ウルトラマンメビウス外伝 RAYGA
第10話 闇と光の間に…… その10
翌日、GUYSジャパン総監執務室。
「――というわけでありまして、レイガがウルトラマンジャックにブレスレットを返却したのを確認した後、分離して戻って来た次第であります」
報告するセザキ・マサトの横には、渋い表情のアイハラ・リュウ。
向かいのデスクには、サコミズ・シンゴ総監とその脇に立つミサキ・ユキ総監代理の姿がある。
「ふむ」
顔の前で手を組んで聞いていたサコミズ総監は、頷いた。
「いくつか不明な点はまだあるが……おおよその流れはわかった。君も無事で本当によかったよ。それで……どうする?」
「はい? ええと……どうするとは、どういう意味でしょうか?」
とぼけているのか、本当にわからないのか――アイハラ・リュウが隣から肘で小突いた。
「おら。すっとぼけんな。GUYSをこのまま続けるのか、防衛軍へ戻るのかって事だよ」
「はぁ? なんでそんな話に? ボク、CREW・GUYS辞める気は全然ありませんよ?」
「でもお前、ウルトラマンと合体したって実績を持って帰れば――」
セザキ・マサトはしかめっ面で首を振った。
「エリート扱いされますか? そんなわけないでしょ、あの組織が。実験動物扱いにされるのがオチですよ。お断りですよ、そんなアホらしい人生。ボクは呑気に気楽に平和に……ええと、できれば少し自堕落気味に生きていたいんです。エリートも実験動物も英雄も興味ありません。第一、そんな経験した人間なんて他にもいるじゃないですか。……隊長とか」
セザキ・マサトを除く全員が、ぎょっとした表情になった。
「セザキ君、あなた、それをどこで!?」
「いや、かまかけただけです。んで、その反応ですか。バレバレじゃないですか。三人とも正直というか、懐が甘いというか。はー……それにしても、そうですか。隊長もねぇ」
してやられた、という渋い表情でそれぞれに額を押さえ、首を振る三人。
セザキ・マサトはしれっとした顔で小さく舌を出す。
「ま、今さら機密を一つ二つ知ったぐらいでどうもしませんよ、ボクは。ともかく、辞める気はありませんので」
「そうか。なら――」
もういいよ、と面談を打ち切ろうとしたサコミズ総監だったが、セザキ・マサトの方から一歩、進み出てきた。
「あの、それで……ちょっと相談があるんですが。報告書の件で、皆さんに」
「僕らにって……アイハラ隊長だけではダメだったのかい?」
サコミズ総監に聞き返され、セザキ・マサトはちらりと隣のアイハラ・リュウを窺った。
「はあ、なにぶんその……情報操作の類の話なものですから、おそらく隊長だけでも判断つきかねるかと……。あと、お堅くて事情を知らないイクノ隊員とシノハラ隊員がいるディレクションルームではちょっと」
「何だぁ? おいおい、俺もえらく低く見られたもんだな」
「リュウ君」
ミサキ・ユキにたしなめられ、アイハラ・リュウは口をつぐむ。
「それで、何の話なの?」
「レイゾリューガの正体についてです」
それは、ヤマシロ・リョウコに後で説明する、とお茶を濁した件。結局、求められないのをいいことに、彼女には話していない。
至極真面目な顔つきのセザキ・マサトに、三人はそれぞれに顔を見合わせる。
代表して、サコミズ総監が身を乗り出した。
「……わかったのかい? 確か、報告だとレイガが捨てた過去の野望や思いが実体化したもの、とか……」
「それは本人が言ったことで、そのまんま信じていいかどうか」
「どうしてそう思うの?」
「疑うべき点は色々ありますが、まずはレイゾリューガがレゾリューム粒子を扱えるという点です。光の属性を持つウルトラ族であるならば、それは不可能。従って彼は、少なくとも身体属性的にはウルトラ族ではない。つまり、真っ当な意味でのレイガの分身ではありえない――ということになります」
「ウルトラマンとレゾリューム……そんなに相性が悪いのか。いや、そりゃ俺も昔、目の前でミライが消えるのを見たから、その威力はよく知ってるが」
アイハラ・リュウは腕組みをして難しい顔をしている。
セザキ・マサトは少し視線を泳がせて、説明の言葉を探す。
「そうですねぇ。ウルトラマンが持つ光の属性とレゾリュームは鏡像異性体とでも言えばいいんですかね」
