ウルトラマンメビウス外伝 RAYGA
第12話 とらわれし者たちの楽園 その9
【ゲームワールド】ポータルエリア。
「――と言いたいところだが」
シロウは拳を引いて、背後を見やった。少女はきょとんとしている。
「こいつにこの世界を壊さないでくれ、と頼まれたしな。気を失ってたところを助けてもらったわけでもあるし、ここまで連れて来てくれた。借りを仇で返すのは俺の主義じゃない。こっちの言い分を聞いてくれるなら、このままなにもせずに現実世界へ戻ってやってもいい」
「……レイガさん……」
感動のあまり眼を輝かせている少女――
「ツンデレだったんd――」
『ふむ。まあ、君が暴れたところで怖くもなんともないが』
少女のセリフにかぶせてそう告げた、男は腕組みをした。
『話し合いで済ませられるならこちらも望むところだ。一応聞こうじゃないか』
「まずは……なんでおさむっちーを消そうとした」
『おさむっちー? ……ああ、君が守ったあの意識体かね?』
頷いた人影は、両手を開いて残念そうに首を左右に振った。
『彼は途中で気を変えてしまった。残念なことにね。【ゲームワールド】は二度と現実には戻らないと決めた者だけを受け入れる。こちらに来てしまえば、いくら里心ついたところで戻れはしないし、あのまま放っておいても電源を切られて消滅していたはずだ。だが、あそこには君がいた。あの時点では【ゲームワールド】のことも、意識体をこちらへ呼ぶ仕組みも地球人には知られたくはなかったのだよ。だから、消去しようとしたのだ』
「要するに、口封じか」
『まあ、君が彼を助けてしまったので、結果的に地球人にバラさざるをえなかったのだがね。酷い話だ。計画がめちゃめちゃだよ』
「だったらもういいだろう。おさむっちーにしたようなことは、今後一切やめろ。こっちへ呼び込むのはともかく、帰りたい奴は無事帰らせてやれ」
『それは無理だ』
「……なぜだ。システムとやらはもう地球人にばれた。それなら、もう問題ないだろう」
人影は再び両手を開いてやるせなさそうに首を左右に振った。そして、シロウの肩越しに訊ねる。
『お嬢さん、彼の提案どう思う?』
「嫌です」
はっきりした声だった。それこそ、嫌悪感が感じ取れるほどの。
「ここはあたしたちの楽園です。行って帰って来れるなら、現実世界の人たちが大挙して来るかもしれない。現実世界の汚い連中が、ここを食い物にしようとするかもしれない。そんな奴らに来てほしくないし、現実世界に未練を残した連中なんか、ここに来なくていい。消えちゃえばいいんだ」
顔だけを向けて、少女を見やるシロウ。
少女ははっきりとした憎悪を表情に浮かべ、シロウを睨みつけていた。
「強いレイガにはわかんないだろうけど、ここはあたしたちの最後の逃げ場所なんだよ? ここから先には行くとこなんてないんだよ? 現実世界の汚い連中であたしたちの世界を汚さないで。関わらせないで」
『だそうだよ。お嬢さんの言うとおり、ここは遊園地ではないのでね。来たら二度と戻れない、という点が大事なんだよ』
「…………地球人同士を争わせるためにか?」
空気が凍った。
少女が怪訝そうに顔をしかめ、人影は軽く首を傾げる。
シロウは続けた。
「現実世界の地球人は、それなりに強い。個人個人は弱いが、全体としては星一つ破壊できるような兵器さえ作り出せる。それと事を構えるのは、負けないまでも面倒だ。だから、地球人を地球人の手で減らさせよう、って魂胆か」
『はて……このシステムにそんな効能があるとは初耳だね』
「わざとらしいぜ。こいつらみたいなのを本気で守りたいなら、そもそもバラすわけがねえ。少し動きを控えてりゃ、単なる噂で終わってたはずだ。バラしたのは、地球人に促すためだ。気にいらねえ奴は追い詰めて追い詰めて絶望させてここへ追い込めってな」
「ちょ、ちょっと……レイガ、なに言ってんの? そんなわけないじゃない」
背後から肩をつかむ少女。その手を、シロウは邪険に振り払った。
「あいにく、俺はウルトラ兄弟とは違う。地球人を無条件で信じるなんてバカげた考えは持ってねえ。地球人なんか、基本的には自分勝手で強者に迎合する無節操なお調子者の集まりだ。そして、こいつ自身が得意げに言ってただろうが。地球人てのは、命を奪うことに比べれば心を追い詰めることには罪の意識が薄いってな。お前だって同意してたろう」
「う……それは…………だって、そうだもん……」
「絶望さえさせりゃ、殺す必要もない。自分から別の世界へ消えてくれるんだ。そうすりゃ、なにが起こる? 嫌な奴はみんな絶望させちまえばいいってことになる。そして、そのうち気づくわけだ。知らないうちに知らないところで自分も嫌われてることにな。誰が自分を嫌っているかわからない――そんな世界になれば、今度はなけなしの価値観もなくなる。やられる前にやっちまえ、自分を嫌いそうな奴は嫌われる前に殺しちまえってな。結局、地球人はお互いを信じられなくなって、社会は崩壊。地球はこいつのものだ。ミサイル一つ使わずにな」
「で、でも、こっちの世界にはあたしたちが生きてるし……そもそも、現実世界の人間なんてどうだっていいじゃない! あんなの……そうだよ。ほしいならあげちゃえばいいんだよ」
