ウルトラマンメビウス外伝 RAYGA
第10話 闇と光の間に…… その9
暗黒の空間。
「リョーコ!!!!!!」
ヤマシロ・リョウコの心からの叫びに、オオクマ・シロウは思わず一歩踏み出していた。
「……え?」
そう。一歩踏み出していたのだ。
ないはずの身体が、あった。
自分の手足を、不思議そうに見下ろすオオクマ・シロウに、未来のオオクマ・シロウは笑う。
「それを待っていたんだよ。お前が、自分で一歩踏み出すのをな」
「……お前……」
クモイ・タイチの姿をした未来のオオクマ・シロウは、新マンを追い詰めているレイゾリューガの画像を見やった。
「あいつがあそこへ出て行ったのが、あいつの存在理由を守るためのわがままだったとしたら、これからお前を送り出すのも、俺が俺の存在理由を守るためのわがままだ。そして、お前がそのわがままに乗ってくれるのを待っていた。……お前が自分の意思で前へ進もうとしなければ、お前の未来は俺に繋がらないからな」
チカヨシ・エミに変わったその姿は、足から薄れつつある。
「あんたが誰の姿を追っかけていくのかはまだわかんないけどさ、今のあんたはみんなに望まれてる。あんたも今を望んでる。それでいいの。それを積み重ねていった先にあるものだけが、未来だから」
郷秀樹の姿に変わった頃には、もう腰まで消えていた。
「ここから出るには、二人分の力が必要だからな。俺がお前を認めて、お前に全てを託そう」
「……お前はどうなる」
イリエの姿で、にこやかに微笑む。
「案ずるな。わしならお主の中におるよ。いつでもな。定まらぬ行方、うつろいゆく姿こそ未来」
オオクマ・シノブが頷く。
「さ、早く帰っといで。お前を待ってる人がいるんだから。たくさんね」
ヤマシロ・リョウコがいつになく真剣な表情で拳を突き出す。
「まずはあたしだぜ。マブダチが困ってる。今、使わなかったら、あたしたちの力はどこで使うんだい!?」
オオクマ・シロウは頷いた。力強く。何の迷いもなく。その瞳に揺るがぬ決意と意志の輝きを宿して。
「ああ、まったくだ。――いくぞ!!」
握り締めた拳が蒼い輝きを放つ。それを、虚空高くに差し上げた。
「レイガアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!」
蒼い光があふれ出し――虚空が、ガラスのように割れ砕け散った。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
フェニックスネスト・ディレクションルーム。
「レジ……ウルトラマンレイガ出現!!」
シノハラ・ミオは嬉しさを隠さない声で告げた。
受けるミサキ・ユキも満面の笑みで頷く。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
立ち昇る光が、夜の帳が落ち、燃え盛る炎に照らし出された町の空を染め上げる。
その輝きはコクピットの中まで明るく照らし出した。
「う……」
アイハラ・リュウが呻いて、意識を取り戻す。
同様に、イクノ・ゴンゾウもガンローダーのコクピット内で目覚めていた。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
レイゾリューガのカラータイマーから出現したレイガは、そのままレイゾリューガの喉元をわしづかみにして、額をくっつけた。
『ジェアッ!!(……てめえ、色々やってくれやがったな)』
『デュアッ!!(お前……俺はお前だぞ!? やはり俺を捨てる気なんだなっ!?)』
『ヘアッ!!(うるせぇ!!)』
レイガの額のビームランプから光線が放たれ、レイゾリューガの顔面で弾けた。
『グワッ!!』
仰け反り、たたらを踏んで後退るその腕をとり、大きく引っ張る。
つんのめるように戻って来たその顔面をわしづかみにして、再び押し戻し――そのまま地面に後頭部を叩きつけた。
辺り一面に飛び散る道路の破片、広がる粉塵。
『ジェェアッ!(もう一丁!!)』
