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ウルトラマンメビウス外伝 RAYGA

 第13話 進み行く先、路の彼方 その5

 当人たちがそうと気づかずとも、世界が変わる日というものがある。
 彼らにとっては、今日こそがその日だった。


 フェニックスネスト・ディレクションルーム。
 レイガと新マンの帰還――それは、はやCREW・GUYSの面々に伝わっていた。
「つまり、こいつは卒業試験みたいなもんだな」
 セザキ・マサトの提出した新しい作戦案をまとめたブリーフボードを振り振り、アイハラ・リュウは声高に告げた。
 ディレクションルームに居並ぶCREW・GUYSの面々は、それぞれに思いを秘めた表情で頷く。
「メビウスが来るまでの四半世紀は、地球に怪獣が現れなかった。確かに平和だったが、地球人自身が平和を戦い、勝ち取っていたわけじゃねえ。実は俺たちの知らないところで、ウルトラ兄弟が侵略者から守ってくれていたという話もあるぐらいだ。……だが、ここからは違うぞ」
 部下を見回す隊長の眼差しは厳しい。しかし、それに応じる部下の眼差しもまた、いつもにまして真剣だ。
「侵略者が来ることがわかってる上で、ウルトラマンが引き上げてゆくんだ。ウルトラマンが地球の守りを俺たち自身で出来ると認めてくれたんだ。その思いに応えられなきゃ、俺たちの存在意義なんかないも同然だ!」
 一同がそれぞれに頷く。
「いいか! これまで以上に気を引き締めろ! 光の国へ帰ってゆくウルトラマンジャックに、ウルトラマンレイガに、ウルトラマンがいなくとも、地球は守れるということを見せてやるんだ。それが、俺たちに今できる、最大の恩返しだ!」
 隊員たちの唱和する「G.I.G」の声が響き渡った。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 東京P地区、オオクマ家最寄のバス停。
 日はとっぷり暮れ落ち、行き交う車は皆ヘッドライトを点けている。
 昨日の夜に引き続き、曇天模様の空はひときわ重く、風は冷たい。
 シロウは、いつもどおりバスを待っていた。
 やがてバスが到着し、乗客が次々と降り立つ。
「ただいまー♪ 出迎え、ご苦労であ〜る」
 最後に降りてきたのは、妙に上機嫌なエミだけだった。
「師匠だけですか? ユミは?」
「ユミなら今日は街の方へ出てったからね。帰りはもう少し遅くなると思うよ?」
「街へ?」
「そ。予備校の願書を出しに行くって言うから、ついでにちょっと部のお使いを頼んだのよ。でも、あの子、多分帰りが遅くなること、シロウの家の方に電話したと思うんだけど?」
「ああ、すみません。今日は俺も家に帰る前にこっちに来たもので」
「そっかー。じゃあ、どうする? 一旦帰る? それとも、ここで待つ? なんなら付き合うけど」
 そう言いながら、カバンをバス停のベンチに置き、どっかり腰を下す。完全に待つ態勢だ。
 まったくいつもどおりのエミだ。昨日、一昨日のピリピリしたムードは欠片もない。なにがあったのか。
「はぁ。――っていうか、師匠。特訓はどうしたんです? 走って帰って来るんじゃ」
「やめた」
 待つ人も無いのをいいことに、ベンチの背もたれに両腕を架け、大の字になって占拠したエミの顔は、その言葉とは裏腹に不敵な笑みを浮かべていた。
「昨日、リョーコさんにもオーバーワークを戒められたしね。不安の解消のために、自分を痛めつけるのはやめやめ。そんなことより、やらなきゃいけないこと、やれることがてんこ盛りだもの」
 シロウは曖昧に頷きだけを返した。エミのやらなきゃいけないこと、がなんなのか自分にはわからない。それでも、彼女がいつもの彼女らしく、前向きになったことだけは、その雰囲気で容易に感じ取れた。
