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ウルトラマンメビウス外伝 RAYGA

 第11話 封印怪獣総進撃 その3

 流清寺の裏山。
 小学生五人組は道の行き止まりに着いていた。
「……あれ?」
 予想していた光景とはかなり違うものだった。
 そこは、谷へせり出した大きな岩棚の上、という天然の高台。突端には古い松が一本、枝を広げていた。
 手前の傍らにはさらに大きな岩がせせり立っており、その表面に人の頭ほどもある星型の印が刻んである。そして、その下にはお地蔵さんが五体、並んでいた。
「なんにもないね」
 イトウ・オサムの呟きに、めいめいで頷く。
 それぞれに、どこかに道が続いていないかあちこちを見回し始める中、シブタ・テツジは地蔵に近づき、その前に屈みこんだ。
 かなり年代ものの地蔵らしく、目鼻立ちの凹凸がほとんどなくなっている。
 地蔵をよく見ようと少し前のめりになった瞬間、両肩を強くつかまれた。
「うわっ!?」
 突き飛ばされたのか、と思わず反射的に両手を前に伸ばして支えようとする。結果、お地蔵さんの顔につかまってしまった。
「へへへ〜、びびった? ねえ、てっちゃん、びびった?」
 振り返ると、ミヨシ・ヒロムが意地悪そうに笑っていた。
「ひろちゃん……やめろよ! びっくりしたよ!」
「あはははは、てっちゃん顔真っ赤〜」
「うっさい!」
 態勢を戻そうと地蔵を支えに――その手応えが消えた。
「え?」
 支えを失ったシブタ・テツジはそのまま前のめりに倒れ伏した。両肩が地蔵にぶつかる――元々支えにしていた地蔵ともども、後方へひっくり返る。
「うわ、やっちゃった!?」
 しかし、幸い地蔵は倒れただけで横手の岩棚から転がり落ちることはなかった。
 シブタ・テツジとミヨシ・ヒロムはほぼ同時に安堵の吐息を漏らしていた。
「……あっぶなー」
 言いながら身を起こすシブタ・テツジ。その膝やズボンを軽く叩いて土を払うミヨシ・ヒロム。
「ごめんごめん。てっちゃん、ぼくも直すよ」
「当たり前だろ。ったく、ばちがあたったらひろちゃんのせいだからな」
 二人で地蔵と岩の後ろに回りこみ、力を合わせて起こそうとした時だった。
「うわぁっ!!」
 と、誰かが叫んだ。
 声のした方を見やると、林道へと戻る入り口付近でイトウ・オサムが立ちすくんでいた。
 そして、その前に立つ何か。金色に輝く人型の何か。どう見てもそれは地球人ではない。
 両肩口から小さな翼のような飾りが突き出し、頭は左右に張り出した烏帽子を被ったような形状。つぶらな瞳に、口に見える部分にはカラータイマーのような蒼い輝く石状のものが露出している。そして、その拳からは二つの棒のような突起が伸びていた。小学生的には、鉛筆を二本、薬指と中指の間と中指と人差し指の間に握り込んで拳を作ったらあんな形になるだろうな、という形状である。
 その人型を見た途端、イトウ・シンジが叫んだ。
「あ、星人だ!!」
 道を探していたハラ・テルオ、それに地蔵を持ち上げかけていたシブタ・テツジも驚きのあまり棒立ちになる。
 ミヨシ・ヒロムは思わず後退りしかけて――手を滑らせた。
 起こしかかっていた地蔵の頭がその足に落ちた。
「ぎゃあ」
 完全にバランスを崩したミヨシ・ヒロムは、転がっていた隣の地蔵にも足を取られ、倒れながらまだ健在だった地蔵にしがみつく。そして、一緒に倒れ込んでしまった。
 一方、突然手の中の重みが増して、思わずお地蔵さんを取り落としてしまったシブタ・テツジも、バランスを崩していた。ミヨシ・ヒロムと同じように後ろへたたらを踏み、倒してしまったもう一つのお地蔵さんに足を引っ掛け、倒れ込みながら健在な最後のお地蔵さんにしがみつく。
 ミヨシ・ヒロムと違ったのは、彼の後方は岩棚の端になっていたため、我が身を守ろうと身体を内側へ捻っていたことであろうか。だが、事態は逆に動いてしまった。
 結果、勢いよく倒れたお地蔵さんはそのまま遠心力に乗って転がり――落ちた。しがみついたシブタ・テツジごと、岩棚の下へ。
「う、うわあっ!!」
 残ったのは、という叫び声だけ。
 石造りの地蔵が壊れる音は聞こえなかった。
 どこかに叩きつけられる音すら。
 誰も声を出せず、誰も動くことが出来ず。
