【一つ前に戻る】     【次へ進む】     【目次へ戻る】     【小説置き場へ戻る】     【ホーム】



ウルトラマンメビウス外伝 RAYGA

 第10話 闇と光の間に…… その6

 暗黒の空間に、一枚の画像が浮かび上がっていた。
 地球人が作り上げた都市を見下ろしている。
 それは、いつも自分が見ていた風景。
 けれど今は、過去に自分が切り捨ててきたものが見つめる風景。
 オオクマ・シロウはそれをじっと見つめていた。
 何を思うでもなく、ただぼんやりと。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 坂田自動車近傍。
 レイゾリューガの光放たぬ眼が、周囲を睥睨する。
 一通り見回した後、右腕を振り上げた――高速道路の橋梁へ振り下ろす。
 コンクリート橋脚に支えられた人工構造物は呆気なく崩壊した。
 そのまま、蹴り上げる。
 崩れ残っていた路面をめくれ上げるように跳ね飛ばし、大小さまざまな瓦礫が辺りに飛び散る。
『シェーッハッハッハッハ』
 明らかな高笑い。
 乗り捨てられた車に引火したのか、爆発が起きた。
 宵闇に屹立する巨人を、火の手が下から照らし出す。光と影の加減か、その口元は邪悪な笑みに歪んでいるように見えた。
(くははははは、脆い、脆いな地球人!! 何のことはない! この程度の相手に、何をビビっていたんだオレは!)
 再び高速道路の橋梁を叩き潰す――その前に、蒼い光弾が夜闇を裂いて飛んだ。
 それはレイゾリューガの周囲で弾け、巨大なクリスタル状の檻を作り出した。
 GUYSの使う携帯メテオール、キャプチャー・キューブである。
『ジェア!?(なんだ?)』
 叩きつけた手刀を弾き返され、檻の中でレイゾリューガは戸惑いをみせた。
 そして、思い出す。
(これは、地球人が怪獣どもを捕まえていたエネルギーフィールドか。……ということは)
 辺りを見回す。光弾の走ってきた方角を見やれば、少し離れた高速道路の橋脚の元に、銃を構えている地球人の女の姿が見えた。
(ヤマシロか……けっ、せっかく見逃してやると言っているのに。バカなやつだ)
 レイゾリューガは、両手をキャプチャー・キューブに叩きつけた。
 ヤマシロ・リョウコが、びくりと震えたように見えた。
(くははは、ビビってやんの。……まあいい、どうせこいつは時間制限があったはずだ。焦るこたぁない。――ん?)
 ヤマシロ・リョウコが銃口を下ろし、何か叫んでいた。
 よく聞き取れないが、多分いつものように甘ったるい友情の言葉でも叫んでいるのだろう。
(バカが。いつまで友達気分でいやがる。……くくく、しょうがねえな。じゃあ、まずお前らから躾けてやるか)
 レイゾリューガは、思念を集中させた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

「レイガちゃーーーーん! あたしは、信じないぞコノヤロー!! レイガちゃんが、悪になんて染まるわけがない! そりゃ、頭悪くて喧嘩っ早いかもしれないけど、君の心の奥底には、ウルトラ兄弟にだって引けを取らない熱い正義の心があるのを、あたしは知ってる!!」
 ヤマシロ・リョウコは必死に叫び続けていた。
「だから、正気に戻れーーーーー!!!! あたしは、君と一緒の明日へ行きたいんだよ! 君と一緒に明日で生きたいんだよ!! 君と、手をつないでさぁ!! だから、もうこんなことはやめてよーーーーー!!!!」
 レイゾリューガは、薄水色に発光するエネルギークリスタルの中で、じっとこちらを見下ろしている。

 彼女の後方。
 オオクマ・ジロウとセザキ・マサトは橋脚の陰で息を潜め、状況を見つめていた。
「……応えると思うか?」
「ま、無理だろうね」
 セザキ・マサトの即答に、オオクマ・ジロウは嘆息した。
「仲間だというのに、容赦ないな」
「彼女が熱くなってる分は、ボクが冷たくならないとね。……もうすぐ一分――」
 その時、二人は同時に顔を歪めた。
「なん、だ!?」
「ぐ……頭が……!」
 頭――いや、意識の中に何かが潜り込んでくる。
 セザキ・マサトが見やれば、ヤマシロ・リョウコも頭に手をやりながらぐらついていた。