「あ?」
少女はシロウを強引に振り向かせると、その胸に取りすがった。正気を失いかけたような目で、シロウを見上げて笑う。
「あはは、そうよ。あげちゃえばいいじゃない。あの人に。あんな汚れた世界でもほしがってるんだから。あたしたちはもうこっちの人間なんだから、現実世界がどうなろうと知ったことじゃないわよ」
「本気か?」
『ははは、今のセリフ。メフィラス星人に聞かせてやりたいものだね』
背後で笑う男を、シロウは睨む。
『この程度の言葉も引き出せないとは、やはり彼らの知能程度など大したことはない』
「あたしたちはこの世界でいい。この世界がいい。ここにいれば、永遠にきれいに過ごしていられる。――あ! これって、実はあたしたちこそが勝ち組ってことじゃない? やっぱり正直者は最後に勝つのよ!」
「ははは。お気楽だな。……バカみてぇ」
乾いた笑いから一転、可哀想なものを見る眼差しを少女に向けるシロウ。
「正直者はいつでもバカを見る役回りだ。それも宇宙の掟。だからウルトラマンが好きなんだろうが、お前ら地球人は。無条件で騙される側を助けてくれる神様みたいなもんだからな」
鼻を鳴らして少女を押しのけたシロウは、周囲の虚空に視線を走らせた。
「詳しい構造までは知らねえが、この世界は電気のエネルギーで維持されてるんだろ? じゃあ、こいつがその電気の供給を止めたら、どうなるんだ?」
「え? ええ? えええ? そんな……そんなこと……しない、よ………………たぶん」
「現実世界をめちゃめちゃにするこいつが、まさか自分たちだけ特別扱いしてくれるとか期待してるんじゃないだろうな? どんなことがあっても地球を守ってくれるウルトラ兄弟みたいによ」
少女は、救いを求めて人影を見やる。しかし、男はじっとシロウの言葉を聞いているばかりで、そのすがる瞳に答えようとはしない。
「そんなわけあるかよ。こいつの目論見は、人類の半分をこっちに押し込めて人類社会を崩壊させた後、こっちのスイッチを切って全滅させることだ。だから、現実世界へ戻る手段があっちゃあ困るんだよ」
「そんな……」
まだ信じがたいとばかりに弱々しく首を振る少女に、シロウは舌打ちを漏らす。
「少しは疑え。お前も今、聞いただろう。こいつがおさむっちーを消そうとしたのは、この世界の存在を秘密にしておきたかったからだ。それが明らかになった以上、戻りたい奴だけが戻ることを防ぐ意味なんか、ここに閉じ込めておく以外にあるか。そもそもこっちへ来れるのは、現実世界に絶望したり嫌になった奴だけなんだろうが。こっちで現実への未練に気づいて、やっぱり戻りたいと思った奴なんか、お前だっていてほしくはないだろう。このままだと、そういう奴を追い出す手段すらないってことだぞ。おかしいとは思わねえのか?」
「……あ……」
「それに、大抵の地球人は一度絶望から立ち直るとそう簡単には絶望しなくなる。一度現実に戻ったとしても、お前が考えてるほど易々とはこっちには来れないんじゃないのか」
「それは……そう、かも…………でも……」
瞳が揺れる。他の言い訳を探して、虚空を彷徨う。
ふと、拍手の音が響いた。
二人が見やれば男が拍手していた。
『素晴らしい。お見事。あれしきの会話でまさかここまで完璧に計画を見破るとは。いやはや、絶対正義で地球人が大好き、彼らの良心と未来を無条件で無限大に信じるウルトラマンにはそうそう見破れまいと思っていたが……レイガ、君はひょっとして価値観が私たちの方に近いのでは?』
「……………………」
「ま、待って下さい!」
黙っているシロウを押しのけるようにして、少女は前に出た。今にも壊れそうな笑顔で男を見上げる。
「嘘、嘘ですよね。あはは、そんなの……あたしたちまで、なんてそんな……」
『嘘? なぜ私が嘘をつく必要が? というか、話を理解していないのかね?』
「え? えと……なにが……?」
『最初に言ったはず。あなた方を【ゲームワールド】で生かしておくのは、地球人の価値観に配慮してのこと。その地球人がいなくなれば、その配慮は必要ない。私の支配下に入ったこの惑星は、もはや地球などという名で呼ばれることはなく、かつて地球人だったあなた方も私たちの星の価値観の下に扱われることになる。すなわち、処分です』
「え? え? ど、どうしてですか!? 処分って、どうして!?」
『なにが不思議なんだね? 肉体も持たない電子データ、しかも逃避癖のある抗ストレス度の限りなく低い個体群のデータなど、何の役にも立たないじゃないか。役に立たないものは処分する、当たり前のことだ』
「そ、そんな……そんなの、そんなのおかしいです!」
『なにもおかしいことなどない。おかしいのはこの程度のことで崩壊してしまえるあなた方地球人の価値観だ。脅迫すらしていないのに、自分の故郷を異星人に差し上げますなどと言えるのは、とても正気のある知的生命体とは思えないね』
「そんな……」
少女は膝から崩れ落ち、四つん這いになってしまった。それでも、最後の希望にすがって顔を上げる。わなわなと震える唇で、訊ねる。
「あなたは……あたしたちを、助けてくれたんじゃなかったの……?」
