ウルトラマンメビウス外伝 RAYGA
第11話 封印怪獣総進撃 その4
奥多摩町氷川集落。
北から下ってきた日原川と西の奥多摩湖から流れてきた多摩川の合流点である要衝の地。
南岸に氷川キャンプ場があり、東岸のJR青梅線の終着駅である奥多摩駅を中心に広がる、近辺最大の集落である。
しかし今、その集落は恐怖のどん底に突き落とされていた。
役場から『北側より怪獣接近につき避難してください』との警報が流れたかと思えば、今度は南岸山腹から川を越えて伸びてくる一本の触手めいたものに住民が絡めとられて消えてゆく。
北から怪獣、南で正体不明の人さらい。さらに多摩川上流の奥多摩湖にまで怪獣が出現したとの報がどこからともなく流れ、逃げ場を失った住民を一層の混乱に叩き込む。
こうなると最後の逃げ道は多摩川に沿って走る、国道411号線の東側のルートのみ。しかし、なにぶん狭い山間い峡谷の集落。唯一の脱出路に押し寄せた車列はあっという間に渋滞を引き起こし、駅は軌道に降りざるをえないほど人があふれた。
そして、そんな逃げ場を失った人々をここぞとばかりに襲う触手。
右往左往し、ヒステリックな集団パニックが起こりかけたその時だった。
住民を捕らえようとしていた触手を撃つ、幾条かの赤い光線。
痛そうに跳ね踊り、見る見るうちに向こう岸へと戻ってゆく触手。
住民たちが見やれば――南岸へ渡る昭和橋の手前に停められたタクシーの屋根の上に、トライガーショットを構えたGUYSの女性隊員の姿があった。
「皆さん、落ち着いて!」
凛と張る声で叫ぶのは、タクシーにてネロンガに先回りしてきたシノハラ・ミオ。
「この人数、道幅では車は役に立ちません! 歩いてください! 大丈夫、北から来る怪獣は人には興味ありません! そして、あの触手は私が迎撃します! 皆さん、慌てず、落ち着いて、速やかに411号線の新氷川トンネルへ!」
その言葉を保証するかのように、頭上を通過してゆくガンウィンガーの轟音。日の光を弾いて輝く翼の金属光沢。
たちまち、沸騰しかけていた空気が静まり返ってゆく――安堵のため息の連鎖が広がった。
「どうかご安心を!! ここは、我々CREW・GUYSが守ります!」
高らかに宣言する。拍手と歓声がどっと湧き起こった。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
奥多摩湖北岸、倉戸山上空。
ガンローダーが上空を旋回飛行していると、その音に誘われたかのように中腹の斜面を崩して怪獣が出現した。
むち腕怪獣ズラスイマー。
オオカミのような大きな耳、鼻先に突き出す二本の角、背中を覆う逆立つトゲの山、下顎の先から垂れる二本のひげ。体型こそいわゆる二足歩行恐竜型の怪獣だが、その後頭部からはちょんまげのように蛇が生えており、上空めがけて威嚇の声を上げている。その左腕はムカデの身体か、両側面にトゲの生えた尻尾とでも形容すべき形状のムチ。どう見ても自然発生・進化の行き着いた形としての生物には見えない。
とはいえ、ガンローダーを操縦するクモイ・タイチは、いちいちそんなことを斟酌したり、突っ込んだりはしない。
振り回されるたびに異様な伸縮力を見せる左腕のむちを躱しながら、冷静にその位置と動きを確認する。
その時――突如、奥多摩湖の湖面から真っ赤な物体が飛び出した。
赤い触手に見えるそれは、ハエを取るカメレオンの舌そのままに、湖上を飛行するガンローダーを背後から狙い、伸びる。
「――なるほど。確かに、ここにももう一匹か」
呟きながら、後方を確認もせずひらりと翼を振って躱す。
ズラスイマーのむちと、オクスターの舌。追い討ちをかけてくる二本の触手を微妙な操縦桿の操作だけで躱しつつ、クモイは多摩川下流へと機首を向けた。
「こちらガンローダー、クモイ。ズラスイマーの姿とオクスターの攻撃を確認。これより下流へ向かう」
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
奥多摩湖南部、御前山南斜面上空。
