ウルトラマンメビウス外伝 RAYGA
第10話 闇と光の間に…… その7
構えた新マンに対し、レイゾリューガは摺り足でじりじりと横へ横へと回ってゆく。
間に腰ほどの高さのビルを挟んだところで、その足が止まり――
『エア゛ッ!!』
レイゾリューガはそのビルを蹴り上げた。粉砕された瓦礫が新マンに襲い掛かる。
バックステップで躱したその背後に、瞬間移動でレイゾリューガが出現した。既に水平チョップを振りかぶっている。
『フアッ!』
『シェアッ!!』
チョップを右腕で受けた新マンは、それを支点にくるりと後ろを向く。
だが、レイゾリューガも同様に交差した腕を支点にして、反動を使うような体捌きで反対側へと体を回していた。
弾かれるように離れる二体の巨人。
絶妙の間合い。
先に動いたのはレイゾリューガ。素早い足刀蹴りとハイキックの二連撃。さらに足を入れかえて、ローキック、ハイキック。
そのことごとくを、新マンは両腕を駆使して捌ききった。
一拍の間を置いて、新マンが蹴りを放つ――レイゾリューガの姿が消えた。
すぐに新マンの背後へ出現し、チョップを振り下ろす。
それを膝をつき、頭上へ差し上げて交差させた腕で受け止め――そのまま投げた。
『デェヤアアッ!!』
『ヘアッ!?(おおっ!?)』
背中から道路に落ちる寸前に、猫のようにくるりと体を捻り、見事に四つん這いで着地する。
『(危ない危ない。……くく、なるほど。確かに、スチール星人などとは技の切れが違う。だが、こちらにも奥の手がある)』
ゆらりと立ち上がったレイゾリューガは、腕をL字に組んだ。左手の甲に右肘を乗せる形――そして、右手が蛇の鎌首のように前を向く。
『(あの負け犬は手加減できないという理由で自ら封印したようだが……俺は手加減なんかする気はねえぜ!!)』
ゆらゆらと揺れていた蛇の鎌首が、走った。
一直線に新マンの顔を狙ったその指先は、あっさり躱されて空を切る音だけが響く。
だが、新マンの反撃を待たず、一瞬で引き戻された蛇の頭は、再び躱した新マンの顔を狙った。
内側から腕で払い飛ばす新マン――次の瞬間には、左手が喉元目掛けて飛んで来た。喉笛をつかみ、引きちぎろうとするかのように、人差し指・中指・親指で爪を作り。
それも読んでいたのか、新マンは逆の手でその手首をつかみ、そのまま下へ引き下ろした後、合気道の要領で大きく回して体勢を崩させ、投げ飛ばす。
『ヘ、ッヘア(おっと……っとぉ)』
レイゾリューガは着地しようとしたが、ビルに足を引っ掛けて転倒した。
その間に、新マンはジャンプしていた。空中で捻りを加え、真っ直ぐ蹴りを落とす。
レイゾリューガの姿が消えた――新マンの背後に出現し、着地寸前の背後から膝蹴りを入れる。
さすがにこれを躱すことはできず、体勢を崩された新マンは着地に失敗。前転しながら受身を取らざるをえなかった。
身を起こし、片膝立ちで構える新マンに対し、レイゾリューガは追撃をせずに腰に拳を当て、高笑いをしていた。
『(くはははは。どうだ。甘く見ていただろう、ウルトラマンジャック。どうせツルク星人の時のレベルで俺の実力を測っていたんだろうが……そもそもそれが間違いだ)』
新マンは応えず、押し黙ったままゆっくりと立ち上がる。
レイゾリューガは得意げに続けた。
『(あの時、既にレイガは消耗していた。心身ともにな。あんなものが実力だと思ってもらっては困る。そして――)』
重心が高くなった。少し猫背気味に、顎下に両拳を並べる構え――ボクシングのスタイル。
『(地球人の闇と、真の闇――レゾリュームを持つこの俺には、貴様は絶対に勝てん)』
上体をリズムよく左右に揺らし、軽いステップを刻みながらレイゾリューガは新マンへと迫った。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
本人にとっては軽いステップでも、地球人にとっては凄まじい地響きである。
ヤマシロ・リョウコ、セザキ・マサト、オオクマ・ジロウは暗闇の中で壁に手を突き、その地響きが止むのを待っていた。
「……セッチー。ここ、大丈夫かなぁ」
鼻にティッシュを詰めた間抜けな顔のヤマシロ・リョウコが、不安げにハンドライトで天井や壁を照らす。
