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ウルトラマンメビウス外伝 RAYGA

 第11話 封印怪獣総進撃 その6

 ガンローダーは多摩川を低空飛行で遡上して奥多摩湖へと向かう。
 その後部座席に座ったシノハラ・ミオは、途中で聞こえた非科学的な話にはとりあえず無視を決め込み、これからの作戦のための各種管制・機器の準備調整を行っていた。
「……オッケー。クモイ隊員、こっちの調整は終了。準備できたわ」
「G.I.G」
 ぶっきらぼうな返事と共に、ガンローダーは速度を上げた。
 すぐに白い小河内ダムが視界に見えてくる。
 シノハラ・ミオは先行しているアイハラ・リュウのウィンドウを、モニターの最前面に呼び出した。
「隊長、準備できました。こちらのタイミングはクモイ隊員に任せます」
 しかし、アイハラ・リュウは首を振った。
『いや、ここはお前がやれ。現場は四体の怪獣がひしめき合うんだ。タイチには回避と態勢保持に専念させろ』
「G.I.G。では、火器管制は私が。……クモイ隊員、発射タイミングで動かないようにしてね。合図、決めとく?」
「いや、必要ない。シノハラ隊員の気配でわかる。タイミングはシビアだ。こっちは気にするな。合わせてみせる」
「助かるわ。お願いね」
「G.I.G。――ダムを越えるぞ!」
 小河内ダムを飛び越え、広がる湖面、湖畔に蠢く巨大な影。
 CREW・GUYSと怪獣軍団の戦闘が始まった。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 元封印の大岩前。
 グロテス星人の写真を見て危うく出そうになった「あいつらか」という言葉をシロウは呑み込んだ。
 無生物を巨大化させて暴れさせる不思議な術なり科学技術なりを持っており、単身で侵略先の星へ乗り込み、兵力を現地調達して侵略活動を進めるという非常に効率的な兵力運用を行うことで有名な星人だ。
 幾多の星において現地の古物を巨大化・暴走させる手で侵略をしているため、文明程度の低い星ではしばしば、信仰対象である超常者の像、いわゆる御神体が、ある日突然巨大化して住民に襲いかかる、という悪夢のような光景を生んでいるという。
 確か、過去にも地球に侵略の手を伸ばしていたとも聞いた気がする。ウルトラ兄弟の誰が倒したかまでは、覚えていないが。
 それがここに来て、ここに並ぶ石の像のうちの一つを持っていったとすると、その目的は自ずから判り切っている。
(……今はまずいな。後でリョーコ辺りには知らせておくか)
 その心配を表情に出すことなく、シロウはここであったことを話してくれたイトウ・シンジの前で屈みこんだ。
「いきさつはわかったぜ。でもまあ、星人と遭遇して無事だったのは運が良かったな。本当によかった」
 軽くその頭を撫でてやる。しかし、一同の顔色は晴れない。
 立ち上がったシロウは、呆れ気味に溜息をついた。
「ったく、なんだなんだ。せっかく助けに来たのに、なにが不満なんだよお前ら。なにをびくついてんのか知らねえけど、俺は別に怒ってないし、怒る気もねえぞ」
「でも、迷惑かけちゃったのは確かだし……」
「迷惑じゃねえぞ、てっちゃん」
 シロウは再び膝を屈めて、シブタ・テツジの肩に手を置いた。
「友だちのてっちゃんが危ないって聞いたから、俺は俺の勝手で助けに来たんだよ。だから、そんなのは迷惑なんかじゃねえ」
「え、あ……うん」
「だろ? だったら、いいじゃねえか。だいたい、男がそんな小さなこといちいち気にすんな。面倒くせえ」
 軽く肩をぽんぽんと叩いて立ち上がる。そして、他の四人を見回した。
「ともかく、もうやらなきゃいけないことは終わったんだな? だったら、あの建物ンところへ送り届けてやるよ。ちゃんとあの……なんだっけ、怪獣……怪獣……え〜〜と、あれだ。なに?」
「……博物館?」
 額を押さえて記憶を探るシロウに、小首を傾げたイトウ・シンジが助け舟を出す。
「そう! それ!」
 ぱっと顔を輝かせたシロウは、びしっと指をイトウ・シンジに突きつけた。
「その怪獣博物館まで送ってやるからよ」
「あ、はぁ……アリガトウゴザイマス」
 口では感謝しつつも、疑わしげな眼差しのイトウ・シンジ。
 同じ気持ちだったのか、ハラ・テルオがすぐに口を挟んだ。
「でも、どうやってだよ? 来た道はなくなっちゃってるし、森ん中は通れねえぞ? 土砂崩れのところだって、下りてる最中に崩れてくるかもしれないし。かといって、ここらは全部崖だしよ」
「そうですよ。だいたい、オオクマさんはどこからここへ? 最初にてっちゃんのところに現れたということは、あの下の見えない位置に実は道があるんですか? 第一、そもそもぼくらがここにいるって、どうしてわかったんですか?」
 矢継ぎ早の反論と機関砲のような質問。
 たちまちシロウは面倒臭そうな表情になった。事実、面倒臭い。自分がウルトラ族だとばらすのが一番早いが、それこそ後々面倒になりそうだ。
「あ〜、まあ。なんていうか……その〜……………………別にいいだろ、そんなこと」
「よくねえよ!!」
