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ウルトラマンメビウス外伝 RAYGA

 第10話 闇と光の間に…… その8

 瞬間移動で逃げに逃げ回るレイゾリューガ。
 追うウルトラブレスレット。
 その状況を、新マンがただ傍観しているはずはなかった。
 しばらく様子を見た後、何もない場所に向かって両手を合わせ、突き出す。
『ヘアッ!!』
 ウルトラフラッシュ――破壊力を伴う閃光が瞬くのと、レイゾリューガがそこへ出現するのは同時だった。
『――ゥア゛ッ!?』
 突き飛ばされたように、たたらを踏んで後退るレイゾリューガ。
 その隙に追いついたウルトラブレスレットは、直撃寸前に炸裂した。
 広がった光が、いくつものリングとなってレイゾリューガを捕らえ、締め上げる。
『……ア、ア゛アッ!?(く、くそっ!?) ――オウァッ!!(ぐわあっ!!)』
 身じろぎするものの、リングは外れない。暴れるたびにリングとリングの間に放電の網が走り、輝く。
 たちまち、顎を突き上げて悶絶するレイゾリューガ。
『(無駄だ。お前の力では外せない。そして、それに捕まっている限り、お前の超能力も封じられる)』
 冷徹に告げる新マン。
 レイゾリューガは抵抗をやめた。
『(……そのようだな。ククク……)』
 肩を揺らして、忍び笑う。その口調に焦りはない。むしろ、まるで優位に立ったかのような余裕さえ感じ取れる。
 新マンは、再び警戒の色を見せて構えた。
『(だが、よく俺を殺さなかったな。元同族だから気が引けたか? けっ、今まで散々星人を殺してきたくせによ。この偽善者め)』
『(勝負はついた。もうあの黒いバリアを解除するんだ)』
 警戒を隠さぬまま、坂田自動車社屋に向けて指を差す。
『(やなこった)』
 レイゾリューガは肩こりをほぐす時にやるように、ぐるぅりと首を回した。
『(クククク、ま、俺を殺さなかったのは正解だ。だが……こいつはいただけねえな。俺からの力が届かなくなったことで、あのチンケな建物を守っていた力が、失われる)』
『(なに?)』
『(確かにあの黒いのは、俺が作ったレゾリュームのドームだが、バリアじゃねえ。バリア的な能力も持っているが、基本的には中にある物を押し包み、食らい尽くす技だ。あれ自体の維持だけなら、既に俺の手から離れている。言ったろ? この星は存外闇の力が強いのさ。俺が供給しなけりゃならなかったのは、光の力の方だ)』
『(光の力……どこにそんなものを)』
『(こっちからじゃあ見えないだろうなぁ。ケケケケ)』
 もったいぶった物言いと、底意地の悪い笑いに何を感じたのか、新マンは坂田自動車を包む黒いエネルギードームを見やった。
 そして、気がついた。
『(………………!! 縮んでいる!?)』
 まるで風船が縮むように、ゆっくりとだが、確実にドームのサイズは縮みつつあった。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 坂田自動車敷地内。
 ポンプ室の鉄扉の施錠を内側からトライガーショットで撃ち抜き、敷地内に入ってみると、確かに周囲は坂田次郎の言っていた通り、プリズム光のベールにぐるりと取り囲まれていた。
 だが今は、それについて考証を巡らせている場合ではない。
 オオクマ・ジロウをその場に残し、セザキ・マサトとヤマシロ・リョウコはトライガーショットを手に走った。
 残っている社員五人と坂田次郎の名前を呼びながら、本棟開発室へと向かう。
 本棟へ入る寸前に、少し離れたところの窓が開き、セザキ・マサトの見覚えのある初老の男が顔を出した。
 二人は慌ててそちらへ回った。
「毎度、CREW・GUYS救出特急便です! 坂田社長、ご無事で何よりです!」
「ああ、よく来てくれた。君は確か、セザキ隊員だったね? 本当にありがとう!」
 メモリーディスプレイで戦況を確認していたヤマシロ・リョウコが叫ぶ。
