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ウルトラマンメビウス外伝 RAYGA

 第11話 封印怪獣総進撃 その7

 怪獣博物館・駐車場。
 奇跡的に姿を現わした五人の生徒に対する叱責は後回しにして、バスは出発した。
 五人は一番前に座らされ、担任教師ヨシカワ先生と、いかつい顔の学年主任の先生の監視の下に置かれている。
 バス出発前に五人には親の呼び出しが言い渡されており、イトウ・シンジ以外はがっくりうなだれていた。
 やがて、状況を確認するためにバスのテレビが点けられる。
 中継画面の中は派手な爆発に彩られ、GUYSのメカが飛び回っていた。映っている二体の怪獣のうち一体は白くなって動きを止めており、もう一体は湖面に張った氷の割れ目から半身だけ身を乗り出して、口から何かを吐いている。
 素早くウルトラマン大百科をめくったイトウ・シンジが二体の怪獣の名前を確認する。
「……水牛怪獣オクスターと……ええと……白いのはこれ、かな? むち腕怪獣ズラスイマー」
「強いの?」
 隣のシブタ・テツジがこっそりと囁く。
 しばらく書面に目を通していたイトウ・シンジは頷いた。
「うん。かなり強いみたい。ズラスイマーがなんで凍ってるのかはわからないけど。何かメテオールでも使ったのかな?」
「……GUYS、大丈夫かなぁ」
「オオクマさんは? やっぱり助けに来ないのかな?」
「どうかなぁ。……GUYSの誰かとは友だち、みたいなこと言ってたし、危なくなったら来るかも」
「じゃあ、その時は応援しよう」
「うん!」
 大きく頷き合って、二人は再びテレビの画面に目をやった。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 奥多摩湖・小河内ダム近傍・水と緑のふれあい館前。
 当たれば溶けると説明されたオクスターの唾液を避ける機動を優先しているため、見た目ほどの効果的なダメージは与えられずににいるCREW・GUYS。
「歯痒いのぅ」
 メモリーディスプレイの画像を食い入るように見ながら、シラサワ・ヒョウエノスケは呻く。
 フジサワ住職も頷いて、心配そうに訊ねる。
「このままでは水中に逃げられるのではないですか?」
「そうですね。可能性は高いんですが……」
 セザキ・マサトは唇を噛んだ。わかってはいるが、打つ手がない。
 あとこちらの切り札は、ヤマシロ・リョウコとクモイ・タイチの持つマケット怪獣のミクラスとウィンダム、それに三機合体してのインビンシブル・フェニックス。この後のズラスイマー、エンマーゴ戦を考えると、ここで使ってしまうのは辛いものがある。
 しかし、そうは言っても今、オクスターを倒さなければ、水中へ逃げられてはより面倒なことになりかねない。
「……やっぱり、ここは切り札を一枚使ってでも……」
『――リュウ、ガンフェニックストライカーにバインドアップだ』
 進言しようとした途端、サコミズ総監の指示が下った。
 画面にアイハラ・リュウが映る。
『けど、そうなると後が……』
『後のことは後で考えよう。今は一体一体確実に倒すのが先だ』
 覚悟を決めたサコミズ総監の頷きに、アイハラ・リュウも唇を引き結んで頷いた。
『G.I.G。――リョーコ、タイチ! 一旦旋回して、倉戸山の裏でバインドアップ、回りこんでとどめだ。行くぞ!』
 二人のG.I.Gが返り、三機は大きく湖上を旋回して離れてゆく。
 その時、画面を見ていたシラサワ・ヒョウエノスケが唸った。
「むぅ!? いかん、御牛頭陀(おごずだ)が!」
 見れば、オクスターが湖の中へ後退りするようにして身を沈めてゆく。攻撃が終わったと判断したのか、それとも仕切り直すつもりなのか。いずれにせよ――セザキ・マサトは慌てた。
「やばい! 水中に隠れられたら!」
「その、なんとかふぇにっくすというのは水中でも使える切り札なのか!?」
「はい、一応は。でも、威力の減衰は空中の比ではないでしょうし、そもそも水中に潜られては命中精度が下がってしまいます」
「ならば、止めねばならんな!? ――住職!!」
「はい、ヒョウさん!」
 二人は頷き合うと、それぞれの両手を組み合わせ、祈るような態勢をとった。
「!? 二人とも何を!!??」
 目を点にしているセザキ・マサトの前で、二人は唱え始めた。
「「オン・カカカ・ビサンマエイ・ソワカ! オン・カカカ・ビサンマエイ・ソワカ! オン・カカカ・ビサンマエイ・ソワカ! オン・カカカ・ビサンマエイ・ソワカ! 地蔵菩薩よ、手振舌垂観音菩薩よ、わしらにお力を!! オン・カカカ・ビサンマエイ・ソワカ!」」

