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ウルトラマンメビウス外伝 RAYGA

 第10話 闇と光の間に…… その5

 中央高速道路東京インター下り車線入り口傍、坂田自動車前。
 予定時間通りに到着したタクシーは、中から二人の女性を下ろし、再び走り去った。
 既に時刻は夕方。西に沈む夕陽は、高速道路に隠れて見えない。
 なぜか辺りには人があふれていた。
「……リョウコさん。これ、どうしたんですかね?」
「さあ……」
 皆、きっちりした服装を着ているということは会社員らしい。坂田自動車から出てきている。
「――君か。連絡のあったGUYSからの派遣隊員というのは」
 刺々しさを隠さないその口調に、ヤマシロ・リョウコは振り返った。
 白衣を来たメガネの男がそこに立っていた。何やら不満げに、眉間に皺を寄せている。
 男は近づきながら、メガネの鼻掛け部分をついっと押し上げた。その眼が隣りの制服姿の女子高校生をじろりと値踏みする。
「ったく。今度は高校生だと? 前回のシロウの件はまだしもだったが……。一体、GUYSのモラルはどうなってる」
「え〜と。……あなたがオオクマ・ジロウさん?」
「そうだ」
「ご協力ありがとうございます。CREW・GUYSのヤマシロです」
 営業スマイルを満面に浮かべ、握手の手を差し出しながら、苦手なタイプだなーと内心で呻くヤマシロ・リョウコ。
 オオクマ・ジロウは差し出された手をじろりと見やっただけで、応じなかった。
 馬鹿馬鹿しげに溜息をついて、道の彼方を見やる。
「だいたいなんで弟が来るぐらいでGUYSが動いて、会社まで巻き込まれるんだ。一体何が起きている? ――って、なんだ!?」
 チカヨシ・エミが強引にオオクマ・ジロウの手をつかみ、ヤマシロ・リョウコを握手をさせていた。
 困惑する社会人に、女子高校生はきっと目尻を吊り上げた。
「――いい大人が、挨拶ぐらいきちんとしたらどうなんですか。そんなことじゃ、シノブさんに怒られますよ」
「シノブって……母を知ってるのか。君は……誰だ?」
 ヤマシロ・リョウコが苦笑と共に握手を解くと、チカヨシ・エミはそのままオオクマ・ジロウの手を握り締めた。
「へっへー。チカヨシ・エミです。お久しぶりです、ジロウさん」
 ジロウは二、三度目を瞬かせて、ぽかんとした。
「え? …………ひょっとして、チカヨシさんとこの? エミちゃんか?」
「は〜い♪ そうで〜す」
 嬉しそうに顔をほころばせると、思わずオオクマ・ジロウも眉間の皺を弛ませて目尻を下げていた。
「ははぁ……大きくなったなぁ。そういえば、最後に会ったのは、小学生の時だったか?」
「はい。今は見ての通り、ぴっちぴちの高校生ですよ。あと、シロウさんの師匠をやらせてもらってます」
「シショウ?」
 怪訝そうに眉根を寄せる。
 チカヨシ・エミは得意満面に両手を腰に上げて胸を張った。
「はい。人生の師、というやつです」
「……意味がわからないんだが」
「すみません」
 話は尽きなさそうなので、ヤマシロ・リョウコは割り込んだ。
「それは状況が落ち着いてからおいおい二人で。今は時間がないので、状況確認を」
「む。そうだな」
「ところでオオクマさん、なんでこんなに人が?」
 辺りを見回す。二人が到着した時が混雑のピークだったらしく、今はもう社屋から出て来る人影はまばらになっている。
 オオクマ・ジロウは大きく溜息をついた。
「出来たら人払いを、という要請を受けたからだ。それで、社長が退勤時間を繰り上げた。あと10分もすれば完全に人通りはなくなるだろう」
「よかった」
「いいものか」
 ほっと一息、安堵するヤマシロ・リョウコにオオクマ・ジロウは、苛つきを隠さず言った。
「途中の仕事も全部放り出しての強制退勤だぞ。その原因が、弟が来るからだと? なんなんだ、これは。どういう状況なんだ」
「今、ここへ向かってきているシロウちゃん――オオクマ・シロウがニセモノの可能性がかなり高いんです」
