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ウルトラマンメビウス外伝 RAYGA

 第11話 封印怪獣総進撃 その2

「おれ、見たんだよ。バスがここへ来る途中にさ、『怪獣寺この上』って書いた古い看板。怪獣寺だぜ、かいじゅうでら。どんなとこで、どんな怪獣がまつってあるか、見たくねえ?」
「まつるのは神社だよ、てるぼん。寺ならたぶん死んだ怪獣を供養するところだろうね」
「だったら、怪獣の墓があるってこと!? すげー、どんな墓なんだろ」
「でも、勝手に行ったら先生に怒られない?」
「知るか。怒られんのが怖いなら来なけりゃいじゃねえか、ひろの腰抜けー」
「でも、どうやって行くのさ。どこから出るにしても、大人に見つかったら止められるだろうし」
「おう、それならもう下調べしてある」

 ――そういうやり取りを経て、五人は裏手の非常口兼用職員勝手口を勝手に開けて博物館を脱出した。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 奥多摩のある集落。
 セザキ・マサトとシノハラ・ミオは目的の老人の住居前に佇んでいた。
 土地の名士なのか、周囲の建物と比べてもかなり大きな戸建で、敷地面積もやたらと広く、外からでも日本庭園が垣間見える。奥の方に見える離れのような建物は、窓の少ない外観からして蔵だろうか。
「予想外に大きな家だねー」
「そうね」
 頷くシノハラ・ミオの表情は能面のようだった。半目だけが、驚きというか呆れているのを微かに感じさせる。
「……昔の推理小説でさー、訪ねて行った女の人が館の主人に囚われて、あんな風な蔵の中に監禁されたって――」
「やめて」
「……反応がかーわい♪」
「うっさい」
 げしっと、すねを蹴られた。
 とはいえ、こうしていても埒が明かない。
 意を決してインターホンを押そうとした時、門扉が内側から開いて一人の老人が顔を出した。頭の禿げた和装の老人で、口の周りに白い髭を、うっすら無精ひげと見まごうほど伸ばしている。
「あ、あれ?」
 セザキ・マサトがその老人に抱いた第一印象は『妖怪ぬらりひょん』――だったのはナイショである。
「なんじゃお前さんたちは……? おお、そのキテレツな格好、がいずの隊員さんか!?」
 一瞬警戒した顔をすぐにほころばせた老人は、セザキ・マサトの肩を両側から挟むようにして何度かぽんぽんと叩いた。
「待っておったぞ、ええところに来たのぅ」
 どう見ても歓待ムードである。
 いきさつから、まず怒声罵声が飛んでくるものと覚悟していた二人は、拍子抜けした顔を見合わせた。
「あ、あの……シラサワさんですね? 先ほどお電話いただいた」
 恐る恐るシノハラ・ミオが尋ねると、老人は深く頷いた。
「いかにも、わしがシラサワ・ヒョウエノスケである」
「わたくし、CREW・GUYSのシノハラ・ミオと申します。彼はセザキ・マサト隊員です。あの、先ほどは……」
 会釈をして、どう切り出すかを考えながら続けようとする。
 しかし、シラサワ・ヒョウエノスケは手招きするように手を振った。
「ええからええから。ともかく二人とも一緒に来なさい。話はそこでするから」
 それだけ告げると、二人を待つ様子もなく歩き出す。
 二人は顔を見合わせたものの、三歩ほど離れた距離を保ちながらその後をついてゆくことにした。
 すぐにセザキ・マサトが切り出す。
「あの、シラサワさん。どこへ?」
「寺じゃ」
「寺?」
「この先にある流清寺という寺でな。この辺では怪獣寺、と呼ばれておる」
 二人はまたも顔を見合わせた。
「その怪獣寺に何の用ですの?」
「ごちゃごちゃ言うより、お前さんらには直接見てもろうた方が早かろう。まあ、お楽しみは着いてからじゃ」
 かっかっか、と笑うその姿に、二人は顔を見合わせて小首を傾げるしかなかった。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 怪獣博物館の駐車場を迂回して道路に出て、赤に黄に燃える奥多摩の山々を見ながらバスの来た道を戻ること約20分。
 ハラ・テルオの言っていた看板はあった。
 そして、百段以上はあろうかという長い石段を登った先にあったのは古く厳しい山門。大きな看板が五人を出迎える。
「……ええと、りゅうせいじ、でいいのかな?」
「かいじゅうでらじゃねーじゃん」