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 ガンローダー後部座席。
 モニター画面を見ながら管制を行っていたシノハラ・ミオは、表情を険しくした。
 オクスターが湖中に沈んでゆく。
「いけない! 隊長、オクスターが!!」
『――くそ! あの野郎、ちょっとぐらい待てねえのか!? こっちだってもうバインドアップのシークエンスに入ってるんだ! このまま合体して、即攻撃するしかねえ!! ぬかるなよ、お前ら!』

(――つまり、あいつを水中に逃がさなきゃいいんだな?)

 そのとき頭の中に聞こえた声に、GUYSメカに搭乗している全員がはっとした。

(任せろぃ!!)

 奥多摩湖を蒼く染め上げる光が輝き、青い巨人が出現した。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 青い光を見上げて警戒の咆哮を上げるオクスター。
 その動きが、硬張る。
 まるで時が止まったかのように動きを止め、膝までの深さに着水したウルトラマンレイガを目で追うことすらしなかった。
 レイガはこれ幸いとばかりに接近し、その特徴的な二本の角を両脇にそれぞれ抱え込む。
「でぇあああああっっ!!(……悪いが、俺の恩返しに付き合ってもらう。逃がしゃしねえぜ!)」
 パワーだけには自信がある。両足を踏ん張り、力任せにオクスターを引きずりあげてゆく。
 やがて、失神から目覚めたかのように、オクスターが身をよじり始めた。牛のような鳴き声が、しきりに響き渡る。
「ジェ、ジェアア……シェアアッ!(大人しく上がって来やがれっ!)」
 怪獣とウルトラマン、角を使った綱引きにより、湖岸には大きな津波が何度も押し寄せる。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 奥多摩湖・小河内ダム近傍・水と緑のふれあい館前。
「――ぶはぁっ!!」
「――ふぅう」
 二人は疲れた様子で大きく息を吐いた。
 膝をつき、肩を大きく上下させる。その無毛の頭には大粒の汗がびっしり浮かんでいた。
 セザキ・マサトは怪訝そうに二人の前に膝をつく。
「今の……ひょっとして、二人が動きを?」
 目線でお互いを健闘しあった二人は、得意げに笑みを浮かべる。
「まあな。今のわしらには、この程度しか出来ん。もう少し時間と人があれば、大仕掛けな封印術も使えるのじゃが……」
「結局、青い巨人が来てくれましたし、意味がなかったかもしれませんが」
「いや、とんでもない。十分なアシストですよ。彼にとっても、ボクらにとっても、あなた方が稼いでくださった数秒が有利に働いた」
「……ほう? なぜ、そうわかる?」
 レイガの叫び声とオクスターの咆哮がここまで届いている。それはまるっきりケンカの罵声じみて聞こえる。
「今の彼の態勢なら、オクスターごときの力には負けない。もう少しオクスターが完全に水中に潜っていたら、負けていたかもしれませんが……なんだかんだ言って、パワーだけは一人前以上ですから、彼は」
「彼、か」
 シラサワ・ヒョウエノスケとフジサワ住職は再び顔を見合わせて笑った。
「現代科学の妖怪退治屋に加え、星々を渡る宇宙の退治屋まで登場とは……面白い時代になったものじゃのぅ」
「ええ、まったくですなぁ」
 そのとき、湖に面した岸壁に大きな白波が立った。
 人の身の丈など大きく越えた波しぶきが、三人を頭からずぶ濡れにする。
 ウルトラマンと怪獣のせめぎ合いによる津波が、ここにまで到達したのだった。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 倉戸山上空で合体したガンフェニックストライカーのガンブースター部分コクピット。
 ヤマシロ・リョウコは思わず叫んでいた。
「――レイガちゃん!!」
(呼んだか?)
 どうやって呼びかけを聞いたのか、返事はすぐに返ってきた。
 怪獣と力比べをしているとは思えないほど呑気な口調なのは、テレパシーのせいか。
「ありがとう!」
(なぁに、この前の件では前らに迷惑かけたからな。そいつの清算にやってきただけだ。気にすんな)
 レイガとオクスターの力比べは、レイガの方に軍配が上がりつつあった。少しずつオクスターは岸辺へと引き寄せられ、一旦半分以上沈んでいた身体が再び露わになってきている。
(それより、俺はこいつを引っ張り上げてるだけで精一杯だ。さっさと片つけちまえ。俺なら大丈夫だ!)
「うん。――隊長!」
『ああ、聞こえてたぜ。あいつの心意気、無駄にしねえ。――サコミズ総監!』
『了解した。ガンフェニックストライカー、メテオール解禁!!』
『G.I.G!! ――パーミッション・トゥ・シフト・マニューバ!! インビンシブル・フェニックス!!』

