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ウルトラマンメビウス外伝 RAYGA

 第11話 封印怪獣総進撃 その1

 10月半ば。
 涼しい秋風にススキの穂が揺れる。
 稲刈りの終わった田んぼが妙に寂しい今日この頃。
 シロウは午前中から家の縁側でぼ〜っとしていた。……というのは表向きで、実は人には言えない特訓をしていた。

 テレパシー。

 幸か不幸か、前回の戦いでレイゾリューガが地球人に向けてテレパシーを発した時の感覚が、なぜかレイガ自身にも身体記憶として残っていた。
 これまでレイガがテレパシーを積極的に使わなかったのは、以前にもCREW・GUYSの面々に伝えたとおり、受信側の地球人の脳のキャパシティを把握できていなかったからだ。手加減しても頭がポンでは、かーちゃんに怒られるというレベルの話ではなくなる。
 迂闊に実験するわけにもいかないので、例の再現能力同様封印していたのだが、レイゾリューガが容赦なく使ってくれたおかげで地球人側の耐久度についてもある程度把握できた。あれを上限として、力を絞っていけば良いという目途が立ったのは、まさしくもっけの幸いというべきだろう。
 普通に話して気絶なら、まあ二割ぐらいにまで出力を落とせば大丈夫。ただ、そんな力の絞り方は今までしたことがなかったので、どの程度が二割ぐらいなのかがいまいちつかめない。絞りすぎたかな、というぐらいでちょうどいいのか?
 縁側であぐらをかき、腕組みをしてうんうん唸っていると――
「シロウ、さっきからうるさいよ。いったいなんだい」
 振り返ると、シノブが台所から顔を出していた。少し怒っている。
「まったく、おいおいおいおい、うるさいったら。用事があるんなら、きちんと呼びな」
 誰かの名前を呼ぶと面倒なので、「お〜い」という掛け声を延々垂れ流していたのだが、きちんと通じていたらしい。
「それで? 何の用なんだい? これから洗濯物を干さなきゃならないんだけどね」
 さっきまでお皿を洗っていたシノブは、エプロンで濡れ手を拭き拭き居間にやってきた。
 シロウはじっとその様子を見つめる。
 体力的に辛そうには見えない。うまくいったと思うべきなのか。
「ん〜、別に用事はないんだけどな」
「は?」
 怪訝そうに顔をしかめるシノブに、シロウは得意げな笑みを浮かべた。
 口に出さず、念じる。
(いや、ほら。今、テレパシーの特訓やっててさ。こうやって、頭ん中で会話できる能力。これが出来るようになりゃあ、電話なしでも便利に――)
 つかつかっと歩いてきたシノブの拳が、シロウの脳天にがつーんと落ちた。
「おぎゃあっ!!??」
 頭を抱えて悶絶し、のたうつシロウ。
 それを見下ろし、鼻を鳴らすシノブ。
「ふんっ、なぁにが便利だい! 口があるんだから口でしゃべりなっ!! あんたはこの家にいる限り、地球人として暮らしてるんだから、そういう横着は許さないよっ!! それから、そういうことをするんなら前以って言っときなっ!! ――ったく、なにがあったかと思って慌てて来てみりゃ……」
 ぷりぷり怒りながら再び台所へ消える。
(え? なんで? そこは褒められるところじゃないの? なんで?)