 となると、残る問題は――
「それで、ユミは……?」
「ユミ? ……ん〜とね。あの子ももう多分、大丈夫だよ。昨日電話してきたのよ。あの後」
「あの後って……俺が送って行った後、ってことですか?」
「っていうか、日にちも変わったぐらいの真夜中だけどね。……泣きながら電話してきたの」
「えっ」
 条件反射的に、シロウは背筋に悪寒を覚えた。
 昨日のあれだろうか。いや、あれしか思い浮かばない。しかしあれはユミから仕掛けたもので、俺は別に――
 その懊悩がまともに出ていたらしい。エミがジト目で見つめていた。
「なんて顔してんのよ。大丈夫、ユミが泣いてたのは、別にあんたのせいじゃないから」
 一安心。
「はぁ……でも、じゃあ……なんで?」
「ユミ、昨日の晩にお母さんと進路の話をしたんだって。その内容がね……」
 呆れ気味のため息混じり。しかし――エミは笑っていた。嬉しそうに。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 昨夜、アキヤマ家の台所。
 帰宅した母が、ユミの作っておいたサンドイッチを食べている。その向かいの席に、パジャマ姿のユミが腰を下ろした。
「あの…………お母さん。いくつか相談があるの。いいかな」
「あら」
 食事の手を止めたユミの母は、コップの牛乳を一息に飲み干して、口の中のものを流し込んだ。
「珍しいわね。ユミが相談事なんて。どうしたの?」
「進路のことなんだけど」
「……大学のことなら、申し訳ないけど国公立しかダメよ? でも、あなたなら――」
「あ、うん。そっちじゃなくて」
 話しながら、ユミは空になった母のコップに牛乳を注いだ。次いで、自分の前に用意したコップにも注ぐ。
「予備校を受けたいの。もう願書ももらってきてる。……これ」
 差し出した紙片を受け取り、じっと見つめる母。一通りそこに書かれている文言に目を通した後、頷きながらユミに返す。
「塾や予備校のことはお母さんよくわからないけど……ユミがここがいいと思ったのなら、いいんじゃないかしら。授業料もこれぐらいなら出せるわ。大丈夫よ、行きなさい」
「ありがとう、お母さん」
「どういたしまして」
 微笑み返して、食事を開始しようとする。
 そこで、ユミは再び告げた。
「それでね、お母さん。次の相談……なんだけど」
 口のそばまで運びかけていたサンドイッチを、慌てて戻した母親は、照れくさそうにはにかんだ。
「ごめんごめん。そうね、いくつかあるんだったわね。次はなに?」
「水泳部のことなんだけど」
 声のトーンを落としながらユミがうつむくと同時に、母の眼差しに少し険しさが宿る。
「……辞めるの?」
 母にしてみれば、当然というべき選択肢であったろう。ユミが家計の厳しさから、現役合格に固執していることをよく知っていたから。
 しかし、ユミは首を横に振った。
「辞めずに続けたいの」
「えっ」
 言葉を失った母を正視できず、ユミはうつむいたままぼそぼそと続ける。
「エミちゃんがね、今年の夏、都大会に出るために助けてほしいって言ってきたの。エミちゃん一人ではどうしても力が足りないからって。それでね、学校のプールが使えない間にも練習できるように、色んな施設を調べたり、他の学校とかと合同練習できないかの折衝をしたり、そういう方面で助けてほしいって。もちろん、私にとっても最後の夏だから、出来ることなら部活を続けて、どんな形であれ結果を出したいし、エミちゃんの助けにもなりたいけど、でも、そっちに時間を取られたら、現役で合格できないかもしれないの。……ううん、もちろん勉強は手を抜かずにやるし、予備校だって休まずに通うけど……国公立って偏差値高いのに、その中でも医学部ってなるとさらに偏差値高いし……だから………………だけど……」