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 レイガの遙か後方で、ガンフェニックストライカーの機体が黄金色の粒子を撒き散らして光り輝いた。全身のイナーシャルウィングが次々開き、その姿をメテオールエネルギーが包み込む。
 オクスターはその明確な殺気に気づいたか、湖中へと逃げようと身をよじりもがく。
 しかし、レイガも離さない。逃さない。腰を入れて、踏ん張る。
 解放されないと見るや、オクスターはレイガに溶解唾液を浴びせかけた。
「ヘアッ! デイィッ!(うおっ!! ……やりやがったなこの野郎!)」
 それでもレイガは離さない。
 オクスターの長い舌がその首に回っても、赤い角を両脇に抱えたまま離さない。むしろ、怒りに任せた膝蹴りをその頭に浴びせかける。
「デュアッ、シェアッ!!(なめんなこらっ!! 往生際が悪いっつーんだよ!!)」
『いいぞレイガ! そのままでいろよ! ――うおおおおおおっっっっ!!!』
 狙いすまして突っ込んできた巨体が急制動をかけるや、その光のシルエットはそのままオクスターへ突進した。
 そして、湖面を揺るがす大爆発。
 堤を超えて溢れるほどの高さの波が、小河内ダムに何度も打ち寄せた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 フェニックスネスト・ディレクションルーム。
 ミサキ・ユキの指がコンソール上を這い回る。
 やがて、結果がメインパネル上に表示された。
「総監、オクスターの反応消えました。レイガは……無事です」
 頷くサコミズ総監。
 画面上、晴れてゆく爆煙の中にレイガが立っている。両脇に根元から折れた赤い角を抱えて。
 通信回線に喜びの声が交錯する。
 サコミズ総監は、一つ大きく深呼吸をした。
「ようやく三体、か。後はズラスイマーとエンマーゴの二体――イクノ隊員、対策は?」
 イクノ・ゴンゾウは力無く首を振った。
「申し訳ありません。事前にいただいた巻物の情報なども分析・照合していますが、まだ。過去のドキュメントでも弱点は明確ではありませんし……。ただ、二体とも当時の防衛部隊の攻撃がほとんど通用しなかったということのみ、共通して判明していますが」
「そうか……。となると……一旦撤退させ、態勢を立て直すしかないか」
 苦渋に歪むサコミズ総監の顔。
 その時、ミサキ・ユキが強い口調で告げた。
「――総監! 画面を! 山が!!」

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 奥多摩湖畔。
 爆煙の中に立ち尽くしていたレイガは、両脇に抱えていた赤い角を深いところへ投げ込んだ。
 そして、その場に残る最後の怪獣へと――
「――ジュワッ!?」
 向き直ろうとしたレイガは、その足を止めて振り返った。湖の向こう側を。

 山が、燃えていた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 ガンフェニックストライカー・ガンローダーコクピット。
『山火事!?』
「違う!」
 ヤマシロ・リョウコの叫びを即座に否定したのはクモイ・タイチ。
 彼の言うとおり、それは炎ではなかった。
 まるで炎が燃え盛り、踊り狂うかのように、空高くへ舞い上がっているのは膨大な量の紅葉した木の葉。
『なんだ!? ミオ! 何が起きている!?』
 アイハラ・リュウの指示に、必死でコンソールを調整するシノハラ・ミオが出した結論、それは――
「エンマーゴです! 隊長! エンマーゴが周囲の大量の木の葉を巻き上げて――」
 見る見るうちに山の稜線が黒く、油田火災で発生する黒煙のようなものに覆い隠されてゆく。
 それは舞い上がる大量の紅や黄色の木の葉と相まって、まるで山そのものが燃え上がっているようにしか見えない。
「……ドキュメントによると、エンマーゴの吐く黒煙は植物を枯らす力があるそうです。ですから、これは――」
 シノハラ・ミオの説明は途中で途切れた。

 揺らぎ舞い踊る炎の中から、現れた。
 地獄の裁判官が、憤怒の形相を以って。
 人には理解できぬ――しかし、怒りとはわかる咆哮を挙げて。
 口から黒煙がたなびく。
 手にした刃がきらめく。
 盾が光を弾く。
 髭が踊り、その鋭いと形容するには凶悪すぎる眼光が、この世の罪人どもを睨む。
 その姿、まさしく灼熱火炎地獄に傲然と立つ閻魔大王。

