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ウルトラマンメビウス外伝 RAYGA

 第11話 封印怪獣総進撃 その5

 飽きもせず襲い来るタブラの舌。
 対するシノハラ・ミオは丁寧にその攻撃を撃退しつつも、しかし危機感を募らせていた。
 オペレーター担当とはいえ、シノハラ・ミオも一応CREW・GUYS隊員である以上、それなりの訓練は受けているし、それなりの体力維持向上には努めている。同年代の女性に比べれば、よほど強靭(でスマート)な身体であるとの自信はある。
 だが、実戦で使う体力は何かが違う。
 途切れさせられない集中力、一瞬の遅れが生死を分ける機動力と判断力、それに――武器を射つという精神的な負担が、まったくバカにできないことを思い知らされていた。
「リョーコちゃんも、こんなのよくぶんぶん振り回してガンガン射てるわね。どれだけタフなの――って言うか、私が軟弱すぎるのか。……んもう!」
 攻撃の合間に、震える手を見下ろして毒づく。怖さではない。トライガーショットを振り回し続けた反動からか、緊張のあまりグリップを強く握り締め続けすぎたせいか、手が痙攣を起こしかけている。息も上がっている。
 トライガーショットを額に押し当て、心を落ち着ける呪文――現状確認を行う。
「……正直、助けてほしいけど、今は誰も手が空いていないわ」
 こちらへ向かっているはずのセザキ・マサトはまだ姿を見せない。
 アイハラ隊長搭乗のガンウィンガーは氷川地区上空を旋回し、ネロンガに備えている。
「これは、私がやらなきゃいけない。この後ろには、まだ人がいる。それに私が任せられた任務なのだから」
 ふう、と溜息をついた。諦めにも似た、現状を受け入れ、前を向くための心の作業――が裏目に出た。それは、傍にクモイ・タイチがいたら、怒鳴られるような弛緩の瞬間。
 その隙をまるで狙ったかのように再び飛来したタブラの舌に、対処が一瞬遅れた。
「いけな――」
 その場で射つのを諦め、咄嗟にタクシーの陰へ飛び降りる。
 舌はタクシーの天井灯を薙ぎ飛ばし、空振りした――と思いきや、空中で器用に円を描いて空から真っ逆様に落ちてくる。
 シノハラ・ミオは無様な横っ飛びで辛くも躱す。
「この、調子に乗って――」
 尻餅をついたままトライガーショットを向け――ここで、ロングバレルモードにしたままだったのが仇となった。
 闇雲に撃ったアキュート・アローが一発は当たったものの、暴れる舌に銃口の先を引っ掛けられて手から弾き飛ばされてしまった。
「きゃ、ああっ……!!」
 路上に落ち、滑ったトライガーショットまでの距離は、絶望的なまでに遠い。
 それでも、自分にはそれしか武器がない。
 ほとんど初実戦。そのうえ、絶体絶命のピンチ。脳裏によぎる、川向こうへさらわれていった住民の悲鳴。
 武器を失った場合はまず命の安全を図るのが最優先という大前提など、もはやシノハラ・ミオの頭からはトんでいた。
 シノハラ・ミオはトライガーショットを何とかその手に収めようと、身を起こした。
 その時。
「ミオさん、伏せてっ!」
 響き渡るセザキ・マサトの声に、思わずシノハラ・ミオは腰を抜かすような格好で座り込んだ。
 その頭上でアキュート・アローの着弾音が響き、今にも襲い掛かろうとしていたタブラの舌がさっと退く。
 路上で自分を呼ぶように日の光を弾いているトライガーショットの向こうから、CREW・GUYSの制服が駆けて来る。
「セザキ君っ!!」
 その声は、助かったという安堵の声ではない。
 タブラの舌は大きく迂回して、彼の背後に回り込んでいた。セザキ隊員が振り返って射とうとすれば、さっきの自分の二の舞になる。軍人あがりの彼はどうするのか――
「ミオさんっ!!」
 セザキ・マサトは振り返らなかった。強い意志を込めた眼差しでミオを見つめながら走り続け、路上のトライガーショットを引っつかむなり、ミオに向かって放り投げた。
「――お願いっ!!」
 お願いの中身など、聞き返すまでもない。今ここで自分に出来ることなど、一つしかないのだから。
 胸の高さ、最も取りやすい位置にトスされたトライガーショットを受け取ったシノハラ・ミオは、握る右手を真っ直ぐセザキ・マサトに向けた。左手で銃床の下を支え、片膝立ちで、右目をつぶる。
 絶妙のタイミングでセザキ・マサトは姿勢を下げた。シノハラ・ミオに向かってスライディングしながら、身体を180度転回させる。

 だが。

 それでもなお、タブラの舌の方がセザキ・マサトを捕らえるタイミングの方が早そうだった。
(当たって!)