 自分で案内しておきながら、不服そうに頬を膨らませるハラ・テルオ。
 すかさずイトウ・シンジが突っ込む。
「そんな名前の寺、あるわけないじゃん。通称が怪獣寺なんでしょ」
「あ? どういう意味だよ」
「つまり、君がてるぼんと呼ばれてるのとおんなじことだよ」
「ああ、なるほど。それで……怪獣の墓はどこだ?」
 山門を抜け、石畳で整備された割とこぎれいな境内に入る。人気はない。寺社の境内独特の厳かな静けさが漂っていた。
 手前に手水場と井戸、奥に石灯籠と大きな本堂があり、左右は雑木林。右手の奥にいくつかの地蔵が並んでいる。左手の奥に石畳が続いているのは墓地にでも続いているのだろうか。
「それらしいのはないなぁ。手分けして探すか」
「てるぼん、下から誰か来るよ」
 イトウ・オサムの知らせに、一同はぎょっとして参道の下を見やった。確かに長い石段の両側からせり出した木々の梢の合間に、三人の人影が見える。石段を上がって来ようとしている。
「ヤバイ、隠れろ」
「隠れろってどこにさ、てるぼん」
「ええと……」
 辺りを見回したハラ・テルオは咄嗟に本堂の右端を指差した。
「あそこだ! 本堂の陰!」
 本堂は床が高いので、外縁廊下の下がちょうどいい陰になっている。五人はそそくさとそこへ隠れ潜んだ。
 やがて、山門をくぐって境内へ入ってきたのは、三人の大人――
「……あー、GUYSの隊員――むぐ!?」
 危うく大きな声を出しそうになったミヨシ・ヒロムの口をイトウ・シンジが塞ぐ。
「黙って。見つかったら怒られるぞ」
「――あれは……セザキ隊員と、女の人は――」
 イトウ・オサムの後をシブタ・テツジが受け取る。
「シノハラ隊員だね。うちにも来たことある」
「え? なんで? いつさ!?」
 思わず漏らしたイトウ・オサムだけでなく、全員がシブタ・テツジを見ていた。
「9月の頭頃かなぁ。なんか事件になりそうな異常が検知されたとかで、気づいたことはないかって。うちの近所みんなに聞きまわってたみたいだよ?」
「くっそ〜いいなぁ、てっちゃん。おれもてっちゃんちの近くに家があればなぁ」
 変な悔しがり方をするハラ・テルオに、シブタ・テツジは苦笑するしかない。
「それより、なんでGUYSの隊員さんがこんな怪獣寺に……」
「やっぱここが怪獣寺だからじゃない?」
 話題を変えようと振った話に、すぐイトウ・シンジが答える。
「今まで倒した怪獣の供養に来たとか、そういうところじゃないかなぁ」
「ふぅん……」
 一同なんとなく納得して頷き、三人に顔を向ける。
 こちらに気づかないまま手水場で手を洗い、本堂へと向かう間中、先頭に立つ老人が大声で話している。
「何を話してるんだろ」
「てっちゃん、しっ。………………………………うん。怪獣の話みたいだね」
「ぼくも聞きたい!」
 目を輝かせるミヨシ・ヒロムに、イトウ・シンジは目を剥く。
「だから、しーっ!!」
 すると、ハラ・テルオが動き始めた。
「てるぼん!?」
「……このままこの陰沿いに近づいて、話が聞こえる距離まで近づくぞ。この先、おれのことは隊長と呼べ。いいか、隊員たち!」
 その一言で、四人は理解した。今、なにが求められているのかを。
 四人は頷き合い、ハラ・テルオに向かって親指を立てた。
「「「「G.I.G」」」」

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 流清寺境内に入ると、シラサワ・ヒョウエノスケは話し始めた。
「そもそも、シラサワという名前は非常に由緒正しい名前での。古くは飛鳥時代よりさらに前、大陸から来た学者よりいただいたと伝わっておる」
「はぁ」
 地元の名士の由緒自慢などさして興味もないセザキ・マサトは、生返事にならざるをえない。
 そして、シノハラ・ミオはそもそも返事さえする気がなかった。
 しかし、シラサワ・ヒョウエノスケは二人のかもし出す微妙な空気などお構いなしに続ける。
「よそのシラサワさんはどうか知らぬが、我がシラサワの名は白にさわ――あー、さんずいに尺ではなく、四書いて幸せと書く方の澤なのじゃが、これは中国の瑞獣・ハクタクから来ておる。知っておるか? お主ら?」
「ずいじゅう……ですか。いえ、寡聞にして……」
「めでたい生き物って意味だよ、ミオ――シノハラ隊員」
 愛想笑いで切り抜けようとしたミオを制して口を挟んだセザキ・マサトは、そのまま続ける。