 しばし――その光景を見た者はすべからくしばし、声を出すことを忘れた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 レイガは『閻魔大王』を知らない。
 だから、最初にその姿を見たとき、一番に思ったのは『ヤバイ』という言葉だった。一瞬遅れて、その言葉を喚起させた感覚・感情が襲ってきた。
 自分がこれから倒そうとした、左腕がむちの氷漬けになった怪獣よりも、この宇宙人だか怪獣だかもよくわからない敵の方が、遙かに強いと理屈ではなく感じられた。感じてしまった。それは、かつて宇宙警備隊隊長ゾフィーと相対したときの感覚そのもの。
 こいつが先だと、何かに急かされるようにレイガは飛び上がった。
 空中でトンボを切り、捻りも加えて――見よう見まねで流星キックを放つ。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

「よせ、レイガ!!」
 コクピットで、クモイ・タイチは身を乗り出して叫んだ。
 そんな技が通じる相手ではない。
 そう続ける前に、レイガの蹴りは躱され、交差するように青龍刀の一閃がレイガを薙いだ。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 湖を飛び越え、エンマーゴの後方に着地したレイガ。
 キックは躱されたものの、相手の一撃も受けなかった。戦いはここからだ。
 振り返っていつものファイティングポーズを構え――
「!?」
 左脇から右肩口へ、突如火花が走った。
 エンマーゴからは距離がある。いや、まだ奴は振り返りもしていない。
 だとしたら、これは。

 レイガはその場で斬られたかのように、地響きを立てて仰向けに倒れた。
 舞い散る紅と黄色の葉が、死出の旅を送るがごとくレイガに降り積もる。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 ガンフェニックストライカー。
『レイガちゃん!?』
「レイガ!!」
 ヤマシロ・リョウコの悲鳴とアイハラ・リュウの驚愕。
『――斬られたことに、後から気づく斬撃。あの怪獣、ただものじゃないぞ! 隊長!』
 クモイ・タイチの冷静な一言で、アイハラ・リュウは瞬時に我を取り戻した。
「ああ、レイガを援護する!! ――ミオ、ズラスイマーはどうだ!?」
『まだ凍結したままですが……体温上昇中! 長くは持ちません!』
「わかった。モニターは任せる! 今はこっちだ! 行くぞ、バリアント・スマッシャー!!」
 全砲門一点集中全力砲撃『バリアント・スマッシャー』。
 現在ガンフェニックストライカーが使いうる最高最大の攻撃。
 それを、振り返ったエンマーゴは盾で防いだ。
『うそ!?』
「なに!?」
 しかも、盾の表面に傷一つついていない。
「くそ、なら、連射だ!!」
 エンマーゴへ接近しつつ、バリアント・スマッシャーを立て続けに放つ。
 しかし、何発放とうともその左手の盾がことごとく阻む。そして、やはり盾に傷がつく気配もない。
「くそ! 何だ、あの盾は!? どんだけ硬いんだよ!?」
 アイハラ・リュウの言葉に反応したかのように、モニターへイクノ・ゴンゾウが現われた。
『隊長。ドキュメントZATによれば、あの盾はウルトラマンタロウのストリウム光線をも防いだとあります。真っ向勝負で壊せる代物ではないようです』
 イクノ・ゴンゾウの報告に、アイハラ・リュウは頬を引き攣らせた。
「なんだぁ!? それはつまり……リフレクト星人の盾みたいなもんか!?」(※ウルトラマンメビウス第34話登場)
『いえ、あれより厄介です。リフレクト星人の光線反射は、誘電体多層膜ミラー的構造による全反射ですが、エンマーゴの盾で防げるのは光線技に限りません。わかりやすく言えば、冗談みたいに強いとしか表現できないんです。冗談みたいにタフなズラスイマーと同じです』
『……つまり、壊しようのない無敵の盾ってこと? じゃあ、あの刀は最強の矛なのかしら』
『だったらさ、あの刀をあの盾にぶつけさせたらいいんじゃない? 確か、どっちも壊れるってオチをどこかで見た気がする』
 女性陣の無責任なおしゃべりに、アイハラ・リュウは苛つき、吠える。
「呑気なこと言ってる場合か! くそ! じゃあ、どうしろってんだ!?」
『隊長、それより厄介なのはその盾の扱い方だ。……こちらの攻撃をことごとくあれで防ぐほどの技量、決して侮れん! 外見に騙され――いや、外見どおりだと思うべきなのか?』
 敵を前にしたあのクモイ・タイチも戸惑いがち、という事実にアイハラ・リュウの表情がさらに歪む。
「ふざけやがって、たかが怪獣の分際で! ……よーし、だったらリョーコの案を採用して、あの刀であの盾を――」
『バカヤロウ! 落ち着け隊長! さっきのレイガを忘れたのか! 迂闊に近づくな!』
「だが、他に手はねえぞ! このままじゃあ――」
 アイハラ・リュウはキャノピーの外を見やった。
 サス沢山の麓は小河内ダムの南端でもある。もしエンマーゴがサス沢山を下りきり、そこを破壊した場合、流出する水量は――いや、もはや量は意味を持たない。多摩川流域一円が水没しかねない。ここは意地でも通せない。
『――隊長、代わって』
 そう告げるのはヤマシロ・リョウコ。
『ミオちゃん、火器管制だけあたしの方へ回せる? 隊長は操縦に集中して。そんでもってタイっちゃんはレイガに指示を』
「出来るのか、リョーコ!?」
『わかんない。動く的を外して射つなんてやったことないし。けど、とりあえずやってみる。このままじゃ、道が開けそうにないからさ』
「わかった、射撃は任せる。――ミオ!」
『はい、コントロールの分離完了しました。行けます』
「よぉし、行くぞお前ら!」
 三人分のG.I.Gがキャノピー内に響き渡った。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 レイガは切られた腹部を押さえつつ、何とか立ち上がった。
「ジュワ……(く、こいつ……)」
 エンマーゴはあちらを向いて、GUYSのでかい飛行体・ふぇにっくすなんちゃらとかいうのの激しい攻撃を、盾で受け止めている。
「シェハハ……(ちゃ〜んす)」
 両手を左へ伸ばし、右へと回す。光はその軌跡に集まり、右手が蒼く輝き始める。
「ジュワッ!!」
 狙いすました、ここぞという瞬間。相手はGUYSの連中の攻撃を防ぐのに手一杯のはず。
 立てた右腕の腹に左拳を押し当てて放つ、レイジウム光線。
 蒼い光線がエンマーゴを背後から――光線が斬られた。
「ゼア?(え?)」
 右手に持つ青龍刀で振り向きざまに蒼い光線をぶった切り、空中で虚しく爆発させてしまった。
「デュアアッッ!?(なんだと!?)」
 大きく振りかざした青龍刀で日の光を弾き、憤怒の閻魔大王がレイガに迫る。
 その気迫に呑まれたレイガは、咄嗟に封印を解いた。