頭を振り振り身を起こしかけるレイゾリューガの顔面をもう一度わしづかみにして、地面に叩きつける。
そして、レイガは姿を消した。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
坂田自動車。
「セッチー、セッチー……」
無駄と知りつつ、涙声で呼びかけて頭を優しく揺すり続けるヤマシロ・リョウコ。
セザキ・マサトの土気色の肌に生気が戻る気配はなく、その呼吸もますます細くなるばかり。いや、もうほとんど感じられない。
「……ごめんね、セッチー……。最期の顔ぐらい、しっかり目に焼き付けてあげたいのに……見えない、見えないんだよ……君が苦しんでるのか……笑ってるのかさえ……ごめんね……」
潤み、歪んだ視界には何一つ真っ直ぐなものはない。ぼんやりとした輪郭のものの色がかろうじて見えるだけ。
(じゃあ、泣き止めよ)
そんな声が頭の中に響く。
そして、頬を撫でて涙をすくい上げる優しい指。
「それが出来たらやってるよ!! ――って、え?」
思わず顔を上げた――そこに、人間大のレイガがいた。
(待たせたな)
そう言って、白く輝く左手をセザキ・マサトにかざす。
「……レイガ……ちゃん?」
そう呟くヤマシロ・リョウコの表情は、まだ呆けている。信じられないものを見ている眼が、何度も瞬く。
(おう、俺だ)
「何で……レイガちゃんは死んだはずじゃ……」
(まったくだぜ。マブダチが泣いてるから、死んでいられなくなったんだよ。世話の焼ける奴だな)
口は悪いし、表情も読み取れないが、その口調は笑っていることが感じられた。
「ほんとだよ」
ヤマシロ・リョウコもようやく微笑を浮かべた。袖で涙をぐいっと拭い取る。
「あたしが泣かなきゃ戻って来られないなんて、世話の焼けるウルトラマンだよ」
(そう言うな。こっちにも色々都合ってもんが――お?)
セザキ・マサトの腕が伸びた。レイガの左腕をつかむ。
「セッチー!? セッチー!! セッチーセッチーセッチーセッチーセッチー!!!!!!」
喜びを爆発させて頭を抱き締め、頬擦りをするヤマシロ・リョウコ。
しかし、セザキ・マサトはヤマシロ・リョウコの胸の中でヤマシロ・リョウコには一瞥もくれず、ただレイガを見据えていた。
「レイガ……君に頼みがある」
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
『(くそったれ……あいつがあそこまで情に流されて惰弱になっていたとは、とんだ計算違いだ)』
ふらつく足元を踏みしめ、立ち上がるレイゾリューガ。
影が差した。
『(……?)』
見上げる空に、捻りを切って急降下してくる新マンの姿。
『(な……)』
躱す暇もなく、流星キックがレイゾリューガの胸に炸裂した。
『グアアアアアアアッッッ!!!!』
胸板から白煙と火花を散らしながら、大きく後方へ吹っ飛ぶレイゾリューガ。
着地した新マンは、即座に側転から空中前転を切って間合いを詰めた。レイゾリューガが体勢を整える前に、水平チョップを連続で叩き込む。最後に横蹴りを腹に決め、頭部が落ちたところを後部からその首を抱えるように極めた。そのまま、引っこ抜くように持ち上げ――後方へ倒れこむ。
いわゆるブレーンバスター。
凄まじい地響きとともに落着したレイゾリューガは、全身を痙攣させる。
『(バ、バカな……何だこの力は……! お前には……もうエネルギーなど)』
新マンは答えない。
すぐさま立ち上がり、レイゾリューガの上に跨り座った。そして、チョップの連打を加える。
レイゾリューガはそれに対して両手を駆使して躱していたが、やがて瞬間移動でその場を逃れた。
少し距離を置いて出現したレイゾリューガは、焦りからか疲労からかはわからないが、明らかに息を乱していた。その肩が大きく上下している。
『(……くそ、なんだってんだ。死にぞこないが……わかったよ、てめえがそう来るなら俺だって!)』
左手首に右手を添えて、投げ放つウルトラスパーク。
