【一つ前に戻る】     【次へ進む】     【目次へ戻る】     【小説置き場へ戻る】     【ホーム】



ウルトラマンメビウス外伝 RAYGA

 第13話 進み行く先、路の彼方 その3

 エミがユミの隣に座り、身振り手振りを交えて何かを熱心に話している。
 ヤマシロ・リョウコ、クモイ・タイチ、シロウは少し距離を置いて、二人の様子をうかがうだけにとどめていた。
「やっぱ、こういう時は友達と家族だよね」
「そういうもんなのか?」
 シロウが少し寂しさを感じながら呟くと、ヤマシロ・リョウコは苦笑した。
「そうだよ。ユミちゃんは、まさに今その狭間で悩んでいるわけだしね。……ちょっとヤキモチ?」
「ヤキモチ? なにが?」
「でもないのか。じゃあ、なんで浮かない顔? そこまで彼女に入れ込んでたの?」
「ん〜、入れ込むの意味はわからんが……そうじゃなくてな。まだあの二人には言ってないんだが……」
 シロウはちらりとユミとエミを見やり、腕を組んだ。藤棚の柱に背中を預けつつ、ヤマシロ・リョウコとクモイ・タイチに視線を戻す。

「俺な、今月中に光の国へ帰るよう言われてんだよ。ジャックに」

 途端に、二人の顔つきが変わった。
「なに……?」
「うそ」
「昨日話があってな。宇宙で何があったのかは知らんが、どうもジャックの奴も地球から引き上げなきゃならんらしい。そのついでに、犯罪者である俺も、ということだそうだ」
「犯罪者って……その話、まだ生きてたの!? これだけ地球防衛に貢献してくれたんだから、それくらい大目に見てくれたって……」
「それはそれ、これはこれだと思うがな」
 明らかにショックを受けて肩を落とすヤマシロ・リョウコに比べ、クモイ・タイチは冷静だった。
「それで? お前はどうするんだ?」
「どうする、とは?」
 腕を組んだクモイ・タイチの問いに、シロウはわざととぼけて問い返した。
「お前のことだ、素直についてゆくわけではなかろう? かといって地球から逃げ出す心算なら、そもそも俺達にそんな話はすまい――いや、まだ迷っているから、俺達に告げたのか」
「ん〜……まあ、そうなんだけどな」
 せっかく隠したつもりだったのに、あっさり心底を見透かされたことに、シロウは呆れ気味のため息を漏らした。昨日のシノブといい、今日のクモイ・タイチといい、スチール星人のときのヤマシロ・リョウコといい、レイゾリューガのときのセザキ・マサトといい……地球人はどいつもこいつも無自覚なテレパス予備軍なのだろうか。
「ジャック相手じゃあ抵抗しても勝つのは難しいだろうしな。かーちゃんもきちんと罪を償えっつーてるし……」
「そりゃ正論だねぇ」
 その言葉ほどには納得していない表情のヤマシロ・リョウコ。
 一方のクモイ・タイチは、明らかに不機嫌そうな顔つきでシロウを睨んでいる。
「お前……だんだんダメになってきているな」
「またかよ。さっきもユミのことでそんなこと言ったよな。今度はなにが気にいらねえんだよ」
「以前のお前なら、戦う前に負けを認めるような発言はしなかっただろう」
「あー……確かにそうだね」
 同意するヤマシロ・リョウコ。
 シロウはうんざりして、また一つため息をついた。
「あのな。ジャックと何度戦って、何度肩を並べたと思ってる。確かに、前の俺なら根拠もなく自信満々だったろうがな。いくら俺がバカでも、自分の肌身で感じたことを認めねえほどのマヌケじゃねえよ、もう。強さは弱さを認めるところから始まるんだろ?」
「俺が言ってるのはそこではないんだがな。……ま、いい。では、帰るのか」
「本心を言えば帰りたくはない。だが、どうしたら地球に残れるかわからんので困っている。そんな感じだ」
「ん〜……友達としてはさ、なんとか力になってあげたいけど……」
 光の国の事情に地球人が口を出すわけにもいかないからなぁ、と嘆息するヤマシロ・リョウコ。
 クモイ・タイチも頷いた。