 祈るような気持ちで引き金を引く――その寸前、舌の動きが一瞬硬張ったように鈍った。
 シノハラ・ミオの連射に、すぐ寝転んだままのセザキ・マサトの連射が追従し、たちまち舌に十数発のアキュート・アローが突き刺さる。
 あっという間に舌は川向こうへと戻って行った。
 シノハラ・ミオは荒い呼吸を整えようともせず、トライガーショットを構えたまま硬直していた。
 様々な感情が渦巻いていて、なにからすればいいのかわからない。
 ともかく、命が助かったのだけは事実だった。
「……セザキ君……」
「ぼけっとしないっ!!」
 お礼を言おうとした瞬間、先んじてあがった叱咤の声にシノハラ・ミオはびくりと身を震わせた。
「次が来る! 気持ちを切らさないで!」
「は、はいっ!」
 思わず素直に返事を返して、車のボンネット越しに川向こうへ銃口を向ける。
 セザキ・マサトは隣の車の天井越しに銃口を向けていた。
 ふと、シノハラ・ミオは気づいた。何か、奇妙な声が聞こえることに。
 呪文のような、読経のような。
 果たして、声の主はセザキ・マサトの向こうから現れた。
「……シラサワさんとフジサワ住職……どうして?」
「危なかったのぅ、二人とも」
 かっかっか、と笑うシラサワ・ヒョウエノスケ。
「あやつらを封印してきたのはわしら一族じゃと、説明したであろうが。近代兵器を持たぬからと甘く見るでないぞ。妖怪退治の歴史では、お主らなどまだまだひよっこ、知らぬ手が色々あるのじゃわい。あやつの動きを封じる、とかのぅ」
 シノハラ・ミオは驚きと共に、さっきタブラの舌が一瞬硬張った理由を理解した。理解はしたが、納得は出来ない。
「そんな。まさか、現代に呪文なんて……」
「そんな疑問は、今はどうでもいいんだよミオさん」
 少し厳しめの声でセザキ・マサトが戒める。
「問題は奴をどうするかだ。……見えないけどネロンガもかなり近づいてるはずだし……シラサワさん、あれ再封印できるの?」
「もちろんじゃ」
「じゃあ、頼んでもいい?」
「うむ。よかろう。ではまず、知り合いの山伏三十人と徳の高い僧侶三人を呼び寄せて――」
「あ、やっぱ却下」
 一刀両断。
「そんな悠長なこと、やってられるわけないっしょ! 悪いけど、ここはGUYSに任せてもらうよ。とりあえず、奴をあの斜面の中から引きずり出す」
「どうやって?」
 トライガーショットを構えたまま、横目で見やるシノハラ・ミオ。
「あれ? さっきサコミズ総監が作戦を説明したんだけど」
「あ……ごめんなさい。攻撃をしのぐのが精一杯で、聞いてるどころじゃなかったの」
 大事な作戦を聞き逃すなど、失態も失態。落ち込むシノハラ・ミオに、セザキ・マサトはしまった、と天を見上げた。
「あ〜……そっか。そうだった。そういやミオさん、実戦は初めてだったよね。ごめん、忘れてた。もう少し気遣うべきだった」
 シノハラ・ミオはふと頬がほころぶのを感じた。こういうテンパってる時の思いやりに満ちた言葉は、相手が誰であっても素直に嬉しい。
「ありがとう。その言葉だけで十分よ。それより、どうするの?」
「ふっふ〜ん♪ こんな時のためのこれだよ」
 そう言ってにんまり頬笑むセザキ・マサトの手に、マケットカプセルが光っていた。
 四人の頭上を、奥多摩湖方面から飛来したガンローダーが旋回してゆく。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 氷川地区上空。
「――来たか、タイチ!」
 飛来したガンローダーが大きく旋回する。
 アイハラ・リュウは単刀直入に訊いた。
「タイチ、わかるか」
『……………………』
 モニター画面上のクモイ・タイチは、難しい顔でキャノピー外に視線を向けている。
『……気配は捉えた。このまま攻撃すればいいのか? それともいきなりメテオールを――』
『クモイ隊員、ヴァリアブル・パルサーだ』
 モニター画面にサコミズ総監が割り込んできた。
『ネロンガは電気エネルギーを吸収して実体を現わす特性を持っている。まずはヴァリアブルパルサーで電気エネルギーを供給し、透明化を解除するんだ。リュウは彼を支援。特に背後のタブラの動きに注意してくれ』
「G.I.G。――タイチ、頼むぜ。背中は任せろ」
『G.I.G』
 ガンローダーがホバリングで高度を下げてゆく。
 アイハラ・リュウからでは全く姿が見えないし、レーダーにも反応のないネロンガだが、クモイ・タイチには認識できているらしい。