 娘の呟きをじっと聞いていた母親は、食事もそのままに席を立った。
 そのまま台所を出てゆく。
 やはりだめか、と肩を落とすユミの前に、再び現れた母親が置いたのは一冊の預金通帳だった。
 意味がわからずに顔を上げる娘に、席へ戻った母親はにんまり頬を緩めた。
「それを見れば、うちの家計状況がある程度は分かるでしょう? ユミは頭がいい子だからね。口で私がいくら大丈夫と言っても気にしちゃうだろうし……。だから、大丈夫。一年、二年程度は……いえむしろ、ユミが挑もうとしている門の狭さを考えると、初めから浪人は覚悟してたというべきかしらね」
「お母さん……」
「今の今まで、言う気はなかったんだけど。お母さんがユミの努力を信じてないって思われるのも嫌だったし、ユミは優しいから……ううん、気が弱いから、かな。逆に気にして無理を重ねちゃうんじゃないかと思ってたの。水泳部も辞めちゃって。でも……今のユミなら大丈夫ね」
 テーブル越しに手を伸ばした母親は、娘の手を優しく握った。
「ユミ、今さっき『エミちゃん』って、何回言ったかわかる?」
「えっ」
「誰かのために力になりたい、誰かと一緒に苦労をしたい、それはとてもとても大事なこと。誰かに寄り添って、その苦労を分け合い、その喜びを共にする。それは、人と人との絆の基本。そして、私やあなたのように医療の道を志す者にとっても、もっとも基本的な心情。だから、ユミがそれを大事にしようとしたことが、お母さんは何より嬉しい。あなたが医者に向いていると思った、お母さんの目は曇っていなかったという何よりの証よ」
「お母さん……」
「うんうん。エミちゃんのことは私もよく知ってるもの。あなたが、彼女からどれだけ元気をもらっているか、彼女にどれだけ感謝しているか、そして……どれだけ彼女にコンプレックスを抱いているかも、ね。今、ユミはそのコンプレックスを乗り越えようとしてるのよ。気づいてないかもしれないけど」
「そうなの……?」
「コンプレックスはね、相手に抱く幻みたいなものよ。だから、乗り越えるために必要なのは、相手を打ち倒すことじゃなくて、コンプレックスそのものを気にしなくなること。ユミが、自分自身を自分自身のままエミちゃんの隣にいてもいいんだって思えれば、それで乗り越えられる程度のものなのよ」
「私……エミちゃんと一緒に戦いたい。このまま終わりたくない。エミちゃんにすごいって思われたい」
「ユミはそのままでも十分すごいと、エミちゃんは思ってると思うけどね……あなたがエミちゃんをそう思ってるみたいに。ほんと、二人は双子か姉妹みたいに鏡写しのそっくりさんなんだから」
 くすくす、と失笑を漏らす。
「でも、そういうことならお母さんは応援するわ。水泳も、勉強もがんばりなさい。きっとこの一年の経験は、ユミの生涯の中で二度とない、辛くて楽しくて苦しくて嬉しい、そんなキラキラしたものになるはずだから。教科書や参考書では絶対に解説しきれない、一生輝き続けるあなただけの宝物。人間アキヤマ・ユミの土台になるもの。そして、多分一生の誇り。だから、ユミは後のことなんて心配せずに、目一杯の力で今に挑みなさい」
「いいの? ……本当に、お母さんに甘えちゃって……いいの?」
「いいのよ。それは甘えじゃないから。自分で選んだ険しい道を行くために、助けを求める――エミちゃんだって、あなたに助けを求めたでしょ? だから、任せなさい。私を誰だと思ってるの? あなたの母親なのよ? 大丈夫、あなたが上げちゃったハードルは、お母さんが下げてあげる。それが親の役割だもの」
「……ありがとう、お母さん」
 潤む瞳を隠すように、ユミはぺこりと頭を下げた。そして、コップの牛乳をぐいっと一息に飲み干す。
「それにしても……」
