ウルトラマンメビウス外伝 RAYGA
第13話 進み行く先、路の彼方 その7
東京都P地区、チカヨシ家2階エミの部屋。
エミは高校の制服に着替えつつ、肩と頬に挟んだ携帯電話でユミと話していた。
「怪獣警報? だからぁ、どこに降りてくるかもわかんないってことは、降りてこないって可能性も高いわけでしょ? それに、休校の連絡は学校から回ってきたわけだし、先生は学校にいるってことじゃん」
スカートを穿き、ブラウスの裾をたくし込んでスカートのホックを止める。
「……ああ、もう。心配してくれるのは嬉しいけど、大丈夫だってぇ。だって、せっかくユミが取ってきてくれた話なんだから。絶対今週と来週の対抗戦、実現させてみせるんだから。……え?」
ジャケットの片袖ずつ腕を通し――怪訝そうに顔をしかめる。
「……うん。……うん。……うん。わかった。寄り道しないで行って帰ってくるし、なにかあったらまずユミに電話する。……うん、わかってる。絶対無理はしないから。ん、じゃね。行ってくる」
携帯を切ったエミは、それを閉じて一つ頷く。
「……ありがと、ユミ。絶対この夏、勝とうね。一緒に」
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
茨城県日立市河原子海水浴場傍の海岸。
後方からバリアブルパルサーによる高電圧電撃攻撃と、ダブルガンランチャーによる背部の飛行用噴射推進器官への直撃ダメージを受け、まず二体のうちの後方に位置していた個体が海岸に墜落した。
先行する一体はそのまま内陸方向へ飛び去ってゆく。後方で起きた事態に気付かなかったのか、気づいていて見逃したのか、それとも別の思惑があるのかは定かではないものの、セザキ・マサトにとっては一体ずつを相手にできるこの状況は僥倖といえた。
砂浜に墜落したため、頭部を引き抜こうと悪戦苦闘しているディノゾール。
高電圧電撃攻撃からのショックからもいまだ立ち直れておらず、今一つ動きの鈍いその背後に近づいたガンローダーのダブルガンランチャーから、一体のマケット怪獣が解き放たれた。
三日月形の鋭利な頭の角、鼻先に屹立する三本目の角、前方へと湾曲した背中、力強さを象徴するどっしりとした下半身、それに相応しい長大な尾――古代怪獣ゴモラ。
溢れ出す闘争心を誇示すべく一声吠えたゴモラは、こちらを向きかけているディノゾールに突進をかけた。
敵の接近に気付いたディノゾールの口が開き、1オングストロームの細さを持つ射程10Kmの舌がゴモラを襲う。しかし、分厚い表皮で数度弾けた斬撃をものともせず、ゴモラはその鼻先の角をディノゾールの脇腹に突き立てた。
勢いのあまり、横倒しになる宇宙怪獣が悲鳴じみた咆哮をあげる。
次の瞬間、ゴモラの角から放たれた、あらゆる物質の結合を解き、崩壊させる超高速振動波がディノゾールを襲った。
その超振動は、宇宙怪獣が息絶え、その体がぐずぐずの肉片となって胴が真っ二つになる寸前まで続けられた。
正確にはゴモラがマケット怪獣の稼働限界時間1分を終えて姿を消すまで。
そして、その時にはすでにガンローダーは先行したもう一体を追って、急速に高度を上げていた。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
クモイ・タイチの読み通り、最初の一体を撃墜したのは浜名湖南側の海岸だった。
しかし、それはガンローダーが仕掛けたような、強制着陸のための牽制攻撃ではなかった。ガンブースターの持つ六門もの砲塔による全力一斉攻撃・ガトリングデトネイター。三機のGUYSマシンの中では最大の攻撃力を持つその火力は、いともたやすくディノゾールの二股に分かれた尾を根元から切断した。
水深の浅い海へ墜落したディノゾールが、水飛沫を撒き散らしながら立ち上がり、振り返る。
もう一体がそのまま西に飛び去るのを確認しつつ、死角である背後へと回り込み、マケット怪獣を解き放つガンブースター。
銀色に輝く金属皮膚を持ち、その左腕に重火器を備えたヒューマノイド型のロボット風怪獣――ウィンダムが出現した。