「確か、古代中国の伝説の帝に対し、この世に存在するという妖獣鬼神一万体以上について教えたという存在だね。転じて、知恵の主や防災の守り神みたいな扱いになってる。鳳凰とか龍、麒麟と同列って言えばわかりやすいかな?」
「ああ、要するに想像上の動物なのね」
「ほほう、そっちのは若いのによく知っておるな。感心感心」
「いやまあ、その手のはゲームなんかでよく出てくるもんで」
 三人は手水場で手を清め、めいめいにハンカチで手を拭った。
「げぇむ? ……なに言とっるのかわからんところも若さじゃのう。さて、なにゆえ我が先祖がそのありがたきお名前をいただいたか、わかるかな?」
「いいえ――って、いただいた?」
 引っ掛かりを感じて、セザキ・マサトは頭を回転させる。
「大陸からの渡来人に名前を授かったということですか?」
「まあ、そういうことじゃな」
「ふむ……今の話の流れからいえば……つまるところ、この地の妖獣鬼神百怪について知識があったから、ということですかね」
「そんなとこじゃな。我がシラサワ家は、代々この地にて妖し、物の怪、化物――今で言う怪獣を封印し、その封印を守る務めを果たしておる。言うなれば、今怪獣退治をしておるお主らの大先輩というわけじゃ」
 かんらかんらと哄笑するシラサワ・ヒョウエノスケ。
 途端にそっぽを向いたシノハラ・ミオがボソリと呟く。
「非科学的な迷信信仰と科学の最先端を一緒くたにしないでほしいわね」
「なんぞ言うたか?」
「いーえっ、なにも」
「そうか。では、そもそもお主ら、最初の怪獣はいつ出たか、知っておるか?」
 二人は顔を見合わせ、頷きあった。
 したり顔でシノハラ・ミオが答える。
「1966年1月2日、ゴメスとリトラの出現が記録されておりますわ。これが、怪獣頻出期の最初のケースで――」
「かーっかっかっか。若い! 若いのぅ!」
 本堂に上がる正面の階段に腰を下ろしたシラサワ・ヒョウエノスケは、膝を叩いて笑う。
「その前から、いわゆる怪獣は出現しておったわい。今言うた妖し、物の怪、化物、すべて合わせて妖怪。妖怪は小さいものと思うておらぬか? その伝承は日本全国にある。スサノオのヤマタノオロチ退治、俵藤太が討ち取った瀬田の大ムカデ、大江山の酒天童子、村井強衛門(むらいせいえもん)が井戸に封じた化物……さて、そのゴメスとリトラは、本当に最初の怪獣かのう?」
「……………………」
「確かに、そうですね。これは一本取られました」
 納得のいかなさそうなシノハラ・ミオは唇を噛んでいるが、セザキ・マサトはあっさり白旗を揚げた。
「それで、その話とこの流清寺はどう関わるんでしょうか」
「そこから先は、わたくしがお話しましょう」
 新たな声の主は、本堂から現れた。作務衣姿の男。年はシラサワ・ヒョウエノスケより一回りほど年下に見えるが、頭はそれ以上の見事な坊主頭。
「高いところから失礼いたします。この寺の住職をしております、フジサワと申します」
「ああ、本物か」
 セザキ・マサトの意味不明の呟きに、シノハラ・ミオは小首を傾げる。
 階段を下りてきたフジサワ住職は、シラサワ・ヒョウエノスケに柔和な笑顔を向けた。
「相変わらずですなぁ、ヒョウさん。でかい声が裏の庵にまで届いてましたよ」
「まーだまだ若いもんには負けんわい。ほーっほっほっほ」
 向き直ったフジサワ住職は合掌して、GUYS隊員二人に会釈した。
「流清寺の縁起につきましては、実は飛鳥時代以前に遡るのです」
「へー……」
「ちょっと住職。それはいくらなんでも。それって、奈良の法隆寺より古いってことですよね? 国の史跡にすら指定されてないのに――」
 シノハラ・ミオの鋭い指摘に、フジサワ住職は苦笑した。
「ですから、縁起と申し上げたのです。寺の形になったのは室町から戦国時代と聞いております。お堂自体は何度も建て直されておりまして、今のは昭和の中頃に建て直されたものです。寺の体裁を整える前は神社に近いものだったそうです」
「神社ではなく……神社に近いもの?」
「なんとご説明申し上げればよいのか……神社は神様を祀るところですが、ここは封印された妖怪の見張りとして存在していたのです。確かに、全国には祟り神を祀り、その怒りを鎮めようという神社も数多くありますが、ここでは祀ってすらおりませんでした。それゆえ、後に寺となれたのです」
「はあ……。セザキ君、理解できた?」
 セザキ・マサトは頷いた。
「うん、なんとなく」