『助けたとも。まさか、あのまま現実にいる方がよかったとでも? 安心したまえ。消されるまでの平穏は約束しよう。私は絶望を見て喜ぶような趣味は持ち合わせていないのでね。時間としては……まあ、現実時間で早くてあと数公転周期? 長ければ数十公転周期は――』
「いや、今日で終わりだ」
シロウの低い声が響いた。何の感情の色も含まない――だからこそ、かえって本気の怒りを滲ませた声が。
陰に隠れて見えない男の顔がシロウを向く。少女はうずくまってしまったまま、動かない。
「こいつには悪いが、この世界はぶち壊すと今決めた。あと、お前もぶちのめす」
『それも無理だ』
男は顔を持ち上げて、上体を揺らす。笑っているらしい。
『この世界を壊せたとしても、君は私に届かない』
「この世界の外、現実世界にいるからか」
『ほう、気づいていたか』
「いや、最初から分ってる。お前みたいな奴が、わざわざ破損の危険があるこんな不安定な世界に自分のデータ化などするか。どうせ、外からこいつらのことを覗き見て、嘲笑っていたんだろう。自ら罠に飛び込んだ獲物が、解放されてるつもりになってはしゃいでいるのを」
『正解だ。つくづく、君は私の思考を読むのが上手いな』
「お前がバカなだけだ。……俺を見くびるな。そして、地球人も」
『ふふふ。見苦しいよ、負け犬の遠吠えは。もう誰もこの計画を止めることは出来ない。地球人自らが受け入れはじめているのだから。それに、地球にもう一人いるというウルトラマンも、君を人質に取られていては妙な動きは出来まい? だから君を消すことはしない』
「………………」
『まあ、どうせここから出ることはかなわないのだし、あとは好きにするがいい。彼女の部屋に戻ってゆっくり過ごすもよし、どこかのゲームで暴れるもよし。もっとも? 君はどこへ行こうがお尋ね者の高ポイントエネミーキャラクター扱いだ。せいぜい抵抗して【ゲームワールド】参加者を楽しませてあげてくれたまえ。そうそう、その際はきちんと現実世界に君の無駄な奮闘ぶりを配信してあげよう。ウルトラマンさえこの様だと知れば、地球人はもっと絶望するだろうからね』
耳障りな哄笑を残し、男の姿はその場から消えた。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
フェニックスネスト・ディレクションルーム。
自席のデスクトップモニターに表示されたオンラインゲームの一覧表を睨みつつ、セザキ・マサトは唸っていた。
対象となるサーバーの数が多すぎる。そして、地球上に散らばりすぎている。
「これ全部照射していくとすると、一体何年かかるんだ……?」
「被害者の出てるゲームだけでいいんじゃないの?」
横合いからヤマシロ・リョウコが呑気に指摘するも、セザキ・マサトは憂鬱そうに首を振った。
「届出のあった被害者が、被害にあった全員とは限らないよ。別の理由で昏倒したと思われてる人とか、今日なんかだとまだ発見されてない人もいるかもしれない。魂を抜き出す仕掛けがゲームタイトルじゃなくて、ハードの方に仕込んであるから、どこのサーバーに行ったかを絞りきれないんだよね。取りこぼしがあると大変だし……」
「それでも、被害者の数が多いところを先にすべきだと思うわ」
そう言ってコーヒーをデスクに置いたのは、シノハラ・ミオ。
「相手の捕らえている魂の大半を取り返せれば、何か動きが出るかも」
「そうだね。……コーヒー、ありがと」
「どういたしまして」
カップを軽く掲げて礼を言うセザキに、シノハラ・ミオはにっこり微笑んで会釈をする。
「あとは……レイガちゃんがどう動くか、だよね」
ついでに自分ももらったヤマシロ・リョウコは、カップをふーふー吹きながら呟く。
「何とか連携できるといいんだけど……」
セザキ・マサトは答えず、ただ静かにカップの縁に唇をつけた。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
【ゲームワールド】ポータルエリア。
左手を開く。握る。また開く。握る。
そんなことを何度か繰り返した後、シロウは貝のようにうずくまったまま動こうとしない少女の背中に、声を投げかけた。
「……おい」
返事はない。だから、もう一度投げかける。
「おい」
「……うるさい」
どん底まで落ち込んだ重低音が返って来た。
日頃、鈍感だの何だのと罵られることが多いシロウにも、彼女の落ち込みようはわかる。わかるが……。
「いいから聞け」
「……うっさい。話かけんな」
身じろぎ一つせず、土下座をしているような姿勢の内側から、怨嗟に満ちた重低音が流れてくる。
「お前なんか……お前なんか、さっさとどっか行っちゃえばいいでしょ。あたしのことは……もう、ほっといてよ」
シロウは溜息を一つ漏らし、辺りを見回す。空中に浮かぶ意味不明の文字列、のっぺりした人型のロボット。それに、少女と自分。あの男が開いた無数のウィンドウは、彼の退去とともに消えていた。二人の声以外に何も聞こえない、静寂の空間。
「お前、本当にそれでいいのか。それが本心からの望みなんだな?」
「……………………」
「もう、どんなことがあっても現実には――」