それは三日月の光刃と化して、真っ直ぐに新マンに襲いかかり――
『シュアッ!!』
『(!?)』
次の瞬間、胸から火花を噴いて倒されていたのはレイゾリューガだった。
『(な……なん、だと……!?)』
仰向けの姿勢から首だけを起こす。
片膝立ちのまま、右手を前方へ真っ直ぐに差し伸ばした新マン。それはまるで、ウルトラスパークを投げた直後のような姿。
何が起きたのか。
なにも、説明が困難なことが起きたわけではない。ただ、飛んできたウルトラスパークを手を添えるようにして受け、その勢いを殺さないように円運動で方向を変え、送り出す――つまるところ、ウルトラスパークを投げ返しただけだ。
完全に油断していたレイゾリューガに、帰って来たウルトラスパークを制御する余裕などあるわけもなく、まともにその胸で受けてしまった。身体を輪切りにされなかったのは、かろうじて働いた防御本能がウルトラスパークを拒否したからに過ぎない。
『(……デタラメな……なんだ、それは……ぐふっ)』
『(セブン兄さんから教わった技だ。……強い技を持つ者は、破り方も知っていて初めてその技を会得したと言える。お前ではウルトラブレスレットは扱いきれない)』
『(くそ、だったら今度は油断しねえ。……つぅか、人質がどうなってもいいってんだよな、これは――は?)』
のっそり身を起こしながらすごむ――その顔が、急に黒いドームを向いた。
異常を感じて、新マンもそちらへ顔を向ける。
坂田自動車を包んでいる黒いドームが、白に侵食されていた。
『(……なんだ!? 白? レゾリュームが!?)』
レイゾリューガも知らないことなのか、慌てた声を上げる。
黒いドームだけはない。周囲の地面まで白に侵食されている。
やがて――白一色と化したドームの内側から、何かが飛び出した。
クリスタルめいた薄蒼い透明で、内側から放つ光にきらめいている、尖角の物体。それは、美しくも儚げな剣。
『(氷……つらら、だと? はっ! まさか――)』
その言葉が終わる前に、突き出していた氷柱がドームを真っ二つに引き裂いた。
砕け、飛び散ったドームの欠片は、そのまま宙空で形を失い、霧となって周囲に漂いあふれる。
『(――くだらねえ真似もこれまでだな、レイゾリューガ。人質はもういねえぜ)』
濛々と立ち込めるその霧の中に、一人立つシルエットがあった。
輝く光を背に立つ人型の影、その両眼が白く、額に緑の、胸に蒼の輝きが点っている。
夜風が吹き、霧が漂い流れだす。
現れたのは、右腕から氷の剣を伸ばしたレイガだった。体色パターンはいつもの通り右腕にねじれて集まっている。
立ち上がったレイゾリューガは、思わずじりっと後退っていた。
(……こいつ……)
気迫が違う。先ほどと。いや、気迫だけじゃない。何かが違う。
『(く……あのまま時空の狭間にいればいいものを……。出てきたお前が悪いんだからな!!)』
両拳を握り締め、吼えたレイゾリューガの全身から、黒い炎が立ち昇った。
両腕を右へと水平に差し伸ばし、左へと回す。黒い軌跡が空に描かれ、噴き出した闇の力が集まってゆく。
『(くはははは、レゾリューム最大出力だ!! お前が光の側に立つ限り、こいつを防ぐ術はない!! 今度こそ、文字通り跡形もなく消し飛ばしてやらぁ!!)』
新マンがレイガを見やる。
レイガはただその場に立ち尽くしていた。状況がわかっているのか怪しまざるをえないほど、落ち着いた様子で。
『(これで! 俺が! 本物のレイガだぁっ!!!!)』
レイゾリューガの左手が立ち、その腹に右拳が押し当てられる。
漆黒の光線がこれまでにない圧倒的な噴流となって迸り、レイガに襲い掛かる。
『(レイガ!!)』
新マンの呼びかけ虚しく、レイガはそれを胸板で受けた。
『(ふはははははは! 瞬間移動で逃げるのかと思いきや、まともに受けやがった! バカが、一度死んだから耐性が出来たとでも思っていたか!? そんなわけ――…………あぇ?)』
黒い噴流の中で、その勢いに押されまいと前屈みになってはいるものの、レイガは耐えていた。