ウィンダムは額の発振クリスタルからレーザーを放った。迎え打つは断層スクープテイザー。
両者の中間で弾かれるレーザー、弾き飛ばす1オングストロームの斬撃――それはかつての戦いの再現。(※TV版ウルトラマンメビウス第11話)
しかし、今回は一つだけ違うことがあった。それは、ガンブースターの存在。
ウィンダムの後方より突入したガンブースターは、レーザーに絡みつくような機動でディノゾールへと接近してゆく。
ウィンダムのレーザーを弾けばガンブースターのガトリングデトネイターが、ガトリングデトネイターを防ごうとすればウィンダムのレーザーが、ディノゾールの頭部を狙う。
やがて、防ぎきれずにウィンダムのレーザーがディノゾールの額で弾けた。直前に断層スクープテイザーの一閃で防いだため、一瞬頭部甲殻の表面で飛び散った火花が視界を塞いだ程度の打撃だったが、ガンブースターの乗り手には、その一瞬で十分だった。
全力集中砲撃のガトリングデトネイターが、それまで以上の精度を以て頭部急所の甲殻をを撃ち貫き、破壊した。
通常機動に戻るガンブースターに向かって両腕を方の高さに上げてみせ、勝利を喜ぶウィンダム――しかし、その時不意に襲ってきた斬撃に、ウィンダムは切り刻まれた。
完全に油断していたウィンダムは大きく吹っ飛び、そのまま時間切れを迎えて虚空に光の塵を残して散った。
西から、一度は飛び去ったかに見えたもう一体のディノゾールが急速に迫っていた。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
千葉県房総半島上空。
高度一万三千から反転、作戦名の元となった猛禽の姿そのままに、急速降下で襲い掛かるガンウィンガ―。
狙うはひときわ大きな体を持つディノゾール・タイラント。
高度一万――ガンウィンガ―が光り輝き、イナーシャルウィングを展開。
高度七千――残像を残しつつ、ぶれる機体。しかし、その飛行軌道に一切の揺らぎなく、ただ真っ直ぐに。
高度五千――主翼の下、猛禽の爪を模したかのようなトランスロードキャニスターがせり出し、内部に収められたスペシウム弾頭弾が露出。
高度二千――スペシウム弾頭弾左右一発ずつ、計二発を同時発射。
解き放たれた猛禽の爪は、ようやくこちらの存在に気付いたかのように身じろぐディノゾール・タイラントの頭部を狙い、反撃の間も与えず撃破する――
はずだった。
もう一体が……それまでリーダーの後ろをひたすら忠実に追っていたもう一体のディノゾールが、スペシウム弾頭とディノゾール・タイラントの間に割り込んだ。
スペシウム弾頭弾は炸裂し、割り込みをかけたディノゾールは頭部を失って東京湾に面した房総半島の山中に墜落する、
そして、命を救われたディノゾール・リバースは一声吠えて、侵攻を続ける。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
「仲間をかばった!?」
ガンウィンガ―搭乗のヤマシロ・リョウコは、急降下のまま地面に激突しないよう操縦桿を目一杯引き絞りつつ、驚嘆の声を上げた。
リーダーをかばい、命を投げ出して守り抜いた怪獣はあっぱれという他ないが、こちらの当初の目論見は見事に外されてしまった。
「く……どうする!?」
先行するディノゾール・タイラントと山中に落ちたディノゾール。後者は頭を失った。極性を反転させ、ディノゾールリバースとなって甦るだろう。
どちらを先に殲滅すべきかと迷った刹那、通信が入った。
『リョーコ!! 今は旋回する時間も惜しい! 行け! ここは俺に任せろ!』
それは後発したGUYSアローに乗るアイハラ・リュウだった。去りゆくディノゾール・タイラントと入れ替わりに、空域へ近づいている。
『あのデカブツを都市に着地させるな! 時間を稼げば、他の連中も必ず駆けつける!』
「ジ、G.I.G!! ヤマシロ・リョウコ、ディノゾール・タイラントを追跡します! ……隊長、あとよろしく!」
『任せておけ! そっちも頼んだぞ!』
「はい!」