<<ガタガタウルセーンダヨ>>

 セザキ・マサトは、それを音の爆弾のように感じた。
 だが、音響爆弾のような耳の機能を奪うようなものではない。巨大な音の塊が、直接脳みその中で炸裂したような感じだった。音が大きすぎると意識は悲鳴をあげているのに、耳が聞こえなくならない。痛みすら感じない。

<<クダラネエコトヲ。オレニソンナセリフ、トドクカヨ>>

「……なんだ、これは……ぐあぁ……」
 傍らで呻くオオクマ・ジロウの声が、その音に重なって聞こえる。見れば、ひざまずいて両耳を押さえた彼は、苦しみを吐き出そうとしているかのように大きく口を開いて喘いでおり、そこから涎が滴り落ちていた。
 セザキ・マサトはかろうじて堪えていた。軍で音響耐久実験を受けたことがあるのと、ひょっとするとこのヘルメットが少しは役に立っているのかもしれない。
(リョーコちゃん、は……)
<<ヤマシロナラヘタバッテルヨォ!! ケハハハハハハ>>

「あぐっ……!!」
 確かに哄笑なのに、まるで頭の中で寺の鐘を連打しているかのような衝撃。
 目を転じれば、確かに頭を抱えるようにしたヤマシロ・リョウコは路上に座り込み、そのままうずくまるように倒れ伏していた。

<<オマエラトオレハ、タイトウジャネエンダ。イイカゲンジカクシロヨ、ゴミドモ。ソウヤッテハイツクバッテイルノガニアイダゼ>>

「……く、これ……ひょっとして、テレパシー……なのか」

<<オウヨ。テメエラヒヨワナレンチュウニアワセルナンザ、バカバカシイカラヨ。コレデモフツウダゼ? クハハハハハハ>>

 どさり、と倒れる音が聞こえた。
 オオクマ・ジロウが両耳を押さえたまま倒れていた。耐え切れずに意識を失ったらしい。

<<ドウシタ、チキュウジン? ゴジマンノカガクリョクデオレノシネンハモフウジテミロヨ>>

 その時、タイムリミットが来た。
 中空に屹立していた薄蒼いクリスタルが消滅する。
 レイゾリューガは解き放たれた。

<<クハハハハハ、ドウシタドウシタ? オリガキエチマッタゼ? オレヲトメネエノカ!? ヤッチマウゼ!?>>

 キャプチャー・キューブに閉じ込められる前の動きをなぞるように、再び手を振り上げるレイゾリューガ。
「……う、く……くそ……」
 セザキ・マサトは呻き、もがいた。
 再びキャプチャー・キューブに閉じ込めたくとも、銃口が上がらない。照準が揺れて定まらない。
 音や衝撃以外の何かで、脳みそ全体が揺れている。腕が、足が、体が、想定されうる能力を発揮しない。
(……負ける……ものか……!!)

