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ウルトラマンメビウス外伝 RAYGA

 第12話 とらわれし者たちの楽園 その8

 【ゲームワールド】。

「シム系ジャンルエリアで暴れてたの、本物だったんだぁ。ウルトラマンが暴れるとか、なに考えてんのこのメーカーとか思ってたけど。そっかぁ」
 シロウが渋々ながらもレイガであることを認めた後、少女はそう告げて笑った。
「それにしても、災難だったわね。で、この後どうするの?」
「どうすると言われてもな」
 腕組みをして考え込むシロウ。
「現実へ戻るのもままならねえし、そもそもこのまま黒幕に会えもしないで尻尾巻くのも腹が立つしな」
「黒幕? ――なんか事件があったの?」
「なんかって、お前らもそうだろうが。地球人の意識体を引きずり出してこの世界に捕らえてる異星人、それがこの世界を作った黒幕だよ。俺の友達がそいつの罠にかかって殺されそうになったんでな。ぶちのめす」
「殺されそうって……別にこっちへ来たからって死ぬわけじゃ。ああ、肉体的なこと? それなら――」
「違う。ゲーム機とやらの中でこっちに来るのを嫌がったら、怪獣を送り込んできて意識体を消滅させようとしやがった」
「嘘だぁ」
 少女はけらけらと笑う。
「嘘じゃねえ。実際に俺が戦って――」
「違う違う。そっちじゃなくて。そのお友達の心変わりの話の方」
 シロウは眉をひそめた。彼女がなにを嘘と言っているのかわからない。
「だって、なんで現実世界に戻りたがるわけがあるの? 現実なんか嫌で、絶望してゲームの世界に逃げ込んだのに。あたしだってそう。この【ゲームワールド】にいる人たちはみんな、もう現実世界になんか戻らない。戻りたくもない。戻ろうなんて思い直す人はそもそも【あの画面】を見られないわよ」
「……………………」
 シロウはしばらくじっと彼女の表情を見据えた。その睨んでいるようにさえ思える鋭い眼差しに、たじろぐ少女。
「な、なによ」
「だが、おさむっちーはそれを見たぞ」
 反論を許さない口調。
「あいつは嫌なことがあってゲーム機の中へ入っちまったが、そこで大事なものを思い出して戻ることを決意した。そして、そのせいで消されそうになった。お前が信じようが信じまいが、それが俺の見た事実だ。だいたい、そうやって消された奴はそもそもここへは来てないわけだし、なぜそいつらが【あの画面】を見られないなんてことが言える?」
「え……? それは……いや、だって、ねぇ。ここは楽しい場所だし、こんな素敵な場所を造ってくれる人が、ねぇ」
「俺からすれば、ここはただの牢獄だ」
「……………………えーと」
「ともかく、俺はもう行く。世話になった」
 会話を打ち切って、扉へと近づくシロウ。
 すると、少女は困った顔になって言った。
「行くの? でも、今は出ない方がいいわよ、ウルトラマンさん」
 ノブに伸ばした手が止まる。
「……ウルトラマンじゃねえ」
「え?」
 予想外に低くドスの利いたその声に、少女はきょとんとする。
「俺はウルトラマンじゃねえ」
「え、でも。だって……」
 少女に向き直ったシロウは、その鋭い眼差しに怒りを揺らめかせていた。
「俺はウルトラ族のレイガだが、ウルトラマンじゃねえ。お前にウルトラマンと呼ばれる筋合いはねえ」
「……意味不明。なに怒ってんの?」
「とにかくウルトラマンと呼ぶな。それに、この姿のときはシロウだ」
「なるほど、それがあなたのアバターってわけだ」
「あばたぁ?」
 またぞろ意味不明のことを口走る。わけがわからない。
「着ぐるみとか、変身した姿ってことよ。あたしのさっきのクリスっていう姿も、この姿もそう。あたし、本当は二十歳越えてるんだから。他の連中だって外見はともかく、中身は現実世界にいた人達だもの。歳とか性別なんてわからないわ。……ま、ここじゃそんなの意味ないけどね、もう」
 そうか、と興味なさげな相槌を打ったシロウはちらりと扉を見やってすぐに視線を戻す。
「それで? なんで今、外へ出ない方がいいんだ?」
「あなたを探してる連中がいっぱいいるからよ。あなたが空中で消えた後、ヒューマンサイズアクションジャンルとのクロスリンクがされて、アクションゲームのキャラクターをアバターにした連中がこの街にどっと来たわけ。そんで、あなたを倒そうとしてる。多分、何か高額ポイントでも課されてるんでしょうね。あなたには」
「じゃあ、さっきの髪の長い男も……」