ガンブースターに乗るヤマシロ・リョウコも、目標を視認していた。
日の光を弾いて凶悪なまでに輝く幅広の刀と金属光沢の盾。うろこ状の鎧、帽子、赤ら顔に恐ろしげな両の眼、胸まで広がる顎鬚――まごうことなき閻魔様のお姿に、ヤマシロ・リョウコは思わず叫んでいた。
「すっごぉぉぉぉぉい!! 本物だ、本物の閻魔様だぁ!! なんか、他の怪獣と存在感が違いすぎない!?! 勝てる気しないんだけど!?!」
えんま怪獣エンマーゴは、上空を旋回するガンブースターをじっと見つめている。
「でも……なんで人にあだなすのさ、閻魔様。あなたはどんな悪をも裁く、絶対の正義じゃなかったの? それとも……人間はそんなに罪深くって、もう地獄で待ってられないから出てきたの?」
『なにトンチンカンなこと喚いてやがる!』
「ひゃあ!!」
通信回線から落ちた雷は、アイハラ・リュウのもの。
『絶対の正義だろうがなんだろうが、平穏に暮らしてる人々の生活を踏みにじるなら、それは倒すべき敵だ! たかだか怪獣ごときに、泣き言抜かしてんじゃねえ! それこそ本物の閻魔に叱られんぞ!』
「は、はいっ!」
心を奮い立たせ、元気よく返事をしながらヤマシロ・リョウコは思わずにはいられない。
(隊長の方がまるっきり閻魔様だよ〜!!)
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
都立怪獣博物館。
すぐ近所で怪獣出現の報を受けた博物館側は、見学者に建物からの退去を指示した。学生・生徒は駐車場にて各学校・学級ごとに集合し、点呼を受ける。そこまではマニュアル通り。
しかし、そこで問題が二つ発生した。
一つは、駐車場を出た道沿いの川筋を、ネロンガが通り過ぎたこと。
避難したつもりが怪獣の鼻先へ連れ出されたとあって、子供たちは怯え、怖れ、泣き喚き、教師たちはパニックに陥り、博物館職員は青ざめる。
教師たちは統率も取れないまま生徒たちへ博物館内への避難を指示したが、博物館側は怪獣災害時のマニュアルに従って(怪獣は目立つ建物をまず破壊する傾向が著しいため、基本的に屋外退去)建物を解放せず、締め出されたと感じた生徒たちがまた泣き喚き、教師の怒号が湧き起こり、どこかの入り口のガラスが割られ、駐車場から登る階段では押し寄せた生徒たちが動けなくなり、また泣き喚き、教師の怒号が飛び交い――
そして、そんな人間たちの右往左往をまったく意に介すことなく、ネロンガは徐々に姿を消しながら川を下っていった。
問題の二つめ。
この騒ぎにどう対処していいかわからず、ただうろたえていたヨシカワ先生の元へやってきたクラスメイトの少女が言った。
「先生ー、ハラ君たちがいません。……っていうか、さっきの集合の時からもういなかったよね?」
友達に確認する。すると、その子も頷いた。
「うん。お昼ごはんの時にはもう見当たらなかった」
この状況下ので行方不明――ヨシカワ先生は脳が悲鳴をあげた声を聞き、思わず頬を引き攣らせて笑っていた。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
東京P地区、オオクマ家。
「シロウ、怪獣が出たって。わりと近いよ」
「へー、どこ? 近いって、駅前とか師匠たちの学校の辺りか? だったら俺が」
庭で蹴りの稽古をしていたシロウは、言いながら居間に上がってきた。
シノブはちゃぶ台につき、テレビを見ている。
「そこまで近くじゃないよ。奥多摩――って言っても、お前にゃわからないかね。ここから西の山奥の方だよ」
「じゃあ、俺は別に行かなくてもいいよな」
「ん」
シロウもちゃぶ台に着くと、シノブは湯飲みを回してきて、急須からお茶を注いでくれた。
「あ、ありがと。――んで、いつもの通りテレビでやんのか?」
「ん〜、場所が場所だからね。ちょっと近づきにくいみたいだね――ちょっと静かにして」
画面が切り替わり、スタジオの男性キャスターが映し出される。