「……あいつ、つくづく凄いよなぁ」
 こちらもガンローダーの背後でホバリングしつつ、タブラの隠れている南岸に向けて回頭する。
『ヴァリアブルパルサー、電力供給モードで発射』
 ガンローダーの主翼下にあるビーム発射装置から、それぞれ一条ずつの電力光線が放たれた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 奥多摩湖北岸・倉戸山上空。
 ヤマシロ・リョウコは戦っていた。
 湖上ではオクスターの舌も躱さなければならないため、主に倉戸山上空で旋回を繰り返し、ズラスイマーにガトリングデトネイターを叩き込む。
 怪獣は怒りに燃えて吠え猛り、頭上の蛇も威嚇の声をしきりにあげる。左腕のむちはしきりに空を裂き、時に山肌を抉っている。そして、その身体には目立った傷一つついていない。
「当ったらない当たらないっ!! イィィヤッホーーーッッ!!」
 機体特性である高速機動で縦横無尽に空を翔け、のりのりで機体を捻り、むちを躱してビーム掃射。
「うりゃうりゃうりゃうりゃうりゃうりゃうりゃうりゃうりゃりゃ〜〜〜っっ!! おおっと、そんなのじゃあリョーコちゃんは捕まえられてあげられませんよっと! ――ってか、これ楽勝じゃない!? みんなが来る前に決着つけちゃうよ!!」
 他の隊員が口を挟めないのをいいことに、ヤマシロ・リョウコは天井知らずにテンションをあげてゆく。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 氷川地区・地上。
 マケットカプセルをメモリーディスプレイに接続したセザキ・マサトは、それを高々と掲げて叫ぶ。
「マケット怪獣ゴモラ! リアライズ!」
 放たれた高分子ミストの霧が渦を巻き、多摩川の南岸河川敷に巨大な怪獣の姿を顕現させる。
 三日月形の角、鼻先に立つ角、全てを睥睨する目、前方に大きく彎曲した首、太い腕、太い脚、太く長大な尻尾。見るからに重量級の、どっしりとした体型。そして、胸から腹にかけてを覆うトゲとも鱗ともつかない突起。肘からは棘が伸びている。
 背後にいたシラサワ・ヒョウエノスケとフジサワ住職が驚いた声をあげる。
「なんと! 今の怪獣退治屋は、式神も使えるのか!」
「なかなか侮れぬものですな、現代科学の退治屋というのも」
「式神とはまた、言いえて妙だね」
 くすりと笑うセザキ・マサトに対し、シノハラ・ミオは不満げな表情を浮かべる。
「でも、退治屋はないでしょう、退治屋は」
 ともあれ、出現したゴモラは周囲の全てを威嚇するように一声咆哮し、その太い尻尾で河川敷を叩く。威嚇の地響きが、四人の足元を震わせる。
 そして、セザキ・マサトは命じた。
「ゴモラ! その山の中から、タブラを引きずり出せ!!」
 力強くも頼りがいのありそうな咆哮に、多摩川の水面が激しく波立った。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 氷川地区・上空。
「おお、マサトのやつ、ゴモラをここで使ったのか。……ネロンガの方も、もうすぐだな」
 後方を見やるアイハラ・リュウ。
 ガンローダーから供給される電気エネルギーを得て、ネロンガの姿が徐々に現れ始めていた。
 後方に出現したゴモラの姿にも、ガンローダーの翼は揺らぎもしない。
 しかし、ネロンガはゴモラの姿に警戒を抱き、前進の速度が落ちていた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 氷川地区・地上。
 斜面から飛び出す舌が攻撃を加えるものの、全く痛痒にも感じていない様子で多摩川南岸斜面に進撃するゴモラ。
 やがて、その舌はゴモラの太い首に巻きついた。
 しかし、太すぎるその首に細い舌では全く歯が立たない。
 ゴモラはその伸びきった舌をつかみ、手繰る。そして――斜面に頭突きをかますように、鼻面に立つ一本角を突き立てた。
『今よ、セザキ君! 【超振動波】を使って!』
 ミサキ・ユキの指示が飛ぶ。
「【超振動波】!? なんです、それ!?」
『レジストコード・古代怪獣ゴモラの特殊能力よ。あの怪獣は地下を移動する際、頭部から高周波振動を発生させ、前方にある岩や土を砕いて高速で突き進むの。それをマケット・ゴモラも再現しているわ』
 頷いたセザキ・マサトは、なぜかメモリーディスプレイをゴモラに向けて掲げる。