 ただ、風だけが鳴っていた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 フェニックスネスト・ディレクションルーム。
 パトロールから帰還した二人を加え、四人がメインパネルに表示されているセザキ・マサトに注目していた。彼の背後ではシノハラ・ミオが古文書を読み上げている声が聞こえている。
「まだ確定したわけではありませんが――」
 そう前置きして、送られてきた古文書の画像データを解析していたイクノ・ゴンゾウが、説明を始めた。
「名称の類似性、及びデータに掲載のあった絵図、被害報告などを照らし合わせた結果、五体の大妖怪はそれぞれ過去の防衛隊が戦ったことのある怪獣の別個体である可能性が高いと判明しました」
 イクノ・ゴンゾウの指がコンソールを這い、五つのウィンドウが立ち上がる。
「まず、禰呂牙(ねろが)、これはドキュメントSSSPに記載のあるレジストコード・透明怪獣ネロンガに類似」(※ウルトラマン第3話に登場)
 画面上、ガマガエルを前後に引き伸ばして尻尾を生やし、頭に一対の後方へ伸びる角をつけたような怪獣の写真がアップになる。
「次に御牛頭陀(おごずだ)。その独特の形状と、溶解性の涎という特殊能力によりドキュメントMATに記載のあるレジストコード・水牛怪獣オクスターに類似」(※帰ってきたウルトラマン第30話に登場)
 後ろ半身がなく、異様に盛り上がった肩から前方へと一対の赤い角が突き出した怪獣のウィンドウがアップになる。
「手振(たふら)、水魔(すいま)についてはドキュメントUGMに記載のあるレジストコード・復活怪獣タブラ(※ウルトラマン80第8話に登場)とレジストコード・むち腕怪獣ズラスイマー(※ウルトラマン80第42話に登場)ではないかと思われます。特にズラスイマーについては、ドキュメントZATにあるレジストコード・液体大怪獣コスモリキッド(※ウルトラマンタロウ第2、3話に登場)と最後まで候補を争いましたが、左腕がムカデ、頭部に蛇という記述が見られ、こちらに」
 二体の直立歩行恐竜型怪獣が、それぞれ画面の半分ずつを占める。ズラスイマーの方はかなり独創的な形状をしているのが見て取れる。
「そして最後の閻魔王ですが、これはもうそのものずばりで、ドキュメントZATに記載のあるレジストコード・えんま怪獣エンマーゴでしょう。ほぼ間違いありません」(※ウルトラマンタロウ第14話に登場)
 アップになったのは右手に刃広の青龍刀、左手に盾を持ち、うろこ状の金属鎧で身を固めた、まさに閻魔大王としか表現の出来ない容姿の怪獣。
「閻魔大王の怪獣とはな」
 クモイ・タイチの呟きに、アイハラ・リュウはふっと笑みをこぼす。
「以前、恵比寿様の怪獣が暴れたこともあったな(※ウルトラマンメビウス第12話)。メビウスとヒカリの二人がかりでも振り回されるほどの強敵だった」
「エンマーゴもかなりの強敵のようですね。嘘か本当か、ドキュメントZATではウルトラマンタロウが首を切り飛ばされたとの記述が」
「うぶっ……」
 一人コーヒーを飲んでいたヤマシロ・リョウコは思わず吹き出しそうになった。
「……うそ。あのウルトラマンタロウが!?」
「かなりショッキングだったようで、この報告を書いている本人にも、前後の状況がよくわかってないようです。気がついたら首が治っていたとか何とか」
「だろうなぁ。ウルトラマンの首が吹っ飛んだら、そりゃ驚くどころの騒ぎじゃないよね。よく倒せたもんだわ」
 感心しきりに首を傾げるヤマシロ・リョウコ。
 アイハラ・リュウは頷き頷き、画面のセザキ・マサトに告げた。
「ともかく、その言い伝えや古文書が事実であれば、その地域は重点監視区域に指定されることになる。GUYS地上部隊による追加の調査も入るだろうし、マサト、シラサワさんとフジサワ住職にもよろしく言っておいてくれ」
『G.I.G。それでは、今日のところはシノハラ隊員の読み上げが終われば――』
 不意にセザキ・マサトの言葉が途切れた。
 通信の不具合ではなく、辺りを見回している。背後のシノハラ・ミオも読むのをやめ、不安げに辺りを見回している。
「マサト?」
『すみません。地震です。かなり大きい……震度4ぐらいありそうです』
「ゴンさん」
 隊長の指示を受け、速やかに調べるイクノ・ゴンゾウ。
 しかし、その表情に困惑が浮かぶ。