「俺も協力はできんな。地球の平和を守るCREW・GUYSの隊員として、MATの郷隊員の後輩として、ウルトラマンに守ってもらった地球人の一人として、犯罪を犯してきたお前をウルトラマンが逮捕し、連行するというのなら、それに異を唱えることは出来ない。……………………だが……」
 長い沈黙。
 真一文字に引き結んだ唇を蠢めかしながらも、次の一言が出てこない。
 やがて、大きく吐き出した深呼吸と共に、言葉は紡がれた。
「……だが、一つだけ迷える孫弟子に与える助言があるとするならば…………新マンを倒す以外に道はないだろうな」
「やはり、そうか。そうなるか。そうだよなぁ……」
 がっくり首を折ったシロウは、またも盛大にため息を吐き散らかす。
 クモイ・タイチは続けた。
「以前に言ったはずだ。古今東西、自由とは勝ち取るもの。与えられるものでも、まして生まれながらに持つ資格でもない。抗い、戦い、勝った者だけが手にすることの出来る資格だ、とな。だが……今のお前は、望む自由を勝ち取るだけの力はないと自ら認めた。ならば、その結果は受け入れるべきだろう。イヤなら抗え。戦え。勝て」
「その前にさ」
 クモイ・タイチを押しのけるようにして、ヤマシロ・リョウコが割り込んだ。
「やっぱ話し合いたいよね。シロウちゃんの友人代表としてはさ。会わせてくんない? 確か、郷さんだっけ? その話を無しにするのは無理かもしんないけど、それでも伝えたいよ。シロウちゃんにもう少し地球にいてほしいって」
「リョーコ……」
 胸の奥からこみ上げてくる圧迫感のようなものに、シロウは思わず目尻が熱くなるのを感じた。不快ではない。だが、なぜそんな気持ちになるのかはよくわからない。多分、嬉しさを感じているのだろうとしか。
 そんな気持ちを隠しつつ、シロウは続けた。
「ん〜と。郷秀樹なら、今日明日ぐらいにはうちへ挨拶に来ると思うんだがな。かーちゃんにその話をしに」
「そうなんだ。ん〜〜……じゃあ、これからお邪魔しよっかな。――ねぇねぇタイっちゃん、今日のお稽古おしまい?」
 問われ、女子高生二人を見やるクモイ・タイチ。二人の――と言ってもエミの一方的な語り掛けにしか見えないが――話し合いはまだ終わりそうにない。
「そう、だな。ふむ…………あっちの二人ももうそんな気分ではあるまい。――オオクマはどうする?」
「俺は……今日の稽古が終わったら寄るつもりだった所がいくつかある。時間がもらえるなら、ありがたい」
「わかった。では、今日の今を以って護身術の稽古は終了としよう」
 その口ぶりとは裏腹になにを思うのか、目を閉じて告げるクモイ・タイチ。
 再び目を開いた時、その手をシロウの肩に乗せた。
「正直、まだ黒帯になった程度のものだが……何事も継続が最後には力となる。これ以後もたゆまず精進しろよ」
「え〜と……よくわかんねえけど、今後も自分で努力してがんばれよってことだよな? わかった」
 二度、軽く元気付けるようにぽんぽんと叩いて、肩からクモイ・タイチの手が離れた。
「ねぇねぇ、シロウちゃん」
 シロウが藤棚の柱から背を浮かせたところで、ヤマシロ・リョウコはその腕をつかんで引き止めた。
「今の話、あの二人にもしていいよね?」
「ん〜……二人とも、そんな状況じゃないんじゃ……」
 尻込みするシロウ。しかし、ヤマシロ・リョウコは首を振った。
「知らなくていい話にされてる方が、あの二人にとってはショックだよ。それに、あの二人はシロウちゃんとも特別仲良いからね。郷さんに文句言う資格はあると思うんだ。だから、連れてこうと思ってさ」
「ん〜……一応言うなら俺の口から、とは思ってたんだが……まあいいや。好きにしろよ」
 とはいえ、後で話してなかったことをどやされそうだ、とは思うが。
「うん。じゃあそうする」
「じゃあ、俺はもう行くぜ」
「うん。会えたら、また後でね」
 歩き去りながら手を軽く上げて応えるシロウの背中に、にぎにぎを繰り返すヤマシロ・リョウコの手。その隣ではクモイ・タイチが、少し寂しげな光を宿した瞳を伏せていた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 同時刻。