「あっそ、じゃあ後は任せるわ」
「了解。――じゃあ、ここには過去に妖怪を封印した何かが残っている、というわけですか。そしてシラサワさんは、地震のたびにその封印が解けたのではないかと心配して、GUYSに連絡してくると」
 セザキ・マサトの推測に、シラサワ・ヒョウエノスケは大きく何度も頷く。
「その通りじゃ。そっちの小娘とは違ってお主は物分りがよいのぅ、若造」
「お褒めにあずかり光栄です。で、どんな妖怪が?」
「それは――」
 フジサワ住職は道を空けるように脇へ移動し、本堂を指し示した。
「中へ入っていただきましょう。襖絵、天井図、屏風などに描かれたものを見ていただきながら説明するのが早かろうと思いますので」
「なるほど、それを見せたかったというわけですか。シラサワさん」
「そういうわけじゃ。さあ、上がれ上がれ。遠慮なく上がれ」
 かんらかんらと哄笑するシラサワ・ヒョウエノスケ。
 そっぽを向いてボソリと呟くシノハラ・ミオ。
「自分の家でもないでしょうに」
「なんぞ言うたか?」
「いーえっ、なにも」
「フジサワ住職〜、写真は撮らせていただいてもよろしいんですか?」
「GUYSの方でしたら構いませんよ。怪獣研究に大いに役立てていただきたい」
「ありがとうございます」
 四人は階段を上がり、本堂へと入っていった。 

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 五人の小学生は、そのとき大人四人が上がってゆく階段の下に隠れていた。
「……聞いたか」
 ひそひそ声でハラ・テルオが一同を見回す。
 四人は頷いた。
 イトウ・シンジが嬉しそうに頬をほころばせる。
「どうもここには、怪獣を封印したっていう言い伝えがあるみたいだね。しかも、かなり古くから」
「封印したってことは、どこかにその目印があるんじゃないかな」
「ひろ、ナイス。それ、探そうぜ。どこにあると思う?」
「てるぼん、もう少し自分で考えなよ。……でも、建物の中はないんじゃないかな」
「隊長と呼べっつったろうが。……それで? なんで中にはないんだよ、ひがしっちー」
「さっきの話だよ。このお寺、昔から何度も建て直したって言ってた。建て直さなきゃいけないようなことが何度もあったってことで、そんなところに封印するかなぁ。ぼくならしない」
「なるほど。じゃあ、やっぱり寺の裏山とかそんな感じかな?」
 シブタ・テツジの呟きに、ミヨシ・ヒロムとイトウ・オサムは嫌な顔をした。
「裏山って、大丈夫なの? 迷子になったりしない?」
「そうだよ、昨日のホームルームで、この辺クマが出るとか言ってなかった?」
「大事なもんなんだから、道ぐらいついてんだろ。クマにしたってそうそう出るもんかよ」
 話は決まった、と言わんばかりに膝を叩いて腰を上げたハラ・テルオは、早速縁台の下から出てゆく。
 慎重に辺りを見回しつつ、人の目がないのを確認して四人を手招きする。
 四人は――好奇心に目を輝かせる二人と、少々乗り気でない表情の二人に分かれてはいたが――それぞれに腰を屈め、辺りに気を払いながら自称隊長の後を追って縁台の下から出て行った。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 本堂に入ると、フジサワ住職は足を止めて合掌し、正面の身の丈2mほどの仏像に頭を下げた。
 そして振り返り、説明する。
「――こちらが流清寺の御本尊である、手振舌垂観音菩薩様でございます」
「てふら……なに?」
 聞いたことのない名前に、シノハラ・ミオは顔をしかめた。
 すかさずセザキ・マサトがフォローする。
「てふらしたたれかんのんぼさつ、だって」
「ありがと。でも……聞いたことのない観音様ね。仏像の造形も――なんて言うか、独特だし」
 シノハラ・ミオの言うとおり、あまり他の寺院では見られない造形だった。すらりと背の高い中性的なたたずまいの観音立像が水瓶を持っている姿は普通だが、その顔――長く細い舌が唇から垂れ、足元まで伸びていた。そしてその足元には牛が踏みつけられている。
「あと……何で地蔵?」
 セザキ・マサトが思わず突っ込みを入れてしまったほど、おかしな光景だった。観音立像の周囲から本堂の奥の方まで、赤いよだれかけを首に巻いた地蔵が並んでいる。その大きさは大小さまざま。共通点は石造りであるということのみ。
「これらの謂われはあちらで、どうぞ」