「今のところ気象庁からの発表なし。地震計が地震を観測していないのか、それとも――他の何か事情があるのか」
「マサト!」
『……収まりました。結構長かったですね。ここでこれだけってことは、都心の方でも相当揺れてると思うんですが』
 アイハラ・リュウは、再びメインパネルからイクノ・ゴンゾウを見やった。しかし、イクノ・ゴンゾウは首を振る。
「都内でも感知されていません。奥多摩限定と思われます。これはひょっとすると……火山性微動か、怪獣性震動の可能性が」
「ふむ……」
 少し考え込んだアイハラ・リュウは、メインパネルに向き直って指示を下した。
「マサト、ミオと一緒にしばらく現地に留まれ。出来れば、シラサワさんと一緒に、怪獣が封印されたって場所を見回っておけ」
『G.I.G』
「タイチはガンローダー、リョーコはガンブースターで出動だ。俺もガンウィンガーで出る」
「勘、か」
 ヘルメットを小脇に抱え、アイハラ・リュウの分を差し出しながらクモイ・タイチが聞く。
 アイハラ・リュウは頷いた。
「ああ、なんか嫌な予感がしやがる。それに場所が場所だ。すぐ近くに奥多摩湖の小河内ダムがある。あれが被害を受けたら色々面倒だ。打てる手は先に打っておく。――ゴンさん、念のため、さっきの怪獣五体の詳細データを揃えてメモリーディスプレイに送ってくれ。後は頼む」
「G.I.G。ミサキさんたちにも状況報告しておきます」
「ああ、よろしくな」
 クモイ・タイチ、ヤマシロ・リョウコを従え、アイハラ・リュウは颯爽とディレクションルームを出て行った。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 流清寺の裏山。
 小学生四人は星型の刻印がされた大岩の前に追い詰められていた。ただし、ミヨシ・ヒロムだけは地蔵の頭が落ちた足を抱え込んで横たわっている。
 目の前では星人が拳を突き出していた。
「くっくっく。ここで何をしていたか知らんが、見られたからには死んでもらうぞ、地球人のガキども」
「やばいよやばいよどうするのさてるぼん」
「星人相手に何をどうしろってんだ! ――なんかいい案ないのかよ、ひがしっちー!」
「都合のいいこと言うなよ! あったらとっくにやってる! そっちこそ自慢のバッティングはどうしたんだよ!」
「バットがねえんだよ!」
「おかーさーん!!」
「ゴチャゴチャうるさい、死ねえ!」
 拳の先に突き出した二本の突起が火を噴――く寸前、大地が揺れた。
「お、おお!?」
 バランスを崩した星人の狙いが逸れ、咄嗟にしゃがみ込んだ四人の頭上、大岩に刻まれた星型の刻印周辺にいくつかの弾丸が弾けた。
 星人の拳の先の二つの突起は、機関銃の銃身らしかった。
「ちっ、外したか……くそ、なんだこの揺れは。収まらんのか」
 星人の言うとおり、揺れはなかなか収まらない。星人は続けて発砲したが、ことごとく逸れて、背後の大岩を削って跳ねる。星型の印が無残にもズタズタになる。
「く……おのれ。ええい、面倒な。仕方ない、これだけいただいてゆくとしよう」
 激しい揺れの中、よたよたっと近づいてきた星人は、倒れていた地蔵の一体に触れると、次の瞬間一緒に姿を消した。
「え?」
「消えた?」
 星人が消えるのを待っていたかのように、揺れが緩やかになり始める。
「……助かった……のか?」
「そうみたい、だね……」
 ハラ・テルオとイトウ・オサムが恐る恐る辺りを見回す。
 ふと、イトウ・シンジが顔をしかめた。
「なにこの音?」
「音?」
 三人で辺りを見回す。すっかり静まり返った岩棚の上、聞こえるのは吹きすぎる風の音――だけではない。ビキビキビシビシとなにか硬質な物が割れてゆく音――音の出所は頭上。
 見やれば、星型の刻印のあった大岩にひびが走り、刻々広がっている。
「げ、割れるぞ!?」
「てるぼん! ひろちゃんを! おさむっちー、あっちへ行け!」
 イトウ・シンジはイトウ・オサムを押しのけるようにして広い方へ突き飛ばした。次いで、ハラ・テルオと協力してミヨシ・ヒロムを抱え上げ、転がるようにイトウ・オサムの後を追う。
 四人が安全距離を取った途端、大岩は崩壊し、その破片は土石流のような勢いで左右の谷へと落ちていった。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 流清寺。