「あれはゲーム上のキャラだから大丈夫。あたしがゲーム停止したら消えたでしょ? それに、この家は今、あなたが元々いたシム系ジャンルエリアとのクロスリンクを切ってライブエリアだけに存在してる状態だから、まあ、本来なら家から出てもあっちに反映されないんだけど……あんたの場合、生身で来ちゃってるくさいから、ひょっとしたらひょっとするのよねー。生身の分のデータがあっちのメモリに残ってたりするかも」
「……もっとわかりやすく言ってくれ。なにを言ってるのかさっぱりだ」
 少女は小首を傾げ、指先を顎に当てて考え込む。やがて、その指で虚空に輪を描いた。
「つまりね」


 少女の長い長い長〜〜い説明を要約すると――
 レイガが落ちてきたのは、都市を造って繁栄させるゲーム――通称シム系ジャンルと呼ばれるあるゲームの空間。
 クロスリンクというのは別ジャンルのゲームのキャラクターやアバターを他ジャンルのエリアで活動できるようにするシステムで、レイガが襲われた戦闘機も、地上兵力も、その後にやってきたロボット軍団もそれまで別のジャンルエリアで戦っていたのを、シム系ジャンルの都市運営ゲームエリアで遊んでいる人の要請によって招かれたもの。
 また、今二人がいるライブエリアとは、遊ぶ人が各々好みの居住空間を得て、仮想の恋人やペットと暮らしたり、趣味だけに生きる生活を楽しむことの出来るゲームジャンルのエリア。このライブエリアに居住空間を持っている人は、シム系ジャンルのエリアなどにその居宅を置いて、実際に住むことも出来る。これもクロスリンクのシステムを利用した楽しみ方の一つ。
 ただ、シム系ジャンルでは時折怪獣が現れたり、天災が起きたり、戦争が始まったり、再開発が行われたりするので、実際に住んでいるとそれに伴う被害を受けることもある。その被害を避けるためにはクロスリンクを解除して、居宅をライブエリアだけに限定すれば、被害を受けずに済む。
 今回のように、シム系ジャンルのエリアにレイガの追跡者があふれている場合、こうして居住空間の中に入って、シム系ジャンルとのクロスリンクを切ってしまえば、向こうでは一切レイガを認識できなくなる。データ的に統合されていない状態になり、家から出てもシム系ジャンルの街角ではなく、ただ本来のライブエリアの街角に出現するだけだからだ。ゆえに、発見されることはなくなる。
 しかし、レイガであるシロウは生身であるため、なにが起きるかわからない。強制的にシム系ジャンルのエリアへ戻される可能性もある。だから止めた。
 ――ということだった。


 そして、シロウはそれらの説明を踏まえて、なるほど、亜空間に住んでるようなものか、の一言で片付けた。


「まあ、多分間違ってないんだと思うわ。あたしは亜空間なんて見たことないけど」
 少女は椅子の上で両膝を抱える。
 話の間に、シロウはテーブルの向かいの席に着いていた。
 シロウの前にだけ、いつの間にかティーカップが出ている。
「どうぞ。落ち着くわよ。あ、毒なんて入ってないわよ。ウルトラ……族の人に毒が効くとも思えないし」
「ああ、ありがとう。……けど、お前の分は?」
「あたしはほら、こういう存在になったから。喉も渇かないし、おなかも空かない。それに、今はお茶を楽しむ気分でもないから」
 シロウはふうん、と適当な相槌を打ってティーカップを口元に運んだ。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 某所。
 暗がりの中に整然と積み重ねられた無数のモニター画面が光を放つ空間。
 モニターの一つに映る人影と、ゲームマスターは会話をしていた。
『――今日のあれはなんだ。やりすぎだ。できるだけ地球人にその存在を認知させるなと念を押したはずだ』
「ウルトラマンが来たのだ。ウルトラマンを倒し、地球人に絶望を与えれば、それだけ多くの意識体が集まってくる」
『バカめ。それで事が済むなら、地球は今頃ゼットン星人かガッツ星人、ナックル星人、ヒッポリト星人、円盤生物辺りが支配している。地球人とウルトラマンの絆を甘く見るな。それに、そもそもあれはウルトラマンではない』
「なに? しかし、あれは明らかに」
『ウルトラ族だが、ウルトラマンではない。来たばかりのお前はわかっていないだろうが、あれはウルトラの国からの逃亡者だ。あれにウルトラマンの倫理観を期待して作戦を立てたのなら、それは間違いだ。あれはむしろ地球人、それもチンピラに近い。地球人の受けもそれほどよくはない』
「……………………」