一度は切ったアフターバーナーを再点火し、迷いがちだった機首を向かうべき方向へぴたりと向ける。
それは、つがえた矢が的へ向かうがごとく。
ただ一直線に。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
八丈島東方空域。
追う者、追われる者――めまぐるしく入れ替わる空中戦が繰り広げられていた。
追われそうになる刹那、W.I.S.E.クルーズモードを利用して急制動、その場での急反転によりディノゾールの背後に回るものの、次々と放たれる大量の融合ハイドロプルパルサーの弾幕を躱すのがやっとのシーウィンガ―搭乗・イサナ隊長。
「ちぃっ、動き自体はアリゲラなんかよりよっぽど鈍いんだがな。ったく、手数が多いってのは長所だよな。とはいえ――」
光弾を躱している間に、長い首を捻じ曲げた相手の視界に入っていた。
「おおっと」
イカルガ・ジョージのような超空間認識能力ではなく、カザマ・マリナの超聴覚でもなく、むしろクモイ・タイチの気配感知能力に近い経験則で急制動をかける。
次の瞬間、海面が爆発した。案の定放たれた断層スクープテイザーが海面を切り裂いたのだ。
「――ヒュー♪ やっぱあの舌が一番厄介だね。……っと、待てよ?」
ふと思いついたイサナは、海面を叩く舌を躱すべく回避機動を繰り返してディノゾールの背後に張り付きつつ、思考を巡らせる。
「……ふぅん? こいつは、ひょっとすると……」
イサナは操縦桿を切った。シーウィンガーは翼を翻して海中に没した。
GUYSオーシャン所属のマシンとして、青き機体にのみ与えられた潜航能力。水深100m程度までなら問題なく活動できる。
その能力を使って水中に潜んだシーウィンガーを見失ったディノゾールの動きが鈍る。
「――メテオール解禁。パーミッション・トゥ・シフト・マニューバ」
どこまでも青い、透明度の高い小笠原の海にて金色の輝きを放つ青の水鳥。
その輝きを目にしたディノゾールの舌が、輝きの根源に対して、舌を伸ばす。しかし、分厚い水の膜に閉ざされて届かない。
「恋焦がれた地球の水は美味いかい!? ――スペシウム・トライデント発射!!」
ディノゾールが警戒していた水中の金色の輝きとは離れたところから飛び出してきたシーウィンガーは、そのまま足の爪にも似たトランスロードキャニスターから三本同時にスペシウム弾頭弾を放った。
左右で合わせて6本のミサイルは、怒れる海神の三つ又の矛よろしく、容赦なく宇宙怪獣の頭部に炸裂、吹き飛ばした。
生贄として空から海へと叩き落とされたディノゾールは、そのまま海神の懐へと沈みゆく――
再びW.I.S.E.クルーズモードに戻り、一路北へ戻る進路を取るイサナ。
束の間、宇宙の長旅をここで終えることになったモノに、軽く敬礼を切った。
「長旅お疲れさん。ここがお前さんの終点だ。大好きな水素に囲まれて、ゆっくり眠りなよ」
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
東京都P地区・オオクマ家。
お茶請けのせんべいをかじりつつ、テレビニュースを注目している親子一組。
『この時間は予定を変更し、地球へ侵入した宇宙怪獣の日本周辺での動向についてお知らせします』
『GUYSジャパンの作戦は現在進行中であり、情報としてはやや遅れている面があることは否めません』
『関東沿岸を東北方面に向かいつつあった二体のうち、一体はGUYSによって撃墜、撃破されたとの報告が――』
『西へと向かっていた二体についても、一体は撃破。現在、残るもう一体と激しい空中戦を繰り広げており――』
『公海を防衛任務領域とするGUYSオーシャンの援護により、小笠原方面へと逃走していた手負いの一体も撃墜されたと広報より――』
『首都圏へ向かっていた二体については、一体を千葉県房総半島山中に撃墜、現在撃破確認を行っており――』
『また、残り一体が首都上空を横切るように飛行しており、GUYSでは怪獣進行予測を発表し、進行先に存在する各自治体に対し、注意を呼びかけ――』