『先ほどからお伝えしていますとおり、今日午後一時半頃、奥多摩湖周辺で複数の怪獣が出現した、とGUYS日本支部は発表しました。繰り返します、奥多摩湖周辺に複数の怪獣が出現、GUYS日本支部は現地の住民に避難を呼びかけ、怪獣対応を開始。――たった今、GUYSジャパンの会見室にてトリヤマ補佐官が会見を開いたもようです。カメラを会場に切り替えます』
画像が変わり、壇上で何か説明しているスーツ姿の小太りの男が映る。
『え〜、でありますからして、現在出現したと考えられる怪獣は五体』
会場に詰め掛けた報道陣が一斉にざわめいた。
『それぞれの名称は現在確認中でありますが、今のところ確実に判明している怪獣の数はいち――なんじゃ、マル』
秘書らしきのっぽの男が何か書類を手渡し、耳打ちをする。それに頷いたトリヤマ補佐官は咳払いを一つした。
『おほん。今のところ確実に判明した怪獣は、えー、三体。まず、透明怪獣ネロンガ。こちらは現在、日原川を南下し、氷川地区へと向かっております。次に奥多摩湖北岸の倉戸山中腹にてむち腕怪獣ズラスイマー。さらに、奥多摩湖南東部の御前山の山中南斜面にえんま怪獣エンマーゴをそれぞれ、CREW・GUYSの隊員が上空より確認しております』
『五体と仰られましたが、あと二体はどこにいるんでしょうかー?』
『えー、現在確認中ですが、一体は奥多摩湖に、あー、もう一体は氷川地区の南側の山中に、んー、潜んでいるとの情報を得ております』
『そもそも、確認取れてないのになぜ五体とー?』
『えー、それはその。事前に情報があり、GUYSで確認中でした』
『住民の避難はスムーズに進んでいるのでしょうかー?』
『あー、まーそのー、GUYS地上班により、えーと、順調に避難できていると、ま、そのように報告を受けております』
報道陣から次々と浴びせかけられる質問に、トリヤマ補佐官は汗をかきかき、答えていく。
『補佐官、事前の情報とのことですが、調査に入った途端怪獣出現って、タイミングが良すぎませんかー?』
『GUYSの秘密実験とかで甦ったとか、そういうことはないんでしょうねー?』
『あ、あるわけないだろ、そんなこと!!』
顔を真っ赤にして声を荒げるトリヤマ補佐官だが、その姿がかえって滑稽さを引き立たせる。
報道陣も何か調子に乗った様子で矢継ぎ早に質問を繰り出し始めた。
『五体もの怪獣を同時に相手にするのはCREW・GUYSはじまってのことですが、何か作戦などはあるんですかー?』
『あー、えっと、それはー……』
『そもそも戦力的に相手になるんですかぁ?』
『それについてはですね、今、幹部で作戦の詰めを――』
『さすがに五体もじゃねぇ……本当に大丈夫なのー?』
『それはその』
『そーそー、意地を張らずにウルトラマンに応援を頼んだほうがいいんじゃ?』
その途端、弱りきっていたトリヤマ補佐官の表情が一変した。目をつり上げ、拳を振り上げ、演壇に叩きつける。
『ク、CREW・GUYSの若者たちが命懸けで現場に向かっている時に、不謹慎な発言をするなっ!! 第一、ウルトラマンと連絡を取ろうにも、GUYSではどこにおるのか把握しとらんっ!!』
『またまた〜。そんなこと言って、また隊員の誰かがウルトラマンなんじゃないんですか? 以前はヒビノ・ミライ隊員でしたっけ?』
『ないと言っているだろう!!』
『――本件はGUYS指揮による作戦行動中です。流言蜚語の元となりかねない発言は厳に慎んでください!』
よく通る女性の声に、会見室が静まり返った。カメラが首を回す。
会見室の入り口に、後ろ髪を束ねて肩口から前に垂らしたスーツ姿の女性が映っていた。
『ミサキ総監代行……』
トリヤマ補佐官は呆然と立ち尽くしていたが、ミサキ・ユキが演壇へ近づくと一礼をして場所を譲った。
礼を返し、ブリーフボードを演壇に置いて、報道陣を一瞥する。
『これより先、作戦内容については、わたくしから説明させていただきます。……トリヤマさん、ありがとう』
にっこり微笑むミサキ・ユキに、トリヤマ補佐官は表情を引き締め、なぜか敬礼をした。
『さて、五体もの怪獣同時出現という――』
会場の空気を呑んで、作戦説明に入るミサキ・ユキ。
