崩落した両岸断崖の大量の落石の下に埋もれてしまっている。
『……勝ったの、かな?』
 ヤマシロ・リョウコの呟きに、すぐ同乗者の二人が答える。
『い〜や。油断しちゃだめだ』
『ああ。消し飛んだのは頭側だけだ。おそらく反転してリバースになるぞ』
 果たして、その言葉は直後に現実化した。
 少しずつ収まりかけていた土煙が、爆発かと思わんばかりに湧き上がり、大量の土砂が辺りに撒き散らされた。連続する爆発、無差別に撒き散らされる光弾、そして斬り断たれる粉塵。
 やがて、甲高い鳴き声とともに、ディノゾール・タイラントは自らを埋める土砂岩石を跳ね飛ばして再び出現した。双頭の大怪獣ディノゾールリバース・タイラントとして。
『ヤマシロ隊員! バリアント・スマッシャーだ!』
 クモイ・タイチが叫ぶ。
 最強最大のメテオールを使ってしまった今、最大攻撃として使えるのは全砲門による一点集中攻撃しかない。
 ヤマシロ・リョウコは直ちに応じた。
『了解! バリアント・スマッシャー!!』
 ガンフェニックストライカーの全砲門が、ディノゾールリバース・タイラントの頭部に向けて開かれる。
 しかし。
 これまでとは比較にならない密度の斬撃が、その全てを弾き消した。
『バリアント・スマッシャーが!?』
『そんなアホな!?』
『ちぃっ、こいつは……厄介なことになってきた!』
 旋回するガンフェニックストライカー。三機合体したその巨体はしかし、推進力としては大気圏を離脱できるほどの巨大なものではあっても、機動力は個々の機体に劣ってしまう。
 のんびりと旋回する敵を、二つに増えた頭が見逃すはずも無かった。
 襲い掛かる斬撃と融合ハイドロプルパルサーの弾幕。どちらか片方だけでも手強いというレベルではないのに、それが同時に襲い掛かってきてはもはや太刀打ちできる状況ではない。
『やばいよ! リョーコちゃん、クモっちゃん! ここは一旦スプリットして――』
『そんな暇あるかっ!!』
『ダメ! 回避機動が間に合わな――』
「ジェアアアアアアアアッッ!!」
 襲い掛かる無数の弾幕と、凶悪な斬撃の前に、レイガが割って入る。
 両手で円を描き、展開した円形のエネルギーフィールド(ディフェンス・サークル)の表面に凄まじい爆発と斬撃が叩き込まれる。『レイガちゃん!』
 ヤマシロ・リョウコの呼びかけにももう振り返る余裕もなく、ガンフェニックストライカーを守り続けるレイガ。
『リョーコちゃん、ここは一旦撤退を――』
『いや、ダメだ!』
 セザキ・マサトの言葉を語気荒く遮ったのは、クモイ・タイチ。
『撤退しても、今のレイガでは持たん。戻って来る前に、ダムは破壊される』
『でも、ボクらがいたんじゃ彼の足手まといに――』