 母は自分も牛乳を飲みながら、感慨深げに呟きを漏らす。向かいの娘を見る目は、優しく、嬉しそうに揺れている。
「我が娘ながら、ユミのことを少し甘く見ていたわね。いつの間にこんなに大きく、たくましくなったのかしら。これもエミちゃんのおかげかな? それとも……いつも送り迎えをしてくれてるオオクマさんのおかげ?」
「ちょ、ちょっとお母さん!? それは」
 思わぬ飛び火に、たちまちユミは耳まで真っ赤になった。
 数時間前、家の前でしでかしてしまったとんでもない事態が脳裏をよぎる。あれをお母さんが知っているはずなどないのだが、一瞬、知っているのではないかと勘繰ってしまった。
 娘の気恥ずかしさと後ろめたさを含む内心を知らず、母はにこやかに微笑んでいる。
「高校生最後の夏なんだから、そっちも十分に堪能しなさいね。お母さん、オオクマさんのことはよく知らないけど……命の恩人だし、態度はぶっきらぼうだけど悪い子じゃないのはわかるもの。お母さんもいい人だしね。いつも思うんだけど、エミちゃんとユミとあの子のやり取りは、見てて微笑ましいわ。――あの子なら別にいいわよ?」
「い、い、い、いいって、ななななにが!?」
「やーねー、とぼけちゃってぇ」
 トオヤマさんやマキヤさんがユミとシロウをからかう時に見せる、意地悪な表情。
 ああ、この人もおばさんと呼ばれる年なんだと再認識する娘。
「この夏に思い出作りしちゃってもいいわよって・こ・と・よ。――あ、でもきちんと避妊は」
「おおおおお母さんのエッチ! シロウさんとはそんなんじゃないもん! バカ! もう、知らないっ!」
 いたたまれずに、ユミは席を立って自室に駆け込んだ――

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 バス停。
 ユミから聞いた(=適当な[エミ的には本来大事な]ところは割愛された)話を、さらにかいつまんで話している間に、夜の暗さはさらに深くなり、バスも数台が通り過ぎていった。
「――よほど嬉しくて、よほど安心したのね。電話の向こうで嬉し泣きしてたのよ。あの子。それを聞いてたらさ、なんかあたしも進路指導の件ぐらいで自分を見失ってたのがバカバカしくなっちゃった。だって、あたしは水泳のことだけであっぷあっぷしてるのに、ユミったら勉強と水泳を天秤に掛けて両方取るとか言ってんのよ!? ……勉強できないから進学しませんとか言ってるあたしの立場がないじゃない」
 すねたように唇を尖らせるエミに、シロウは苦笑を禁じえない。
「それに……ちょーっと気になって、今日、担任に聞いたのよ。就職活動ってなにをしたらいいのか。そしたら……なんかね、就職試験とか言うのがあって、学力審査をされるところもあるらしいのよ」
「働くために、まず試験を受けないとってことですか?」
「まあ、バカはいらないって事なんでしょうね(※)。そりゃ、言われてみれば当たり前よね。あたしが社長でも、ユミとあたしだったらユミの方を選ぶもの」(※あくまでエミの感想です)
「いやしかし、ユミは別に勉強だけってわけじゃ」
「わかってるわよ、そんなこと!」
「はい」
 ぐあっと吠えかけられ、シロウは首をすくめた。今の二人は知らない人が見たら、どう見ても不良娘と舎弟だ。
「ともかく、このままじゃあたし、ユミにコンプレックス感じまくりだわ。……というわけで、全く不本意ながら、いかんともしがたく、どーしよーもなく、必要に迫られて、嫌々ながら、だけど…………勉強することにする」
「……………………。えっ」
「なによ、今の間は!」
「ええ〜? いや、だって。師匠がぁ……?」
 露骨に疑いの目を向ける弟子に、エミも流石に目を逸らす。これまで散々、勉強なんか出来なくても死なない、拳と体で生き抜くぜ、とうそぶいてきた師弟だ。その絆が、今脆くも崩れ去ろうとしている――そんな大層なことでもないが。