「はあ? 弟がニセモノ? 何の話だ。それこそどういうことだ?」
「それは……」
 そこで、チカヨシ・エミが割り込んだ。
「今日も会って来たんだけど、おかしいの。元の乱暴なシロウさんに戻ったというか、シノブさんにもかなり偉そうな言い方で反抗してばかりで……。この間までは、怒られたら正座していつ殴られるかとビクビクしてたのに、今日はまったく気にしてなかった。それこそいつシノブさんに手を挙げるかと、冷や冷やしたくらいの剣幕で……」
「あいつが? 母さんに手を? ……確かに変だな」
 怪訝そうにまた眉をひそめたオオクマ・ジロウは、前回のシロウの様子を思い出していた。

「そっちこそ寝ぼけんな。かーちゃんがそんな下らねえ嘘つくかよ」
「かーちゃんのやることなすこと、言うこと考えること全部、全然かなわねえ。……例え殴り合いで勝てたとしても、もっと大きなもんで負けてる気がするんだよ」


 あの時の言葉はや表情は、決してその場の取り繕いや、とっさの出任せではなかった。母とシロウの間に確かな絆がなければ、あんなセリフも表情も出て来るはずがない。
 そのシロウが、母に手を挙げそうだった? 確かに、異常事態だ。
 とはいえ。GUYSがでしゃばって来なければならないような話とも思えない。しょせん、親子喧嘩だろうに。
 唸り声をあげて考え込んでいる間にも、ヤマシロ・リョウコは話を続けていた。
「こちらが集めた情報によると、彼は先の怪獣騒動で逸れたお兄さんに無事を報告するために、ここへ向かっているそうなんですが……」
「そんなもの、電話で十分だろう」
「ええ。でも、かなり強引にここへ来たがってました。お母さんがここの所在を知らないとわかって、わざわざ彼女らを呼び出し、案内させようとしてたんです」
「エミちゃんに? どうして? ――エミちゃん、車に興味なんかあったか? それとも、うちの会社のことを知ってたのかい?」
 チカヨシ・エミは首を左右に振った。
「ううん。全然」
「……それはそれで寂しい返事だな」
 ヤマシロ・リョウコが補足する。
「今日聞いた会話内容から判断すると、彼女が携帯を扱えたからのようです。坂田自動車の住所を検索させ、そのまま案内役にするつもりで……。たまたま居合わせたセザキ隊員が機転を利かせて案内役を買って出て、わざと遠回りさせて時間を稼いでくれたので、あたし達は先回りしてここへ」
「……………………」
 しばらく虚空に鋭い視線を泳がせて考え込むオオクマ・ジロウ。
「……ふむ……状況はわかった。だが、悪いが今の説明では、君たちが抱えている危機感が全く伝わらない。君たちGUYSは一体何を恐れている?」
「それは――ええと……お兄さんはシロウちゃんがウルトラマンレイガだと言うことは……ご存知ですか?」
 ヤマシロ・リョウコのその一言に、オオクマ・ジロウは眼を剥いた。
「……何故そのことを……!?」
「あ、大丈夫です。あたしは彼のマブダチですし。彼には何度か危機を救ってもらってるので。エミちゃんも知ってますよ」
「エミちゃんも!?」
「あ、あはは。はい〜」
 照れくさそうに頭を掻くチカヨシ・エミ。
 ヤマシロ・リョウコは表情を崩さず、続けた。
「――と、それはともかく。実はこの間の戦いで、彼は消滅している、という科学的データをGUYSは握っています」
「消……滅?」
「わかりやすく言えば、死んだ、ということです」
 再び、オオクマ・ジロウはぽかんとした。
「……………………何を……言ってるんだ?」
「詳しいことは、この件が済んでからお教えします。ただ、科学的観測結果とそのデータの分析により、彼は光のエネルギーを使い果たして消えた、ということはもう確実な事実なんです。でも、消滅したはずの彼が家に帰って来ている。その人格も変わっていて、理解できない行動を取りはじめているとなれば……」
「つまり、GUYSはそのシロウがニセモノで、ここで何かをするつもりだと見ているわけか?」
