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ウルトラマンメビウス外伝 RAYGA

 第13話 進み行く先、路の彼方 その4

 オオクマ家の玄関には、足の踏み場もないほど靴が並んでいた。
 そして、居並ぶ人人人。ヤマシロ・リョウコを含め、7名が狭い玄関上がり框(かまち)に殺到している。
「いったい、これは……」
「郷さん!」
 オオクマ・シノブに挨拶だけ、と考えていた郷秀樹が予想外の事態に圧倒されていると、不意に聞き知った声が呼んだ。
「……次郎君?」
 群がっている人を掻き分け、進み出たのは確かに坂田次郎。
「なぜここに?」
「オオクマ君から、郷さんがシロウ君を連れて光の国へ帰るらしいって聞かされてさ。また挨拶も無しに帰られたんじゃたまんないし、事情も聞きたかったから、無理言って御一緒させてもらったんだよ」
 少し不満げにそう説明する坂田次郎の背後に立っていたオオクマ・ジロウが、ぺこりと頭を下げる。そして、ずれたメガネをついっとずり上げ直した。
 そうか、と呟く郷秀樹の頬が苦笑にゆるむ。
「すまないな。次郎君のところへは、ゆっくりできる最後に行こうと思っていたんだ。お彼岸のお墓参りもあるし」
「やっぱりかぁ。まあ、郷さんらしいけどさ」
 次いで、そのオオクマ・ジロウが進み出た。
「その節はお世話になりました。今日はオオクマ家の長男と三男も来ております」
「長男のオオクマ・イチロウです。悪島の一件以降、弟たちがそれぞれにお世話になったようで。ありがとうございます」
「三男のサブロウだ。俺、シロウに似てんだろ? あいつ、俺をモデルに変身したそうだぜ? なかなか目が高い。それはそれとして、あのバカ弟がこれまで散々お世話になったそうじゃないか。兄ちゃんたちもそれぞれに世話になったそうだし、礼を言うぜ。サンキューな、おっさん」
 物腰の柔らかそうな長男と外見も言葉遣いの悪さもシロウそっくりな三男は、それぞれに握手をし、名刺を差し出した。
「いやいや。こちらこそ、レイガが長らくお世話になった。お礼を申し上げる。本当にありがとう」
 最後に進み出てきたのは、女子高生二人。
 まず二人は深々と頭を下げた。
「あの、郷さんはたくさんの人を助けておられるので、覚えていないかもしれないけど……去年の夏、ツルク星人の襲撃から助けていただいた者です。本当にありがとうございました。おかげで、あたしもユミもこうして元気に生きています」
 そう笑って告げるチカヨシ・エミ。隣のアキヤマ・ユミはもう一度深々と頭を下げた。
「いつか直接お礼を言いたくて、ずっとこの時を待っていました。本当に、あの時はありがとうございました。このご恩は、一生忘れません。いただいた命は、決して無駄には使いません」
 たちまち、郷秀樹は心底嬉しそうに相好を崩した。
「覚えているとも。二人が無事で本当に良かった。レイガも君たちの支えのおかげで、他人に対する思いやりや自分を見つめ直すことなど、人として大きく成長したと聞いている。彼の良き友人であってくれて、ありがとう」
「そんな、当然のことです。シロウさんは、好い人ですから」
「うわー……ウルトラマンに褒められちった。どうしよう♪」
 頬を染め、うつむくユミの隣で、エミは照れくさそうに、しかし満面の笑みで頭を掻く。
 そこで、ヤマシロ・リョウコが郷秀樹と一同の間に割って入るように進み出てきた。
「はいは〜い。さて、じゃあ各々挨拶も済んだことだし、居間へごあんな〜い。ほれほれ、こんなとこで立ち話もなんなんだから、さっさと奥へ行く!」
 しっし、と追い払う仕草のヤマシロ・リョウコに促され、それぞれに奥へと引っ込んでゆく。
 郷秀樹は空いたスペースに靴を脱ぎながら、最後尾のヤマシロ・リョウコに呼びかけた。
「ヤマシロ隊員、レイガ――オオクマ・シロウは?」
「シロウちゃん? まだ帰ってきてないですよ? あ、彼が同席でないとダメです? 探して呼んで来ましょうか?」
 靴を脱ぎ終えて、出されたスリッパを履いた郷秀樹は、首を振った。
「いや。オオクマ・シノブさんにだけ話すつもりだったし、それは構わない」
「そうですか。じゃあ、奥の居間へどうぞ。――覚悟してくださいよ? オオクマ家の面々はともかく、女子高生二人組は、シロウちゃんを連れて帰ることに文句言う気満々ですからね〜? あ、もちろんあたしもですから。にしし♪」