そこはかなり大きな共同溝だった。大小様々な配管が走っている。
ヤマシロ・リョウコとは違う方向へハンドライトを向けていたセザキ・マサトは、さあね、と答えた。
「一応耐震性を考えて作られてるはずだから、まあ、この真上に着地しない限り、大丈夫だと思うけど」
「しかし、よく気づいたな。共同溝が社内に通じていることに」
震え続ける壁に背を預け、先を見やるのはオオクマ・ジロウ。彼だけはライトを持っていない。
「あると確信してたわけじゃないけどね。でも、携帯が通じず、固定電話が通じる。ライフラインも通じてる。ってことは、外部と繋がってる部分があるってことだ。ガス・水道が無事ってことは、多分それは地下。地下ならひょっとしたら人が通れるぐらいの下水溝でも通じてないかと思ってたんだけど……」
少し揺れが収まったのを見て、セザキ・マサトは歩き出した。
オオクマ・ジロウもその後に続き、ヤマシロ・リョウコが殿につく。
「確かに、うちの会社は電気・電話も埋設だと言っていた」
「ともかく、早く人質を助け出さないとね」
鼻に詰めたティッシュのせいで、やや間抜けな声になっているヤマシロ・リョウコが、強い意志を込めて言う。
そこで、ふとオオクマ・ジロウが疑問を口にした。
「だが、なぜだ? なぜ奴は今戦ってるんだ? 人質を取ったのなら、それを盾にするのがセオリーだろう」
「下らないプライドじゃないかな」
メモリーディスプレイに表示されたマップに目を落とし落とし歩きながら、セザキ・マサトは答えた。
「タクシーの中で話して得た印象じゃあ、無根拠のプライドの高さがやたら目に付いたからね。どうせ腕づくで倒せれば無問題、もし逆襲でも受けて追い込まれたら、奥の手として使うつもりなんじゃないの?」
「チンピラヤクザだな」
「同感だね」
「ねぇねぇ、セッチー。聞きたいことがあるんだけどさー」
最後尾から、ヤマシロ・リョウコが声を上げた。
「なんだい、リョーコちゃん」
「さっきディレクションルームとの話が途中になってた件、いいの?」
「何の話だっけ?」
「結局ウルトラマンが出てきてくれたんでうやむやになっちゃったけどさ、ウルトラマンならダークレイガちゃんに勝てるって話。なんか根拠があって言ってるんだ、って叫んでたけど」
「ああ」
気のない返事。
「……あれは……まあ、ないしょ」
「えー!! なんだよそれー。あの時言いかけたんだから、ここで言ってもいいじゃん」
「だーめ。……あれは機密中の機密事項だからね。あの時は興奮しすぎてうっかり口を滑らせそうになったけど、本来ボクが知っていていい話じゃない。ボクが知ってると知られたら、明日からボクはCREW・GUYSにいられなくなるかもしれない」
「……なにそれ」
不満げに口を尖らせているのが見てなくともわかるような声。
セザキ・マサトの背後では、オオクマ・ジロウが空気を読んであえて黙っていた。
「リョーコちゃんはボクが防衛軍のスパイって、知ってるよね?」
「スパイかどうかは知らないけど、防衛軍から来たのは知ってる」
「GUYSの機密、特に技術的な機密を盗むために送り込まれたんだ」
「ふーん。やったの?」
「うんにゃ。めんどくさいもん」
「だろーね。セッチーならそうだろうと思った」
「防衛軍の上司ってのが、ガチガチの体育会系っていうか、軍人ノリそのまんまの人でさぁ。ミオちゃんみたいな美人のお姉さんだったら、もう少しやる気も出たんだけど。あんまりサボってたんで、今朝呼び出されて怒られた」
「……他所の組織のことで、しかも非合法な目的とは理解しても……上司の気苦労がわかるな。大丈夫なのか、こんな隊員置いて」
むすっとした声で割り込んだオオクマ・ジロウ。
しかし、ヤマシロ・リョウコはからからと笑った。
「まあまあ。でも、セッチーって色々知ってるし、フォローは早いし、いざという時はかーなーり有能なんだよ? ってか、CREW・GUYSに無能な隊員なんていないから、大丈夫。ま、みんな性格に問題あるってのはよく言われるケド」
「リョーコちゃんを含めてね」
「あたしは隊員の中ではまともな方だと思うけど?」