 都内高層ビルの最上階執務室。
 応接セットの向かい合う席に、いつものごとく茶をすする郷秀樹と馬道龍の姿があった。
「……そうか。帰還するのか。寂しくなるな」
 馬道龍の呟きに、郷秀樹は頷く。
「エンペラ星人亡き後、その恐怖のたがが外れたゆえの宇宙各地の騒乱かと思われていたが……どうも何者かの陰謀が裏で動いているらしい」
「ふむ……。生協の情報網では、今のところ地球周辺でその影響らしき騒乱は起きていない。――ああ、そうだ。数日後に予定されているGUYSの対宇宙怪獣戦の話はもう知ってるな?」
「ディノゾールの群れから地球を守るための作戦だな。一応承知している。少なくとも、それが終わるまでに発つつもりはない」
「地球人の力を見てから、か」
「生協はどうするんだ?」
「GUYSで対応できる案件は、生協が口を出すことではない」
「そうか」
「それで? 君が帰還するのは良いとして、あの悪ガキはどうするのだ? 残してゆくのか?」
「いや、連れて帰るつもりだ」
 郷秀樹の即答に、馬道龍は湯飲みを持つ手を止めた。探るような眼差しで、向かいの男を見やる。
「……それで、彼が納得するか?」
「同意は必要ない。これは決定事項だ」
「そういうのは、彼が一番嫌うところじゃないのかね?」
「だろうな」
「……………………なにを企んでいる。郷秀樹?」
 腹の探り合い――当の郷秀樹は、呑気に湯飲みをあおる。
「別に。今言ったとおりのことだ。私の帰還に合わせて、レイガを光の国へ連れ帰る。それだけだ」
「……私相手に、そんなレトリックが通じると思うなよ、ジャック」
 馬道龍は湯飲みをテーブルに置くと、ぼっそりそファに背中を預けた。
「ウルトラ兄弟には、派遣された先での活動に大きな権限が与えられているはずだ。逮捕、処理だけでなく、赦免についてもな。聞けば、襲われたメビウス自身にレイガに対する処罰感情がないそうじゃないか。光の国があんな小物相手に面子を気にしているわけでもあるまい。仮に君が彼をこのまま置き去りにしても、宇宙警備隊は君の判断を支持すると予想するがね?」
「……………………」
「そして、おそらく本人も地球に残りたいと思っているはずだ。確かに初期の彼は酷かったが、ここしばらくの活躍は、昔の君達と引けを取らないものがある。事実、地球人の評判も最近はそこそこ良い。それは君も知っているはずだ。君が帰還するというなら、なおさら彼の存在は双方にとって大事なものとなるはず。にもかかわらず。なぜ、彼を連れて帰る?」
「たった今悪ガキだの小物だのと評した相手に、妙な入れ込みようだな、馬道龍?」
「茶化すな。言葉のあやだよ」
「ウルトラ族が起こした犯罪だからこそ、厳正に対処するとは考えないのか?」
 しかし、馬道龍は首を振った。
「いいや。そんなつまらない理由ではないな。話しながら様々な角度から考えていたが、やはり彼を力づくでも連行するという君の姿勢には疑問を抱かざるを得ない。……ある仮定を除いては」
「ほう」
「その仮定が正しければ、私としても君の判断に頷かざるを得ない」
 目を細める馬道龍に構わず、急須を取り上げて湯飲みに注ぐ郷秀樹。
 その茶を一すすりして、話を続けた。
「おそらく、その仮定は正しい」
 たちまち、馬道龍の表情が険しく変わった。しかし、郷秀樹は顔色を変えることなく湯飲みの水面に目を落としている。
「まさか! この短期間で、再びウルトラ族に戦争を仕掛けるバカが現れたというのか」
「いや。現段階では仮定に過ぎない。……ただ、情報の出所があの方だというだけの話だ。ウルトラ族にはそれだけで十分だ」
「あの方……? 君があの方呼ばわりする相手とは……………………まさか!? 伝説の――」
 驚愕のあまり、思わずソファから腰を上げる馬道龍。
 郷秀樹はにんまり頬を歪めて、顔色を失っている向かいの中年男に問う。
「これでもまだ、疑問かな?」