「G.I.G! ――ゴモラ、【超振動波】だ!!」
 一声吠えたゴモラ。次の瞬間、斜面が爆発した。
 それは爆発としか形容しようのない現象。高々と舞い上がった土煙は、周囲にバラバラと土を撒き散らす。
 そして、斜面に空いた大きな孔から、怪獣の首が生えていた。地球上の生物としてはイグアナに似た顔。頭頂部に一対、後方側部に一対、鈍角の角が見える。血に濡れたような赤い瞳が不気味極まりない。
 その口から出た舌は、ゴモラの首に巻きついたまま、手繰られている。
「あれが……タブラ!!」
 シノハラ・ミオの声にシラサワ・ヒョウエノスケとフジサワ住職は頷く。
「なんと禍々しい面構えじゃ」
「恐るべき陰の気を感じますな。まさに闇の獣」
 タブラは舌を絡め取られているせいか、舌足らずな咆哮を上げて頭を振っている。ゴモラは舌を離さない。まるでペットのリード(首ひも)を引っ張るがごとく、舌をつかんだまま後退りしてゆく。結果、舌を引き抜かれては困るタブラは、身体を打ち振って周囲の土砂を跳ね除け、その全容を現わしてゆく。
 鮫のような大きく三角形の背びれが四対、背中から尻尾の根元にまで並んでいる。その尻尾は長くしなやか、体色は黒く、全身至る所に棘のような突起が飛び出している。まさしく、その姿は直立したイグアナ。
 やがて、全身が出たところでタブラの目が光った。イナズマ状の光線がゴモラの胸を打つ。
 しかし、ゴモラは片手でその部分を掻いただけだった。
 効かぬと見るや、連続で光線を放つタブラ。胸といわず顔といわず、当たるを幸いに連射する。
 ゴモラの体表では火花が激しく咲き散るものの、全く気にしている素振りはない。ただ黙々とタブラを河川敷に引きずり出してゆく。
「……スゲー。なんて防御力だよ。並みの怪獣のレベルを超えてるぞ、これ」
 そう呟くセザキ・マサトの目はきらきら輝いている。
 全く効かぬと見たタブラは、次の手に出た。自ら前に進んで舌を弛ませ、その場で回転しつつ長い尾をゴモラの肩口に叩きつける。
 さすがにその衝撃は効いたのか、ゴモラは舌を離した。ここぞとばかりに舌を口の中に戻し、再びその場で回転して、尻尾を――

 ゴモラも回った。

 そして、タブラの倍の太さはあろうかという尻尾を横殴りに叩きつける。
 タブラはそのまま隣の斜面に横倒しで叩きつけられた。尋常なパワーではない。
 勝ち誇って咆哮するゴモラ。
 よたよたと身を起こすタブラ。
 ゴモラの拳がタブラの横っ面を殴り飛ばす。タブラは大きくよろめく――と見せかけて、素早く反転、地面を這わせるように振り回した尻尾をゴモラの右足に絡ませ、そのまま引っ張った。
 足払いを食った形で倒れるゴモラ。
「――ひょっとしたらこのまま倒せるかと思ったけど、案外頭いいな、タブラ」
「じゃから、そうでなくては大妖怪とは言えんと何度言えば」
 感心するセザキ・マサトに、言い募るシラサワ・ヒョウエノスケ。
 その時、メモリーディスプレイが呼び出し音を奏でた。
「はい、セザキです」
 画面に出たのはサコミズ総監。
『セザキ隊員、もうすぐゴモラの使用時間が終わる。タブラをネロンガに向けて投げつけさせるんだ』
「! あ、はい。G.I.G」
 顔を上げたセザキ・マサトは、タブラの連続尻尾打撃を受けながらも立ち上がったゴモラに叫ぶ。
「ゴモラ! タブラを、もう一匹の怪獣目掛けてぶん投げろ!」

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 氷川地区・上空。
 ネロンガは既にその姿を完全に現わしていた。自分にエネルギーを与えた相手の意図を警戒しているのか、ガンローダーをじっと見つめたままその場から動こうとしない。ただ低く唸っている。
 その時、ガンローダーのコクピットに呼び出し音が響いた。
「はい、こちらクモイ」
『クモイ隊員、ゴモラがそこへタブラを誘導する。二体とも奥多摩湖へ送り込め。メテオールを解禁する――頼むぞ』
 頷いたクモイ・タイチはメテオール解禁レバーを引いた。
「G.I.G。――メテオール発動! パーミッション・トゥ・シフト! マニューバ!」
 垂直尾翼が左右に割れて倒れ、両翼からもう一組の細長い翼が展開される。そしてそのいずれのイナーシャルウィングも金色の粒子を放つ。さらに、両翼中心部にブリンガーファンが開いた。
「とりあえず、先にネロンガから――っと」
