【一つ前に戻る】     【次へ進む】     【目次へ戻る】     【小説置き場へ戻る】     【ホーム】



ウルトラマンメビウス外伝 RAYGA

 第12話 とらわれし者たちの楽園 その4

 一行が二階へ上がり、カズヤの部屋でパソコンのスペックを調べている間に、シロウがボストンバッグを担いでやってきた。
 カズヤの手を借りて機材をパソコンにつなぎ、必要なソフトをインストールしてゆく。おさむっちーの携帯ゲーム機も専用ケーブルでつながれた。
「カズヤぁ、プログラム打てるかぁ?」
「無理です」
 サブロウの問いに、カズヤは即答した。
「せっかく前のパソコンの方もスペック的に問題ないってわかってるのに、申し訳ないですが」
「そうか。じゃあ、なんとか俺一人でやれるとこまでやってみるか……カズヤ、そっちはバックアップ用だ。ソフトのインストール終わったら言ってくれ。こっちとつなぐ」
「はい」
「サブロー兄ちゃん、あたしたちは?」
 手持ち無沙汰の小学生四人組と女子高校生二人、及び一人の宇宙人を代表してエミが尋ねる。
「ゲームしててくれ」
 サブロウは作業の手を止めずに答えた。
 エミの表情が曇る。
「サブロウ兄ちゃんが頑張ってるのに? 何かさ、お手伝いできることはないの? ほら、汗拭くとか、道具渡すとか」
「エミちゃん、手術するお医者さんじゃないんだから……」
「時間潰せってンじゃないんだよ、エミちゃん。今はまだ、おさむっちーくんがどんな状況で意識を失ったか、わかってない。できれば、その状況を再現してほしい」
「はぁ………………ええっ!? ちょ、サブロウ兄ちゃん、それって!」
 一度は不承不承頷きかけたエミが、青ざめて叫ぶ。カズヤも顔色を変えて作業の手を止める。
「サブロウさん、いくらなんでもそんな危険な!」
 しかし、サブロウは二人を睨みつける。
「危険は承知の上。何かあった時は俺が責任を取る。裁判沙汰になったら、遠慮なく俺が今言ったことを証言してくれていい。塀の中に入らなきゃいけないなら、入ってやるさ」
「だから、そういうことじゃなくて!」
「子供だから危険にさらすなって言いたいのか? 友を救いたいって気持ちに大人も子供もあるか。それに、それ以外で彼らに出来ることはねえぞ」
 サブロウは小学生たちに視線を戻した。そして付け加える。
「おい、どうだ。君たち? 怖くてやりたくないならやることはないぞ。強制はしない。ここから帰れとも言わない。軽蔑もしない。目の前で友だちが意識不明になったんだ。大人だって怖くて当たり前だからな。どうする?」
「やります!」
「うん!」
「それぐらいしか手伝えることないしな!」
「威張って言うこと? そこはせめておさむっちーのためぐらい言いなよ」
 小学生たちの笑顔に、エミとカズヤは顔を見合わせて困惑するしかない。
 サブロウはにんまり頬を緩ませた。
「いいぞ、お前ら。それでこそ男だ」
 それぞれに携帯ゲーム機を取り出し、遊び始める小学生。それを横目に、エミはため息をつく。
「もう。しょうがないなぁ……」
「じゃあ、わたしはみんなに飲み物でもいただいてきますね」
 そこで立ち上がったユミに、カズヤが声をかける。
「ああ、アキヤマさん。それならお母さんに言って、お茶沸かしてもらってよ。やかんのでっかいのがあったはずだし。多分、この人数だとペットボトルとかじゃ間に合わないと思う」
「はい、わかりました。そうですね、今日は冷えますし、そっちの方がいいかも。じゃ、台所にお邪魔しますね」
 軽く会釈して、下へ降りてゆく。
「じゃあ、サブロー兄ちゃん? あたしはどうしようか?」
 再び作業に戻ったサブロウは、画面を見ながら答えた。
「エミちゃんとシロウは小学生たちを見てやっててくれ。さっきはああ言ったが、異常があったらすぐ報せろよ? 子供だけじゃなく、それぞれの画面にも注意を払え。何なら一緒に遊んでやってくれ。冷たい言い方だが、被験者は多い方がいい」
「あいよ」
 シロウは黙って部屋の隅に腰を下ろす。
「イエッサー! 隊長の命令なら、喜んで従うであります!」
 びしっと(はんてんジャージ姿で)敬礼を決めたエミは、いそいそとテッちゃんの横に移動した。
「ねぇねぇ、あとでもいいからさー。それ、あたしにもやり方教えてー?」
「いいよ。今始めたばかりだし、やってみる?」
「えー!? いいの!? ごめんね、じゃあやらせてやらせて!!」
 テッちゃんからゲーム機を受け取って、嬉々として説明を聞くエミ――その姿にカズヤは小首を傾げる。
「……ノリノリだね、エミちゃん。なんていうか、危機感が……」
「それがエミちゃんのいいところだ。あのノリなら、小学生もすぐ怖さを忘れンだろ」
 機器の接続をしながら、サブロウがボソリと漏らす。
「それが狙いで?」
「エミちゃんは昔っから、一つのことに一生懸命になると周りが見えなくなるからな」
「サブロウさんが言いますか」
「おう。……あの娘のおかげで、自分のそういう短所に気づけたんだ。今、社会人なんてやってられんのも、実はエミちゃんのおかげでもあるんだぜ?」
「……密かに反面教師とか、エミちゃんが知ったら怒りますよ」
「そしたら、今度は彼女はその短所に気づけるだろ? 問題ねえよ。まあ、一発二発殴られても、女の子だしな。はっはっは」
 呑気に笑うサブロウに、カズヤは冷や汗を禁じえない。
「いや〜、それはどうですかね〜。彼女の拳は……女の子の規格外って言うか……。何せ、武道の達人を師匠にしてますし」
「ん? 悪ぃ、聞いてなかった。なんて言った?」
「あ、いえ別に。ええと……こっちの機材は、インストールが必要みたいですけど、古い方のPCから入れておきます?」
「ああ、頼むわ。こっちの接続が終わったら、こっちにもインストール頼む」
「了解」
「そこはイエッサーだ、カズヤ隊員」
「イエ……いやいや、今はG.I.Gですよ」
「あ、そうなの? いやでも今エミちゃんがそのノリだったし」
「彼女はいつもノリだけのような気もしますけどね。でも、それに悪乗りしようって大人もどうかと」
「ひっでー。お前、しばらく見ないうちに性格悪くなってねぇ?」
「思春期過ぎればみんなこんなもんです。世の中の現実ってやつに気づいただけですよ」
「大学生の分際で世の中の現実とか。へそが茶を沸かすぜ。社会人になってから言え」
「社会人のくせに子供の頃とノリの変わらない人に言われたくないです」
「あ、くそー。こんなひねくれ者になると知ってたら、もう少し拳骨で躾しておくんだった」
「それならシノブさんに告げ口するだけですけどね。サブロウ兄ちゃんにいじめられたーって」
「ぬぐぐ、こいつ……覚えてろ、いつか泣かす」
「だからそれは社会人のセリフじゃない」
 なんだかんだと無駄口を叩きながら、二人の作業は遅滞なく進んでゆく。 