その身体が消滅するような兆候は見られない。
押し寄せる闇の流れの中で、目とビームランプが不気味に輝いている。
『デ、デュワ!?(な……なんだ!?)』
レイゾリューム光線を放ちながら、一歩後退る。
その分、レイガが一歩進む。
『ジュワ、ジュワワッ!?(何で消滅しねえ!?)』
『(これが……お前が虫だゴミだと侮った地球人の力だ)』
『ヘアッ!? ヘェア……(……な、なんだと……!? 一体、なにを……)』
『(――地球人と合体したウルトラ族は、レゾリュームとの対消滅反応を起こさないんだよ。これが……地球人とウルトラ族が手を取り合うことで初めて可能になる、今のところ唯一のレゾリューム封じだ)』
その声は、レイゾリューガにとっては聞き覚えのある、しかしレイガとは違う声だった。
『(!!! その声、お前は……セザキ!? だが、なぜだ!? なぜお前が!?)』
『(レイガに頼んで合体してもらったのさ!! ……タクシーの中で言ったはずだよ。地球人は、レゾリュームを防ぐ方法を探すってね)』
『(まさか、もう解明してたってのか!? あの時には、そんなこと――)』
あはははは、といつものセザキ・マサトらしからぬ甲高い笑い声が響き、目に見えてレイゾリューガに動揺が走る。
『(ニセモノか本物かわからない相手に、手の内なんかさらすわけないっちゅーねん! 地球人なめたらアカンで!! ――レイガ!!)』
『(おおう!!)』
レイガの右腕が、振り上げられた。
氷の刃で切られた光線が凍りつく。そのまま、光線の凍結は逆流するように這い進み、レイゾリューガに迫る。
『(ぬ、くああっっ!!)』
すんでのところで発射ポーズを解き、難を逃れたレイゾリューガは、そのまま左手首に右手を添えた。
『(くそっ!! なんて凍気だ! ……だが、俺にはまだ、これが――)』
その手の中でウルトラブレスレットが形を変え、長く伸びた槍の形状――ウルトラランスになる。
レイガの振るった追撃をそれで受け止め、弾く。その動きは、『再現能力』で再現された一分の隙もない杖術の達人技。
『(――ウルトラブレスレットがある! レゾリュームが効かなくとも、これでお前たちを倒す!!)』
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
(ウルトラブレスレットに再現能力を組み合わせるか。厄介だな)
レイガの呟きに、セザキ・マサトの心が答える。
(再現能力ってなにさ)
(クモイから聞いてねえのか。俺は一度見た技を、まったくそのまんまに再現できちまうんだよ)
(へぇ〜。すごいな、それは……君も使えばいいんじゃないの? 剣道の達人技とか)
(動きは再現できても、手加減ができねえんだよ。今、こいつであれを斬ろうとしたら、当たっても外れても辺り一面凍りつくぞ)
(火災も消えそうだから、それもありっちゃありだけど……)
(おぉい! 地下にまだリョウコやらうちの兄貴やら郷秀樹の弟やらがいること、忘れてねえか!?)
(あー……そうだった)
セザキ・マサトがレイガに事情を話して合体した後、ヤマシロ・リョウコは地下構内で待っていた坂田自動車職員一同の元へ送り届けられていた。
そのままレイゾリューガの前に出現すればいいのに、わざわざドームに戻って内側から壊したのは、言うまでもなくレイガが派手にやりたいと主張し、セザキ・マサトがそれはいいな、と同調したからである。考えなしと調子乗りは、案外馬が合う。
(呑気だな……大丈夫なのか、そんなので)
(問題ない。……ふっふっふ。今、一つ攻略法を思いついたしね)
(あん?)
(君の再現能力って、要するに格闘技のコピーなわけだろ?)
(そうだ)
(じゃあ、対処できないようにすればいいんだ)
(達人の技を相手にか? それができりゃあ誰も苦労は……)
(手加減できないってことは、動きが達人の技なだけで、感覚まで達人になってるわけじゃないだろ?)
(それは……そうだが。お前、何を考えてる?)