 再現能力。

 過去に見た映像の中にも、素手で得物持ちと戦っている人間の姿はあった。
 その映像に基づいて、身体を動かす。相手は怪獣、今回は手加減の必要はない。
 少し身を引いて刃を躱し、腕を押さえ――
 間合いを一歩外すために後退った瞬間、再び袈裟懸けに火花が散った。
「!?」
 自ら下がっていたためか傷は浅い。切っ先がかすめただけだ。
 よろめきつつも、距離を置き、仕切り直す。
 今度は刃を振り上げ始めた瞬間に、頭を下げた低い態勢で懐に――
 その突進を止める盾。カウンターを食らい、大きく弾き飛ばされたところへ振り下ろされた刃がまたも胸を切り裂く。
「ゴゥアッ!!」
 辛うじて刃が威力を最大限発揮する間合いを外していたため、真っ二つにはならなかったものの、先ほどよりはダメージは深い。転がりながら左手を白く光らせて回復をするものの、回復しきれない。
(くっ……こいつ……なんだ!? おかしいぞ! 俺の動きが鈍いのか!?)
 そんなはずはない、と思い切って攻めに転じる。
(ともかく刀だ。あの刀さえ封じれば――)
 刀に意識を集中させ、それを躱して押さえようとする。しかし、なぜかエンマーゴの動きはレイガの一歩先を行く。
 振り下ろされた刃はそのまま翻って逆袈裟を描き、もしくは振りかぶる最中で軌道を変えて水平に薙ぎ払われる。そんな中でようやく見つけた必殺のタイミングで放つ蹴りも拳も、盾が防いでしまう。
(何だ、何で全部先を行かれる!? こいつ……怪獣じゃないのか!?)