<<バァカ。テメエラヒヨワナチキュウジンニャ、マケイガイノケッカナンザネエンダヨ!! ヒャハハハハハハ>>

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 レイゾリューガの手刀が、再び高速道路の橋梁を叩き潰す。
 飛び散った破片が引き起こしたのか、住宅地で新たな爆発が起きる。
(ふ……ふくあはははははは。おおお……感じる! 感じるぞ、恐怖を! 悲しみを! 怨みを! 混乱を! その全てが闇の力となり、オレに力を与えているのを!! さあ、怯えろ! 逃げ惑え! オレを憎め! くははははは!)
 振りかぶった左手を、振り下ろす。手刀に揃えた指先から楔形の光線が飛び、マンションを貫いた。
 一瞬の間を置いて、爆発が起きる。火を噴いて燃えるマンション。
 爆発は連続し、火の尾を引いて飛んだ破片は周囲の戸建住宅地へ落ちた。そこからも、次々に閃光と爆炎が立ち昇る。
(どれほど貴様らが怨念を撒き散らそうが、泣き喚こうが、このオレを倒すことは出来ん! なぜなら、それが強いということだからだ!! ふははははははははは、はーっはっはっはっはっは!!!)
 嘲笑の声を上げながら、次々と周辺のマンションやビルを撃ち抜いてゆく。
『――!?』
 気配を感じるや、背後へ振るった手の先に円形の黒いエネルギーフィールドが広がった。
 その表面で、弾ける爆光。
「そこまでだっ!!」
 威勢のよい声とともに飛来したのは、この地を守る飛行体だった。
(くはは、そんなオモチャでこのオレを倒せると思っているのか。――思い知れっ!!)
 黒いディフェンス・サークルをそのまま残し、攻撃を防ぎながら両腕を右へ一杯に伸ばす。
 その両手を左へと回す――黒い残光の軌跡が弧を描いて両腕を追う。
 左へと回りきった左腕を立て、その腹に右拳を押し当てる。
 黒い光波熱線が放たれた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 自身の張ったディフェンス・サークルを内側から突き破って走る黒色光線。
「あああああたるかよぉぉぉぉぉぉおおおおっっっ!!!!」
(!!!)
 その黒色光線に絡みつくようにして突っ込んだガンブースターは、ほぼ至近距離で全砲門を解放した。
「食らえ、ガトリング・デトネイター!!」
 アイハラ・リュウの指が躊躇なく引き金を引く。
 色とりどりのビーム弾が躱す暇もなくレイゾリューガの顔、胸、肩、腹部に炸裂した。
『ジェアアアッッッ!?』
 大きく吹っ飛んだレイゾリューガは、火を噴いていたマンションに突っ込んだ。そのまま押し潰し、崩れてきた瓦礫の中に埋もれてゆく。
 燃え盛る瓦礫の中からはみ出した二本の足が間抜けだった。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 レイゾリューガが吹っ飛ばされたと同時に、テレパシーが消えた。
 すぐに顔を上げたセザキ・マサトはオオクマ・ジロウに駆け寄った。
 息があるのを確認して、すぐヤマシロ・リョウコに駆け寄る。
「――リョーコちゃん!!」
「う、うう……セッチー……」
 かろうじて動けるらしく、ゆっくり頭を起こして振り返ったヤマシロ・リョウコの顔は、酷いものだった。二日酔いの朝でもこんな顔は見たことがない。
「無理しなくていい。生きてただけでももうけものだ」
 それでも身体を起こそうとするヤマシロ・リョウコを、片膝立ちで支えたセザキ・マサトは、そのままぐいっと抱き寄せた。崩れ落ちそうなヤマシロ・リョウコの身体を、胸で受け止める。
「セッ……チー……」
 安心してくれたのか、ヤマシロ・リョウコの体から少し力が抜けた。もうそれ以上身体を起こそうとはしないで、身体を預ける。頭が、落ちそうにかくん、と揺れる。
 気を失ったのか、とヘルメットを覗き込めば、しかしそれでも彼女はまだ眼差しを虚空に向けていた。だが、その瞳は焦点を結んでおらず、ゆらゆらとあてもなく揺ている。意識も――朦朧としている。
 その肩を、セザキ・マサトは強く抱きしめていた。
「……リョーコちゃんをこんな目にあわせるなんて……許さない」
 ぎりり、と歯を食いしばり、これまで誰にだって見せたことのない怒りの眼差しを、崩れ落ちたマンションへ向ける。
「絶対、お前の思い通りになんかさせない。お前を叩きのめして、敗北の屈辱にまみれさせてやる。……関西人をなめんなよ、ボケが」

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

『ジェアアッッ!!!』
 叫んで瓦礫を吹っ飛ばし、立ち上がるレイゾリューガ。
 そのとき、既にアイハラ・リュウは叫んでいた。
「ゴンさん、メテオール解禁!」
『G.I.G!! メテオール・キャプチャー・キューブ発射!!』
「ガトリング・デトネイター!!」
 ガンローダーから放たれた水色の光弾が、再びレイゾリューガを包む。
 そして、その光の檻が形成される前に、ガンブースターのビーム弾が中に滑り込む。
 ビームは内部で乱反射し、全方位からレイゾリューガを襲う――はずだった。そこにレイゾリューガがいれば。
 まるでイリュージョンのように、形成されてゆくキャプチャー・キューブと一緒にレイゾリューガは姿を消していた。
「……なんだ!?」
 驚きに我を忘れたその刹那。