「ひー、ふー、みー……四の五?」
ニュースを見ながら、指折り数えるシロウ。
「もう五体も宇宙怪獣を始末したのか。すげえじゃねえか。なんだ、これなら今日は俺の出番なさそうだな」
冗談めかして笑うシロウに、シノブは怪訝な目を向ける。
「なんだい、戦うつもりだったのかい?」
「いやいや。別にそんなつもりはねえけどさ。九体だっけ? あんまり数が多いもんで、ひょっとしたらリョーコあたりが手を貸せって言ってくるかなー、と」
『シロウちゃん、大変よ!』
そら来た、と言いたくなるようなタイミングで声を上げたのは、庭から現れたマキヤだった。
「よー、マキヤ。どした、なんかあったか?」
ちゃぶ台から四つん這いで這い出して庭側のサッシを開いたシロウの暢気さに、マキヤは不審な目を向けた。
「シロウちゃん、ニュース見てたんじゃなかったの!? 大変よ、宇宙怪獣の中でも一番大きいのがこっちにまっすぐ向かって来てるって!!」
「あー、そういえば今その話してるわよ? お気を付けくださいって」
居間の奥、ちゃぶ台に頬杖をついたシノブがあまり危機感のない声で答える。
シロウはふぅん、と生返事を返し――その時、突風が吹き荒れた。
短い悲鳴を上げて、吹き散らされる髪を押さえるマキヤの身体が、ぐらりとかしぐ。
すかさず手を伸ばしてそれを支えたシロウ。同時に聞こえてきた空気をかき分ける轟音に見上げた空を、陽射しを翳す巨大な影がよぎった。
「……へぇ。こいつはまた………………大物だな……」
思わず呟く。それほど大きかった。今まで戦ってきた怪獣とは二回りほども大きさが違う。その巨体は、シロウを――レイガをして息を飲ませるほどの威圧感がある。
しかし、その深く暗い蒼の甲殻を持つ巨大宇宙怪獣は、マキヤが心配するまでもなく東京P地区上空を通過し、西へと飛び去りゆく。
続いて、聞き慣れた飛行音が轟き、炎をまとった鳥の姿を機体に描いたガンウィンガ―が、同じく上空を通過してゆく。
「あれは……リョーコか」
遠視・透視で機体の搭乗者を覗いたシロウが漏らした時、居間の電話が鳴った。
その時テレビのニュースは速報として、苦戦している欧州に出現したウルトラマンジャックの情報を伝えていた。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
茨城県と福島県の県境・三鈷室山北面上空。
融合ハイドロプルパルサーを背後にばらまきつつ、一路北を目指すディノゾール。
光弾の弾幕を回避しつつ、追いすがるガンローダー。
不意にガンローダーが金色の光を放ち、イナーシャルウィングを展開した。
両翼の中央に開いたブリンガーファンが高速回転を始め、周囲の空気を引きずり込むようにして日本の竜巻を生じさせてゆく。
前方に向けられた気流の渦は、先行するディノゾールを背後から捕らえた。宇宙を渡る飛行能力を持つ宇宙怪獣すら抗えぬ気流の渦に挟まれ巻き込まれ、なす術なく錐もみ回転に陥って、そのまままだ雪残る山の中腹に叩きつけられる。
続けざまにガンローダーから放たれた一条の光芒が斜面で炸裂し、高分子ミストの輝きが渦を巻く。
渦が晴れると、全身を白毛で覆われた一本角の二足歩行型白熊怪獣――マケット・スノーゴンが出現した。象に似た声で鳴いたスノーゴンは、合わせた両手の間と口から物凄い勢いで噴き出す白い煙のようなガスをディノゾールに浴びせかけた。
白い冷凍ガスによって、山はたちまち猛吹雪に包まれた。
ようやく春近くなって溶け始めていた渓流はあっという間に凍りつき、水中に泳ぐ魚は逃げることもできずに動きを止める。ぎしぎし、びきびきという不気味な音が辺り中で鳴り響き、山林は樹氷を育て、無数の氷柱を生えさせる。
そこに倒れているディノゾールの暗く青い装甲甲殻表面にも白い霜が吹き、甲殻の端からいくつものつららが枝垂れ下がる。
吠えて暴れるディノゾールだったが、その身じろぎで砕ける氷塊より、その体を押し包む氷塊の方が成長が早い。かろうじて背部はしきりに噴かす飛行用噴射器官と融合ハイドロプロパルサー発射口からの熱で抵抗しているものの、そこでも結局は冷凍ガスの方が圧倒的に優勢だった。