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 しばし、エミがテッちゃんに説明を受ける以外に意味のある会話も交わさない時間が過ぎてゆく。
「……ああん? なんだこりゃ」
 セットアップが完全に終了したパソコンのモニター画面を覗いていたサブロウが不意に声を上げた。
 ボストンバッグの中から取り出した資料のページを物凄い勢いでめくり返して、確認してゆく。
 そして、画面を見ては首を振る。
「どうかしました?」
 カズヤの問い掛けに、サブロウは大きく首を捻った。
「メモリに変なもんが常駐してやがる。……こんな事例、見たことねえぞ? うちのプログラムバグで生まれたにしちゃ、でかすぎねえか?」
「何がどう変なのか良くわからないんですが……ウィルスとかボットじゃないんですか?」
 唸って、キーボードとマウスを何度か操作するサブロウ。
「むぅ……………………プログラムじゃねえな。なにかのデータだな、これ」
「データ? サブロウさんに覚えのない常駐データ? ……まさかとは思うけど、それってひょっとして」
 カズヤの言わんとするところを明敏に察知したサブロウは、すぐに振り返った。
「おい、シロー! こいつの中にはおさむっちー君はいないんだよな? さっきそう言ったよな?」
 部屋の隅でじっと小学生とエミのゲーム対戦を見つめていたシロウは、物憂げに答えた。
「……それには宿ってない。だが、それはあくまで意識体としてという意味だぞ」
「あ? どういう意味だ?」
「つまり、その意識体とやらが、例えば謎の超技術で電子データ化されてメモリに格納されていても、シロウ君には探知できないってことでしょ? ――だよね、シロウ君」
 カズヤの助け舟はしかし、シロウには何のことかわからない。
「言ってることがよくわからんが、俺はそういう超能力の訓練をきちんと受けてねえから、意識体がそこにあるかどうかしか見えねえ。意識体が何かに宿るというのは、つまり宿ったものが――この場合、そのゲームとやらがおさむっちーとしての自意識を持つってことだ」
「ゲーム機が自意識? ……なんだそりゃ。どういう状態だ?」
 今度はサブロウが混乱する。そこで再びカズヤが口を添える。
「だからね、サブロウさん。データとして格納されちゃったらシロウ君にもわからないということですよ。ひょっとすると、マジでそれがおさむっちーくんなのかも」
「……だとしたら……電源切らなくて正解じゃねえか。つーか、電源切ってたら、消滅してたかもしれねえのか? あっぶねええぇ」
 流石にサブロウも青ざめた。
「だが、だったらどうしたらいいんだ?」
「メモリの中身をパソコンに移すとか出来ないんですか?」
「無理だ。そんな機能はない。そもそも、このソフト自体メモリの中でどう動いているかを確認するためだけのものだからな。……困ったな」
「見せてみろ」
 シロウが立ち上がって近づいて来た。
「見えんのか?」
 おさむっちーの携帯ゲーム機を取り上げたシロウは、その画面に落とした目を細めた。
「見るんじゃねえよ。機械のことはわからねえが、ここに意識体があるなら、心もあるってことだ。それに繋ぐ。――ちょっと黙っててくれ」
 目を閉じてなにを念じるのか、眉間に皺を寄せるシロウ。
 サブロウとカズヤはその姿を、息を呑んで見つめていた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 光綾織る空間。
 テレパシー空間に立つ者一人。オオクマ・シロウ。
 膝を抱えて座っている者一人。イトウ・オサム。
 背中を向けている少年の姿に、シロウの表情の険が消えた。小さく一つ、安堵の溜息をつく。
「――やっぱりいたか、おさむっちー」
 膝の間に顔を落とし込むようにしてうつむいていたおさむっちーは、驚いた様子でその顔をはねあげた。
「え? ……あれ? ここ、どこ!? え? 今の声って!?」
 辺りを見回して振り返り、見知った人影を見つけて潤んだ目をぱちくりさせる。
「シロウ兄ちゃん!? なんでここに? っていうか、ここどこ!?」
「そんだけ混乱できりゃ、十分元気だな」
 意地悪に言って、にんまり頬を歪めるシロウ。
「ここは俺のテレパシー空間だ。現実のお前は、意識体……ええと、そう。魂を抜かれて、ゲームに閉じ込められてる状態でな。ゲームの中にお前がいるみたいだってんで、心だけここに呼び出してみたのさ。今、俺の兄貴やテッちゃんたちが、お前を助けようと頑張ってるよ」
「そう、なんだ……」
 立ち上がったおさむっちーは、ぺこりと頭を下げた。
「ごめんなさい、迷惑かけて」
「いいさ。どうもこんな羽目になってるのは、お前だけじゃないらしいしな。【ゲーム病】って言ってたっけか。お前を助ける方法が見つかれば、おんなじようなことになってる連中も助けられる。だから迷惑だけじゃねえよ。気にすんな」
 さて、と一拍置いてシロウは表情を引き締める。
「落ち着いたようだから、聞かせてくれるか。何があった? どうしてこんなことになったんだ?」
 たちまち、おさむっちーはうなだれた。
「なんだ? なんか話しづらいことなのか?」
「あのね……笑わないで聞いてくれる……?」
 弱々しい声。
 シロウは怪訝そうに首を傾けたが、ただ頷く。
「ああ」
「……テッちゃんたちと、大怪獣ファイトで遊んでたんだ。冬休みだし、クリスマスだし、お母さんも外が雪だからしょうがないって。でも……勝てなかったんだ」
「勝てなかった? なにに?」
「テッちゃんたちに。20回以上負け続けて……そっから先は数えてない。それでもみんな手加減してくれないし……。テッちゃんは戦い方が悪いって言うし……ぼく、そんなに頭良くないから、言われても覚えられなくて、また負けて……なんか、もうヤになっちゃったけど、ぼくのうちで遊んでたから逃げられないし、お母さんの前でケンカするわけにもいかないから、帰れって言えないし……」
 シロウの苛つきが唇の端に痙攣となって現れる。しかし、シロウは耐えた。腕組みをしてかろうじて耐えた。
「そしたら、急に選択肢が現れたんだ。……ええとどんな文章だったかな――」
「いい。覚えてるなら、頭の中を読ませろ。その方が正確にわかる。いいか?」
「あ、うん」
 しゃがみこんだシロウは手を伸ばして、おさむっちーの額に掌を向けた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 ゲーム画面が潤んだ視界に揺らぐ。
(もうやだ……なんでこんな気持ちで遊ばなきゃいけないんだよ……手加減してくれたっていいじゃないかぁ)
 もう放り出してやろうかと思ったが、指が思わず『コンティニュー』を押してしまった。あまりに長い間遊んでいたので、ほとんど癖になっていた。
(あ、しまった……ああああ、またやられるために遊ぶのか……やだなぁ)
 その瞬間、画面が暗転した。
 遊ぶ怪獣を選択する画面は現れず、何かの文章がゆっくりとスクロールしてゆく。