『だから1〜2年地球に潜伏して様子を見ろと言ったのだ。あれを【ゲームワールド】に捕らえているつもりなら、もうやめておけ。さっさと解放することだ。さもなくば、あいつは予想外の行動に出るぞ』
「それは?」
『予想外なのだから、予想できるわけがあるまい。ともかく、あいつにとっては自分と関わりのない地球人など人質にはならない。いいか、これはあいつをよく知る私からの忠告だ。この件をこのまま穏便に済ませたいなら、あいつと関わりのある地球人の意識体と共に、丁重にお帰り願うことだ。そして、【ゲームワールド】自体も当面休止しろ。あいつごときに関わっている場合ではない。本物のウルトラマンが動き出している』
「だからなんだと言うのだ。今日のあれは確かに少し驚いたが、ウルトラマンでないというなら想定通りとも言える。そもそも、この件にウルトラマンが、宇宙警備隊が介入してこられるわけがないのだからな。これは地球人が自ら選択しているのだ。侵略ではない」
『そんな理屈は、今日の電波ジャックとお前の下手くそな三文芝居で吹き飛んだ。愚かな地球人がこぞって【ゲームワールド】と関係を持ちたがっている。単なるゲーム好き、生活に困っている者、貧困層に困っている国家、実際に人生を諦めている者……これだけ激しい動きをして、なお侵略ではない、内乱を誘う煽動ではないと言っても、宇宙警備隊は聞く耳をもたん。幸い、お前のことはまだ知られていない。今回は諦めろ』
「……うるさい!」
 人影は、腕を振るった。
「腰抜けめ。この星での40周期は貴様をそこまで腑抜けにしたか。それとも最初からそうだったのか? ふん、ウルトラマンなど物の数ではない。これは正当な慈善事業だ。地球人が求めるものを与えているだけだ。私を処罰するのは筋が違う! もういい、貴様との話もこれまでだ。そこで指を咥えて私の作戦の完遂を見届けるがいい」
『待て、本当に――』
 ぶつり、と画面が暗転した。
 人影が呟く。
「……【ゲームワールド】と関係を持ちたがっている……? くく、そうとも。それこそがこの作戦の真の狙い。人と人の心の隙間を広げ、相争わせていずれは地球を我が手にするためのな。ウルトラマンなど、【ゲームワールド】を求める地球人の敵と知らしめてやれば、おそるるに足らん。いや、地球人の手で追い出させてやる。くくく、くははははは」

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 【ゲームワールド】ライブエリア。
 することもない時間が過ぎてゆく。
 いくつかこの世界についての質問をし、説明を受けたが理解できなかった。興味が失せれば自然、質問もなくなる。
 さて、ここから出て行くのを待て、と言われたものの、いつまでいればいいのか。
 暇を持て余すシロウの指がテーブルにリズムを刻み、少女はそれをじっと見ている。
「……ねえ、レイガ」
 不意に、少女は椅子の上で抱えた両膝に顔を埋めて搾り出すように言った。
「レイガは……この【ゲームワールド】、壊すの? そのために来たの?」
 シロウの指がぴたりと止まる。しばらく虚空を視線が揺らめき――最後に自分でもわからぬげに首が傾く。
「この世界っつーか、黒幕を引きずり出してぶちのめすつもりで来た。まあ、その結果この世界が壊れるかもしれんが、それは知ったことじゃない」
「あたしたちが平和に暮らしてるのに?」
 恨みがましげな少女に、シロウは鼻を鳴らす。
「さっきも言ったがな。俺は、平和を守るウルトラマンじゃねえんだよ。――この世界を作った奴は、俺の友達を殺そうとした。放っておけば、次は誰が同じ目に合うかわからんし、その時に俺が助けられるとも限らん。だからぶちのめして、こんなことはやめさせる。言うことを聞かないなら、命を奪ってでもだ。俺の目的はそれだけだ」
「その人は……あたしたちにとっては神様みたいな人なんだよ」
 膝から顔を上げた少女はしかし、そのまま顎をのせて溜息をつく。
「現実世界のあたしってさー……汚いんだよねー。存在自体が。醜い肉体に醜い心をねじ込んで、それでもまだ足りなくて、呼吸するたび、言葉を吐くたび、周りの人や物を醜く汚してゆくの。そんでもって、自分の醜さの濃度も底なしに濃くなってく。自分でもダメだーって思ってても、いつの間にかそっちを選んじゃう。そんなあたしの醜さを、みんな知ってるんだよ。知っててそれを心の中で嘲笑いながら、表面だけ取り繕ってる。そんな世界がいやでさー……」
「……………………」
 シロウは居心地悪そうに首の後ろを撫でたり、眉間をつまんだりしていた。
 何も答えないので、少女はそのまま続けた。