「よくないですよ!!」
「うるせえよ! だったら置いていくぞ!!」
「ごめんなさい」
「連れてって下さい」
 見事な掌返しで頭を下げる二人。
「最初からそういう態度でいりゃあいいんだ。じゃあ――」
「あー、待って」
 止めたのはイトウ・オサムだった。
「なんだよ、おさむっちー。まだ文句あんのか?」
「あ、うん。シロウ兄ちゃんには関係ないんだけど……ねえ、みんな。このまま帰っちゃっていいのかな?」
 変な発言に全員小首を傾げる。
「おさむっちー、なに言ってんだよ?」
「他にやることなんかないだろ?」
「岩の欠片でも持って帰るの?」
「遅れたら遅れるだけもっと怒られると思うんだけど」
「それだよ。……せっかく星人を見たんだしさ、全部星人のせいにしちゃわない?」
 にへら、と笑うイトウ・オサム。
 シロウの顔色が険しいものに変わった――が、誰も気づかない。
「ああ、なるほどね。星人にさらわれたことにして――」
「そりゃいいな。それだったら、俺たち怒られないかも」
「襲われたのは事実だもんね」
「……えーと」
 シブタ・テツジだけが、話の最中にシロウのムッスリした表情に気づいて、賛成を躊躇った。
「じゃあ、オオクマさんも口裏を――」
 イトウ・シンジが屈託ない笑顔で振り返る。
「断る」
 一刀両断。腕を組んで目尻を吊り上げたシロウに、五人の表情はたちまち硬張った。
「ふざけんな。なんだ、その嘘は」
「え、いや、だって……ねぇ」
 イトウ・シンジの同意を誘う笑みに、ハラ・テルオも頷く。
「そうそう、ヨシカワ先生って面倒なんだよ。怒ってる最中に泣くし」
「泣き出したら、他の先生も寄って来て、さらに怒られるし」
「勝手に泣くのに、ぼくらのせいにされちゃうんだもん」
「……みんな、あの……」
「んなことはどうでもいい。それより、俺が言ってるのは星人のせいにしようって言ってることだ!」
「え? そっち?」
「なんで?」
 星人=侵略宇宙人の図式を教えられている子供たちは、意味不明のていで顔を見合わせあう。
「嘘をつくなとは言わん。相手は侵略者だし、お前らは怖い思いもしたんだ。それぐらいはまあ、いい。お互い様の自業自得だ」
「じゃあ、なにを……」
「お前ら、その先生の言いつけを破ってここへ来たんだろうが」
「うん」
「だって、なぁ?」
「つまんないんだもんね、あそこ」
「へらへらすんなっ!!」
 その一喝で、五人の小学生は反射的に背筋をびっと伸ばしていた。
「元々、お前らがその博物館とやらへ連れてきてもらったのは、その言いつけを守るって約束したからじゃねえのか。けど、いざ着いたらその約束を破ってでもここへ来たくなったから来た、そうだろうが?」
「あ、いや。その……うん……」
「約束を破ってまで来たかったことが何かは、知らんし、聞かん。だが、そうまでしてでも、やらなきゃいけなかったんだろ?」
「え〜……と」
 シブタ・テツジ以下五名はあやふやに頷くしか出来ない。実際のところ、そこまで重大な決意を秘めてきたわけではないのだから。ただ『怪獣寺』の文字に惹かれ、好奇心にかられて後のことなど考えずにその場のノリで動いただけ――とは、この状況では言い出しづらい。
「ここへ来た目的は達したのか、ひろむ!」
「あ、えと……うん、まぁ……」
「やり残しはないのか、おさむっちー!」
「……ない……です」
「そっちの二人はどうだ!」
「いえ、特に……」
「もう、別に……」
 それぞれに目をそらしたまま、あやふやに、口ごもるように答える。
「だったら、嘘なんかつくな。胸張って怒られてこい。それが男のけじめだ」
「……はあ?」
 シロウは怪訝そうなハラ・テルオの前に屈みこんだ。その目を真っ直ぐ見て、その胸に、拳を押し当てる。
「いいか。どういう理由があっても、お前らはお前らの意思で約束を破ったんだ。約束を破るってのはなは、相手の心を無視して、傷つけたってことなんだよ」
 横に動いて、イトウ・シンジの胸に拳を押し当てる。
「お前らだって、心だろうが身体だろうが傷つけられたら怒んだろ? 自分の勝手で約束を破って、相手を傷つけちまったからにはきちんと謝れ」
 イトウ・オサムは胸に当てられた拳とシロウの顔を何度も交互に見直す。
「そんでもって、自分の気持ちと事情をきちんと説明して、その上で相手の気持ちをもう一度きちんと受け止め直さなきゃダメだ」
 ミヨシ・ヒロムは少しためらいつつも、頷いて聞いている。
「そんな大事な場面で、嘘なんかで逃げるな。気持ちを受け止めることから逃げるな。そこでつく嘘は、自分につく嘘だ。一番醜い嘘だ」
 シブタ・テツジは、拳を押し当てられながら誰よりもはっきり頷いていた。
「相手が気持ちを拳骨に込めたなら、拳骨を受ける覚悟を決めろ。怒ることに込められてるなら、怒られる覚悟を決めろ。それを胸張って受け止める。それが、男のけじめってもんだ――お前ら、男だろ?」
 立ち上がったシロウが、全員を見回しながらにやりと頬を歪める。
 全員が頷いた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ―――――― 