「いやいや、君の戦闘中のハイテンションはおいておくにしても、普段の懐の深さは大概だと思うよ。悪いけどボクはあんな簡単にレイガを信用できない――っと、こっちだ」
不意にハンドライトを巡らせたセザキ・マサトは、共同溝の支道へと入ってゆく。二人もその後に続く。
「そうなのか?」
「レイガをマブダチと公言してはばからないからね、リョーコちゃんは」
振り返ったオオクマ・ジロウにヤマシロ・リョウコはぺろっと舌を出した。
「シロウちゃんには色々助けてもらったし、色々助けたし。いい奴だよ。基本ぶっきらぼうの照れ屋だけど」
「……弟がお世話になってます」
もう一度振りかえり、ぺこっと頭を下げるオオクマ・ジロウにヤマシロ・リョウコも軽く頭を下げる。
「いえいえ、こちらこそ……っていうか、なんでこのタイミングで」
「挨拶は大事だ。うちの不出来な弟がご迷惑をかけているとなれば、余計に」
「その割にさっきは握手してくれなかったけど」
「あれは抗議の意味を込めて……」
その時、通信機の呼び出し音が鳴った。
セザキ・マサトの見ていたメモリーディスプレイに、シノハラ・ミオの姿が映った。
『セザキ隊員、ヤマシロ隊員、急いで身を守る態勢を取って! レイゾリューガが光線を撃つ態勢に入ったわ』
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
地上。
ボクシングスタイルでの攻撃は、しかし新マンの防御を崩すに至らなかった。
(こいつ……この戦い方への対応を知ってるのか!? くそっ!)
焦ったレイゾリューガの攻撃が大振りになった隙を突いて、新マンはその後ろ首に両手を回し、抱え込んだ。それを引き下ろすと同時に、膝蹴りがレイゾリューガの腹を打つ。そして、そのまま横倒しに投げ飛ばした。
つっ転ばされるような首投げを受けて無様に転がったレイゾリューガは、すぐに立ち上がった。
『シェアッ!!』
かかって来い、とばかりに構える新マンに、レイゾリューガは拳を握り締めて全身を震わせた。
『ジャアアッ!!(てめえっ!!)』
振りかぶった手の先から、スラッシュ光線を放つ。
飛来した楔形の光弾を、新マンは腕で叩き落とした。
何発発射しようと、全て腕で払い飛ばし、叩き落す。あらかじめ狙っている場所がわかっているかのように。
『シュアッ!!』
隙をついて放たれた、新マンの針状光線・ウルトラショットがレイゾリューガの無防備な胸を撃った。
『エ゛ア゛ァッ!!』
胸を殴られたかのように吹っ飛び、無様に尻餅をつく。
すぐに片膝立ちになったレイゾリューガは、両腕を右へ回した。それを左へと回す。
手の軌跡を、黒い残光の尾が追う。
意図を解した新マンの全身に緊張が満ちる。
『ジュワッ!!』
『ヘヤッ!!』
レイゾリューガが左腕を立て、その横腹に右拳を押し当てた瞬間、ウルトラマンも躊躇なく腕を十字に組んでいた。
放たれた光と闇がぶつかった。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
両者の激突を、地下の三人もメモリーディスプレイを通して見ていた。
「互角だ!!」
ヤマシロ・リョウコの叫んだとおり、以前はまったく勝負にもならなかった光線同士の撃ち合いで、両者は今、拮抗していた。
セザキ・マサトは難しい顔をしている。
「レゾリュームの力が上乗せされているのか……それとも、レイゾリューガ自体がそれだけの実力を持っているのか」
「んも〜、ニセモノなのかニセモノじゃないのか、どこまで行ってもはっきりしないなぁ」
「とはいえ、この勝負はウルトラマンの勝ちだよ」
「へ? なんで?」
「………………」
肝心なことは口にせず、画面を見つめていたセザキ・マサトは、不意にナビ画面に切り替えた。
「あ、ちょ、ちょっと!」
「早く人質を解放しに行こう。この勝負に負けた時点で、多分レイゾリューガはそれをネタにウルトラマンを脅迫しにかかる」
「え〜……だからぁ、なんで負けるってわかるのよぉ」
不満たらたらのヤマシロ・リョウコには答えず歩き始める。
オオクマ・ジロウもそれに追従した。