 シロウは涙目で起き上がりながら、自分が何で殴られたのかわからず、ひたすら困惑していた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 フェニックスネストのディレクション・ルーム。
「パトロール中のクモイ、ヤマシロ両隊員より定時連絡。各地、異常ありません」
「ん」
 シノハラ・ミオの報告に対し、報告書に目を通しながら気のない返事をしたアイハラ・リュウの目が、ふと虚空に泳ぐ。
「今……揺れたな?」
 同じ室内にいるセザキ・マサト、シノハラ・ミオもそれぞれに天井を見上げた。
「確かに揺れましたねー。家と違って蛍光灯がないんでわかりにくいですけど」
「……震度……2というところかしら? 速報は入らなかったわね。近かったの?」
「気象庁発表確認」
 即座にコンソールを操作したイクノ・ゴンゾウが、告げた。
「富士火山帯の火山性地震ですね。震央は……山梨県富士吉田市南部、河口湖の近く。震源は地下6km、マグニチュードは4.2と推定――ということです」
 アイハラ・リュウは少し顔をしかめた。
「富士山か。噴火とか大丈夫か?」
「そうですね……。このクラスが頻発するようなら怖いところですが、単発で終わるなら、過去の状況を見ても大丈夫かと。もっとも、私のはあくまで素人判断なので、正確なところは気象庁に問い合わせてください」
 イクノ・ゴンゾウの答にアイハラ・リュウは肩をすくめてみせ、そのまま再び報告書に目を落とす。
 話題が終わったのを見計らって、セザキ・マサトはキーボードを叩くシノハラ・ミオに囁いた。
「それにしても、こういう話を聞くとさ、改めて富士山て現役バリバリの火山なんだって再認識させられるよね」
「そうね。……そう思うと怖いわね。火山性地震の場合、震源が浅いから速報もあまりあてにならないし」
「いざ噴火しちゃったら、火山弾や降灰、火砕流を防ぐ方法はないしね。……地震、津波、火山の噴火、台風に高潮、ゲリラ豪雨、異常熱波と異常寒波。それに、怪獣。人類の英知は進んでいるように見えて、まだまだそれらを制するってレベルじゃないからなぁ」
 腕組みをして悩ましげな溜息をつくセザキ・マサトに、シノハラ・ミオは手を止めて、鋭い目つきでちらりと見やった。
「あら? 怪獣退治の専門家らしからぬ弱気な発言ね?」
「怪獣退治の専門家ねぇ」
 セザキ・マサトはその眼差しに動じることなく、再び溜息を漏らす。
「自戒を込めて言うんだけどさ。専門家ってわりに怪獣のこともよくわかってないよね、ボクら。台風や地震ほどにもさ」
「そりゃあ、類型が多すぎるもの。正体不明、一個体限り、なんてのがざらじゃあね。まして、地球外から持ち込まれたり、人の想念から生まれたとか言われちゃったら――あら? 待って、通信が」
 シノハラ・ミオは雑談を打ち切って、ヘッドセットを頭にかぶり、マイクのスイッチを入れた。
「はい、こちらフェニックスネスト・ディレクションルーム――ああ。どうしたの? ……………………はい。はい」
 見る見るうちに表情が曇る。
「……え? いやでも、それはそっちの――ちょっと待って、だからそれはインフォメーションの、いやだからそんな泣きそうな声で言われても」
 セザキ・マサトは顔をしかめ、シノハラ・ミオの後ろに回りこんだ。
 インフォメーションとは、外部からのGUYSへの問い合わせを受ける部署のはずだ。
 例えば、総監直通で話をしようとしてもそれを丁重にお断りしたり、怪獣出現の通報を受けて、その内容を整理した情報をディレクションルームに報告する。その他にもGUYS感謝祭の問い合わせに対して案内をするとか、各種苦情を受けてひたすら謝るとか、その対応範囲は広い。言ってみれば、一般社会とGUYS内部をつなぐ受付業務と言える。
 シノハラ・ミオの背後で漏れ聞こえてくる会話の断片から判断すると、どうもそのインフォメーションで持て余した通報者と応答してくれ、ということらしい。電話の向こうの女性の声が涙声なところから考えて、相当強烈なモンスター・クレーマーなのか。
(怪獣退治の専門組織が、モンスターにやられてちゃ世話ないよな〜)
 シノハラ・ミオには気取られぬよう、そっと含み笑う。
(ま、ミオちゃんならうまくやるでしょ。なんたって、元秘書だし)
 だが、そんな彼女がこの後一時間に渡って、その通報者との通話にかかりきりにされようとは、この時のセザキ・マサトには知るよしもなかった。
 無論、シノハラ・ミオ本人も。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 奥多摩。
 やたらと広い駐車場に到着した数台の観光バスから、小学生がわらわらと降りてきた。
 昇降口脇で一人一人に声をかけるバスガイド。
 ともすれば、てんでに動きたがる生徒たちを並ばせようと声を張り上げる教師。
「ここが怪獣博物館かー」