「そうか。……お手柔らかに頼むよ」
 意地悪そうに笑うヤマシロ・リョウコについてゆき、郷秀樹は居間へと案内された。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 CREW・GUYS日本支部・フェニックスネスト・ディレクションルーム。
 非番のヤマシロ・リョウコとクモイ・タイチ以外の隊員が揃っていた。
「……作戦日程に変更なし?」
 GUYSスペーシーが放った先行偵察衛星を破壊された事案について、ミサキ・ユキ総監代行からその後の状況を聞いていたアイハラ・リュウは、その報告に眉をひそめた。
「どういうことです? 作戦を妨害する何らかの動きがあったんじゃ?」
 メインパネルにバストアップで映っているミサキ・ユキは首を振った。
『画像解析の結果、今回の偵察衛星破壊はディノゾールの中の一体から放たれた断層スクープテイザーによるものと判明しました』
「けど、衛星は射程距離外にいたんじゃ」
『ええ。でも――そうね、直接映像で見てもらった方がいいわね』
 そういうと、画面の下の方で両手が動く。コンソールを操っているらしい。
 すぐにミサキ・ユキの通信ウィンドウの上に、もう一枚ウィンドウが開いた。
 暗い宇宙空間を映したデジタル画像。しかし、暗すぎて星の光以外に目立つものはない。かろうじて、映像の中央に不自然な黒い染みが集まっているのが判別できる。これがディノゾールだろうか。
 そう思っていると、画像の上にフィルターがかけられた。
『特殊な偏光フィルターをかけた結果がこれよ』
 黒一色だった画面が反転し、染みのように見えていた部分にディノゾールの姿が映し出されてゆく。
 しかし、映っているものが露わになるに従い、怪訝そうだったアイハラ・リュウの顔から血の気が引いていった。自然、席から腰を上げていた。
 自席で目を凝らして見ていたセザキ・マサト、シノハラ・ミオ、イクノ・ゴンゾウも同様に、表情が変わってゆく。
「ちょ……隊長、これ……! マジですか!?」
 もっと良く見ようとして席から立ち上がり、メインパネルに顔を寄せたセザキ・マサトの指摘に、アイハラ・リュウは頷いた。
 写真の中央。ひときわ巨大な影。
 素早くミサキ・ユキが説明をつけくわえる。
『おそらく、群れのリーダーなのでしょうね。その体格は他の個体の二周りほど巨大。全長100mを超えているわ。立ったときの全高は70mから80m。断層スクープテイザーの射程は12kmを超えるものと推定。GUYS総本部は本日、この個体に【ディノゾール・タイラント】のレジストコードを与えました』
「全長100m……」
「全高70から80m……」
「射程12km……それで射程距離外の衛星が破壊されたのか」
 呆然とする隊員一同ではあったが、アイハラ・リュウだけはすぐに正気に戻っていた。
「それで、ミサキさん。GUYSスペーシーの作戦変更がない、ということは……ライトンR30マインはこのデカブツにも通用する、ということなんスか?」
 画面の中で、ミサキ・ユキは頷いた。
『ええ。それに、巨大なのはこの個体だけなので、万が一なにかの弾みで機雷源を突破したとしても、地球上に配備されているGUYSの戦力で十分撃滅可能、と総本部の参謀本部は判断しました。他の個体はライトンR30マインで十分排除できることは前回の作戦で証明されていますし、今回は前回の一体突破を反省材料に、倍の機雷を投入するそうよ』
「そうですか。じゃあ、こちらも今のところ特に体制を変更する必要はないってことですね」
『そうね。でも、注意だけは払っておいて。今日非番の二人にも、今の件は伝えておいて下さい』
「わかりました」
 アイハラ・リュウの返事を聞いて、満足げに頷いたミサキ・ユキがメインパネルから消える。
 すぐに、自席に戻ったセザキ・マサトが手を上げた。
「隊長、一応降下された場合の作戦計画、練っておきます?」
 アイハラ・リュウは腕組みをして考え込んだ。
「ん……そうだな。降りて来なきゃ来ないにこしたことはないが……万が一って、ミサキさんも言ってたからな。マサト、なにか案があるのか?」
 振られたセザキ・マサトは、苦笑した。