 エミは目を逸らしたまま、口を尖らせ、ぶつぶつ愚痴る。
「苦手なものを苦手なままにしておくのもなんだか悔しいし、あたしもやれば出来るってところをあちこちに見せ付けたいし、部活の方が筋トレ偏重から修正できそうだから家では時間も出来るし、多分成績上げればお小遣い値上げも要求できるし、就職活動で万が一意中の企業に就職試験があると困るし、ひょっとすると大学という選択肢を見せれば親もあたしを見直すかもしれないし、えーとえーと、それから――」
「わかりました。ともかく、師匠がユミに負けじとこれまでの自分と戦おうとしてるってことは」
「そうね。要約するとそんなところね。……だって、悔しいしさ」
 シロウは思わずため息をついた。この二人は仲が良いのか悪いのか、時々わからなくなるときがある。いや、基本的に自分でも割り込めないと思うぐらい仲はいいのだが。
「はぁ……それにしても、そこまでユミにライバル心を燃やしている師匠は初めてですね」
「そうじゃなくて」
 ベンチの背もたれから身を起こしたエミは、真摯な眼差しでシロウを見上げた。
「あのね。シロウがさ、もうすぐ帰っちゃうわけじゃない」
「………………」
「あんたが最後に見るあたしがさ、ユミや自分に負けたまんまの姿ってのが悔しいの。嫌なの。あたしはあんたの師匠なんだから、最後の最後まで、あんたにすごいって思われるあたしでいたいじゃない」
「師匠……」
「もしも……もしも、光の国へ帰ってさ……まーあんたの場合色々あるだろうけど、なんやかんやであんたが誰かの上に立つことがあったら……せめて自分の下にいる者には、すごい、さすがと思われる人であろうとしなさいよ? 痩せ我慢でもなんでも、さ」
「……はい。心に銘じておきます」
 その返事を得て、微笑んだエミは立ち上がった。そして、シロウの肩を横から軽く二度叩く。
 夜闇の彼方から、次のバスのヘッドライトがバス停に近づきつつあった。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 同時刻。
 月公転軌道内GUYSスペーシー・宇宙ステーション基地・ディレクションルーム。
 メインパネルに投影されている模式図は、下方に地球の円弧、上方に月の公転軌道の円弧を配し、上方から下方向きの大きな矢印が伸びている。
 その指し示す先では、無数に散らばる光点が壁のごとくに立ち塞がっていた。
「ライトンR30マイン、全基配置完了」
 オペレーターの一人が告げる。続けて別のオペレーターたちも。
「工作部隊撤収完了。フォワード待機中」
「ディノゾールの群れ、速度に変更なし。予想進路を進行中。現在の速度を維持した場合、あと1時間3分20秒で機雷源に突入。カウントダウン表示はいかがしますか、隊長」
「気が早い。そんなもん、5分前からでも十分だ。それより、群れの動向から目を離すな」
「「「「G.I.G」」」」
 地球の一般市民が知らない虚空で、地球を守る戦いが始まろうとしていた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 バス停。
 待ち始めてから何台目かのバスで、上機嫌なユミが降りてきた。
「あ、エミちゃん。待っててくれたの? ただ……い、ま」
 エミに手を振っていたユミは、その後ろにシロウの顔を見るなり顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。
「あ、あの。ただいま、です。シロウ、さん……」
「おう、お帰り」
 なんだか挙動不審のユミと、いつもどおりのシロウ。その間でエミは怪訝そうにお互いを何度か見やる。
「……なに、それ? なんかあったの、二人とも?」