『バカ野郎!!』

 突如割り込んできた通信に、三人の背筋が思わず伸びる。
 それは、アイハラ・リュウのものだった。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 千葉県房総半島山中。
 垂直着陸を敢行してくるシーウィンガーの蒼い機体を見上げつつ、パラシュートまみれの中で炎の図柄を描いたメモリーディスプレイを握るアイハラ・リュウの姿があった。特攻寸前に脱出していたのだ。
 アイハラ・リュウは続けた。
「マサト! これは俺達の卒業試験じゃなかったのか! 考えろ! まだやれることはあるはずだ! そいつは、俺達の翼、平和の砦、地球人の誇りなんだぞ! まだ飛んでいるなら、全力を傾けろ! このままレイガにおんぶに抱っこでいいのか!」
『し、しかし隊長! もう武器が……』
『武器だけで戦うわけじゃないだろ、俺達は』
 そう割り込んできたクモイ・タイチの低い声に、アイハラ・リュウはニヤリと頬を緩めた。
『タイチはわかってるみてえだな。……なんか考えがあるんだな?』
『卒業試験にはならないかもしれないが……隊長、一つ確認しておく』
「いいぜ」
 確認事項を確認せぬまま、アイハラ・リュウは頷いた。
「お前らの好きなようにやれ。責任は俺が取ってやる」
『……感謝する』
「感謝は作戦が成功してからにしやがれ。……頼むぞ、お前ら」
 三人のG.I.Gを聞きながら、アイハラ・リュウは通信を切る。その表情は、勝利を確信して薄く微笑んでいた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 ガンフェニックストライカー操縦席。
 キャノピーの外では、レイガが防御に防御を重ね、町やダムを守り続けている。
 ガンフェニックストライカーは一旦手近な山の裏へと退避機動を取りつつ、ディノゾールリバース・タイラントの後方へ回り込もうとしていた。
「――以上だ」
 新たな作戦概要を説明したクモイ・タイチがそう言って締める。
 拳を握り締めてやる気を漲らせているのはヤマシロ・リョウコ。
「……………………それしか、ないのか?」
 対照的に、苦い表情をしているのはセザキ・マサト。
「今、とりうる中では一番真っ当な作戦だと思うが?」
「そりゃそうだけど……なんて言うか、地球人の矜持が……」
「そんなものは勝ってから言え」
「……仰るとおり、至極真っ当、ごもっともだよ、チックショウ!!」
 ヤケクソ気味に叫んで、渋々ながら同意する。
「あ〜あ、ウルトラマン無しでも戦えることを、アピールしたかったんだけどなぁ」
 モニター画面の中、セザキ・マサトは悔しさを隠しもしない。
「でもさ、シロウちゃんは、ウルトラマンはそんなこと疑いもしてないって言ってたよ?」
「ちが〜う!! 誰が去ってゆく宇宙人にそんなもんをアピールするんだよ。ボクがアピールしたかったのは、地球人にだよ!」
「え?」
「……………………」
「リョーコちゃんは相変わらずわかってないようだけど、未だに地球防衛の要は結局ウルトラマンだって声は、世間じゃ大勢を占めてる。だからボクは、この機会にしっかりと地球人に見せておきたかったんだよ。ボクらGUYSが皆さんを守りますって! だって、ボクらが安心を提供する相手はウルトラマンじゃなくて、そういう人たちなんだから! それが地球を守るってことじゃないの?」
「あ……そっか。ごめん、セッチー。あたし……そんなことまで考えてなくて……」
 少しうなだれるヤマシロ・リョウコ。
「そうだな。セザキ隊員のような考え方が地球を守るに相応しいということなのだろう」
 そう告げるクモイ・タイチの口調は、心なしかいつもより静かで優しい。
「だが、宇宙人と垣根なく付き合う時代を迎えるには、ヤマシロ隊員の考え方が相応しいのだろうとも思う」
「……タイっちゃん……」
「現に、レイガが俺達を守ってくれている理由の一つは、間違いなくヤマシロ隊員が作ってくれたのだろうからな」
「でもでも、それを言うなら、タイっちゃんだって……」
「あーもう! こっぱずかしい褒め合いはそこまで! クモっちゃんの作戦、開始するよ! 準備はいい!?」
 セザキ・マサトの促しに、二人はG.I.Gで応える。
「んじゃ、リョーコちゃん!」
「おっけー。ユーハブコントロール?」
 コンソールをいくつか操作して、ガンフェニックスの操縦権をガンローダーに渡す。
「ほい、アイハブコントロール。……クモッちゃん、スプリット、どうぞ!」
「ガンブースター、スプリット!」
 ガンフェニックストライカー後部に合体していたガンブースターが分離し、独自の機動を描き始める。
「スプリット確認。……おっけー、じゃあ後は任せてよリョーコちゃん!」
「うん、わかった! お願いね」
 ガンウィンガーのコクピットで操縦桿を離したヤマシロ・リョウコは、その両手を胸の前で握り締め、うつむき加減に瞳を閉じる。まるで、祈るように。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 ディノゾールリバース・タイラントの猛攻は、かつて月面で機械人類文明の旗艦が展開した弾幕に匹敵するものに思えた。
 防御一辺倒ではジリ貧だと理解してはいるものの、攻撃に転ずるどころか接近さえままならない。
 いつの間にかレイガは、小河内ダムを背に片膝をついてバリアを張り続けている状態のまま、釘付けにされていた。
 カラータイマーはすでに赤く点滅し、残り時間の少なさを告げている。
「ジェア……(く……このままでは)」
 時間切れで消えるか、エネルギーを使い果たして倒れるか。どちらにせよ、ダムも、みんなも、この夏も守れはしない。
 だが、現状を打開する策など思いつかない。今出来るのは、少しでも長くダムを守ることで、GUYSがなにか手を打つ助けとなることぐらい。
「ヘア(せめて、あの舌さえ何とかなれば……)」
 二本の断層スクープテイザー。一本でもほぼ見えなかったそれが、二本ともなればもはや見えない剣で切られているようなもの。いや、剣の方がまだ使い手の動きから幾分刃の軌道が読める。これは読めない。
 それに加えて、当たれば爆発炎上する無数の光弾が視界を塞ぐ。もはや読むどころの話ではない。こうしてバリアを展開して全部の攻撃を防ぎ続けるしか、方策はない。
 唯一幸いといえるのは、先ほどの大爆発で両岸の断崖が崩落し、峡谷を落石で埋めてしまったことか。ディノゾールリバース・タイラントは、その山を越えられずにいる。
 そのため、ガンフェニックスは、容易にその背後へと回り込むことが出来た。
「デュワ(来たか)」
 そう呟いた時――