「セッチー! 早く! ここじゃあ、電波が届かないから外の様子がわかんない!」
 地下溝内でも余裕で受信できるほどのGUYS特製受信機メモリーディスプレイを以ってしても、ここでは情報が受け取れない。
「お聞きのとおりです! 坂田さん、そのまま出てきて、ポンプ室まで走って下さい! ――って、せやから譲り合いなんかしーなや、もう! 時間がないっちゅーてんねん!」
 若いもんから先に、と身を戻しかける坂田次郎の肩を引っつかみ、そのまま引きずり倒すように窓の外へ。
 天地逆様に頭から落ちかける社長を、セザキ・マサトは空中で器用に反転させて、着地させた。
「お、おお……」
 驚きのあまり、呆然としている背中を、ヤマシロ・リョウコの方へどんと突き飛ばす。
「後がつかえてんねん! ほーけとらんと、はよ行って! リョーコちゃん付き添いお願い! ポンプ室から先はオオクマはんが案内してくれよるさかいに! ――ほれ、次! 近いもんから来ぃや! 譲り合いなんかしとったらシバくで!!」
 まくし立てる関西弁に気を飲まれたか、諾々と若者三人と女性事務員二人が窓から出てくる。
 セザキ・マサトはそれに手を貸して、次々と助け下ろす。
「ほい、ご苦労さん。お帰りはあっちでーす」
「ほい、お疲れさん。迷うわんといてや〜」
「よっしゃ、もう大丈夫や。帰れるしな」
「お〜し、さすが女性。軽いやん。はい、足元気ぃつけてや」
「ほい、最後――って、なに? あのな、スカートなんか気にしてる場合ちゃうって。はよ来ぃて。ほら」
 最後の一人、年若い女性事務員は、もうそれ以上下ろしようのないスカートの裾を押さえて困ったようにはにかみ顔で、飛び降りかねていた。
「え〜、だって……見えちゃうしぃ」
「あのな。こんな時にパンツの一つや二つ見えたからて欲情するような、のべつまくなしの変態に見えるんか、ボクはっ! えーから、さっさと飛び降りるっ!」
「いや、あの、でも……やっぱりあっち向いて欲しいな〜なんて。えへ♪」
「時間あらへんゆーとるやろっ! あっち向いてたら、あんたを落として怪我させてまうやんかっ! あーもう、見られたないんやったら、そのままボクに向かって飛べ! がっちり受け止めたるさかい――」
 大きく両手を広げた瞬間、震動が襲ってきた。
「うわ!?」
 地震や巨大な物が活動する時の震動ではない。何かが破壊される時に生じる不規則な震動と――不協和音じみた騒音。本棟の向こう側から響いてくるその音は、紛れもなく社屋が破壊されている音だ。
「え? なに? なんなの!?」
 女性事務員が振り向き、部屋の中を見る――その瞬間、セザキ・マサトはトライガーショットで窓の上部壁面を撃った。
「きゃあっ!?」
 銃声と頭上の着弾音により、反射的に頭を抱えた女性事務員はバランスを崩して窓の外へ落ちてきた。
 それを、がっしりお姫様抱っこで受け止める。
「ひゃあああああああ……って、あれ?」
「言ったでしょ? がっしり受け止めるって。はい、もう大丈夫。急いであっちへ――」
 にっこり笑いながら、足から地面に下ろし、ポンプ室に向かって走るようその背中を押――したその時、二人の目の前で社屋壁面に大きなひびが走り、ついで内側から爆ぜるように砕け散った。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 ポンプ室前。
 次々走ってくる社員をポンプ室の中の地下道へと誘導していたオオクマ・ジロウは、異常を感じて空を見た。
「!? なんだ、これは!? いったい、なにが!?」
 彼が見上げるその先――プリズム光のベールが、外側の黒いベールに侵食されていた。おまけに、バリアドームの内側が目に見えて縮んできている。
 やがて、本棟社屋屋上施設の高さにまで至ると、建物の外壁に次々とひびが入りはじめた。そのまま、上階から崩壊してゆく。押し潰されている。
「ちょ……ちょっと待て! どういうことだ、これは!?」