「ううううんっ! 全然? 全然何もないよ〜♪ ね、シロウさん。別に私たちそんな、なにかあったなんて。ねぇ?」
「なんにもないって態度じゃないでしょ、それ。ねえ、シロウ?」
 わかりやす過ぎるその反応に、エミは攻めやすいシロウを見やる。
「ん〜……俺に聞かれても。昨日送ってってからは会ってないし、連絡も取ってないですから」
「じゃあ、その時になにかあったんでしょ? 普段のユミとは違うなにかが。思い出しなさいよ」
「だだだだからエミちゃん、私たちは別に、そんなやましいことはなにも」
「普段と違うって……まあ、思いつくのはユミが別れ際に、急に――」
「そういえばエミちゃん!?」
 シロウの声を掻き消すほどの大声で、エミの両肩をつかんで叫ぶ。
 あまりの勢いと必死さに、思わずシロウもエミも気圧されて目を白黒させた。
「な、なによ」
「週末の対抗戦と合同練習の件、OKもらってきたよ!? 今週末が東那田高校で、来週末に市河大学! 両方とも明日顧問から正式に申し込みますって伝えておいたから!!」
「え、マジ?」
 たちまち、エミの顔がぱあっと明るく閃いた。それを見たユミの顔もここぞとばかりに光り輝く。
「うんうんうんうん、まじまじまじまじ♪ 両方とも快く受けてくれたよ」
 何度も頷くユミ。
「えらい、ユミ!」
 今度はエミがユミの肩をつかんで叫んでいた。
「さすがね、ユミ! こういうこと任せるとほんと強いわ〜♪ 助かった、ありがと! よ〜し、じゃあ今のうちにメールで部員みんなに報せておく!」
「うん、それがいいよ!」
 ユミに促され、エミは携帯を取り出してメールを打ち始めた。
 その隙に、ユミはつつつとシロウに近寄って耳打ちをする。
(シロウさん、あの……昨日のこと……は私たちだけの秘密です。エミちゃんにも言わないで。お願い)
(ああ? ああ……うん。ユミがそうしてくれって言うなら……)
 シロウは怪訝そうに顔をしかめていたが、ユミが瞳を潤ませながら首を振る様があまりにも必死だったため、渋々頷いた。
(……なんでそんなに必死なんだ?)
 乙女心を一ミリたりとも解しない朴念仁は、わけもわからずただ首を捻っていた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 フェニックスネスト・ディレクションルーム。
 GUYSスペーシーの作戦は中継され、メインパネルに開いたウィンドウの一つに、刻一刻機雷源へ近づく矢印が映し出されている。
 しかし、CREW・GUYSジャパンの面々は、さりとて最前線ほどの緊張感も無く、それぞれに時間を潰しつつ、状況をちらちらと気にしている程度だった。それは、映画の上映開始を待つ時間の雰囲気に似ていたかもしれない。
 セザキ・マサトは先ほどアイハラ・リュウに提出した作戦要綱をクモイ・タイチに説明し、クモイ・タイチはコーヒーを口に運びながらそれを聞いている。ヤマシロ・リョウコはシノハラ・ミオとトリヤマ補佐官の退官イベントの打ち合わせ、アイハラ・リュウはイクノ・ゴンゾウとセザキ・マサトの作戦要綱の評価について意見を交わしていた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 エミがベンチに腰を下ろしてメールを打っている間、それを待つシロウとユミの間には、微妙な空気が流れていた。
 とはいえ、朴念仁大魔王のシロウにそんな空気が醸し出せるわけもない。ただユミが一人で照れたり、にやけたりしていただけで、それを見ているシロウはといえば、彼女のめまぐるしく変わる表情と感情についてゆけず、もはや成り行きに任せている有様だった。
(……ユミの方も昨日、一昨日のあの悲壮な感じがなくなって……なんつーか、妙にハイテンション? なんだこれ?)