 バスを降りたシブタ・テツジは、目をきらめかせながら辺りを見回した。
 周囲は赤や黄色に染まる山の風景。
 秋晴れの空に、天高く舞うとんび。
 人工物は舗装された駐車場とガードレール、登り階段。そして、今到着したばかりのバス――と、それより早く来ていたバス、バス、バス。
 そして、駐車場から少し高台へ上がったところにそびえるコンクリート造りの施設。正面に大きく『東京都立怪獣博物館』と一文字ずつの看板が壁に掲げられている。
「てっちゃんてっちゃん」
 辺りを見回していたシブタ・テツジを呼ぶ声。振り返ると、クラスメイトのミヨシ・ヒロム――通称ひろちゃんが手招きしていた。
「どうしたの、ひろちゃん」
「ほら、あそこのバス。新潟から来たんだって」
「へー」
 ひろちゃんの指差すバスのフロントには、確かに新潟県立の小学校の文字がある。
 過去幾多の怪獣の襲撃を受けた東京都の怪獣博物館というだけあって、ここには全国から観光客が集まる。もっとも、展示内容はあくまで一般向けであるため、コアな研究発表や情報を知りたい向きには、都心に建っている国立超科学博物館の方が人気がある。
「ねえねえ、ひろちゃん、てっちゃん。あっちのは会津って書いてるよ。……会津って何県だっけ?」
 そう言って話に割り込んできたのは、メガネをかけた少年イトウ・オサム――通称おさむっちー。
 そこへ、他の生徒より少し体格のいい男の子が加わった。
「会津は山形県だろ。常識だぜ、こんなの。白虎隊ってのが有名なんだぜ。白い虎だぜ白い虎! かっくい〜」
 得意げに、そしていささか感情表現豊かに喚くその少年の名はハラ・テルオ――通称てるぼん。
「福島だよ、会津は」
 冷徹に切って捨てるように突っ込んだのはイトウ・シンジ――通称ひがしっちー。
「どうせ白虎隊がどういうものかも知らないんだろ、てるぼんは」
「なんだと! じゃあ、お前は知ってるってのかよ!」
 みんなの前で恥をかかされたてるぼんは、顔を紅くして食ってかかった。
「めいじしょきにしんせいふぐんとたたかうためにあいづはんでそしきされたしょうねんへいぶたいさ。でも、けっかはほぼぜんめつ。ひげきとしていまのよにつたわってるけど、てるぼんがすきななんとかれんじゃーとか、かっこいいアニメの設定とかとは全然まるっきりまったく完全に違うから」
 まくし立てるような説明に、一同ただぽかんとするばかり。
 やがて、てるぼんはなぜか腕組みをしたまま胸を張った。
「へ、へへ〜んだ。そんなの知らなくったって当然だもんね。だってまだそこ、勉強してないんだからよ!」
「……だったら何で知ったかぶるんだよ。まったく、会津から来た奴らに聞かれたら恥ずかしいだろ。ぼくら、この『怪獣博物館』の地元なんだからさ。東京の人間はこういう施設は立派なくせに、頭の中身はないんだって思われたらどうするんだよ」
「うるせー!! ちょっと勉強できるからって……しまいにゃなぐるぞ!」
「ちょっと男子ー、うるさい!」
 睨み合うてるぼんとひがしっちーを止めたのは、女子の声だった。
「ヨシカワせんせーがならべって言ってるでしょ! さっさとならびなさいよ!」
 短めのツインテールを頭の左右で揺らしているその少女の言うとおり、バスの前で先生たちが生徒たちを呼び集め、整列させている。
 シブタ・テツジたちの担任であるヨシカワ先生も、声を張り上げていた。
「やべ」
「ヨシカワせんせに怒られる」
「いこうぜ」
「ま、まってよ」
 誰からともなく駆け出し、一同はクラスの列に加わった。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 東北――福島上空。
「あれ? シロウちゃん?」
 ガンウィンガーでパトロール中のヤマシロ・リョウコは、ふと後ろを振り返った。
 もちろん後部座席に人影はなし。
「……おっかしーなー。呼ばれた気がしたんだけど」
(呼んだぞ)
 確かに、シロウの声が聞こえた。
 改めて振り返る。しかし、誰もいない。
「………………????」
(リョーコ〜、こちらレイガ。ただいまテレパシーの特訓中だぜ〜)
「え? シロウちゃん? これ、テレパシー? どうしたのさ、こんな急に」
 つい左右の景色を見回す。ウルトラマンレイガが飛んでいるかと思ったのだが、レーダーにも反応はなく、見える限りに白い雲と紅葉深い奥羽山脈の連なりしか見えない。
(いや〜、かーちゃん相手にやったらなんでか怒られたもんで。今どこにいるんだ? あの空飛ぶ基地の中か?)
「いんや。定期パトロールの最中で空の上〜。……そっか〜、テレパシー出来るようになったんだ。うん。はっきり聞こえるし、全然負担にもならないよ。また一つ進歩だね」
(ありがとよ。この間の件でもう一人のアホの俺がやらかしてくれやがったからよ。とりあえず、あれの経験もちゃんと前向きに使わないとな)
「うんうん。いい心掛けだよ。ところでさ、一つ聞いていい?」
(なんだ?)