「キョウゾウイセイタイ?」
難しい学術用語が出た途端、アイハラ・リュウの顔がさらに歪む。
その一方で、ミサキ・ユキは納得したように頷いた。
「鏡写しにした物体のように、見た目の構造はほぼ一緒なのに、絶対に重ならない存在ね、確か」
「ええ。実際の鏡像異性体といえば調味料のL−グルタミン酸とD−グルタミン酸が有名なんですが、Dの方は口に入れても味がしません。ざっくり言えば、人間の舌がDに味を感じられるようになってないんです。これは、人間を構成するたんぱく質が、Lの方だけを受け容れるように進化してきたからです。どうがんばっても、Dは受け容れません。同じように、ウルトラマンもレゾリュームを受け入れることはできない」
「なるほどね」
サコミズ総監は頷いていた。
「面白い見解ではあるね。だから、ウルトラマンと地球人が一体化すると、レゾリュームの影響が薄まるわけだ」
「ええ。闇と光の間にいる我々地球人は、まだレゾリュームに対する受容性があるのかもしれません。もしくはまったく逆で、ウルトラマンとレゾリュームという相性の良すぎる両者の結合・対消滅の過程を、地球人の成分が阻害するのかも」
「ふむ」
「ところが、どうやってかは知りませんが、その原則をレイガは破ってしまった。二ヶ月ほどですが、彼はレゾリュームとの共存……と言っていいのかわかりませんが、それをしてしまった」
「それが、レイゾリューガの誕生に?」
「写真のネガのように、闇の属性を持つ分身が作られてしまったのではないかと。レイガという入れ物に押し込まれていたレゾリューム粒子が、レイガを構成していた光の粒子無き後、空いた部分をレゾリュームで埋める形で、レイガと同じ形状の存在を形作った……それが、レイゾリューガではないかと思うんです」
「レイガの過去……というか、記憶があったようだけど、その理由は?」
「マイナスエネルギーを取り込んだ、という仮説はどうでしょうか」
ミサキ・ユキとサコミズ総監は、予想外の答えに顔を見合わせた。
セザキ・マサトは続ける。
「アーカイブ・ドキュメントU・G・Mを中心に記述されていることですが、人間の放つマイナスエネルギーですら、怪獣を生み出した可能性があります。ウルトラ族のレイガが放ったマイナスエネルギーは、どんな結果を引き起こすことか。むしろ逆に、レイガのマイナスエネルギーによって生み出された存在が、レイガ消滅と共に解放されたレゾリュームの力を取り込んだという可能性もあります」
ふむ、とミサキ・ユキは頷いて考え込む。
「そういえば、マイナスエネルギーもレゾリュームも、負の心によって活性化する、と聞いたことがあるわね。エンペラ星人もそのために太陽を奪い、あれほどの圧倒的な破壊を行って恐怖と絶望を撒き散らそうとしたのではないか、とか」
セザキ・マサトはそれに対して深く頷いた。しかし、すぐにけろっとした表情で述べる。
「まあ、いずれにせよ、今の科学では証明不可能な仮説ですけどね」
「そうだね」
苦笑するサコミズ総監。
「それで、君としてはその仮説を報告書に載せていいかどうかを悩んでいる、ということなのかな?」
「はい。……個人としては載せたくないんですが。その他の部分についても、防衛軍の悪さをする部署の人たちが涎を垂らしそうな機密情報てんこ盛りですし、書くとなるとタクシー内の会話にも触れることになります。そうすると……まあ、色々まずいんじゃないかと」
「ふむ……リュウ隊長はどう思う?」
振られたアイハラ・リュウは、難しい顔をして考え込んだ。
「ん〜……公式文書にウソ書いたり、隠しておくことには抵抗があるのは確かです。それは俺達のやってることに嘘をつくってことでもあるし、どんなことでも包み隠さず残してきた先輩たちの務めを踏みにじるってことにもなりかねない。けど……正直なことは、いつでもいいことってわけでもないですよね」
「リュウ君にしては常識的な答ね」
「それ、どういう意味っすかミサキさん」
口を尖らせながらも、苦笑する。
「でも、私もリュウ君に賛成だわ。人には知らせなくてもいい情報ってある。例えば、ミライ君の件。あの時代のアーカイブ・ドキュメントも、最初からミライ君がウルトラマンメビウスだという情報を元に書き直せばまったく違う話になってくるし、私達に正体を明かした後のことだって、基本的にはそのことには触れない形で報告してる。だから……ありだと思うわ」