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 同日東京P地区、とある畑。
 タキザワ・ワクイ・イリエの三人とシロウが畑の土おこしをしていた。
 冬の間休ませておいた土地を掘り返し、新たに畝を作ってゆく作業。
 帰還の話をするつもりで訪れたシロウだったが、なぜかなし崩しに作業に加わっていた。
「しっかり掘れよ、シロウ! この土の出来具合が、今年の夏に作物という形で返ってくるんだからな。がはははは」
 さっくり鍬を刺しては土を起こす、元気なワクイの笑い声が響く。
 タキザワとイリエもそれぞれ受け持ちの場所で黙々と鍬を振るっている。
「しっかり? 思いっきりやれってことか? しょーがねーなー。じゃあフルパワーでやってやんぜ。この辺り一帯、クレーターになってもしらねえぞ」
「バ、バカヤロウ! 誰がそこまでやれっつったー!? しっかり掘るのと力任せとは一緒じゃねええ!」
「じゃあ、わかりやすく言えっ! おっさんの指示は、いつもてきとー過ぎてわかんねーんだよ!」
「しっかりっつーたらしっかりだろーが! こう、土に生命力を吹き込むような感じで――って、右手を光らせるなっ! なにをする気だ!?」
 鍬の手を止めて、右手に青い光を集めていたシロウは、怪訝そうにワクイを見やる。
「……なにって、土に生命力を」
「誰が超能力を使えと言ったか! わっかんねーやつだな! だから、こう……気持ちだよ気持ち! 気持ちを込めるんだよ! あと土の状態とかを見ながらだな」
「わからんのはお前だっ! 土の状態なんか俺が知るかっ!」
「おー、青二才がたてつくか! こーゆー……」
 足元の程よくほぐれた土を一つかみ、手の中で軽く握るワクイ。
「……土だよっ!」
「と、わっ!!」
 投げつけられた土を手の平で受け止める。軽く水分を含んだ土は、少し手の平にへばりついたものの、大半がその衝撃に耐え切れず木っ端微塵になった。
「……やーりやがったな、ジジィ!!」
 負けじと足元の土を一つかみつかんで、ワクイに投げつけ――投げる際の加速度に耐え切れず、手の中で木っ端微塵になった土は、そのままシロウの頭上に降り注ぐ。
「どわっ!?」
「なははははは、そーだ、その土だよ! その柔らかさが大事なんだよ! わかってんじゃねえかよ!」
「わからねえっつーの! このくそ、くらえっ!」
 再び手の中で砕ける土くれ。
 それを見て笑っていたワクイだったが、やがて適度に握り固められた土くれが顔面に命中した。
「ぶわっ!! ……わかぞー、てめえ……やりやがったなぁっ!!!!」
 こちらも負けじと土を握り締めて投げ放つ。軽く躱して、舌を出すシロウ。
「へっへーん、この俺に同じ手が通用すると思うか」
「この……なめやがって!! そこ動くなっ!」
「やなこったい」
 そうして始まった土合戦は、昼食を届けに現れたタキザワの奥さんに命中するまで続いた。 