「そうかそうか、がいずもようやく重い腰を上げて調査をしてくれるか。重畳重畳」
 これまでの努力の甲斐が実ったと、上機嫌のシラサワ・ヒョウエノスケ。
 一通りの読み上げが終わったので、ミオも畳に座り込み、フジサワ住職の出してくれた湯飲みの番茶を飲んで一息ついている。
 セザキ・マサトも湯飲みを傾けながら、シラサワ・ヒョウエノスケに尋ねた。
「しかし、地震の度に心配となると、その封印というのはよほど不安定なものなのですか?」
「いやいや。無論、そう簡単には解くことは出来ぬようになっておる。とはいえ、時の流れというのは恐ろしいものでな。封印自体の風化もまた避けられんのじゃ」
「封印の風化?」
「ふむ……お主になら話してもよかろうかの?」
 振り返ってフジサワ住職に同意を求めるシラサワ・ヒョウエノスケ。フジサワ住職はにっこり微笑んだ。
「よろしいのでは? 彼らが怪獣を復活させてどうにかしようとはしないでしょう。しかし、セザキ隊員、くれぐれもこの件は――」
「ええ。この場だけの話、ボクらの胸の内にだけ納めておきます」
 ならばよかろう、と頷いたシラサワ・ヒョウエノスケは、威儀を正し、腕組みをして咳を一つ払った。
「うほん。件の五大妖怪の封印しておるのは、この寺の裏山にある大岩と、その前に並んでいる石地蔵なのじゃ」
「岩と地蔵ですか。ボクはまた、お札か何かで封じているのかと」
「お札は風雨に弱いでの。江戸時代、今のところ最後の大妖怪である禰呂牙(ねろが)を、村井強衛門殿より秘伝を賜って封じたご先祖様が、大岩に五行の印を刻み、他の四大妖怪の封印ともども裏の岩棚の上に据えて封印の要となしたのじゃ。ところが……歴史に名高い地震やら富士の噴火やら台風大雨やらで斜面が徐々に崩落してきおってな。今や大岩はかなり不安定な状態になっておる。無論、人の力で押した程度で転がり落ちるようなものではないのじゃが……」
 初めて見せる弱りきった顔に、セザキ・マサトにはわからない焦燥感が漂っている。
「それ以外にも封印の力が弱まっている要因があるのですよ」
 フジサワ住職の口添えに、シラサワ・ヒョウエノスケは大きく溜息をついた。
「そうなのじゃ……。ご先祖様が封印に使った五行の術は、自然の力を礎にしておる。五行とは木・火・土・金・水。じゃが、今言うた件で土が弱り、土から生まれる木が弱り、奥多摩湖を造った小河内ダムによって川の流れが弱って水が弱り、五行のバランスが崩れておる。それが引き金となって、地脈も乱れておる。今ではどんな些細なことで封印が解けるか、わしにもわからん」
「それで、あんなに必死に通報を繰り返していたんですね……」
「……えっと、火と金は?」
 シノハラ・ミオの余計な突っ込みに、さすがのセザキ・マサトも空気読んでよミオちゃん、というじと目で見ざるをえない。
 シラサワ・ヒョウエノスケは気を悪くした風もなく、親切に答えた。
「金は地蔵じゃ。火は地蔵の首に巻く赤いよだれかけで代用しておる。さすがに吹きさらしの中で火を焚き続けるのは無理じゃからの」
「え? でも、地蔵は石なんでしょ?」
「考え方の問題でさ」
 セザキ・マサトはシノハラ・ミオの方を真っ直ぐ見て続ける。しばらく黙っていてくれるかな、という意思を込めたわざとらしい笑顔を満面に浮かべて。
「現代人としては材質は石なんだから土じゃん、と思うだろうけど、この場合は土から生まれた物というのが大事なのさ。五行思想では金は土から生まれるからね。岩から切り出されたお地蔵さんは、土から生まれたものだから属性を金だと見なす、という考え方も出来るんだよ」
「こじつけね」
「魔術とか呪術ってのは、そういうものだよ」
「……セザキ君、防衛軍出身よね?」
「おや、シノハラ隊員はご存じない? 防衛軍在籍者にもオタクは多いんだよ?」
 驚きに見開かれていた眼鏡の奥の瞳が、呆れた半目に変わったのは一瞬だった。
「……よーするにゲームアニメマンガの知識かよ」
「いや、じゃが的を射ておる。やっぱりお主、シラサワの家に来んか? そこまでの理解は、うちの息子、孫どもでもなかなか――」
 その時だった。
 突き上げるような衝撃が、四人を襲った。
 体重の比較的軽いシノハラ・ミオなど、一瞬体が浮いたほどの強烈な衝撃。それは――
「地震!? またなの!?」