二人の話を頷き頷き聞いていたサコミズ総監は、セザキ・マサトを見やった。
「セザキ君の考えでは、その仮説についてはまったく触れない? それとも、ウソをでっち上げる、ということなのかな?」
「ん〜……」
三人の上司の前だというのに、腕を組んで考え込むセザキ・マサト。その首が決めかねている思いを物語るように、ゆ〜らゆらと左右に傾く。
「一応、ボクも組織の人間ですし……リュウ隊長が仰ったこともありますし……ウソとか隠すってのは嫌なんですよね。自分一人で秘密を抱えるのも結構しんどいし。でも、上司がそう指示するなら、従うタイプの人間ですよ?」
にまっと口角を持ち上げるセザキ・マサトに、サコミズ総監は苦笑した。
「防衛軍の君の上司に今の言葉を聞かせたいね。……残念だけど、報告書に虚偽の記入や隠蔽は許されない。これは大原則だ」
表情を引き締めたサコミズの言葉に、セザキ・マサトは少し残念そうにしながらも、黙って頷く。
「でもね」
サコミズは席を立った。デスクに両手をついて、セザキ・マサトの眼を見つめる。
「仮説を載せるかどうかは、報告者本人が決めていいことだよ。その仮説が後に間違った方向へ事態を動かすかもしれない。もしくは……事態の解決に大きな道標となるかもしれないよね。また、君の仮説が真実なら、誰かがいずれそこへ到達するだろう。だけどそれは、今の僕らには判断できないことだ。だから載せるのか、だから載せないのか。君自身が決めていい」
「総監……」
「僕としては、今の話を聞かせてもらったことで十分だ。面白い仮説だと思う。証明されないのが残念なくらいにね。……でも、いつもいつも、あらゆる事態が科学的に解明されたり、今後解明される必要はないんじゃないかな。そんなアーカイブ・ドキュメントだって、山ほどあるんだからさ」
「わかりました、じゃあこの件は……ボクの妄想部分を削除して」
「いや、俺が書く」
落ち着きそうなところで割って入ったアイハラ・リュウに、三人の眼差しが集まる。
何を思うのか、アイハラ・リュウはセザキ・マサトの頭を軽くはたいた。
「ったく、そもそもお前が書こうってところから間違えてんだよ」
「え、ええ〜っ?」
はたかれたところを押さえて振り返ったセザキ・マサトはきょとんとしていた。ミサキ・ユキもなにを言い出すのか、と呆気にとられている。
腕組みをしたアイハラ・リュウは、不満げに口をへの字に曲げている。
「お前、リョーコと二人して怪獣災害の被害者見舞いに行ってて、たまたま星人のテロ現場に遭遇しただけじゃねーか。こっちはディレクションルームに詰めてて、事態の推移を見てたんだ。出先で事件に巻き込まれただけのお前に、何がわかってるってんだよ」
「え、いや……だってボクは」
「あー、もうガタガタぬかすな。悪辣な侵略異星人がウルトラマン抹殺のために、地球人を人質に取っただけの事件だ。過去にもこんな事件、いくらもあっただろうが。それを、キョウゾウイセイタイだの、レゾリュームを無効にするだの、ウルトラマンレイガの分身だの、訳のわからん話を持ち込んでややこしくすんな。いくらお前がオタク趣味の設定好きで、空気も読めない理屈コネだとしても、報告書ってのは事実だけを書きゃあいいんだよ。だからお前は現場でやった人質の救出活動についてだけ書け。事件全容は俺が書く」
気迫で押し切る気満々のアイハラ・リュウ。
「あ……はぁ……」
どうしましょう、と目で訴えるセザキ・マサトに、サコミズ総監は愉快そうな笑みを満面に浮かべた。
「ま、隊長命令だし、仕方ないんじゃない? 上司の命令には従うんでしょ?」
「……いいのかなぁ」
「いいのよ、それで」
微笑むミサキ・ユキ。
「そうだぞ。俺もサコミズ総監もいいっつってんのに、まだなんか文句あるのか」
「はいはい、そこまで」
サコミズ総監は、両手で押しとどめるような仕種で場を収める。
「ま、そういうことだから。……でも、今回はよくやってくれたね、セザキ隊員。君の行動は、んー……一部褒められたものじゃないこともあったけど、最終的にはウルトラマンと地球人の関係を守ってくれたと僕は思ってる。その努力はこれからもみんなで続けていかなければならないが……君に入隊してもらったことを、今日は心から誇りに思うよ。ありがとう、セザキ・マサト隊員」