(色々、ね。それと、あと気になってることがあるんだけどさー。ウルトラブレスレットのことなんだけど……)
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
ウルトラランスを構えて、じりじり横移動で間合いを計るレイゾリューガ。
その動きが描く弧の中心点で、常にそれを正対する形で追うレイガ。
秋の夜風が吹き荒び、燃え盛る炎が揺らぐ。
新マンもただその対決を見つめる。
緊張感が高まり――
『ジェアッ!』
先に動いたのはレイガだった。
左手を振りかぶり、スラッシュ光線を放つ。
数発放たれた楔形の光弾は、レイゾリューガの手前の地面へ連続して落ちた。舞い上がり、濛々と立ち込める粉塵。
『ジョワッ!!(――めくらましか、姑息なッ!!)』
大きく空中に飛び上がる。
確かに、視界を封じられ、不意を突かれては達人の技も意味を成さない。
案の定、粉塵の目隠しの向こうで、レイガもジャンプしていた。
『(読みどおりだ! 姿さえ見えればこちらのもの! 貴様が捨てたこの再現能力で、さあ――……あ?)』
アイデアがわかない。この状況でどんな技を繰り出すべきか、映像が脳裏に浮かばない。
『(地球人は空を飛ばないからね。ない技は再現できない)』
『(くぅッ……こしゃくな、地球人めっ!!)』
迫るレイガに対し、ウルトラランスをがむしゃらに突き出す――その切っ先を、氷の剣で払われた。
思わず手放したランスが、立ち込める足元の土煙の中に落ちる。
『(もらった!)』
勢い込んで、大きく氷の剣を振り上げるレイガ。
『(しまったぁぁぁぁぁぁ!!!!! ……なんてな♪)』
両手を眼前で開き、その間に黒く分厚いディフェンス・サークルを作る。氷の刃をそれで受け止めた。飛び散る氷飛沫と闇の飛沫。
『(くく、あばよ、レイガ。地球に毒された負け犬。――串刺しになって死ねぇ!!)』
眼下の土煙を裂いて、勢いよくウルトラランスが飛び上がった。
はっとして下を向くレイガ。
『(しまった、脳波コントロールか! ……なんてな♪)』
『(え?)』
右手の剣が消えていた。そのかわり、拳に青白い――を超えて、もはや白一色の光が宿っていた。
その拳が、黒いディフェンスサークルを真正面から打ち砕き、レイゾリューガの顔面を捉える。硬質な仮面を思わせるその顔が歪むほどの一撃に、首が後方へ跳ね飛んだ。その首に引きずられて身体も後方へ吹っ飛び――
『(終わりだ)』
空中で仰け反るその身体を、急角度で進路を変えたウルトラランスが背後から串刺しにした。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
坂田自動車跡地。
今はもう瓦礫しか残っていないそこに、オオクマ・シロウが横たわっていた。
口元から血があふれ、シャツの胸に赤々と血の染みがついている。しかもそれは、刻一刻広がり続けている。
そのオオクマ・シロウを見下ろすセザキ・マサト。だが、その目はいつもと違い、何か別の意志を宿している。
「セザキの奴が教えてくれた。お前が俺だってんなら、脳波は同じはずだからウルトラブレスレットは俺でもコントロールできるかもしれない、ってよ。……地球人てやつはつくづく思いつくことがスゲえだろ。そう思わねえか? 俺」
オオクマ・シロウは震えながら首を上げ、薄ら笑っているセザキ・マサトを睨んだ。
「く……そ……。どうあっても、てめえ……過去の俺はいらないってのか。俺こそが、お前の最もお前らしい部分なのに……それを、切り捨てるってのかよ」
「俺の過去はここにある」
セザキ・マサトは親指で自分の胸を指差した。
「捨てた覚えはねえな」
「ふざけんなっ!!」
叫んだ途端、血の霧を吐いた。しばらくむせる。
「……はあ、はあ。お、俺を……俺を拒絶するってことは、そういうことだろうが」
「ん〜……」
困惑したように顔をしかめ、頭を掻きながら目をそらすセザキ・マサト。
「あれだな。お前、俺だ俺だと言いながら、俺ってもんがわかってねぇな。それともただ単に頭が悪いのか……まあ、そっちの方が俺らしいが」
「何の……話だ」
「あのな。お前が俺の過去であろうと、ニセモノであろうと、知ったこっちゃねえんだよ。俺は俺の邪魔をする奴をぶちのめす。それだけだ。そこは今でも変わってないはずなんだが?」
「……………………」
「まあ、なんだな」
苦しげな表情を変えず、じっと睨むオオクマ・シロウに、セザキ・マサトは大きく一つ息をついた。