 現実に疲れたあなたに、とても大事な御報せがあります。

 時間と空間を超え、もはや現実の煩わしさにも惑わされることなく、ゲームを続けたいとは思いませんか?
 そんなあなたに、『ゲームの世界』を御用意しました。
 そこではもはやあなたはコントローラーを握るプレイヤーではありません。
 今遊んでいる『ゲームの世界』を現実として、生きることが出来るのです。
 無論、現実世界の肉体における様々なハンデはここでは再現されません。寿命さえありません。
 そういう設定のゲームでもなければ、空腹を覚えることもありません。
 これらは、現在の地球の科学を超えた技術で実現されたものなのです。だから、不可能などありません。

 一人で大魔王に立ち向かう勇者にもなれます。
 車を現実の法律など一切無視して走らせることも出来ます。
 戦争を終結させる戦闘機パイロット。
 遥か未来の宇宙船の中で、謎の生物相手の生存戦闘。
 理想の彼・彼女・ペットとの理想の生活。
 都市計画の責任者。
 スポーツ選手、監督、チームの経営。
 無限のパターンを持つパズル。
 etc.etc.……

 失敗しても、コンティニューすればやり直せる人生、生きてみたくはありませんか?
 あれがダメならこれにすぐチャレンジできる世界、生きてみませんか?

 現実を捨て、『ゲームの世界』で永遠に生きるチャンスが今、あなたのもとへ。
 さあ、面倒なだけで見返りのない現実など見切りをつけ、その重い身体を脱ぎ捨てましょう。
 不条理な現実などあっという間に忘れ去ることの出来る、楽しくて素晴らしい新たな現実があなたを待っています。
 必要なのはあなたの決断一つ。
 是非おいで下さい――

