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ウルトラマンメビウス外伝 RAYGA

 第12話 とらわれし者たちの楽園 その5

 ゲーム機内空間。
 外野の声は全て空間内に聞こえている。
(とりあえず……なんか変なルールがこの世界にはかかってて、普通には戦えねえってことだな。なら――)
 レイガは構えを変えた。両腕を顔の前で交差させ、勢いよく開く。
 制限解放。
 今回は手加減の必要などないのだから、再現能力をフル稼働させて一気に叩きのめす。

RAYGA COMBINATION!!

「ジェアッ!!」
 飛び蹴りで間合いを詰めたレイガは、そのまま格闘戦に持ち込んだ。
 蹴り、パンチ、チョップ、膝蹴りを連続で浴びせ、最後に首を抱えて背負い投げの要領で投げ飛ばす。

HIT! COMBO15 DAMAGE2000!!

 そのまま馬乗りになって、ブラックキングの背中を殴り――
 物凄い勢いで跳ね飛ばされた。
 現実世界での、立ち上がる際のせめぎあいなどまるでなく、シーソーで弾かれるような勢いで。
(なんだ!? 物理法則が違う……いや、こいつが生物らしくないのか?)
 しなる尾が、レイガを襲う。
 大きく後方へ連続バック転して躱す。
 距離を置いてスラッシュ光線を――
『ダメだ!!』
 テッちゃんの声が響いてきた。
 思わず固まるレイガ。
『光線技を使ったら、ゲージ消費しちゃう! 格闘戦で戦うんだ!』
(なんだ、その縛り!!?? やりにくいな、くそ!!)
 スラッシュ光線の構えを解いて、再び格闘戦の構えに戻す。だが、その隙がブラックキングに溜めの時間を与えた。

BLACKKING DELETE RAY!!

 電子世界を震わす咆哮とともに、牙の生えた口が開き――白色光線が放たれた。
「ジォアッ!!」
 側転で躱すレイガ。それを追う光線。レイガの代わりに光線を受けて、町並みめいた蛍光色のパネルやら立体構造物が次々と消滅してゆく。

MISS! NO DAMAGE!!

 やがて、光線が止まり、足を止めたレイガは、ふと光線の跡を見て驚愕した。
「!!??」
 構造物が消し飛んだだけかと思いきや、地面に見えていた緑地と金色のラインまでもが消失していた。そして、ぽっかり空いた大穴のその下には、レイガの目でも見通せない暗闇が広がっている。いや、暗闇というよりも……無。何もない。
 ちり、と焼けつくような緊張の空気が漂う。心の警戒警報が全力で鳴り響く。
(なんだ!? この光線……よくわからんが、ヤバい! レゾリュームとも違うが、なんかヤバいぞ!?)

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 ヤマグチ家二階・カズヤ自室。
「のわっ!? データが消えた!?」
 息を呑んでいた一同は、サブロウの悲鳴に振り返った。
「どうしたんですか?」
 カズヤの問いにも、サブロウはモニターから目を離さずキーボードを打ち続ける。その横顔には相当な焦りがうかがえる。
「メモリーの中のデータがいくつかトんだ! 消えたのは……ええと……背景グラ関連か。レイガと……おさむっちーくんの領域には今のところ問題なし。だが、やばいぞ。こんなのが続けば、いずれプログラム自体が維持できなくなって、全部消えちまう!」
「どういうことですか? わかるように説明を」
「ええとな」
 サブロウは手を止めて、考え込んだ。
「………………夏休みの宿題に、絵日記あるだろ?」
「は? はあ」
「あれに消しゴムかけられてる状態だって言ったら、わかるか? とりあえず登場人物の絵は逃げたが、背景が消されつつある」
「ああ、なるほど――って、なんですって!?」
 手槌を打ちかけたカズヤはたちまち目を剥いた。
「あの光線、ゲーム世界を消滅させるってことですか!?」
「DELETE RAY――デリート、消滅光線ってのは、そういう意味だろうな。ブラックキングが本来の口から吐くのは赤い光線だし、間違いなく改造されてやがる。……レイガに伝えろ、その光線は絶対に躱せ! 少しでも当たれば、存在そのものが消滅する! 無論、おさむっちーくんもだ!」
 頷いた小学生達がレイガに伝えている間に、サブロウは再び作業に戻る。
「くそ、何か……どこかであいつを止める方法は……」