「可能性があるということです。彼が本当にお兄さんに挨拶だけして帰れば、それはそれで今後監視を続けるだけですけど……」
 現状、何一つ確実なことはない。ヤマシロ・リョウコの言葉も鋭さを失いがちになる。
 オオクマ・ジロウは腕組みをして、じっと考え込んでいた。眼鏡の奥の厳しい瞳が虚空を――点灯し始めた高速道路の街灯を睨んでいる。
「あの母に逆らうばかりか、俺に直接電話することを避け、エミちゃんに無理矢理案内させようとした……つまり、自分の行動を俺に知られたくないのか、自分でここへ来たいのか……いずれにしても、確かになにやらきな臭いというか、後ろ暗い企みを巡らせている雰囲気ではあるな」
「同行しているセザキ隊員がその辺りを探ってくれてますが……エミちゃん、アキヤマさんからのメールは来てる?」
 チカヨシ・エミは携帯を開いた。メール着信を確認する。
「――っと、来てます。ん〜…………今どこか、の報告だけですけど。最後のは……今、用賀インターを下りたって」
「用賀からここまではすぐだ。もう見えても――」
「あれかな?」
 ヤマシロ・リョウコが道の彼方を見やる。
 夕暮れ時の薄暮の中、ルーフ上に灯りのついた車のヘッドライトが近づきつつあった。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 タクシーから降りたオオクマ・シロウは、その場にいる顔ぶれに怪訝そうな顔をした。
「……なんでてめーらがいるんだ」
「要注意人物なのに、放っておくわけに行かないじゃん?」
 ヤマシロ・リョウコは腕組みをしたまま、しれっとした顔で答えた。ぺろっと舌を出し、挑発する。
 続いて降りてきたセザキ・マサトは、そのままチカヨシ・エミを呼び、タクシーに乗せる――というか、押し込む。
「ちょ、セザキ隊員? え? なんで?」
「ごめんね。ここから先はGUYSの仕事だから。道中の詳しいことはアキヤマさんに聞いて」
「いや、でも、あたしはシロウの師匠として――」
「いいのいいの。あれは君の弟子じゃないから」
 いつものごとく軽いノリで重大な発言を漏らしながら強引にドアを閉める。
「じゃ、料金請求はCREW・GUYS宛でよろしく」
「へい。……ありがとうございました〜」
「ちょ、せーざーきーたいいーん!!」
 喚くチカヨシ・エミににっこり笑いかけて手をにぎにぎしながら、走り去るタクシーを見送る。
 その表情が、すぐに能面のように感情を削ぎ落とした。
 坂田自動車の社屋を見つめ、なにやら企み顔で笑みを浮かべているオオクマ・シロウを見やる。
「さて、シロウ君。君の要望どおり、お兄さんのところまで連れてきたわけだけど?」
「ああ。ご苦労。じゃ、もう用はねえ。帰っていいぞ」
 顔を向けもしない。セザキ・マサトはおろか、目の前にいる兄にさえ。
 その尊大な態度、物言いにオオクマ・ジロウは頬を引き攣らせた。
「シロウ。なんだ、その口の利き方は――」
「お前こそなんだ。関係ない奴は黙ってろ」
「は? 何を言ってる。お前、俺に用事があって――」
 怪訝そうなオオクマ・ジロウの問いに答えることなく、社屋に目を走らせていたオオクマ・シロウの視線が止まった。 
「……いた」
「あ?」
 弟の興味を何が引いたのか、と背後を見やる。つられて、CREW・GUYSの二人もその方向を見ていた。
 最上階の窓際に人影が映っていた。
「……坂田社長?」
 オオクマ・ジロウが呟く。坂田次郎社長は常に一番最初に出勤して、一番最後に退出している。おそらく、今日も。
「まさか、お前。社長に――」
 嫌な予感を感じて、弟につかみかかる――その胸を、待ち構えていたかのように突き出されたシロウの掌底が突いた。
 駆け寄った自分の勢いをそのまま胸で受け止める形となり、たたらを踏んで後退る。危うく倒れるところを、セザキ・マサトが背後から支えた。
「ああ、そうさ。『約束』があるから、お前は見逃してやるよ。……俺はあいつさえ手に入ればいいんだ」