<<オナジテヲナンドモクウカ、バカガ>>

 脳みそが爆発した。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 暗黒の空間に、一枚の画像が浮かび上がっていた。
 GUYSの使っている戦闘機を後方から見ている。確か、ガンローダーとかいう機体だ。
 それが、手刀で叩き飛ばされた。
 火こそ噴かなかったものの、バランスを崩し、そのままさっきレイゾリューガが埋もれていたマンションの瓦礫に突っ込む。

「……いいのか?」
 空間自体が揺れているような、しかし決して暴力的ではない声が響いた。
 じっと画像を見つめていたオオクマ・シロウの意識が声の主に向く。
 それは、隣に立っていた。
 いや、身体のない自分にとって、そこは隣と言っていいのかどうか。
 ともかく、そこにいたのはおんぼろの深いフード付ローブで頭から足まで包んだ何者か。
「いいのか?」
 それは繰り返した。
 男の声だ。聞いたことのある声のような気もするし、聞いたことのない声のような気もする。年老いた声のような気もするし、若いようにも聞こえた。
(なにがだ)
 オオクマ・シロウは短く問い返した。
「お前はここで見ているだけか」
(どうせ俺はここから出られん)
「では、見殺しにするのだな」
(約束したんだ。俺の知り合いは傷つけないと)
「さてはて、どこまで本気で守るやら。いや、すでに何人か傷つけているようだが?」
(……………………)
 黙っていると、画面では残った一機――確か、ガンブースターだったか――が諦めずに戦いを継続していた。
 時折、風景が瞬時に変わる。
「あいつは、お前の使いこなせなかった能力を、自在に使っているようだな。瞬間移動している」
(それより、お前は何だ? 何者だ?)
「俺か? さて……俺が誰かは、今はどうでもいいんじゃないか?」
 男の両手が、深いフードを少しだけ内側からズリ上げる。露わになったその口許には、笑みが浮かんでいた。
「今はお前がどうしたいかが問題だろう」
(俺が……?)