やがて舌を伸ばして抵抗していた首も凍てついて動きを止め、背部からの噴射も徐々に勢いを失い、最後には止まってしまった。
完全に凍りついたディノゾールに無造作に近づいたスノーゴンは、そのまま力任せに打ち砕き始めた。同時にガンローダーも前方に回り込み、ダブルガンランチャーとバリアブルパルサーの同時射撃で上半身を木っ端微塵にしてゆく。
スノーゴンがその活動時間を終えて勝利の咆哮とともに消えた時、辺りの雪原にはディノゾールだった物が立体パズルの破片のようにバラバラになって散らばっていた。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
浜名湖南側海岸上空。
ウィンダムがやられたということは、すでにそこは間合いの中。
舞い戻ってきたディノゾールに対し、ガンブースターはすぐさま金色の光を放ち、イナーシャルウィングを展開した。そして、その場での回転により発生するメテオールエネルギー障壁を発生させると、そのスパイラルウォール守られたまま、まっすぐ突撃した。
次々と放たれる断層スクープテイザーを、自前の機動力と操縦者の腕前、メテオール粒子による残像機動ファンタム・アビエイションで躱す。
数度の直撃もスパイラルウォールで受け止め、わずかに跳ね飛ばされながらも、間合いを詰め――そのままディノゾールの横っ面に体当たりを敢行した。人間でいえば、右フックを顔面に入れた、と表現すべきか。
大きく首を弾き飛ばされたディノゾールが大きくバランスを失ってよたつく。
その刹那。
その間合いともいえないほどの、超至近の間合いから。
おそらくキャノピー越しに見えるものは宇宙怪獣の口辺りの装甲甲殻だけであろうと思えるその距離から。
ガトリングデトネイターが火を噴いた。
一度ではない。二度、三度、そして首がもげ、頭部が消し飛ぶまで。
さらに、落ち行く胴体が海面に落ちる前に背後へ回り込み、尾の根元を。
頭と尾を失った胴と、二股の尾が別々に着水し、華々しい水飛沫を上げる。その飛沫を全身に浴びながら、ガンブースターは金色の輝きを収めた。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
千葉県房総半島山中。
二股に分かれた尾部先端の神経瘤をそれぞれ短期間で肥大化、新たな脳へと発達させたディノゾールは、双頭の怪獣ディノゾールリバースとして復活してしまった。
後方を向いていた飛行用噴射器官が使えなくなったため飛行こそできなくなったものの、融合ハイドロプルパルサーの発射口が全て前方を向く形となり、二本に増加した断層スクープテイザーと相まって、アイハラ・リュウの腕を以てしても全く接近できない状態となっていた。
ひたすら周囲を旋回し、山頂を身代りにするなどして攻撃を躱し、その場から移動しないよう釘付けにはできているものの、じり貧なのは明らかだった。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
東京都P地区・オオクマ家。
シノブから受け取った電話の相手はユミだった。
「どうした、ユミ? なんか用か?」
『……………………』
シロウの表情が曇る。沈黙というより、言い出しかねている気配。
黙っていると、ユミの方から告げてきた。
『シロウさん。私、調べたんです』
「?」
『今この地区の上を通って行った怪獣は、水素分子をエネルギー源にしているそうなんです。そして、あの先には――』
聞きながら、何気なく怪獣の行く先を目で追う。透視と遠視――
「……この間戦った水場がある方角か。確か、オクタマ湖とか」
『はい。あの湖は川をダムという石造りの建物を造って堰き止めて、人間が造った人工の湖なんです』
「ふぅん」
『その水を堰き止めているダムを破壊されると、この辺り一帯も含めて、恐ろしいほどの量の水に襲われて人も家も車も畑も何もかも水没、もしくは洗い流されてしまいます。それだけじゃありません。その水は、私たちが日々使っている水でもあります。飲み水、お料理、お風呂、洗顔、おトイレ、畑の水やり、洗車、公園の噴水、火事などの消火、工場での部品洗浄……それに、プールも』