「シロウちゃん!!」
 ヤマシロ・リョウコがトライガーショットを抜き放つのと、シロウが突き出したままの掌の前に、円形のエネルギーフィールド(ディフェンス・サークル)を展開するのはほぼ同時だった。それは、ウルトラマンが防御するために展開するフィールドと同じものだが、色が黒い。
「何をする気さ!? 返答次第では……射つよ!!」
「くく、無駄だ無駄だ」
 黒いディフェンス・サークルの向こうで、にんまりとオオクマ・シロウの姿をした者が笑う。
「お前らごときに俺を止めることは出来んさ。ま、一応お前も『約束』の内だからな。生かしておいてはやるから、さっさと行け。巻き込まれて死んでも知らんぞ」
 そううそぶくと、もう片手を坂田自動車社屋に向ける。その全身から、黒いオーラめいた炎のようなものが立ち昇り始めている。それは、知らない者にも十分禍々しさを感じさせる、不吉な姿。
「や、やめろ、シロウ!!」
 飛び出そうとしたオオクマ・ジロウを、とっさにセザキ・マサトが後ろから羽交い絞めにする。
 次の瞬間、坂田自動車の社屋は黒いエネルギーフィールドのドームに包まれた。
 自分の作り出した物を見上げ、にんまり笑みを浮かべるオオクマ・シロウ。
「んん。なかなかの出来だ」
「……な」
「なに、これ……」
「どうなってるんだ」
 ふらつくように後退るオオクマ・ジロウ。
 それは、巨大な繭か卵のようなドームだった。黒いヴェールじみた、かろうじて内部の見える程度のエネルギーフィールド。その中に坂田自動車の社屋が完全に閉じ込められていた。
 セザキ・マサトは目の端にオオクマ・ジロウの背中を捉えつつ、メモリーディスプレイを取り出した。機能を立ち上げ、エネルギーフィールドをスキャン・分析する。
「……レゾリューム粒子の発生を検出」
「え?」
 ヤマシロ・リョウコはトライガーショットを構えたまま、視線だけセザキ・マサトに向ける。オオクマ・ジロウも怪訝そうに振り返った。
「なんだ、そのれぞりうむというのは」
「ん〜っと。ウルトラマンを消滅させる闇の粒子、ってとこかな。それを使ってるということは、少なくともウルトラマンじゃないね。彼は」
「セッチー、どういうことなの!? 射ってもいいの!?」
「まあ、いいんじゃない? ……無駄だと思うけど」
 やる気のなさそうな顔で、メモリーディスプレイの機能を落とすセザキ・マサト。
 ヤマシロ・リョウコは意を決して引き金を引いた。
 黒い繭ではなく、オオクマ・シロウがこちらに向けて展開しているエネルギーフィールドに。
 赤いレーザー光弾は黒い円盤に阻まれた。
「ほらね?」
「ほらね? じゃないよっ! どうすんのさ!?」
「どうするもこうするも」
 セザキ・マサトはオオクマ・シロウを見やった。
「そろそろ明かしてくれてもいいんじゃない? 『過去の』シロウ君。君の本当の目的を」
「……目的?」
 じろりと睨んだその視線を、しかし、セザキ・マサトは涼しげな表情で受け流す。
 ヤマシロ・リョウコに向けていたディフェンス・サークルを解き、両手を下ろしたオオクマ・シロウは鼻を鳴らして、社屋を見やった。
「俺の目的はただ一つ。ウルトラマンジャックを葬り去ることだ。そのために、あの地球人を人質にする」
「ふぅ〜ん……」
「なにそれ?」
 セザキ・マサトはただ眉をひそめ、ヤマシロ・リョウコは目を点にする。
 ただ一人、オオクマ・ジロウだけが顔色を一変させた。
「シロウ、お前……!!」
「シロウか……その名前ももういらん。俺はレイガ――いや、レゾリュームによって生まれ変わった存在……」
 シロウの姿がぼやけて歪んで、揺れた――その姿が変わる。

「レイゾリューガだ」

 闇の放射が辺りに飛び散った。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 どこかの海岸。
 磯場で闇に沈んだ水平線を見つめている郷秀樹の姿があった。