 奥多摩湖畔。
 戦場を猛スピードで横切って飛ぶガンブースター。
 その切れ味鋭い機動に、ズラスイマーのむち、タブラの目から放つ破壊光線、ネロンガの電撃放射、それに湖の中から飛び出すオクスターの舌も追いつけない。
 完全にスピードで翻弄し、囮と牽制の役目を果たしている。
 その間に、ネロンガに対する攻撃態勢は整っていた。
 倉戸山の北斜面方向から時計回りで湖へと進入してくるガンウィンガー。そして並んで飛ぶガンローダー。
 ガンウィンガーが金色の輝きを放ち、変形を開始する。その機動が揺れ、残像が幾重にも重なる。
 二発のスペシウム弾頭弾が、鳥の足を模したようなトランスロード・キャニスターから放たれた。
 超絶科学メテオール・ミサイルが命中する寸前、今度はガンローダーから青い弾丸が放たれる。
 それはネロンガの頭上で炸裂し、薄水色のクリスタル状バリアになってスペシウム弾頭弾ごとその巨体を包み込んだ。
 内部で起きる爆発。それはキャプチャー・キューブ内部で複雑に反射・増幅されて威力を天井知らずに高めてゆく。
 その間に、ガンウィンガーとガンローダーは、次の獲物へと向かった。
 殺気を感じたか、振り回されるタブラの尾を避け、同じ戦法でダメージを与える。
 やがて、ガンウィンガーが60秒のタイムリムットを迎えた時、その結果は――

 ―――――― ※ ―――― ※ ―――――― 

 ガンウィンガー・コクピット。
 ズラスイマーの鞭を躱し、ガンローダーとともに再び倉戸山の北側へと逃れたアイハラ・リュウのモニターに、サコミズ総監が映った。
『リュウ隊長、よくやった。ネロンガの生命反応は消えた』
「よっしゃー!! まずは一体!」
 思わずガッツポーズ。
『だが、タブラの方はまだ生きている』
「あれでダメなんて……くそ、しぶてぇな」
『千年二千年と封印されていてもぴんぴんしている生命力は伊達じゃない、ということなんだろうな。まあ、二体同時に葬るというのは、確かに少々虫が良い計算だったかもしれない。だが見ろ、リュウ。タブラも全くの無傷というわけではない』
 サコミズ総監のウィンドウから、タブラを撮影しているカメラ映像のウィンドウに切り替わる。
 足取りがおぼつかず、なんとか立ち上がったものの、そのまま再び斜面に横倒しになる。確かにかなり弱っている。
「足に来てますね」
『マケット・ゴモラに投げられ、ガンローダーに投げられ、閉鎖空間内でスペシウム弾頭弾をもろに食らったからね。もう一息だ』
「G.I.G。じゃあ、作戦を次の段階へ進めます。――ミオ、準備はいいか!?」
 シノハラ・ミオのウィンドウが前面に出てくる。
『はい、隊長。すでに準備は整っています。いつでもどうぞ』
「わかってるとは思うが、初めての実践投入だ。そいつのコントロールはお前がきちんとしろよ」
 シノハラ・ミオは頷いた。
『任せてください、隊長。新人を躾けるのは得意です。やってみせます』
 いつもの厳しいお姉さんの顔つき。三角メガネのレンズが白く光を弾く。
「頼もしいな。――じゃあリョーコ、そっちも手はずはわかってるな!」
 湖上で一人飛び回って怪獣たちをその場に釘付けにしているヤマシロ・リョウコが、モニター画面に出る。
『はいは〜い、G.I.Gでぇ〜す! 狙うのはまずタブラでいいんだよね?』
「ああ、そうだ。タブラ、ズラスイマーの順だ。頼むぞ」
『肉弾戦は得意じゃないんだけど、大丈夫! 泥舟に乗ったつもりでど〜んと、任せて! G.I.G!』
「忙しいんだ、突っ込まねえぞ!! ――じゃあ、サコミズ総監!」
 再び画面に登場したサコミズ総監が力強く頷く。
『ああ。【ペンタグラム】第三段階開始! GUYS・サリー・ゴー!!』
 サコミズ総監の号令の下、三機のGUYSメカは再び湖上へと舞い戻る。