「まさか。案はこれからです。ただ、見えない攻撃の射程が二割増ですから。距離は二割でも面積辺りにすると、相手の射程範囲は四割増。空間的には七割増しです。昔の作戦では詰め切れない可能性があります」
「そうだな。わかった。ミオとゴンさんとも協力して、過去の作戦の妥当性を検証、そのあとで新しく効果的なのを立案してみろ」
 三人のG.I.Gがディレクション・ルームに響いた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 オオクマ家。
 居間に案内された郷秀樹は、勧められたちゃぶ台に着く前に仏壇に手を合わせていた。
 膝を回して振り返ると、の間にシノブがそ湯飲みにお茶を注いでいた。
「どうぞ、粗茶ですが」
「ありがとうございます」
 お互い頭を下げ合い、二人はちゃぶ台に着いた。二人以外はシノブの背後のスペースに居並ぶ。その表情はいずれも郷秀樹をしっかと見据えている。
「あらためて――いらっしゃい、郷さん。お久しぶりね」
「ご無沙汰しています」
「回りくどいのはイヤだから、もう単刀直入に聞くわね。……あの子を連れ帰るって、本当なの?」
「ええ。その通りです」
 即座に頷いた郷秀樹。
 シノブの背後では、男衆が目を細め、エミ、ユミ、リョーコがむっとした。
「でも、あの子は今の生活を気に入っているわ。帰りたくないって言ってる。私も――それから、うちのお兄ちゃんたち三人も、あの子をオオクマ家の四男として受け入れました。今さら犯罪者だから連れて帰る、というのなら、なぜ最初に捕まえて帰らなかったの?」
「それは――」
「ああ、待って。勘違いしないでね? あなたを責めているわけではないのよ。ただ、もしあの子がここへ来てからの今日までの一年間が、あなた方の思惑であの子に与えられたものだったのなら、あと少しその期間を延ばしてやってほしいのよ。あの子はまだ、地球で学ぶべきことが山ほどあるから」
「……………………」
 口をつぐんで、じっとシノブを見つめる郷秀樹。
 シノブは湯飲みを一服、一息ついて続けた。
「もし、あの子の地球滞在延長が出来ないというのなら、なぜそれが出来ないのか、きちんと理由を聞かせてくださいな。私には母親として、あの子のより良い未来を望む者として、それを聞く資格があると思うのだけれど。いかがかしら?」
「オオクマさんの言われることは、よくわかります。私が今日ここへこうして足を運んだのも、それを説明し、理解してもらうためなんです。その前に……この一年、レイガの母親としてよく面倒を見ていただき、本当にありがとうございました」
 脇に膝でいざった郷秀樹は、両手をついて深々と頭を下げた。
「ウルトラ族を代表して、あなたと息子さん方、友人の皆さんの深く篤い愛情と友情に、感謝します」
「ちょ、ちょっと! 郷さん、やめてください。顔上げて。私たちは人として当たり前のことを当たり前にしただけです。そんな過分な御礼をされても困ります」
 慌てるシノブに加え、ヤマシロ・リョウコも不満げな声を上げた。
「そうだよ! シロウちゃんとは友達になりたい、なれるってあたしが思ったから友達になったんだよ。例えあなたがウルトラマンでも、それについてあなたにお礼を言われる筋合いじゃないし、そんなことのために友達になったと思いたくも思われたくもない。だから、気持ちはわからないでもないけど……やめて」
 その言葉に力を得たように、エミとユミも頷き合う。
「たぶん、シロウさんが少しは真っ当になったことを言っているんだろうけど、あたしたちはそんな風にシロウさんを曲げたわけじゃない。元々シロウさんがそうなりたかったから、そうなっただけで、ええと、だから――ユミ、任せた」
「ん、もう。せっかくいいこと言ってたのに。……ですから、シロウさんがここにいない人も含めて、大勢の人に受け入れてもらえたのは、シロウさんのたゆまぬ努力と高い志があればこそです。だから、私たちにお礼を言わないで。シロウさんを褒めてあげて下さい」
「そうだよ、郷さん」
 坂田次郎までが、いざり出てきた。
「それに、郷さんは元々地球人じゃないか。ウルトラ族を代表して、なんて他人行儀な言葉、聞きたくないよ」
「次郎君……」
 顔を上げた郷秀樹は、唯一の身内からの言葉に苦笑いを浮かべるしかない。