「結局、あたし、部屋から出られなくなっちゃったんだー。あたしが誰かと関われば、その人を汚しちゃうし……そんな醜くて汚い自分を見られるのも嫌だったし……それならゲームだけしてひっそり生きて行こうって。それで、ある日、【ゲームワールド】に誘われてさ……こっちはいいんだー」
 少女は笑う。虚ろに、澱んだ眼差しで。
「おなか減らないでしょー? おトイレも行かなくていいしー、眠らなくてもいいしー、働かなくてもいいしー、お金も要らないしー、こうして部屋にずっと閉じこもってても誰も文句を言わないの。自分の好きなことを好きなだけ時間をかけて遊べるの。誰にも迷惑をかけずに、かけられずに。腐り切った肉の身体を捨てて、あたしはこの世界で生まれ変わったの。本当に自由になれたの」
 少し得意げな表情――目の前のシロウは、つまらなさそうにあくびを一つ。
 賛同を得られなかったことに意気消沈したように、目を伏せる少女。
「……多分。現実のあたしの身体は、もう息もしてなくて、腐り始めてて。でも、誰にも気づかれてなくて。だから……この世界が壊されたら困るの」
 両膝を抱えていた手を顔の前で真っ直ぐ打ち合わせ、正面のシロウを拝む。
「お願い、レイガ。ここはもうこのままそっとしておいて。ここは、現実の世界で行き場のなくなった人たちの、最後の楽園なの。どうか、あたしたちを助けると思って」
「なに言ってんだ、お前」
 シロウはゆっくり立ち上がった。その口調は冷たく、嫌悪感に満ちている。
「俺は俺の知り合いや友達を助けるために来たんだっつーたろうが。お前の事情なんぞ知ったことか。助かりたいなら、自分で戦え」
「戦えって……レイガと?」
「やるなら相手になるぜ」
 ぼきぼき、と拳を鳴らすレイガに、少女は溜息をつく。
「そんな……。無理だよ。あたしには何の力もないもの」
「だったら諦めて運命を受け入れるんだな。……戦って戦って、あがいて、逆らって、ぶつかって、砕けて、それでも立ち上がって、あと少し力が足りないから手を貸してくれってんならともかく、てめーで何もしねえのに頼みだけ聞いてくれとか――バカかおめー」
「そんな……誰もがレイガみたいに強いわけじゃないよ……。あたし、ただの弱っちぃ地球人だもん……」
 顔を背けて、すねる少女。
 突然、シロウはテーブルを蹴倒した。
「ひゃっ……な、なに!?」
 驚いて椅子の上で逃げ腰になる少女の前に立ち、怒りを宿した眼差しで睨む。
「血まみれで死にかけた親友の傍で、助けを求め続けたことはあるか?」
「え……?」
「親友に勝てねえ、役にも立てねえって泣いたことは?」
「……親友なんか……いないもん……」
「胸板へし折られながら、意地で立ち続けたことは? 姿かたちの全く違う宇宙人を家族に迎え入れたことは? 家族のために怪獣の進路へ割り込んだことは?」
「な、なに? なんのことなの? どういう状況なの?」
「誰も、誰でも、強いから立ち向かうんじゃない。立ち向かわなきゃいけねえから、強くあろうとするんだ。強くなろうとするんだ。それが、俺がこの地球に来て、お前ら地球人に教えてもらったことだ」
「だ、だ、だからなに、なによ? あ、あたしにもそうしろって言うの? そんなの……無理だよ」
「じゃあ、その程度なんだろ。お前にとってこの世界はよ。ま、せいぜい俺に壊されるまでの短い間を楽しむか、そこで指を咥えて、この世界の終わりを見ていればいいさ」
 踵を返して、扉へと向かう。
 少女は親指の爪を噛みながら、その背を睨んでぶつぶつ漏らす。
「……なんでそこまで戦おうとするのよ……? 友達っていったって他人じゃない。地球人じゃないあなたのコトなんて、どう思ってるかわかったもんじゃないのに、どうしてそんな……おかしいよ……」
「借りがある」
 扉の前で立ち止まったシロウは、断固たる意志をその瞳に宿し言い放った。
「今も言ったが、この星へ来てそいつらに色んなことを学んだ。自分の弱さを知り、愚かさに気づき、強さってもんの意味を考えさせられた。俺は――あの時より強くなった。それは全てあいつらがいたからだ。その借りを俺はこんなことでしか返せねえ」
「そんなの、あっちだって好きでやったことじゃない。気にすることじゃないよ。向こうには向こうの事情があったんだろうしさ」
「じゃあ、お前も俺が好きでやることを気にしなくてもいいだろうが。こっちにはこっちの事情があるだけの話だ。お前も好きにすればいい。お前にはお前の事情があんだろ? ま、邪魔しても叩き潰すだけだがな」
「………………」
「それにな」
 右の拳に視線を落とす。それは、蒼く輝き始めていた。