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 ガンフェニックストライカー。
 モニター画面のヤマシロ・リョウコが泣きそうな顔で訴える。
『レイガちゃん、やられっぱなしだよ! タイっちゃん、何か指示はないの!?』
「無理だ」
 そう吐き捨てるように呟いて、クモイ・タイチは操縦桿を握る手に力を込める。
「地力が違いすぎる。いくらレイガでも、本物相手ではどうにもならん」
『本物って……そうだ、あれ! 再現能力とかいうのは!? 達人の技を再現できるんでしょ!?』
「もうやってる。その上で、さらにその先を行かれているんだ。俺が今、なにかを指示したところで、さらに攻防のテンポがずれて遅れるだけだ。レイガを助ける手にはならない」
『じゃ、じゃあ隊長! レイガちゃんを援護しなきゃ! 射てる位置へ移動してよ!』
『あんな接近戦やってる最中にぶっ放す気か! レイガにも当たっちまう! それにあのエンマーゴ』
 アイハラ・リュウの濁した言葉を、クモイ・タイチは引き取って口にした。
「ああ、隙がない。レイガを相手にしながら、なお俺たちへも牽制を忘れていない。さっきの攻防でも、ヤマシロ隊員の狙撃をことごとく防いだことから考えて、下手に射っても防がれるか、レイガに当たるだけだ。……こいつはまずいぞ」

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 奥多摩湖・小河内ダム近傍・水と緑のふれあい館前。
 クモイ・タイチの解説を聞いていたセザキ・マサトも青ざめていた。
「あのレイガが子ども扱い? 再現能力を使ってさえ? ……シラサワさん、あれ、いくらなんでも怪獣にしちゃ強すぎませんか!? あれじゃまるで人間の――」
 シラサワ・ヒョウエノスケは腕を組んだまま、難儀そうに顔をしかめていた。
「じゃから、あれは人の心が生んだものと言っておろうが。あれが出現した年代を覚えておるか?」
「え? ……え〜と、戦国時代でしたっけ?」
「慶長年間じゃよ。いわゆる桃山時代じゃな。ほれ、信長とか秀吉の頃じゃ。そりゃもう日本全国あちらこちらで戦、戦の時代よ。そんな時に民草の心から生み出された大妖怪が、そこいらの武将ごときに負けるような強さであるはずがなかろう。その姿が地獄を統べる閻魔大王ときては、余計にのぅ。閻魔王は少なくとも人ごときに負けぬ存在でなくてはならん。ゆえに負けぬ」
「閻魔大王で? 人ごときに負けない存在? だから負けない? ……なんですか、その理屈は」
「人の心から生み出されたる存在、妖怪とはそうしたものじゃ。お主ら得意の自然科学とやらの論理や理屈を超えた場所におる。人の想像の赴くままに、奴らは限りなく強くもなり、限りなく弱くもなる。それが強みであり、弱みである。お主、サトリという妖怪の話を知って――」
「…………ちょっと待って」
 片手で顔を押さえ、必死で思考を巡らせていたセザキ・マサトは、シラサワ・ヒョウエノスケに向かって掌を向けていた。
「なんじゃい」
「待って……ええと…………じゃあ、なんですか? つまり、エンマーゴ自身の技量が誰より強い弱いという話ではなく、必ずその時相対した敵より強くなる、という理解でいいんですか?」
「まあ、そうじゃな」
 たちまちセザキ・マサトは渋い物でも食べたような顔になった。
「なんだそのチート。後出しジャンケンもいいところじゃないか。そんなのがまかり通るのはゲームの世界だけだろうに。じゃあ……結局、レイガは初めから勝てないようになってるってことじゃないですか」
 シラサワ・ヒョウエノスケは向こう岸を見やった。エンマーゴと相対し、攻めかかろうとしながらもことごとく阻止され、ひたすら切り刻まれている巨人を。
「れいがというのが、あの青い奴だとするなら、おそらく肉弾戦では決して勝てまいな」
「決して負けないという特殊能力……もし、そんな運命を操るみたいな、冗談じみた、嘘みたいな、本来あってはならない、決して認められない、ムカつくような、人を小馬鹿にした、ぜっっっっっ……ったいに許しがたい能力が、マジに存在するとして」
「えらく徹底的に否定するのう」
 愉快そうに笑うシラサワ・ヒョウエノスケ。フジサワ住職もにやついている。
 セザキ・マサトは吼えた。
「当たり前です! 強いから強い!? いくらボクでも、そんな腹の立つふざけた設定、許せませんよ! ほとんど子供の妄想じゃないですか! ああ、そうか妄想から生まれたんだからそうなのか。――っていうか、道理でレイガが苦戦してるわけだよ! タロウの首もすっ飛ぶわけだよ! それで!? とどのつまり、どうやったら勝てるんですか!? シラサワさんのご先祖様はどうやってあれを倒したんです!? 今の話が本当なら、誰も勝てないじゃないですか!!」
「その通り。簡単に倒されてはならぬのだからな」
 封印したという過去の現実とは矛盾した答を、しれっと吐くシラサワ・ヒョウエノスケ。
「絶対の正義である閻魔大王は。人では決して勝てぬ。だからこそ、民草は神仏にすがり、その怒りを鎮めてもらおうとするのじゃ。ご先祖様が倒すのではなく、封じた理由もそこにある。あの青いのが神仏でもない限り、勝つのは難しかろう」
 またも斬られて倒れるレイガ。
 その苦鳴に誘われるように振り返ったセザキ・マサトの表情が歪む。
「ああ……レイガは人間だよなぁ。馬鹿がつくぐらい、人間臭い人間なんだよな、あいつ。けど、それじゃつまるところ、今のままじゃどうにもならないんじゃないか……何か、何か手は……くそ」