「確かに、お前は俺の過去の望みなんだろうさ」
静かに言いながら近づき、その傍らに膝をつく。
「正直、ジャックを叩きのめすお前の姿には、胸のすく思いだったんだぜ?」
「なら……なぜ。邪魔を」
「それ以上に、ムカついたんだよ」
足元に落ちていた瓦礫の欠片をそっと指先でつまみあげ、ぽいっと投げる。
「他の兄弟のことは知らねえ。だが、俺はあいつを凄い奴だと知っちまった。だから、あいつを叩きのめすなら、正々堂々やりてぇ。そうでなきゃ、もう喜べねぇんだよ。俺ん中じゃ、今のお前の望みはもう小さくなっちまってるのさ。捨てたわけじゃねえ。さらにその先が望みになっちまっただけだ。だいたい、そうでなきゃスチールの奴にも威張れねえじゃねえか。あんなこと言った手前、よぉ」
「……………………」
浅く速い呼吸を繰り返すオオクマ・シロウは何を思うのか、じっとセザキ・マサトの横顔を見つめる。
「それに、再現能力の件だってそうだ。あれは別に捨てたわけじゃねえんだ。ただ、今の俺には扱えねえから、使わないだけだ」
「それは……地球人の、ために……だろう」
「全部を否定はしねえさ。けど、それが全てじゃねえ。お前が地球人をわざと滅ぼすようなことはしなかったのと同じ理由さ。……お前が俺なら、わかるだろ。でかい力にただ振り回されてるだけってのは、我慢ならねえじゃねえか。使いこなさなきゃ、勝って支配したことにならねえ。だろ?」
「……………………」
オオクマ・シロウは、力尽きたように一息吐き、首を仰向けに伸ばした。
「……本当に、俺は……まだお前の中に、いるのか……」
セザキ・マサトはふっと微笑んだ。
「俺の中の土台だよ。どこまで行ってもお前は。……この惑星で得た物が大きすぎて、時たま見えなくなってることもあるけどな。それでも、俺はウルトラ兄弟に挑む気持ちは一日たりとも忘れたことはねえ。それは、誓って本当のことだ――お前が俺なら、ウソかどうかわかんだろ?」
「ああ。……わかるさ……。俺は……お前だからな」
オオクマ・シロウは目を閉じた。安堵をその表情に浮かべて。
身体が、足から消滅し始めていた。闇の粒子が、夜闇の空へ黒煙のように漂い昇って行く。
「なあ、レイガ……。一つだけ、謝っておくぞ」
セザキ・マサトはへらへらっと笑いながら聞き返した。
「なんだ、俺にしちゃあ神妙なこったな。で、どの件だ? リョーコの件か? セザキの件か? この有様の件か? GUYSをぶっ飛ばしたことか? それとも、郷秀樹にか?」
腰まで消えつつあるオオクマ・シロウは首を振った。
「どれでもない。……お前にだ」
「俺に……? なんだ、まだ俺の知らない何かをやってたのか」
「いや……帰ったらかーちゃんに殴られるからな。顔の形が変わるくらい。それを謝っておくぜ」
「……………………」
セザキ・マサトの顔が笑顔のまま凍りついた。さあっと青ざめてゆく。
「ちょ、ちょっと待て! その拳は、お前が受けるもので……俺のせいじゃ――」
「くはは……悪ぃなぁ。俺はもう消えるし、お前は俺だからな。……いやほんと、スマン」
そう言いながらも、オオクマ・シロウは勝ち誇ったような笑みを満面に浮かべていた。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
オオクマ・シロウが消え、独りとなったセザキ・マサト。
そこへ郷秀樹が重い足取りでやって来た。
「……レイガ……よく戻って来た、と言いたいところだが……」
その表情は痛々しげだ。
しかし、振り返ったセザキ・マサトはにんまり頬を緩めていた。
「ふふん、心配すんな。お前の時と違ってこいつは死んだわけじゃないし、ちゃんと身体は返すさ。俺もちゃんと元に戻る。それと……ちょっとこれ、借りるぜ?」
そう言って左手の手首を差し上げて見せる。
そこには何もないはずだが、きらりと何かが光った。
「どうするつもりだ?」
「ん〜、後片付けをな。……借りもんの力だし、あいつのやったことが帳消しになるわけでもないんだろうけど、やらねえよりマシだろう。それとも――」
左手首に落としていた視線を、ちらっと郷秀樹に走らせる。
「――ウルトラ兄弟はこういう時、地球人の復旧に全部任せるのか?」
「……基本的にはな」
「だったら、余計に俺はやるぜ。なにせ、お前らに歯向かうのが俺の生き方だからよ」
くくく、と忍び笑いを漏らし、坂田自動車の社屋の瓦礫に向かって両手を広げる。