「――いつだって、どこだって、あいつらの気持ちと思いは俺に届く。例え月の裏側でも、例え世界が違っていてさえも。それが『  』だ。これがある限り、俺は俺に絶望や諦めを許さない。絶対にだ」
 ノブを回し、扉を開く。青い輝きが増し、その中にシロウの背中が溶けてゆく。
 少女は唇を噛んで、その光から目を背けた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 フェニックスネスト・総監執務室。
 デスクについているサコミズ・シンゴ総監の前に、ミサキ・ユキ総監代行が立っていた。
「――ブリーフィングの報告は以上です」
 ミサキ・ユキの状況報告に、総監は頷いた。その表情には、やや疲労の色が濃い。
「ありがとう。電子世界では流石にCREW・GUYSといえども動けない、か。しょうがないな。……科学班の分析は?」
「先ほど最新のレポートが届きましたけど、正直進展というほどの進展は……オオクマさんの指示通り、ゲーム各社にサーバーの状況を確認しました。レイガとの戦闘時には、確かにネットゲームに参加していたデータのいくつかが、その時間だけ消失していたそうです。おそらく、【ゲームワールド】の【プレイヤー】は、現実のゲーム内にも何食わぬ顔で参加しているものと思われます。これがオオクマさんの言っていた説得材料で、ゲームメーカー各社はここをかなり重要視しています。収入モデルが崩れると」
「【ゲームワールド】からの参加は無料になってしまう、ということか」
「事実上、そうです。排除しようにも参加者が人間なのか【プレイヤー】なのか確認手段がないため、むしろGUYSに【ゲーム病】の被害者の情報を公開して欲しいと。既にいくつか不正な方法で入金処理がなされた形跡が発見されています。データ的にではなく、被害者リストの突き合わせで怪しいと思われている程度ですが。業界としては、被害者であると判明次第アカウントを停止・削除する方向で話をまとめているようです」
「オオクマ・サブロウさんはなんて?」
「その対応でも、新しいアカウントが作られて入金処理がされるだけだから無駄だと。入金処理の不正な手口自体は判明していないわけですし、超科学技術相手に小手先で対応するのは意味がないと仰ってます。ただ、この件で業界の危機感を喚起できればそれでいいと。あと、レイガの援護を目的とした対応を独自に取っているそうです。こちらの作戦への影響はないだろうとのことですが」
「そうか。……みんなはどうしてる?」
「セザキ隊員を中心に、スピリット・セパレーター・リバースを使った作戦の段取りを考えています。表向きいつもと変わりませんけど……」
「けど?」
「内心、かなりイライラしていると思います。特に、リュウ君が……地球人が異星人に地球人を売るようなことだけは許せない、と」
「そうだな。こういう時こそ、GUYSがしっかり範を垂れるべきなんだけど……タケナカ総議長も各国政府のおざなりな対応にはかなり怒っていたよ」
 どんなやり取りがあったのか、苦笑を浮かべるサコミズ総監。
「それで……やっぱり指針は……?」
「いや、GUYSとしては敵の本拠地を見つけ、捕らわれた人の魂を解放して、本件の犯人を叩くということで決定している。参謀本部でも、おそらくこれは侵略作戦の一環で、こういう状況を生み出すことが目的じゃないかと考えてる。ただ……」
「時間がありませんね。地球人同士で対立が決定的になるまでに」
「ああ。……ミライの置き土産、必ず役立ててこの事件を解決しよう。僕も地球人として誇りを持ってこの件に正しく向き合うよう、会議の席で主張する。会えないが、リュウにそう伝えてくれ」
「わかりました」
 心からの信頼を笑顔に載せて、ミサキ・ユキは頭を下げた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 【ゲームワールド】ライブエリア。 

「……あれ?」
 玄関を出たところで、シロウは立ち尽くしていた。
 変身できない。
 右拳は蒼く輝くし、全身から青い光は立ち昇ったのに姿が変わらない。
「なんだ、これ?」
「……どうしたの?」
 家の中から怪訝そうな声が届く。
「今の光、てっきり変身するものだと思ったのに」
 心配そうに近寄ってくる少女に、シロウは首をかしげた。
「いや、俺もそのつもりだったんだが……おかしいな。エネルギーが足りないのか? 回復に力を取られすぎたか……くそっ」
「どうするの? まさか、そのまま戦うつもり?」