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

『レイガちゃん! あたしと合体して!』
 それだけを念じていたヤマシロ・リョウコは、不意に周囲で渦巻いていたエンジン音、風切り音、爆発音、斬撃音、コンソールの警告音などなど種々の雑音が消えたのを感じた。
 そっと目を開く。
 そこは、見たこともない空間だった。どこからともなく差し込んでいる美しい光が、なにかの織物のように幾重にも重なっている。上下左右はわからない。しかし、自分が立っていることは把握できたし、空間識失調のような気持ち悪さもない。むしろ、安心できるような……。
「よう、リョーコ」
 声をかけられ、改めて正面に誰か立っていることを知る。
「とうとうお前もここまで来ちまったな。……ようこそ、俺のテレパシー空間へ」
 少しぼんやりとしたエコーを含む声の主は、シロウだった。
 ヤマシロ・リョウコは頷いて、歩み寄る。
「うん。すっごく嬉しいよ。ここが、君の心の中みたいなものなんだね。綺麗なところ……」
「ありがとよ。けど、そんな風に言われると、ちょっと照れくさいな」
 鼻の頭を指先で掻いて照れ隠しの笑みを浮かべるシロウ。
「さて、俺と一体になりたいとかって言ってたみたいだが?」
「うん。あの怪獣を倒すために、シロウちゃんと一つになるよ」
 屈託ない笑顔に込められた絶対の信頼。そして勝利への揺るぎなき自信。
 シロウもその笑顔に釣られて、期待を表情に隠さない。
「なにか、策があるのか?」
「策ってほどのものじゃないよ。あたしと、シロウちゃんが、お互いの得意な力を出し合うだけ。それだけで、勝てる」
「そうか。……ああ、これがあれだな」
 なにを思い出したのか、シロウは嬉しそうにはにかみ、指を振る。
「一人じゃ行けないところへ、二人で手を繋いで行こうってやつだ」
「シロウちゃん……。ここでそれを言うかい? 惚れちゃうぞ、まったくぅ」
 受けるヤマシロ・リョウコも、嬉しさ全開ではにかみ返す。
「でも、ちょっと違うかな。今回は。一人じゃ行けないから、なんて後ろ向きじゃなくてさ。あたしは、シロウちゃんも含めて、みんなで行きたいんだ。この先へ……未来へ」
「みんなで行きたい……未来か」
「そうだよ。さあ、行こう」
 そう言って差し出した手を、シロウががっしりと握り返す。
「そうだな。そっちの方が、リョーコらしいな」
「うん。じゃあ、さっさと片付けよっか」
「おう」
 手を握り合う二人の間に、眩しい光があふれ出す――