サコミズ総監直々の心からの言葉に対し、セザキ・マサトは踵を鳴らして敬礼で応えた。
「は……はいっ! ありがとうございます、総監! セザキ・マサト、これからも粉骨砕身、日本の、地球の平和のためにがんばります!!」
あまりに調子いいその宣言に、アイハラ・リュウは呆れ顔でボソリと漏らした。
「……ついさっき、ボクは呑気に気楽に平和に生きていたいんですって言った奴のセリフかよ、それが」
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
ディレクションルーム。
「セッチー♪ ねぇねぇ、おっこらっれたー?」
整備ハンガーへ向かったアイハラ・リュウと別れて一人戻ると、ヤマシロ・リョウコが明るい声で出迎えた。室内にはクモイ・タイチ、イクノ・ゴンゾウ、シノハラ・ミオの姿もある。
「怒られてないよ。怒られるようなことはしてないし」
「女子高生を危険な現場に同行させておきながら、よく言えますね」
シノハラ・ミオの鋭い突っ込みとジト目に、思わず首をそむける。
「それよりセッチー、これからシロウちゃんちに行かない?」
「はぁ? なんでさ」
中央のディレクションテーブルに着きながら、セザキ・マサトは顔をしかめる。
「だって、シロウちゃんしこたま殴られてるはずだしさぁ……あと、エミちゃんとユミちゃんを交えた甘酸っぱい青春模様も見てみたいじゃな〜い?」
「いや、そんなのは果てしなくどうでもいいし。第一、アキヤマさんにはボク、多分、嫌われてるだろうから」
「え〜。セッチー、なんかノリ悪いよ〜。いこーよー。楽しそうだよ〜」
セザキ・マサトを後ろから抱き締めて、駄々っ子のように左右に振る。
それでも、セザキ・マサトは首を横に振った。
「いーやーだってば」
ヤマシロ・リョウコはむっとして口を尖らせる。
「どうしてそんなに嫌がるのさぁ。セッチー、シロウちゃんと――」
セザキ・マサトは慌てた。事情を知らない三人がいるのに、何を言うつもりなのか。
「わわ、悪いけど! ボクはそこまで彼に興味はないから!」
そうわめき気味に叫んだセザキ・マサトの脳裏を、昨晩の別れがよぎる――
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
昨夜遅く。
あらかたの後片付けが終わり、ブレスレットの返却も終えた後で、二人はフェニックスネスト前に戻って分離した。
「ふぅ。……なんかすごい経験だったなぁ」
セザキ・マサトは自分の意思どおりに動かせることを確認するように、腕を回したり、ストレッチをしたり、身体のあちこちを動かす。
「そりゃお互い様だ」
シロウはズボンのポケットに手を突っ込んだまま、ぶっきらぼうに言った。
「まぁでも、なかなか楽しかったぜ。色々助かったしよ。それに、お前とはなんか気が合いそうだ」
差し出す手。
セザキ・マサトはその手をじっと見つめた。
「どうした?」
「いや……ご苦労さん、という意味での握手なら、するのはやぶさかではないんだけど……これからもよろしく、という意味ならボクはその手を握れない」
「はあ?」
シロウは手の平に目を落とし、残念そうに引き戻す。
「なんだよ、俺と仲良くなるのは嫌ってことかよ」
「嫌じゃないけど、遠慮しとくってことだよ」
「意味わかんねぇ」
「仲のいい友達ならいっぱいいるでしょ、シロウ君には。リョーコちゃんにタイっちゃんに、アキヤマさんにチカヨシさんに。他にもいるんでしょ? さらにボクまでその輪に入る必要はないと思うんだ」
「そういうもんか?」
「それに、ボクはリョーコちゃんみたいにべたべたするのは苦手でね。まして、君のように得体の知れない存在相手に、警戒を解くほど脳天気でもないんだよ。何せ、防衛軍出だから」
「……俺を疑ってる、ってことか」
「だって、今回のことも君が中心にいるわけだし? その気はなかったにしろ、原因の一端を担ってる」
「それは……そうだが」
「今後もこんなことがないとは言い切れるかい?」
「む……」
返答に詰まりながらも、納得できない表情のシロウ。