「君からの連絡はこれでいいとして、こっちからはどう呼びかけたらいいの? 念じたら通じるわけ?」
(………………)
「シロウちゃん?」
(え〜と……。電話番号03-3――)
「電話かよ! それじゃ意味ないじゃん」
(受け取るのはともかく、地球人には送信の能力がないからなぁ。そのへんが今後の課題ってやつだな)
「そうかぁ。ま、なんにせよ、これでまた一つシロウちゃんとの絆が深まったわけだ。――そうだ、タイっちゃんにはもう教えたげたの?」
(……さっきやってむちゃくちゃ怒られた)
 心なしか、響く声が涙声っぽく聞こえる。テレパシーは感情の波もそのままダイレクトに伝わるのだろうか。
「怒られた?」
(仕事中につまらん真似するな、とか何とか。……あいつ、こっちの才能があるのかもしらん。妙に思念の圧力が強いっつーか、とげとげしいっつーか。びびった。殴られたかと思った)
「あー……まあ、タイっちゃんはねぇ。気迫が並じゃないし、気も使えるとかいう話だし、才能あるかもしんないね」
(まあ、そんなわけでよ。今度から戦場で必要な時にはこういう感じで連絡するから)
「あいよー。そん時が楽しみだね」
 ヤマシロ・リョウコは知らず、頬をほころばせていた。
(ああ。俺も楽しみにしてるぜ、じゃあな)
 ラジオの電源を落とした時のように、ふつりとシロウの声が途切れた。
「そっかー……シロウちゃんも日々成長してるんだなぁ。あたしもがんばらないとね!」
 ぴしゃりと両手で頬を叩き気合を入れ直したヤマシロ・リョウコは、しっかりと操縦桿を握り直し、スロットルレバーを入れた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 フェニックスネストのディレクション・ルーム。
「ですから、科学的根拠のない話をされても――はい? そうは言われましても、GUYSも行政もそんなオカルトな話で動くわけにはいかないんです! ……オカルトはオカルトでしょう! そんな主観に偏った非科学的な話、オカルト以外のなんだと仰るんです!?」
 シノハラ・ミオの金切り声がキンキン響き渡る。
「はぁ!? 何度言わせるんですか!! 今の地震は怪獣とは一切関係ないって、科学的に結果が出てます! 非科学的迷信を信じるのはそちらの勝手ですけれど、GUYSは科学的知見に基づく客観的証拠を根拠に動いてますから、その話だけで動くわけには――はぁあ!? 罰当たりってどういうことですか、罰当たりって!!!」
 叩きつけられた手の平でデスクが鳴り響く。
 思わず肩をすくめるアイハラ・セザキ・イクノの三人。それぞれ戦々恐々として報告書や新聞、モニターなどに目を落として知らぬ振りをしていた。
「ん〜……」
 セザキ・マサトはキャスター付のチェアーを座ったまま移動させて、アイハラ・リュウの傍まで寄った。
「……隊長〜、もう一時間ですよ。そろそろ……」
 報告書を挟んだブリーフボードの向こうから、アイハラ・リュウの顔が目から上だけ覗く。
「そろそろ……なんだよ。俺に何をしろってんだ」
「ミオさんに助け舟を出してあげた方が……」
「ミオがあそこまでキれる相手に、俺が何を言っても無駄だろ。それより、お前の方がこういう時の知恵、あるんじゃねえのか?」
「それは買い被りですよ〜。あそこまでこじれたら、もう打つ手は――」
 その時、ディレクションルームの扉が開いてミサキ・ユキ総監代行が入ってきた。トリヤマ補佐官補佐官・マル秘書も同行している。
「騒がしいわね、どうしたの?」
 三人が入ってきたことにも気づかないのか、わめき続けているシノハラ・ミオに顔をしかめたミサキ・ユキは、アイハラ・リュウに問い質す。
 アイハラ・リュウは困惑しきった表情で答えた。
「ん、あ、いや……どうもインフォメーションで持て余した通報者をこっちへ回されたらしいんですが……どうにも手強いみたいで」
「ああ。奥多摩のあの人ね」
「ミサキさん、知ってるんスか?」
「インフォメーションではかなり有名な人よ。……おおかた、さっきの地震が怪獣の復活の前兆だという話でしょ?」
「どうもそうみたいっすね」
 ミサキ・ユキの背後では、トリヤマ補佐官とマル秘書が頷き合っていた。
「ああ、いつものあれか」
「あれですね。地震のたびに電話してくる、地元の老人」
 ちらりと二人を見やったミサキ・ユキは、シノハラ・ミオの背中に視線を戻して小さく溜息をついた。
「それにしても、ミオがあんなになりふり構わない応対してるなんて……」
「あまりよろしくない対応ですね、補佐官」