 まあな、と答え、右の拳を左手に打ちつけて空を見上げるシロウ。
「どっちにしろこの世界からは出られねえし、ともかく暴れまくって奴が出てくるのを――」
「やめてよ」
 言うなり、少女はシロウの手を引いて家の中へ連れ戻し、扉を閉めた。そして、唇を尖らせてじっと睨む。
「世界を壊すかもってだけでも迷惑なのに、その前にあたしたちの平和を踏みにじるって? どっちが悪党よ。ひとでなしのろくでなしじゃないの、あなた」
「だから、俺は」
「わかった。もういい。ちょっと待ちなさい」
 少女は天井を見上げた。
「――玄関をポータルゲートにリンク。あたしと、ここにいる人を移送して」
『ポータルゲートとのリンク接続。――お戻りの際は、ホームを選択下さい』
 アナウンスを聞いて大きく溜め息を一つついた少女は、その場で振り返り、背にしていた玄関扉に手をかけた。
 開ける前に、こつんと額を扉に押し当てる。
「……ねえ、やっぱりあたし嫌な奴だよ」
「あ?」
 意味不明の体で顔をしかめるシロウ。そもそも彼女が何をしているのかが全く意味不明なのだが。
「今……あなたが変身できないってわかって、安心してる。ひょっとしたら……黒幕の人があなたを倒して、このままこの世界はずっと平和なままなんじゃないかって。そうなってほしいって思ってる。……こんな汚い奴なんだよ、あたし」
「黒幕が俺を倒す? どこにいるのか知ってるのか?」
 少女は首を振った。頭の両サイドで縛った長い髪がふるふる揺れる。
「会えるかどうかはわかんないけど……この扉の向こうで連絡ぐらいならつけられるかもしんない。……神様みたいな人だから、もしかしたらあたしの気持ちを汲んでくれて、この世界を守るためにあなたをどうにかしてくれるかもしれない。そう、願ってる。こんなあたしが現実世界でなんか――」
「はあ? お前……なに言ってんだ?」
 シロウは呆れ顔を隠しもせずに告げた。容赦のないそのセリフに、少女は言葉もなく押し黙る。
「なんでそれを俺に言う。騙まし討ちや闇討ちしようって時に」
「はえ? え? え?」
 予想外の指摘だったのか、驚いて振り返った少女は、困惑しきりに目を何度も瞬かせた。
「ほんとわけわかんねぇな、お前。言わなきゃ、黒幕が俺を不意討ちして終わったかもしれねえんだろ? そうすりゃ、お前の願いどおりこの世界は守れたはずじゃねえか。それをなんでわざわざここでバラす? バカじゃねえのか? 一体なにがしたいんだお前? それとも、それも作戦の内か?」
「そんなつもりじゃ……ただ、その……あたしって汚いって、それだけを……」
「汚い? お前が? それで? ……お前、平和なやつだなぁ。頭の中お花畑ってやつか」
「お、お花!?」
 言い募りながら徐々にうつむいていた少女は、たちまち顔を上げた。
「ひどいよ! いくらなんでもそれはひどくない!?」
「うるせえ。その程度で汚いとか嫌な奴とか、お前、世間知らずにもほどがあんぞ。闇討ちぐらい俺でもやったし、宇宙にゃもっと汚ねえ、容赦のねえ奴らがうようよいる。そりゃもう、地球上の人類全部集めたより多くだ。だいたい、どんな戦いでも突き詰めりゃ騙し合いじゃねえか。そんなもん、騙された方が悪いんだ」
「でも……目の前の人に不幸になってほしいって思うなんて、どう考えたって嫌な奴じゃない、あたし!」
「なに言ってやがる。敵なら倒す。それが正しいものの考え方だろうが。目の前にいる奴全員幸せになってほしいとか、そんなもんこそバカの発想だ。ほしいものは奪い取る。渡したくないものは守り抜く。それが宇宙の掟だぜ。奪い取れない、守れない奴はただ負けて落ちて食われて死んでゆくだけだ。お前の――そう。お前のほしいものは何だ? 渡したくないものは何だよ?」
 答えず、ただ下唇を噛む少女。その視線は床を這い回る。そこに落ちているかもしれない答えを探すように。
「ほしいもの、守りたいものがあるなら全力で戦え。それが出来なけりゃ――ただ一方的に奪われるこった。誇りも、命も、なにもかもな。どこの世界へ逃げたところで、そもそも世界ってのは誰にも優しくはねえのさ。それも……そうだ。それもこの地球で思い知らされたことなんだよ」
 ひとかけらの慈悲もなくにんまり浮かべるシロウの嘲笑に、少女は涙目で睨む。
「う〜……」
「さあ、下らないおしゃべりはもう終わりだ。さっさとその先へ案内しろ。黒幕がいるというなら、俺が話をつけてやる」
 少女は袖でぐいっと眼を拭い、きっとシロウを睨んだ。しかし、もう口を開くことはなかった。
 シロウに背を向け、ノブをつかんで回す。