「俺もセザキ隊員に賛成だ。勝負の行方は知らないが、人質を早く解放するにこしたことはない。理由は帰ってから聞いてくれ」
「そーゆーこと」
「え〜……セッチーず〜る〜い〜」
ぶぅぶぅ言いながらも、ヤマシロ・リョウコも歩き出す――その時、ひときわ大きな震動が襲ってきた。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
一直線上で真正面からぶつかり、お互いを呑み込もうと弾け合う光波熱線と暗黒光線。
(威力は互角か。だが、てめえと俺では致命的な違いがあるんだぜ。ククク)
レイゾリューガは射線をずらした。お互いの光線がすれ違い、スペシウム光線がレイゾリューガを、レイゾリューガのレゾリューム光線が新マンを撃つ。
結果、レイゾリューガは大きく跳ね飛ばされた。さすがにダメージを殺しきれず、ばったりと倒れる。
『(……ククク、ククククク)』
仰向けに倒れたまま、低く忍び笑う。
レイゾリューガに勝算はあった。
レゾリューム光線はウルトラ族を消滅させる。だが、スペシウム光線ではこちらを消滅させることは出来ない。しかも、絶対的な地の利がこちらにはある。
メビウス・レイガを消滅させたというこのレゾリューム光線を受けてしまえば、ウルトラマンジャックとてただでは済まない。腕の一本は奪ったはず。これで、絶対優位だ。
余裕を以ってゆっくり上体を起こす。
漂い残っていた爆煙が晴れ、その向こうに無様な姿のウルトラマンジャックが――腕を十字に組んだまま、そこに立っていた。無傷……というか、ダメージを受けた風にすら見えない。
『(な……なんだと!? ――いかん!!)』
再び十字から光波熱線の輝きが放たれる。一瞬早く、レイゾリューガは瞬間移動した。
新マンの背後へ出現――そこに出現することを読んでいたのか、振り返った新マンは再び十字を組んでいた。
『ジェアアッ!?(三連射だと!?)』
今度は間に合わない。正面にディフェンス・サークルを作り出し、受ける。黒いエネルギーサークルは簡単に吹き飛んだが、その僅かな隙に、レイゾリューガは再び瞬間移動をしていた。今度は、立ち並ぶビル群の中に。
さすがに、今度は追撃して来ない。
レイゾリューガは大きく肩で息をしていた。疲れからではない。今の一連の攻防の危うさ、強いられた緊張からの反応だった。
『(て、てめえ……なんともないのか!? レゾリューム光線を受けておきながら!? なぜだ!?)』
『(………………)』
答えず、構える。
その胸のカラータイマーが赤く点滅を始めた。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
地下。
自分のメモリーディスプレイで観戦していたヤマシロ・リョウコが歓声を上げていた。
「スゴイ! セッチーの言うとおりだよ! ウルトラマンに、黒い光線が効いてない!」
「あれがレイガなら、どうにかなったのかもしれないけどね。ウルトラマンジャックには効かない」
そう呟いて、先へと進んでゆく。震動の余波か、ところどころ天井が崩れたところがあり、迂回を余儀なくされている。
「でも、なんで?」
「………………」
「……ちぇ〜。けち」
ヤマシロ・リョウコの声を背中に聞きながら、セザキ・マサトはやはりな、と一人合点していた。
セザキ・マサトは防衛軍が欲している機密――特にレゾリューム光線及びその粒子についての情報を、まったく調べなかったわけではない。守るべき対象が何であるかを把握するために、自分なりに許された範囲での情報を集め(それこそ市井のネット情報なども突き合わせ)、いくつかの推論を立てている。
そして、その推論について、実はサコミズ総監に直接、口頭で訊ねたことがあった。電子であろうと紙媒体であろうと、文書に残すのは問題があると考え、サコミズ総監の退勤間際を狙って突撃した。
そこで得られた解答の一つに、『レゾリューム光線を無効化する手段の存在』というものがある。
ウルトラ族が地球人に憑依した場合、地球人の情報がウルトラ族の身体に混じることにより、レゾリューム粒子との対消滅反応が起こらなくなる。つまり、普通の破壊ダメージの分は受けるものの、レイガやメビウスのように身体が消滅するようなことは起きなくなる。