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 地上。
『(なぁに、簡単な話さ。レゾリュームのバリアの内側に、もう一枚光のバリアを作っておいた。俺からの力の供給が止まれば、レゾリュームのコントロールも失われ、侵食が進んで中のものは壊されてゆく。……さあ、どうする? このままじゃあ、中にあるもんみんな、お前のせいで潰されることになっちまうな? お前の大事な弟だったかも、託した夢とやらも、みぃ〜んな、な。あ? クハハハハハ』
 勝ち誇るレイゾリューガに対し向き直った新マンはしかし、何も言い返せず、すぐに再びバリアを見やる。その焦りを表しているかのごとくに、カラータイマーの無機質な高音が鳴り響く。
『(ちなみに、悲劇を回避する方法は簡単だ。俺の要求に従えばいい。そうだな……とりあえず、これを外してくれる? せっかく捕まえてくれたわけだけどさ。……ククク、クハハハハハ)』
 躊躇している間にも、ドームは縮んでゆく。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 暗黒の空間。
「悪辣だな」
 フードの男は、いかにも機嫌の悪い声で吐き捨てた。
 そして、ちらりとこちらを見る。
「いいのか、このままで」
(いいも悪いも。俺には何もしようがない。それに……こいつのやっていることは、俺がやろうとしていたことだ。メビウスも同じようなやり方で倒した。俺にあいつを責めたり止めたりする資格はない)
「資格、ねぇ」
 男は呆れた口ぶりで、再び画面に顔を向けた。
「……俺が聞いているのは、そんなことじゃないんだがな」