「しばらく休んでな。全部終わったら返す。絶対にだ。……こんなもん持ってたら、てめえが強くなったと勘違いしちまいそうだからな」
そうか、とだけ答えて、郷秀樹はその場に腰を下ろした。
レイガの念を受けて、ウルトラブレスレットが復元能力を発揮し始める。大量の瓦礫が、ビデオの逆回しのように組み上がって行く。
その様子を見つめながら、郷秀樹は嬉しげに微笑んでいた。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
しばらくして。
「あれ……こっちも直ってる?」
復旧したポンプ小屋から出てきたヤマシロ・リョウコとオオクマ・ジロウ、坂田次郎の三人は辺りを見回して呆気に取られた。
完全崩壊したはずの坂田自動車の敷地は、破壊される前と寸分たがわぬ姿に戻っていた。
「本当だ……いったい、どういうことなんだ?」
緊張を隠さぬ顔で、辺りに視線を飛ばすオオクマ・ジロウ。
その脇を抜けて、坂田次郎はまったく警戒する風もなく歩いてゆく。
「ちょっと、社長さん!?」
「坂田社長!」
二人の呼びかけが聞こえないかのように進んでゆく――不意にその足が止まった。
「お〜〜〜い」
呑気とも思えるその声は、本棟玄関前で手を振っている人影が出していた。
背が高く、がっしりした体格の人影。
坂田次郎は満面に笑みを浮かべて、走り出した。
人影もこちらに向かって駆け出す。
「郷さん!!」
「次郎君!」
出会った二人は、両手でお互いの腕を取り合い、喜び合う。
「郷さん、これ郷さんが直してくれたの?」
「いや、実は俺じゃないんだ。オオクマ・シロウが……」
「シロウ君? え? じゃあ、セッチーは!?」
二人の間に割り込んだヤマシロ・リョウコに、郷秀樹は頷いた。
「彼らはまだ一体になったままだ。だが、オオクマ・シロウがやるべきことを終えたら分離して戻って来る、と言っていたよ」
「シロウちゃんのやるべきこと……? それって、一人じゃ出来ないことなの?」
「さあ。わからないが……おそらく、地球人としての知識が必要なんじゃないかな。先ほどの戦闘の中でも、彼はなかなか的確なアドバイスをしていたから」
ヤマシロ・リョウコは深く頷いた。
「ああ……そうだねぇ。シロウちゃん、ちょっとっていうか、色々ずれてるし。抜け目のないセッチーとコンビ組んでた方がなにかといいか」
「……不肖の弟が、重ね重ね迷惑をおかけして、本当に申し訳ない」
一同が振り返ると、少し離れた場所でオオクマ・ジロウが深々と頭を下げていた。
「直されたとはいえ、今回の件にうちの弟が深く関わっていたのは事実。社長、私は……」
「そうだね」
坂田次郎は、オオクマ・ジロウに向かい直って頷いた。
「こうなったからには、君に全力を尽くしてもらって、是非にでもレースの優勝をもぎとってもらわないとね」
「いや、社長! 私は……」
「バカなことを言うなよ? オオクマ君。迷惑ぐらいで辞めさせるなら、出向元で問題児扱いだった君を受け入れたりしないよ。迷惑なんてどんどんかけてくれればいいさ。その尻拭いをするのが、年長者の務めだ」
「ですが……」
「私は、君と、みんなで夢を叶えたいんだ。これは、社屋を直してもらったから温情をかけて言ってるんじゃないよ? ここが壊れたままでも、同じことを言った」
「坂田社長……」
「君には、私たちの前に立ち塞がる大きな困難を乗り越える、先頭に立って欲しい。だから、どうあっても君を罰する気はない。弟君にも、お母さんにも……そうそう、もちろん奥さんと娘さんにもよろしく言っておいてくれ」
社長としての威厳、ここぞという時には一歩も引かない頑固さ、そして、温かみのある思いやりと、熱い魂。
オオクマ・ジロウは再び頭を下げるしかなかった。
「……わかりました。必ずや、チャンピオンフラッグを社長室の隅に飾ってみせます」
「それでいい。こんなことぐらいで、夢を、未来を諦めてたまるもんか。ボクも、君もだ」
「はい」
鷹揚に頷く坂田次郎。
その後ろで目を細める郷秀樹。
「――そういえばさぁ」
そんな二人を微笑ましげに見ていたヤマシロ・リョウコは、ふと郷秀樹に問いかけた。
「郷さん、でしたっけ? なんであなたがセッチーがシロウちゃんと合体してること知ってんの?」
その瞬間、いい話の空気は木っ端微塵に砕け散り、たちまち濃厚な霧じみた微妙な空気がたちこめた。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
