ウルトラマンメビウス外伝 RAYGA
第12話 とらわれし者たちの楽園 その7
津波のような勢いで都市へと押し寄せてきたロボット軍団は、レイガの姿を探して勝手気ままに往来を行き交う。
飛行できる者は都市上空を哨戒し、飛べぬ者も建築物を一軒一軒覗いてゆく。
それはまさしくロボット軍団による都市の占拠だった。
『――巨大人型異星人はサイズダウンにより逃亡を図った模様です。これにより怪獣警報は解除とします』
不意に鳴り響いたアナウンスに、街のあちこちでロボットが次々動きを停止する。上空を哨戒していたスーパーロボットたちも残念そうに天を仰いだり、肩をすくめていた。
【タイムオーバーか。残念】
<<まあ、出遅れたのは確かだし。しょうがないんじゃね?>>
『先行した連中、全滅したわりに追い詰めてたのな。確か、イベント怪獣の撤退条件ダメージ90%だっけ?』
「95%」
[で、結局誰もポイント奪えずか。ダメージ与えたのに。残念無念]
《やっぱ高速移動タイプにしとくべきだったかぁ》
〔装甲薄いと乱戦では結構しんどいぞ。流れ弾が地味にキツい〕
『――ヒュージサイズシューティング及びヒュージサイズアクションジャンルのクロスリンクは停止となります。この後、ヒューマンサイズアクションジャンルとのクロスリンクへと移行します。一定サイズ以上の機体はクロスリンクプレイ上の妨げとなりますので、元のジャンルエリアへの強制帰還となります。ご協力ありがとうございました』
上空のスーパーロボットたちが、次々と姿を消してゆく。地上のロボット軍団もその多くが消えて行った。
『続きまして、侵入者追跡・探索・排除ミッションがアップデートされます。本ミッションに参加されたい方は至急ポータルゲートにて該当ジャンルに登録をお願いします。また、ヒューマンサイズアクションジャンルでは、各建築物への侵入が可能となってしまいます。クロスリンクにて該当都市内に物件を所有されている方で、戦闘の余波による破損や無断侵入等の影響を防ぎたい場合は、パーソナルレベルでクロスリンクを一時停止することを推奨いたします。繰り返します……』
街中に異様な風体の人影がぞろりと出現した。
ミリタリールックに身を包み、銃器を構えた一団。
ボロボロの白い道着を身にまとい、いかつい風貌にただならぬ気配を漂わせる男。
動きやすく改造されたチャイナ服にお団子髪の女。
ツンツンにとんがった金髪の、オレンジ色の道着を着た青年。
顔に隈取を描いた相撲取り。
学ラン姿の男たち。
警察の特殊部隊の服装をした者。
パンツ以外一糸まとわぬ、筋骨隆々たるハゲ男。
赤い帽子に赤いシャツ、青いオーバーオールのひげ男。
全身タイツめいた5色の異装集団。
バイクに跨る昆虫めいた風貌の何者か。
人型の狼。
etc,etc……
一団はてんでバラバラに市内へと散ってゆく。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
しばしの時が過ぎた。
フェニックスネスト・ディレクションルーム。
メインパネルでレイガを映していたウィンドウは既に閉じている。レイガが姿を消した直後、電波ジャックもネット配信も全て停止していた。
シノハラ・ミオ、イクノ・ゴンゾウが自分のデスク、その他の隊員が中央のディレクションテーブルのそれぞれの席に着き、メインパネルを見つめている。事態を重く見て先ほど合流したミサキ・ユキの姿もある。
開いたウィンドウの一枚に、ヘッドセット式のインカムマイクをかぶったサブロウが映っていた。カズヤの部屋と直通回線でつないだウェブカメラによる画像だった。
『――おーい、見えてる……かぁぅわあっ!?』
確認のために手を振っていたサブロウは、背後からの小学生五人の体当たりでデスクに突っ伏した。
『うわ、すげーほんとにフェニックスネストのディレクションルームだ!』
『隊員だ! CREW・GUYSだぞ!!』
『本物だぁ!』
『かっこいい〜!!』
『あー、クモイ師匠もいるー!! こんにちはー!』
エサに食いつくピラニアのような勢いで画面に迫る小学生たちに、アイハラ・リュウは顔をしかめる。ミサキ・ユキと顔を見合わせてから応じた。
「……こちらフェニックスネスト、CREW・GUYS隊長アイハラだ。なんだ、そのガキどもは?」
『むぐ、もが……っぷわっ!! うるせえ、黙れガキどもっ!!』
五人の腹の下で押し潰されそうだったサブロウは、五人を跳ね飛ばす勢いで上体を起こした。
『てめーら、おとなしくしてねえとしばき倒してこの家から追い出すぞ! 用があるときゃ呼ぶから、黙って見てるかゲームでもしてろ!』
一斉に小学生からブーイングがあがるが、すぐにポニーテールの女子高生に拳で小突かれて黙らされた。
襟を正しながらカメラに向き直ったサブロウは、咳を一つ払って話を続ける。
『あー、こいつらは近所のガキどもだ。そんでもって、あれが――』