 ひょいっと機体を横滑りさせる――そこへ、タブラとゴモラが取っ組み合いながら雪崩れ込んできた。
 とはいえ、パワーで劣るタブラに抗う術はない。強引に引き倒され、ネロンガの傍に倒れ込むタブラ。片方の前脚をその身体の下敷きにされたネロンガは、嫌がって電気放電を浴びせる。
 そして、勝利の咆哮と共に時間は来た。マケット・ゴモラは姿を消した。
「ふ……相変わらず仕事が正確だな、セザキ隊員。ならば、二体まとめてだ! メテオール・荷電粒子ハリケーン発動!!」
 ブリンガーファンが高速回転を始め、吸い上げられる大気が渦を巻き始める。ファンから噴き出す荷電粒子がその風に乗り、竜巻へと育った上昇気流を輝かせる。
 二体の怪獣は左右の竜巻の狭間に捕らえられ、錐揉み回転しながら地表から持ち上げられた。そして、そのまま竜巻は大きく振りかぶるようにしなった後、西に向かってその二体を解き放つ。それはまさしく投擲。
 飛行能力を持たない二体の怪獣は、なす術もなく空を裂いて飛ぶ。
 錐揉み回転が弾道に安定性を与え、二体は途中で失速することもなく作戦通り奥多摩湖畔へ墜落した。
 それを確認したサコミズ総監が頷く。
『クモイ隊員、お見事。さすがだね。これで【ペンタグラム】の第一段階は終了だ。続けて第二段階に入る。リュウと二人で地上の二人を乗せて、奥多摩湖へ向かってくれ。あまり時間はない。エンマーゴが奥多摩湖方面へ移動しているとの情報が入った。出来るだけ合流前に他の四体を叩いておきたい』
『だったらボクはいいです』
 脇から割り込んだのはセザキ・マサト。
『シラサワさんたちを放っておけません。……正直、なにしでかすかわからない人ですので、目が離せませんし。ボクらはフジサワ住職の車で奥多摩湖へ向かいます』
『わかった』
 頷いたサコミズは、少し考え込んだ。
『じゃあ、シノハラ隊員はガンローダーで。ガンウィンガーは速やかに奥多摩湖上空へ。そろそろヤマシロ隊員一人では辛いだろうしね』
『G.I.G。ガンウィンガー・アイハラ、奥多摩湖へ向かいます』
『G.I.G。ガンローダーに搭乗し、クモイ隊員と奥多摩湖へ向かいます』
 頷くシノハラ・ミオ。その後方背景では、セザキ・マサトとシラサワ・ヒョウエノスケがフジサワ住職の車に乗り込んでいる。
「クモイ、G.I.G。シノハラ隊員を搭乗させ、その後奥多摩湖へ向かいます」
 答えながら、既に機体は川原へと降下しつつあった。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 都立怪獣博物館。
 見学に来ていた小学校のバスのうち、シブタ・テツジたちのクラスだけが、いまだに発車できずにいた。
 教員及び博物館の職員総出で博物館内外を必死に捜索しているが、まだ見つからない。
 教員の中には、他の生徒のためにもとりあえず帰るべきだという者も出て来ており、もうそろそろタイムリミットは近かった。


 そんな状況の博物館の屋上に、人影があった。
 オオクマ・シロウ。その眼差しは不思議な色をたたえて、周囲をゆっくりと見回してゆく。
「いるとしたらこの辺のはずなんだがなー……と。…………お?」
 不意にその表情に険が兆した。ある方角――シロウはネロンガの出現地点とは知らない――を見据える。
 深く陥没し、抉れた跡も生々しい斜面の脇にある峰の先、岩棚の上に子供が四人。一段降りた岩棚に一人。下にいるのがテツジに見える。
「……あれ…………そうだよな。いたいた。なんであんなとこにいるのか知らんが、まあ無事でよかった」
 にんまり笑ってシロウはその場から姿を消した。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 元封印の大岩があったところ。
 麓へ下りる案も、てっちゃんを引き上げる案も、誰も思いつかない。ただ無為な時間だけが過ぎて行く。
 シブタ・テツジももう考えるのをやめ、ただボーっと景色を眺めている。
 とりあえず残る三体の地蔵を立て直した三人は、その前でミヨシ・ヒロムを加えた四人で膝を抱えて座っていた。そのミヨシ・ヒロムは足の痛みのせいで顔は真っ青、膝に顔を埋めるみたいにうつむいたまま、もう口を開くのも億劫そうにしている。
「……ヨシカワ先生、怒ってるだろうなぁ」
 不意に下からシブタ・テツジが漏らした言葉に、イトウ・シンジとハラ・テルオは顔を見合わせた。こちらも申し合わせたようにため息が漏れる。