 ―――――― ※ ―――― ※ ―――――― 

 多摩川沿いの道路を上流のダムに向かって移動中の車内。
「ネロンガは倒したみたいですね」
 メモリーディスプレイを見ていたセザキ・マサトの報告に、シラサワ・ヒョウエノスケは相好を崩した。
「ほほう。なかなかやるのぅ、がいずとやらも。くっくっく、じゃが、禰呂牙(ねろが)は五大妖怪の中では最弱。これからが本当の――」
「あーはいはい。もちろん、次の手も考えてあります。って言うか、次からが本番なんですけどね。つまり――ふっふっふ、今の攻撃ぐらいで驚いてもらっては困るな。今のは我々の攻撃の中でも最弱……とは言わないが、普通の攻撃なのだ」
「ほほう。抜かし寄るわ、若造が」
「ふっふっふ」
「くっくっく」
 妙な含み笑いが車内に漂い満ちる。
 セザキ・マサトはすぐに元の表情に戻った。
「まあ、本当は次の作戦ででもネロンガは倒せたんですけどね。さすがに怪獣を三体同時に牽制・誘導するのは、CREW・GUYSといえども無理がありまして。特殊攻撃にも時間制限があるので、とりあえず頭数減らしておこうということなんですよ」
「ふ〜む。色々考えておるのだのぅ。わしはまた、近代科学技術の威力に物を言わせて、むやみやたらに攻撃しておるのかと思っておったのじゃが……これは認識を改めねばならぬのぉ」
「はは、昔も今も、力押しだけで倒せるようなのはいませんよ。怪獣でも妖怪でも。いつの時代でも一番必要なのは、知恵の力です。……さあ、次の作戦段階が始まりますよ」
「うむうむ。では、若手の知恵とやら、お手並み拝見と行くか」