と、おさむっちーを指差す。
『今回【ゲーム病】にかかって、シロー、じゃねえや、レイガが救い出したおさむっちーくんだ。あとは――』
「ああ、小学生以外は顔見知りだからいい。今は呑気に挨拶してる場合じゃねえしな」
アイハラ・リュウは手を上げて遮ると、ミサキ・ユキを見やった。
「ミサキさん、よろしくお願いします」
「ええ。ではこれから、ブリーフィングを開始します。オオクマ・サブロウさんの参加はイレギュラーだけど、ゲーム開発・販売の立場の外部専門家ということで。適宜参考意見をお願いします」
ウィンドウの向こうでサブロウが頷く。
『ああ。了解――じゃなくて、G.I.Gって言うんだっけな、こんな時は』
ミサキ・ユキは頷き返して続ける。
「GUYS総本部では今回得られた情報に基づき、現時点を以って世界中で頻発している【ゲーム病】を疾患ではなく、魂が抜かれたことに起因した状態であると認定しました。犯人は目下のところ不明ですが、先ほど声明を行った人物が第一の容疑者となっており、仮のレジストコード『ゲームマスター』が登録されました。以後、そのように呼称します」
イクノ・ゴンゾウの手がキーボードを操作し、メインパネルに新しいウィンドウが開く。しかし、『?』だらけのアーカイブ。ただ名前の欄にゲームマスターと表示されているだけ。
「ゲームマスターによる魂を抜き取る手段については、イトウ・オサム君の証言と相手の発言を元に科学分析班が詳細に分析・検討中だけど、おそらく使用している技術は異星人の超科学と推測されています。そして、その手口はこうよ」
さらに新しいウィンドウが開き、いくつかの概念図が表示される。
「まず、ネットに接続できるゲーム機に何らかのウィルスのようなプログラムを潜伏させる。これについては、既にほとんどのゲーム機が汚染されていると推定され、現在のセキュリティソフトでは削除どころか検出すら出来ないわ。そして、プレイヤーである地球人の精神状態が鬱的傾向を示した時に、このプログラムが発動。プレイヤーにだけ見える画面上の表示にて【ゲームワールド】への勧誘を行い、同意した者の魂をゲーム機の中へ捕獲。そのままネット回線を使用して、その時遊んでいたゲームのサーバーに送られる……ここまでのところで、何か補足はありますかオオクマさん」
画面の向こうでサブロウは首を振った。
『突っ込みどころ満載の超科学相手に、地球人が補足ねぇ……。一つ付け足すなら、あの動画内でレイガを襲ってた戦闘機とどこかの兵隊、それに最後に出てきたロボット軍団だがな、ありゃ動かしてんのはその被害者だぜ』
セザキ・マサト以外の全員が、虚を突かれたように驚き、顔をしかめる。
「あれ、コンピューターが動かしてたんじゃないんだ」
ヤマシロ・リョウコの発言に頷くサブロウ。
『さっきの動画内で、ゲームマスター以外の声が聞こえてたろ。怪獣警報がどうとか、クロスリンクがどうとか。ゲームマスターの声明とあのアナウンスの内容を重ねて考えると、要するに【ゲームワールド】ってのは魂だけになった連中にゲームをさせる空間なんだろう。それも会社やジャンルを越えた統一的な世界観のMMOを提供しているような、な。そんで以って、その世界のゲームを再現するのに各社のゲームデータをどうやってか流用してる』
「さすが異星人。地球人ができないことを平然とやってのける」
セザキ・マサトの軽口に、苦笑するサブロウ。
『おいおい、痺れて憧れんなよ? ――ともかく、今は便宜上被害者と呼んでるが、俺はむしろあの世界の連中は【プレイヤー】と呼んだ方がいいと思う。何しろ、話を総合する限りじゃ個々の経緯はどうあれ大半は自ら望んで行った連中だろうしな。本物とは思っていなかったにしても、レイガに対する容赦の無さを見る限り、味方だと思ってると足をすくわれるかもしれんぞ』
顔を見合わせる一同。
その中でクモイ・タイチだけが仏頂面で漏らす。
「味方も何も、あの世界をどうするのか、その被害者なりプレイヤーなりをどうするのかもまだ決まってないんだがな」
『おいおい、早速そっちで上げ足取ってんじゃねえよ。つまり、連中の大半が、助けて欲しいとは思ってねえ可能性があるってことだよ。それを考慮に――』
「それこそ知ったことじゃないだろう」
さらにクモイ・タイチは言い返した。
「異星人の作った空間にいるというだけで、洗脳や精神操作の可能性は捨て切れん。被害者の言い分が、星人に言わされていないと判断できるか? そうでなくとも現実の問題は現実で解決すべきものだ。架空の空間に逃げ込んで助かった気になってる連中の言い分など、現実世界に迫っている危機に比べるべくもない。俺達は現実世界の平和維持が仕事だ。生活相談所じゃない。客観的に見て現実に被害が広がっている以上、あっちに行った連中がどう考えていようと、なにを主張しようと、俺達がするべきなのはまず魂を取り返すことだ。――そうだな、隊長?」