「誰にも言わずに出てきたからねぇ。今頃はもう怒ってるどころの騒ぎじゃないと思うよ」
 この期に及んでもウルトラマン大百科を読みつつ、イトウ・シンジが諦め声で告げる。
「下手すると怪獣に食べられたことになっちゃうかも。ははは」
 場を和ませようと空笑いをあげるのはイトウ・オサム。
「どっちにしろこの山を下りられねえんだから、もうどうしようもないけどな」
 ハラ・テルオは座ったまま足元の小石を拾っては、谷へ向けて投げている。
「ねえねえ、ひがしっちー。このままだと、ぼくらどうなるのかな? このままここで干からびて死ぬの?」
「ん〜、どっちかっていうと、死因は低体温症じゃないかな。ここは山だし、日が暮れると急激に寒くなるはずだし。まあ、それを乗り越えられてもここには水がないし、どっちにしろ保って三日だと思う」
「誰か大人が見つけてくれねえもんかなぁ」
「今日中に怪獣の件が片付いて、怪獣出現地ということで報道のヘリでも飛んで来てくれれば、チャンスはあると思うけど……どうだろうね」
 あくまで冷静。かつ、いまやもうほとんど他人事の領域である。
 ハラ・テルオももう諦めたのか、そんなイトウ・シンジに絡むことなくまた小石を一つ投げる。
「どっちにしろ人任せかぁ。くっそぉ、どうすりゃいいんだよ」
「いっそ……あのがけ崩れの斜面を滑り降りてみるのはどうかなぁ、てるぼん?」
「おお、なるほど。それ、いいかも。リュックをそり代わりにしたら、ちょっとはマシかもしれねえし」
「ひろちゃんとてっちゃんはどうするのさ」
 イトウ・シンジのため息交じりの指摘も、ハラ・テルオは目を輝かせて言い返す。
「だから、下に降りられたやつが大人に救助を頼むんだよ!」
「今、あそこは多分かなり地面も地盤も弛んでる。滑り降りたことで新たな土砂崩れが起きて、巻き込まれるのがオチだと思うけどね。そうなったらまず助からない。生き埋めって、ものすごく苦しいらしいよ? それに、万が一下りられても下は道もない森だ。知ってる? 本当の森って、何か伐採するものを持ってないと1mも進めないんだよ?」
「ま〜た、ひがしっちーはそういうことを言うだろ〜? 絶対安全な策なんかないだしよぉ、このままでも死ぬんだったら、何かして成功する方に賭けた方がいいじゃねえか」
 そのとき、崖下で膝を抱えていたシブタ・テツジは、不意にびくんと背筋を伸ばした。驚いた顔つきで左右を見回す。
 そして、頭上を見上げた。
「え……と、誰か呼んだぁ?」
 上では四人が顔を見合わせあった。無論、誰も呼びかけなどしていないし、そんな声も聞いていない。
「え〜? いや、誰もてっちゃんは呼んでないよ? てるぼんもひがしっちーも話してたし、ひろちゃんはそんな状態じゃないし……」
「あ、そう。……?? おっかしいなぁ。呼ばれた気が――」
 小首を傾げ、正面に顔を戻す。ジーンズのズボンが見えた。
「あれ?」
 下から舐めるように見上げてゆくと、見知った顔が笑っていた。
「よう。無事でなによりだ」
 道端で会った時のように気軽に手を上げるのはオオクマ・シロウ。
「え……ええええええっっ!! シ、シロウ兄ちゃん!? え!? なんで!? どうやって!?」
 驚きおののいて思わず壁があるのも忘れて背後に後退りしようとするシブタ・テツジの前に、シロウは腰を屈めた。
「なんでって……まあ、助けに来たんだよ。お前こそ、こんなとこで何してんだよ」
「てっちゃ〜ん? どうしたのさ。何か――うっわああああっっ!」
 頭上で崖の縁から下を覗いたイトウ・オサムが悲鳴に似た声をあげる。たちまち、ハラ・テルオとイトウ・シンジも顔を出した。
「どうした――って、うおっ!? 誰!?」
「っていうか、どこから!?」
「よう。おさむっちーもいたか。全員無事みたいでなによりだ」
 シロウは頭上に並ぶ三人を見上げ、再び気軽な調子で手を上げる。
 四人が驚きすぎて次の言葉が出せないでいる間に、シブタ・テツジをひょいと小脇に抱え、軽い跳躍で上の岩棚に飛び上がった。
「うそん」
「すっげー……垂直跳び3m以上?」
「――って言うか、シロウ兄ちゃん!?」
 シブタ・テツジの近所仲間であるイトウ・オサムは、ようやく相手の正体に気づいたが、ハラ・テルオとイトウ・シンジは知らない。
 シブタ・テツジを下ろしたシロウは、すぐにこれも近所仲間のミヨシ・ヒロムに歩み寄った。