セザキ・マサトがサコミズ総監から直接情報を得られたのは、その件だけだ。
サコミズ総監はその時、誇らしげに言っていた。
『今の地球人の思いと勇気でも、ウルトラマンに力を貸すことが出来る。その証明が出来たことを、僕らは誇りに思っているよ』
恐らく、サコミズ総監自身が、どれかのウルトラ兄弟と接触もしくは合体したことがあるのだろう。
そして言外に、もし防衛軍がレゾリュームを使用した攻撃手段を持ったとしても、自分たちが盾になるという意思表明をしているようにも感じられた。
防衛軍から探り出すべき機密として命じられていたことが、もう一つある。
ウルトラマンの人間体の正体についてだ。
メビウスの件で明るみになったとおり、ウルトラマンは地球上での活動に、人間の姿を借りている。メビウスの正体だったヒビノ・ミライはともかく、過去のウルトラマンたちの人間体については、当時の週刊誌などで色々かまびすしい議論が行われていたものだ。
証明の出来ないその問題は、芸能ニュースのように一時のブームとして人口に膾炙したものの、今ではもう誰も気にはしていない。
元々他人のプライバシーを覗いて喜ぶ趣味のない――というか、むしろそんなものには嫌悪が先立つセザキ・マサトとしては、レゾリューム以上にまったく興味のない話だったはずだが、サコミズ総監との話し合いで不安が湧いた。
もし彼らが、ヒビノ・ミライのように人間の姿をしているだけならともかく、人間と一体になって活動していたら?
おそらくその情報を手に入れた防衛軍は、本人を拘束して色々調べたがるに違いない。
自分の平穏自堕落な生活を続けるため、防衛軍からの指令など邪魔する気満々だったセザキ・マサトは、いざという時に邪魔できるように(そして「こんなこともあろうかと」というセリフを言いたいがために)、といういささか邪道な使命感を以って情報を集め始めたが……サコミズ総監の許しを得てCREW・GUYS本部コンピューターで閲覧できる機密情報にさえ、そんなものは存在しなかった。
とはいえ。
断片情報の中から浮かび上がる全体像というものがある。
初代ウルトラマン、ウルトラセブン、ウルトラマンジャック、ウルトラマンエース、ウルトラマンタロウ、ウルトラマンレオ、アストラ、ウルトラマン80、ユリアン、ウルトラマンメビウス、ウルトラマンヒカリ。
この中で人間体の素性がわかっているのは、ウルトラマンメビウス=ヒビノ・ミライ及び、同時期の対ババルウ星人戦(※ウルトラマンメビウス第35話)で明らかになったウルトラマンヒカリ=セリザワ・カズヤだけである。
しかも、セリザワ・カズヤは元CREW・GUYS隊長であり、その死をアイハラ・リュウが確認しているため、憑依型である可能性が非常に高い。
このセリザワ・カズヤの件を下敷きにして、ウルトラマンに憑依されたとおぼしき人物を探してゆくと、一人だけ浮き上がってきた人物があった。
郷秀樹。
ウルトラマンの再来とともに死から甦り、MATに入隊。ウルトラマンの帰還と同時に死亡報告。また、いくつかの情報では、20年ほど神戸にいて、メビウスの帰還とともにその足取りが消えたこともわかっている。
けれど、今は地球にいる。レイガ飛来とともに再びやってきたウルトラマンジャックに時期を合わせて。
なにより、郷秀樹の婚約者と恩人である坂田兄妹の死の理由が、決定的だった。
彼らの死は被害者本人(妹)の証言により、車を使ったナックル星人による通り魔殺人――ということになっている。(※帰ってきたウルトラマン第37話)
そして、アーカイブの情報を紐解けば、その後のナックル星人戦でウルトラマンジャックはらしくない戦いを繰り広げ、敗北している。まるで、悲しみに心掻き乱されて、正常な判断が出来ないことをつけ込まれたかのように。
たかが地球人二人の死に、ウルトラマンがそこまで動揺する理由はない。だから、アーカイブもこの件を結びつけてはいない。ただ、星人の侵略活動に巻き込まれた被害者としてのみ記述されているだけだ。
では逆に考えよう。そこまで動揺するほどの近しい者が、ウルトラマンの人間体だったとしたら?