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 薄氷の戦いを続けていたレイガ。ついにその均衡を崩す時が来た。
 鋭さを増す一方の斬撃をなんとかかいくぐり、その右腕にしがみついたレイガは、膝蹴りを脇腹に叩き込んだ。そして、チョップを顔面に――
 その時、大地を震わせる咆哮と共に、エンマーゴの口から大量の黒煙が噴き出した。
 それは辺りの視界を閉ざすだけでなく、生えている木々を次々と枯らしてゆく。
 まともに浴びたレイガが苦しむ。
 その隙を逃さず腕を振りほどいたエンマーゴは、まだ漂う黒煙に向けて盾を突き出した。
 鉄板で殴られる鈍い音が響いた。
「グアッ!」
 顔面を殴られたレイガが、黒煙の中からたたらを踏んで後退る――その瞬間、黒煙ごと断ち割るようにしてエンマーゴが青龍刀を振るった。
 レイガはバランスを崩している。誰が見ても躱しようのない間合い。水平にきらめき走る青龍刀の刃。明らかに首を狙っている。
「(しま――)」

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

「いかん!!」
 郷秀樹はその瞬間、右手を高々と差し上げた。
 光が集まり、あふれ出す。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――
 
「シェアアッ!!」
 突如現れた新マンのウルトラキックがエンマーゴの肩を蹴った。
 青龍刀の斬撃軌道がずれ、レイガの頭上を通過する。危うく首は事なきを得た。
 空中で一回転して、レイガの前に着地する新マン。
「ダアッ!」
 いつもの構えでエンマーゴを牽制――だが、エンマーゴは恐れることなく再び青龍刀を振るった。
 鋭い斬撃を、後退りしつつも身体を前後左右にねじって躱す新マン。
 やがて、一瞬訪れた隙を突いて蹴りを入れた――が、盾で止められた。
「デュワッ!?」
 チャンスの後のピンチ。
 すぐさま襲い掛かってきた刃を、大きく伸身後転して躱す。
 何度か後転を続けて距離が空き、両者の間にようやく静寂が訪れた。今の攻防で強敵と認めたのか、エンマーゴも無闇に攻め込まず青龍刀と盾を構えている。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 ガンフェニックストライカー。
「……肝を冷やしたぜ、レイガの野郎」
『さすが新マン、絶妙のタイミングだね』
『だが……彼の技量でもあの青龍刀を捌くのは難しいだろう。……というか、また鋭さが増してないか?』
『そう言われても……私にはよくわからないわね。どっちも凄すぎて』
 ガンフェニックストライカーは、エンマーゴの背後を旋回していた。新マンとエンマーゴの戦いに割って入る隙が見えなかったことと、新マンの光線技などの流れ弾を受けないように、様子を窺っている。
 一方のレイガも、両者の間合いに踏み込めずそれぞれを交互に見ている。
『レイガちゃんも入れないみたいだね。――タイっちゃんならさ、体格差はともかく技量的にはなんとかできそう?』
『んー……あいつよりはマシには立ち回れると思うが、素手と武器持ちの差はでかい。正直、自信を持って勝てるとは言えん』
「タイチがそこまで言うとなると、相当なものなわけか」
『日本の剣道とは全く異なる動きだからな。さすがの俺も、大陸剣術となるとそんなに経験はない』
『全く無い、じゃないところが凄いね。タイっちゃん』
『いずれにせよ、さすがはウルトラマンタロウの首を飛ばしたというだけのことはある。だが……』
「動くぞ!!」
 クモイ・タイチの疑問を遮って、アイハラ・リュウは叫んだ。
 新マンが、立てた左手首に右手を添えていた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 右手を頭上高くに掲げる。その手に現れるミサイル状の物体――ウルトラスパーク。
「デェアッ!!」
 投げ放った三日月形の光の刃を、盾が弾く。
 戻って来たウルトラスパークを再び高く掲げる。その先端から放たれる光線ウルトラスーパー光線。
 しかし、かつてサータンを倒したその光線も、盾に防がれてしまった。
 ならばと、ウルトラスパークは即座にその手の中で形を変えた。ムチに。
 長くしなる白いムチを打ち振り、エンマーゴの手を狙う。
 エンマーゴは青龍刀を操って全て叩き落とした。
 三度姿を変えたのは、ブレスレットニードル。
 エンマーゴが大陸剣術ならば、新マンはフェンシング。
 だが、エンマーゴの盾はここでも威力を発揮する。
 突きが届かない。あらゆる突きを、青龍刀と盾が防ぎ切る。
「ジュワ(……さすがはタロウを追い詰めた怪獣)」
 ブレスレットを左手首に戻した新マンは、改めて構えを――
「デュワッッ!!(ジャック! 合わせろ!)」
 背後からの声に振り返れば、レイガが光線の発射態勢に入っていた。
 頷いて、両手を十字に組む。
 二人から放たれた光線は途中で合流し、エンマーゴを襲う。
 スペシウム光線とレイジウム光線の合体光線。
 そして、エンマーゴは当然のごとくそれを盾で受け止めた。
 レイガのレイジウム光線、ガンフェニックストライカーのバリアント・スマッシャーとは比較にならない威力の光線が盾を灼く。
 その威力に負けじと、盾を掲げ続けるエンマーゴ。その咆哮が盾表面で弾ける炸裂音を凌ぐ。
 そして、爆発が起きた。広がる爆炎。立ち込める白煙。
 光線発射態勢を解いた二人は、改めて鏡写しの構えで待ち受ける。
 