「今度のは大きいぞ!? 直下型か!?」
 しかし、衝撃の後の震動が続かない。
「皆さん、とりあえず庭へ!」
 フジサワ住職の指示に従って、全員で靴を履き、庭に出る。
 もう揺れは収まっていた。ただ……。
「一体なんだったの? 地震にしては短すぎない? 何かが爆発したの?」
 困惑しきりのシノハラ・ミオに、セザキ・マサトはしっと唇に人差し指を当てて沈黙を促す。
「いや……何か……地鳴りのような音が……」
 その目は油断なく辺りを見回している。
 フジサワ住職があっと声を上げた。続いてシラサワ・ヒョウエノスケも言葉にならないうめき声を。
 隊員二人が、二人の見ている方を見やる――寺の裏山を。
 濛々と立ち込める煙のような、砂埃のようなもの。そして、その中から五つの光の玉が空へと舞い上がる。
「なにあれ!?」
「まさか……シラサワさん!?」
「ふ、封印が解けおったのかっ!? まさか……今の段階であれを解くには、地蔵を二つ以上減らした上で、大岩の印を削らねばならぬと見ておったのじゃが……うぬ、おのれっ! なんにせよ、こうしてはおれん! 住職、行くぞ!」
「はい!」
 言うなり、二人は駆け出した。寺の裏手へと回り込んでゆく。
「ちょ……もうっ! 勝手に動かないで――セザキ君!?」
 後を追おうとしたシノハラ・ミオの肩を、セザキ・マサトの手が引き止めていた。
「彼らはボクが。君は周辺集落の避難指示と、みんなに連絡を」
「避難と連絡って、なぜ? なにが起きてるか、あなたわかってるの? まさか、あんな迷信を信じて――」
「うん。なにも起きてなければいいよね。ただの土砂崩れなら、それに越したことはないと思う。でも、彼らの言葉が真実だったら、この狭い地域に五体もの怪獣が一斉に現れることになる。内二体は確実に人を食う。出来るだけ早く避難行動を指示した方がいい。頼むよ」
 返事を聞かず、軽く肩をぽんぽんと叩いてセザキ・マサトは駆け出した。
 呆気に取られていたシノハラ・ミオは、んもう、と両拳を握って怒ったものの、すぐにメモリーディスプレイを取り出してフェニックスネストにつないだ。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――
 
 封印の大岩前。
 辺りは立ち込める粉塵で見通しが悪い。
 そんな中に、口元を押さえながら砕け散った岩の跡を覗き込む四人の小学生の姿があった。
「……壊れちゃった……」
 イトウ・オサムが呆然と呟く。
「いや、星人のせいだし」
 そう言い訳するハラ・テルオの顔色も、これ以上なく青い。
「足、痛い〜……げほ、げほっ」
 足を抱えて横たわるミヨシ・ヒロムの顔も、別の意味で青い。
「ひろちゃん、痛いのわかるけど、ハンカチか何かで口と鼻を押さえといた方がいいよ。それより、てっちゃん……どうしよう」
 そう言いながら恐る恐る、シブタ・テツジの落ちていった崖っぷちを覗き込むイトウ・シンジ。
 その目が、二、三度瞬いた。
「てっちゃん!? てっちゃん!!」
 普段彼が出さないような驚きの声に、全員が顔を向けた。ミヨシ・ヒロムですら。
「なんだよ、ひがしっちー!?」
「なになに、どうしたの?」
 ハラ・テルオがイトウ・シンジの背後から、さらにその横に並んでイトウ・オサムが顔を出し、岩棚の下を覗き込む。動けないミヨシ・ヒロムは、その場で顔だけ心配そうに向けている。
 今いる岩棚の下にせり出した別の小さな岩棚の上に、シブタ・テツジの姿があった。気を失っているらしい。呼びかけには答えない。
「おお、てっちゃん! ……なんだよ〜、生きてんじゃん。ハラハラさせやがってぇ」
「よかったぁ……死んじゃったかと」
 へなへなとその場に座り込むハラ・テルオとイトウ・オサム。
 イトウ・シンジは安堵の吐息をつきながら、ゆっくりと首を振る。
「いや、死んでてもおかしくなかったよ。一緒に落ちたお地蔵さんがいないもの。落ち方が変わってたら、お地蔵さんだけあそこに残って、てっちゃんの方が谷底へまっさかさまだったかも。……見た感じ、怪我もないっぽいだし、ほとんど奇跡だよ」
「お地蔵様が守ってくれたのかなぁ」
 しみじみと呟くイトウ・オサムに、今回ばかりはイトウ・シンジもハラ・テルオも全面的に頷くしかない。
「かもな」
「かもね。ともかく、てっちゃんを何とか救い出そう。ひろちゃんについては――」