「……………………」
ユミが何を言いたいのかわからず、シロウは黙って聞いている。その間にも、遠視透視能力発揮中の視界の中ではヤマシロ・リョウコ搭乗のガンウィンガ―に先行する大怪獣が、少しずつ高度を下げつつ、刻一刻オクタマ湖に近づいている。
『奥多摩湖のダムが壊されれば、私たちが日々使う水は不足します。必ずしも生活に必要とはいえないプールは、おそらく優先順位が低くなります。多分、今年の夏プールは使えなくなります』
「え? ちょ……それって、もしかして……師匠やユミのブカツができなくなるってことじゃねえのか!?」
『はい。そうです』
あまりにもあっさりと、ユミは肯定した。
シロウは思わず電話の受話器を見やっていた。これだけの重要事項を、感情を揺らす気配を感じさせずに肯定する。これまでのユミからは考えられない。この先にいるのは、本当にあのユミなのか。
そして、どうしてこんな回りくどい言い方をするのか。なぜただ一言、助けて、と言わないのか。
「ユミ、お前――」
『エミちゃんは』
口を開きかけたシロウを遮って、ユミが告げる。
『エミちゃんはこんな時なのに、学校へ行きました。昨日、私が取ってきた対抗戦や合同練習の予定を、必ず成功させるために。私の思いに応えるために。だから、私だってその気持ちに応えたい。私は――』
ふと、声が途切れる。ユミがここで見せた初めての揺らぎ。しかし、シロウは黙っていた。まだ彼女が伝えたいことは伝わっていない。なにが言いたいのか、彼女は。
『私は、誰に何と言われたって、できることは全部するし、使える手段は全部使います。たとえ、シロウさんに嫌われても!』
「……はぁ? ちょ、待て。なんで俺がユミを――」
『シロウさん!』
「はい」
いつにない語気に、思わずシロウはいつもシノブにしているように自然と返事を返していた。
『助けてなんて言わない』
その言葉は胸にざっくりと刺さった。いつもシロウの傍にいようとしたユミが、離れてゆくような――
『この夏を戦うために』
だがしかし、その声はエミのように戦うことを決めた者の気迫に満ちている――
『エミちゃんが戦えるようにするために』
もう限界だった。ユミが何かの覚悟を、それも困難と闘うための覚悟を抱えたのだと認識した瞬間、胸の奥で炎が滾った。
「わかった!!」
シロウは叫んでいた。
ユミの覚悟の奥から聞こえる――実際には聞こえない――涙の気配を察して。
「御託はもういいから、言え! なにをしてほしいんだ!」
『私の――私のウルトラマンとして、ダムを……私たちの夏を守って! それが、シロウさんにできるこの夏への戦いよ!!』
ぎり、と歯噛みをしたシロウの口元は不敵な笑みに歪んでいた。
「バッカ野郎! 最初からそう言え! 俺とお前の仲で、回りくどいんだよ! 任せろ!」
それだけ叫ぶと、ユミの返答を聞かず、受話器をシノブに放り投げた。
「ちょっと行ってくるぜ、かーちゃん!!」
「あいよ、気をつけて行ってくるんだよ」
受話器を受け取り、いつも通りに答える母の声を背に、シロウはその場から姿を消した。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
東京都・青梅市上空。
その巨体が生み出す大気摩擦ゆえか、他の個体に比べてゆっくりとした速度で東京と上空を横断してゆくディノゾール・タイラント。
その背後ではガンウィンガーが、融合ハイドロプロパルサーによる猛烈な弾幕を躱しつつ、隙を見つけて攻撃し続けている。
奮戦の甲斐があり、ここまでのところ多摩湖や狭山湖への着地は許さなかったが、その高度は目に見えて下がって来ていた。現在、高度は200mを切っている。もういつ着地してもおかしくない。
そして、そのルート。今は多摩川を遡上する形で進んでいるため、このままでは確実に奥多摩湖に着水、もしくは小河内ダムに衝突するか直前で着地、破壊活動を開始するだろうことは容易に予測できた。