「そうだな。今のは、俺らしくなかったかも知れない。だが、レイガがああして真っ直ぐ成長したのは、紛れもなく地球での生活があればこそだ。その中で彼に関わってくれた人には、本当に感謝している。出来れば、彼の望みどおり、このまままだしばらく地球にとどまらせてやりたい。それは俺もそう思っている」
「じゃあ、なぜ?」
 疑問を表情に隠さず、シノブは訊ねた。
「あの子の意思を無視し、私たちの望みを叶えられない理由はなに? どうか、仰って」
「隠すつもりはありません」
 郷秀樹は、背筋を伸ばして居住まいを正した。そして、シノブとその背後周囲にいる全員を見渡す。
「レイガを……いえ、シロウ君を連れて帰るのは、彼とあなた方を守るためです」
 全員の疑問まみれの表情は、その時さらに深くなった。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 CREW・GUYS日本支部・フェニックスネスト・総監執務室。

 今もサコミズは書類仕事を一つ片付け、一息ついてエスプレッソの香りを楽しんでいた。
『……サコミズ……サコミズ』
 光とともに呼びかけてくる声。
 久しく聞き覚えのあるその深い声に、サコミズは目を細めた。
 気づくと、いつの間にかGUYSジャパンの総監執務室から光の空間に立っていた。
 正面に立つウルトラ戦士――ゾフィー。
「……やぁ。久しぶりだね。レイガが地球へ来たとき以来だから……ほぼ一年ぶりかな?」
 サコミズが自然に出した手を、ゾフィーも自然に握り返す。
『うむ。彼のことは世話をかけて済まないと思っている。だが、ジャックからの報告で君たちとは良好な関係を築いていると聞いた。礼を言う』
 手をほどきながら、サコミズは苦笑を浮かべた。
「いやいや。確かに、最初こそどうなるかと思ったが……彼も誰かを愛する気持ちは、君たち兄弟と変わらないようだ。ただ、それを表現するのが少し苦手なだけだよ」
 ゾフィーは頷いた。全幅の信頼を込めて、ゆっくりと。
『そのレイガと、地球防衛の任についているジャックだが……ともに光の国へ帰還させることになった。今日、私は君にそれを伝えるために来たのだ』
「二人を……? 宇宙で何かあったのか?」
『光の国が狙われている』
 宇宙警備隊隊長が放ったその一言が持つ重みに、サコミズ・シンゴはしばし声を失った。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 オオクマ家。
「光の国って……あの子やあなたの故郷が? 誰に?」
 郷秀樹の衝撃の発言に、シノブはすぐ問い返した。背後ではその他の者たちが顔を見合わせている。
「敵が何者であるかは、まだはっきりとはわかっていません。ただ、その者は違う世界からこの世界にはいない怪獣や、死んだはずの敵を呼び出して来る、恐るべき力を持っているということだけがわかっています」
「ふぅん……それで、そのこととあの子が帰らなきゃいけない話と、どう重なるのかしら」
「――ウルトラマンが、標的なんだな」
 そう口を挟んだのは、イチロウだった。その隣で、ジロウも頷く。
「地球に留まれば、シロウやあなたを狙ってその敵が怪獣どもを送り込んでくる……だから、地球を離れるということか」
 郷秀樹は深く頷いた。
「ええ。私には直接、光の国の防衛指令が下りました。地球は、現在の防衛隊であるCREW・GUYSの力を見ても、ある程度は自力で防衛が出来ると判断したからです。そして、この件に関しては我々が地球上にいない方が、地球はより平穏である可能性が高いとも」
 静かに、落ち着いたその口調に頷くイチロウ、ジロウ、シノブ。
 ヤマシロ・リョウコは少し複雑な表情だったが、つい身を乗り出して口を開いた。
「力があると認めてくれたのは嬉しいけど……ちょっと寂しいよ、それ。あなたたちと一緒に――」

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 光綾織るゾフィーのテレパシー空間。
「――君たちとともに戦わせてはくれないのか」
 折りしも、ヤマシロ・リョウコが郷秀樹に放ったのと同じ問いをサコミズ・シンゴもゾフィーに投げかけていた。
 その返答は――ゾフィーは首を横に振った。
『その気持ちは嬉しい。だが、敵は罪無き地球の人々を容赦なく犠牲にして、我々を倒そうとしてくるだろう。それはおそらく、地球上に我々の仲間が残った時の方が苛烈になると予想できる。かつて兄弟を受け入れてくれた地球の人々、そして今、レイガを受け入れてくれている人々を少しでも守るため、こうするしかないのだ』