「あ、君に地球を出て行けと言ってるわけじゃないよ? ただ、君たち異星人は地球の日常と、非日常をつなぐ窓のようなものなんだ。いつなにが飛び出すかわからない。本人にその意図があろうとなかろうとね。だから、ボクはそんな時に、冷静に対処できる人間でいたい。知り合いだけど、友達ってほどじゃない……その距離感がちょうどいいんだよ、今のボクらには」
「知り合いに疑われてるってのはあんまりいい気分ではないんだがな。まして、身体を重ねた仲となれば――」
セザキ・マサトの表情が曇る。疲れたようにがっくり肩を落とす。
「……あのさー。そういう語弊を生ずる物の言い方はやめて」
「あん? 難しい言葉を使うなよ。なんだって?」
「だーかーら。君とボクの関係を誤解されるような言い方をするなって言ってんの。身体重ねたとか、腐女子が食いつきそうなこと言うな」
「事実じゃねえか。フジョシが食いつくとか、そっちの方が意味わからん」
二人の間に横たわる文化ギャップはあまりに大きい。
これ以上言っても無駄、と理解したセザキ・マサトは説得を諦めて、大きくため息をついた。
「まあ、とにかく。これからも現場で会えば、今まで通り協力ぐらいはする。必要なら身体も貸す。でも、君が異星人で、基本的に物の見方・考え方が違う、ってことを忘れるつもりはないから。シロウ君も、そうやって警戒している人間が地球に一人はいるってことを覚えておいた方がいいよ。普段は笑ってるけど、いざという時には容赦しない人間がいるってことをね」
「そうだな」
シロウは案外素直に頷いた。
「まー確かに、元々、地球人なんか信用できねえって思ってたわけだしな。色々迷惑もかけたし。それがお互い様で、普通か」
「そういうこと。なんだ、結局なんだかんだでわかってるじゃないか」
「いや……初めからわかってたはずなんだけどな。なんせ俺の回りにゃ、そういう連中が少ないもんでよ、す〜ぐ忘れそうになっちまう」
困ったように眉間を寄せるシロウ。
セザキ・マサトもそれには同意せざるを得ない。
「あー……そうだね。変な連中が多いよね。……やっぱこれって、類友だよなぁ」
「なんか言ったか?」
「あーいや、なんでも。ま、とにかく。今日はご苦労さん。またね」
セザキ・マサトは、自身が言った距離感そのままに軽く手を挙げて別れを告げる。
シロウも軽く手を挙げ返した。
「ああ、またな」
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
現在のフェニックスネスト・ディレクションルーム。
「――ボクと彼は友達でもなんでもないし、そんなものになるつもりもないから。だいたい監視対象の異星人と仲良くなってどうすんのさ。それこそ防衛チームとしてのプロ意識に欠けるってもんでしょ」
ヤマシロ・リョウコは頬をひくつかせた。
「プロって……君が言うか、それを」
「それでも君よりましという自信はあるね」
「こんのぉ……防衛オタク!」
「うっさい、体育会系オトコオンナ」
「あー!! 言ったね!? 言っちゃいけないことを、言ったね!!」
「言ったがどうした」
「殴る!」
と言いつつ、チョークスリーパーで締め上げるヤマシロ・リョウコ。
だが、セザキ・マサトも顎を締めて喉に腕を入れさせない。格闘技に関しては、防衛軍出身のセザキ・マサトに一日の長がある。
「効かないよ〜だ」
ぺろっと舌を出して余裕ぶるセザキだが、そのこめかみに少し汗が浮いている。
そんな騒ぎを横目に見て、ふっと頬に笑みを刻むクモイ・タイチ。
イクノ・ゴンゾウは楽しそうに頷き頷き見ている。
いつも通りのディレクションルームの光景。いつも通りの平穏。
そして――シノハラ・ミオが怒り出すまで、あと5秒……。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
数日後。
九月末の休日に、シロウはアキヤマ・ユミと二人で駅前を歩いていた。
陽射しはすでに和らぎ、秋の気配が日一日濃くなってゆく。
街路樹の梢はいくらか色を失い始めているし、幾枚か散った葉が路上を賑わせている。
吹く風は柔らかく、心地よい。
デートである。
朴念仁のシロウにまったくそのつもりがなくとも。