 ちらりと自分の左手に視線を落とす。あるいは、今はそこに見えない道具を見ているのか。
 秋の肌寒さを乗せた夕風が頬を嬲る――ふと、その表情が険しくなった。
 振り返り、太陽の沈んだ方角を見やる。
「……この感覚は……」

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 その姿はまさしくレイガ。
 銀地に濃紺、黒ラインで構成された体色のウルトラ族。
 だが、その全身からあふれ立ち昇る漆黒の瘴気じみたオーラ、黒く一点の光も宿らぬカラータイマー・両眼・額のビームランプ――ウルトラマンには見えない。

 "レイゾリューガ"。

 そう名乗ったレイガは、そのまま巨大化した。
 周囲に広がる街を見回し、西を見やる。既に山の彼方に消えた太陽を見送るがごとく。
 山の際に漏れ残る西日の残照に照らし出されるその威容は、見るからに闇の巨人。
 次いで自分の両手を見下ろし、力を確かめるように拳を握り締めた。
『……くくく、時間も丁度いいようだな』
 唐突に出現した巨人の姿に、高速道路を走っていた車両が次々速度を乱す。
 かろうじて事故は起こしていないものの、ブレーキを踏んで止まる者も出てきている。下道でも慌てて針路変更したり、信号を無視してその場を離れようとする車が相次ぎ、混乱の中、けたたましくクラクションの響きが、あちらこちらで交錯する。
 そんな足元の騒ぎには一切興味を示さず、レイゾリューガは天に向かって両手を広げ、突き上げた。 
『ふはははははは、さあ、出て来いウルトラマンジャック! 姿を現わせ! 今夜、貴様の息の根を止めてやろう』
 その声が地球人の耳に届くことはなかったが、天に架かる三日月に吠えるかのごとき巨人の姿は、地球人に恐怖を与えずにはおかなかった。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 フェニックスネスト・ディレクションルーム。
 けたたましく警報が鳴った。
 直ちにシノハラ・ミオが原因を確認する。
「――高濃度のレゾリューム粒子をセンサーがキャッチ! 場所は都内……東京インターの傍――坂田自動車!?」
「あいつらの行き先でレゾリューム!? 一体どういうこった!?」
 隊長席を蹴って、アイハラ・リュウがシノハラ・ミオの背後につく。
「状況がわかりません。二人に連絡をとります」
「頼む」
 シノハラ・ミオの指がコンソール上を走り、メインパネルに映像が映る。
「とりあえず、近傍の観測カメラの映像、出ます」
 画面の中央を高速道路が横切っている。その向こうにドーム状の黒い物体が見えた。その傍に立つ巨人の後ろ姿とともに。
「……なんだありゃ。それに、横のは……レイガ……か?」
「そんなはずはないんですが……。――データ照合。このカメラの角度では全身が確認できませんが、見えている部分の配色パターンはレイガにほぼ相当します。あと、あの黒いドームがレゾリューム粒子の反応の源ではないかと」
「関係各機関より連絡です!」
 イクノ・ゴンゾウが報告の声を上げた。
「高速道路で渋滞発生、緊急封鎖が決定しました! 都、政府よりGUYSの出動要請! GUYS地上班は既に周辺の避難誘導のために出動!」
「わかった。俺がガンブースターで出る。ゴンさんはガンローダーだ。発進準備頼む」
「G.I.G」
「――隊長、二人と繋がりました」
 メインパネルにウィンドウが二つ開き、セザキ・マサトとヤマシロ・リョウコがそれぞれ映った。
「マサト、リョウコ! 何が起きてる!!」
『たいちょー! シロウちゃんが、ウルトラマンジャックを倒すって!! どうしよう!? どうしたらいい!?』
『あれはオオクマ・シロウではないようです。レイゾリューガと名乗ってますが……』
「バカ野郎、二人同時にバラバラの報告をするな! 落ち着いて一人ずつ話しやがれ!」
 アイハラ・リュウの叱責に首をすくめたヤマシロ・リョウコは、おずおずとセザキ・マサトにその任を譲った。