 サコミズ・シンゴは神妙な顔つきで頷いた。
「……そうか。敵が君たちを標的にしている以上、地球上にウルトラ兄弟が留まれば、彼らに近い人々から危険にさらされる。そして、君たちがそれを決断したということは、相手は必ずそうして来るような敵なんだな?」
『その通りだ。敵の力の源は絶望、恐怖、悲しみ……そんな人の心の闇――』

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 オオクマ家。
「――そうした人の心の闇から力を得るそうです。つまり、ウルトラマンがいなくとも」
 郷秀樹の説明を、再びイチロウが受け継ぐ。
「人々に絶望を与えるために地球を襲撃してくる可能性がある、ということですね」
「なるほど。郷さんやシロウのやつがいてもいなくてもその敵とやらに襲われるのなら、いない方がまだ俺達がピンポイントに狙われる可能性は分散できる……か」
 口許を押さえて考え込むジロウも頷く。
 その隣に座っていた坂田次郎もその言葉に頷かざるを得ない。
「……郷さんは、兄ちゃんと姉ちゃんのことで、そのことが一番肌身に沁みているもんね……。そういうことなら、仕方ないか」
「ヤマシロ隊員、どう思う?」
 さっきは声こそ上げなかったものの、彼女同様浮かぬ顔をしていたサブロウが訊ねる。
 ヤマシロ・リョウコはまだ説明を飲み込み損ねているような、浮かない顔だった。
「理屈はそうなんだろうけど……でも、なんか……うう〜ん」
「俺は……嫁と娘がなにより一番だ」
 納得できない様子のヤマシロ・リョウコに、メガネをきらりと閃かせてジロウが口を挟んだ。
「たとえこの場にいるみんなに薄情者と罵られようと、彼女たちへの危険が少しでも減じられるなら、それに越したことはない。シロウに出て行けとまでは言う気は無いが、その選択をしてくれると助かる」
「ジロウ兄ちゃんはいつもそうやって計算ずくで割り切ろうとするけどな、恩人に対する態度とは思えねえな。な〜にが『出て行けとまでは言う気はないが』だ。実際、そう言ってんのとどこが違うってーの。この薄情もん」
 サブロウの棘のある揶揄に、ジロウの視線がそちらへ動く。
「以前は恩人でも、うちの嫁と娘になにかあったらただじゃおかん。それはシロウでも、郷さんでも、お前でも変わらんぞ」
「俺は反対だね。ただでさえシロウには年末の件で恩がある。まして、弟に危機が迫ってるのに追い出して終わりとか、親父が生きてたら拳骨ものだぜ。それはオオクマ家の流儀じゃねえだろ」
「初めて弟が出来てはしゃぐ気持ちはわからないでもないが、冷静に考えろ。今の話に、オオクマ家の流儀は関係ない。光の国の人たちが地球からの撤収を決めたんだ。我々から出て行ってくれと頼んでいるわけじゃない」
「ジロウ兄ちゃんの中にそういう考えがあるんなら、おんなじことだろ。シロウは残りたいって言ってんだぞ」
「ではお前は、怪獣や星人相手に家族を守って大立ち回りが出来るというのか。なんの力も無いくせにシロウを引き止めて、その先のことをどう考えるというんだ」
「そのためのGUYSだろうがよ!」
 サブロウの手が、隣で戦々恐々議論の成り行きを聞いていたヤマシロ・リョウコの背を叩いた。
 たちまち、目を白黒させるヤマシロ・リョウコ。しかし、彼女がなにか言う前に、ジロウが鼻を鳴らした。
「ふん。やはり他人頼りで自分では何もしないということか」
「へっ、自分だって、弟を地球から追い出すだけで、危機そのものにはなにも向かい合ってねえじゃねえか。いつの間にやら薄汚ぇ大人に成り下がったもんだな、ジロウ兄ちゃんはよ。そんなので夢がどうだとか、綺麗ごと言うな」
「お前こそ、人の上に立つ立場なら、リスク管理を合理的効率的に考えろ! お前の考え一つで人の生き死にさえ決まることがあるんだぞ!」
「リスクリスクでがんじがらめにしたって、いい物やアイデアは生まれてこねえだろうがよ! 上に立つやつに大事なのはリスク管理じゃなくて、勝負のかけ時を見切る目だ!」
「ああ、悪かったよ。そういえばゲーム製作みたいな遊びで人が死ぬことはなかったな。お前にそんな極限の選択なんか出来るわけもなかった」