その条件に合うのは、郷秀樹と坂田次郎の二人のみ。
そして、以前・以後の足取りが容易につかめる坂田次郎に比べ、郷秀樹は先述の通りMAT所属以後、行方不明の期間が長すぎる。
他のウルトラマン滞在時にも、その折々に怪しいと目される人物は存在するが、郷秀樹ほど憑依体であると濃厚な疑いをかけられるデータは存在しない。
(※脚注参照)
確かに客観的・物理的証拠はないが、セザキ・マサトは郷秀樹こそがウルトラマンジャックに自らの体を与えた地球人であり、今も一つになっているままなのだと確信していた。
故に。
他の誰でもないウルトラマンジャックには、レゾリューム光線が通じないと判断していた。
そして、そもそもオオクマ・シロウの件についても、自分が体を提供出来ていれば、もしくはクモっちゃんやリョーコちゃんに話しておけば、あるいは助けられたかもしれない、という思いに苛まれている。
だから。思う。
(――地球を守るために戦ってくれたシロウ君を貶め、お母さんやご近所の人たち、それにリョーコちゃんやクモっちゃんとの絆を否定する、あのレイゾリューガという存在だけは許しちゃいけない。絶対に。今となってはそれが彼に報いるために、ボクに出来る唯一のことだ)
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
地上。
向かい合い、睨み合う二人。
『(……………………まあ、いい)』
立ち上がったレイゾリューガは構えた。今度は空手の構えで。
戦場に響く、カラータイマーの音。
『(エネルギーが切れてきたか。……クク、不便なもんだな。ウルトラ族ってのは。こんなデファレーター光の少ない場所でわざわざ戦わなきゃならねえ。この大気がデファレーター因子を阻害し、お前たちの活動を制限しているなんて、地球人は考えてもいないだろうがな)』
じりじりと横に移動してゆく。
『(だが、逆にレゾリュームをエネルギーにする俺には、ここは過ごしやすい。ちょっと暴れてやれば、地球人どもの負の感情さえ俺の力になる。もっとも? 地球人というのは存外腹の黒い連中だからな。暴れなくとも力に満ちている)』
『(……それに負けないぐらい、彼らは光り輝く心を持っている。光と闇、正と負、正義と邪悪、その狭間で惑い、悩みながらも絶えず前進してゆく……諦めない心を持っている)』
『(どこまでも甘っちょろいこった。……いいさ。ここでお前を始末して、絶望という負の感情を奴らの心に掻き立ててやるまでだ)』
レイゾリューガの姿が消えた。
『(――お前には時間制限があるが、俺にはない。じっくりいかせてもらうぜ)』
振り返った新マンの目の前で、再びレイゾリューガは姿を消す。
右に、左に、前に、後ろに、上空に、ビルの上に、彼方に、此方に、次々と現れては消えてゆく。
新マンはその場に足を止め、周囲へ視線を飛ばすものの、追いつけない。
『(くく、どうだ。お前たち光の種族と違って、これだけ連続で飛んでも俺はいささかも消耗しない。わかるか。この星はもともと闇の力が強い星なんだよ。お前たちが命懸けで守ったとしても、いずれは闇に堕ちる。つまり、守るに値しないってことだ)』
分身の術のように出現している、いくつもの残像が嘲笑う――その一つ一つが、スラッシュ光線を放ち始めた。
全方位から飛来する楔形の黒い光弾。
だが、新マンは怯まない。その場で右に左に前に後ろに体を捌き、時に転がり、持てる防御技術の全てを駆使して躱し、弾き、防ぐ。
『(そうだとしても、だからこそ守る価値がある)』
防御しつつ、新マンは告げた。
『(ああん?)』
『(この大気圏を抜ければ、宇宙は光にあふれている。お前が闇に沈むと言っているこの地球も、光の海に浮かぶ泡一つ。そして、この星の人はその大気圏を抜け、光の海へ出ようと日々努力を続けている。いずれ、我々と肩を並べて宇宙を翔ける日のために)』