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 坂田自動車。
 坂田次郎を地下まで案内し、その後ポンプ室との中間点で誘導をしていたヤマシロ・リョウコは、半泣きでやってきた最後の人質である女性事務員に嫌な予感を覚えた。
「どうしたの!?」
「あの人が、隊員さんが!!」
 ヤマシロ・リョウコに体当たりするような勢いでぶつかってきた女子事務員は、崩壊の粉塵立ちこめる社屋を指差す。
「セッチーが!? 何があったの!?」
「建物が崩れて……あの人は、私を突き飛ばす代わりに瓦礫の下敷きに――」
「なんですって!! ……く、あなたは早くポンプ室へ! 彼はあたしが!」
「で、でも人手が!」
「このドームが縮んでるの! 今、行かなきゃ、あなたも脱出できなくなっちゃう!」
「あなたたちはどうするの!?」
「あたしたちはCREW・GUYSだから大丈夫! お願い、行って!」
 理由にもならない理由だが、女性事務員は一瞬躊躇して、頷いた。
「は、はい! どうかご無事で」
 駆け出す女性事務員。それを見送りもせず、反対方向へヤマシロ・リョウコも駆け出していた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 フェニックスネスト・ディレクションルーム。
 メインパネルに、意を決して左手を突き出す新マンの姿が映っていた。それを胸の前に戻すと、レイゾリューガを縛めいた光のリングがほどけ、ウルトラブレスレットとして左手首に戻った。
「ああ……」
 室内に、失望と安堵のため息が漏れる。
「……やっぱり、あのドームの中の人たちを人質にして……ということよね」
 シノハラ・ミオが唇を噛む。新マンの代わりに悔しさを噛み殺すように、その表情は悔しさに歪んでいる。
 ミサキ・ユキも苦悶を眉間にしわ寄せていた。届くはずもない祈りを、メインパネルに呟く。
「セザキ君、リョウコさん。お願い、彼を助けてあげて。早く」

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

『(あ〜、痛かった)』
 解放され、ゆらりと立ち上がったレイゾリューガは、警戒する風もなく新マンに近づいた。
 そして、拳で殴り飛ばす。
 よたつく新マンの姿に、さも愉快そうに肩を揺らした。
『(どうした、宇宙警備隊隊員ともあろうお方がよぉ。たかだか地球人ごときのために、せっかくのチャンスをふいにしちゃってよぉ。そんなことで宇宙の平和が守れるのかな〜っとぉ!)』
 飛び上がりざまの蹴り。また二、三歩後退させられる。
『(ま、バリアの方は心配しなさんな。俺の力が供給されるようになったからな。とりあえず今の大きさぐらいは維持できんだろ。くはははは、俺って基本律儀だからさ、約束は守るんだぜ? ほれ、大事なもんを助けてもらったんだから、礼ぐらい言えよ。くはは)』
 圧倒的優位に立った余裕から、わざと焦らすように黙る。
 意味がない、と知りつつも構える新マンに、レイゾリューガは腰に両拳を当ててじっと見据える。
『(なにが……目的だ)』
『(んー……?)』
 わざとらしくとぼけた風に、空を見上げる。 
『(最初に言ったはずだがな? お前の抹殺が目的さ。……と、まずはその物騒な武器を外してもらおうか』
 指差すそれに、新マンは目を落とした。
 絶対に外すという自身があるのか、レイゾリューガは嬲るように言葉を紡ぐ。
『(それにしても傑作だな。坂田家ってのは。ことごとくお前の足枷になってるじゃないか。くははは、お前が地球に来なければ、誰も死なずに済んだかもしれないのにな)』
『(……………………)』
 一瞬、手を止めたものの、諦めたようにブレスレットを外す。
『(渡せ)』
 言われたとおり、ブレスレットをレイゾリューガに渡す。
 レイゾリューガはそれを左手首に嵌めた。
『(んん〜♪ こいつは脳波コントロールだったか? コントロール権をよこせよ)』
『(……………………渡した)』
『(んじゃ、使ってぇ……みるかッ!!)』
 左腕を立て、右手を添えるなり目の前の新マンに向かってウルトラスパークを放った。
『ジェアッ!!』
『グアッ!!』
 至近距離の攻撃を、かろうじて交差させた腕の背で弾く――ものの、大きく吹っ飛ばされてビルの瓦礫に仰向けに倒れこんだ。
 スパークの光は、すぐレイゾリューガの左手首に戻った。
『(おお〜、よく今のを読んでたな。流石だ)』
『(くっ……。人質を……解放しろ)』
『(ああ。もちろんだ。俺は約束は守るからな。だが、それはお前を抹殺してからのこった)』
 言いながら、再び左手首に右手を添える。
『(さあ……ウルトラマンジャック。処刑の時間だぜ)』