「う〜む。彼女は元秘書と聞いていたが……あの応対はまずかろう。マル、ちょっと代わりに教えてやれ」
「え、ええ〜? いやですよ、相手はあれでしょ?」
「ガタガタ言うなっ! ここで年長者の威厳を見せてやらんでどうする!!」
 トリヤマ補佐官とマル秘書の掛け合いを無視し、セザキ・マサトはミサキ・ユキに言った。
「あれ、もう一時間ぐらいやってますよ。そりゃ、ミオさんだってキれますって」
「一時間も!?」
 驚くミサキ・ユキの横で、トリヤマ補佐官が怪訝そうに呟く。
「それはもう業務妨害で通報した方がいいんじゃないのかね?」
「しかし、善意の通報者を業務妨害とするのも……」
 やんわりと反対したマル秘書だったが、トリヤマ補佐官は取り合わない。
「なぁにを言っとる。善意だったら、何事も許されるというわけではないぞ。まして、本人は善意のつもりでも、客観的に見て本人の思い込み以外のなにものでもないのなら、それは十分害悪といっていい。そんなものにつき合わされるほど、GUYSは暇ではないわい。――ねえ、ミサキ女史」
「そうね……」
 腕を組んで考え込むミサキ・ユキ。
「害悪かどうかはともかく、今のままでは業務に支障が出かねないわね。……でも、あれでは埒が明かないでしょう」
 一斉に皆の視線がシノハラ・ミオの背中に突き刺さる。
 当の本人は、そんな視線など気づきもせず、物凄い殺気を放ちながら応対を続けている。
「ともかく、あれでは収まる話も収まらないわね。少し頭を冷やしてもらいましょう」
 そういうと、つかつかっとシノハラ・ミオの背後に歩み寄ったミサキ・ユキは、その肩を叩いた。振り返った目の前で、親指と人差し指を立てたまま手をくりっと反転させ、交代を指示する。
 そうして代わるなり、相手に告げた。
「申し訳ありません、お電話代わりました。GUYSジャパン総監代行のミサキ・ユキと申します。お話の件ですけれども、こうしてお顔も拝見できない距離で話していても埒があきません。隊員をそちらに派遣しますので、膝を詰めてお話を聞かせていただきます。はい、すぐに向かいますのでよろしくお願いします。それでは」
 相手の返事を聞かずに、そのまま通話を切る。
 シノハラ・ミオから借りたヘッドセットを外し、ふぅっとため息をついたミサキ・ユキは目の前で唇を噛んでいるシノハラ・ミオをじっと見据えた。
「すみません、ミサキ総監代行……」
「いいのよ。ご苦労様だったわね、ミオ。とりあえず、インフォメーションには注意を促しておくわ。こういう時のためのインフォメーションなのにね? ……ねぇ、トリヤマ補佐官?」
 話を振られたトリヤマ補佐官は慌てふためいた。広報は基本目立ちたがり屋のトリヤマ補佐官が担当している。インフォメーションは広報の下部組織であるため、トリヤマ補佐官の責任範囲である。とはいえ、本人はここでその飛び火が移って来るとは思っていなかったようではあるが。
「は、ははっ! もうそれは十分に。手に負えなくなって実働部隊に丸投げとか、ありえませんよね〜。担当にはわたくしからきつく、きっつ〜く、注意をしておきますので……――ほれ、マルも!」
「あ、はい。も、申し訳ありません〜」
 二人して頭を下げる様子をにっこり見ていたミサキ・ユキは、再びシノハラ・ミオに顔を戻した。
「それはともかく、シノハラ隊員。とりあえず、私があちらに話したとおり、現地に飛んで話を聞いてきてください。――よろしいですね、アイハラ隊長?」
「ああ。そうだな」
 アイハラ・リュウは腕組みをしたまま頷いた。
 先ほどの対応に反省しきりなのか、うつむいたシノハラ・ミオの表情は暗い。
「……謝罪してこい、ということですね」
「違う違う。話を聞いてこいっつってんだ。そいつがいう怪獣ってのがどんなのか、調査して来い。――おい、マサトも同行しろ」
「G.I.G」
 即座に答えて立ち上がるセザキ・マサト。
「ミオさん、行こうよ。膝突き合わせて話をすれば、お互い理解も深まるだろうしさ」
「さっきの通話では、こちらの話を聞く素振りも見当たりませんでしたが……」
「それはお互い様でしょ? さ、ボクがついててあげるから。命令なんだしさ、ほらほら」
「わかりました。命令とあらば致し方ありません」
 不承不承ながら頷いたミオは、アイハラ・リュウ、ミサキ・ユキに向き直って敬礼した。
「シノハラ・ミオ、これより現地に向かい、詳細を聞いてきます」
「よろしくお願いします――あ。待って。その前に」
 出て行こうとした二人を呼び止めたミサキ・ユキは、トリヤマ補佐官に目線で合図を送った。