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 片膝立ちでバリアを張っていたレイガの身体が、青白く輝いた。
 その眩しさに、ディノゾールリバース・タイラントが怯む。
『――今だ!』
『ガトリング・デトネイター!』
 ガンフェニックスとガンブースターが、左右から挟みこむように飛来、ありったけの射撃兵装から弾幕をばら撒く。
 その間に、レイガは立ち上がっていた。体表上の青と黒のパターンが、右腕へとねじれて集まってゆく。
 右腕はすぐに白い霜に覆われ、氷柱を生じ、氷柱は氷塊となり、やがて真っ直ぐ伸びて剣となる。
『(……レイガちゃん。あいつに接近戦は難しい。あたしの得意でもあるし、ここから射つよ! 出来るよね?)』
『(ああ。俺の力と、お前の力合わせるんだからな。体全部、お前に任せる――こんなもんかな?)』
 レイガは両手を握り合わせて、前に突き出した。
 右腕の氷が左腕を覆い、一つになってゆく。ビキビキ、と氷が軋む音が響き、剣が形を変える。細く、長く。一方、左手の手首からもその上下に新たな氷刃が生え、わずかに後方へ沿って伸び、アーチを作ってゆく。
『(……これ……)』
『(お前の得意はこれなんだろ? 遠慮なく、ぶちかませ!)』
 左手首から生えたのは、氷で作られた弓。右手の氷の剣は氷の矢に形を変えていた。
『(ありがとう!)』
 その刹那、眠りから目覚めたかのようにレイガの動きが変わった。
 流れるような動作で矢を弓につがえ、思い切り引き絞る。顎を引き、背筋を立てて、ただ一心に的を狙うその姿は、初めて矢を射る者の姿ではない。
『あれが……ヤマシロ・リョウコの本来の射形か』
 ガンブースターを操り、ディノゾールリバース・タイラントの双頭の一つの気を逸らす役目を負ったクモイ・タイチが呟く。
『なんと美しい……』
 一方、ガンフェニックスを操縦するセザキ・マサトには、そんな感慨を抱く暇はない。
『お前の相手は、ボクらやっ!! こっち向きさらせっ! くっ……あほぅ、そんなもん効くかいやっ!!』
 融合ハイドロプルパルサーを数発被弾しながらも、斬撃を躱す機動を重ねてディノゾールリバース・タイラントの双頭の一つの意識を引き付ける。
 大きく旋回し、左右から再び挟みこむように全力攻撃。
 攻撃力に劣るものの、その巨体で目を奪うガンフェニックス。
 GUYSメカ最大の攻撃力で打撃を与えるガンブースター。
 それらの攻撃に、ディノゾールリバース・タイラントは躍起になって舌を伸ばす。
 双頭の吐き出す断層スクープテイザーは、それぞれが左右に向けて放たれた。
 流石に真正面から吐かれては、躱す術はない。
 避け損ねたガンフェニックスの機首がコクピットごと寸断される。
 ガンブースターも、躱し損ねて尾翼を切り裂かれた。

 しかし。

 今や、レイガの前にはぽっかりと空間が空いていた。
 何者にも邪魔されえぬ、必殺の間合い。必殺の瞬間。
 それこそが、二人が覚悟の上で求めたもの。アイハラ・リュウがなにも聞かずに負ったもの。
『――今や!』
『――やれ、レイガ!!』