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 フェニックスネスト・ディレクションルーム。
 瓦礫から立ち上がろうともがく新マンと、ゆっくり近づいてゆくレイゾリューガ。
 両拳を白くなるほど握り締めたミサキ・ユキは、思わずマイクに向かって叫んでいた。
「誰か! ウルトラマンを助けて!」

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

『――アイハラ隊長!!』
 ガンブースターのコクピットに悲痛な声が響く。
 だが、至近距離でテレパシー攻撃を受けたアイハラ・リュウは、いまだ意識を失ったまま力なく頭を垂れている。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

『――イクノ隊員!!』
 ガンローダーのコクピット。アイハラ・リュウ同様、動かない。
 ただ、うぅむ、と唸り声をあげた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

『――リョウコさん! セザキ君!』
 バリアの中にいる二人に、通常電波は届かない。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

「クモイ君!」
「ユキ、クモイ隊員は……」
 シノハラ・ミオの指摘に、ミサキ・ユキは唇を噛んだ。
「そう、だったわね。……でも……誰でもいいから、彼を、ウルトラマンを助けて……!」
 祈りの言葉は虚しく虚空に漂うばかり。
 画面の中では、先ほどとは逆に新マンがウルトラブレスレットにつけ狙われ、襲い繰る光の刃を必死になって躱し続けていた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 暗黒の空間。
 画面上、際どいタイミングでブレスレットを躱し続ける新マン。
 対するレイゾリューガは、ブレスレットの機能を確かめるように様々な攻撃を試していた。
 空中で円を描かせ、針のような細かな光線を雨のように降らせたり、炎に包み込んだり、三つに分裂させて襲わせたり。
「こんなものが、お前のやりたかったことなのか?」
 画面を見据えるフードの男は、いささか呆れた風な口調で言って、ため息を漏らした。
(……………………)
「卑劣な作戦は、実力差を埋めるために知力で搾り出したもの……俺はそう思っていたんだがな。それだけならまだ受け入れられる。弱点を突くのはセオリーだし、卑怯だ卑劣だと騒ぐのはいつでも外野だからな。だが、これは……」
(力を手に入れれば、使ってみたくなるのは道理だろう)
「自分には甘いんだな、と笑っておけばいいのか? それは?」
 そう揶揄する男の声は、明らかに皮肉めいた笑みを含んでいる。
「それでも、お前はもう知っているはずだ。そんな力を興味半分で使ってしまうことの恐ろしさを。あいつは知らないようだが……そのこと一つをとっても、お前はあいつに道を譲るべきではない、と思えるんだがな。今のままでは……誰も幸せにはなれない。いや、みんな不幸になるだけだ」
(わかった風なことを。お前に何がわかるってんだ)
「わかるさ。……俺は――」
 男の両手が、深いフードを内側からズリ上げてゆく。そして、今まで隠されていたその顔が、ようやく露わになる。
「――お前だからな」
 そう言ってフードを完全に脱いだ男の顔はしかし――オオクマ・シロウの顔ではなかった。
(……クモイ・タイチ……)
 不敵に薄笑むその顔は、確かにクモイ・タイチその人だった。
(なぜお前がここに。クモイ、お前は一体……)
「ん?」
 クモイ・タイチは画面に向けていた顔を、再びオオクマ・シロウに向けた。
「クモイ? そうか、お前には俺がクモイ・タイチに見えて――いるの?」
(え……?)
 言葉の最後で、クモイ・タイチの顔はチカヨシ・エミに変わっていた。
(エミ……師匠……?)
「今度は何? あたしがチカヨシ・エミに見えてるわけ? ……気の多いやつ」
 にまっと笑うその屈託のない笑顔は、まさしく師匠のものだ。
 と、そう言っている間にその顔はまた変わった。郷秀樹に。オオクマ・シノブに。イリエに。ヤマシロ・リョウコに。
 誰に変わっても、その笑顔だけは変わりはない。悪意のひとかけらもない、こちらが気持ちよくなるような笑顔。
(お前は……一体)
「――あたしはあんた。未来のあんたよ」
 チカヨシ・エミが頷く。
「――そうさ。君が辿り着きたい未来の君」
 ヤマシロ・リョウコが頷いた。
「――お前がなりたいものの姿が、私に反映されているんだ」
 郷秀樹が頷く。
「――お主が抱く、憧れがわしの姿となる」
 イリエが目を細める。
「――あんたの中にある、将来の可能性をあんたは見てるんだよ」
 オオクマ・シノブがいつもの笑顔で頷く。
 そして、クモイ・タイチに。
「俺の姿が見えるなら、まだお前の中に未来への望みがあるということだ」
(未来への……望み……)
「そうだ。戻りたいんだろう? あそこへ」
 クモイ・タイチが顎をしゃくる――画面へ。
(……………………)
「実は、こういうことも出来るんだが――」
 クモイ・タイチが腕を一振りすると、無数の画面が虚空に現れた。
 そのそれぞれに、オオクマ・シロウの知っている人たちが映っている。みな、不安そうにしているのが印象深い。
「今はこの辺か」