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

「くそったれ!!」
 レイゾリューガが連続して放つ楔形のスラッシュ光線を躱しながら、アイハラ・リュウは呻いていた。
 瞬間移動が厄介すぎる。万全の態勢でロックオンしても、次の瞬間には消えてこちらの背後に出現している。こちらもある程度相手の動きを先読みしているから撃墜されないものの、このままでは打つ手がない。
『隊長! イクノ隊員返答なし! バイタルサインに異常はありませんが……意識を失っているようです。機体自体はいくつか被害箇所はあるものの、問題なし』
「わかった! ……くそ、ゴンさんでも耐えられなかったのか!」
 シノハラ・ミオの連絡にも、画面を見ずに応答する。叫んでいる間にロックオンし、瞬間移動で逃げられる。
「で、地上の二人は!?」
 捻りながら急上昇をかけて、後方からの手刀一閃を躱す。
『無事ですが、ヤマシロ隊員は脳震盪を起こした状態のようです』
「そっちもか。く……なんだったんだ、ありゃ」
 軽く頭を振る。
 突然脳みその中で、最大ボリュームのステレオをかけられたような感覚だった。脳みそが爆発したかと思った――まだ少し影響が残っている気がする。
『おそらく、思念波……テレパシーかと。ESP波が確認できています』
「テレパシーって、あの、考えて――うりゃあっ!! ……考えたことをそのまま相手に伝える超能力か!?」
 後方から放たれたスラッシュ光線を捻って捻って躱す。
『以前、レイガが言っていました。自分は地球人のような身体の弱い種族とテレパシーを通じ合わせる訓練をしていないから、迂闊にテレパシーで会話をしようとすると、地球人の脳に負担をかけると』
「それをやりやがったってことか!」
『――レイガ、黒色光線発射態勢!』
「あんな大技、当たるかっ!!」
 急ターンをかけて、レイゾリューガに正対する。
 レイゾリューガの両腕は左側を向いている。レイガとは反対の動きだから、後は左腕を立てて、右拳を押し当てるだけ。
 射線はわかりきっているから、それを逆手にとって再びガトリング・デトネイターを――
 レイゾリューガが消えた。
「な……」
 警戒警報が脳内で鳴り響く。
 咄嗟にレバーを引いていた――メテオール発動レバーを。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 画面の中で、ガンブースターが金色の輝きを放った。
 一瞬遅れてその正面至近距離に出現したレイゾリューガが左腕の腹に右拳を当て、黒色光線を放つ。
 ガンブースターを包み込んだ金色の球状バリアが、黒色光線を防いだ――が、勢いには負けて大きく後方へ吹っ飛ばされてゆく。
「ダメージは防いだが、衝撃はどうかな。殺せているといいんだが」
 ローブ姿の男の口許に笑みはない。
(……何が言いてえんだ)
 探るように訊ねると、ローブ姿の男は振り返った。
「別に。見たままを言ったまでだ。……だが、このままでは撃墜されるのも時間の問題。それはお前にもわかっているはずだ」
(助けに行け、と?)
「行きたいのだろう?」
(俺に……その資格はねえよ)
「資格か」
(ああ。俺は……命を捨てた。意味のない捨て方をした。そんな俺に、やり直そうとしているあいつを押しのけてまで、よみがえる資格はないだろう。ともかく。俺は失敗したんだ。何かを)
「後悔しているのか?」
(まさか。意味はなかったが、意地は通したんだ。悔いはねえよ――ただ、みんなには悪いと思ってる)
「罪悪感か」
(そんな大層なものじゃねえさ。それに……あいつがいる)
 ローブ姿の男はもう一度画面を見やる。
「あいつは、望まれたお前ではないようだが?」
(今はな。だが、過去の俺だ。もう一度こてんぱんにのされれば、いやでも理解するさ。地球人の、郷秀樹の、ジャックの強さを。いくらよみがえったところで俺は俺だ。実力が上がるわけでもあるまい。なら……行き着く先は同じだ)
「どうかな。……お前と違って、地球人に容赦はないようだぞ」
(……今だけだ。そのための約束だしな)
「信じるというのか」
(そう教えられた。まして、あれは自分だ。なぜ疑う必要がある)
 ローブ姿の男は、深く頷いた。
「ふむ……お前がそう言うなら、俺ももう少し様子を見よう」