 ―――――― ※ ―――― ※ ―――――― 

 奥多摩湖上空。
 孤軍奮闘を重ねるガンブースターに加え、ガンウィンガーが支援に入った。
 ガトリング・デトネイターとウィングレッド・ブラスター、ビークバルカンによる弾幕を、ズラスイマーとタブラにとめどなく浴びせて、その場に釘付けにする。
 奔る光条、炸裂する火花、轟く怪獣の咆哮。
 いたずらに振り回すムチは二機の速度を捉えきれず空を切り、タブラの尾も破壊光線も、機体をかすることすらない。湖中に沈むオクスターに至っては、もはや諦めたのか、さっぱり舌を出さなくなっていた。
『ガァァァァトリングッ!! デトネイタァァァァァッ!!!』
 お得意の熱血咆哮をあげて、ガンブースターがタブラを集中的に攻撃する。
 その間はズラスイマーの眼前をガンウィンガーが通り過ぎ、注意をそらす。絶妙のコンビネーション。
 やがて、二体の怪獣は怒りに任せて目の前の敵を追い、もしくは弾幕の威力に押され、奥多摩湖に足を踏み入れた。
『あといっぱぁっつ!!』
 ガトリング・デトネイターをもろに食らったタブラは、湖中によろめいて膝をつく。
『よっしゃー! 今だよ、ミオちゃん!!』
『シノハラ隊員、メテオール解禁!』
 ヤマシロ・リョウコの叫びに、サコミズ総監の命令が下る。
 シノハラ・ミオは起動認識装置に差し込まれたメモリーディスプレイに接続したマケットを起動させた。
「はい、総監! マケット・スノーゴン、リアライズ!!」
 ガンローダーから放たれた一条の光芒が湖畔で炸裂し、高分子ミストの輝きが渦を巻く。
 そして、その中から全身を白毛で覆われた、一本角の二足歩行型白熊怪獣が出現した。
 象にも似た声で鳴いて示威するスノーゴンに、早速シノハラ・ミオの指示が飛ぶ。
「スノーゴン! 冷却ブレスで湖ごと怪獣を凍らせなさい!!」
 再び一鳴きしたスノーゴンは、合わせた両手の間と口から白い煙のようなガスを物凄い勢いで噴き出し始めた。
 白いガスに触れた水面は、ほぼ瞬間的に凍りついた。波はその形のまま固まり、水中に泳ぐ魚は逃げることもできずに動きを止める。ぎしぎし、びきびきという不気味な音が鳴り響き、湖面は白く染められ、その範囲は見る見るうちに広がってゆく。
 周辺の木々も噴き出した霜で真っ白に染まり、梢からいくつものつららが枝垂れ下がる。
 湖中にあった怪獣たちもまた、その影響から逃れられない。
 湖底にあって視認できないオクスターはともかく、タブラとズラスイマーの体表もたちまち白い霜に覆われてゆく。口に、角に、腕に、尾につららが物凄い勢いで育ってゆく。それにつれて動きは徐々に緩慢になってゆき、ついに二体の怪獣は完全に動きを止めてしまった。
 左腕のむちを振り上げたままのズラスイマー。
 反撃しようとしたのか、舌を伸ばしたままのタブラ。
 ガンローダーの後部座席で、各種センサーを確認していたシノハラ・ミオは頷いてサコミズ総監に報告する。
「ガンローダーのセンサーにて、怪獣の内部まで氷点下200度に低下したことを確認しました。――スノーゴン、もういいわよ! あなたはズラスイマーに攻撃!」
 命令に応じて、白く霜を噴き、頭部の蛇にもつららを下げたまま止まっているズラスイマーへ向かうスノーゴン。完全に氷結した湖上を歩くものの、氷は全く割れもせず、ひびも入らない。
 大きく腕を振り上げたスノーゴンは、ズラスイマーを殴り始めた。
「――お待たせ、ヤマシロ隊員!」
『ヤマシロ隊員、メテオール解禁! ダブラを倒すんだ!』
 サコミズ総監の指示に従い、ヤマシロ・リョウコはメテオール解禁レバーを引く。
『G.I.G!! パーミッション・トゥ・シフト! マニューバ!! メテオール、スパイラル・ウォォォォォォルっっ!!』
 秋の空に黄金の輝きを放ち、ガンブースターが変形する。機体各部のイナーシャル・ウィングを展開し、そのまま前方への回転を開始。たちまち金色の球体がガンブースターを包んだ。
 そしてそのまま、身じろぎ一つしない冷凍タブラへ突っ込む――次の瞬間、タブラは呆気なく木っ端微塵に粉砕された。爆発するように広がったタブラの破片が、湖上一帯にダイヤモンドダストとなってきらめき踊る。
『やっりぃ!! たいちょー! そーかん! みんな! やったよ!! 二体目撃破だよ!!』
 画面の中のサコミズ総監は、嬉しそうに頷く。
『よくやった! いいぞ、リョーコ! そのままズラスイマーもやっちまえ!』
『G.I.G!!』
 アイハラ・リュウにけしかけられ、ヤマシロ・リョウコはスパイラル・ウォールを保ったまま、もう一体へ機首を向けた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ―――――― 

 多摩川沿いの道路を上流のダムに向かって移動中の車内。
「こりゃまた、えらいことやらかしとるのぅ」
 運転席と助手席の間から差し出されたセザキ・マサトのメモリーディスプレイで作戦状況を見ながら、シラサワ・ヒョウエノスケは目を丸くしていた。
「さっきの手振(たふら)をぶん投げた式神もすごかったが……湖ごと凍らせるとは、いやはやすごい式神もおったもんじゃ」
「これは、オマージュですね」
「おまーじゅ?」
 セザキ・マサトは頷く。
「かつての怪獣頻出期の最後、UGMの時代です。ウルトラマンの力を借りずに怪獣を倒した作戦がありました。それをなぞっているんです。その時は凍らせた上で、巨大な鉄球をぶつけて粉砕したそうですが――」
「なるほど、今回はバリアを張り巡らせた戦闘機で体当たりか。どうしてどうして」
 シラサワ・ヒョウエノスケは嬉しそうに何度も頷く。
「偉大なる先達への尊敬を込め、過去の作戦を参考にしつつ、独自のやり方も編み出す。なるほど、確かに退治屋としての歴史は浅いが……その見識、その度胸、その進取の心意気、その魂、実に見事。実に天晴れじゃ」
「ありがとうございます」
「とはいえ、じゃ」
「やはり何かありますか」
 セザキ・マサトは待ってましたとばかりに頬を緩めた。
 シラサワ・ヒョウエノスケは腕を組み、片手であごひげを撫でながら考え込む。
「ふむ……氷は水を基に水気(すいき)の季節、冬に生じる。つまり、凍らせるというのは水気を極めた現象とも言える。ゆえに、水中妖怪である御牛頭陀(おごずだ)、水属性の妖怪である水魔に対しては、火を使うことほどには不適切な対処とは言えぬが……どこまで効いておるものか」
「効いていない可能性があると?」
「……わしの取り越し苦労であればよいがな。ともかく、これより先は今までのやり方が通じるとは限らぬ。気を抜くでないぞ」
 頷いて、セザキ・マサトは再びメモリーディスプレイに画面に目を落とした。