 行きますか? YES、NO

 
 『YES』か『NO』かと問われ、思わずおさむっちーはいつもの癖で『YES』を選択してしまった――

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

「――なるほど」
 再び光綾織るテレパシー空間。
 おさむっちーの額から掌を戻したシロウは、頷いた。
「お前の気持ちはよくわかるぜ。俺も地球へ来てからこてんぱんに負けたからな。……予想じゃもっともっと、それこそウルトラ兄弟なんかよりも強いはずだったんだが……」
「そうなの?」
「色んな奴に負けた。負けて気づいた。俺は足りないところがたくさんあるってな。おさむっちー、悔しかったな?」
「うん……」
 うつむきながらも頷くおさむっちー。
「じゃあ、まだ大丈夫だ」
「大……丈夫?」
「悔しいってこたぁ、勝ちたいって気持ちがあるってことだろ? 今のお前じゃ勝てなかった、それだけは認めようぜ。そんで、どうやったら勝てるか、考えりゃいいさ。やり直しができるんだ、色んなやり方で挑めばいいさ」
「シロウ兄ちゃんも……やり直したの?」
「いや」
 首を振ったシロウは少し困ったように眉をたわませて、それでも口元に笑みを浮かべた。
「現実ってやつは、そうそうやり直しをさせてくれないもんでな。思いっきりやられたし、俺の失敗を他の誰かに尻拭いしてもらってばかりさ。……いつか、返さないとな」
「………………」
「ま、おさむっちーも借りられる時に借りちまえ。いずれ返しゃあいいんだよ。『負けた借り』ってやつも、いずれ『勝ち』でな」
「うん」
 頷く表情にだいぶ明るさが戻ってきていた。
 シロウはもう一度、頷いた。
「その貸し借りも大事だけどな。一番覚えとかなきゃいけないことがあるぞ、おさむっちー」
「え? なに?」
「テッちゃん、ひがしっちー、てるぼん、ひろちゃんがな、おさむっちーを助けるためにゲームをしてたんだよ。おさむっちーと同じ状態になるために。そうすれば何か解決する方法が見つかるかもしれないって言われてな。あいつら、お前を助けるためにって全然怖がってなかったんだぜ?」
「ほんと……? みんなが……」
「だからな。ゲームなんかより大事なもの、見失うなよ? あいつらはお前のために命懸けてくれるやつらなんだよ」
「うん!」
 今度こそ、心から顔を輝かせて頷くおさむっちー。
 それを見て、シロウも大きく頷いた。もう大丈夫だろう。
「よし、じゃあ現実の世界へ戻るか」
 腰を伸ばして立ち上がる。
「さーて、どうすっかなー。おさむっちーの意識体だけを持って帰ればいいわけだが……」
 その時、ふとおさむっちーの表情が曇った。
「……シロウ兄ちゃん?」
「ん?」
「なに? この声?」
「声? ……なんだ? ここは俺の世界だから、俺とお前以外の声なんて――」
「でも、なんか聞こえてる。女の人っぽい声で……」
 不安げなおさむっちー。シロウは顔をしかめた。おさむっちーのいう『声』は聞こえない。
「なんて言ってる?」
「ええと……」
 おさむっちーは目を閉じて聞くことに集中する。
「きょうせいりんくはきょかされていません。ただちに……んと、でりーとします?」
「でりーと? ……よくわから――!!??」
 異変が起きた。
 シロウの目の前でおさむっちーの姿が薄くなって消えてゆく。
 目を開いたおさむっちーは、驚いて何度も目を瞬かせる。
「え? ええ? あれ? シロウ兄ちゃんが薄くなって……」
「バカ、薄くなってるのはお前だっ! 何が起きて――くそ!! おさむっちー、見るぞ!!」
 思わずシロウはおさむっちーの額に掌をかざしていた。シロウに聞こえてなくともおさむっちーに聞こえているのなら、記憶が読めれば事情はわかる――
 たちまち聞こえてきたのは、脳を攪拌するような甲高い電子音声。
『――警告。外部トノ不正りんくヲ検出シマシタ。同りんくは許可サレテオリマセン。警告。直チニりんくヲオ切リクダサイ。従ワヌ場合ハ強制遮断ノ後、めもり内デ待機状態ノでーたヲでりーとシマス。警告! 警告! ココハげーむわーるどノ領域外ニツキ、でーたでりーとハ死ヲ意味シマス。警告。外部トノ不正りんくヲ検出シマシタ。同りん――』
「なんだ!? わかる言葉で言え!」
「シ、シロウ兄ちゃん! 死、死を意味するとか言ってるよ!? 助けて、シロウ兄ちゃん!! こんなとこ、嫌だよ! ぼく、もうみんなの世界に――」