言いながら視線を戻す――思わず言葉が切れたのは、少女が肩を震わせていたからだった。
もう一度声をかけようとした瞬間、少女はがばっと跳ね起きた。物凄い眼つきでシロウを睨み、堰が切れたように喚く。
「だーっ!! もう! あんた、デリカシーってもんがないの!? あたし、裏切られたんだよ!? 天国だと思ってた場所は、実は死刑執行を待つ牢獄でした、だったんだよ!? おまけに異星人にすら、お前はバカだ正気じゃないって罵られたんだよ!? あんたなんかに慰めろなんて言わないし、慰めてほしくもないけど、せめて悲しみぐらいひたらせろよっ!! 空気読めよ!! バカ! アホ! マヌケ! スカポンタン! アホー!! ……ふぇ……あほぉー……ふええええええええ……もう、やだぁ」
今度は泣き始めた。シロウはなすすべもなく困惑したきり言葉もない。
「うぇぇええええ、ひっく、ぇぇ……ええ、ひっく。なんで……ひっく、ここでまで…………こんな思い、ひっく、えぐ、しなきゃ……ひっく。ひっく。ぅうう、う……誰か何とかしてよぉぉぉぉ……ううう、うわあああああああん」
「やれやれ……なんとかしてやるからもう泣き止め」
片膝をついて、少女の前に身を屈める。
「あああ……ふぇ?」
少女は袖で目の辺りをこすりながら、小動物のように小首を傾げる。
「お前の望みは、ここでひっそり暮らしてゆくことなんだな? もう、現実には戻らなくていいんだな?」
こっくりこくりと頷く少女。
「言っとくが、お前を現実に戻すぐらいなら今すぐにでも出来るんだぞ? だがもし、ここで断ったら二度とその機会はない。それでもいいなら……お前はあの部屋へ戻れ。そして、二度と外と関わるな」
「なに……ぐすっ……レイガ、何するの……? この世界、壊すの?」
「ああ……そうだが、実際に壊すのは難しい。何しろ、どうやって外へ出るのかわからんし、テレパシーも強制遮断される世界だ。奴の空間制御はほぼ完璧と言っていい。本物のウルトラマンならともかく、俺には手も足も出ない。だから、世界の意味を変えてやる」
少女は小首を傾げる。
「ごめん……よく、わかんない……」
「この世界に参加している連中を、一人残らず……いや、お前一人を残して現実世界へ戻してやる」
「……………………え?」
ぽかんと口を開けて呆気にとられている少女。その目の前に左手を差し出した、シロウは白い輝きを放ってみせた。
「この左手の光を受ければ、意識体はその【あばたぁ】とやらから自らの肉体へ戻るために分離する。そうしてここに人がいなくなれば、この世界は事実上滅んだのと同じだ。奴の計画は振り出しに戻る。現実世界の方は……GUYSの連中と、俺の知り合い達や本物のウルトラマンがなんとかするはずだ。俺は、それでも入ってくる連中を片っ端から生き返らせて、追い返し続ける。そうすれば……奴は何か手を打たざるをえない。動けば、綻びが生まれる。そこがチャンスだ」
「……ん〜と……よくわかんないけど、じゃあ、あたし……部屋にいればいいんだね? 消えないんだね」
「それはわからん」
シロウはゆっくりと首を振った。
「奴が最終手段としてスイッチを消すかもしれない。俺ごとな。奴がいなくなっても、いつか誰かに消されるかもしれない。この世界に残るというのは、そういうことだ。自分の意志以外のところで、命の根っこを握られているということだ。生き残るために戦うことも、足掻くことすら出来ない。正直、俺なら絶対に嫌だが……お前がそれの方がいいと言うなら」
「うん」
少女は頷いた。シロウには理解できない、いっそ清々しい笑顔で。
「それでいいよ……。もう、誰とも会わない。戦うのも嫌いだし……それでいいよ」
「そうか……」
シロウは残念そうに唇を引き結び、目を閉じた。
「でもね」
痛みに耐えているかのようなシロウの頬に、少女の手が伸びる。
「ありがとう、レイガ」
頬を撫でながら、少女は一粒、光の粒子を自らの頬に伝わせる。
「最後に会ったのがあなたで、本当によかった。この気持ちのまま閉じこもれるのは、誰かを恨んで、憎んで、恐れて、そんな自分の醜さを抱え込んで閉じこもるよりもずっと、ず〜っと幸せだよ。それだけで十分。君の言ってくれた借りは、これで返してもらったから。……ごめんね、さっきは酷いこと言って」
何も言えない。返す言葉が思いつかない。
シロウは手を伸ばし、少女の頬を彼女がするように優しくなでた。少女の涙が手を濡らし――
「!?」
シロウの変身が解けた。銀と蒼と黒の、ウルトラ族のレイガの姿に。
少女が嬉しそうに微笑む。
「それが、君の本当の姿なんだね」
「――そうか。お前、本当に……」
皮肉だった。彼女の抱く希望が、自分に力を与えてくれた。レイガ自身がその選択に納得できていないにもかかわらず。つまり、彼女はそれだけ本気でこの世界にとどまりたいと願っているということで、本当に喜んでいるということだ。
レイガは頬に添えられた少女の手を取り、両手で握り締めた。
「短い間だったが、世話になった。もう二度と会うことはないだろうが、お前のことは忘れない。この気持ちも。友として、約束する」
「友……」
一瞬驚いた表情を見せた少女は、すぐに照れくさそうに、しかし幸せそうに微笑んだ。もう片手をレイガの手に添える。