 ―――――― ※ ―――― ※ ―――――― 

 奥多摩湖。
 シラサワ・ヒョウエノスケの言葉どおり、異常が起きていた。
 かつて、凍りつかせたウルトラマンをバラバラに引き裂いたほどの力を持つスノーゴンがいくら殴っても、ズラスイマーはびくともしない。
 スパイラル・ウォールをまとったガンブースターの体当たりでも、身体の角度が変わっただけで壊れない。
 思わずヤマシロ・リョウコは悲鳴をあげていた。
『うっそぉ!? なにこれ!?』
「どういうことなの!? まだ凍らせ方が甘かっ――」
「!! 来るぞ! スノーゴンを引かせろ、シノハラ隊員!!」
 焦りを隠せないシノハラ・ミオに、クモイ・タイチが告げる――その時、湖面を覆う氷床が内側から割れた。
 割れて砕けて舞い散る大小取り混ぜた氷の塊の間から突き出す、真っ赤な二本の角。
 それはズラスイマー破壊に躍起になっていたスノーゴンを背後から串刺しにした。
「あ、ああああっっ!! スノーゴン!!??」
 シノハラ・ミオの悲鳴じみた呼びかけに答えるように、一声哀しげに吠えた白熊は、次の瞬間、光の塵となって飛び散った。
 そして、割った氷の下から姿を現わす新たな怪獣――異様に盛り上がった肩から前方へ長く突き出した赤い一対の角、その間にちょこんと収まっている、牛というよりは豚に近い牙の生えた顔。そこから背筋に沿って後方へと流れ並ぶ二列のたてがみ。
 そして、威嚇する声は水牛そのもの。
『――レジストコード・水牛怪獣オクスター出現!』
 イクノ・ゴンゾウの連絡が各機コクピットに響く。
『熊が牛に負けた!?』
 場を弁えない発言はヤマシロ・リョウコ。
「顔が半分凍りついてるな。それでか知らんが、相当怒っているようだ」
 あくまで冷静なのは、クモイ・タイチ。
 振り回す赤い角を危うく避けたアイハラ・リュウは悪態をついた。
『うお、あっぶねえ! くそ、奴は湖底から出てこないんじゃなかったのか!?』
『ドキュメントMATにも記載がありますが、短時間なら大気中にも姿を現わすことが出来るようです。あと、気をつけてください! オクスターの吐く唾液には強力な溶解作用があります! 正面にとどまらないで下さい!』
『溶解作用ったって、ガンウィンガーの装甲板なら――』
『侮らないで下さい。当時、ほとんどの化学薬品や熱に耐えると言われていた特殊鋼を用いたマットジャイロやアローでさえ、溶かされていたそうです。今の機体の装甲も影響がないとは言い切れません』
『まじかよ!?』
『バリアなら大丈夫だよね!! シロクマさんの仇討ちだっ!! うりゃああああああああああああああああああっっっ!!!』
『リョーコ!?』
 アイハラ・リュウが止める間もなく、急角度で方向を変えた黄金色の球体は、真正面からオクスターに突進した。
 しかし、オクスターは湖の中へ潜ってこれを躱す。
『あ、くそ!! 逃げるなバカっ!!』
 湖面すれすれで急上昇し――そこでメテオールの効果時間が切れた。メテオール粒子が飛び散るように霧消し、ガンブースターは通常機動に戻る。
『あ〜ん、もうっ!!』
 ヤマシロ・リョウコはキャノピーを叩いて悔しがった。