「ふざけんな! そういうこと抜かしやがるなら、いっぺんうちの修羅場に来てみやがれ! 人が寿命削って無から物作る現場ってのを見せてやる!」
「こっちは日常的に人の命を預かる現場だ! お前みたいないい加減なのがいると、チームどころか将来の乗り手までが危険にさらされるんだよ!」
「――いい加減にしろ」
 ひときわ重く、威圧のこもった声に割り込まれ、ジロウとサブロウは瞬時に口をつぐんだ。そして、声の主を――イチロウを見やる。
「リスク管理も攻め時も、人それぞれの経験と感覚と言うものがある。馬鹿げた議論は外でやれ」
 双瞳が、怒りを含んで揺れている。その隣では、シノブが呆れ顔で二人を見ていた。
「今は、郷さんの話を聞いている最中だ。お前たち二人の意見などどうでもいい。……すみません、郷さん。うちのバカな弟たちが話の腰を折ってしまいまして」
 居住まいを正して、ぺこりと頭を下げる。その様子に、ジロウとサブロウも口を閉ざさざるを得ない。
 イチロウは顔を上げて続けた。
「それで……その敵とやらは、シロウの力で対処することは出来ないのですか」
「ええ」
 迷い無く、郷秀樹は頷いた。
 イチロウは重ねて問う。
「もし……もしも、あいつが正体を隠して地球人として生活してゆくことになっても……敵はやはりシロウを?」
「見つけ出し、襲ってくるでしょう。そして、その魔の手にシロウ君が抵抗をすればするほど、さらにより強力な怪獣・星人を送り込んで来るでしょうし、それでも足りなければ、あなた方にまで手を伸ばし、危害を加えるに違いありません」
 イチロウは少し残念そうにため息を一つ、ついた。
「そうですか……では、さらにお聞きしたいのですが、光の国へ帰ったシロウはどうなるのでしょう? やはり服役?」
「いえ。確定事項としてお話は出来ませんが……地球での活躍を加味され、おそらくは、短期間の奉仕活動で済むのではないかと。あとはしばらくの謹慎ぐらいでしょうか」
「その刑期が終わった後、地球へ戻って来ることは?」
 それこそが聞きたかったことだった女性陣が、たちまち目を輝かせ身を乗り出す。
(おおっ!)
(イチロウさん、ナイス質問です!)
(さすが一番上のお兄さん!)
「難しいでしょう」
 郷秀樹の返答に、三人はへなへなと崩れ落ちた。
「彼はまだ、宇宙を旅するための基本的なことも学び終わっていない。まして、彼はこれまで地球に来たウルトラ兄弟とは違って、一般市民です。宇宙警備隊の防衛を要する程度の、孤立した文明惑星に渡航は許されない。あなた方が生きている間に再び地球を彼が訪れるのは……」
「そう、ですか」
 明らかに気落ちしたシノブをちらりと見やったイチロウは、少し考えて、質問を続けた。  
「もう一つだけ確認したいのですが、よろしいか?」
「どうぞ」
「今の状況が終わって……つまり、シロウが刑期を終え、光の国を狙っている敵があなた方の活躍によって排除された後、再びウルトラ兄弟の誰かや、新しいウルトラ戦士が地球を訪れることは無いのでしょうか?」
「あるかもしれませんが、今はなんとも」
「郷さんは帰ってくるさ。だって、地球は郷さんの故郷だもの!」
 坂田次郎のその言葉に、郷秀樹は嬉しそうに相好を崩した。
「そうだな。次郎君の言うとおり、任務とは関係なく、地球へは訪れたいとは思っています。無論、他の兄弟も」
「では、その時にシロウを伴ってくることは……?」
 探るような、すがるような目つきで切り出したイチロウに、郷秀樹は束の間考え込む。
「それは……なんとも言えませんが……」
「無理でもない?」
「ええ。レイガと地球の――皆さんとの結びつきは、私もわかっているつもりです。彼が望むなら、なにか方法がないか探すことは約束します。しかし……」
「ええ。必ず、でなくともかまいません」
 そう切り出したのは、それまで話の成り行きをイチロウに任せていたシノブ。
「あの子が戻って来れる、という希望があれば。みんな待ちますわ。ね?」
 シノブの言葉に、オオクマ家の一同、ヤマシロ・リョウコ、エミ、ユミは一斉に頷いた。
 そして、少し目尻に潤みを輝かせながら、シノブは続けて笑った。
「私も、出てった息子が戻って来るのを待つのは、慣れてますから」

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 光綾織るゾフィーのテレパシー空間。