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 ゲーム機内空間。
(やっぱりまずいもんだったか)
 外野からの情報を得たレイガは、油断なく構えつつも内心は冷や汗をかいていた。
 自分が消える経験など、何度も味わいたいものではない。そして、今回は別世界である以上、戻って来れる可能性はないだろう。
 本来なら、このまま攻めて攻めて攻めて攻めまくって相手を圧倒し、光線など吐かせないのが定石なのだろうが――
(今はおさむっちーを保護するのが先だ。巻き込まれて消滅されちまったら、話にならねえ。――おさむっちー、どこだ!?)
 外野を映す四角い窓の近くにいるのだろうが、テレパシーは繋がらないし、この怪獣からは目をそらせない。
(どうする!? どうしたらいい!? ……………………こんな時、あいつなら……)
 脳裏に浮かぶは、ただ一人認めたウルトラ兄弟。
 守りに長けたあの男なら、どうする。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 同時刻・都心の超高層ビル最上階社長室。
 応接セットを挟んで、鼻の下にひげを蓄えたハゲ頭の中年・馬道龍と、いつもの革ジャン姿の郷秀樹が相対していた。
 二人の前には湯気のたゆたう湯飲みがそれぞれ置かれている。
「……生協はどこまでつかんでいるんだ?」
 郷秀樹の問い掛けに馬道龍は答えず、湯飲みに口をつける。
「今回の【ゲーム病】、どう考えても星人が関わっている。君は、何か――」
「ウルトラマンジャック」
 湯飲みを置いて、馬道龍はじろりと目の前の男を見据えた。
「生協は宇宙警備隊の現地協力団体ではないアル。困りごとを何でも私に聞けば解決すると思ってもらっては困るのコトよ」
「では、何の情報も得ていないと?」
 見据え返す郷秀樹。こんな時の表情は、心を一切表に出さない。ただ、眼力強く相手の表情を覗き込むだけだ。
 しばらく、睨み合いに似た無言のやり取りが緊迫した両者の間の空間で繰り広げられる。
 やがて、視線は外さないまま、郷秀樹も湯飲みを取って一口つけた。
「被害者は皆、意識体を失っている。意識体の行方も心配だが、そもそもこのやり口が地球人のものであるとは思えない。正直に言おう。私は、君を疑っている」
「私がやったと思ってるアルか?」
「いや、そこまではな。だが、犯人を隠しているのではないかとは考えている」
「ふむ」
 腕組みをしてソファに背中を預けた馬道龍は、視線を虚空に泳がせ、思案投げ首の体でまた黙る。
 そしてまた、ふむ、と頷いた。
 空間を震わせるような響きとともに、馬道龍はその正体を現わした。オレンジ色の流線型甲殻に反って明滅を繰り返す、黄色い四角。上から下へ、下から上へ。青い四肢、赤い腹部、肩と脇から足にかけて黄色。
 メトロン星人は筒状で、先端の方が裂いたようにギザギザになっている手で再び腕を組んだ。
「郷秀樹」
 ウルトラマンジャックではなく、地球人・郷秀樹に語りかける。
「西暦1853年、嘉永6年。この国を訪れたアメリカ合衆国海軍提督ペリーによって、日本の歴史は変わった。少なくとも、変わることを日本人という民族は選んだ。大多数の意志であったか否かは別として、だが」
 メトロン星人の静かな声に、郷秀樹は黙って頷く。
「もし……もしもの話だが、人間が、自ら宇宙人にひざまずき、この美しい星を差し出したとしたら、君はどうするね?」
 郷秀樹の表情に陰が差す。怪訝そうに眉根を寄せていた。
「何の話だ?」
「地球では多様な価値観、いろんな物の見方がそれぞれに良しとされる。自分の属する共同体に対する批判的な見方や、共同体から抜けようとする行動でさえも、その共同体自体に即座に悪影響を与えない範囲であれば、個人の責任において自由とされるのだ。そうした個人個人の判断・行動が積み重なった結果、共同体自体の破滅を招くとしても、だ。……面白い矛盾だとは思わないか?」
「矛盾を孕んでいるからこそ、人はそれを越えて自らを律しようとする。先へと進む者に、矛盾の存在自体は必要なものだ」
「だが、それが現実となった時に、君はどうする? あまりにも多くの人が、あまりにも多くの人へ、あまりにも愚かしい選択を許した結果、その社会が崩壊するなら。社会を代表した意思としてではなく、個人の選択を積み上げていった結果、そうなるとしたら」