その時、画面が再びスタジオに戻った。さっきの男性キャスターが、少し表情険しく原稿に目を落としている。
『えー、会見の途中ですが、たった今新たな情報が入りました。現地近郊にある都立怪獣博物館にて、見学に訪れていた複数の学校の教員・生徒たちが取り残されている可能性があることが判明しました。これは、現地にいる小学生から連絡を受けた親によって通報されたもので、施設のわずか数キロ以内で怪獣が出現しており、その安否が――』
「あらま、大変」
その時、ちゃぶ台の上のコードレスホンが鳴った。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
流清寺山門麓のガレージから、フジサワ住職の運転する車が発車した。
後部座席にシラサワ・ヒョウエノスケ、助手席にセザキ・マサトが座る。目指すはネロンガを追い越して氷川地区へ。
セザキ・マサトはメモリーディスプレイでディレクションルームと連絡を取っていた。
画面に出ているのは、今ディレクション・ルームに残っている唯一の隊員イクノ・ゴンゾウ。
『――セザキ隊員、シノハラ隊員が氷川地区の昭和橋北詰付近ででタブラの舌と思われる触手と交戦中です。一刻も早い援護を』
「G.I.G。……それで、ゴンさん。各怪獣の弱点とかは判明したの? 対策は?」
『そうですね、ネロンガについては透明化能力と電撃攻撃はあるものの、耐久力自体は他の怪獣に比べてそれほど脅威ではありません。おそらくスペシウム弾頭弾で蹴りをつけられるかと。しかし、他のはちょっと厄介です』
「というと?」
「当たり前じゃ。一筋縄で行くような連中なら大妖怪などと言われはせん」
二人の会話を耳ざとく聞きつけ、シラサワ・ヒョウエノスケも助手席と運転席の間から顔を覗かせる。
「ヒョウさん、危ないからシートベルト!」
「非常時に固いことを言うな! わしが現場に行く! シラサワ家二千年の秘術で再び封印を――もが」
セザキ・マサトに顔面を押さえつけられ、もがくシラサワ・ヒョウエノスケ。
「この人は放っておいていいから、続けて」
「むががー!」
『ウルトラマンタロウを倒したというエンマーゴは言わずもがなですし、ズラスイマーもウルトラマン80自身の超能力では倒せず、本当か嘘かわかりませんが、観音様の力を借りて封印したと記述されています。湖の底に潜むオクスターも水中戦ではウルトラマンジャックを圧倒し、結局ブレスレットによって水を蒸発させることでようやく勝ったとのこと。タブラは目からの破壊光線と尻尾、それに100m単位で伸びる舌が厄介です』
「ランク付けするなら上からエンマーゴ、ズラスイマー、一段落ちてオクスターとタブラ、そしてネロンガ、か。ともかく一体ずつ片付けるしかないね」
『それが……隊長命令で、エンマーゴ以外を一先ず奥多摩湖に集めて戦うと』
「はあ!? なんでそんな危ない橋を!?」
「いや、よい判断じゃ」
後部座席から首を出すことはやめたものの、腕組みをして頷いているシラサワ・ヒョウエノスケ。
「氷川近辺は人家が多い。まして、逃げ道がない。下手に戦えば必ず巻き添えを食う者が出るじゃろう」
『そのとおりです』
「なるほど、そうか。……じゃあ、とりあえずボクらはミオちゃんと合流しようと思ってるんだけど、特に何か指示は出てる?」
『いえ、地上のお二人は今のところは住民の避難誘導及び、怪獣から住民を守ることを優先するようにとのことです。細かい指示は出てません』
「G.I.G。じゃあ、とにかく現場へ急行する」
『G.I.G。よろしくお願いします』
メモリーディスプレイから目を離したセザキ・マサトは、隣のフジサワ住職を見た。
「住職、CREW・GUYS隊員の名において、緊急事態を宣言します。安全な程度に速度超過してもOKです! 急いでください! 責任はボクが持ちます!」
「りょ、了解――じゃなかった、G.I.G!!」
「こりゃ、住職! 年甲斐もなく若者ぶりおって!」
速度を上げ、蛇行する峠道を川に沿って下ってゆく車。