「……そうだな」
腕組みをして聞いていたアイハラ・リュウは、深く頷いた。
「とはいえ、相手はゲームの中だ。どうしたものか……ミサキさん? 作戦案は?」
ミサキ・ユキは振り返って、イクノ・ゴンゾウに頷いた。
イクノ・ゴンゾウの指がキーボードをいくつか叩き、新しいウィンドウが表示される。そこに映っているのはCREW・GUYSの装備の一つ、様々なメテオール弾を射撃するための小銃型装備『メテオールショット』と一人の青年のバストアップ画像。
青年の顔に反応したのはアイハラ・リュウだった。
「……テッペイ?」
「そう。先ほどの放送の後に連絡してきたの。ゲームマスターの言っていたことが本当なら、魂を取り返す手段が一つだけあるって」
一同が怪訝な表情で顔を見合わせていると、メテオールショットの画像の横に、メモリーディスプレイが表示された。
メテオールショットは本来、前以ってメモリーディスプレイにメテオールデータをダウンロードしておき、使用時に本体後部へ接続してから使う。今そこで表示されているメテオールデータ名は――
「スピリット・セパレーター?」
アイハラ・リュウの問い掛けに、ミサキ・ユキは頷く。
「ええ。以前、人間に取り憑いてその身体を怪獣化させていたレジストコード・人魂怪獣フェミゴンフレイム。その本体である精神寄生体を人間から分離させたメテオールよ」(※ウルトラマンメビウス33話登場)
「けど、今回は別に誰かが乗っ取られたわけじゃ……」
「クゼ元隊員いわく、こんなこともあろうかと用意していたデータがあるの。――イクノ隊員」
メテオールショットの横のメモリーディスプレイがクローズアップされ、新たなデータが表示された。
ミサキ・ユキが説明を始める。
「元々スピリット・セパレーターは、人間の精神と人魂状態の怪獣を分けるためのもの。この研究過程で、私たちが便宜上魂と呼び、レイガが意識体と呼んだものを確定する知見・技術が必要となったわ。それは彼と、ヒビノ・ミライ元隊員の協力によって完成し、その知見と技術をベースにメテオールであるスピリット・セパレーターが完成したの」
ヒビノ・ミライの画像が差し込まれる。
「ヒビノ・ミライ……これって、メビウスの人だよね?」
ヤマシロ・リョウコの感心に、クモイ・タイチも頷く。
「ああ。見る限り、ぼやっとしたボンボン風なんだがな。……こいつが、暗黒宇宙大皇帝エンペラ星人を」
「クゼ元隊員によると、フェミゴンフレイムの事件の後、同じ知見と技術を用いて反対のメテオールを作ったそうなの。いつか、人の魂が奪われるような事件が起こるかもしれないからって。過去にもそういう事件(※)があったそうよ。私も今日、彼から聞かされるまで、こんなメテオールのデータがあったことすら知らなかったんだけど……それがこれ。スピリット・セパレーター・リバース。何かに捕らわれてしまった人間の魂を、それから分離するメテオール」(※ウルトラマンエース33話)
一同感心しきりの唸り声を上げる。
その中でただ一人、顔をしかめた者がいた。
セザキ・マサト。手を上げた彼は、指名される前に口を開いた。
「魂の分離ってことは、ゲームサーバーとかにこれを照射してってことですか?」
「ええ、そうよ」
少し考え込んだセザキ・マサトは、すぐに手を上げ直した。
「二つほど不安があります。一つ、安全性は本当に大丈夫なんですかね?」
「クゼ元隊員いわく、理論的には問題ないそうよ。科学分析班でも現在、GUYSのメインコンピューターを使ってシミュレーション中」
「要するに、わかってないってことですよね、それ。安全性も危険性も」
「ええ、そうね。このメテオールは人間の魂がその体を離れて、どこか別の場所にとどまらされている場合にのみ効果を発揮するものだから、実験なんてできないしね。でも、私は信じるわ。一緒に話を聞いていたサコミズ総監も同じ意見だった」
「なにか根拠があるってことですか?」
ミサキ・ユキは問いを発したセザキ・マサトではなく、アイハラ・リュウを見やった。
「クゼ元隊員が言ったの。理論的・技術的に問題ないってだけじゃなく、このメテオールはミライ君の置き土産だからって。だから信じてほしいって」
「ミライの……置き土産、か」
胸ポケットからアイハラ・リュウが取り出したのは炎のペイントが施されたメモリーディスプレイ。
「そりゃ、確かに信じるしかねえな」
「そんな非科学的な結論でいいんですかね。――ミオさん、どう?」
セザキ・マサトに振られたシノハラ・ミオは、一拍だけ考えて頷いた。
「不安はありますが、隊長たちがそう仰るなら」
「ええ? ミオさんまで?」
よもやの裏切りに、セザキ・マサトはがっくり肩を落とす。
シノハラ・ミオはその姿に眼鏡のレンズ同様冷たい視線を向けた。