「よう、ひろちゃん。元気ないな、どっか痛いのか?」
 見知った年上の顔に安堵したのか、見上げるミヨシ・ヒロムの目尻に大粒の涙が溢れ出した。必死に袖で拭うものの、次から次へとあふれてくる。声をあげれば泣いてしまいそうなのを我慢している彼に代わって、シブタ・テツジが状況をシロウに教える。
「ひろちゃん、足におじ……重い石をおっことしちゃって、立てないんだよ」
「ふーん。……ちょっと触るぞ」
 膝を屈めて左手を伸ばし、患部らしき場所を優しく撫でる。その手が淡く白い輝きを放つ。
 すると、ミヨシ・ヒロムの表情が変わった。痛みでずっと眉間に刻まれたままだった皺が、見る見るうちに消えてゆく。
「もう痛くねえだろ? 骨が一本折れてたみたいだが、心配ない。元通りだ」
 手を叩きながら立ち上がったシロウは、一同を見回した。
「知らねえ顔もあるな。――俺は、オオクマ・シロウだ。てっちゃん、ひろちゃん、おさむっちーとは時々遊んでいる仲でな。ちょっとしたつてから、てっちゃんが行方不明になったってンで探しに来たんだが……それにしたってお前ら、なんだってこんなところに? なんもねぇのに」
 周りは何もない。おまけに麓は大きく抉れている。今の光景だけを見れば、好き好んで子供が来る場所ではない。
 腕組みをして、大きく溜息をつくシロウ。五人はばつが悪そうにお互いの顔を見合っては、目をそらしあう。
「ま、言いたくなけりゃ別に――」
「シロウ兄ちゃん、あのね。ええと――ごめんなさい」
 シブタ・テツジが頭を下げると、他の四人も慌てて頭を下げた。
 たちまちシロウは困惑し、居心地悪そうに五人を端から順に見やった。
「えーと……なんで俺に謝るんだ? なんか俺に悪いことしたのか、お前ら」
「悪いことっていうか……バカなことっていうか……ねぇ」
 イトウ・シンジの促しにハラ・テルオも渋々ながら頷く。
「うん……おれたち、先生の言うこと聞かないでこんなところまで来ちゃって……なぁ?」
 次に振られたミヨシ・ヒロムもしょげた表情で頷く。
「みんなにも、迷惑かけて……シロウ兄ちゃんには来てもらうことになっちゃったし……」
 隣のイトウ・オサムはもう何の合図もなく次を受け継ぐ。
「怪我もしたし、てっちゃんも落ちちゃうし……星人と会っちゃうし……」
「ふーん。……………………って、星人? なんだそりゃ」
「ええとね、金色で、拳の先に――」
「てっちゃん、こっちのが早い。――さっき調べておいたんだけど、これに間違いないと思う」
 進み出たイトウ・シンジは、まだ手にしていたウルトラマン大百科を広げる。
 彼が示したページには、その星人の写真と名前が記してあった。

 【発砲怪人グロテス星人】、と。(※帰ってきたウルトラマン第43話登場)

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 奥多摩湖畔は三体の怪獣がひしめき合い、凄まじいことになっていた。
 とはいえ、荷電粒子ハリケーンで目を回したのが効いたのか、ネロンガは既にグロッキー状態である。腹ばいになったまま、立ち上がろうとしてもがいているが、それも弱弱しい。身体を起こせてもよたよたとおぼつかない足取りで、すぐうずくまってしまっている。
 ヤマシロ・リョウコはサコミズ総監からの指示で、それら怪獣たちから大きく距離を取っていた。奥多摩湖西側で旋回しつつアイハラ・リュウとクモイ・タイチの合流を待つ。
 とはいえ、そのコクピットは喧騒の中にあった。
「――おかしくない!?」
 叫ぶのはヤマシロ・リョウコ。モニター画面上にはイクノ・ゴンゾウが映っている。
「十三回だよ!? もう十三回もガトリングデトネイターを叩き込んだのに、なんであいつまだぴんぴんしてるの!? 弱った素振りすら見えないなんて、おかしすぎない!? これって、効いてないって事だよね!?」
 画面の中のイクノ・ゴンゾウは苦虫を噛み潰している。
『そう……ですね。――分析はしていますが……確かに、なにか正体不明の防御機構があるとしか思えない頑健さですね。ドキュメントU・G・Mを確認しても、その手の科学的分析については触れられていません。ただ、以前の個体は火山地域に封印されていたので熱に強い、という特性を持っていたようですが……』
「熱に強いったって……限度があるでしょ!?」
『申し訳ない』
 素直に謝るイクノ・ゴンゾウ。