『(それがどうした。闇の力が強い世界に生まれた者が、光の世界で真っ当に生きていけるものかよ。どうせ宇宙に大災厄を撒き散らすに決まってらぁ。現に、連中はお前らウルトラ族を倒す武器を作ろうとしているんだぞ)』
『(……そうか。だが、過ちを過ちと知るためには、まず過ちがなければならない。悲しいことだが。しかし、俺は信じている。その武器を我々に向ける前に、地球人は必ずその過ちに気づき、自ら正すと)』
新マンを中心に、周囲の建物が次々と被弾し、崩壊してゆく。
流れ弾が地面で炸裂し、立ち込める粉塵が新マンを土まみれにしてゆく。
ここまでのところまともに当たったものは一発もないが、レイゾリューガの攻撃も終わる様子をみせない。
『(ケケケ、偽善者が。その過ちとやらに気づかず、いくつもの星を壊してきたんだぜ、地球人は。そういうのは、やられる前にがつーんとやっちまって、思い知らせてやりゃあいいんだよ。つーか、俺としちゃあ今すぐウルトラ兄弟に思い知らせてやりたい気分だぜ。てめえらの甘さをな。クク……てめえを倒したら、いっそ地球人に協力してやるか。くははははは)』
『(そんなことはさせん)』
『(じゃあ止めてみろよ)』
『シュワッ!』
不意に、新マンは両腕を胸の前で交差させた。そのまま、その場でコマのようにスピンを始める。
その回転速度は見る見るうちに早まり、ここぞとばかりに放たれた楔形光弾も、ことごとく弾き返される。
『(なんだ!? 何のつもりだ!? 防御だけじゃあ、俺は倒せ――)』
『デュアアアッ!』
突然、回転が止まった。同時に両手を左右下方へ開く――何かが放たれた。衝撃波か、超能力か、エネルギー波か。全方位に。
それは瞬間移動を繰り返していたレイゾリューガを跳ね飛ばし、無限に続くかと思われていた攻撃を止めた。
吹っ飛ばされたレイゾリューガの体を、電撃が這い回る。
『(ぐぁぁ……っ、な、なんだと!?)』
驚きながらも、慌てて起き上がる――新マンが立てた左腕に右手をかざしていた。
ウルトラブレスレット。
『ジュ、ジュワッ!!(ま、待て!!)』
思わず手を突き出して、止めようとするレイゾリューガ。
無論、新マンが待つわけもなく。
『シェアッ!!』
左手首から光の刃が飛んだ。
『(くそっ!!)』
レイゾリューガの姿が消える。
だが、ウルトラブレスレットは遅滞なく方向を変えた。離れた場所に出現したレイゾリューガに向かって、最短距離で走る。
再び瞬間移動で移動する。方向転換して追う。逃げる。追う。逃げる。追う……。
レイゾリューガとウルトラブレスレットの息もつかせぬ追走劇が始まった。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
地下。
不意に、セザキ・マサトは足を止めた。
「ここだ」
ハンドライトの光が、壁に打ち付けられた地上へ登る梯子を舐め、天井へと走る。
天井には人一人が通れるほどの四角い孔が空いており、梯子はその中へと続いていた。
「マップによれば、ここは坂田自動車の敷地内だね。……どの辺かわかります?」
差し出されたメモリーディスプレイを受け取ったオオクマ・ジロウは、表示されている地図を確認して、あやふやに頷いた。
「うぅむ……はっきりとは言えないが、位置的にはおそらく駐車場脇のポンプ室だろうな。社長たちのいる本棟の開発室は……ここだ」
指差された地点を見て、セザキ・マサトはふむ、と唸った。
「棟続きじゃないのか。――まぁ、そうだよなぁ。不審者の侵入経路になりそうな地下溝の出入り口を本館内部に作るはずはなし、と。なら、移動時にレイゾリューガに見つからないようにしないと。オオクマさんはポンプ室で待機していてもらえます?」