先を行くネロンガはもう完全に姿を消したのか、次々開けてゆく峡谷の風景のどこにも見当たらなかった。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
封印の大岩近傍。
シブタ・テツジが肌寒さに目を覚ますと、青空が視界いっぱいに飛び込んできた。
だが、なぜ。
そのまま目だけを動かして辺りを見回しつつ、身体の感覚を確かめる。
身体が冷えかかっていること以外に、膝と右手に痛みがあった。とはいえ、いつもの擦り傷の痛みだ。
視線は、左頭上に見える岩棚の上に止まった。誰かいる。
「――てっちゃん! ……てるぼん! てっちゃんが目を覚ました!!」
ああ、あの声はひがしっちーだ。
呼ばれたてるぼんも、すぐに崖の上から顔を覗かせた。
「おお! やっと目覚めたか。てっちゃん、そこ動くなよ!」
「動くなって、なんで……」
「ぎゃああ!! 動かないで、てっちゃん!!」
「だから動くなっつってんだろ!! 人の話聞けよ!!」
身を起こそうと、後ろ手をついた瞬間、二人が物凄い形相で喚き始めた。
「何を言ってるのさ、二人とも」
「いいから、それ以上身体を動かさずに、右の方を見てみろ!」
まるでわけがわからず、不承不承言われたとおりそれ以上身を持ち上げずに、右を見やる。
雄大な光景が広がっていた。まるで雲に乗って下界を見下ろしたかのように、赤と黄色に彩られた森と連なる山並み、秋の陽射しをきらきら弾いて流れる川が視界いっぱいに――
「う、うわあああああああああああああっっっ!?!?!?!?! なにこれなにこれなにこれぇぇぇぇっっ!?!?」
思わずシブタ・テツジは身を翻し、後退っていた。
たちまち、頭上から悲鳴が届く。
「ぎゃあああ、いきなり動くなぁっ!」
「そんな急に動いて、バランス崩して落ちたらどうする気だバカっ!!」
「あぶなっ! あぶないよ!! なんだよ、なんでぼくこんなとこにいるのさ!?」
「覚えてねーのかよ! お前、お地蔵さんと一緒にこっから落ちたんだよ!」
壁面にびったり背中をつけ、唾を飲み込みながら頭上に視線をやる。
「お、お地蔵さん……? そっか……お地蔵さんを戻そうとしたら星人が現われて――そうだ、星人は!? どうしたの!?」
「星人なら、ここのお地蔵さんを一つ盗って行っちゃった。だから、一応今は安全といえば安全かな」
イトウ・シンジの声がようやく落ち着いてくる。
そこへ、イトウ・オサムの声が聞こえてきた。
「お〜い、ひがしっちー、てるぼん! 見てきたよ〜」
「どうだった?」
「道、残ってたか?」
「ううん……だめだった。大きく崩れちゃってて、あれを飛び越えるのは世界陸上の幅跳び金メダリストでも無理だと思う」
「おーい、どういうことー?」
話が見えないシブタ・テツジは、下から聞くしかない。答えたのはハラ・テルオだった。
「お前が気を失ってる間にさ、向こうの斜面から怪獣が出てきたんだよ。そのおかげで道ごと土砂崩れで、おれたちも麓に降りられねえんだ」
「えーっ!? じゃあ、大人も呼べないわけーっ!? どうすんのさ!?」
「それを考えてるとこなんだよ。……ひろちゃんも足痛めてて歩けないし。どうしたらいいんだろ」
「ともかく、まずはてっちゃんだよ」
落ち込んでいる口調のてるぼんに対し、ひがしっちーはあくまで冷静に答える。
「あそこは危ないよ。こっちに引き上げないと」
「そうだな……でも、どうする? 変に引き上げようとすると、一緒に落ちちゃわねえ?」
「ねえねえ」
おさむっちーが、名案を思いついたらしく、明るい声で告げる。
「マンガとかであるみたいにさ、みんなで手をつないで――」
「却下」
無論、その声はひがしっちー。
「なんでさー」
「てっちゃんとこと、ここの高低差は約3mぐらいだろ? 四人で手をつないでやっとだ。上にいるのが全員の重さを支えた上、それを引き上げなきゃいけないんだぞ。てるぼんだって無理だよ」
「んだと? そんなのやってみなきゃわからねえだろ」
鼻息荒く声を張り上げるてるぼん。
「ほんとに? 全員で二百キロぐらいあると思うけど、ほんとに大丈夫?」
「……ごめん、無理」