「そっか、あたしを友達って言ってくれるんだ……現実じゃあ誰もいなかったのに……皮肉だね。でも、本当にありがとう。あたしも、君の活躍を祈ってる。頑張ってね。負けちゃダメだよ」
頷いたレイガは立ち上がり、少女に背を向けてナビゲーターへと歩んでゆく。
その背中を見送りながらそっと立ち上がった少女は、やがて背を向け、自らの定めた居場所へと帰ってゆく。一度も振り返ることなく、しかし、その口元に幸せの笑みを宿して。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
【ゲームワールド】RPGジャンル・大規模戦争型MMORPGエリア
それは、突如出現した。
銀と蒼と黒の巨人。
そのゲームに登場する巨人族など比べ物にならないその巨体は、砦のやぐらを遙かに見下ろし、足元で戦うキャラクターはその踝ほどしかない。
[なんだなんだ!? なんか来たぞ!!]
[高ポイント敵キャラキター!!!]
[ウルトラマンレイガって!www ちょ!www]
[運営世界観ぶち壊しwww]
[倒せるのかこんなの!?]
[マスター、攻城兵器持って来い! こんな時のためのものだろうが!]
[こんな時ってwww]
[防衛戦で攻城兵器とかwww ありえねーwww]
[いやでも、攻城槌でも膝辺りまでしか届かないんじゃね?]
[いっそのこと膝カックンしてやれwww]
足元で蟻のごとく動き回る鎧の戦士や杖を持った魔法使いなどに向けて、レイガの左手が差し伸べられ――白い輝きが放たれた。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
ヤマグチ家二階・カズヤ自室。
「レイガ、キターーーーーーーーーッッッッ!!」
パソコンモニター画面に、再び配信され始めた等身大レイガの戦闘映像に、サブロウ狂喜の叫びが上がる。
夕食の終わった小学生たちも慌てて携帯ゲーム機を確認する。
そこでは、レイガがファンタジーRPGに出てくる格好をしたキャラクターを相手に、戦っていた。
輝く左手から放たれる白い光線で、地上を舐めるように掃いている。弓や魔法を放って抵抗する者もいるが、効いていない。ゆっくり歩を進めながら、ただ手をかざして左右に振っているだけ。もはや戦うというよりは、掃除をしているようにしか見えない。
白い光線を受けたキャラクターからは光の球が放出され、次々と画面外へ消えてゆく。
「……これ、おさむっちーの時の!?」
「そっか、魂をああやって身体に返してるんだ」
「――サブロウ兄ちゃん、ニュース速報! 被害者が続々回復してるって!」
「ネットでも速報が流れてますね。……そろそろレイガの画像との関わりを推定してる話も出て来てる」
「……………………」
サブロウは食い入るように画面を見つめていたが、やがてにんまり頬を緩めた。
「よーし、そんじゃあアップデートがきちんと反映するかどうか、実験開始だ。おい、小学生ども! さっき話したの、やるぞ!」
いすを回して振り返ったサブロウの一言に、たちまち小学生たちが顔を輝かせる。
「え、本当?」
「やったー! 俺たちもシロウにーちゃんの手伝いできるんだ!」
「サブロウ兄ちゃん早く早く」
「ええい騒ぐな順番だ」
サブロウがパソコンモニターに新しいウィンドウを開き、携帯ゲーム機と回線と繋ぎ始めた。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
某所。
暗がりの中に整然と積み重ねられた無数のモニター画面が光を放つ空間。
画面の中で、レイガが暴れている。手がつけられないとはまさにこのことか。
ゲームマスターは狼狽していた。
「なんだ!? なにが起きている!? どうして地球人の意識体が解放されてゆくのだ!?」
見ている間にも、身長ほどもある大きな剣を振りかざしてレイガ(の足首)に襲い掛かったキャラクターが白い光を受け、発光体を放出して消えてゆく。
『――somosan27が【ゲームワールド】からログアウトしました』
また一つ意識体が【ゲームワールド】から消えたことを、画面が伝える。
「ウルトラマン! やめろ、やめるんだ! 貴様……貴様あああああっっっ!!!!」
画面の向こうで連射型のクロスボウを射っていたキャラクターの一団をまとめて昇天させたレイガに、ゲームマスターの悲痛な叫びが届くはずもない。
『――トラウボが【ゲームワールド】からログアウトしました』
『――c0j1maが【ゲームワールド】からログアウトしました』
『――親下駄が【ゲームワールド】からログアウトしました』
『――ku-01bitが【ゲームワールド】からログアウトしました』
『――liqureが【ゲームワールド】からログアウトしました』
『――武bone221が【ゲームワールド】からログアウトしました』
「一体何だこいつは!!」
ゲームマスターの苛立ちは募る一方。既に解放されてしまった意識体は百を超えている。
「……ダメだ。こいつらでは抑えられん」
呟いたゲームマスターは空間に浮かび上がるコンソールをいじった。