 虚空を指でなぞると、そのうちの幾枚かが手前へやってきた。それは今、戦っているCREW・GUYSの面々。
 コクピットのパイロット席で意識を失っているアイハラ・リュウ、イクノ・ゴンゾウ。
 必死の形相で管制活動を続けているシノハラ・ミオ。
 瓦礫を必死に掻き分けているヤマシロ・リョウコ。
 瓦礫の中で朦朧としているセザキ・マサト。
 そして、白いベッドに横たわるクモイ・タイチ――
(クモイ……?)
 ローブをまとうクモイは、残念そうに首を振った。
「何が起きたのかまでは、さすがにわからんな。俺はあくまでお前だから。お前が知らないことは、知らない」
(……これを見せるために、出てきたのか)
「いや。お前に向こうへ戻ってもらうために出てきた――うん、それも違うかな」
 口許に手を当てて考え込んだクモイは、その間にチカヨシ・エミに顔を変えた。
「うん。そうよ。あたしは、あんたにに呼ばれたのよ」
 何を納得したのか、うんうんと頷く。
 わからない。
(俺に……?)
「そう。ここから出たいという、あんたの望みがあたしを呼んだのよ」
 いつもの自信ありげな笑みを満面に浮かべ、びしりと指を差す。
「そろそろ自分に正直になんなさいよ。こんなとこでいじけてたって、誰も喜ばないんだからさ。ほら、君を待ってる人がそこにも――」
 指が、画像の一枚に向いた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 坂田自動車。
 崩れた社屋の瓦礫を掘り返していたヤマシロ・リョウコは、ようやくセザキ・マサトをその中から引きずり出していた。
「セッチー! しっかりして、セッチー!!」
「う……あ……」
 意識が朦朧としているのか、セザキ・マサトの視点は定まらずに揺れている。
 ヘルメットを被っているのに、顔が血に染まっていた。
「……リョーコ……ちゃん……?」
「そうだよ! あたし! もう大丈夫だからね!」
 痛みが走るのか、力が入らないのか、セザキ・マサトの頬がぴくぴく引き攣っている。 
「……はや、く…………ボクのこと、は……いい、から……」
 そう告げる声は弱々しく、うめき声のようにしか聞こえない。
「ダメだよ! 諦めないで! あたしが必ず――」
「内臓を……やられた、みたい、なんだ……けふっ」
 その言葉を証明するかのように、セザキ・マサトは血を吐いた。
「セッチー!」
「君に……背負われて、も、無理……逃げて……」
「やだ! 絶対死なせない! まして、君を置いて逃げるなんて、絶対にやだ!! ……く……」
 ヤマシロ・リョウコは、セザキ・マサトの腕を首に回し、ズボンのベルトを握って無理矢理立ち上がらせた。
「う……」
 痛みを感じるのかうめき声を漏らすセザキ・マサト。
「痛いかもしんないけど我慢して! 痛いのはまだ生きてる証拠だし!」
「よーしゃ……ないね……くく……」
 ヤマシロ・リョウコの持ちうる筋力全てを注ぎ込んだ、火事場のバカ力でほぼセザキ・マサトを背負うのと変わらない支え方で歩く。
 一歩、一歩、確実に。
 それとセザキ・マサトの息遣いだけを気にしながら、ポンプ室へ向かって歩く。
 地下溝にさえ入れれば、通信が回復する。医療班も呼べる。絶対に助かる。タイっちゃんだって常識を超えて頑張っているのに、自分が諦めるわけにはいかない。セッチーだって、諦めさせたりなんかしない。
「そうだよ。タイっちゃんだって意地で生きてる。セッチーだって意地があるでしょ!? ミっちゃんを落とすんじゃないの!? あたしの見るところ、もうちょっとだよ! だから頑張れ! ミっちゃんとのデート、するんでしょ!?」
「…………はは……げふっ……こんな時に……。で、も……はぁ、はぁ……君の、見立ては……当てに…………ならない……。ごほ、ごほっ」
 鮮やかに赤い吐血が、ヤマシロ・リョウコの肩口から胸を濡らす。 
「その調子だよ! 辛いかもしんないけど、話してて! 意識を手放すな! もう少しで――」
 ポンプ室が視界に入った途端、ヤマシロ・リョウコは絶句した。
「……うそ……」
「な、に……どう、した……の……」
 その問いにヤマシロ・リョウコは応えられない。
 ポンプ室の鉄扉は開いたままだった。だが、その中にプリズム光の壁が見える。
 つまり、ポンプ室は壁一枚を残して、なくなっていた。もちろん、地下への出入り口もプリズム光の向こうだ。
「そんな……」
 両膝から崩れ落ちるヤマシロ・リョウコ。
 そんな時でも、その拍子にずり落ちそうになったセザキ・マサトをすぐに支え、気遣いながらゆっくり下ろした。
 膝枕をされたセザキ・マサトは、うつろな眼を頭上にさまよわせる。
「……りょー……こ、ちゃん…………?」
「……ごめん、セッチー」
 崩れかけの表情をじっとこらえつつ、ヤマシロ・リョウコはセザキ・マサトのヘルメットを外した。
「間に……合わなかったや。ほんと、ごめんね」
 震える声でそう言って、セザキ・マサトの頭を抱き締める。
 セザキ・マサトは、ただ深く息を吐いた。諦めや絶望のため息ではなく、まるで安堵したかのような深呼吸。
「……いいよ…………ありがとう……。最期、に……傍、に……いて、くれるの、が……君で……よかった……」
「最期なんて言わないでよ! セッチー!」
「……ごめ、ん……でも、も、ぅ……」
「セッチー!!」
 まぶたが、落ちた。
 見る見るうちにセザキ・マサトの表情から生気が抜けてゆく。
 呼吸が浅くなってゆく。
 首を支える力が失われ、顔が横を向く。