「セザキ隊員、あなたは気づいてないかもしれないけど、今回の件、事態は一刻を争うわ。【ゲーム病】の被害者が云々というレベルではなく、世界的な政治レベルの問題としてね。他に対応策がなく、理論的・技術的に問題がないと開発者本人がお墨付きをつけるなら信じて使うしかないわ」
「世界レベルの政治問題? えらく話が飛ぶな」
メモリーディスプレイを胸に戻したアイハラ・リュウは小首を傾げる。
しかし、それに答えたのはやや不満げな表情ながら、セザキ・マサト自身だった。
「この機に貧困層を【ゲームワールド】へ送り込んでしまえって動きのことでしょ? わかってますよ。それぐらい」
「おいおいマサト。お前、いくらなんでもそれは……」
「いいえ、アイハラ隊長。彼の言う通りの動きが、確かにあるの」
「まさか、自分の国民を【ゲームワールド】に送り込む国が?」
アイハラ・リュウの驚愕に、ミサキ・ユキは渋い顔つきで頷く。
「ええ。おそらく貧困層を一掃すれば貧困問題は解決できると思っているのでしょう。もっとも、それらの国々はネット環境がまだ整ってないから、今すぐどうこうできるわけではないけれど」
「でも、貧困層の問題は先進国でも結構取りざたされますから、あながち直ちに影響はないとは言えないと思いますが」
「そうね、セザキ君の言う通り。だから、各国政府も足並みを揃えられないらしくて、GUYS総本部の会議でも紛糾しているの。おかげでサコミズ総監もそちらに張り付きっぱなしだわ」
「まあ、食事もいらない、生活費もいらない、医療費も要らない。年金問題も、失業問題も関係なし。必要なのは電力のみ。あともしかするとサーバーかな? 夢の一つの形ではありますよね。スイッチ一つで消えそうな夢ですけど。しかし、人類総データ化かぁ。いやはやSFじみてきましたね〜」
「ふざけんなっ!!」
デスクを叩いたアイハラ・リュウを、一同は案の定という表情で見やる。
唇をかみ締めたCREW・GUYS隊長の拳は、わなわなと震えていた。
「地球人が、地球人を異星人に売るってのか。そんなこと、許されんのか。美味そうな果実をぶら下げられただけで、すぐ食いつくほど地球人は愚かなのか。俺たちは何のために……」
『冗談ぬかすな、隊長さん』
画面の向こうからの、静かな声。サブロウは背後の小学生たちを親指で示していた。
『小学生が見てるんだ。隊長さんともあろう人が、これくらいで取り乱してんじゃねえよ』
「オオクマさん……」
腕組みをしたサブロウは、表情の端々にアイハラ・リュウと同じような怒りをにじませながら、頷く。
『ま、気持ちはわかるぜ。俺だってそんなことのためにゲームを作ってきたわけじゃねえからな。そんなクソみたいなもんに利用されるぐらいなら、サーバーごとぶっ壊しちまった方がましだ。……ゲームってのはさ、子供にとっちゃ本や漫画、アニメやテレビ番組、映画と並ぶ学びの場だ。大人にとっちゃ、一時の清涼剤。なにかとある浮世の憂さをしばし忘れて楽しむためのツールであるべきなんだよ。それ以上じゃ、決してねえ。そんなもんで人生終わりにするなんて間違ってるし、そんなものでしかないなら、俺はゲームなんかなくなっちまっていいと思う』
「ゲームなんかなくったって、子供たちは自分で遊びを見出すさ。隊長お得意のウルトラマンとの誓いにもあったろ?」
クモイ・タイチのセリフにアイハラ・リュウも頷く。
「……『土の上を裸足で走り回って遊ぶこと』、か」
「そして、『人の力を頼りにせぬこと』、だな?」
二人はにんまり頬笑んで頷き合う。
そこへ茶々を入れるのは、セザキ・マサト。
「でも、本当に貧困にあえいでいる人には救いの手と思えないでもないですよ?」
たちまち視線の集中砲火を浴びるものの、やはり平然としている。
「おそらく、GUYSが反対声明を出したとしても、為政者はそこを突いてくると思うんですけど。苦渋の決断とか断腸の思いでとか、いつも通り全然気持ちのこもってない三文芝居で。そして、当の貧困層にとっても、腹が減らない、死ぬ恐怖もないってのは魅力ですよ?」
「それは……」
ミサキ・ユキも口ごもる。アイハラ・リュウも答えられない。
「GUYSは国家の決定に口を挟む立場にはないですよね。それに、当事者がそれを受け入れてしまったら……ボクらはどうしましょうかね?」
「いやでもさー」
ヤマシロ・リョウコが、律儀に手を上げて口を挟む。
「ネットにつないでゲームしなきゃ、【ゲームワールド】には行けないんでしょ? 本当に貧困にあえいでいる人って、ゲームなんかするもんなの?」
「え?」
一同が全員、呆気に取られた。
「ゲーム機買う金なんかないだろうし、そんなところへゲーム機配ったって、知らないもんだからその日のうちに売られて食費にしちゃうのが本物の貧困なんじゃないの? つーか、本物はまず電話とか電気とかも止められるっしょ。ネットに繋ぐにも別料金がいるんだっけ? んじゃーそもそもネットなんか使えないんじゃないの?」
「ああ……」
「まあ、確かに……」