 二人の間に、新たな緊迫の空気が流れ始める。
 郷秀樹の瞳は明らかな警戒の色を浮かべて細まっていた。
「……それが、現実に起こっているというのか?」
「先へ進む者に矛盾は必要だ。だが、誰もがその矛盾を乗り越える解を導き出せるとは限らない。そして、取り残された者に社会は冷たいものだ。そういう連中が、手を差し伸べてくれた星人に頭を垂れ、地球を見捨てた時、君はどうするのだ?」
「……………………」
「行き場をなくして、誰かにすがる者を私は責められない。私自身が、かつてそうして行き場を失った者だし、そういう者を集めて生協を作ったのだからな。そして、地球人を名乗ってみたところで、我々はこの姿。バレればいまだに石もて追われることには変わりはない。生協がこの地球上で居場所を求めてさまよう者たちのための組織である以上……私はこれを侵略とは認めない」
「……つまり、おおよそのことは知っているということだな」
 郷秀樹の詰問に、今度はメトロン星人が黙り込む番だった。郷秀樹は鋭く差し込む眼差しをメトロン星人に向けたまま、続ける。
「では、もう一つだけ確認しておこう。生協はこの件に、積極的に関わっているのか?」
 再び空間の震える響きとともに、メトロン星人は馬道龍の姿に戻った。
 そして、お茶を一服。
「今のはあくまで私個人の見解だよ、新マン。生協構成員のおおよそはこの星でただ平和に静かに暮らしたいだけだ。人間社会の行く末などというものには興味ない。今の時間なら今夜の献立の方を気にしているだろうよ。多くの地球人と同じようにな」
「そうか」
 郷秀樹は立ち上がった。胸のポケットからサングラスを取り出して掛ける。
 馬道龍は座ったまま上目遣いにその姿を見つめる。
「……私を処罰するかね?」
「いや、今はまだ」
 首を振った郷秀樹は、湯飲みを取り上げて一息にあおった。それをテーブルに戻し、続ける。
「君の思いは理解した。だが、この件を本気で考えるのならば、別のやり方をすべきだ。君ならわかっているはずだろう。こんなやり方では、人間と星人の間に新たな溝を作るだけだ。それは、お互いのためにならない」
「……………………」
 黙ったままの馬道龍に背を向け、郷秀樹は扉へ向かって歩き出した。
 歩きながら告げる。
「今日はクリスマスだ。被害者は今も増えている……が、意識体が全て元に戻るなら問題はない。年明けぐらいまでは待つ。それで、力が必要なら言ってくれ。宇宙警備隊の規定に抵触しない程度には力を貸そう。――カノウさんのお茶、相変わらず美味しかった。ごちそうさま」
 扉を閉じ、郷秀樹は出て行った。
 その途端、馬道龍は大きく、大きくため息を吐いて両手で顔を覆った。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 ビルの外は一面の雪景色。
 ビジネス街には意外と多くの人があふれ、道には動けない車がひしめいている。べちょべちょにぬかるんだ路面に、新たな雪片がはらはらと降り続いている。
 郷秀樹の白髪混じりの髪にも見る見るうちに白いものが付着してゆく。
「さて……」
 ふと足を止めた郷秀樹は、天空高くそびえる摩天楼を振り仰いだ。
「わかっていてしないのか、それとも……わかっていてもできないのか」
 答の得られそうにもないその独り問いは、白い息とともに冬の空気に紛れて溶けた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 ゲーム機内空間。
 問いに対する答えは、『積極的な防御』。
 至近距離で格闘戦を行うものの、攻撃ではなく相手の攻撃をいなす、躱す、流すことに集中し、あの光線を吐かせないことだけを心がけるというもの。
 怪獣独特の尻尾や角など、人間とは違う攻撃手段や連続攻撃があるものの、これまでの経てきた戦いの経験が、それらにも対応を可能にしていた。
 猛烈かつパワフルな攻撃をひたすら泥臭いほど黙々と止め、受け、流し、光線を吐く体勢に入った時のみ、こちらから踏み込んでその口を塞ぐ。
(あいにく、パワー勝負と泥仕合は得意なんでな! ……この世界のことに詳しいサブローが何か手を打つはずだ。その隙を見て、おさむっちーを助けるしかねえ)