「わかった。ポンプ室の扉は厳重に施錠されてるはずだが、緊急時だ。打ち破ってもらって構わん」
「先に言ってもらって助かりますよ。……それじゃ、リョーコちゃん?」
まったく会話に参加せず、レイゾリューガと新マンの戦いを映している自分のメモリーディスプレイを見ているヤマシロ・リョウコ。
セザキ・マサトは不快そうに顔をしかめた。
「ちょっと、リョーコちゃん。いつまで見てんの。ここからは胸突き八丁なんだからさ、こっちに集中してよ。……ったく、何でボクがこんなおかんみたいなことを――」
「待って。やばいよ、これ。ダークレイガちゃんが追い込まれてる。今、外へ出るのはまずいかも」
「なんだと?」
色めき立ったのはセザキ・マサトではなくオオクマ・ジロウ。慌ててヤマシロ・リョウコに駆け寄り、その画面を横から覗き込む。
セザキ・マサトも自分のメモリーディスプレイの画面を切り替える。
凄まじい速さであちらで消えたりこちらに現われたりを繰り返すレイゾリューガを、楔状の光弾が鋭く敏捷な動きで追っている。
「これは……確かに、気が抜けない状況だな」
オオクマ・ジロウも頷いてヤマシロ・リョウコの意見に同意した。
相手の目を盗んで行動するのならば、その相手が落ち着いた上で別のことに気を取られている必要がある。今のような状況では、たまたま近くに出現した際に間悪く見られるかもしれない。それでなくとも、人質はレイゾリューガの最終手段のはずだ。この追い込まれた状況では、その最後の手を使うか否かを判断するために、こちらを窺う可能性が高くなる。
しかし。
「いや、今のうちに急ごう」
言うなり、セザキ・マサトは梯子をつかんで昇り始めた。
「お、おい」
「セッチー!?」
「ウルトラマンジャックのウルトラブレスレットに追われながらこっちを見る? 邪魔をする? そんなの無理だろ、常識的に考えて。
万が一見つかっても、手出し出来る暇なんかない。だから、今がチャンスなんだよ。ここから飛び出して社長たちを連れて来る!」
後半のセリフは天井の穴の中から届いた。
顔を見合わせたオオクマ・ジロウとヤマシロ・リョウコは頷き合って、セザキ・マサトの後を追った。
※ 脚注:
ウルトラセブンではないかと目される人物については、その出現とともに姿を現わし、地球退去と共に姿を消しているため、郷秀樹並みに濃厚な疑いをかけているものの、地球上での出生証明が存在しないことが判明している。つまり、いるはずのない地球人だった。このため、ヒビノ・ミライと同じ変身型だったと思われる。
レオも同様。ただし、レオについては疑いのある人物が死亡したと思われる事件(※ウルトラマンレオ第40話)後のアウト・オブ・ドキュメントの時期にも出現しているため、セブンより決め手に欠ける。なお、この事件ではセブンではないかと目される人物も死亡したことになっている。
エースについては一応対象者を絞り込んでみたものの、郷秀樹ほど濃厚な疑いをもたらすエピソードが拾い上げられず、確定できていない。また、対象者の一人について月文明の人間などという、いささか信じがたい記述が絡んでおり、データの信憑性そのものに問題がある。
それ以外で地球に長期滞在したと思われるウルトラマン(初代・タロウ・80)については、疑いのある人物はリストアップできるものの、どのデータでも決め手に欠けるため変身型か憑依型かも含めて、確定できない。
――無論、以上のデータについては全てセザキ・マサトの脳内だけに納められ、一切の証拠書類や記述は存在しない。
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