 フジサワ住職の案内で本堂の中を横切り、奥の間へと入ってゆく。
「流清寺で封印しておる妖怪は、百を超えておる」
 シラサワ・ヒョウエノスケはフジサワ住職の後をついて歩きながら、ふと言った。
「まあ、大半はお主らが妖怪と言われて思い浮かべるような、小物の付喪神(つくもがみ)やら怪異ではあるがな。じゃが……中には恐るべきものもおる。ここの観音様は、そういう大妖怪を封じておるわけなのじゃが……それだけではのうて、大妖怪自体のことを忘れぬように、いささか普通とは違う姿をしておるのだ」
 へえ、と感心したように声を上げたセザキ・マサトは、ふと疑問を覚えて尋ねてみた。
「このお堂は昭和中期に再建されたと仰ってましたが、あの観音立像はいつ作られたものなのですか?」
 答えたのはフジサワ住職だった。
「戦国後期から江戸初期と伝わっております。お地蔵様はその後、色々あって寄進されてきたものです」
「観音様も地蔵様も、案外新しめなんですね」
「あれらが作られる契機というのがありましてね……こちらへどうぞ」
 長く細く暗い廊下を歩いて辿り着いたのは、二十畳はあろうかという和室だった。
「うは、ぁ」
 一通り見回したセザキ・マサトは思わず声を上げた――が、そのまま後を続けられなかった。
 欄間の透かし彫り、天井絵、襖絵に柱の浮き彫りまで、至る所に色んな妖怪が飾られている。
 そして……気のせいか、何かざわめくような気配を感じた。なにか、濃いガスのようなものに包まれたような圧迫感。空気が粘ついている。
 シノハラ・ミオは知らず知らず、セザキ・マサトの袖をつまむようにつかんでいた。しかし、セザキ・マサト自身もそれに気づけないほど、その場の異様な空気に呑まれて声を失っていた。
「なんだ、これ」
 中に進みかねている二人を、シラサワ・ヒョウエノスケが笑う。
「かかか、今時の若者は妖気を知らぬか? 見えぬ畏れは日々の暮らしの中でついぞ感じぬかな?」
「妖気……?」
 セザキ・マサトの右肩に身体を寄せるシノハラ・ミオの呟きには、隠しもせず恐怖が滲んでいる。
 一方、セザキ・マサトは胸からメモリーディスプレイを取り出した。適当に操作して、周囲を調べる。すぐに結果が出た。
 それをシノハラ・ミオに示す。
「……ほらシノハラ隊員。周囲のマイナスエネルギーの値が凄い。妖気って、要するにマイナスエネルギーなんだよ」
「なに? この値……高いなんてものじゃ……」
「では、シラサワさん、こちらへ。いつものようにお願いします」
「うむ」
 呼ばれて一人その和室に入っていったシラサワ・ヒョウエノスケは、部屋の中央に正座すると――


「喝っ!!」


 老人とは思えぬその声量と気迫に、思わず二人は半歩後退る。
「……もうよいぞ、若いの。こっちゃ来い」
 手招きをするシラサワ・ヒョウエノスケに抗えない何かを感じつつ、敷居を跨ぐ。
 そして気づいた。
 この場に漂っていたざわめきが消えている。妙な圧迫感も。空気に清々しささえ混じっている気がする。
 二人がシラサワ・ヒョウエノスケの前に並んで正座する間に、フジサワ住職は奥の間から古文書らしき巻物を載せた書台を捧げ持って来た。
「シラサワさん、今のは……」
 恐る恐る切り出すセザキ・マサト。その右肩には、シノハラ・ミオがぴったり寄り添うように左肩を寄せていた。三角メガネの下の瞳が、不安そうに揺れ惑い、しきりに辺りを見回す。
「見ての通り、この部屋のあちこちに妖怪を封じておるでな。放っておくと妖気が漏れ出して漂う。わしは月に一度の割合でこうしてやって来て、その妖気を払っておるわけじゃ」
「今ので妖気を……」
「マイナスエネルギーを人の一喝で払うなんて……」
 困惑してシラサワ・ヒョウエノスケとフジサワ住職を見やるシノハラ・ミオ。
 作務衣の裾を払いつつ正座し、その傍らへ書台を置いたフジサワ住職はにっこり笑った。
「今の若い方はご存知ないでしょうが、昔はこの程度のこと、ある程度の修行を積めば誰でも出来ていたのですよ。無論、そうせざるを得ないほど世に妖怪化生の者どもがはびこっていたからなのですが。仏門で上人と呼ばれるような高僧名僧の方々や山伏、神職、巫女、まじない師、剣の達人、練達の武者など、今の世ではあまりかえりみられぬ人々は、その力にて魔を払い、民を守ってきたのです」
「……話だけ聞いてると、今でもクモイ隊員なら造作もなくやってのけそうね」
「同感」
 ひそやかに呟き合った二人は、くすりと笑みを漏らす。