 ―――――― ※ ―――― ※ ―――――― 

 奥多摩湖・小河内ダム近傍・水と緑のふれあい館前。
 フジサワ住職運転の車は、そこで一旦止まった。これより先は戦闘区域。先ほどのスノーゴンによる凍結の影響も出始めており、セザキ・マサトの判断でそれ以上の接近を止めたのである。オクスター出現による状況の流動化もある。
 駐車場に車を止め、車外へ出た三人は湖岸に立つ鉄柵に向かって歩く。
「やはりのぅ」
 メモリーディスプレイで状況を確認し、難しそうな顔で唸るシラサワ・ヒョウエノスケ。
「手振(たふら)は妖怪とはいえ、その生態は極論すれば巨大なトカゲにすぎん。要するに体がでかいだけの生き物じゃ。じゃが、雷獣・禰呂牙(ねろが)、水牛の守り神たる御牛頭陀(おごずだ)と、水害の象徴たる水魔は、そもそもその来歴からして普通の生き物ではない。ここにはまだ来ておらぬが、閻魔王もそうじゃ。お主、あれを自然に生まれた生き物と考えられるか?」
 問われたセザキ・マサトは首を振った。
「確かにね。むしろ、人間の想像の産物のようにも感じますね」
「それが案外正鵠を射ておるやもしれん」
 シラサワ・ヒョウエノスケは秋の陽射しに白くきらめく、凍りついた湖面を見やった。その遠い目は、なにを見晴るかしているのか。
「人は古来より、畏るるべき存在に名をつけ、その姿を想像し、形として為すことで敬い奉る対象とすると同時に、それを克服するやり方をも考えてきた。妖怪……その中には、今の世ではただの自然現象であったり、学術的に気のせいだと証明されてしまったものも多い。じゃが、その昔、奴らは確実に存在しておったのだ。人々を畏れさせ、日々の生活を脅かし、敬い奉られ、もしくはただ退治され、封印され……」
「……………………」
「だがのぅ、セザキ隊員。根源的に考えてみれば、奴らはどこから来たのか。……人々が恐れる闇の中から現われし奴ら妖怪は、どこから。そして、それを生み出す闇とは、どこにある? 真の闇が失われつつある現代だからこそ、この問いはむしろ深いとは思わぬか?」
「人の……心が怪獣を生み出したと?」
「それ以外に考えつかぬよ。災害の象徴があのような姿かたちをしておったり、地獄におわすはずの閻魔様が地上にて暴れ、人間ごときに封印されるなどというのはな。それに……おかしいとは思わぬか?」
「確かに……ズラスイマーの異常な頑健さは――」
「たわけ。そうではないわ。あの場に四体もの大妖怪が集まりながら、妖怪同士で戦う素振りも見せなんだじゃろうが。むしろ、御牛頭陀(おごずだ)なんぞはまるで水魔を守るように出て来て、あの白熊の式神を倒しおった。まるで、人間を共通の敵とみなしておるようじゃ」
「まさか」
「あれらがお主の言うとおり、人の心より人の敵として生まれ出でたのだとしたら……ありえる話だとは思わぬか?」
「………………」
 大きく旋回してきたガンブースターが、三人の頭上を通過してゆく。
 セザキ・マサトは――心当たりの知識を一応探しては見たものの――完全に否定できるような答を、自らの内に見出すことは出来なかった。