 焦れたように吠えて頭突きを仕掛けてきたブラックキングを、レイガは巻き込みような首投げで投げ飛ばした。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 某所。
 暗がりの中に整然と積み重ねられた無数のモニター画面が光を放つ空間。
 そのモニターは、全てゲームの画面を映し出している。
 そして、暗がりの果て、今ものそのモニター画面の光は刻一刻、増殖し続けていた。
 暗がりの中に、一体の人影があった。人影は増えてゆくモニター画面を見やりながら呟く。
「……ふむ。今日はまた、参加希望者の増加数がひときわ多いな。何か嫌になるようなことのある日だったのか? ……む?」
 人影が注意を向けたモニター画面は、一つだけ赤く輝いていた。ゲームの画面効果ではない。地球の言語ではない大文字が走ってゆく。
「ほう。デリートプログラムが妨害を受けている? ……ようやく来たか、ウルトラマン。では、そろそろだな」
 くつくつと暗がりに含み笑いが響く。
「作戦第二段階に入るとしよう」
 人影の手が、何もなかった空間に出現したコンソールを操作すると、赤い画面が青く変わった。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 ヤマグチ家二階・カズヤ自室。
 素人目には防戦一方のレイガの姿に、観客である小学生と高校生はハラハラしどおしだった。
「あーっ、危ない危ない!」
「ゲームの時と違って、ひやひやするよ」
「ん〜……なんかこいつさぁ、怪獣にしちゃやたら動きが良過ぎない? レイガの攻撃、防ぎすぎ」
 エミの不満げな声に、ひがしっちーが眼鏡を光らせる。
「そりゃ、特別な怪獣ですから」
「特別?」
「さっきも言ったように、元々ブラックキングは新マンを倒すために特別に訓練された怪獣だとも言われてますからね。地球で言えば、軍用犬とか警察犬みたいなものです。だから仇名が用心棒怪獣。この『大怪獣ファイト』でもその辺の設定を再現するために、戦う相手がウルトラマンだった場合、防御スキルの上昇する特殊スキルを持ってたはずです」
「特殊スキルかぁ」
 ひろちゃんが溜息をつく。
「せめてレイガもパワーアップスキルが使えればなぁ」
「……今度はなに? ぱわああっぷすきる?」
 怪訝そうにひがしっちーを見るエミ。
「聞いたとおり、キャラクターをパワーアップさせるスキルのことです。『大怪獣ファイト』では、対戦して勝つことでポイントがもらえます。そのポイントを溜めてスキルという特殊能力を購入し、自分の使う怪獣やウルトラマンに装備させることで、データを強化できるんです。例えば、バルタン星人にスペシウム光線のパワーアップスキルを――」
「バルタンにスペシウム光線のスキルは装備できんぞー。弱点だからな」
 少し呑気な声が隣の部屋から届く。
 腕組みをしたままパソコンのモニター画面を見据えているサブロウ。
「あと、ジャミラに水属性のスキルは使えないし、大抵の星人には尻尾攻撃強化の属性が装備できない。そもそも尻尾がないって話でな。レイガは基本値が弱い代わりに、装備できないスキルはほとんど――あれ?」
 腕を解いて、がばっと跳ね起きる。
「ちょっと待てよ? ……これは『大怪獣ファイト』なんだよな。ってことは……あああっ! そうか、その手があるじゃねえか!!」
 ぶつぶつ独り言を呟いていたサブロウの顔に、たちまち笑みが広がる。そして、猛烈な勢いでキーボードを叩き始めた。
「くそ、俺としたことがプログラムの停止に気をとられて、肝心なことを忘れてた! これは俺たちが作ったゲームじゃねえか! ――ええと、レイガのデータファイルはどれだ!? ……あった、ええとここと、ここと、ここ。それと、ブラックキングのデータファイル。こいつとこいつとこいつ……星人に乗っ取られたシステムにどれだけ効果があるかどうかはわからんが――アップロードだ!」
 サブロウの指がエンターキーを押し、データがメモリーに流れ込む。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 ゲーム機内空間。
 レイガは苦戦していた。せめておさむっちーに流れ弾が万が一にも当たらぬよう、デリート光線を下に吐かせまいと抱きついて顎を下から両手で押し上げる。だが、そうなると腕が使えないため、がら空きの両脇にブラックキングの両手が交互に叩きつけられていた。