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 『いい歳をして土で遊ぶな』と正座でタキザワ夫婦に叱られたシロウとワクイ。
 そのままタキザワの奥さんが持ってきたおにぎりとお茶を昼食に、一時休戦――もとい、一休みと相成った。
「……ところでよ、あっちの畑はいつやるんだ?」
 おにぎりを頬張りながらタキザワに訊ねるシロウ。その視線の先に、まだ手付かずの畑があった。足の踝程度の草が青々と繁茂している。
「ああ、あれか。あそこはいいんだ」
 水筒の蓋に茶を注ぎながら、タキザワは答える。
「いいって? なんで?」
「あそこは土を休ませておるんだ」
 目をぱちくりさせているシロウに、タキザワは茶をあおりながら苦笑した。
「作物というのはな、シロウちゃん。土の中の栄養分を吸い上げて大きく育つんだ。だが、あまり頻繁に畑で作物を作り続けると、土の中の栄養分がなくなってしまう。そこで、こうして休ませることで、その栄養分が戻るのを待つんだ」
「へー……」
「ま、宇宙を飛び回る君らにはわからん話かもしれんが、これが大地とともに生きる知恵というやつだ。そうだな……今年はその辺りを講義しながら作物を作ってゆくか」
「あー、それなんだけどよ……」
 シロウは次のおにぎりに手を伸ばしつつ、ようやくここへやってきた本来の目的を告げた。
 話を聞いた三人は、三様の態度を見せた。
 複雑そうに顔をしかめるワクイ。マイペースにお茶を飲みつつ、頷くイリエ。そして、残念そうに大きくため息をついたタキザワ。
「そうか……帰るか」
「正直に言えば帰りたくはないが……どうしたら地球に残れるのか、わからん。一応タキザワのおっさんや超師匠には世話になったし、話だけはしておいたほうがいいと思ってな」
「おい、ワシは」
 不満げにアピールするワクイだが、シロウはにやりと頬を歪めて言った。
「ワクイのおっさんとは散々ケンカした覚えはあるが、世話になった覚えはねーなぁ」
「くそ、恩知らずの宇宙人め。とっとと宇宙に帰っちまえ!」
「ふむ。……まだまだ教えたいことはあったんだが……そういう事情ならしょうがない。故郷へ帰っても元気でな」
 元気付けるようにシロウの背中を軽く叩くタキザワ。
「一期一会、じゃの。縁ならばまた会うこともあろうて。……わしゃ先に寿命が尽きるかもしれんがのー。ほっほっほ」
 最近、健康そのもので介護保険を受けられない、と判定されたイリエがいつものように笑う。
 シロウはおにぎりを置いて、居住まいを正した。三人に向き合う。
「みんな……この一年、おっさんらと過ごした時間は楽しかった。特に畑の関係は知らねえことばかりでよ。こんなことがなけりゃ、この先一年を楽しみにしてたところだったんだけどな。ま、なんかのはずみで地球に残れることになったら、続きを教えてくれ」
「そうだな。……その時は……ああ、あっちの畑をシロウちゃん専用の花畑にしてみるのもいいかもしれないな。夏場の向日葵畑をシロウちゃんに見せてやりたいと思ってたんだ」
 いい思いつきをした、と言いたげにほっこり微笑むタキザワ。
 シロウもタキザワが見ている休耕地を見やって、少し頬を緩めた。
「どういうのか知らないが……まあ、それを楽しみに残れるようがんばってみるぜ、タキザワのおっさん。そんじゃ、俺はこれで」
「おいおい、もう行くのか?」
 立ち上がったシロウを、そう引き止めたのはワクイ。
「もう少し残って作業していけよ。ひょっとしたらこれが最後になるかもしれねえんだろ? 今度は土の具合、ちゃんと教えてやるからよ」
「時間があればまた来るさ。トオヤマとマキヤにも今の話をしに行かないとよ」
「しょうがねえな……待っててやるからな?」
 シロウは背を向けたまま、軽く手を振って応えた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 トオヤマ家の応接間。
 ロングソファにシロウと向き合ってトオヤマ、マキヤが座っていた。
「それはまた……急な話ね」
 帰還の話を聞かされた二人は、困惑気味に顔を見合わせた。
 シロウは出された紅茶を口に含んでいる。
「そんなわけでよ、帰っちまったらもう何かあっても助けには来れない。……悪いな」
 シロウの言葉に、二人は再び顔を見合わせる。
「なに言ってるの、シロウちゃん。今までだって、あなたが助けてくれたのは、奇跡的なことだったんだってわかってる。これ以上を望むなんて、できないわよ」
「そうよ。それはシロウちゃんが謝ることじゃないわ。むしろ、私たちが――ねぇ?」
 お互いに頷き合った二人の主婦は、シロウの前で深々と頭を下げた。
「「シロウちゃん、これまで本当にありがとう」」
「………………えーと。こういう時にどう答えたらいいのか、わからないんだが」
 照れ臭そうに頭を掻くシロウ。
 顔を上げた二人は、今度は茶目っ気たっぷりに、再び声を揃えて言った。
「「笑えばいいと思うわよ」」