 シロウにわかるのは、二人とも昨日まで抱えていた悩みから、今や完全に解放されたらしいということぐらい。
 エミ師匠はおそらく彼女自身が言っていた通り、リョーコからの助言が元で吹っ切れた感じ。
 ユミも、母親と話をしたのがきっかけになったのか。
 やるべきことに真っ直ぐ突き進み始めた二人を見ていると、複雑な思いが胸に渦巻くのを押さえられない。
 それは、二人ともシロウが助けるまでもなく、自ら悩みを乗り越えたという事実。
 相談されたのに、結局役に立てなかったという寂寥。
 それでは、二人のためになにをすればいいのか悩んでいた自分は、なんなのだろう。自分はまるっきり無駄なことで、悩む必要もないようなことで、悩んでいたのだろうか。だとしたら、なんとマヌケな話だろう。
(……まあ、かーちゃんの言ったとおりになった、ってことではあるんだろうな)
 一昨日の夕食時のシノブの声が脳裏に甦る。

『今度はユミちゃんとエミちゃんの番ってこと。ま、温かく見守ってあげなさい。それも、大事なことだよ』

「……見守るってのは歯痒いもんさ。どんな場面でも、ね。この一年、あんたを見てた郷さんも、歯痒かったんじゃないかしらねぇ?」

(……郷秀樹も、か。宇宙警備隊の歴戦の戦士、ウルトラマンジャック……俺は……あいつから見て、この一年で少しでも強くなったと思ってもらえてるんだろうか……)
 そして、ふと気づく。我知らず、頬に笑みが浮かぶ。
(ああ、そうか。二人は……今、強くなろうとしてるのか。強くなるために、選んだのか。自分で道を――それも、より困難な方を)
 喜々としてメールに文章を打ち込んでいるエミ。昨日は後ろ向きな選択肢をクモイに指摘され、あれだけ青ざめていたくせに、今はころころと表情を変えているユミ。
(二人とも、前へ前へ進もうとしている。……そうだ。自分の弱さが嫌で……強くなるために、クモイ・タイチに教えを乞い、ジャックと肩を並べて戦い、宇宙警備隊とは違う正義であいつを助け、過去の自分も肯定して未来を選んだ……あの時々の俺じゃないか。今のこの二人は。そうか。これが……見守るということ、か)
 そう思えば、胸に渦巻くのが無力感と寂寥感だけではないことにも気づく。
 嬉しさ。楽しみ。
 二人が、自分の力で強くなろうとしていること、そしてそう思える意志の強さを得たことは、まるで自分のことのように嬉しい。その先に見える未来は、実に楽しそうだ。
 結局、悩む二人を自分が助けなければ、などというのは思い上がりだったのだろう。悩みの相談に答えられなかったことがマヌケなのではない。彼女たちの強さを疑っていたことが、マヌケなのだ。
(……いつから俺は、二人が自分より弱い存在なんだと思い上がっていたんだろうな。師匠は相変わらずすげえ師匠で……ユミも、あの夏からすでに俺よりずっと強かったのに)
 それを認めてしまえば、新たに湧き上がる思いがある。
(もう……いいのかな)
 二人はこの先も困難を自力で乗り越えてゆくだろう。また、それを自分が手助けする場面はほとんどないのだろう。
 思い返してみれば、昨日巡ったご近所さんたちもそうだったのだろう。自分だけが守らなければならない人達だ、と意気込んでいただけで、みんなはそんなことを期待していなかった。
 じーさんたちは一緒に畑仕事をするのが楽しかっただけだ。
 トオヤマとマキヤは、シロウの助けがなければないで何とかするだろう。あの二人だって、シノブと同じ『母親』なんだから。
 カズヤも――今にして思えば、関わるのを嫌がっていたか?