HIT! COMBO8 DAMAGE1560!!

 新マンすら手玉に取る豪腕で、弱点の一つでもある脇を殴られる。
 レイガの苦鳴が空間に響く。
 最後に胸を両手で突き飛ばされたレイガは、よろける身体を支えきれずに背中から倒れてしまった。
 ブラックキングの巨大な足がその胴を踏みつけ、動きを封じた上で口を開き――
「デュアアッ!!」
 げーじがどうこう言っている場合ではない。なりふり構わずスラッシュ光線を投げ放つ。
 楔形の光線が数発、ブラックキングの口の中に炸裂した。怯んだ隙に、レイガは慌てて転がってその場を離れる。

HIT! COMBO3 DAMAGE120!!

 しかし、すぐに白色光線が、無様な格好で転がるレイガの後を追って放たれる。

BLACKKING DELETE RAY!!

「ヘアアッ!!」
 泡が消えるように次々と消滅してゆく世界の構成物。響き渡る外野の悲鳴。

MISS! NO DAMAGE!!

BLACKKING DELETE RAY!!

 何とか躱しきって、態勢を立て直した――と思いきや、連続で白色光線が放たれる。
「シェアッ!!(しつこいっ!!)」
 躱し切れないと見たレイガは、前面に円形のエネルギーフィールド(ディフェンス・サークル)を展開した。

MISS! NO DAMAGE!!

 白色光線と円形バリアがぶつかってお互いに消滅している間に、身を翻して射線から逃れ、空中へ跳び上がる。
 きりもみを加え、ほぼ真上から流星キック。

RAYGA ATTACK! SHOOTING STAR KICK!!

 しかし、上半身を仰け反らせてあっさりと躱される。
(――な、にぃぃぃ!?)

MISS! NO DAMAGE!!

 レイガは距離を空けないよう、再びしがみつくようにしてブラックキングの顎を押し上げる。
 だが、内心の驚愕は容易には消えない。
(今の動き……本当にこいつ、怪獣か!? そういえばこいつ、やたら防御が上手い。まるで、ウルトラ族の戦い方を知ってるみたいに……その上、このパワー。キング・ジョーとかいうロボットに匹敵するんじゃねえのか? いずれにせよ、このままじゃじり貧だ! サブロー、早く何か――う!?)
 その時、レイガの中に何かが流れ込んできた。

RAYGA NEW SKILL GET!!

 いつもの、誰かが応援してくれているような感覚ではない。自分の中の枷が全て取り払われたような――
 何が変わったのかを考えている暇もなく、ほぼ同時に抵抗が消えた。
 はっとして見やると、ブラックキングが硬直していた。尻尾を振りかざしたまま、時が止まったように止まっている。

SPECIAL EFFECT "TIME STOP"