 突き上げるような衝撃が四人をふわりと浮かせた。びっくりしたあまり腰を引いたのがよかったのか、崖っぷちから覗いていた三人は後方へ転がって事なきを得る。また、シブタ・テツジも意識を失っていたことが幸いして、岩棚から落ちることはなかった。
 しかし――
「な、なにあれ!?」
 一人離れていたミヨシ・ヒロムが恐怖に満ちた声を上げた。崖上の三人の目が、そちらへ惹きつけられる。
 林道が走っているはずの斜面が、繁茂している雑木林ごと崩落していた。
 ただの地滑りではない。地下で斜面を支えていた岩盤が突然消えてなくなったかのように、ごそっと陥没している。
 そして、水か何かのように崩れ落ちてゆく大量の土砂の流れの中に、動く何かがいた。
 巨大な四足の獣。ガマガエルのように大きな口に生えた牙、頭部に伸びる二本の角。鼻先に突き立つ太い角。
 低い唸りが辺りの空気を震わせる。
「か、怪獣……だ……!!」
 ハラ・テルオが漏らした悲鳴じみた声には、もはやいつもの元気など影も形もなく、かすれていた。
 イトウ・シンジは手早くリュックを下ろし、取り出したウルトラマン大百科をひもとく。
 その手はすぐに止まった。そして、斜面で身体を揺すって落ちてくる土砂を払い落としている巨大な生物と、手元の書面を何度か見直す。
「――間違いない。ネロンガだ。透明怪獣ネロンガ。およそ五十年前に出現して、初代ウルトラマンに倒された怪獣だよ!」
「そんなこと言ってる場合か、ひがしっちー!! どうすんだ!? おれたち食べられちゃうぞ!?」
「それは大丈夫。ネロンガのエサは電気だから、ぼくらは眼中にないはず。多分、放っておいても奥多摩湖の発電所へ向かうんじゃないかな」
「そ、そっか。それなら大丈夫だな」
 ほっと一安心して、表情を和らげるハラ・テルオ。
 しかし、イトウ・オサムは泣きそうな顔で言った。
「でも……ぼくら、どうやって麓に降りるの?」
 その言葉で我に返り、もう一度崩落中の斜面を見やる。どう見ても、林道ごと崩れ落ちていた。
 顔を見合すハラ・テルオとイトウ・シンジ。一度は弛んでいたその表情が、たちまち青ざめてゆく。
「ひろちゃんはあんな状態だし、てっちゃんは崖の下だし……どうすんのさぁ」
 答の期待できないその問いは涙声を孕んで、虚空に消えてゆく。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 林道をかけ上っていたシラサワ・ヒョウエノスケとフジサワ住職は、その途中で足を止めざるをえなかった。
 林道が斜面の崩落により寸断され、先へ進めなくなっていたためだ。迂回しようにも、崩落現場のえぐれ具合は相当広範囲で、道の見当すらつかない。
「ヒョウさん、これはダメだ。一旦戻ろう。ここにいては、崩落に巻き込まれる」
 フジサワ住職の勧めに、シラサワ・ヒョウエノスケはうむむ、と唸る。
 そこへ、セザキ・マサトが追いついてきた。
「二人とも、ここは危ない! 早く戻って下さい!」
「おお、セザキ隊員! うむ、こうなっては――あっ!!」
 心残りに踏ん切りをつけるために見た斜面に、シラサワ・ヒョウエノスケは見た。滑り落ちた土砂を体から振るい落とし、斜面から出てゆく巨大な獣の姿を。
「鼻先の角と、後ろへ向かう竜神のごとき角――あれこそまさしく、禰呂牙(ねろが)!!」
 セザキ・マサトも確認して頷く。
「ネロンガだ。やっぱりシラサワ家の話は本当だったのか。ということは……他の四体も!?」

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 フェニックスネストのディレクション・ルーム。
 ミサキ・ユキとトリヤマ補佐官、マル秘書、それにイクノ・ゴンゾウがメインパネルに注視していた。
『こちらシノハラ! 流清寺の裏山より怪獣が出現! 明滅状態を繰り返しながら、日原川(にっぱらがわ)沿いに南へと移動中!』
 シノハラ・ミオがメモリーディスプレイで送ってくる画像には、確かに透明状態と通常状態を繰り返しつつ移動してゆく怪獣の姿が映っている。時を追って透明状態が長引いている。すぐに完全に姿を消してしまうだろう。
 すぐにイクノ・ゴンゾウがデータの照合を行う。