 ここぞという出番に、ほくほく顔で進み出て来たトリヤマ補佐官は、ディレクションテーブルに分厚いノートパソコンを置いた。
「あれ? GUYSタフブックですか?」
「うむ」
 セザキ・マサトの指摘に、どや顔で頷くトリヤマ補佐官。
「長い間待たせたが、諸君! ようやく粒子加速器が完全に直ったのだ!」
 そして急に、その表情を苦悶に歪める。
「思えば……そう、あの東京決戦で壊されて以来、最低限の復旧はしたものの、マケットに必要な量の高エネルギー分子ミストを確保するほどには出力を挙げられずにいたのだ。さらに襲い来る様々な困難! 予算は下りない、後回しにされる、何度陳情しても門前払いを食う、防衛庁に邪魔される、挙句に仕分け対象にまでされる……そんなこんなで私の泥にまみれるような努力の末に予算を勝ち取っても、マケット使用の優先順位は低いなどと、GUYSの中でも後回しにされ続け、ようやくこの夏に完全復旧できようかと思えば、機械人形どもに基地機能が壊され……だが、だが諸君! そんな艱難辛苦を乗り越えて、ようやく――」
「マケットを使うのも久しぶりだな」
 浪々と歌い上げるように苦労話を延々ぶち上げるトリヤマ補佐官を放置して、アイハラ・リュウはGUYSタフブックを開いた。
 納められたいくつかの小さなカプセル。その中にはクリア素材の小さなフィギュアのようなものが入っている。
 横から除いたセザキ・マサトが、感嘆の声を上げた。
「これがマケットですか」
「そうよ」
 ミサキ・ユキがにっこり笑った。
「トリヤマ補佐官が言ったとおり、ようやく新型にバージョンアップされた粒子加速器の改修が済んだのよ。以前より多くの高エネルギー分子ミストを安定して生成できるようになったから、マケット怪獣の使用許可が下りたの」
「へぇ。中身は……と」
 セザキ・マサトはカプセルを次々取り上げて中を覗いた。
「ミクラスとウィンダムですか。以前使用していたものですね。あと、こっちは……ゴモラ? これは……角のある白熊…………スノーゴン?」
「そうよ。正解」
 ミサキ・ユキはカプセルを受け取って、天井の明かりに透かすようにした。
「ミクラスも基本的にはパワー型だけど、柔和な性格的が良し悪しありっていうのが、以前の運用結果から出た結論。だからより戦闘に特化した攻撃的性格の強い怪獣モデルということで、ゴモラをデザインしてみたの。強化プログラムとして、力の強い怪獣であるレッドキングや恐竜戦車、アロン、ダンガー、ブラックキングのデータも入力されているわ」
 シノハラ・ミオのデスクからコンソールを操作したミサキ・ユキの手によって、メインパネルにデータ入力された怪獣達のウィンドウが開く。
 セザキ・マサトは呆れ気味に苦笑した。
「まさしく暴れん坊怪獣勢ぞろいですね」
「運用については、圧倒的なパワーで敵を打ち倒しその場に押しとどめる、もしくは敵の攻撃に対して決して怯まない強靭な盾、ということを想定しているけれど……」
「まあ、使ってみれば色々他の手もあるかもしれませんね。で、スノーゴンは?」
 ミサキ・ユキの指がキーボードをいくつか叩き、メインパネルに次の怪獣データが表示される。
「スノーゴンはウィンダムがファイヤーウィンダムとして熱属性を持っていることから、逆の属性を、という要請からデザインされたものよ。強化プログラムとしてギガス、ガンダー、バルダック星人、アイスロン、グロスト、マーゴドンのデータが入ってるわ」
「ひゃあ〜、こっちはこっちで炎も凍りそうなラインナップですね〜」
「運用想定はやはり冷凍による足止め、鎮火などね。開発部では他にも要請があればデータの追加や新しいマケットも考えるそうだけど」
「まあ、当面はこれで良いんじゃないですか? 数あっても使いこなせなけりゃ意味ないし」
「その通りだな」
 腕組みをして後方で話を聞いていたアイハラ・リュウが進み出てきた。
「ま、当面は――ほれ。マサトがゴモラで、ミオがスノーゴンだ」
 アイハラ・リュウがミサキ・ユキから受け取り、放り投げたマケットカプセルを一つずつ二人は受け取った。
 たちまちシノハラ・ミオが表情を曇らせる。
「隊長!?」
「ある程度運用実績のあるミクラスとウィンダムはリョウコとタイチに任せる。お前らはその新型マケットでデータを取れ。データ集めなら、お前らの方が得意だろ?」
「うむ、妥当な人選だな」
 頷くトリヤマ補佐官の隣で、マル秘書も頷く。
「まあ、あの二人に試行錯誤をやらせると、かえって被害が増えそうなイメージがありますからねぇ」
「手加減を知らんというかなんというか。……この間の剣道の稽古ではクモイの奴、思いっきり打ち込んできおってなぁ。ほれ、まだ腕に腫れが」