頷くシノハラ・ミオ、そして見る見るテンションが下がるアイハラ・リュウ。
「てことはさ、こんなもんすぐにぶっ潰しちゃえばもう悩む必要ないってことじゃん。色々問題含んでるのは明らかなんだしさ、異星人がやってるってんなら、余計なお世話だって話。ゲームマスターは手ぇ出すな、とか言ってたけど、それはこっちのセリフだよ。こんな問題だらけのもん、地球人の手でぶっ壊すのが筋でしょ」
「そして話は最初に戻る、だね」
皮肉げに笑って、セザキ・マサトは両手を広げる。
「そこで、ボクのもう一つの心配事ですよ。どうやってこのシステムをぶっ壊すか。もしくは、どうやってプレイヤーたちをサーバーから引き剥がすか。敵の本拠地も、救うべき相手の位置も特定できないこの状況で、ボクらに何をしろと?」
「探して」
いっそ祈るようなミサキ・ユキの言葉に、セザキ・マサトは気が抜けたように片眉を下げた。
「捕らわれている魂を……照射すべきサーバーを探し出す。まずはそこからよ。だから、ゲームやネットに詳しいセザキ隊員と――」
その視線がメインパネルを見やる。
「専門家のオオクマ・サブロウさんには特に期待をしているわ。必要な助力は言ってくれれば手配します。お願い、見つけて」
「ミサキ総監代行にそうお願いされては、断れませんね」
やれやれ、とばかりに両手を広げるセザキ。その頬をヤマシロ・リョウコの指がぶっつり突く。
「セッチー、鼻の下が伸びてるぞぉー」
『――それなら、まずネットサービスを展開してるゲームメーカー全社に大至急連絡を頼みたい。出来れば、状況の説明も加えて』
オオクマ・サブロウの要請に、ミサキ・ユキは頷く。
『業界の人間だからって俺がメールで送るより、GUYSの人から連絡した方が協力は得られやすいと思う』
「何か策でもあるのか?」
アイハラ・リュウの問いに、オオクマ・サブロウはにんまり笑った。
『策ってほどのもんじゃないけどな。さっきの動画を見てて気づいたことがいくつかある。説得できる材料は持ってるつもりだ』
「わかったわ。早速リストアップして連絡を取ります」
『頼む』
頷く相手にミサキ・ユキも頷き返し、そして一同を見回した。
「今回は、今までにない特殊な事件です。みんな、いつもと勝手が違うと思うけれど、それぞれに全力を尽くして迅速な解決に当たってください」
ディレクションルームにG.I.Gの唱和が響いた。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
某所。
暗がりの中に整然と積み重ねられた無数のモニター画面が光を放つ空間。
レジストコード・ゲームマスターは、じっと都市の状況を見つめていた。
レイガを探しあぐねている参加者は、街のそこここで勝手なバトルを始めたり、一箇所に集まって作戦会議をしている。
「ふむ。予想外に粘るな。どこへ隠れたのか……」
ゲームマスターの口調に焦りはない。
「だが、無駄なことだ。ここまでの戦いでお前のデータはあらかた収集できた。今のお前に、そこからの脱出は不可能だ。出てくれば倒され、隠れていたとしてもこのまま【ゲームワールド】にキャラクターとして取り込まれてゆく。それだけだ」
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
目を開き、何度かまばたく。
そうして初めて、自分が意識を失っていたことに気づいた。
見上げる視界に広がっているのは、太い木の梁が縦横に渡された見知らぬ天井。
「……う? ここ、は……?」
ゆっくりと身体を起こすシロウ。目の前にあるのはやはり知らない部屋。こじんまりした、オオクマ家の近所ではお目にかかれないタイプの家。
太い木枠の窓に、いちご柄のカーテン。ベッドの向こうの棚には人形やぬいぐるみが並び、その隣のチェストの上には鉢植えの花。壁にはユミが好きそうな帽子や白いコートが掛けられている。
ベッドと反対側の壁面には暖炉がしつらえてあり、埋み火がほのかに赤く光っている。シロウでなければ、西洋の童話やおとぎ話に出てくる暖炉つきの家に思い当たったかもしれない。
「あ、起きたのね」
背後から場所から聞こえた女の声に、振り返ると金髪の少女がテーブルについていた。本を読んでいたのか、それを閉じて近づいてくる。
ここが敵地であることを思い出したシロウは、素早く相手を観察した。
肩の高さで揃えた金色の髪、赤いカチューシャで前髪を少し上げ、衣服は青いワンピースに、フリルのついたカーディガン。パッチリした瞳は青い。外見的にはともかく、雰囲気的にはユミに似ていなくもない。歳も近そうだ。
表情は――微笑んでいる。
動きは――ささいな動きにも軸がぶれている。クモイやリョウコのように武道・武術をたしなんでいるとは思えない歩き方だ。
敵意も害もなさそうだと判断して、問い質す。
「――ここは、どこだ? お前は?」
少女はシロウが寝ているベッドの縁に腰を掛けると、すっと顔を近づけた。