一瞬で威勢はしぼんだ。
「だろ? ……他に何か……」
「じゃ、じゃあさ、映画であるみたいに服をつなぎ合わせてロープにして――」
「却下」
おさむっちーのアイデアは再び拒否された。
「えー……なんでさぁ」
「服の生地がてっちゃんの体重に耐え切れずに破れたり、結んだはずの袖がほどけたりしたら、落ちちゃうぞ。最悪、今度は谷に落ちるかもしれない。それでもやる?」
誰も答えない。
ややあって、ハラ・テルオが苛つきも露わな声で喚き出した。
「でも、この状況で絶対確実な方法なんてないだろ! ひがしっちー、お前、反対ばっかじゃねえか! 結局どうすんだよ!」
「反対してるのは、現実的な案じゃないからだよ! マンガみたいにとか映画みたいにとか、現実と空想を一緒にするな! そんなんでてっちゃんやぼくらの中の誰かが谷底まで落ちちゃったら、それこそ取り返しがつかないんだぞ! ぼくらはヒーローでもないし、ウルトラマンでもないんだ! ただの小学生なんだからな! 絶対確実な方法を考えつくまで、ぼくは賛成しない!!」
再び沈黙の帳が落ちる。
誰も、そんな方法など思いつかない。
沈黙が支配する岩棚を、風の唸りだけが吹きすぎてゆく。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
東京P地区、オオクマ家。
「シロウ、あんたにだよ」
シノブから受話器を受け取ると、電話の相手はマキヤだった。
『シロウちゃん、テレビ見てた?』
「おう、見てたけど」
『怪獣博物館のことも?』
「ああ、なんか子供が取り残されてるとか何とか」
電話しながら画面を見ると、すでに会見室の中継に戻っていた。女が作戦内容を説明しているが、電話をしながらだとさっぱり頭に入らない。
『実はね、トオヤマさんちの上の娘がそこに行ってるんですって』
「なにぃ!? 大変じゃねえか! わかった、すぐに――」
『ああ、慌てない慌てない。その娘さんからはもう電話があってね、無事だそうよ。目の前を怪獣が通り過ぎて行ったらしいけど、結局それだけで、何もなかったって』
「なんでぇ、おどかすない。……で、そんな話のために電話してきたのか?」
『まさか。あのね……シロウちゃん、シブタ・テツジって子、知ってるわよね? うちの息子が休日にあなたと一緒に公園で遊んでるって、言ってた覚えがあるんだけど。確か、最初にあなたをオオクマさんちに運んだ時にいた小学生のあの子よね?』
「シブタ? テツジ? ……ああ、てっちゃんな。確かに時々一緒に遊んでる」
『実は、トオヤマさんとこの上の娘さんって、その子と同級生なのよ? 知ってた?』
「いや。ふーん、そうなのか。まあ、公園行ってもあんまり女の子とは遊ばねえしな。で、それが?」
『ん、実はね。トオヤマさんから聞いた話だと、テツジちゃんとその友達合わせて五人が行方不明だって、大騒ぎらしいのよ。博物館のどこにもいないらしくて。一応、あなたのこと知ってる子だし、仲がいいのなら状況が状況だから知らせておいた方がいいかな、と思ってね。今の有様じゃあ、警察とかもあてにならないし……え〜とね……その、見つけられる?』
最後のわずかな間がなにを意味するのか、シロウには読み取れない。だから、気軽に答えた。
「見つけるだけでいいのか? 俺はまたてっきり怪獣を倒してくれって話かと」
『ん〜……でも、シロウちゃんそういうの嫌でしょ? 地球人としてはありがたい話だけど、今はテツジちゃんを探してあげて。同い年の子供を持つ親としてはさ、やっぱり子供が行方不明になるってのはかなり重いし。しかもよりによって、こんな時に』
「知り合いなのか? てっちゃんのお母さんと」
『そりゃ、ご近所さんですもの。……いい人よ。旦那さんとも仲いいし。だから、悲しませたくない』
「オッケー。ま、どっちにしろてっちゃんが危ないなら放っておけねえしな。ちょっくら探してみるわ」
『お願い。お礼はまた今度するからね』
「いいよ、そんなの。あいつは友だちだしな。そんじゃ」
コードレスホンの終了ボタンを押して通話を終えると、シノブは少し心配そうに顔をしかめていた。