「うわぁ、痛そうですねぇ」
「あいたたっ、触るなバカモノっ!!」
 そんな二人の会話に、一同は思わず苦笑を浮かべる。
 セザキ・マサトはすぐに頷いて、ゴモラのマケットカプセルを握り締めた。
「そういうことなら、ゴモラはボクが預かります」
「私もデータ集めと言うことなら預かりますけど……ただ、前線に出ることはあまり……」
「逆に考えろよ」
 アイハラ・リュウは微笑を浮かべてシノハラ・ミオを見やった。
「それを持ってりゃ、前線へ出て行く理由が出来る。スノーゴンを預かるお前にしか対応できない事態に直面することもあるだろう。それとも、やっぱりオペレーター業務だけの方がいいか?」
 意地悪く言われ、スノーゴンのマケットカプセルを両手で包むように持ったシノハラ・ミオは、きっとアイハラ・リュウを見据え返した。
「いえ。G.I.Gです、隊長。シノハラ・ミオ、マケット怪獣スノーゴンのデータ収集の任務、確かに承りました」
 そこでミサキ・ユキがGUYSタフブックを閉じた。
「それじゃ、CREW・GUYSの皆さん。引き続きよろしくお願いしますね」
「「「「G.I.G」」」」
 四人の隊員の唱和がディレクションルームに響いた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 セザキ・マサトとシノハラ・ミオの二人が出動したディレクションルーム。
 ミサキ・ユキたち三人が立ち去る寸前に、トリヤマ補佐官がふと足を止めて疑問を口にした。
「アイハラ隊長、ちょっといいかね?」
「なんすか?」
「いや、ちょっと疑問があってな。スノーゴンのことなんだが……なんで実戦経験のあるイクノ隊員ではなく、シノハラ隊員にしたのだ?」
 その問いを耳に挟んだミサキ・ユキも足を止めて振り返った。
 アイハラ・リュウはゴンさんをちらりと見てから、トリヤマ補佐官ににっこり笑った。
「補佐官が今言ったとおりだからですよ」
「??? なんのことだ?」
「ゴンさんにはGUYSオーシャン時代から現場での実戦経験があるが、ミオにはない。この先のことを考えたら、あいつにも現場の空気を吸って、色々経験してもらわないと。それに、スノーゴンの運用に関して言えば、ミオの代わりは今のゴンさんでも出来るけど、ゴンさんの代わりは今のミオにはできない。こいつが契機になって、あいつの自信になるといいんスけどね」
「でも、ひょっとしたらマケット運用に関しては、案外彼女が一番適任かもしれないわね」
 話に割り込んだのはミサキ・ユキだった。
「そうスか?」
「以前の運用でも、みんながてこずったミクラスはコノミさんが一番上手だったじゃない。ミオ、元秘書だけあって部下の扱いには長けてるから、マケット怪獣の管理もうまくやるかもしれないわ」
「なるほどのぅ」
 頷いたトリヤマ補佐官は、アイハラ・リュウの肩に手を置いた。
「そこまで見抜いておったとは、アイハラ隊長も日々隊長らしくなってきておるな。うんうん、わしは鼻が高いぞ」
 アイハラ・リュウは目を丸くした。
「は? え? いや、今頃そんな評価スか、俺!? 今までどんな風に見られてたんすか!!??」 

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 奥多摩――怪獣博物館。
 3階吹き抜けの中央展示室。
 中央に『最初の怪獣』と言われる古代怪獣ゴメスと原始怪鳥リトラ(※ともにウルトラQ第1話登場)の等身大立像(各身長10mと5m)を展示したその周囲にはベンチが並び、ちょっとした休憩室にもなっている。
 周囲にある展示室の一つから出てきたシブタ・テツジは、そのベンチの一つに腰を下ろして本を読んでいるイトウ・シンジを見つけ、その隣に腰を下ろした。
「ひがしっちー、なに読んでんの? パンフレット?」
「ん〜ん。○イブン社のウルトラマン大百科」
 小さくも分厚いその本を閉じたイトウ・シンジは、シブタ・テツジの顔を見て溜息をついた。
「ぼく、おととしに家族でここに来たんだけどさ、展示内容が変わってないんだよね。展示物も展示内容もあんまり充実してるとはいえないし。正直、こっちの大百科の方が面白いし詳しいよ」
「ふぅん」
 返事をしながらリュックサックを下ろし、水筒をあけてお茶を一服。
 二人の背後を大勢の小学生がわいわい騒ぎながら歩き過ぎてゆく。見知ったクラスメイトの顔もあれば、見知らぬ制服姿の小学生一行もいる。
 まったりしている二人と違い、活気にあふれた空気がそこにあった。