 引き絞った矢を解放する。
 レイガの放つ光線にも劣らぬ速度で走った氷の矢は、こちらを向いていた双頭の片割れの口から飛び込み、串刺しにして、さらにその向こうのもう一つの頭部を後頭部から口へと貫き止めた。
 ビクビクと震える双頭がたちまち白い霜を吹き、凍り付いてゆく。
『(一発で……スゲえ)』
 深呼吸をするかのように、ゆっくりと残心を解くレイガ。
 その内部で、感嘆の呻きを漏らすレイガに、ヤマシロ・リョウコは冷徹なほどの口調で答える。
『(だから言ったでしょ。あたしと、シロウちゃんが、お互いの得意な力を出し合うだけ。それだけで、勝てるって)』
 左手を軽く振って手首から生えていた弓を消す――ほぼ同時に、ディノゾールリバース・タイラントは前のめりに突っ伏し、その衝撃で双頭は粉々に砕け散った。
『(……改めて、ありがとうね。レイガちゃん。身体、任せてくれて)』
『(なに、元から射つ方は苦手だしな。リョーコはスゲえから、俺が手を出さない方がうまくいくと思っただけだ)』
『(そんな風に信じてくれて、ありがとう。心から、あたし、シロウちゃんと友達でよかった)』
『(ああ、俺もだ。……ありがとうな、リョーコ)』
『(ん)』
 レイガの体色パターンが元に戻ってゆく。
『(……なあ、リョーコ)』
 ふと、シロウが語りかける。
『(俺、決めたぞ)』
『(……………………そっか。決めたか)』
 シロウの言葉の重みを受け取ったヤマシロ・リョウコは、あえてその決断を追及しなかった。
 そして、シロウ自身も。
『(ああ。決めた)』
 それだけ告げて、二人の会話は終わった。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 フェニックスネスト・ディレクションルーム。
「……GUYSジャパンの担当領域での状況はこれで終了です」
 シノハラ・ミオの宣言で、張り詰めていた空気が弛む。
 トリヤマ補佐官は大きく息を吐き出して、へなへなと椅子に座り込み、マル秘書官はそれを慌てて支える。
「それにしても、九体もの怪獣を全て撃滅するなんて、新記録じゃないですか?」
 シノハラ・ミオの珍しい軽口に、トリヤマ補佐官も得意げに頬を緩める。
「いやはやまったくだ。諸君らは本当に頼もしくなった。今や、以前の先輩諸氏にも勝るとも劣らぬ精鋭揃いだぞ。誇ってよい」
「ありがとうございます。みんなにも後ほど伝えておきますね、補佐官からのありがたいお褒めの言葉」
「いやなに、それほどのものでも。ぬははは……しかし……こうも多くの怪獣に一度に来襲されては身が持たんわい。今月末の退官日までは、もうこれで一段落ついてほしいものだな。なあ、マル」
「まったくですね」
 いつも通りに相槌を打って頷くマル秘書官――その表情に、少し寂しさがよぎる。
「補佐官」
 イクノ・ゴンゾウが控えめに声をあげた。
「GUYS・USAでも降下したディノゾール二体の撃破に成功したとの連絡が入りました。あとはGUYS・EUとウェストロシアですが、現在ウルトラマンジャックが戦っているスイスのディノゾールが最後……と、たった今撃破したようです」
「おお、そうか。そっちも終わったか。めでたしめでた……いや待て」
 不意に表情を硬張らせて、イクノ・ゴンゾウを見やる。
「GUYSスペーシーから新たな降下怪獣がいるとか、そういう報告はないか?」
「今のところありません」
「そうか。………………よかったぁぁぁぁ。これでとりあえず、本当の、本当の、本当に、完全に、終わったわけだな。よし、それではさっそくサコミズ総監に報告してこよう。ついて来い、マル!」
「はい」
 立ち上がったトリヤマ補佐官とマル秘書官は、揃ってディレクションルームから出て行った。
 それを見送ったシノハラ・ミオが、一つため息をつく。肩を交互にぐるりと回し、モニターに向き直る。
「さぁて、こちらは事後処理に取り掛かりましょうか。イクノ隊員、サポートお願いできますか?」
「お任せ下さい」
「よろしくお願いします。まずは――隊長ですね。現在、シーウィンガーに同乗してこちらへ向かってます。ハンガーの受け入れ準備と整備班への連絡お願いします。私の方ではイサナ隊長のビジター申請を出しておきますので」
「整備班……そういえば、GUYSアローが大破ですね。隊長、帰るなりアライソ班長に大目玉をくらいそうですね」
 シノハラ・ミオ以上に珍しいイクノ・ゴンゾウの軽口。
 シノハラ・ミオはコンソールの上に白い指を躍らせながら、ふっと笑みを漏らした。
「……自業自得です。無茶ばっかりするんだから。ところで、隊長ってコーヒーでよかったのかしら?」
「紅茶をたしなむような人ではなかったと思いますよ? まあでも、日本茶の方が喜ぶかもしれませんね、皆さん」
「ああ、そうね。じゃ、これが一段落ついたら……イクノ隊員も日本茶で?」
「渋いやつが好みです」
「G.I.G。濃い〜のを淹れますわ」
 軽いウィンクを飛ばし、シノハラ・ミオは仕事に戻った。


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