「シブタさんちのテツジちゃん、何かあったのかい?」
「なんか、行方不明なんだってよ。ちょっくら探してみるわ」
「どうやってだい? あんた、どこにいるかわかるのかい?」
「ああ、たぶんな。――悪いけど、ちょっと集中したいんで静かにしててくれよな」
そう告げると、シロウは縁側に出て、そこであぐらをかいた。そのままかっと目を見開き、瞳を光らせる。
(……西だ……この星の自転方向とは逆の方向へ――)
シロウの眼差しが広大な風景を見渡してゆく。間にある物を次々と見透かして、先へ先へと進んでゆく。
(確か……オクタマ湖とかいう湖の近くだったな。……これか? おおっと)
いきなり暴れる怪獣が視界に飛び込んできた。左腕がむちのようにしなり、GUYSの機体を追いかけている。搭乗しているのは……リョウコだ。少し下を見ると、湖の中にも異様に盛り上がった両肩から一対の赤い角を前方に伸ばした怪獣の姿があった。
(ふむ、この近辺か。――ええとなんだっけな。怪獣……ハクブツカンだっけか。それはどの辺に……お、これか?)
少し視界を後退りさせ、左右を見回す。捉えたのは、赤と黄色に染まる山中に立つコンクリート製の大きな建物。手前の舗装された広場に『バス』と呼ばれるタイプの乗り物がいくつかあり、そこにシブタ・テツジと同い年ぐらいの男女がかなりの数乗っている。
だが、わかるのはそこまで。レイガの今の能力では、その顔かたちを一人一人判別はできない。
「あとは、行ってみて探すしかないか」
呟いたシロウは、立ち上がって玄関へと向かう。
「かーちゃん、んじゃちょっと行って来るわ」
「はいよ。気をつけて行って来るんだよ」
テレビから束の間視線を外して答えるシノブ。
シロウは公園に遊びに行く時のように、気軽に手を振った。
「うん。ま、夕飯までには帰るようにするよ」
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
氷川地区。
南岸の愛宕山山中から伸びてくる触手――タブラの舌を、シノハラ・ミオはトライガーショットをロングバレルモードにして、狙い射っていた。
ヤマシロ・リョウコのような射撃の名手ではない彼女には、住民をさらおうと動き回る舌の先端を狙って命中させる技量はない。だが、そのレンズの奥の怜悧な瞳と冷静な頭脳は既にタブラの舌が飛び出してくる山中の位置と、飛び出してから川を横断してこちら側に届くまでのタイムラグを正確に把握していた。
出てくるのを視認してから、こちら岸へ届くまでの間に触手の出現場所を集中攻撃して、確実に命中させる。
今しも、頭上に来ていた舌は、その打撃にたまりかねて誰をさらうこともなく、すぐさま対岸の山中に戻ってしまった。
「ふぅ」
一息ついて、周囲を見回す。
住民の姿はもうない。指示通り国道をトンネルに向かって移動して行ったらしい。
彼女をここまで運んできてくれた、気風の良いタクシーの運転手も既にいなかった。
だが、ここで気を抜くわけには行かない。歩ける人は避難した。避難していい立場の人もだ。
何らかの事情で動けない人間、役場の人間などはまだ残っている。まだ何も守りきってはいない。
油断なく対岸の森に目を配りながら、シノハラ・ミオは胸ポケットのふくらみを意識していた。
マケット怪獣スノーゴン。
今、タブラが姿を現わしたとしたら、それは使いどころなのだろうかと。
振り返るわけには行かないが、後方からはネロンガも近づいているはずだ。
だが、怪獣三体が戦うことになれば、少なからぬ被害が出る。まして、冷凍怪獣が暴れれば、その被害は予想外に広がる可能性がある。
考えてみれば、冷凍怪獣というのは少々使いどころの難しい怪獣なのかもしれない。
(これなら特殊能力がない分、セザキ隊員のゴモラの方が今の状況では――)
その時、多摩川上流方向から新たな機影が接近してきた。
ガンローダーである。
(……クモイ隊員か。とりあえず、まだこれを使う時じゃなさそうね)
目を対岸に戻す――次の舌が飛び出してきた。