『――レイガ、ストップ光線の効果をブラックキングに適用した! 動きが止まってる今がチャンスだ!』
 宙に浮かんでいる画面に向かって頷くレイガ。
(よくわからんが……おさむっちー!! どこだ、どこ――そこか!)
 辺りを見回し、すぐ窓の下におさむっちーを見つけた。
 おさむっちーの傍まで駆け寄ったレイガは、しゃがみこんで彼を左手にすくい上げた。
(今、帰してやる。待ってろ)
 その手が白く光り、おさむっちーをも包み込む。
 やがて、おさむっちーは白い光の球体となった。それを、外の世界が見える画面に向けて投げ放つ。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 ヤマグチ家二階・カズヤ自室。
 レイガが投げた光球がぐんぐん画面に迫り、ついには画面全体が白い輝きに占められたかと思うと、画面を飛び出してきた。
 光の玉はそのまま部屋の壁も通過し、外へと出て行った。
「……ひょっとして、今の!?」
 ひがしっちーの眼鏡が少しずり落ちた。
「おさむっちー!?」
 ひろちゃんがてるぼんと顔を見合わせる。
「おい、おさむっちーの家に行こうぜ!!」
 てるぼんが満面笑顔で拳を突き出し――
「シロウ兄ちゃんがまだ戦ってる!」
 テッちゃんが浮かれかけた一同を現実に引き戻した。
「そ、そうか。応援しなくちゃ」
「そうだ、そうだな」
 立ち上がりかけたひろちゃんとてるぼんが、少しばつ悪そうに頷き合う。
 しかし、サブロウがそこで口を挟んだ。
「いや、もう大丈夫だ。多分。もうレイガは負けんよ」
 一同はさっきとはうって変わって余裕綽々に湯飲みをあおるサブロウに怪訝な視線を浴びせ――画面に視線を戻した。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 某所。
 暗がりの中に整然と積み重ねられた無数のモニター画面が光を放つ空間。
「む? ……データの上書きをしてきただと?」
 人影は別の画面を見やった。地球上で流れているテレビ放送が流れている画面。
「ふむ。この手際、GUYSではないな……? では、それとは別に地球人の協力者がいるのか。ならば……これ以上あちらで戦うのは不確定要素が多いな。こちらへ引き込め」
 人影の手がまたコンソールを操作する。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 ゲーム機内空間。
 無事おさむっちーを送り出したレイガは、ゆっくりと振り返った。
「ジャッ!!」
 左拳を胸の前に握り締め、右手刀を前に突き出して構えるレイガ。
 ブラックキングは再び動き出し、威嚇の眼差しを送ってきている。だが、さっきまでのようにしゃにむに攻撃しようという姿勢が感じられなくなっていた。
 それと、何かが聞こえている。おさむっちーの頭の中で聞いた電子音だ。
『――でりーと対象でーたノ消失ヲ確認。でりーとぷろぐらむヲ停止シマス』
『でりーとぷろぐらむ動作中ニ不正ナあくしょんガ発生シマシタ。原因ハ不明デス』
『ぷろぐらむ確認中』
(……どういうことだ?)
『シロー……じゃなかった、レイガ、聞こえるか』
 サブロウの声が響く。
 レイガは警戒態勢を崩さないまま、頷いた。
『もうおさむっちーくんの心配はねえ。このままゲームを終わらせる。そこからすぐに戻って――』
 そのとき、異変が起きた。
 ブラックキングの背後の空間がねじれ、漏斗のような口が開いた。
(!? 何だ!?)
 穴の内部は黒い背景に緑の蛍光色グリッドで形成されたチューブ状になっている。その先がどこに繋がっているのかはわからない。
 戸惑っている間に、ブラックキングは空間の穴に向かって後退ってゆく。
『……逃げる!?』
(ふざけんな、逃がすかっ!!)
 レイガはブラックキングに向かって駆け出した。
『ば、バカ野郎! いいんだよそれで! なんでわざわざ――』
(ここで逃がしたら、黒幕がわからねえままだろうがっ!! こいつを倒して引きずり出す作戦が――)
 レイガはブラックキングに組みつ――こうとしたところを、横殴りの尻尾一閃。
(ぐあっ……!!)
 レイガはまともにカウンターを浴びて、無様に横倒しになった。
 ブラックキングはそのまま倒れているレイガの右足首をむんずとつかむと、片手一本で振り回し、空間の穴に向かって投げた。
『な……』
『えええええええええええええええええ!?』
『レ、レイガがあああああああ!?』
『シロウさん!?』
 窓の外から外野の悲鳴が届く。
 それを一顧だにすることなく、ブラックキングもその空間の穴に姿を消し、そのまま穴自体もねじれが戻るようにして消えた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 ヤマグチ家二階・カズヤ自室。
 画面上からレイガとブラックキングの姿が消えた瞬間、ユミは携帯を取り出していた。
 いつか入れたままにしておいた携帯番号を呼び出して、発信ボタンを躊躇なく押す。
 そして、相手が出た途端、まくし立てた。
「――シノハラ隊員ですか!? ごめんなさい、お仕事中に! でも、大変なんです! あの、実は【ゲーム病】は星人の仕業だったんです! 【ゲーム病】になってゲーム機の中に捕まった子供の魂を、シロウさんがレイガになって救い出したんですけど、今度はレイガ自身が怪獣にさらわれてしまって。怪獣はゲームに登場する怪獣で、ええと、ブラックキングだそうです。それがレイガの足をつかんでぽーんと、穴の中へ」
『……あのー、なんだか力説してくれてるところ悪いんだけど』
 受話器から流れる声は完全に冷めて、警戒の色が濃い。
『そもそもあなた、誰?』
「あ」
 ユミはその時になって気づいた。まだ自分が名乗っていなかったこと、そして彼女に電話をするのはこれが初めてであることに。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 グリッドチューブの中を流されてゆくレイガ。
 その後方からついてくるブラックキング。
 レイガはもがいたものの、何とか制御できるのは体勢だけ。水流に押し流されているように進行方向は変えられない。
「くそ、なんだここは? 俺をどこへ連れて行こうってんだ?」
 いくつもの分岐点を、選ぶこともままならないまま通り過ぎ、やがて――強烈な光が前方から迫り来た。
「……どうやら、あそこがゴールか。一体なにが――」
 光の中へ突入したレイガ。少し遅れてブラックキングも光に突入した。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 ヤマグチ家二階・カズヤ自室。
 CREW・GUYSに事情を話しているユミの背後で、おさむっちーの携帯ゲーム機から送信されたデータについて確認作業を続けるサブロウ。
 不意に、新しいウィンドウがモニター画面に開いた。
「ああん? なんだこりゃ」
 サブロウは資料のページをめくる手を止めて、怪訝そうな顔をカズヤに向ける。すると、カズヤも頷いた。
「こっちにも開きました。回線を通じて強制的にアップロードされてますね。やりたい放題だな、こりゃ」
「サブロウ兄ちゃん、なんか画面が変わったんだけどー」
 そう言っておさむっちーの携帯ゲーム機を持ってきたのはエミ。
 テッちゃん以下小学生たちも自分の携帯ゲームの画面に同じものが表示されたと次々報告してくる。
「なんだ? レイガが消えて……画像が勝手に? なにが起きてるんだ?」