 扉の向こうには――闇が広がっていた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 ヤマグチ家二階・カズヤ自室。
 サブロウは資料と首っ引きになりながら、データの入力作業を続けていた。
 時折、小学生たちの携帯ゲーム機を接続してなにかのデータをコピーしているが、何をしているのかは頑なに答えない。
 ただ、エミが漏らした『何か悪いことを考えていそう』という茶化しにだけは、にんまりと頬を緩めて答えた。
「シローの奴が暴れる時に、全部決着をつけてやれるようにしてやるだけさ。俺はシローの兄貴だからな」

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 【ゲームワールド】ポータルエリア。

 真っ暗な空間だが、足を踏みしめた時に硬質な効果音が響く。
「ここは【ゲームワールド】ポータルエリア。要するにこの世界の玄関口よ。そっち見て」
 先に立ってその空間に踏み込み、説明していた少女が振り返って背後を指差す。
 振り返ったシロウが見たもの、それは空中に並ぶ光る文字だった。
「シュー……てぃんぐ? ヒューマン……サイズアクション? こっちは……パズル? なんだ?」
 読みながら歩く。
 すると、看板めいた文字の羅列の下に何者かの人影が――
「……黒幕か!?」
 緑色のスポットライトが人影を照らし、その正体を照らし出す。人間を簡略化した風な、のっぺりとした印象を与えるロボットだった。白いボディに、発光する緑色の筋彫りが入り、頭部前面の真ん中にはウルトラマンか昆虫のような眼がある。
「これはナビゲーター、ええと、つまり案内人よ。本来ここは一人で使うものだしね」
『いらっしゃいませ。ジャンルをお選び下さい』
 そう言って頭を下げるナビゲーターの声は、あの街中や部屋の中で聞こえた女の声だった。
『最近追加されたエリアの紹介を行います。まず、ヒューマンサイズアクションジャンルの――』
「ああ、それはいいわ」
 少女は軽く手を振って遮る。ナビゲーターは小首を傾げるような仕種をした。
『では、そちらのゲスト様のログイン登録を行いますか?』
「……ねえ、この世界を作ってくれた人への意見って、届けられる?」
『はい。ただし、ご意見・ご要望については承りますが、必ず対応できるとは限りません。それをご承知おき下さい。――はい、準備できました。どうぞ、ご意見・ご要望を仰ってください』
 少女は一つ深呼吸をしてから口を開いた。
「ここにいるウルトラマンさんが、あなたに会いたいんだそうです。なんだか、絶望した人をここへ呼んでくるシステムに文句があるって。会えなきゃ暴れるって言ってますし、暴れられると面倒だし、なにが起きるかわからないんで、会ってあげてくれませんか。よろしくお願いします」
 最後に深々と一つお辞儀をする。
 そして、ナビゲーターににっこり微笑みかける。
「――以上です、ナビゲーター。返事はいつもらえますか?」
『今すぐ答えよう』
 ナビゲーターの声とは違う低い男の声。
 少女の後方で控えていたシロウの眼が、鋭く釣り上がる。戦闘の最中にテレパシーで話かけてきたあの声だ。
 ナビゲーターの横に、新たな人影が出現する。
 背広を着た男だが、肩から上が影になっていて顔は良く見えない。
『ようこそ、ウルトラ――』
「俺をウルトラマンと呼ぶな」
 少女を押しのけるようにして前に出たシロウは、男の挨拶を遮って告げた。
「俺はウルトラ族のレイガだが、ウルトラマンではない。お前にそれを許した覚えはない」
『……ふむ。では、レイガと呼ぼうか。ようこそ【ゲームワールド】へ。楽しんでもらえたかな?』
「楽しむ? なにをだ? 全部ニセモノの世界でなにを楽しむってんだ?」
『辛らつだね』
 男の上体が揺れる。笑っているらしい。
『だが、この【ゲームワールド】の基本となっているゲームの数々は、地球人が作ったものだよ。私はそこを体験できる形で遊べるように改造しただけに過ぎない。君が楽しめないというのなら、君の感性は地球人とは違うのだろう。地球人はニセモノでも十分楽しんでいるよ。――そうだろう、お嬢さん?』
「は、はい? あ、えと。その」
 急に振られた少女は、驚き慌てふためいたものの頷いた。
「――はい。現実的にはニセモノでも、あたしたち現実を捨てた者には本物です!」
『ほらね?』
 しかし、シロウは少女をちらとも見ず、ただ目の前の人影を睨み据えている。
『レイガ君、これは画期的なシステムなのだよ。地球人にとってはね』