 フジサワ住職は続けた。
「さてしかし、こうしたいわゆる気当てによって散ずることが出来るのは、漂う妖気か本当に小さな妖怪……霊感のない人間の前には姿も現わせぬような蟲がせいぜい。これより大きく、人の目に映るほどに強き妖怪には、別の手立てが必要となります。今でなら、GUYSの皆さんは現代科学の粋を集めた兵器で怪獣を退治しておられるわけですが――昔はどのようにして妖怪を退治していたか、ご存知ですか?」
「お札とか、呪文とか、お経とか……ですか?」
 そう答えたものの、シノハラ・ミオの表情にはありありと不信の色が浮かんでいる。
「そういうものもありますね。しかし、基本はあなた方と一緒です。相手を知り、弱点を見抜き、その弱点を責める。その弱点がお札であるならばお札を、清めた塩ならば塩、仏敵であるならばお経、時に火をかけ、獣をけしかけ、祈りを集める。手段がそうした、あー……今流行の言葉で言うなら、スピリチュアルなものであるにすぎません。現代の妖怪――怪獣は科学の力によって弱点を分析されうるものが多い。従って、あなた方のやり方がもっとも通用する手段として一般化しているわけです」
 ついで、シラサワ・ヒョウエノスケが口を開く。
「我がシラサワ家は陰陽五行の術に長けておってな。その力を以って、多くの妖怪を調伏してきたのじゃ」
「陰陽五行……陰陽道ですか。いわゆる陰陽師ってやつですね」
「安倍清明やら蘆屋道満とかとは縁もゆかりもないし、かなり独自のものではあるがの」
「なるほど、それでわかりましたよ。御先祖様に大陸と繋がりがあるという意味が」
「うむ。そういうことじゃ。元々の土着の封印技法に加え、陰陽五行の術を得て、以降二千年に渡りこの地を守ってきたのが、我がシラサワ家である」
「……それが本当なら、天皇家に匹敵する古い血筋ってことですよねー」
 シノハラ・ミオのじと目も、シラサワ・ヒョウエノスケは気にしない。
「まあ、そんなことはどうでもよい。わしらは、お主らが科学の力をもって怪獣を分析するように、陰陽五行八卦風水の教えを以って妖怪怪異と向き合い、その力の根源を調べてきた。つまり、やっておることはお主らとなんら変わらん。ただ、現代のお主らがわしらの法を理解できず、信を置けぬように、わしらも科学技術に頼りきったお主らのやり方に信を置けぬ」
「またそんなオカルトな話を……」
 そっぽを向いて漏らすシノハラ・ミオに、今度はシラサワ・ヒョウエノスケの目が光った。
「小娘。お主、たった今、妖気を散ずることも出来ずに固まっておったことを忘れたか」
「う……あ、あれは妖気ではなく、マイナスエネルギーで……」
「それが何であるか、どう名づけるかはそれぞれの世代で変わることはあろう。じゃが、問題はそれをどう捉え、どう対処するかじゃ。お主のお気に入りの科学は、妖気を払えるかな?」
「無理ですねー」
「セザキ君!」
 あまりにも軽々と白旗を上げてしまう同僚をなじるものの、本人はついぞ気にしていない。
「だって事実だもの。でも……これは面白い出会いかもしれないね」
「ほう。……やはりそっちのは見所があるのぅ。して、何を思う?」
 ふむ、と腕組みをして考え込むセザキ・マサト。
「妖怪がマイナスエネルギーによって発生するとして……昔はそれに対抗する手段が存在した。だから……もし、その手段を科学的に再現できるようになれば、現代兵器が通用しないとされているマイナスエネルギーが高いタイプの怪獣にも、対抗できるかもしれない」
「うさんくさいわねー」
「いや、伝説伝承の中に含まれた真実を見つけ出すことにより、科学の発展が進むこともよくあることだよ。要は、昔の方法論を現代の方法論で論じることが出来るかどうかだけ。こういっちゃ悪いけど、シノハラ隊員みたいに頭から否定してたら何も学ぶことは出来ない」
「うむ、よう言うた!」
 ぽん、と自分の膝を叩いてシラサワ・ヒョウエノスケは叫んだ。嬉しそうに。
「お主になら、この先を話してもよかろう。――住職」
「はい」
 いそいそと進み出たフジサワ住職は、脇に置いていた書台を二人の前に置いた。黒塗りの立派な書台の上には、五巻の巻物。
 腕組みをしたシラサワ・ヒョウエノスケが告げる。
「それは過去、この地に封じられし大妖怪の中でも極めて力が強いものを特に記した古文書じゃ。それぞれ、禰呂牙(ねろが)、御牛頭陀(おごずだ)、手振(たふら)、水魔(すいま)、閻魔王という」