「ヒューマンサイズジャンルではダメだ。いや、この状況では戦力の逐次投入こそが最悪の手だ。全ジャンルエリアとクロスリンクし、【ゲームワールド】住民を総動員してやる。くくく……世界を敵に回す恐怖を味わえ、ウルトラマ――んん?」
別のモニターが警告を発している。
『――geo8458が【ゲームワールド】からログアウトしました』
『――shu1が【ゲームワールド】からログアウトしました』
『――ヒキサマトzzzが【ゲームワールド】からログアウトしました』
『――kei4が【ゲームワールド】からログアウトしました』
『――ライカが【ゲームワールド】からログアウトしました』
『――ヒキオヒキパンが【ゲームワールド】からログアウトしました』
「なんだ!? ウルトラマン以外にも? どこだ……!?」
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
都内の某超高層ビル屋上。
ヘリポート上に着陸待機したガンローダーの操縦席に座るのはイクノ・ゴンゾウ。
モニター画面には通信回線を開きっぱなしでビル内部へ入っていったセザキ・マサトの現状と、レイガが白色光線で種々雑多な人種の軍勢を掃き清めている画像が映っている。
――と、その時コクピットの外に異変が起きた。
ガンローダーの真下、ビルの中から、湧き上がるようにして無数の光の球があふれ出してきた。
「……これは……」
光の球はガンローダーやイクノ・ゴンゾウの足や腕を通り抜けて空へと舞い上がり、おのおの別方向へと散ってゆく。
『――ゴンさん、ゴンさん! 大漁大漁!』
ヘルメットの通信機から聞こえてきたのは、妙にはしゃいだセザキ・マサトの声。
『サーバーに向けてスピリット・セパレーター・リバース照射したらさ、なんか光の球がいっぱい出て来た! あはははは、すっげー。これ全部、人魂か!? ……っと、この人魂、壁とか天井とか突き抜けてってるけど、そっちは大丈夫!?』
頷き頷き光の球を見送っていたイクノ・ゴンゾウは、セザキ・マサトの通信で我に返った。
「あ、はい。こちらも異変は確認してます。しかし、特に……機材等に影響なし。作戦の変更は必要ありませんね」
『G.I.G! ――ほら、早く次の部屋の鍵開けて!』
『そう簡単に開けられないから大事な大事なサーバールームにしてるんですよ、認証終わるまで待って下さい!』
現場まで案内してくれている業者の声らしきものが混じって聞こえる。
それを聞きながら、イクノ・ゴンゾウは再びコクピット越しに空を見上げた。すっかり暗くなった雪雲の空に、光球たちが吸い込まれてゆく幻想的な光景を。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
某所。
暗がりの中に整然と積み重ねられた無数のモニター画面が光を放つ空間。
そのモニターの一つが、とあるサーバールームの監視カメラの状況を映し出していた。地球人の防衛部隊隊員が嬉々として光線銃でサーバーを照射し、捕らえていた地球人の意識体を解放してゆく。
「バカな。GUYSだと!? 地球人の防衛部隊がやっているのか!? 一体どうやって……」
そのとき、空間に直接ウィンドウが開いた。
画面に浮き上がるのは――メトロン星人。
『だから警告したのだ。どうやら地球人は意識体を解放する手段を手に入れたか、持っていたようだな。そして、【ゲームワールド】ではレイガが暴れている。もう計画の破綻は決定的だ。諦めろ』
「……まだだ! 愚かな地球人がこぞって【ゲームワールド】と関係を持ちたがっているといったのはお前だぞ! この状況さえ乗り切れば、そいつらがGUYSを抑えにかかるはずだ。つまり、今の要諦は……レイガだ! こいつさえ倒せばこちらが再びイニシアチブを取れる!」
『私の目には、どう足掻いても君が敗れる終わりしか見えないのだがね。冷静に状況を――』
「黙れ、腰抜け!!」
デスクに叩きつけた手が明滅し、モニターの向こうの宇宙人と同じ、ささくれたような形状の触手状の手が露わになる。
「私は十分に冷静だ! GUYSの対策は既に考えついた。残るはレイガのみ。見ていろ、レイガなどものの敵ではない。あっという間に電子の海に消し去ってくれる!」
ウィンドウの向こうでゆっくりと首を横に振ったメトロン星人は、そのままウィンドウを閉じた。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
都心の超高層ビル最上階社長室。
応接セットのソファに腰を沈めた馬道龍は、茶で一服していた。湯飲みには大きく『寿司』と書かれている。
その目が見やる一面のガラス窓はどんより曇った夜空に、都内の照明の照り返しが映って仄明るい。雪は止んでいた。
茶を飲んで落ち着いたからか、それとも何か思い煩うところがあるのか……馬道龍は大きく溜め息を一つ、吐き出した。
それから懐を探って携帯電話を取り出し、いくつかボタンを押す。耳に押し当て、待つこと数秒。
「――おお、郷秀樹。私だ。うん、決心がついた。すまないが、頼めるか。ああ、場所は――」
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