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 戦場からいくらか離れた路上。
 避難が済んだのか人影の消えた街角に、ジープが走って来て、停まった。
 もちろん、ドライバーは郷秀樹。
 サングラスを外し、上空を見上げる。
 レイガと金色の球状バリアを張ったガンブースターが、凄まじい格闘戦を繰り広げている。
「相変わらず、いい腕だ」
 そう呟いて、視線を下ろす。
 ビルとビルの間に見える、黒いエネルギードームの頂上部。
 少し眼に力を込めたが、すぐに怪訝そうになった。
「……見えない? 闇の力が源になっているのか。だが、何のためにあんなものを――いや、あの場所は……」
 たちまち郷秀樹の表情に、苦渋の色が広がり――再び上空を見上げた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 地上から見上げる空中戦は凄まじいことになっていた。
 瞬間移動で自由に位置を変えるレイゾリューガと、発動したメテオールによって三次元非慣性機動をするガンブースター。絡み合うなどというレベルの格闘戦ではない。およそ人類がこれまで経験したことのない機動戦闘が、繰り広げられている。
「……あれについていける隊長って、凄いな」
 セザキ・マサトはうめく他ない。
 ヤマシロ・リョウコをオオクマ・ジロウの傍に引きずって来たあと、隙あらば援護射撃をしようと思っていたが、むしろ邪魔にしかならないと思い知らされていた。
 とはいえ、メテオールの使用制限時間は1分間。
 ガンブースターのメテオール、球状の絶対防御バリア・スパイラル・ウォールの効果が切れてしまえば、普通の戦闘機より少し器用な動き程度しかできない。
「何か次の手を考えなきゃな……。っていうか、この状況じゃあ、もうウルトラマンしかいないじゃないか。何してんだ、ウルトラマンジャックは」
 苛立たしげに辺りを見回す。そんなことをしても見つけられはしないと、わかっていたが。
 再び空中戦に眼をやり、握ったトライガーショットを額に押し当てる。
「くそ、人類ががんばってる限り出て来ないんだっけか。リュウ隊長のがんばりは凄いけど、今はむしろ邪魔なんだよな」
 セザキ・マサトは胸ポケットからメモリーディスプレイを取り出した。
 ディレクション・ルームを呼び出す。すぐにシノハラ・ミオが出た。
『どうしたの、セザキ隊員』
「すぐに撤退命令を」
『は?』
「ボクらが戦ってる限り、ウルトラマンは出て来ない。だから、撤退命令を!」
 たちまち、シノハラ・ミオの表情が青ざめた。
『ちょ……あなた、なに言ってるかわかってるの!? 常日頃から隊長がなんて言ってるか、忘れたわけじゃ――』
「時と場合によるだろ! あいつの目的は侵略じゃない! ウルトラマンジャックとの決闘だ!」
『それでもこんな傍若無人、許すわけにいかないわよ! 地球人の意志を――』
「そんな下らないプライドで、被害を広げる気かっ!!」
 セザキ・マサトの叱責に、シノハラ・ミオはきょとんとした。
「ウルトラマンジャックが出てきて、ぶちのめすのが一番早いんだ!」
 不意に新たなウィンドウが開いた。表れたのはミサキ・ユキ総監代行。かなり表情が厳しい。
『ちょっと、落ち着きなさいセザキ君』
「あんたらは落ち着きすぎだっ! だいたい、ボクは純粋に戦術的観点から言っているんだ! レイゾリューガは、ウルトラマンジャックに勝てない! ちゃんと理由がある! 勝ち目があるかないかのGUYSが戦うより、ウルトラマンに任せた方が――」
 その瞬間、上空に爆光の花が咲いた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

「だああっ、ちくしょうっ!!」
 空中に広がった爆煙を突き破り、ガンブースターが飛び出してくる。
 メテオールの使用許可時間は1分間。
 ガンブースターのメテオール、球状の絶対防御バリア・スパイラル・ウォールの効果が切れた今、機体は普通の戦闘機と同じ動きしかできない。
「――くそ、レイガのくせに何だこの強さ!!」

<<オレハれいがデハナイ。れいぞりゅーがダ>>

「ぐあっ!! ……このっ!!」
 アイハラ・リュウは顔を歪めながらも、その衝撃を噛み殺した。
 少しふらつきながらも、追撃のスラッシュ光線を何とか躱す。

<<ナカナカネバル。ダガ……モウアソビハオワリダ。ウセロ>>

「ンだと、この野――」


<<うるとらまんじゃっく。キコエルカ。サッサトデテコイ。サモナクバ――>>


 これまでと比較にならないその暴力的衝撃に、たまらずアイハラ・リュウは意識を手放した。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――


<<――コノマチノニンゲンスベテノノウガコワレルゾ。フハハハハ>>

 
 その衝撃は、セザキ・マサトたちをも襲った。
「きゃあああっ!!」
「うがあっ」
 起き上がりかけていたヤマシロ・リョウコとオオクマ・ジロウが再び頭を抑えてのけぞり、悶える。
 遠く離れた場所にいるはずの、メモリーディスプレイの中の二人までもが、一瞬顔を歪めた。
(……くそ、これはヤバイ!)
 セザキ・マサトはメモリーディスプレイを放り出し、トライガーショットの銃床を手加減なしに自らの左人差し指に叩きつけた。
 割れて、潰れて、折れた。
「ぃぎ……ィッ……ッ!!! ……!! ……!!! ……!!」
 痛みを噛み潰しつつ銃を手放し、そのまま裏拳でオオクマ・ジロウの横っ面を殴り倒す。返す拳でヤマシロ・リョウコの顔面も殴りつけた。両方とも手加減なし。
 まともに鼻っ面で受けたヤマシロ・リョウコは、盛大に鼻血を噴いて倒れる。
 その間、レイゾリューガのテレパシーは聞こえなかった。
(やはり……痛みが……痛みに意識を集中するから……)
 この仮説が当たっていれば、二人もなんとか――
 左の人差し指で炸裂する激痛に両膝を屈し、地面にひさまずく。
 そんなセザキ・マサトを照らし出すように、天空を太陽の輝きが染めた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――