 全て、迫り来る死の実感。

「セッチー!! セッチーセッチーセッチー!! セッチーってば! 目を開けて! 起きて! 死ぬな! 死んじゃいやだ! 死なないでよ! こんなの……こんなのいやだよ!!!!」
 その両目から大粒の涙が、留まることなくあふれてセザキ・マサトの頬を濡らす。
 失われ行く命を逃がすまいとするかのように、頭を強く抱きしめた。そして――誰にともなく叫ぶ。わめく。吼える。
「誰か……!! 誰か助けて!! セッチーが、セッチーが死んじゃう!! 神様仏様イエスでも手塚治虫でも……もうこの際、悪魔でも邪神でも宇宙人でも未来人でもなんでもいいから、本当にいるならセッチーを助けて! お願い! ――レイガちゃん、レイガちゃん! お願いだから! もうこのバリアを解いてよぉ!!!!!!」

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

『(もう限界だろ? ウルトラマンジャック。そろそろ引導を渡してやるよ)』
 そううそぶくレイゾリューガの前で、新マンは無様に倒れていた。
 もはや立ち上がるだけの力もないのか、うつ伏せに倒れたまま大きく肩を上下させている。カラータイマーが点滅する速度はもう尋常なものではない。
 背後までゆっくり歩いてきたレイゾリューガは、新マンの背中を踏みつけた。
『(しかし、粘ったもんだな。てっきり変身を解いて逃げ出すと思っていたんだが。……まあ、その時は再び現れるまであのドームをさらに縮ませるだけのことだけどよ。くっくっく)』
『(……信じている)』
 うつぶせた背を思う様踏みにじられながら、新マンは言った。
『(あ?)』
『(レイガが、来ると……信じている)』
 ぐりぐりと踏みにじっていた足が、止まった。
『(……………………なに言ってんだ、お前。レイガはこの俺だ。俺がここにいるのに、あいつが出て来るわけないだろうが)』
『(なぜ……お前が体を得られたか、わからないか)』
『(あ? どういう意味だよ)』
『(光と闇の対消滅で消えたはずのレイガの体が、なぜ復活できたのか……)』
『(そりゃお前、俺とあいつの間で了解が出来たからだろうが。ほんと、なに言ってんだ? わけわかんねぇ)』
『(レイガが消滅した時、その思念はあるところに保存された。本人の意思には関わりなく)』
『(……なに?)』
 怪しい雲行きに、少し身を乗り出すレイゾリューガ。
『(その力を使ったのは、私だ。レイガは嫌がるだろうし、成功するかどうかも怪しい賭けだった)』
『(おい……ちょっと待て。その保存したってのは……まさか……――うぐっ!!??)』
 思わず左手首を見下ろしていたレイゾリューガは、突然胸を押さえて後退った。
『(う、ぐぁ……なんだ!? 何だ、この、感覚は……ぐ、ぐぅあ……)』
『(……それでも、それしかなかった)』
 背後で起きていることを理解しているのか、振り返りもせずよろめきながらもゆっくりと立ち上がる新マン。その体は砂埃にまみれ、特徴的な二重線のカラーパターンも、夜闇の中ではもはやほとんど判別できない。
『(本来なら、ウルトラの星に帰ってから復活させてもらうつもりだったが……)』
『(バカな! そんなバカな!! 俺が……俺がここにいるのに、あいつだって、俺に……俺に道を譲ったはずだ! どうして今さら……!!)』

 ――てめえ、約束を破りやがったな。

 どこからともなく響く、怒りを含んだレイガの声。
 新マンが、その時初めて振り返った。
 レイゾリューガが胸を押さえて、ひざまずく。
『(や、約束だと!? ウソだ! 俺は約束なんて破ってない! お前が大事に思ってる奴を傷つけてなど――)』

 ――泣いてるだろうが。

『(な……に……? 誰が、どこで!? ――はっ!!)』
 うつむいていたレイゾリューガの顔が、黒いドームを見た。黒い眼で、その内部まで。
 セザキ・マサトを抱いて泣き叫ぶヤマシロ・リョウコの姿があった。
『(ヤマシロ……リョウコだと!? バカな、いつの間に……どこから!?)』

 ――地球人を甘く見たな。そして、お前は女を泣かせた。

『(そ、それはお前とオオクマ・シノブの間の約束で、俺には関係ない――)』

 ――お前は、俺なんだろうがっ!!!

『(……………………!!!)』

 ――よくもマブダチを。お前だけは許さねえ。

『(……くぅ、どこだ……どこにいる!)』
 身を起こし、周囲を見回す。
 辺り一面瓦礫と炎だらけだが、レイガの姿はない。

 ――どこだと? 決まっているだろうが。

『(!!! ――おぐあぁっ!!??)』
 クリスタルが壊れるような、澄んだ音を立てて割れた物があった。
 レイゾリューガが、その反動でのけぞる。
 砕けた物は、その胸のカラータイマー。漆黒の宝石が粉々に砕け、飛び散っていた。
 そして、その砕けた中からあふれ出す光の奔流。
『が、グアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!!!』
 光の奔流は天を衝き、竜巻のように立ち昇ってゆく。

『ジュワッ!!!』

 昔々の物語で、ランプの中から飛び出した精霊のように、黒と蒼の巨人が姿を現わした。圧倒的な 光 と共に。


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