オオクマ家でシロウの秋冬用の服を購入しなければ、という話題が出た時に、たまたまその場にいたアキヤマ・ユミが、シノブから半ば強引に見立ての役目をもぎ取ったのだとしても。
このイベントは、アキヤマ・ユミにとってデート以外のなにものでもなく、仮に何者かによってデートではないと否定されるならば、即座に乙女の全知全能を傾けて闘争に入ったであろう――無論、頭の中で。
誰がなんと言おうと、これはまごうかたなきデートである。異論は許さない。むしろ封殺する。言論統制である。恐怖政治も辞さない。反抗勢力一掃。
春だった。季節は完全に秋だが、我が世の春だった。
それぐらい、彼女のテンションは上がっていた。いやむしろ、舞い上がっていたと表現すべきか。
この日のために用意した新しいワンピースドレスに、下着もコーディネートを考えて、長い黒髪も念入りに手入れし、化粧も薄く載せ、可愛いアクセサリーもバランスが悪くならない程度にあしらって、ポーチもお気に入りをチョイス、シロウに合わせた話題のネタを前々日から仕入れて話す順序をしっかり計算し、待ち合わせ場所にシロウが現れた時には携帯の電源も切った――全て完璧。
なのに。
肝心のシロウが心ここにあらずだった。
「――それでね、エミちゃんがそこで言ったんですよ。『ユミって、ほんとすごいよね』って。でも、その時私、心の中で叫んだんです。ちが〜う、あたしが欲しいのはこの場面でじゃな〜い、って」
「ふぅん」
シロウは聞いているのかいないのか、生返事しか返さない。
その目は頻繁に宙を泳いでいる。
「……シロウさん?」
「ん〜? なんだ?」
「今の話……聞いてました?」
上目遣いにちょっぴり怒りの成分を乗せて、足を止めたシロウを見つめる。
「ん、ああ。ユミがオレとかーちゃんのケンカをとめた時の話だろ?」
「聞いてるじゃないですか」
「ああ」
そしてまた、ちらりと街を見回す視線。しかし、何かを探しているようにも見えない。
ユミは小首を傾げた。
「あの……シロウさん? 本物……ですよね?」
「あ?」
何を言ってるんだ、という怪訝そうな瞳がユミを見つめる。それはそれで、ようやく自分を見てくれたという喜びが湧き起こるイベントだったが、浮かれ騒ぐのは心の中だけにとどめておく。
「なんだか元気がないみたいです。それとも、何か心配事でもあるんですか?」
「ん〜〜〜〜……………………」
シロウは唸り声だかため息だかわからない声を出して、口をへの字に結んでしまった。
「なんか……不思議な感じがしてな」
「不思議、ですか?」
シロウが歩き出すのに合わせて、ユミも歩き出した。
いつになくゆっくり歩くので、ユミでも歩く早さを気にせずついて行ける。
「オレさ、一回死んだわけだよ」
「……………………」
ユミは答えられなかった。後で事情はGUYSのヤマシロ隊員から聞きはしたが、いまだに信じられない。シロウさんが一度完全にこの世から消滅していただなんて。
でも今は、こうして横に並んで歩いている。
先だってのレイゾリューガと名乗ったもう一人のシロウさんの件もあるし、命ってなんだろう、人ってどこで人と判断するのだろう、という哲学的な疑問がずっと胸に刺さっている。
そんなユミの懊悩などまったく知るよしもなく、シロウは続けていた。
「あのままだったら、こうしてユミと歩くこともなかっただろうし、街をこんな風に見ることもなかったんだよな。本当なら絶対関わるはずのなかった未来に、今生きてるってのが、なんか落ち着かないっていうか……自分だけ別世界の人間のような、な」
爽やかな風に街路樹がさわさわと鳴いている。路上に落ちた陽射しと影のコントラストがちらちらと揺れた。
「それに、今さらだけどオレって死ぬんだなーって。あはは」
冗談めかして笑う――その腕を、ユミは思わず立ち止まってつかんでいた。
「あ?」
「……あははじゃないです」
ユミは精一杯の怒りを視線に乗せて、シロウを睨んだ。その目尻に光るものが膨らみ始め、シロウはぎょっとした顔になる。
「ユ、ユミ?」
「……………………」
捕まえて、睨んだものの、ユミはなにをどう言えばいいのかわからなかった。
終わったことに死なないで、はおかしいし、説教しようにもシロウがなぜ命を落とさなければならなかったのか、詳しく知らない。
「…………命を、粗末にしないで下さい」