「それでは、武運を祈っているよ」
 サコミズ・シンゴは再び右手を差し出した。
 それを、力強く握り返す宇宙警備隊隊長。
『君もな、サコミズ。……今は去るが、いずれ我々の力が必要になったときには、必ず駆けつける。それまで、この美しい星の平和を、未来を、君たち自身の手で守り抜いてくれ。今の君たちなら、出来ると信じている』
「ああ。次に君たちが来る時は、任務でなく、客人として招くことができればいいね」
『それは楽しみだ。……ではな。さらばだ、友よ』
 手をほどいたゾフィーの姿が薄れてゆく。
 サコミズ・シンゴはそれを笑顔で送った。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 オオクマ家・玄関外。
 夜はとっぷり暮れ、既に空は濃紺一色。いつの間にか広がった薄雲で星は見えず、月の輝きもぼんやりにじんでいる。
 郷秀樹は坂田次郎とともに立ち去り、オオクマ兄弟もそれぞれの足で帰途についた。
 残されているのは、ヤマシロ・リョウコ、エミ、ユミの三人だけ。玄関門扉の階段に仲良く身を寄せ合って座っている。
 そして、三人とも落ち込んでいた。
「……なんにも言えなかったね、ユミ」
「うん。……シロウさんを地球に残してって、お願いしたかったのに……」
「仕方ないよ。あんな話聞いちゃったら、なにも言えないって。いや、むしろよくなにも言わなかったって、褒めてあげるよ二人とも」
「あんまり嬉しくないです」
「うん」
「だろうね」
 重い重いため息を吐いたヤマシロ・リョウコの口元から、白い湯気が揺れて散る。春とはいえ、三月半ばの日暮れ後ともなれば冷え込んでくる。そんな寒く冷たい空気の中、三人はそこに座り続けていた。
 そこへ、シロウが帰ってきた。
 ジャンパーのポケットに手を突っ込んで歩いてきたシロウは、玄関前にたむろする三人の姿を見て、しばし呆気に取られていた。
「……なにやってんだ? かーちゃんに締め出されたのか?」
「君じゃあるまいし。よっと」
 苦笑しながら立ち上がるヤマシロ・リョウコ。軽く自分のお尻をはたく。
「シロウちゃんが帰ってくるのを待ってたんだよ」
 エミとユミも立ち上がった。
「お帰り、シロウ」
「お帰りなさい、シロウさん」
「ん、ああ。ただいま。……で、郷秀樹の奴はまだ来てないのか?」
 家の中を気にする素振りを見せる。
「いや、あの人ならもう来たよ。他に話を聞きたいって、お兄さんたちも来てたけどね。もう、みんな帰った」
「兄貴たちまで?」
「ごめんなさい、シロウさん」
 いきなり頭を下げたユミに、シロウは小首を傾げる。
「私たち、郷さんを説得できませんでした」
「……そうか。でも、気にすんな。ユミたちのせいじゃねえしよ。それより……もういいのか? 悩んでいた件は」
「!! そ、それは……」
 たちまち狼狽が顔に表れる。その後頭部を、エミが軽くはたいた。
「シロウのことで忘れてたでしょ。まったく。ま、いいわ。ともかく、今日言ったこと、考えておいてよ? ――んじゃ、シロウ。それから、リョーコさん。また」
「ん。じゃーねー♪ がんばれ〜」
「師匠、送らなくていいですか?」
「すぐそこだし、いいよ。それよりユミの方をよろしく」
「はい」
 手を振り振り去ってゆくエミ。
 次いで、ヤマシロ・リョウコがさて、と呟いて大きく伸びをした。口元に白い息が漂う。
「ん〜〜〜〜……っぱぁ。んじゃ、あたしも帰ろっかな。明日からまたお仕事だし。じゃ、シロウちゃん、なんか相談事あったら連絡ちょうだいね。まだ、心決まってないんでしょ?」
「え? あ、ああ……」
 すれ違いざまに足を止め、シロウの方に手を置く。
「郷さんに説得はされたけど、あたしはまだ納得できてないからさ。後は君がシノブさんに話を聞いて、決めなよ? どんな答でも、大丈夫。あたしは受け止めるから。多分……シノブさんもね」
「……ああ。わかった。ありがとうな、リョーコ」
「いいってことよ。あたしらマブダチじゃん。……じゃあね」
 軽く笑って、去ってゆくヤマシロ・リョウコ。
 シロウとユミはバス停へ向かうその背中を見つめ続けた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 ユミは、シロウのテレポーテーションで自宅の前まで送り届けられた。