「ミオちゃん、もう我慢できないよ! この辺で強制着地させる!!」
御岳地区を過ぎた頃、ガンウィンガ―から悲鳴に似た声で叫ぶヤマシロ・リョウコ。
その時、メモリーディスプレイに別のウィンドウが開いた。トリヤマ補佐官だった。
『うむ、こんなこともあろうかと、すでにその奥多摩地区の避難は済ませておいた! よいぞ!』
「ひゅう♪ トリちゃん、大好き! 愛してるぅ♪」
『な、なにを……わしには妻も子も孫も』
いつもの軽口を真に受けて目を白黒させるトリヤマ補佐官を放置したまま、シノハラ・ミオのウィンドウが前面に出てくる。
『聞いた通りよ! リョーコちゃん、攻撃開始して!』
「G.I.G!! ガンウィンガー、レジストコード・ディノゾール・タイラントに本格攻撃をかけます!」
操縦桿を握り直し、ブースターを吹かす。
ガンウィンガ―は猛然と巨大な敵に襲いかかった。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
茨城県霞ヶ浦上空。
「……ほんとに隊長の方へ行かなくていいの?」
ガンローダーを飛行させながら、セザキ・マサトはいささか不安げに聞き返した。
通信相手のシノハラ・ミオは画面の向こうで頷く。
『現状では、防衛線を突破された場合の影響を考えると、小河内ダムの防衛の方が圧倒的に優先順位が高いわ。まして、相手がディノゾール・タイラントとなれば、スペシウム弾頭弾を使ってしまったガンウィンガ―では荷が重い。早くガンフェニックストライカーにバインドアップして撃滅せよ、と隊長からの命令よ』
「隊長からの命令か。じゃあ、仕方ないね。G.I.G! ガンローダーはこのまま奥多摩方面へ向かいます!」
翼を翻し、ガンローダーは進行方向を修正した。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
静岡県大井川上空。
『――今の話、聞いていたわよね?』
フェニックスネストからの通信に、ガンブースターを駆るクモイ・タイチは頷いた。
「ああ。どっちにしろ、俺は最初からヤマシロ隊員の援護に向かうつもりだった。隊長なら、そう言うだろうと思ったしな」
『隊長の言うとおり、いいチームになったわね。あなたも変わった』
ふふっと頬を緩ませるシノハラ・ミオに、しかしクモイ・タイチは首を振った。
「それを言うなら、戦闘指揮中にこんな話を笑ってできるようになったシノハラ隊員が一番変わったと思うがな」
途端にシノハラ・ミオは口を押さえてしまった。それでも、手で隠しきれない頬に赤みが差しているのがわかる。
「恥じなくていい。おかげでリラックスできている。……正直、ヤマシロ隊員のようなハイテンションには時々付き合いきれないこともあるが、シノハラ隊員の控え目な軽口は好きだよ、俺は」
さらに赤みが広がり、耳まで染まってゆくのを目を細めて微笑みながら、アフターバーナーを吹かす。
ガンブースターお得意の弾道飛行は、頂点を極めた。あとは目標まで一直線に降下するだけだ。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
三宅島近海。
海面上を滑るように北上する青い機体。
「な〜るほどぉ?」
フェニックスネストと各機の通信を傍受し、嬉しそうに歯を剥いて笑うイサナ。
「つまり、リュウの奴を助けられるのは、GUYSジャパンとは別口で動いてる俺だけってこったな? よーし、待ってろよ」
両手の手袋を合わせ直し、操縦桿を握り締める。
アフターバーナーを一際強く噴かし、蒼き猛禽は海面すれすれを浦賀水道目指してひた翔ける。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
奥多摩・海澤地区。
近づけない。
高度は100mを切っている。
うねうねと曲がる狭い峡谷で展開される、圧倒的な融合ハイドロプルパルサーの弾幕と、驚異的な断層スクープテイザーによる斬撃の射程距離。