 人影はナビゲーターから離れて、かつりかつりと歩き出した。
『地球人の社会は、実に非効率的だ。社会の落伍者でさえも、社会がその生を支えなければならない。それは実に無駄な労力で、かつ負担だ。そして、この無駄を処分できないのは、地球人独特の価値観のせいだ。共同体より個人の生存を何より優先する。この歪(いびつ)で本末転倒な思想により、社会は無駄な負担を支え続けねばならず、個人は無駄な生を送らされる。実に、おぞましく、残酷な社会だ』
 足を止めて振り返った人影は、肩をそびやかした。全く動かないシロウの背後では、少女がうんうんと頷いていた。
『役割を与えることもなく、処分もされず、とりあえず生きていればそれでいい、という状態で放置するなんて、私には信じられないよ。おまけに自分の役割は自分で探せだなんて。地球人は生命の尊厳と共同体の意味をなんと心得ているのだろうね。いやはや、まったく最悪の社会だ。寒気さえするよ。地球人でなくてよかった。……とはいえ、だ』
 立てた人差し指を軽く振り振り、再び歩き出す男。
『その社会は地球人が試行錯誤の末に生み出したものだ。頭から否定するわけにはいかない。なにしろ、私は善き隣人であって侵略者ではないのだから。そこで私は、地球人のそうした価値観を否定しない形で、社会の負担を軽減できるシステムを作り出した。それが、この【ゲームワールド】なのだよ』
 足を止めて右手を挙げた人影の後方空間に、ウィンドウが開いた。
 次々と増殖し、視界を埋め尽くしてゆくそれは、様々なゲームの場面を映していた。
『社会の落伍者――彼らの多くはゲームの世界にのめりこむ。現実世界を忘れるためにね。これは今の地球人を研究して得た、正確なデータだ。だが、悲しいことに彼らは否応なく現実世界に引き戻される。それは食事であったり、排泄であったり、経済問題であったり、人間関係であったりする。結果、彼らはその都度忘れたいものに引き戻される。これは、苦しい状態だと思わないか? ん?』
 反論無しと見て取った人影は、両手を広げて、それこそ無数に広がるウィンドウを誇示する。
『この【ゲームワールド】では、そのような邪魔は一切入らない。それこそ永遠に大好きなゲームに没頭できるわけだ。友人知人が作りたければ【ゲームワールド】の中でも、ある程度のコミュニティを作ることは出来る。もっとも、今のところそこのお嬢さんのように特定のコミュニティに属さない者が多いがね』
 シロウは一瞬、少女に視線を走らせた。照れくさそうにへらへらと笑っている――そっと、溜め息が漏れた。
『そして一方、現実社会は社会の重荷となる落伍者を【ゲームワールド】の電子データに変換することで、彼らに割くエネルギーを効率化することが出来る。社会に絶望し、社会の進展への貢献が出来なくなった者を、今の地球の科学レベルでいえば電気代だけで賄えるようになるのだ。電子データを維持するエネルギーと、肉体を維持するエネルギー、総量を比べればどちらが効率的か、わかるだろう?』
 いくつかのグラフや表が新たなウィンドウとして開く。シロウはまったく見ていないが、この先の人口増加と水の使用量の問題や、地球全体の電気使用量のグラフだった。
 そして、男は少女を手で示した。
『彼女たちは夢の自由な世界を手に入れて、誰にはばかることなく生きることが出来るし、現実世界の者達は落伍した者達を処分することなく省みる必要がなくなり、無駄を省いて前進だけを考えられる社会を作り出せる。誰も損をしないこのシステム、素晴らしいだろう?』
「す、すごいです! 素晴らしいです! 本当に神様みたい」
 少女が拍手を送る。その瞳は夢を見る少女のごとく、きらきらと輝いている。
 男の手は、すぐにシロウへと向いた。
『さあ、レイガ君。このシステムを――現実世界でも必要であると認識されつつあるこの【ゲームワールド】というシステムを否定するというのなら、君はこれに代わるこの問題の解決法を持っているというのかな?』
「ない」
 即答だった。その表情は限りなく無表情。
「というか、救う気もねえ。社会の落伍者だかなんだかしらねえが、そんなもん知るか。こいつにもさっき言ったが、戦えねえ奴が蹴落とされるのは宇宙の道理だ。宇宙警備隊じゃあるまいし、誰が負け犬の尻なんか拭くかよ。そもそもどうだっていいんだよ、こんなもん」
『では、なぜここへ?』
「てめえをぶちのめすため」
 ずいっと突き出した右拳を、シロウは握り締めた。


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