【ゲームワールド】。
全ジャンル全エリアにこれまで鳴ったことのない、けたたましい警報が鳴り響く。
『緊急警報発令。緊急警報発令。重大なバグ及びウィルス削除の必要が認められたため、全エリアにおいて現在のミッションを中断します。なお、【ゲームワールド】の存続にも関わる悪質なウィルスであるため、削除に皆様の協力を広く募ります。【ゲームワールド】の存続に賛同し、戦闘への参加を希望される方は、至急ポータルゲートにて得意ジャンルにおける参加キャラクター登録後、RPGジャンルの特定エリアへ移動下さい。全エリアをこれよりRPGジャンルにクロスリンクいたします』
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
ヒューマンサイズシューティングジャンル・FPS/WW2系エリア
「なんだぁ?」
廃墟で戦っていた米兵が怪訝そうに空を見回していると、ライフルを肩に担いだソ連兵が慌てて近寄ってきた。
「おい、聞こえたか?」
銃を構える米兵に、ソ連兵は慌てて両手を上げる。
「待て待て。ミッションは中断しただろ」
「ああ、そうか」
言われて銃を下す。辺りを見回すと、今まで敵味方に分かれていた連中がぞろぞろと動き出していた。
「どこかで防衛要請ってことか?」
「それならE○Fとか傭兵気取りの空陸AC連中だけで十分だろ。あと、クロスオーバーの好きなアニオタどもとかな。基本、俺達ミリオタは行かないだろうし、ミッションが中断されるのもありえない」
「確かに。こっちのが面白いからな」
「おまけに世界観を損ねる」
「全くだ」
「で、どうする? RPGエリアじゃなぁ。剣と魔法の世界に、これはないだろーし」
そう言ってライフルを揺らしてみせるソ連軍人。
「RPGなぁ……案外ロケット砲の方だったりしてな。くはは」
「どんなエリアだ、そりゃ」
お互いに苦笑する。
「しかし、【ゲームワールド】存続に関わるウィルス削除ときてるからな。行かねえのも、なんか今ひとつ収まりが悪いな」
「ま、こういうことやってる以上、何かを守る戦いってのは、結構来るもんがあるのは確かだしな」
「そんなこと言ってっとアニオタ笑えねーぞ」
「どっちも男の子ってことで」
「そうだな。んじゃ、しょうがねえ。行くか――世界を守りに」
瓦礫の陰から立ち上がって自動小銃を肩に担ぐアメリカ兵。ソ連兵と並んで歩く姿は、いつしか戦場から消えた。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
ヒュージサイズアクションジャンル・マシンバトル系エリア。
空の無い都市の中で、激しく戦う複数のマシーン。
キャタピラの下半身が生み出す超親地性能により、両肩に備えたキャノンを交互にぶっ放すごつい機体。
跳ねるような動きで機動力をアピールしつつ、盾にしたビルの隙間から手にした銃を連射するヒューマノイドタイプの機体。
鳥のような逆関節脚による旋回性能にものを言わせてヒューマノイドタイプとはまた違った機動戦を展開する機体。
他にも武器庫のように武装を詰め込んだ機体など、様々なマシーンが誰彼構わず戦っていた。
その動きが、一斉に止まる。
《おい。今のアナウンス、聞いたか?》
《ああ。またえらく大仰な話が来たものだな。【ゲームワールド】存続がかかってるとか》
《行くか? 何が起きてるのか、見てみたい》
《……面倒は嫌いだ》
《空気読め馬鹿。どっちにしろ、このミッションも中断される。要するに、【管理者】は全員参加して欲しいんだろう》
《【管理者】ときたか。じゃあ、向こうで待ってるのは……》
《いやな想像させんなよ。本部の罠はE○Fだけで十分だ》
《で、どうするよ?》
《行くさ。……一度、マジで言ってみたかったんでな》
《何を?》
《『消えろ、イレギュラー!!』って》
《ああ……まさしくイレギュラーっぽいしな。あと、やっぱお前バカだな》
それまで戦っていた機体は、続々とある方向へ向かって動き出す。
その後ろ姿は、じきに暗がりに溶けて消えた。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
シム系ジャンル・スポーツチーム経営系エリア。
とある街のサッカースタジアム。
「今期の収入少なくね?」
社長室でぼやく男。スーツ姿の美人秘書キャラクターが眼鏡を光らせて答える。
「何しろ、チームが今期『も』最下位ですから。観客動員数、ファンクラブともに激減。いい加減監督交代をしないと、ゲームオーバーですよ」
「やだやだやだやだやだ。俺はキング○ズのチームで優勝させたいんだい!」
デスクを叩いて幼子のようにぐずる男。
「でも本人のモチベーションが上がってません。若いのに強制引退させて、その上年棒も低いままでは……」
「選手より高くしてるじゃん!」
「そのおかげで選手のモチベーションも上がりません。今、15人の選手から移籍願いが出ています。ちなみに、我がチームへのよそのチームからのトレード要望はありません」
「くそー。経営シミュレーションがこんなに難しいとは……監督シミュレーションの方がよかったかな」