「しつこいわよ! いいかげん諦めなさいな!」
すぐに狙いを定め、引き金を引く。
視界いっぱいに広がる舌の先端に、引き金を引いた数だけアキュート・アローが着弾し、またも舌はすごすごと戻ってゆく。
「私に狙いを定めたようね。……いいわ、受けて立ってあげる。私はそんなに『甘く』ないわよ」
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
フェニックスネスト・ディレクションルーム。
会見を終えたミサキ・ユキはディレクション・ルームへ戻ってきた。トリヤマ補佐官とマル秘書は、そのまま避難誘導の指揮に回っている。
スライドドアが開き、中へ踏み込むなり――
「ご苦労様だったね、ミサキさん」
サコミズ・シンゴ総監がいつものスマイルで彼女を迎えた。
「総監!?」
「人手が足りないだろうと思ってね。状況が状況だし、イクノ隊員だけでは管制と分析両方はキツイでしょ。済まないけどオペレーターを頼めるかな」
「もちろんです!」
まったく躊躇うことなく、満面に笑顔さえ浮かべて頷いたミサキ・ユキは、そのままシノハラ・ミオのデスクに着いた。ヘッドセットをかぶり、デスクトップの画面を立ち上げる。
メインパネルには既に現場にいる隊員たちの表情がそれぞれに映っている。
「――準備オーケーです、サコミズ総監。指示をどうぞ」
「うん。みんなにマケットは?」
「ウィンダムはヤマシロ隊員、ミクラスはクモイ隊員、ゴモラはセザキ隊員、スノーゴンをシノハラ隊員が所持しています」
「わかった。それじゃ始めようか。――みんな、聞いてくれ」
サコミズ総監の言葉に、アイハラ・リュウが反応した。
『サコミズ隊長!? ――じゃなかった、総監!?』
「懐かしいね、リュウにそう呼ばれるのは。隊長の君に事後承諾で悪いとは思うけど、今回の作戦指揮は僕が執る。リュウは戦闘指揮に集中してくれ」
『悪いことなんてありませんよ! G.I.Gです! ――お前ら、気合入れろ!』
一斉に全員からG.I.Gの応声が上がる。
それを聞いて頷いたサコミズ・シンゴ総監は続けた。
「一度に五体もの怪獣を相手にするのは確かに前代未聞だが、君たちそれぞれがそれぞれの力を出し切れば、必ずこの難局を乗り越えられると信じている。頼むぞ、みんな」
隊員たちは一斉に頷いた。
「それでは――作戦名・ペンタグラム。諸君らの五芒星で、奴らを再び歴史に封印するんだ!! ガイズ・サリー・ゴー!!」
「「「「「「「G.I.G!!」」」」」」」
現場の五人にイクノ隊員、ミサキ・ユキを加えた七人の声が唱和した。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
奥多摩湖・南東湖畔サス沢山頂上。
奥多摩湖全域を一望できるビューポイントであり、中継アンテナ施設の設置されている様々な通信上の要衝でもある。
今そこに、封印の大岩にて地蔵を奪取した星人が立ち、奥多摩湖の騒乱をじっと見つめていた。
超能力を使いながら東から南東へと見回せば、全部で五体もの怪獣が暴れている。
星人は肩を揺らして含み笑う。
「なんだ、私が作戦を始める前に、既に大混乱ではないか。地球人どもめ。くくく……これは手間が省けてしまったな。これならば地球に滞在するウルトラマンも出て来ざるを――んん?」
南東方向の山のさらに向こうを透視して、接近中の怪獣を見ていた星人は、少し首を傾げた。見えているのは、エンマーゴである。
「はて……まだ『あれ』は使ってないはずだが……。これはここにあるし」
傍らに鎮座している地蔵を見下ろす。
もう一度首を捻ったものの、星人はすぐ気を取り直した。
「まあいい。戦力は多いに越したことはないからな。もしかすると、私はついているのやもしれん。ならば、ここはしばし様子を見て、地球人の防衛部隊とウルトラマン、双方が疲れ果てた時を狙うとするか。ふふふ……ふわーっはっはっはっはっは!!」
傍らに地蔵を置いたまま、勝ち誇ったように高笑いを上げる星人の頭上を、ガンブースターが駆け抜けていった。