「画像照合により、ドキュメントSSSPに記載のあるレジストコード・透明怪獣ネロンガの別個体と特定! 南へ向かっているのはおそらく、電気を求めて南の氷川地区の集落へ、そして最終的には発電所のあるダムへ向かおうとしているものと思われます!」
 頷いたミサキ・ユキはマイクを取って指示を下す。
「わかりました、すぐにアイハラ隊長たちが到着します! それまで――」
『ダメです!』
 通信に割り込んできたのはセザキ・マサト。
「セザキ君!?」
『シラサワさんたちとネロンガ出現地のすぐ傍に来ています! 思い出してください! ここには他にも四体の怪獣がいるはずなんだ! 地上のボクらではこんな山がちの場所で怪獣を視認するのは難しい! まして、ネロンガは人を食わない!』
 イクノ・ゴンゾウとミサキ・ユキははっとして顔を見合わせた。
 頷き合うなり、イクノ・ゴンゾウは即座にアイハラ・リュウへ通信回線を開く。
 ミサキ・ユキは続けた。
「わかったわ。アイハラ隊長たちには、他の怪獣の捜索を優先してもらう。そちらは何とかできる!?」
 画面の中のセザキ・マサトは少し視線をそらして考え込み――頷いた。
『……とりあえず、マケットもあります。何とかやってみます』
「お願い。こちらでも打てる手は全て打ちます。あなた方が必要と判断したら、マケット怪獣を使用することを許可します。全力を尽くして――シノハラ隊員もお願い!」
『『G.I.G!!』』
 二人の緊迫感あふれる応声を残して、シノハラ・ミオのウィンドウが切れた。
「セザキ君? まだなにか?」
 まだウィンドウに残っていたセザキ・マサトは、画面に一人の老人を映し出した。
『怪獣の場所についてですけど、先祖が封じた怪獣をずっと見守ってきたシラサワさんに聞くのが早いかと思われます』
「確かにそうね。――シラサワさん、CREW・GUYS日本支部総監代理のミサキ・ユキと申します。情報提供をお願いしてもよろしいですか?」
 画面の中のシラサワ・ヒョウエノスケは頷いた。
『もちろんじゃとも。言い伝えでは、ここには大妖怪どもの気魂を封じ込めておったそうじゃ。おそらく、最前天に散った光の玉がそれじゃろう。封印を解かれた気魂は元の体に帰り、それぞれの場所にて復活しておるはずじゃ』

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 ガンフェニックストライカー。
「怪獣五体!? しかも同時!? おいおい、いくらなんでもほどってあるでしょー!?」
 悲鳴じみた声を上げたのはヤマシロ・リョウコ。
「まあ、そうそう人間の都合に合わせてはくれまいと思ってはいたが……五体か」
 呆れているのか、溜息をつくクモイ・タイチ。
 しかし、隊長アイハラ・リュウは泰然としていた。
「東京決戦の時は、インペライザー三機連続撃破とかやったことがある。あん時は世界同時に十三体出現してたしな。五体ぐらい問題ねえ。俺たちが全力を出し切れば、全部倒せる!」
 モニターに映るミサキ・ユキもその力強い言葉に頷く。
『アイハラ隊長の言う通りよ。ともかく、今は各怪獣の位置を特定するのが先。場所が場所だけに、現場近くの上空にいるあなた達が一番機動力がある。まずは五体の怪獣全てを見つけて!』
『いえ、残り三体です』
 割り込んできたのはイクノ・ゴンゾウ。
『ネロンガはシノハラ隊員が追跡しています。谷沿いに多摩川との合流点へ向かって進行中。そして今、小河内ダムより連絡が。職員が謎の生物による襲撃受けていると。長い触手のようなものに絡め取られ、湖に引き込まれたそうです。これは、シラサワさんの証言からすると――』
『御牛頭陀(おごずだ)じゃ!』
 その当のシラサワ・ヒョウエノスケが新たに割り込んできた。
『レジストコード・水牛怪獣オクスターですね』
『あれを封じた池は、今は奥多摩湖の湖底に沈んだ村の近くにあったと伝わる。なんでも、水から出ることが出来ぬ故、長い舌を伸ばして獲物を捉え、食らうそうじゃ!』
「水の中かよ」
 アイハラ・リュウは顔をしかめた。
 ガンフェニックストライカーでは水中戦はできない。ガンスピーダーで潜らなければ。
『ともかく、今は他の三体も確認を!』
 ミサキ・ユキの指示に、機上の三人は頷いた。
「G.I.G」
「G.I.G」
「G.I.G。三体なら三機に分かれた方が効率的だな――ガンフェニックストライカー、スプリット!」