「どっちにしろ最下位だと思います」
しれっと漏らした秘書を男はきっと睨む。
「君ほんとにキャラクター!? どこぞの人が中にいるんじゃないだろうな!?」
「中ノ人ナドイナイ……」
「なんで片言!? ……と、アナウンス?」
どこからともなく聞こえてくるお知らせに、耳を傾ける。
「……残念でしたね。社長。とりあえず、ここまでのようです」
「え、ちょっと」
「データセーブは完了しました。これより先は別のゲームにてお楽しみ下さい」
言うだけ言うと、頭を下げて姿を消す秘書。
屈辱に震えていた男は、やにわに衣服を剥ぎ取るように脱ぎ捨てた。
その下から現れたのは、派手なユニフォーム。そして、小脇に抱えたサッカーボール。
「――こうなれば、超次元サッカーでウィルス退治だ!!」
――少し離れた場所にある、貧乏最下位球団を抱える野球スタジアムでは、不屈の二文字を燃えるオーラに背負った男が同じようにバットとボールを握り締めていた。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
ロマンスジャンル・ラブ系エリア。
アナウンスが流れた直後から、エリア名に相応しくない不穏な空気が流れ始めていた。
『……世界消滅の危機、だと……?』
『俺とミミたんの愛の巣を壊そうというのか、ウィルスめ』
『あたしとソウジ様の愛の巣を――』
『ボクとアンナの――』
『私とお姉様の――』
『ア、アニキィ。いなくなるなんていやだ――』
『手塩にかけて育てたアイドルを――』
『姫を――』
『委員長を――』
『ロボ子を――』
『モンスターっ娘を――』
『娘を――』
『義母を――』
『弟を――』
『妹を――』
『バニーたんを――』
『ハムスターのハムハムを――』
「殺させはせん!」
愛の名の下に量産された破壊衝動の塊が、亡者もかくやという怨嗟をまとって街中を行進する。撒き散らされる邪気は黒く漂い、日の光が翳る。
目指すは――
「――RPGジャンル!」
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
RPGジャンル・****エリア。
とある宿屋の一室。
「……世界を滅ぼすウィルス退治か。大魔王とどっちが強いんだろうね?」
女勇者が雷神のつるぎを背中の剣帯に差しながら、若い男賢者に訊ねる。
「大魔王はゲームの中の存在だからな。一応倒せるように設定されているだろうし、危険度ではこっちの方が高いと思う。なにしろ、相手の攻撃がどうなのか、こっちの攻撃が効くのかどうか――」
「お前、ちょっと心配しすぎ。やられたって、教会からやり直しになるだけじゃんよ」
そう軽口を叩くのは、女盗賊。しかし、賢者の表情は晴れない。
「だといいがな。……【ゲームワールド】の存続を脅かすようなウィルス、負けてただで済むとは思えないんだが……」
「具体的にどうなるってのさ」
「……復活できない可能性もある」
「まさか」
女盗賊が鼻で笑ったその時、扉がノックされた。女勇者のどうぞ、という声を受けて、扉が開かれる。
顔を覗かせたのは、男の武闘家だった。
「――皆さん、もうお集まりです」
「何人ぐらいいるの?」
女勇者の問いに、武闘家は少し視線を宙にさまよわせた。
「このゲームをしている人は全員参加のようです。今でざっと三十人ほど」
「他のRPGの人達も来るのかな?」
「エフ○フ壱四の方からは百人単位だとか」
腕を組んで話を聞いていた女盗賊が思わず口笛を吹く。
「さっすがネトゲーの先達。桁が違うね」
「洋ゲーはその数倍が動くだろうって話してますよ?」
「ひゃー。職業・勇者としちゃ、気圧されないようにしないとね」
おどけた女勇者は、マントを翻しながら表情を引き締める。
「じゃあ、大魔王の前にリアルな敵を倒しに行こうか」
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
ヒューマンサイズアクションジャンル・神話系バトルエリア。
人の身の丈の数倍を越える巨大な敵を、その切っ先では届かぬはずの距離から両断する。断ち割る。斬り裂く。当たるを幸い撫で斬りである。無双である。いやいや、斬撃である。腕を脚を首を腹を斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る。飛び散る血しぶき舞い散る肉片。もうなにがなんだか止まらない。
その戦場の真ん中で踊るように戦う男女は、きらびやかに輝く銀色の甲冑を身にまとい、内から光るかのごとき金髪に麗しき髪飾りをつけていた。
「――お兄様!」
「妹よ」
ひとしきり敵を斬り尽くした二人は、夕陽沈む戦場で向かい合った。
「聞いたか。助けを呼ぶ声を」
「ええ。行きましょう」
頷き合う兄と妹。
そこへ、近くで戦っていた別のキャラ達も合流した。
「――オレたちも行くぜ」
「くく、強い奴だといいなぁ」
伸縮自在の鎖付き円盤を備えた若い男と、双剣を手にしたスキンヘッドで赤いタトゥーを体中に彫ったマッチョ。
お互いに頷いて走り出す四人。兄妹の姿はすぐ鷹となって夕空に舞い、二人はその足につかまって――そのエリアから消えた。