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 ヤマグチ家の玄関。
「……というわけでな」
「はぁ」
 シロウから帰還の話を聞かされたカズヤは、気の抜けた返事を返した。
「何か、知恵はないか」
「ぼくに聞かれても。――っていうか、みんなにはお別れじみた話で、なんでぼくだけ知恵を貸せなんだよ」
 うらめしげな文句にも、シロウは腕を組んで頷くのみ。
「いや、だってよ。カズヤやたら詳しいじゃねーか。地球にいた頃のウルトラ兄弟については。だから、ひょっとしたらと思って」
「ひょっとしたら……なに? 今の話の流れからすると、新マンを倒すしか方法はないみたいなんだけど?」
「そうだ」
「……………………」
 カズヤは、目を閉じて大きなため息を一つついた。眉間に指を当て、やるせなく首を振る。

「君は――ぼくにウルトラマンを倒せというのか。無茶振りにもほどがあるよ?」

「むぅ。やっぱ、カズヤでも無理か?」
「いや、無理とかどうとかいう話じゃなくてね? これまで地球を守ってくれた恩人を倒す手伝いをしろとか、道義的に無茶言うなって話を」
「バカヤロウ! 道義なんか大事にしててメビウス闇討ちとか出来るかっ!」
「威張るな、そんなことっ!」
「じゃあ教えろ!」
「なにがじゃあだよ! あんまり訳のわかんないことばっかり言ってると、オオクマのおばさんに報告するよ!?」
「……ゴメンナサイ」
 崩れ落ちるように両膝をついて、瞬時に謝ったシロウだったが、すぐに太腿の上で拳を握り締めた。
「くっそー……じゃあどうしろってんだ」
「……大人しく光の国へ帰れば?」
 いっそ冷たいほどのその言葉に、思わずシロウは顔を上げていた。
「……え……?」
「あのさ。ぼくら地球人だって、出会った人、出会った人、全てと永遠に付き合い続けるわけじゃないんだよ? ぼくにしたって、小学生の時の友達なんて、今じゃほとんど会ってない。中学、高校の友達もそれぞれさ」
 両手を広げて肩をすくめてみせるカズヤ。
「別れる時だって、そう。毎回毎回きちんとお別れをできるわけじゃない。例えば今言った友達とは、きちんとお別れの挨拶をして会わなくなったわけじゃない。ただなんとなく会わなくなっただけ。4年前に亡くなったじいちゃんの死に目には会えなかった。じいちゃんにはお別れを言いたかったけど、時間てやつは無情だね。うちの家族が病院に着いた時には、もう亡くなってた」
 そんでもって、とカズヤはシロウを指差す。
「君は宇宙人なわけだけど、だからといって別れが来ないわけじゃない。だろ?」
「……………………」
「みんないつかお別れする時が来るんだ。早いか、遅いかだけさ。それを踏まえてシロウ君に聞くけど……今が別れの時じゃいけない理由はなんだい?」