 そして、リョーコとてっちゃんは、あくまで対等な友達として接してくれた。
 誰一人として、ウルトラ族としてのレイガを必要とはしていない。
 以前なら、『弱い地球人の痩せ我慢』と言い捨てたところだろうが、今はもうそんなことは言えない。
 それが、『地球人の強さ』なのだと、知ってしまった。
(もう俺は……守護者であるウルトラマンとしての俺は、ここには必要ない)
 そう結論付けてしまえば――なにか胸の中を塞いでいた重い蓋が、取り去られたような気分になった。
 軽くなった胸と頭につられたように、夜空に目を向ける。
 流れてゆく雲の間から束の間、下弦の月が覗く。
(そうか。……必要ないのか)
「……おや、シロウ?」
 声につられて、下弦の月から真下へ視界を移動させる。誰か近づいてきていた。
「……かーちゃん?」
「ああ、ユミちゃんと……エミちゃんもいるのかい?」
 横を走り抜けるヘッドライトに浮かび上がったのは、エプロン姿のシノブだった。
 ユミが驚いて、目をぱちくりさせる。
「あ、オオクマさん?」
「へ? おばさん? ……ほんとだ。どうしたの?」
 ちょうどメールを送り終えたエミは携帯を閉じて、カバンをベンチから取り上げた。
 シノブはその問いに小首を傾げた。
「どうしたのって。ユミちゃんが、遅くなるって留守番電話に入れてくれてるのに、シロウがいつまで経っても帰って来ないから」
「ああ、かーちゃんが代わりに迎えにきてくれたのか」
「だってあんた、危ないから一人で帰らせないために送ってるんでしょ? あんたがいなかったら、ユミちゃん困っちゃうじゃない。あんたもいつ帰ってくるかわからないから、とりあえずうちで待っててもらおうと思って」
「ああ……ごめん、かーちゃん。先に一旦家に帰った方がよかったかな? ちょっと帰りが遅くなったんで、もうこっちで待ってる方が早いと思って」
「いや、まあ行き違いだからしょうがないよ」
 シノブはにっこり笑った。そして、ユミを見やる。
「それで、ユミちゃんは夕食、家で用意できてるのかい?」
「あ、いえ。いつもどおり家に帰ってから、お母さんの夜食の分と一緒に作って食べようかと」
「へぇ、えらいわねぇ。だったら、今日はうちで食べて行きなさいな。シロウが帰って来なかったんで、待つ間に食べてもらうつもりでもう作ってあるのよ。お母さんの夜食分も、タッパーに包んであげるからそのまま持って帰るといいわ」
「そんな……いつもシロウさんに送っていただいてるだけでも感謝してるのに、そこまでしていただくなんて」
「いいのいいの。ユミちゃんも受験生で大変になるんだし。国公立一本なんて、うちのお兄ちゃんたち二人みたいなことするそうじゃない。おばさんちょっと昔を思い出して、応援したくなっちゃったわ。うふふ。それに、シロウが地球の生活に慣れられたのも、この半年二人がみっちり地球のことを教えてくれたからでしょう? みんな持ちつ、持たれつよ」
「オオクマさん……。ありがとうございます」
 深々と頭を下げるユミ。
「ああ、あれだ」
 不意に空気も読まず、シロウが手づちを打った。
「ほら。ええと……確か、オイタガサマ、ってやつだ。な? ユミ」
「お互い様、ですよシロウさん」
 くすりとユミが笑い、つられて吹き出したシノブとエミが同時に言った。
「「シロウは相変わらずだねぇ」」

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 月公転軌道内GUYSスペーシー・宇宙ステーション基地・ディレクションルーム。
 作戦開始時刻寸前。
 隊員一同は固唾を飲んでメインパネルや、各自のメモリーディスプレイ、コンソールのディスプレイを見つめていた。
 オペレーターが告げる。
「……ディノゾールの群れの先頭、想定最終ライン突破。今後はどう軌道を変えても機雷源に接触します」
「接触まであと5分を切りました。カウントダウン表示」
 メインパネルのウィンドウ上に、刻一刻0に近づいてゆくカウントダウンタイマーが表示される。
「望遠カメラ最大、接触予定空域をモニター中。録画開始。同時に各支部へも中継開始しています」
 仁王立ちで腕組みをしてメインパネルを凝視している隊長は、もはや新たな命令を下すことなく報告にただ頷くのみ。


 やがて、その時は来た。
「――接触予定30秒前。………………20秒。……15秒。13、12、11、10、9――」
 突如輝く閃光。
「え」
「なに?」
 一つではなく、次々と。
 時ならず炸裂した光の華が、画面を白く染めた。


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