ガンウィンガ―の高機動力とヤマシロ・リョウコの操縦技術を以てしても、機首をディノゾール・タイラントに向けることさえ困難だった。下手をすると山肌に激突しそうになる。
ただひたすら弾幕を避け、斬撃射程範囲に入らぬよう飛び回るだけ。まるで牛に尾で追い払われるハエのようだと自嘲気味に思いつつ、通信を開く。
「ミオちゃん! ダメだ、これ! もう、奥の手を使うよ!」
『了解しました。トリヤマ補佐官、お願いします』
再び現われたウィンドウにトリヤマ補佐官が映る。
『――うむ! 致し方あるまい! マケットカプセル、メテオール解禁!』
「G.I.G!!」
命令を受けて頷いたヤマシロ・リョウコはメモリーディスプレイにマケット・カプセルをセットし、メテオールを解放した。
「マケット・ミクラス、リアライズ!」
もう周囲の山の間を縫うようにして飛行しているディノゾール・タイラントの脇を駆け抜けた光弾が、その前方で高分子ミストの螺旋を描き、直立した牛の怪獣を出現させる。
「お願い、ミクラス! そいつを止めて!!」
皆まで言わずとも、逃げ切れない距離だった。
刹那、ディノゾール・タイラントの断層スクープテイザーが閃いて、突如現れた障害物――ミクラスを切り刻む。そして、ミクラスの倍はあろうかというその巨体で、真正面からぶつかった。
「負けるなミクラス! お前は力自ま――」
一瞬。
ミクラスはディノゾール・タイラントの突進を押しとどめたように見えた。しかし、次の瞬間には、跳ね飛ばされていた。
「え、ええええええ!?」
大きく弧を描いて宙を舞い、横倒しになったミクラスを、間髪入れず断層スクープテイザーの斬撃が襲う。
さして敏捷とは言えないミクラスは、立つことも許されずに切り刻まれ続ける。しかし、やがて逃げられないと悟ったのか、全身に電撃をまとった。
直後、断層スクープテイザーで切りつけたディノゾール・タイラントが怯む。敏感な器官である舌に電撃を受け、驚いて態勢を崩した拍子に、そのまま着地してしまった。
「やった!? 着地した!! よぉし、ミクラス! 戦いはここからだよ!」
勢いづいて起き上がり、ディノゾール・タイラントに組み付くべく突進をかけるミクラス。
しかし、ディノゾール・タイラントはその場でくるりと回転した。長大な二股の尾がそれぞれミクラスを横様に薙ぎ叩き、勢い余って小高い山の峰を一つ消し飛ばす。
ミクラスは再びボールか何かのように吹っ飛ばされ、川岸の崖に叩きつけられると、そのまま光の塵と化して消えた。
「なんてパワー……ミクラスが子供扱いだなんて。――くっ! こうなったら、ちょっと危険だけど、あたしがやるしか!」
操縦桿を握り直したヤマシロ・リョウコは、歩いて遡上を始めたディノゾール・タイラントの背中目掛けてトリガーを――その時、聞き覚えのない警報音が鳴った。慌ててメモリーディスプレイに表示された警告文を見る。
「ア、アンノウン・インベイド!? え? なに? どういうこと?」
「――よぉ、なにやってんだ」
背後から――誰も乗っていないはずの後部座席から、聞いたことのある声。
「は? え? ええええ!? その声、ひょっとしてシロウちゃん!?」
前方視界や計器類から目を離すわけにはいかず、振り返らぬままに誰何する。
すると、背後の声はまるで悪びれる様子もなく笑った。
「ぬははは、おう。ひょっとしなくても俺だよ。ったく、困ってんなら呼べよな。俺たちマブダチ、なんだろ? ま、いきなり乱入したんじゃそっちの都合とかもあるだろうから、まず話を、と思ってよ」
「シロウ、ちゃん……」
ヤマシロ・リョウコは思わず目頭が熱くなった。これまでことあるごとに宣言してきたマブダチという言葉を、よもやシロウの方から言ってもらえるとは。あまりの嬉しさに飛び上がりたいところだったが、すぐに冷静な意識が現実に引き戻す。
「ありがとう、シロウちゃん。でも……ごめん。今回ばかりはダメなんだよ」
「あ? なに? なんだって?」
「今回は、今回だけは、君に手を借りるわけにはいかないんだよ!!」
絞り出すような叫びがガンウィンガ―のキャノピー内に響き渡った。