 やがて。

 白煙が吹き散らされ、エンマーゴが姿を現わす。
 その左手の盾は――健在だった。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 小学校への帰途についているバス。
 画面に釘付けになっていた生徒たちの間から、ため息が漏れる。
「合体光線でもダメだなんて……」
「こんなの勝てっこないよ」
「ウルトラマンが負けたら、どうなるのかな」
 その声に、イトウ・シンジが席上で振り返って答える。
「多分、ダムが破壊されて大量の水が溢れ出すよ。そうなったらこの辺り一帯、大洪水だ。ぼくらだって押し流されて……みんな死ぬんじゃないかな?」
「ちょっと、イトウ君!!」
 あまりに物騒な、パニックの引き金となりかねないその発言に、まずヨシカワ先生がパニック寸前の表情で声をあげる。
 しかし、イトウ・シンジは続けた。
「CREW・GUYSがウルトラマンに任せて引き上げないのはそのためさ。ウルトラマンが戦えるのも短い時間だけだしね。ウルトラマンも、GUYSもここで退いたらダメなことをわかってる。ぼくらは、GUYSとウルトラマンに守られてるんだ!」
「イトウくん……」
「ひがしっちー……」
 バスの中を一通り見回したイトウ・シンジは、最後にシブタ・テツジを見て頷いた。
 頷き返したシブタ・テツジも、彼に倣って席の上に膝を着いて、後ろを見る。
「みんな、ウルトラマンとCREW・GUYSを応援しようよ! ぼくらの気持ちは絶対、ウルトラマンにもGUYSにも届く!」
 バスの中でお互いに頷き合う生徒たち。それは伝播してゆく。
 そして――まず、ハラ・テルオが立ち上がった。
「がんばれ、ウルトラマン!」
 続いて、ミヨシ・ヒロムが。
「負けるなー、GUYS!」
 次々に、生徒たちから声が上がる。
 やがて、一人残らず生徒たちは声援を送り始めた。
 イトウ・シンジとシブタ・テツジも席に座り直し、画面に向かって声援を始めた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 奥多摩湖・南東湖畔サス沢山頂上。
 グロテス星人は立ち上がって両手を打ち鳴らした。
「ふははははは、素晴らしい。素晴らしいぞ、あの怪獣は! ウルトラブレスレットをことごとく防ぎ、ウルトラ兄弟の合体光線でさえものともせぬとは! 必殺の一撃を退けられてはショックは避けられまい。今こそチャンスだ! ――行け!! 止めを刺せ!」
 横倒しになってグロテス星人の腰掛けになっていたお地蔵さんの、もはやかすかな凹凸になってしまっている両目が光った。
 ひとりでに立ち上がったかと思うと、そのまま巨大化してゆく。
「バ〜チ〜ア〜タ〜リ〜メ〜」

 そして、グロテス星人も。


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