 別れ際、閉じた玄関の門の内と外で、二人ははたと見詰め合った。今日のお別れを言おうとした刹那に、視線が合ってしまっていた。
「――シロウさん」
「……………………」
「私、シロウさんのこと、好きです。大好きです」
 日頃の挨拶のように軽々と、ユミは告げた。
 玄関の門を開けつつ、ふと今しかない、と思って数瞬のこと。自分でも驚くほど素直に、照れもせず、口をついて出た言葉だった。
「……………………」
 シロウは目をぱちくりさせている。
「あ、シロウさんの思ってる好きとは、ちょっと違うかも――」
「あ、いや。多分わかってる、と思う」
 ユミを真っ直ぐ見つめ返しながら、シロウは答えた。
「ええと、要するに……俺と夫婦になりたいとかそんな感じの意味で、だよな」
「ふう……? んもう。恋人って言ってください。途中経過をはしょりすぎです」
 怒ったように口を尖らせながらも、ユミは一歩、足を止めた位置から門に近づく。
「あー、すまん」
「私にとって、シロウさんは特別な人です。シロウさんも私のこと……そんな風に特別に思ってくれていますか」
「わからん」
 多少予想はしていたが、シロウはあまりにもざっくりと答えた。
「誰と比べて特別だといえば良いのか……。コイビトってのもよくわからんし……ただ、ユミはエミ師匠とも違うし、リョーコとも違う。もちろん、かーちゃんとも違うし……これが特別に思っているということなのかどうかわからないが、俺はいつでも一生懸命なユミが大好きで、応援したいし、そうだな……去年の夏以降は、ユミに頼られたいと思ってる。それに、ええと……俺とお前じゃ生まれた星も種族も違うけど、ずっと一緒にいたいって意味では、確かに特別かな、とは思うんだけど、それは他のみんなも同じで、でもユミはユミで、あの、どういったらいいのかわからんのだが」
 シロウは訥々と気持ちを告げてゆく。
 ユミはそれを、頬を緩ませながらただじっと聞いていた。
 あの言葉下手なシロウが、自分の中から言葉を捜して、懸命にユミの思いに答えてくれようとしていることが、たまらなく嬉しく、この瞬間が幸せだと心の底から感じていた。
(人の思いに応える……それが、幸せなんだ。私はそれを幸せに思えるんだ)
「じゃあ、ね」
 ユミはシロウの続けようとする言葉を遮って、一度は閉じた門扉を開いた。
「ね、シロウさん。私が……光の国へ連れてって、って言ったら連れて行ってくれるぐらい、私のこと好きですか?」
「それは……危険を承知で言ってるのか?」
 シロウの一瞬の怯みにも、ユミは退かずに攻める。
「はい。地球のことも、私自身のことも、全部納得して、それでも連れてって、と言ったら」
「いいぜ」
 今度は全く迷いのない即答だった。思わず、胸を撃ち抜かれたような衝撃を感じるほどに。
「そうなったら多分、俺はまた宇宙警備隊に追い回されるだろうが、その覚悟もしろよ?」
「宇宙を股にかけた逃避行、ですね。凄い冒険じゃないですか。地球じゃまだ誰も経験してない、空想の中だけの物語ですよ」
「そうだろうな」
 もう向かい合う二人の間に障壁はない。
 シロウの手がそっと伸びて、ユミの頭を軽く撫でる。
「けど、どうせ来るならきちんと招待したいな。俺が地球で初めて見た色んな景色に感動したように、ユミにも光の国の景色に感動してほしいからよ。追われながらじゃ、堪能できねえだろ?」
(ああ……)
 にんまり笑うその笑顔に胸が高鳴る。眩暈を覚えるほどに。
 もう――もう、抑えることは出来ない。
「じゃあ……約束してください。その時が来たら、迎えに来てくれるって」
 『約束』。
 シロウとの間だからこそ、ひときわ重い意味を持つその言葉をユミはあえて使った。
 そして、シロウもそれに応えた。
「……わかった。約束しよう。指切りでいいか?」
 シロウが差し出す右手の小指を、しかしユミは首を振ってそっと押さえた。
「ううん。もっと素敵な約束の契りを教えてあげます。動かないで――」
「もっと? ――って、お(い)」
 ユミはふわりと両腕をシロウの首に回し、自らの唇を――

 しばらく動かぬままに重なったシルエット。
 とっぷり暮れた夜の帳の下、どこかで犬が遠吠えをあげていた。


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