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 オオクマ家・居間。
 シノブはお昼ご飯を用意したまま、テレビを見ながら息子達の連絡を待っていた。
 その画面が、不意に何の前触れもなく切り替わる。
「あら?」
 画面に映っているのは、どことも知れない都市。その中に佇む青い巨人――レイガ。
「おやまあ、シロウじゃないか。でも、あの子……お昼の連絡もよこさないで、いったいどこにいるんだい?」
 呆れ顔で呟きながら、シノブは急須から湯飲みにお茶を注いだ。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 イトウ家・リビング。
 おさむっちーの母親が電話をしていた。
「……そうなの。大丈夫だって。え? ううん。お医者さんじゃないわよ? ほら、ご近所のオオクマさん。あそこのサブロウちゃんとシロウちゃんが来てくれて。とりあえず命に別状はないって。――え? でも……わかるわよ? わかるけど、お医者さんも救急車も来てくれないし……。そんなこと、私だけに言われても困るわよ! あなただって、この大雪の中に出てって結局足止めされてるんじゃない! こんな大事な時に! 私は止めたわよ!?」
 ヒステリックに喚き、叫ぶ。
 その時、テレビが勝手に点いた。
「あ、あら? ……ううん。なんでもないわ。テレビが勝手についただけ。それより、いつ帰ってこれるの? ……そんな。わからないって……」
 さらに、階段を物凄い勢いで駆け下りてくる足音。
 おさむっちーの母親は顔をしかめる。
「ん、もう。またあの子ったら……転げ落ちたらどうするの。え? 迎えに? そんなの行けるわけないじゃない! 今この時に、あの状態のオサムを一人になんてできるわけ――」
 再びけんか腰の言い争いになりかけたその時、リビングの扉が勢いよく開かれた。そこから顔を出したオサムが、まくし立てる。
「お母さん、これからヤマグチさんちに行ってくる! 夕ご飯までには帰るか、電話するから! じゃあ!」
 言うだけ言うとそのまま玄関へ走り去る。
 おさむっちーの母親は電話を胸に当てて、玄関口で靴を履いているであろう息子に声をかける。
「雪が沢山積もってるんだから、足元と車に気をつけるのよー」
「はーい! いってきまーす!」
「いってらっしゃーい。……もしもし、あなた? あ、うん。あの子がヤマグチさんちへ遊びに行ってくるって。子供はほんと元気ねぇ……え? なにが? そりゃまだ小学生だもの、雪の日でも外へ行きたがるわよ。オサム? だからオサムなら二階の自分の部屋で……」
 数秒の沈黙。ばっと振り返ったリビングの扉は開かれたまま。
 目を見開いた母親は、叫んだ。
「ええええええええええええええええええええ!? うそ!? なに!? えええええ!?!? ちょ、ちょっとオサム!? オサム、待ちなさいオサム!! ちょっと待ってぇぇぇっっ!!!」
 電話を放り出し、玄関へ飛び出す。当然ながら既に息子の姿はなく。
 ソファに転がる受話器から、父親の呼びかけが虚しく続いていた。


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