 たちまち脳を串刺しにするような、甲高い電子音が新たに鳴り響く。
 シロウとおさむっちーの表情が苦悶に歪む。
『――重大規約違反発生。アナタノでーたニ一部変質ガ認メラレマシタ。現時点ヲ以ッテ、アナタノげーむわーるどヘノろぐいん資格ヲ剥奪。りんく切断後、でーたヲでりーとシマス。でりーとぷろぐらむだうんろーど開始……』
 テレパシー空間が、外部からの強力な干渉によって、砕け散った。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 ヤマグチ家二階・カズヤ自室。
 携帯ゲーム機の画面に目を落としたまま、立ち尽くしていたシロウの瞳に生気が戻った――途端、シロウはのけぞるようにしてたたらを踏んだ。
「――ぐああっ!!」
 壁に背中を叩きつけ、崩れ落ちそうなのを辛うじてこらえる。
「シロウさん!?」
 持ってきた湯飲みへ順番にお茶を注いでいたユミが悲鳴を上げる。
「シロウ?」
 呼びかけられるのと同時にサブロウを見やったシロウは、肩を大きく上下させながら叫んだ。
「おい、サブロー! えらいことがわかったぞ!」
「なに? ってか、そこにおさむっちーくんは……」
 シロウは頷いた。
「いる。サブローが検知したそれがおさむっちーかどうかまでわからんが、おさむっちーの心はここにある。今、話してきた」
「うおおおおおお、お手柄だぞ! シロー!! どうする!? 抱き締めてやろうか!? 飴ちゃんいるか!?」
「どっちもいらねえよ! つーか、それどころじゃねえ!」
 両肩をがっしりつかもうとするその手を、シロウは素早く振り払った。
 その激しさに、当人はおろか他の者たちも驚いて息を呑む。そして、シロウの表情の険しさに、二度驚く。
「野郎、俺のテレパシーを外部から強引に断ち切りやがった。そうじゃねえかとは思ってたが……おさむっちーを引きずり込んだやり口といい、もう、どう考えてもこれは地球人の仕業じゃねえ! いや、今はそれもどうでもいい!!」
 シロウは手にした携帯ゲーム機の画面を覗き込んだ。
「さっき、テレパシーを断ち切られる寸前にデータをでりーととか何とか、妙な声が聞こえてきた! 意味はわからんし、俺の勘だが、おさむっちーがやばい!」
「なに!?」
 サブロウは慌ててパソコンのモニター画面に顔を戻した。
 すぐにカズヤも声を上げる。
「確かに、今そのゲーム機に何かデータをダウンロードしてますね」
『……シロウにいちゃ〜ん!! 助けて〜!!』
 空気が凍りついた。
『……シロウにいちゃ〜ん、どこ行ったの〜!!』
 電子音のような効果がかぶっているものの、シロウの持つ携帯ゲーム機から聞こえてくるのは確かに……
「おさむっちー!?」
 あっという間にシロウの周りに人垣が出来た。そして、そのそれぞれが携帯ゲーム機の画面を覗いて、それぞれに驚きの声を上げる。
「画面に……!!」
「おさむっちー!?」
 おさむっちーが、ゲーム画面に現れていた。ガラス窓に張り付くようにして、液晶画面を向こう側から叩いている。
 その背後に、黒い怪獣の姿が少しずつ出現しつつある。
「まさか……」
 カズヤが、バックアップ用のパソコンモニターを覗き込み、すぐに戻ってくる。
「やっぱり! ダウンロードの進行が、完全にあの怪獣の出現とリンクしてる!」
「どうなるんだ、カズヤ!?」
 シロウの珍しい焦りの声に、カズヤも視線を虚空に泳がせながら言葉を紡ぐ。
「ええと……ひょっとしたら……あの怪獣を使って、おさむっちーのデータを削除するつもりなのかもしれません……」
「なんでそんな回りくどいことすんの!? いやでも、だから時間がかかって助かってるのか。え〜、でも……」
 混乱著しいエミに、シロウが吼える。
「星人のやり方なんざ、悪趣味に決まってるだろうが師匠!! ――なんとか止められねえのか、サブロー! お前、本職だろ!?」
「無理言うな! マンガじゃあるまいし、プログラムの進行より速く入力したりプログラム作ったりなんかできるかよ! それに、強制停止なんかして、メモリがトんだらおさむっちー君まで消える可能性がある! くそ、なにかとりあえずプログラム進行を止める手を――」
 椅子に座ってパソコンのキーボードを叩き出す。
「じゃあ、俺が時間を稼ぐ! 頼むぞ兄貴!」
 言うなり、シロウは左手に携帯ゲーム機を持ったまま、右拳を顔の前で握り締めた。
「ぶっつけ本番だが、行くぞ!!」
 右拳からあふれ出した蒼い光が部屋の中を照らし出す。