 ―――――― ※ ―――― ※ ―――――― 

 怪獣博物館・屋上。
 五人の小学生はわけもわからぬまま、一瞬でそこに移動していた。
 見上げる眼差しに、オオクマ・シロウは黙して語らない。
「オオクマさん、あなたは……」
 イトウ・シンジの上ずる声。
 シブタ・テツジ以外の者の眼差しには、多分に恐れが揺れている。
「おい、行こうぜ」
 ハラ・テルオが言うと、ミヨシ・ヒロム、イトウ・オサムは頷いた。
 そのまま立ち去ろうとするのを、シブタ・テツジだけはシロウに向かって頭を下げた。
「シロウ兄ちゃん、ありがとう!」
 それを聞いた三人もその場で足を止め、慌てて振り返って頭を下げる。
「ア、アリガトウゴザイマシタ」
「アリガトウ、シロウニイチャン」
「……アリガト」
 ぎこちない笑みと、畏れの隠しきれない表情。
 シロウは腕組みをして頷いた。
「ああ、胸張って怒られてこい。それで……今度から約束を破る前に、それは本当に破るべき約束かどうか、よく考えろよ?」
「オオクマさん、そこは約束を破るな、でいいんじゃないの?」
 一人立ち去る様子を見せなかったイトウ・シンジが突っ込む。
 シロウは唇を歪めるようにして笑った。
「時にはな、約束を破らなきゃいけない時もあるんだよ。そうしなきゃ、約束を守ることよりも大事なものをなくしてしまう時だ。その代わり、約束を破ったら、その罰は甘んじて受け入れなきゃいけない。俺はそう教わった」
「ふぅん……そっか。わかった。それじゃ、怒られてきます。ありがとうございました」
 他の三人に比べて気持ちのこもった感謝を述べて、イトウ・シンジは頭を下げる。
 三人は既に屋内へ入る扉を開けており、イトウ・シンジとシブタ・テツジを呼んでいる。
 少し立ち去りがたそうな表情を見せていたシブタ・テツジも、渋々それに手を振ってもう一度シロウに頭を下げた。
「ごめんね、シロウ兄ちゃん。今日は本当に助かったよ」
「だから謝るなって。俺が勝手にやったことだ」
「でも、こんな人前で……」
 その目が隣のイトウ・シンジをちらっと見やる。
 すると、イトウ・シンジはシブタ・テツジの肩に手を置いて頷いた。
「大丈夫。誰にも話さないし、てるぼんたちの話にも頷かない。秘密にするよ。……オオクマさんが、ウルトラマンだってことは、さ」
「ひがしっちー!? やっぱり……」
「ばれてたか。……お前、頭良さそうだもんなぁ」
 全く悲壮感もなく、いたずらがばれた子供のように舌を出すシロウ。
「まあいいさ。だが、ひがしっちーとかいったか? 一つだけ訂正すんぜ。俺はウルトラマンじゃねえ。ウルトラ族の出身ではあるけどな」
「え? 何が違うの?」
「俺は友だちしか助けねえ。今回は、てっちゃんを助けるついでだからお前らも助けただけだ。今後もこんな風に助けてもらえるとは思うなよ?」
「そうなんだ……」
「ひがしっちー……」
 明らかに気落ちするイトウ・シンジに、今度はシブタ・テツジが労わりを込めて肩に手を置く。
 シロウは腕組みを説いて、二人の頭に両手を置いた。そうして軽く撫でてやる。
「ま、お前はてっちゃんの友だちだからな。俺でなけりゃ解決できないことがあったら、てっちゃんと一緒に話しに来い。ひょっとしたら、気まぐれを起こすかもしれねえ。そん時にならなきゃわからねえけどよ」
 少し気落ちしていた表情を弛ませた二人は、大きく頷く。
「はい。その時はよろしくお願いします」
「こう言いながらさ、シロウ兄ちゃんって気まぐればっかりだけどね」
「うるせえ。生意気言うな」
 照れ隠しの笑いを浮かべて、シロウはシブタ・テツジの頭を軽く小突く。
「ほれ、もういいから。さっさと行け。お友だちが待ってんぞ」
 踵を返す二人の背中を押し出すように追い立てる。
 二人は駆け出し、ハラ・テルオたちと一緒に屋内へと入っていった。
 鉄の扉が音を立てて閉まった。
 屋上にもう人の気配はない。
 独りの静けさに、風が鳴く。
「さて、と」
 最前まで浮かべていた笑みを消したシロウは、不思議な輝きを宿らせた瞳を、湖のある方角へ向けた。 
「もう一人の友だちの方はうまくやってやがるかな? ちょいと冷やかしてみるか」

 ―――――― ※ ―――― ※ ―――――― 

 奥多摩湖・南東湖畔サス沢山頂上。
 グロテス星人はまだ状況を見ている。横たえた地蔵の上に腰掛け、腕を組んで。
「ふむ、また一体片付けたか。地球人の戦力、侮りがたし。しかし……どの特殊装備も長くは使えぬようだな。あるいは、連続では使えぬか。いずれにせよ、ここからが面白くなりそうだ。……さて、そろそろ出てくるかウルトラマン?」

 ―――――― ※ ―――― ※ ―――――― 

 戦場の西、位置で言えば奥多摩湖のほぼ中央に突き出した半島の岸辺に、サングラスを掛けた郷秀樹の姿があった。ここならば、能力に頼らずとも奥多摩湖の東半分を見渡せる。
 三機のGUYSメカが代わる代わる位置を入れかえ、オクスターを攻撃している。
 しかし、湖から半身を出したオクスターに別段こたえた素振りはなく、溶解性の唾液を噴出して応戦している。
 三機は唾液を躱すために正面に位置することができず、その結果、弱点とおぼしき頭部や、唾液の供給源と思われる喉を集中的に攻撃するにはいたっていない。
 さらに状況を悪化させる事態が進行しつつあることを、郷秀樹は見抜いていた。
 炸裂する閃光と撒き散らされる水飛沫、それらを浴びた凍結ズラスイマーの表面の霜が、徐々に消え始めていた。
「……まずいな。このままでは……」
 しかし、まだ手を出すわけにはいかない。
 地球人は必死に戦っている。
 ふと、南東の方角へ目をやる。エンマーゴは既にあと一山ほどの距離。
「こちらもあまり余裕はなさそうだな。……急げ、GUYS」
 呟く空に、オクスターの声が響き渡った。


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