 最後の名前を聞いた途端、シノハラ・ミオは顔をしかめた。
「閻魔王? って、あの閻魔様ですか? 地獄で罪人の舌を抜くという」
「舌を抜くのは嘘つきじゃ。罪人は閻魔に裁かれるだけじゃわい」
「あう」
「手振(たふら)というのは、ひょっとしてさっきの観音様の?」
「はい」
 セザキ・マサトの問いにはフジサワ住職が答える。
「伝承によりますと、御牛頭陀(おごずだ)、手振(たふら)は長い舌で人を絡めとり、食らう妖怪だったそうです。その恐ろしさを忘れぬよう、観音様はあのように長い舌を出し、後世に注意を促しているのだと伝わっております」
「足の下の牛は?」
「あれは、御牛頭陀(おごずだ)を表わしているそうです。なんでも山のように巨大な水牛の妖怪で、その涎はあらゆる物を溶かしつくすそうで」
「はー……すると、あの水瓶も水魔辺りを暗示してるのかな」
「御明察でございます。そして、地蔵は閻魔王と縁が深いのですよ」
「そうなんだ?」
「閻魔大王の別の姿が地蔵菩薩とも言われております。また、地獄の賽の河原で石を積み続ける幼子を救済するのも地蔵だと言われておりますね」
「なるほど……閻魔王と呼ばれた大妖怪の怒りを鎮めるための、地蔵か」
「お主にはその古文書を読み解いてもらい、それぞれの妖怪――今の言葉で言えば怪獣がもし、万が一復活するようなことがあれば倒すなり封印するなりの助けとしてもらいたいのじゃ」
 五巻の古文書をじっと見ていたセザキ・マサトは、その一巻に手を伸ばし、無造作に開いた。
 そして唸る。
「なるほど。これは、達筆ですね〜。……達筆すぎて読めないんですけど、どうしましょう」

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 流清寺本堂裏手。
 小学生五人は、さほど整備されていない林道を登っていた。
「ねえ、てるぼぉん。……やっぱりクマが出そうだよ。立ち入り禁止のロープも張ってあったし、やっぱりやめとかない?」
 そう気弱に言うミヨシ・ヒロム。昼なお暗い雑木林の樹間を、おどおどした顔つきでしきりに見回している。道の両側は一行の胸ほどの高さの潅木が生い茂り、見通しはあまり良くない。
「クマよけには大声出すのがいいってさ。クマの方も人間が怖いから。クマの出る地方じゃ、みんなランドセルに大きめの鈴をつけたり、歌を歌いながら通学するんだって」
 タイムリーな情報提供はイトウ・シンジ。
 しかし、すぐにハラ・テルオがむっとした顔で咎める。
「バカ言ってんなよ。大声なんか出したら下の大人に気づかれちゃうだろ。クマなんか出やしねえよ。ビビってんな。それと、隊長って呼べよ」
「根拠もないのに自信だけはたっぷりだよね、隊長のくせに」
「グダグダ言うなら、ひがしっちーは帰ればいいだろ」
「ぼくは帰りたいなんて言ってないだろ。だれかれ構わず噛みつくなよ、隊長」
「うるせー、いらつくんだよ。ちょっと頭がいいからって……」
「頭も良くないのにえらそうにしてるよりマシだと思うけどぉ? 隊長」
「ま、まあまあ、二人とも。ところで、道がついてるってことは、やっぱりこの先に封印された怪獣がいるのかな?」
 二人のいがみ合いでこれ以上空気が悪くなるのを避けようと、シブタ・テツジは別の話題を振ってみた。
「絶対いるって」
「いないと思うよ」
 思惑は見事に外れ、二人の意見は真っ二つに割れた。
 再び始まる対立。
「なんでいないって思うんだよ。つか、だったらなんでついて来るんだよ」
「怪獣は居ないだろうけど、怪獣を封印したっていう石碑なりなんなりはあるだろうし? この辺に昔、どんな怪獣がいたのか知りたいからね」
「まだ勉強したりないのかよ、ガリ勉が」
「使いどころもないのに筋トレしてる誰かさんと一緒だよ。隊長。いつ少年野球のレギュラーとるんだって? 君の場合力より頭と技術だろ、必要なのは。サインも何も覚えずにバット振り回すだけじゃ、そりゃ使えないよね」
「四番にサインなんかいるか!」
「そういうのは打率3割以上、長打率5割ぐらいを達成してから言いなよ。正直、バカっぽい。自分で隊長って呼ばせたがるのも含めて」
「なんだとー!!」
 シブタ・テツジは悟った。他の二名も、諦めた。
「あ〜、もういいよ、二人とも好きにしなよ。それだけ言い合いしてりゃクマだって近づかないだろうし、さ」