 やがて、その光が収まった時――シロウの姿は消えていた。
 畳の上に、携帯ゲーム機が転がっていた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 薄っぺらい、蛍光色の透過アクリル板風の何かがビルのように建ち並ぶ街。
 見た目は未来的だが、その薄さゆえに演劇の書き割りにしか見えない。
 道路は緑で、金色の直線模様が走っている。ところどころに簡略化して描いたビルのような立体的構造物もあるが、人が住んだり利用できるようなものではない。まるで一昔前のCGで作られた街の風景だった。
 無論人気はなく、路上に車や街路樹、ガードレール、看板などおよそ人類社会を思わせるものはなにもない。
 見上げれば、頭上からも同じものが多数ぶら下がっており、閉鎖空間を思わせる。
 おさむっちーは所在無く辺りを見回していた。
「ここ……どこぉ〜? シロウ兄ちゃ〜ん、どこ行っちゃったんだよぉ〜」
 とぼとぼと歩く足元が、不意に波打ち、揺れた。同時に何かが壊れ、砕け、崩れ落ちる物凄い大音響が響き渡る。
 そして――怪獣の咆哮。
「――!! な、なに……!? なんなの……!?」
 手近な黄色の蛍光板にしがみついて揺れをしのいだおさむっちーは、音のした方向を恐る恐る振り返った。
 そして見た。
 そそり立つ巨大な、黒い塊。はるか頭上でギラリと光る、前方へと湾曲した金色の一本角。蛇腹状の腹。腕力を誇示する巨大な手、太い腕。
 おさむっちーは、その怪獣の名を知っていた。
「こ、これ……!!」