 そこへ、ハラ・テルオ、ミヨシ・ヒロム、イトウ・オサムたちもやって来た。
「おう、てっちゃん、ひがしっちー。なんだよ、ここ。ダメダメだなぁ」
「てるぼん、どうしたの?」
 シブタ・テツジが聞くと、ハラ・テルオはある展示室を指差した。
「あそこのウルトラマン展示室、見てきたか?」
「ん〜ん、まだ。なんかあったの?」
「なんかって言うか……なぁ」
 話を振られたミヨシ・ヒロムは頷いた。
「歴代ウルトラ兄弟たちのマネキンが並べてあるだけなんだ。おまけにそれぞれの説明もすんごい簡単だし」
「光線発射ポーズぐらい取らせろってんだ。スペシウム光線! ビビーッ!!」
 スペシウム光線発射のポーズを取って身体を左右に振るハラ・テルオ。
 イトウ・オサムもがっかりした様子でベンチの一つに腰を下ろす。
「歴代防衛隊の装備も同んなじ感じでさぁ。明らかに普通の服を改造しましたみたいなニセモノ制服と、モデルガンでももう少しリアルだよっていうような銃とか、あとは戦闘機も小さな模型ばっかり並べてさぁ。……お父さんが昔集めてたっていうお菓子のオマケの方がリアルだよ。もー、ぼくらのドキドキを返せって感じだよね。……てっちゃんたちはどう思う?」
「今てっちゃんと話してたんだけど、ぼくは以前来たことがあったからさ。展示内容変わってないし、正直つまんないね。時間の無駄」
 ひがしっちーの辛らつな意見の後では言いにくいな、と思いつつ、シブタ・テツジは小首を傾けた。
「ん〜、確かにパネル展示と人形ばっかりだもんね。あとは、破壊された町並みのジオラマとか、被害に遭った人の話とか、被害にあった物の展示とか……もっとこう、怪獣や宇宙人の標本とかあるとおもしろいんだけど」
「それなら国立超科学博物館か、GUYSの『地球防衛の歩み』館だね。しょせんちほうこうきょうだんたいがかんこうきゃくあつめのためにつくったはくぶつかんじゃあこのていどがせきのやま、そもそも怪獣や侵略者、あるいは防衛隊の情報には一般に公開できないものが多いから、こんな警備もすかすかっぽいとこでは展示しないんだろうね」
「じゃあ何でおれたちこんなところに来てんだよ。その、国立超科学博物館だっけか? に行けばいいのによ」
 腕を組んで辺りを見回しながら吐き捨てるハラ・テルオのもっともな怒りに、ミヨシ・ヒロム、イトウ・オサム、シブタ・テツジも同調して頷く。
「簡単な話さ。理由は三つ」
 その点についても回答したイトウ・シンジは、三本指を立ててみせた。
「一つ、ぼくらにはこの程度で十分と先生が思ってる。二つ、ここはあまり広くないから生徒の管理が楽。三つ、うちは都立小学校だから、都営の施設の方が割引率がいいんだ。本気で怪獣や侵略者の情報を知りたいなら、こんなところよりインターネットか、専門書を読んだ方が面白いよ」
「なんだよ、結局俺らは甘く見られてるってことじゃねえか。おれ達の怪獣知識をなめやがって」
「君のはウルトラマンだけだろ。怪獣はさほど知らないくせに」
「うるせーガリ勉め」
 知識では叶わないと知っているハラ・テルオは、悔し紛れにあっかんべをしたが、イトウ・シンジは取り合わない。
「まあ、先生方は怪獣の知識をつけてほしいんじゃなくて、怪獣災害の実態を勉強してほしいみたいだし? ここはそっち方面の情報だけは結構質が高かったりするんだけど……正直、どうでもいいよね」
「まったくだね。小学生男子の好奇心を甘く見すぎだって」
 ハラ・テルオのように腕を組み、先生の姿を探すように辺りを見回すミヨシ・ヒロム。
「それで? この後どうするんだい? つまらないとか物足りないとか言ってても、今日はずっとここに閉じ込められることは決まってるんだ。それとも、ぼくみたいにここで時間を潰すかい?」
「それなんだけどよ」
 辺りに視線を飛ばして大人が居ないことを確認したハラ・テルオは、不意に屈みこんで四人を手招きした。
「おれにいい考えがあるんだが、お前らのらねえか?」
「なになに?」
「なんだよてるぼん」
「きかせてきかせて」
「ひまつぶしになるなら手伝ってもいいかな?」
「いいか、よく聞けよ? あのな、実はな……――」
 身を屈めて頭を寄せ合う四人に向かってハラ・テルオが浮かべた頬笑みは、まさしくいたずら小僧のそれで、その瞳はきらきらと輝いていた。
 この後、その輝きに魅せられて計画に賛同することになる四人――しかし、それが今回の事件の引き金になろうとは、誰も思いもしなかった。


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