「なんだ、おい」
やにわにシロウの額に手を当て、自分の額と当て比べる少女。二、三度それを繰り返した後、うん、と頷いた。
「熱はないわね。――ここは、私の家よ。あなた、うちの玄関先で倒れていたのよ? 庭で洗濯物を干そうとしたら、誰か倒れてるんだもの。ほんと、びっくりしたわ。どう? 身体はどこか痛いところとかない?」
「あ、ああ。大丈夫だ……そうか。迷惑をかけた」
まさか敵地で意識を失って、助けられるとは。
だが、おかげで意識ははっきりしている。身体に痛みもない。これなら再び戦うことは出来るだろう。
「ねえねえ、それで、どうしてあんなところに倒れていたの?」
拳を握って開いてをしていると、少女は興味しんしんに聞いてきた。
「それは――」
思わずいつものノリで答えそうになり、シロウは口をつぐんだ。
相手の素性もわからないのに正体をばらしてはまずい。
「――いや、そんなのどうでもいいだろうが。それより、お前は誰なんだよ」
「ああ……今回はそういうワイルドでシークレットな感じなんだ」
「は?」
「あ、いえ。こっちの話。――そういえばまだ自己紹介してなかったわね。ごめんなさい」
慌てて取り繕った少女は、自分の胸に手を当ててにっこり微笑む。
「あたしは、クリス。クリスティーネ・ヨハンセン・セレニアス・エレシオン。クリスって呼んでね」
「オレはレ……シロウだ」
「シロウ……どういう漢字? 武士の『士』かしら、それともこころざし? もしくはつかさ?」
「四番目だからシロウだそうだ。多分、『四』だな」
「……案外普通の設定なのね。名前が普通な分、背景を凝ってるとかいうパターンかしら……。まさかこのあとイチロウからサブロウまで押しかけてくるとかいう展開じゃないわよね……いや、今回はハーレム設定なしにしたはず……」
「は?」
この少女は時折視線を外してなにか独り言を言う癖があるらしい。その中身はよくわからないが。
そしてすぐに微笑む。
「んーん。なんでも。それより、さっきの質問――」
「そうだ、それよりここはどこだ? オレは現実に戻ってきたのか?」
たちまち少女の瞳が光り輝いた。
「――なるほど! そういう設定ね! わかったわ! つかんだ!」
「は?」
「ええと、こういうときは……」
少し怯えたような、困ったような表情になって告げる少女の言葉は――
「ごめんなさい、あなたの言ってること、よくわからないわ。でも、安心して。ここに誰かが追ってくるようなことは――」
その時、扉がノックされた。
『ごめんください、クリスさん。クリスティーネ・ヨハンセン・セレニアス・エレシオンさんはおいでですか?』
若い男の声に、たちまち少女の表情が硬張る。明らかになにかに驚愕している。
再びノックが響き、少女は困惑したまま――そしてなにか呟きながら立ち上がる。
「……なんで? イベント始まってるのに、このタイミングで来客? あたし、ふたまたシナリオもいやって設定したはずよね? じゃあ……シロウさんの追っ手? まあ、それならそれで……」
少女が扉に向かうと同時に、シロウもそっとベッドから抜け出した。そのまま扉の死角へ身を潜める。
「はーい、どちらさま?」
扉は開けずに誰何する。
『ジュリアンです。ジュリアン・イクセリナス・シード・アルテヴェーダ――あなたのナイトです』
「は?」
少女が顔をしかめてシロウを見やる。シロウはもちろんそんな名前の相手に心当たりはないから、小首を傾げ返した。
「ええと……その、ジュリアンさんがうちに何の御用ですの?」
『今から一千年と二百二十年前……前世での約束を果たしに』
家の中に沈黙が渦巻く。
混乱して考え込んでいる少女。そして、意味と状況がわからずに困惑しきりのシロウ。
「ええと……今取り込んでいるので、後日、ではダメかしら」
『何を言うんだクリス。……ひょっとして、まだ記憶が戻ってないのか!? 僕だ、前世で幾星霜経ようとも、例え命尽きても生まれ変わって君を探し出すと、樹帝神殿中庭のトネリコの大木の前で誓い合ったジュリアンだ! そうか、まだ思い出せないのか。ならば僕がこの愛で必ず――』
「ええー……なにこれ。この設定、まさかこっちが本命? じゃあ……シロウって一体――」
またもやぶつくさ呟いている少女。
困っているのか、と感じ取ったシロウは、隠れていた場所から出てくると、少女を押しのけた。
「え? ちょっとシロウさん!?」
太いかんぬきを外し、扉を開ける。
外には男がいた。腰まで届く長い銀色の髪。涼しげな切れ長の瞳は左右が青と緑で色が違う。服装は――
「男のくせにガタガタ見苦しいってんだよ。こいつが今日はダメだっつってんだから、帰れ」
服装なんか見なかった。言うだけ言って、呆気に取られている男をそのままに扉を閉め、かんぬきを突っ込む。
家の中でも少女は呆気に取られていた。