 その表情にはっとしたヤマシロ・リョウコは、天を仰いで大きく息を吐いた。
「あ〜、もう! 違う違う! ――ゴメン! 今のなしにして、ゴンさん! 今のは八つ当たりだったや。テンション上がっちゃって、あれぐらい倒せると思ってたのが全然効かないから……ダメだね、こんなんじゃ。また隊長に怒られちゃうよ。ほんっと、ゴメン!」
『いいですよ、ヤマシロ隊員。気にしないで下さい』
 画面の中で頬を緩めるイクノ・ゴンゾウ隊員に、ヤマシロ・リョウコは再び天を仰ぐ。
「ゴンさん…………よ〜っし!!」
 ぱん、と小気味よい音がコクピットに響く。ヤマシロ・リョウコが自分の頬を両手で挟むようにして叩いた音だった。
「もう一回気合を入れ直して、集中集中!! ――話、戻そう。ゴンさん。UGMの時は、結局どうやって倒したのさ? ウルトラマンが倒してくれたの?」
『いえ、それが……ウルトラマン80も苦戦した末、元々ズラスイマーを封印していた観音様を掲げることで、花畑へ封印したと……』
 しばしの沈黙がコクピット内部に漂う。聞こえるのはキャノピー外を吹きすぎる風と、エンジン音。
「ええと……それは、何? 実はさっきの意地悪のお返し? それとも、あたしを和ませてリラックスさせてくれるためのギャグ?」
『いいえ。間違いなくドキュメントにそう報告されています』
「観音様がお花畑に封印って……それどこのまんが日本昔話? それとも仏教の法話? いや、あたしって相当なんでもありで信じるタイプって自分でもそう思うし、エンマーゴもまあ受け入れるけど……それはないっしょ? 現代の話でしょ? UGMだから三十年ほど昔だけどさ。……っていうか、ミオちゃんが聞いたら発狂しそうだわ」
『多分聞いてるよ。口には出さないけど、今頃必死に頭の端へ追いやってるんじゃないかな』
 唐突に割り込んできたのはセザキ・マサト。
 戦闘中の通信回線は相互に繋がっているため、お互いの会話が筒抜けになっていることを忘れていた。
『それで、シラサワさんがそのことで話があるそうなんで、ディレクションルーム、聞いてあげてくれる?』
『了解です。どうぞ』
 モニター画面に、件の老人が顔を出す。
『あー、今の話じゃが、陰陽五行の考え方に則って考えれば、実に妥当な決着なのじゃ』
『陰陽五行は仏教でしたか?』
 イクノ・ゴンゾウの問いに、シラサワ・ヒョウエノスケは首を振った。
『観音様は脇においておけ。おそらくそれは、力を行使する意志の象徴にすぎん。重要なのは、各々の事象における属性とその相生相克の流れじゃ。水魔はその名の通り、水属性を持つ。現代は西洋の四大元素説がまかり通っておるため、水を打ち消すのは火と思われておるが、五行ではそうではない。水を打ち消す――克するのは、土じゃ。いかな洪水も山を飲み込むことは出来ん。古来より人は、土塁を築いて水を制してきた。ゆえに、水は土に弱い。そして、あやつが火に強いのもまさにその五行による。なぜなら、火を克するのは水だからじゃ』
「でも、以前のズラスイマーは観音様によって花畑に封じられたんでしょ? 土じゃないじゃん」
『花畑は土の上じゃ。そして、五行では水は木を生ずるものと規定される。わかるか。水魔は土に封じられた上、その水の力を草花――木の力に転化されてしまったため、完全に封印されてしまったということなのじゃ』
「……よくわかんないけど……結局、どうしたら倒すなり封印できるの?」
『うむ、任せておけ。今から知り合いの山伏三十人と徳の高い僧侶をかき集め――』
『それはもういいから』
 横から割り込んだセザキ・マサトがメモリーディスプレイを奪った。
『ともかく、通常兵器では最高レベルの攻撃力を持つガトリングデトネイターが通用しない以上、何か変化球を考えた方がいいということです。まして、科学分析でもわからないなら、この際こういう考え方を取り込むのもありかと――むぐぅ』
 まくし立てるセザキ・マサトを押しのけ、シラサワ・ヒョウエノスケが復活する。
『土と木じゃ。土と木を使え!』
 そのまま、奪い合いになる画面をヤマシロ・リョウコは他のウィンドウの背後に回してしまう。
 そして、大きく溜息をついた。
「……土と木を使えって言われてもなー。どうすりゃいいんだろ」
 途方に暮れる眼前、遙か彼方に下流から飛来する機体の輝きが見えた。


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