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 夕刻。
 カラスの鳴き声がどこかから聞こえている。
 家に向かって帰る道すがら、再び公園の前を通りがかったシロウは、一応中を覗いてみた。しかし、もうクモイ・タイチ、ヤマシロ・リョウコはおろか、エミとユミの姿もなかった。
 誰もいない藤棚の下のベンチ。
 ふとよぎる、クモイ流護身術教室の幻影。
 ふと甦る、カズヤの別れ際の一言。

『もし帰ることになったら、見送りには行くから。日時と場所は必ず教えてよね』

 シロウは胸に湧き上がるもやもやを感じていた。
 リョーコ以外、誰一人残れと言わない。
 別れたくない、と言ってくれない。
 自分自身は残りたいと思っているのに、みんなはそうでもないのか。
 必要とされていないとか、そういう話ではないことぐらい理解はしている。
 それにしたって―― 

 ズボンのポケットに手を突っ込んだまま、じっとベンチを見つめていたシロウの足に、なにかが当たった。
 見れば、サッカーボールだった。
「シロウ兄ちゃん!」
 声のした方を見やれば、シブタ・テツジが手を振っていた。その向こうにてっちゃんの友達が数人。
「よう、てっちゃん」
「シロウ兄ちゃん、それ蹴って!」
「あいよ」
 いつも通りに軽く蹴っ飛ばす。鈍い音を立てたサッカーボールは、てっちゃんの頭上を越えて、友達たちのところまで飛んだ。
 それを見届けたてっちゃんは、さらに手を振って叫ぶ。
「ねえねえ、シロウ兄ちゃんもサッカーやろうよ」
「あー……悪いな。今、ちょっとそれどころじゃないんだわ」
「そうなんだ。じゃあ、また今度ね」
 手を振りながら踵を返して、サッカーに戻るてっちゃん。
 ふと、シロウはその背中を呼び止めた。
「あ、てっちゃん。ちょっと話があるんだがな」
 シロウの呼びかけに足を止めたてっちゃんは、一瞬友人たちを気にしたが、すぐに近寄ってきた。
「どうしたの? 話って? サッカーの続きがあるから、早くして」
 その現金な物言いに、シロウは思わず苦笑いが漏れる。
「ああ。実はな、もうすぐ宇宙に帰らなきゃいけないんだ」
「ふぅん……。そっか。シロウ兄ちゃん、家に帰るんだ」
「……………………。……ま、そういうことだな」
 確かに間違ってはいない。しかし、あっさり過ぎはしないか。永劫の別れになるかもしれない、という想像が出来ないのか。
 その懸念を裏付けるように、てっちゃんはにんまり満面の笑みを浮かべた。
「わかった。でも、また来るんでしょ? 地球に。その時には必ず訪ねてきてね。ひがしっちーもおさむっちーも一緒に、また遊ぼう!」
 そう言うと、くるっと振り返って、サッカーへと戻ってゆく。
 その背中を見送りつつ、シロウは自嘲めいた笑みを浮かべていた。
「なるほど、ね。また会える、と思ってくれているのか……」
 嘆息とともに、西の方を見やる。オレンジ色の太陽が、空を同じ色に染めながら山のシルエットへと落ちて行く。
 シロウの足元から背中側に伸びる黒い影は、長く細く公園の入り口近くまで届いている。
 カラスの鳴き声が、聞こえた。
「さて、俺は……どうすべきなのかな」
 その呟きは、春の夕風に散って……誰に届くこともなく、消えた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 同時刻。
 月軌道付近の宇宙空間。