「ほれ、これでいいだろ? 追い返したい時は強気で行かなきゃダメだって、マキヤが――」
「ちょっと! ちょーっとストップ!」
なにをストップさせたいのか、両手を前に突き出して叫ぶ少女。シロウが口をつぐむと、少女はなぜか天井を見上げた。
「ちょっとゲーム進行ストップ。――ここまでのデータをセーブして、ロマンスジャンルとのクロスリンク解除。ホームをライブエリアに戻して。外部とのリンクは解除したままでいいわ。あと、アバターはデフォルトに」
『データセーブ。ロマンスジャンルとのクロスリンク解除。――またのご利用をお待ちしております』
今度はシロウが驚く番だった。今の声は確か、街中で戦っていた時にアナウンスしていた声。
では、ここはまだ……。
「あー……やっぱり消えない。ゲームキャラじゃないんだ、あなた」
少女のいささか不満げな声に、我に返った。
「あん? ……あれ?」
見やると、クリスとが消えていた。代わりにいるのは、頭の両サイドで髪をそれぞれに束ねた黒髪の少女。服もユミの普段着のような薄いピンクのシャツと薄い黄色のスカートに変わっている。ユミと比べるとスカートの丈が思いっきり短いが。歳はユミたちとてっちゃんの間くらいか。
そして、部屋の内装まで変わっていた。部屋の真ん中に一つ足の円形テーブル。床は畳ではなく白いフローリングだが、机やベッドなどの配置はエミの部屋が近い。
「……お前、誰だ?」
「……………………」
少女は頭を掻く仕種で、なにか悩んでいるような表情をしている。
「さっきまでいたクリスって奴はどこへ――」
「あーもういいから。黙って! ……ここはあたしの家だから! いい!? まず、あなたがあたしの質問に答えるの!」
多分立ち位置からして同一人物だとは思うのだが、さっきまでのしおらしい感じがうって変わって、なにか妙に苛ついている。とりあえず、シロウは口をつぐむことにした。面倒臭いが、仕方がない。
「あなたは誰?」
「シロウだ。さっき言ったじゃねえか」
「まさかハンドルネームだとは思わなかったわよ」
「ハン……? いや、本名だが」
「シャーラップ!! 聞いてるのはあ・た・し! ……それで、どうやってここへ来たの」
「どうやってって……怪獣に投げ飛ばされて。妙なチューブ空間通って、光に包まれたと思ったら――」
「あー、もういい! そういう設定臭いの、いらないから。じゃあ、なんでここへ来たの? あたしの家へ」
「力を使い果たしたんだよ。いつ倒れたのか、自分でも――」
「いまちゅうにせっていはいいから!!」
「ちゅうにせってい? ……よくわからんが、なにをそんなに怒ってるんだ? ああ、俺がなにか知らずに邪魔をしたのか? そりゃ悪かった。なんならもう出てゆくが――」
新しく変わった部屋にある唯一の出入り口らしきドアを指差す。
ともかく、この少女の言ってることはよくわからないことだらけだ。そもそもこいつ自体、色々おかしい。
すると、少女はまた掌を突き出した。
「ちょっと待って」
「……………………」
掌を突き出したまま、顔を背けてじっと考え込んでいる。
「……あなた、ひょっとして新人?」
「なんの?」
「この世界に来たばっかり?」
「来たくて来たわけじゃないけどな。知り合いが【ゲーム病】とかにかかったんだよ。それを助けようとしたら、このザマだ。いきなりミサイルはぶち込まれるわ、ロケット砲は顔面に食らうわ。出来ればさっさと出て行きたいんだがな、こんなとこ」
腕組みをした少女は、首をかしげたまま再び考え込む。
そして、不意に、ものすご〜く疑わしげな顔つきで聞いた。
「ひょっとして……ええと……今の説明だとそれしか思いつかないんだけど、あなた、ひょっとして…………ウルトラマンレイガ?」
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
ヤマグチ家二階・カズヤ自室。
カズヤの母親が用意してくれた早めの夕食を摂る小学生と高校生。
サブロウはGUYSとの通信回線を一旦落とした後、ずっと腕組みをしたまま天井を見上げていた。
「サブロウ兄ちゃん、ニュースで今日のことやってる」
そう言ってエミがワンセグ放送の映っている携帯を持ってきた。
『本日昼頃、全世界を襲った電波ジャック・ネット回線ジャックにより驚愕の事実が判明――』
『【ゲーム病】は病気ではなく異星人の侵略作戦だとの――』
『この声明の中で触れられた【ゲームワールド】について、識者は貧困問題を解決する糸口に――』
『総務省は本件はGUYS日本支部が解決のために動いていると――』
『ニューヨークのGUYS総本部では今もなお会議が――』
『一方、国連でも各国首脳が断続的に――』
あまり興味なさそうな目つきでぼーっと画面を見ていたサブロウは、やがて大きく溜息をついてエミに携帯を返した。
「やれやれだ。誰もこれを真面目な侵略だとは考えてないのかね。呑気な報道してやがる」
「どういうこと?」