 青梅市上空で三機に分かれたGUYSメカは、それぞれ指示された方角へ散ってゆく。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 ガンウィンガーのコクピット。
 モニター画面に映るイクノ・ゴンゾウから、情報が提供される。
『隊長、大妖怪・手振(たふら)――レジスト・コード復活怪獣タブラは、川沿いの氷川地区対岸の山中に封印されたそうです。ちょうど……氷川キャンプ場の裏手でしょうか。氷川地区は奥多摩でも大きな集落、このままいけば、ネロンガの進行コースにも当たります』
「G.I.G。住民の避難を急がせろ。上手くやれば、タブラとネロンガを同時に倒せるかもしれねえ」
『了解しました』
 アイハラ・リュウは山の合間を縫うように、一直線に指示された氷川地区へ向かう。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 ガンローダーコクピット。
 モニター画面に映るイクノ・ゴンゾウから提供された情報は、ズラスイマーのものだった。
『シラサワさんの情報によると、レジスト・コードむち腕怪獣ズラスイマーが封印されたのは、今の奥多摩湖の北岸、倉戸山の中腹だそうです』
「G.I.G。――見つけ次第攻撃するか?」
『今、検討中ですが、できれば人食いの伝承があるオクスターとタブラを優先したいところですね。オクスターは既に被害を出しているようですし、タブラはネロンガと合流しそうなので、どちらも一刻を争うんですが……』
 その時、アイハラ・リュウから通信回線が開いた。
『いや、タイチとガンローダーの力が必要だ。そっちは視認だけして氷川地区へ来い』
『隊長?』
 イクノ・ゴンゾウは怪訝そうに眉をひそめる。
 クモイ・タイチも少し怪訝そうに目を細めた。
『タイチなら、気配で怪獣の位置を特定できる。透明怪獣ネロンガ対策に必要だ。それに、ガンローダーのメテオールで奥多摩湖まで飛ばしてくれれば、全部まとめて相手できる』
『無茶です、隊長! 四体まとめて相手なんて、この場合は各個撃破が戦術的にも戦略的に――』
『戦略なんか知ったことか!』
 一括されて、イクノ・ゴンゾウは面食らったように目を瞬かせた。
『避難が間に合うかどうかわからねえ氷川地区で、ドンパチやるわけにはいかねえ。俺たちが苦しかろうと、住民の安全を図るのが優先だ!』
『……はい、その通りです。では、その線で戦術を組み立て直します』
『頼む。――タイチ、聞いての通りだ。出来るな?』
 クモイ・タイチはにんまり頬を歪めた。
「ふっ……誰に言ってる。任せろ」
 コクピットの前方キャノピー越しに、秋の陽射しでキラキラ輝く奥多摩湖の湖面が見えてきていた。 

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 ガンブースターコクピット。
 イクノ・ゴンゾウから情報を受けたヤマシロ・リョウコは、多摩川から山稜一つ南側の区域を西へ向かって飛行していた。
『そちらに封印されたのはレジスト・コードえんま怪獣エンマーゴです。アーカイブ・ドキュメントの過去の情報から推察するに、移動力はさほど高くありません。場所からしても、他の四体に比べて最も人気のない場所です。ですから、目標を視認出来次第、奥多摩湖へ向かってください。他の怪獣を倒すのが先です』
「G.I.G。――っと、異常発見?」
 キャノピー越しに地上を見ていたヤマシロ・リョウコは、ふと顔を曇らせた。
 色とりどりの紅葉に輝く山肌に、穴のようなものが見えた。よく見ると、時期外れの冬枯れの林のように、その辺りの斜面一帯、上空からでもわかるほどに地肌がほぼ露出している。
『どうしました?』
「んー……森が枯れてる。紅葉とかじゃなくて、葉っぱ全部落ちた木ばっかし。しかもよく日の当たりそうな南斜面なのに」
『!! 気をつけてください。恐らくその周辺にエンマーゴがいます。奴が吐き出す黒煙は、植物を枯らすとドキュメントに記載があります』
「G.I.G。この辺を周回して、目標を視認後、奥多摩湖へ向かいます」
 目を凝らし、左右を見回しながら、ヤマシロ・リョウコは操縦桿を大きく横に倒した。


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