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 ヤマグチ家二階・カズヤ自室。
「――用心棒怪獣・ブラックキングだ!!」
 ひがしっちーが即座に叫ぶ。
 おさむっちーの携帯ゲームは、配線につながれたままサブロウを除く全員の前に置かれていた。
 サブロウは必死の形相でパソコンのキーボードと格闘している。
「……強いの?」
 元々怪獣にあまり興味のないエミは、軽く聞いた。
「変な触覚とか触手とか出てるわけじゃないし、怪獣としてはすんごい普通っぽいし、あんまり強そうには……見えないよね?」
「わたしに同意を求められても……」
 困惑するユミ。
「バカ言わないで下さい! 強いなんてもんじゃないですよ!?」
 怒鳴りつけたのは、ひがしっちー。睨まれた女子高生が思わず怯む、そのメガネの奥の眼光。
「用心棒怪獣・ブラックキング。約40年ほど前、MATの時代にナックル星人と一緒に新マンを倒した強敵です!」
「新マン?」
「ほら、シロウさん以外で今活躍しているウルトラマンだよ、エミちゃん。助けてもらったりしたじゃない」
「ああ、あの」
「新マン最強の武器といえばウルトラブレスレットだけど、ブラックキングはそれさえ防いでみせたんだ。バリアーもなしにだよ!?」
「へぇぇええ……って、ごめん。それがどれだけ凄いのかわかんない」
 ひがしっちーの眼鏡がずれた。照れ笑いのエミに代わり、ユミが手を合わせて謝る。
「ごめんね、お姉ちゃんたち全然知らなくてごめんね。……エミちゃ〜ん。ん、もう」
「それだけじゃねえぞ」
 陰鬱な口調で割り込んだのはサブロウ。
「ブラックキングってのは、うちの会社で使ってるセキュリティソフトの擬人化――この場合は擬獣化か、に使ってるんで、社内でも好きな奴が多いんだ。おそらく、おさむっちーくんが遊んでいたのが『大怪獣ファイト』だったんで、こいつを持ち出してきたんだろうが……やばいな。こいつのデータだけは拡張性を高くしちまってるんだ。ここで出してくる以上、まともなスペックとは思えねえ。改造されてるぞ、多分。……くそ! ここまで流出してるとか、ザルじゃねえか」
「シロウ君の言うとおり星人の仕業だとしたら、地球の科学力では防ぎきれないんじゃないですか?」
 カズヤの口調には諦めのムードが漂う。
「それにしたって……くそ!」
 サブロウは振り上げた拳をキーボードに叩きつける――寸前で思いとどまった。
「早くおさむっちーくんを保護しろ、シロー!!」

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 ゲーム機内空間。
 出現したブラックキングはおさむっちーをひしと見据えるや、口を開いて――
「ジェアッ!!」
 空中に蒼い輝きが出現したかと思うと、

『NEW CHALLENGER!!』

 レイガが出現した。
 空中で捻りを切って、ブラックキングに流星キックを見舞う。

HIT! COMBO 1 DAMAGE 10!!