『シェアァッ!!!!』


 光とともに現れた新マンは、錐もみ状態で墜落寸前だったガンブースターを空中で支え、そのまま着地した。
 そっと近くの砧公園に下ろす――瞬間、その背中で爆発が起きた。
『ヘアッ!?』
 振り返れば、着地したレイゾリューガがスラッシュ光線を連続して放っていた。
『ジュワッ!』
 咄嗟にディフェンス・サークルをつくり、それを防ぐ。
 いくつか防がれると、レイゾリューガはようやく手を止めた。
『(ククク……出てきたな、ウルトラマンジャック。待っていたぞ)』
 答えず、立ち上がる新マン。ファイティングポーズは取らず、自然体のままじっとレイゾリューガを見据える。あるいは睨んでいるのか。
『(レゾリュームの存在は感知できていたはずだ。もう少し早く出てくるかと思っていたんだがな。……ああ、あれか? 地球人がその手で何とかすると思っていたか?)』
『……………………』
『(そいつは少し問題あるんじゃないか? お前がさっさと出てきていれば、地球人どもが傷つくことはなかったのにな。ケケ)』
『(……目的は何だ)』
『(貴様の抹殺)』
 言いながら、レイゾリューガは横に移動し始めた。
『(俺は俺より強い奴がいるのが我慢ならねえ。ウルトラ兄弟? 宇宙最強? へっ、その鼻っ柱、俺が粉々に砕いてやるよ)』
『(……………………)』
 新マンはゆっくりと周囲を見渡す。炎揺れる瓦礫の山、橋梁の落ちた高速道路、黒いドームに覆われた坂田自動車……。
『(そんなことのために、これほどの被害を……)』
『(地球人など、ゴミだ。虫けらだ。いくら潰したところで、また湧いてくるさ。それに、こいつらだって星をいくつも壊してる。今度は自分の番だったってこった。まあ、今も言ったとおり、そんなことはどうでもいい。俺はお前を倒したいだけだ)』
『(やはりお前は、レイガではないようだな)』
 両腕を広げたレイゾリューガは、大きく笑った。
『(ふははははは。あんな軟弱者と一緒にするな。俺はレイゾリューガ。レゾリュームの洗礼を受け、闇の力を得たウルトラ族。貴様では絶対に勝てん!)』
 新マンはゆっくりと構えた。いつものファイティングポーズを。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 暗闇の空間。
「あんなことを言っているぞ」
 揶揄するようにローブ姿の男が言った。
(いいさ。俺は結局、命を落とした負け犬だ。それに、地球人やジャックの強さをあいつは知らない。知れば……わかる)
「お前がそうだったように?」
(ああ)
「ふむ……」
 頷いたローブ姿の男は、ふと虚空を指でなぞった。
 新しい画面が開く。
 そこに映っているのは――
(スチール星人?)
 いずれ俺を倒しに来い、と焚きつけた――リョウコ風に言うなら、腕を競うライバル。
「そうだ。……俺の言いたいことがわかるか?」
(……………………?)
「目的を果たすためなら、負けても生にしがみつき、最後に勝て、とお前は言ったはずだ。そのお前が、なぜ生を諦める」
(俺は、死んだ)
「だが、意思は生きている。こうして」
(もう一つの意思も、あそこで生きている。俺のような中途半端な存在ではなく、命として)
 もうひとつの画面の中で、新マンと対峙するレイゾリューガ。
「あれは……違う。わからないのか」
(あれは過去の俺だ。俺だったものの意思だ。そして、今、生きようとしている。本来ならありえなかった機会を得て、その意志を貫こうとしている。一度生き、その果てに命を捨てた俺には邪魔をする資格なんてない)
「本当に、それでいいのか」
(ああ)
 ローブ姿の男の口許が引き結ばれ、スチール星人の画像が消える。
 再びその眼は、レイゾリューガと新マンの決戦へと向いていた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 高速道路の橋脚元。