GUYSジャパン・メディカルブロック医療棟。
集中治療室。
「……なんだ、これは」
とことん不機嫌そうな低い声は、口元を覆う吸気マスクに遮られた。
自分の置かれている状況を把握すべく、視線を辺りに巡らせる。
白衣を着た女性のナースが、ブリーフボードに何か書きつけている。
こちらには気づいていないのか、無視しているのか――その腕をつかむ。
「――ひぃっ!」
まったく予想もしていなかった打撃を受けたかのような、驚愕に満ちた顔がこちらを見る。
「あ……ああ……あわわわ」
開けっ放しの口をわなわなと震わせるナース。驚き方が尋常ではない。
「なんだ? なにをそんなに驚いて――う、なんだこれは」
身を起こせばシーツが落ち、体中に貼りつけられた何かの端子が露わになる。それに気を取られた拍子に、ナースはブリーフボードもペンも放り出して駆け出した。
「だ、誰かぁ!! 誰か来てぇ、お願い、誰かぁ!!」
その切羽詰った声は、ほとんど悲鳴に近い。
「ちょ、おい! え!? なんでだ!? セクハラなのか!? 腕つかんだだけで!? いや、俺は、別にそんなつもりじゃ」
「クモイさんが! クモイさんがぁ!! 誰か、クゼ先生を呼んで! 早く!!」
ぽつんと一人残されたクモイ・タイチは、振り切られたままの手を虚空に伸ばしたままの姿で固まっていた。
「なにが……どうなった……? 俺……やっちゃった……のか?」
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
同時刻、GUYSジャパン・整備ハンガー。
廃棄が決まったガンウィンガーの前にセザキ・マサトが立っていた。右手をジャケットに突っ込んで、自然に左手はぶら下げている。
後方の整備班員共用スペースでは、アライソ整備班長が湯飲みをすすっている。
「若いの。あんまり近づいたり、不用意に触ったりするんじゃねえぞ。砂糖菓子みたいになっちまってるとはいえ、中のいくらかはまだ原形を保ってるんだ。そんなもんが落ちてきた日にゃ、人間の一人や二人、簡単に潰されっちまうぞ」
「俺は地球の機械のことはてんでわからんが――」
「あ?」
レイガとしての言葉を、アライソは理解できない。
「なるほど。このサイズでこうして見ると、結構いいもんだな。なかなか強そうに見える」
「強そう、じゃなくて強かったんだよそれは。……お前も乗ってただろうが。なにを今さら」
「なぁに、気にするな。お前には助けてもらったからな。リョーコにもだ。その礼だ。クモイとこいつを元通りにするのは。迷惑をかけたってオワビ……だっけ? の意味もある。……なんなら、ついでにお前の心の奥底にある願望も叶えてもいいんだが?」
「……なにを言ってるんだ、おめえ?」
成り立たない会話というより、意味不明の独り言だと気づいたアライソは、怪訝そうにセザキ・マサトの背中を見据える。その手はゆっくりと、常備している大きなレンチスパナに伸びてゆく。
「ボウエイショウとかいうのか? とりあえずそこをぶっ潰しとけば、お前の心配事もいくらかは――くくく、わかったわかった。やらねえよ。じゃあ、とりあえずこれだな」
セザキ・マサトは左手を真っ直ぐ突き上げた。
「おい、お前! それに触るなと――」
レンチスパナを引っさげて駆け寄るアライソ整備班長。
セザキ・マサトの肩を押さえようと伸ばした手は、しかし空を切った。
「お!? なんだ?」
たった今までそこにいたはずなのに、一瞬で掻き消えてしまった相手の姿を探し、左右を見回す。
かつんかつんと頭上から音がした。
慌てて二、三歩後退してガンウィンガーの上面装甲を見上げる。
消えたセザキ・マサトの姿が、そこにあった。
その場で屈んだセザキ・マサトは、アライソを意味ありげに見据えながら、ノックするように拳の先で軽く上面装甲を小突く。
乾いた金属的な音が響いた。割れもせず――いや。
改めて見直せば、日中あれだけ割れたり剥がれたり落ちたりして、孔だらけひびだらけだった機体が、塗装も含めてまるで前回の出撃前に戻ったかのように綺麗になってしまっている。
「これは……おい、おめえ!!」
一体何をしたのか問い質すべく、再び上部装甲を見上げる。
しかし、既にそこに人の姿はなかった。まるで、最初から誰もいなかったかのように。
「なんだってんだ……」
呆然と立ち尽くすアライソの手から、レンチスパナが落ちる。
孤影悄然たるハンガーに硬質な金属音が鳴り響いた。