「!?」
 違和感を感じたレイガは、そのままもう一度空中へ飛び上がり、距離を置いて着地した。
 そして、構えながら辺りを見回す。
(……どこだ、ここは? それに今の感触、なにか変だった。あと……おさむっちーはどこだ?)
「レイガ〜!!」
 どこからともなく聞こえてくるおさむっちーの声――だけでなく。
『レイガだー!!』
『レイガキター!!』
『よーし、これで勝ったぞ!!』
『やっちゃえ、シロウ!!』
『シロウさん、頑張って!』
 カズヤの部屋にいた面々の声がどこからともなく響き渡る。
「シェ……シェア?」
 戸惑って辺りを見回すと、なにやら四角い窓が浮いているのが見えた。その向こうに、声を出していた面々が見える。
 その下に、おさむっちーもいた。
(……あそこが画面になるの――)
『『『『『『あぶなーい!!』』』』』』
 何もない空間に浮かぶテレビのような画面の向こうで騒ぐ面々――次の瞬間、レイガは横殴りの一撃をくらって吹っ飛んだ。
 ブラックキングの尻尾のフルスイング。
 いくつもの蛍光板をなぎ倒し、いくつかの立体構造物を崩壊させたレイガ。間髪入れず、ブラックキングの尻尾が振り下ろされる。
 叩きつけられた衝撃で浮き上がったところを、また横降りの一撃。
 
HIT! COMBO 3 DAMAGE 2000!!

「――シュワッ!!」
 距離を置いたので猛攻がやんだのか。
(……た、叩きつけられて浮き上がっただぁ? くっ、なんてパワーだ)
 頭を振り振り立ち上がったレイガだったが、ブラックキングは追っては来なかった。
(野郎……なめやがって。くらえ!!)
 両腕を右へ差し伸ばす。それを左へ回しながら――いつもは集まってくるはずの光が集まらない。
 違和感を感じつつも、いつも通りに立てた右腕に左拳を押し当てる。光の奔流が――出ない。

MISS! NO DAMAGE!!

(な、なんだ!? ここへ来るのにエネルギー使っちまったのか!? けど、カラータイマーはまだ……)
 ブラックキングが構造物を踏み潰し、跳ね飛ばしながらレイガに突進してくる。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 ヤマグチ家二階・カズヤ自室。
「あれ? なに、今の? レイガの光線が出なかったよね?」
 エミの困惑に、再びひがしっちーがメガネをずり上げてどや顔をする。
「当たり前です。いきなり必殺光線なんか、出せるわけないでしょ。まずぱわーぽいんとを溜めないと。すぺしゃるげーじがいっぽんいじょうまっくすにならないと、ひっさつわざは使えないんですよ」
「そうそう。さっき教えたじゃん、エミ姉ちゃん」
 そう言って不満そうに突っつくのはテッちゃん。
 エミは照れて苦笑いを浮かべるしかない。
「あはははは……はぁぁぁぁ……小学生にダメ出しされた……」
「じゃあ、シロウさんは――レイガはどうしたらいいの?」
 代わりに真顔で訊ねたのはユミ。ひがしっちーは頷いた。
「うん。まずは小技で攻めてゲージを稼いで、この上のゲージが一杯になってから……なんだけど……」
「どうしたの?」
「レイガって、必殺技のレイジウム光線が弱いんだよね〜。確か、威力2000で貫通属性なし継続属性なし。まあ、メビウスと同じ変身タイプだから、タイプチェンジすればあの氷の剣で勝ち目はあるのかもしれないけど……」
「できないの?」
「まだデータ化されたって話を聞かないんだよね」
「どうして!?」
「それは……このソフト、あの人が作ったらしいからあの人に聞いてくれない?」
 そう指差すのはサブロウの背中。
 今のやり取りを聞いていたのか、ちらりと目の端で背後を確認した製作責任者はすぐにパソコンモニターに向いてしまった。そして、頭を掻きながら言い訳がましくボソリと漏らす。
「……うんまあ、レイガだからなぁ」
「レイガだしってどういう意味ですか?」
「弱いから誰も使わないってことだよ」
 背中から飛んできた容赦ない言葉に振り返るユミ。てるぼんだった。
「使えないのにパワーアップのデータカード出して誰が喜ぶんだよ。なー?」
 あったりまえじゃん、と得意げに笑ってテッちゃんたちに同意を求めるてるぼん。
「シロウさん、弱くないもんっ!!」
「え? いや、ゲームの話だし」
 マジで目を吊り上げて怒る女子高生に、びっくりおののいて後退る小学生。
「シロウさんはいつだって一生懸命戦ってるもん! 弱くなんかないっ!」
「いや、だからさぁ」
「いいわよ、もう!! ――シロウさん、この子たちに見せつけてやって! シロウさんの本当の強さ! がんばれー!!」
 一人盛り上がるユミの横で、小学生たちは面倒臭そうな視線を交わした。


【次へ】
    【目次へ戻る】    【ホーム】