かろうじて、それしか言えなかった。ぽろりと滴が頬を伝い落ちる。そうなると、もう歯止めが利かなかった。
もう片手も伸ばして両腕をつかみ、正面から訴える。
「死んじゃやだ。シロウさんが死ぬなんてやだ。二度と会えないなんてやだ。やだやだやだ。……やーだぁー」
「ユミ……」
顔を振りたくって泣きじゃくるユミを、シロウは神妙な顔で見つめていた。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
駅前のベンチ。
ユミはハンカチで涙を拭きながら、まだすすり泣いていた。
「落ち着いたか?」
駅構内のコンビニで購入してきたペットボトルのお茶を差し出すシロウ。
「あ……はい。ごめんなさい、取り乱して」
「いや。気にするな」
「……………………」
「……………………」
沈黙の時間が流れてゆく。
駅構内から次の列車の行き先アナウンスが聞こえ、ロータリーではバスが走り出す。
おばちゃん達がやかましくおしゃべりしながら行き交い、大きなボストンバッグを担いだ何かの部活の団体らしき少年たちが、大騒ぎで改札を通り過ぎる。
「あー……」
沈黙に耐え切れず、声を上げたのはシロウだった。
「オレさー、ちょっとお前らの気持ちがわかった気がする」
ユミはペットボトルのお茶を一口含みながら、シロウの横顔を見つめた。
「まぁ、俺ってこう見えてお前らの何百倍も年上なんだけどよ。一族の中じゃ、まだまだ若いんだ。それこそ、地球人でいうお前らより若い扱いかもしんない。寿命で死ぬにしても、うん万年、うん十万年先だと思う。だから……今まで、何度か死の縁に立ったことはあったけど、それでも死ぬってことについて、実感がなかったんだよ。ここまで積み上げてきたものがなくなるのが惜しい、くらいのものでよ」
シロウはまたも視線を無秩序に辺りに這わせていた――その時ふと、ユミは気づいた。その眼差しの時のシロウは……。
(……優しい横顔……)
「けど、いっぺん本当に死んで、甦って……こうしているとよ、見えてるもん全部が、今を逃したら二度と見られないものみたいな気がしてよ。見てないともったいないっつーか、目が離せないっつーか。う〜〜〜ん……」
眉根を寄せて、空を見上げ、言葉を探す。
「うまくは言えねえんだけど……お前ら地球人が、オレたちから比べると寿命が短くて、でも、そのくせオレたちより色んなものに色んな意味を見出したり、大事にしたりするのは、こういう感覚があるからなんだろうな」
「シロウさん……」
「……今の、わかった?」
「はい」
満面に笑みを浮かべて頷く。
「それって、シロウさんがまた一つ地球人を理解したってことですよ。もちろん、私も地球人だから、嬉しいです。とっても」
「そっか」
シロウもにっこり笑い返し、少し照れたように鼻の頭を掻く。
「オレも、ユミに褒められて嬉しいぜ。……なんかいいな、こういうの。気持ちがいいや。へへっ」
「私もです」
本当によかった、とユミは心の中で呟いた。少なくとも、捨て鉢な気持ちやバカな見得のために命を落としたわけではないらしい。いや、例えそうだったとしても、今のシロウさんは命を大事にするということを、学びつつあるように思える。それは、おそらく善いことに違いないのだから。
そして、なによりこの二人きりの時間を楽しんでくれていることが、一番嬉しい。
天にも舞い上がりそうな心を出さないように努めつつ、ユミは立ち上がる。そして、手を差し出した。
「さ、手をつないで行きましょ、シロウさん。お洋服買わなくちゃ」
「ああ、そうだったな」
ユミの手を握り、立ち上がったシロウはそのまま歩き出す。
「なあ、でもなんで手ぇつなぐんだ? 迷子防止?」
朴念仁はどこまで行っても朴念仁。
しかし、念願のふれあいを達成し、幸せ絶頂の今のユミにそんなことは関係なかった。
「もちろん、気持ちいいからです! シロウさんは気持ちよくありませんか?」
「いや、気持ちいい。っていうか、嬉しいし楽しいな、なんか」
「それでいいんです! これからも嬉しいこと、楽しいこと、い〜っぱい一緒にしていきましょうね!」
「ああ、そうだな」
幸せに弛みきったユミの顔に、シロウの表情も知らず弛む。
秋の香り漂う街中に、そこだけ訪れた春――ユミのハミングが平和を象徴していた。