続くニュース画面と仏頂面のサブロウの顔を交互に見やり、怪訝そうに眉をひそめるエミ。
向こうの部屋ではユミが、こちらの部屋ではバックアップ用のパソコンの前でカズヤがそれぞれ聞き耳を立てている。
「絶望に苛まれた奴がゲーム機の画面を覗けば、あっちの世界へ行けるんだぞ? 邪魔な奴がいたら、絶望するまでいじめりゃ、勝手にどっかへ消えてくれるじゃねえか。自殺じゃねえから、やった側も気楽なもんさ。他にも色々犯罪くさいのはすぐ思いつくぜ。意識さえ失わせておきゃ、あっちへ行ったって主張できるんだからな。そんな世の中になるってことだよ。そうなったら、いずれ人間はお互いを信用できなくなって、バラバラだ。世の中は何にも決まらなくなって、あとは異星人の好き放題だろうさ」
「そんな……たかがゲームだよ? そんなの」
「もうゲームじゃねえよ。こんなもん。どうにかしてぶっ潰さねえとな。――そういやエミちゃん、シロウと仲良いんだって?」
「仲良いっていうか……師匠と弟子の関係だけどね。ほんとに仲良いのはユミ」
エミは自分の携帯でワンセグ放送を見ているユミの方を視線で指し示す。すると、視線に気づいたように顔を上げたユミは、改めてサブロウに頭を下げた。
エミは少し眉根を寄せて、困ったような顔で続けた。
「シロウさん本人がどう思ってるか知らないけど、ユミの方ではシロウさんの彼女のつもり。まあ、シロウさんは朴念仁だから」
話題が話題だけに、ユミは照れ笑いを浮かべるばかり。
「甘酸っぱいねぇ。――カズヤはどうなんだ?」
水を向けられたカズヤは顔をしかめた。
「んー……僕からしたらガキ大将で、向こうからはもやしってとこじゃないかな? 彼の騒動に巻き込まれると大抵ろくなことにならないし」
「パソコン壊されたりね」
笑うエミに、やるせなく首を振るカズヤ。
「ふーん。それぞれにそれなりの仲ってわけだ。……じゃあ、そんなお前らに聞くけどな。こういう状況ならシロウはどうする?」
たちまち三人は怪訝そうに顔をしかめ、お互い顔を見合わせあった。
「どうするって……シロウさんなら――」
「まあ、ひとまず暴れるだろうね」
「でも、さっきは暴れた後、姿を消してしまいましたよね。……大丈夫かな」
「要するに、助けを待ってじっとはしてねえタイプってことだな。よーしわかった」
何がわかったのか、サブロウは両手を打ち鳴らすと自分の携帯を取り出した。そしてどこへか、かける。
「――ああ、俺だ。サーバー管理者いるか? 代わってくれ。………………おう、すまんな。……ああ? ニュース? 見たよ。その対応の話だ。ああ。そうだ。あ? クレーマーへの説明? そんなのどうでもいい。零細じゃあるまいし。開発の仕事じゃねえだろ。とにかくこっちのを先にしてくれ。アップロードのためのIDとパスワード寄越せ。そうそう、『大怪獣ファイト』のだよ。あ? こっちから色々データいじってアップロードしてえからだよ。……あ? ぐだぐだ抜かすな! 内規も法規もモップもかかしもあるか! そんな呑気な状況じゃねえんだよ! うちのセキュリティなんか既にザルだ! むしろ、俺達にとっての邪魔になってんだよ! あーはいはい、責任は俺が取ってやる。急いでんだこっちは! あ? ああ、ああ、わかったわかった。結果が出たら説明してやるから。いいな、頼んだぞ」
言うだけ言って携帯を切ったサブロウに、奇異の眼差しが集まる。
「サブロウさん? 一体なにを……」
カズヤの問いに、サブロウは携帯に視線を落としたまま呟くように答えた。
「さっきの画像な、面白いものが映ってたんだよ」
「? 面白いもの? ……何か見えたユミ? カズヤさん?」
「さあ」
「私も全然」
三人は話が見えず、再び顔を見合わせあう。
「まあ、他所の会社の話なんだけどな」
サブロウはにんまりして続けた。
「さっきレイガに叩き落とされたF−15のカラーリングな、あれ、つい3日前にアップデートされたばっかりのものなんだよ。それが反映されてるってことは、【ゲームワールド】でも現実のアップデートに対応してるってことだ」
「はあ」
「一方で、レイガがおさむっちー君のゲーム機内部では、戦い方が制限されてたろ? あれはレイガがゲームの世界へ潜る際に、『大怪獣ファイト』にアジャストしたせいだ。この二つの話をつなぐと、つまり『大怪獣ファイト』でもデータを変更してアップデートしておけば、レイガが再び現れた時に色々仕込んでおけるかもしれねえってことさ」
「いやでも、それ、ブラックキングとの戦いの時にやりませんでした?」
カズヤの指摘に、サブロウは鼻を鳴らす。
「あれはプログラムを割り込ませて、ゲーム内の特殊効果を無理やりレイガが使ったことにしただけだ。例えてみりゃあ、昨日の夕飯をレンジでチンしたようなもんさ。これから俺がやろうとしてるのは、食材揃えて料理作ろうってこと。……まあ、見てろ。成功すりゃ、レイガを援護できる」