「……いったぁ〜〜……あ、セッチー……ぃ?」
 顔を振り振り起き上がったヤマシロ・リョウコは、まだ焦点のはっきりしない眼差しでこちらを見ていた。
 右手で潰れた左人差し指を隠し、脂汗まみれになりながら、かろうじて笑みを浮かべるセザキ・マサト。
「や、やあ。無事で何よりだ」
「う、うん……と、あれ? あたし、どうして……」
 脳みそを揺さぶられた影響か、殴られた影響かはわからないが、記憶が飛んでいるらしい。
「あ」
 辺りを見回していたヤマシロ・リョウコは、ふと何かに目を止めた。
「セッチー、お兄さんが……」
 視線の先を辿ると、オオクマ・ジロウも頭を振り振り起き上がっていた。
 セザキ・マサトはすぐに駆け寄り、その肩を抱くようにして支えた。
「大丈夫ですか?」
「う、うう……なんだ? 頬が、熱い。……吐き気もする……視界が……まだ……」
「奴に脳を揺らされたんです。まだ動かない方がいい」
 殴ったことには触れず、しれっとレイゾリューガに全部責任を押し付ける。背後では、鼻血に気づいたヤマシロ・リョウコが騒いでいるのが聞こえたが、ここは無視する。
 オオクマ・ジロウは目を閉じ、眉をしかめながらも呻くように呟く。
「くそっ、兄の脳を揺らすとか……あのバカはなにを考えて……」
「あなただけではないです。ボクも、ヤマシロ隊員も食らいました。多分、無差別にこの辺り一帯に思念波を撒き散らしたんでしょう。だが、指向性がなかった分だけ地球人でも耐えられる程度に弱かったのかもしれない」
「……無差別だと……? なお悪いじゃないか」
 吐き気からなのか、それとも絶望的な状況からなのか、苦悩に歪んだその横顔。
 それを見つめながら、セザキ・マサトは唇を噛む。
 不意に、オオクマ・ジロウが顔を跳ね上げた。
「そうだ、社長は!?」
「は?」
 セザキ・マサトが怪訝な顔をしている間に、オオクマ・ジロウは携帯を取り出した。目まいが残っているとは思えない手つきで着歴から社内電話を選び出し、かける。
 数度の呼び出しの末、通話状態になったらしく、勢い込んで叫んだ。
「社長!?」
『ああ、オオクマ君か。どうしたんだ、何か進展があったのかい?』
「……は?」
 オオクマ・ジロウは呆気にとられた顔で、二、三度目を瞬かせた。
 漏れてくる声を聞いている限り、元気そうだ。セザキ・マサトは黒いドームを見やっていた。
(……影響がない?)
 その間にも、オオクマ・ジロウは喚くように質していた。
「いや、どうしたんだって……社長こそ、大丈夫なんですか!?」
『あ? いや、あれから別に変わったことはないよ? え? なに? どうかしたの?』
「頭の中に声が聞こえたりとか、脳みそ揺らされたとか、そんなのはありませんでしたか?」
『いやぁ……別にそんなのは……』
「そこにいるみんなも?」
『ああ。……みんな、何か身体に異常はないかって。……うん。うん。ないよね。――うん、誰も体調は崩してないってさ』
「そう……ですか……よかったぁ……」
 安堵のあまりがっくり肩を落とし、へたり込むオオクマ・ジロウ。その眼鏡は半分ずり落ち、傾いたままだ。
 それを視界の端に収めつつ、セザキ・マサトはじっと黒いドームを睨んでいた。
(……ボクの読みと違って、実はテレパシーに指向性を持たせていたのか? それとも、あのバリアは外部のあらゆる干渉を除外――あれ?)
 何かが引っかかった。
(なんだ? 何かがおかしい。何がおかしいんだ?)
 悩んでいる間にもオオクマ・ジロウは坂田次郎と情報の交換をしている。とはいえ、状況が変わったわけではないので、必死に助けます、必ず助けますから、を受話器に繰り返しているだけ――
(!? え!? なんで!?)
 何を見落としていたのか――気づいた瞬間、地面が激しく揺れた。


【次へ】
    【目次へ戻る】    【ホーム】