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 流清寺・奥の間。
 奇妙な光景が展開されていた。
 達筆すぎて読めない巻物を才媛シノハラ・ミオが楽々と読み上げ、それをフジサワ住職がメモリーディスプレイで撮りつつ読み方の間違いをその都度訂正している。
 一方、少し離れてセザキ・マサトは自分のメモリーディスプレイで、別の広げた巻物の内容を撮っていた。
「撮る方はわかるが、なんで読み上げさせておるのだ?」
 作業を覗き込むシラサワ・ヒョウエノスケの問いに、セザキ・マサトは作業を続けながら答える。
「読み方がわかってることで、見えてくることもあると思うんです。こういう一種秘伝の書って、読み方それ自体にも意味を持たせていることがありそうですし、特に日本語は微妙なニュアンスが違ったりしますから。現代とは読み方や意味が違うこともよくあるし」
「なるほどなぁ。そいつは考えもしなかったな。お前さん、頭いいねぇ」
「まあ、これぐらいは」
 下を向きながらはにかんだセザキ・マサトは、手は止めずに視線だけを巻物の絵図の一つに走らせる。
「しかし、これで三巻目ですけど……この怪獣――じゃなかった大妖怪、それぞれいつ封印されたものなんです? 古文書の作成された年代も知っておいた方が、読み解くヒントになりそうなので、問題なければ教えていただけます?」
「ふむ。確か……手振(たふら)は年代不詳の古代とされておる。古文書自体は平安時代の延喜年間に記されたとのことじゃが、その時点で既に神代の時代と言われておってな。次いで同じく延喜年間に封印されたと伝えられておるのが御牛頭陀(おごずだ)。水魔は鎌倉時代の文永年間。時代を下って桃山時代の慶長年間に閻魔王。江戸時代の文政年間に雷獣・禰呂牙(ねろが)であるな」
「なるほど。それで閻魔王と禰呂牙(ねろが)については観音様に反映されてないわけなのか」
「ほう、そこまで理解を進めるとは。……お主、うちの養子になってここで修行せんか? 昨今、お主のような頭の柔らかい若いもんはほとんどおらんので、跡継ぎに困っておってな。なに、金ならあるぞ、唸るほど。そんな下働きせんでも、余生を遊んで暮らせるぞい」
「あはは、それは魅力的なお誘いですね。でも……遠慮しておきます」
「なぜじゃ? 何か不満があるか?」
 巻物の最後まで撮り終えたセザキ・マサトは、メモリーディスプレイを操作してそのデータファイルをフェニックスネストに送る。向こうではイクノ隊員が早速解読・要約作業に入ってくれているはずだ。
 メモリーディスプレイを傍らに置いたセザキ・マサトは、巻物を丸め始めた。シラサワ・ヒョウエノスケが新しい巻物を前に置いてくれる。
「正直なところ、ボク、根がぐうたらでしてねぇ。今から修行とか、キツいんでしょ? とても我慢できません。三日で逃げ出しますよ?」
 曲がりなりにも、防衛軍の厳しい訓練、トレーニングや特訓を潜り抜けてきているのだ。その言葉はウソだ。
 だが、セザキ・マサトなりに思うところはある。
 この作業がうまく行けば、シラサワ家の仕事は以後GUYSが引き継ぎ、その知恵はGUYSを通して全世界に広まる。つまり、シラサワ家の仕事はなくなる。お役御免となったシラサワ家に入っても、居心地が悪いだけだろうし、先の見えた役職のために修行するのは面倒臭い。第一、今の状況ではシラサワ家に止めをさすのは、自分のようなものだ。ヒョウエノスケはともかく、他のシラサワ家親族郎党が受け入れてくれるとは思えない。
 CREW・GUYSとして、シラサワ家のマイナスエネルギーを打ち消す方法には非常に興味あるし、正直……唸るほどの財産というのは、非常に、ひっっっっっっっじょぉぉぉぉぉぉぉに、涎が出そうなほど、いやもう今すぐ踊りだしたいほどに魅力的ではあるのだが。その後に続く泥沼の相続争いや人間関係の煩雑さを思うと、ふんぎれそうにない。
「……そういうところはまさしく現代っ子じゃのぅ。まあ、よいわ」
 諦め早く、セザキ・マサトの前に腰を下ろしてあぐらをかく。
 新しい古文書を開きながら、ほっとしたような残念なような気分に苛まれていると――シラサワ・ヒョウエノスケはボソリと続きを漏らした。
「お主を引き抜くなど、どうとでもなるからの。ひひ」
 メモリーディスプレイを取った手が、思わず止まった。


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