 刻一刻接近する宇宙怪獣の群れに対し、その正確な数の把握と進路予想の確定を兼ね、GUYSスペーシーが送り込んだ先行偵察用無人衛星が接近していた。
 そこから送られてくる画像を、宇宙ステーションにて傍受、ディレクションルームで解析を始める。
「偵察衛星、ポイントに着きました。現在、群れとの相対速度0。群れの進行方向11時の方向。相対距離、約11km。データによると、ディノゾールの断層スクープテイザーは射程10kmですので、ギリギリ届かない距離です。万が一向こうが増速しても、瞬時に相対距離・速度を保つようプログラムされていますので、問題ありません」
 オペレーターの報告を受けた隊長は頷いた。
「よし。では、撮影開始しろ」
「撮影開始します」
 男性オペレーターの指が、忙しくコンソールを動き回る。
 メインパネルに星空が表示された。次いで、その一角が大きくズームアップされてゆく。
 やがて、青黒い体を持つ宇宙怪獣の群れが見えてきた。
「画像拡大ストップ。個体数は分かるか?」
「画像処理プログラム稼動中。正確な数はもう少し拡大、撮影を続けないと」
「では、距離を保ったまま横に回り込んで、数の把握を――うん?」
 画面の中央奥でなにかが光った。次の瞬間、画像は砂嵐と化した。
「――なんだ!?」
「通信遮断!? 呼びかけにも……応答なし! 位置情報取得できず!」
 慌ててコンソールを次々いじってゆくオペレーター。しかし、砂嵐は改善しない。
 そのとき、別席に座っていたレーダー担当の女性隊員が声を上げた。
「偵察衛星の方角からの爆発光を感知! 破壊された模様!」
「破壊だと!? どうやってだ! ディノゾールの射程外じゃなかったのか!」
「レーダー上は射程外と確認できています。また、周囲にディノゾール以外の敵性存在のようなものも感知していません」
 一声唸った隊長は、すぐさま次の命令を下す。
「警戒態勢を一段階引き上げろ! レーダーは重ねて敵性存在がいないかサーチ続行。通信、現状を総本部へ報告! フォワードは出撃待機状態へ移行! 手の空いている者は衛星から送られてきた画像を、目視にてなにが起きたのかを調査!」
 警戒態勢の上昇を報せる警報音が、基地中に鳴り響く。
 ディレクションルームはすぐさま蜂の巣をつついた大騒ぎになった。ヘルメットを抱えてハンガーへと向かうもの、ハンガーへ出撃準備を連絡する者、手近に空いたオペレーター席に着いて破壊直前の画像を確認し始める者、総本部との通信回線を開いて会話を始める者……。
 その様子を見守りつつ、隊長は呟く。
「……なにが起きたのか分からないが、まだ地球到達まで三日、機雷作戦開始まで二日ある。対応できるだけの時間があるうちに、警戒すべき問題があると分かったのは幸運と思うべきだな」

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 日も暮れて肌寒さがいやます時刻。
 オオクマ家の前に、一台のジープが止まった。
 運転席から降りてきたのは郷秀樹。
 インターホンを押して名乗ると、すぐに玄関のドアが開いてオオクマ・シノブ――ではなく、ショートカットの若い娘が姿を現した。
「は〜い、いらっしゃ〜い♪」
「君は……」
 戸惑っている郷秀樹に、若い娘――ヤマシロ・リョウコは満面の笑みで答える。
「お久しぶりです、郷さん。いえ、郷先輩。坂田自動車の時以来ですよね。CREW・GUYSのヤマシロ・リョウコです」
「ああ、覚えている。しかし……どうして君がオオクマさんの家に?」 
「まーまー、それはあとで。オオクマさんたち、お待ちしていますよ。どうぞ入ってください」
(……オオクマさん、『たち』?)
 怪訝そうにしている間に、ヤマシロ・リョウコは踵を返して家の中に入ってしまう。
 郷秀樹は仕方なく、その後に続いて玄関の敷居を跨いだ。


【次へ】
    【目次へ戻る】    【ホーム】