『とりあえず、状況だけ報告します。現在、坂田自動車はレゾリューム粒子で形成されたドーム状のエネルギーフィールドにより、隔絶。中には社長の坂田次郎が取り残されていることが確認できています。社員の退勤は概ね済んでいましたが、あと何人残っているかは不明。オオクマ・ジロウ氏は難を逃れ、ここにいます』
「お前が連れてった女子高生二人は!?」
『ボクが乗ってきたタクシーで先に返しました』
 ディレクションルームに、一抹の安堵が漂う。
 セザキ・マサトは続けた。
『坂田自動車社屋を封じ込めた目的は、社長を人質としてウルトラマンジャックを倒すため、と本人が言ってましたが、意味不明です。また、こちらと交渉するつもりは一切ないようです』
 画面がくるりと回る。画面の中央に、何かが捉えられた。
「……レイガ……?」
 画面の中央で天に架かる三日月に向かって両腕を広げているその姿は、まさしくウルトラマンレイガだった。が。
 シノハラ・ミオの手がコンソールを動き回り、各種分析が進む。
「――両眼、ビームランプ、カラータイマーに光が認められません。というか、過去のウルトラマン意識喪失、もしくは死亡時の表情ともまったく異なっています。ですが、それ以外は完璧にデータと一致。これは……あまりに一致しすぎていて、本物かどうか判断がつきかねます」
 シノハラ・ミオが険しい表情で告げると、アイハラ・リュウも頷いた。
「しかしこれは……目つきが悪いとか言うレベルじゃねーな」
『本人はレイゾリューガと名乗りました。道中で聞き出した情報が正しいとするならば、中身の人格は過去の本人のようです』
「過去の本人? なんだそりゃ?」
『シロウ君が地球に来て以来、成長する過程で切り捨ててきた自分の弱さや幼い野望が集まったもの、だそうです。もちろん、今の地球人の科学レベルで検証のできそうな話ではありませんので、真偽のほどは……』
「むぅ……」
 アイハラ・リュウは唸った。
 うそくせー、と吐き捨てたいところだが、あまりに突拍子もなさ過ぎる話にかえって信憑性を感じてしまう。
「でも、まったくない話とも断定できませんね」
 そう肯定したのは、シノハラ・ミオだった。
「マイナスエネルギーという、科学的検証の難しい事象も確認されていますから。ただ……セザキ隊員の話が正しいとしても、何故ウルトラ族の彼からレゾリューム粒子の反応が? あれは、彼らには決して触れることの出来ない力のはずなのに」
『そこはボクにもわからない。……ボクの推論はあるけれど、それは後にしよう』
「そうですね。今はとりあえず――」
「あのバカをぶちのめすぞ」
 そう宣言したアイハラ・リュウは、既にヘルメットを抱え、制服の襟元をきっちり締めていた。
 その鋭い――怒りを含んだ眼差しに、隊員一同は思わず威儀を正した。
「今までのあいつとの積み重ねが消えちまったってんなら、もう一度あのバカに叩き込んでやるだけだ。どういう目的であろうが、こんなことを許す地球人じゃねえってことをな。――マサト、リョウコ。俺達が到着するまで奴に好き勝手やらせるな」
『『G.I.G!!』』
 二人のウィンドウが閉じた。
 と、ミサキ・ユキがディレクションルームに入って来た。
「ミサキさん」
「ごめんなさい、トリヤマ補佐官と避難誘導について打ち合わせしてきました。あちらは任せます。――リュウ隊長。状況は?」
「悪い、ミオに聞いてくれ。俺とゴンさんは現場へ出撃する」
「わかったわ。……二人とも、気をつけて」
「ああ。G.I.G」
「G.I.G」
 頷いた二人はヘルメットを抱えたまま敬礼して、ディレクションルームを退出して行った。
 ミサキ・ユキはイクノ・ゴンゾウの席のヘッドセットを装着し、その席に座る。
「さあ、ミオ。状況を説明して」
「G.I.G。まずは――」

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 レイゾリューガは、何をするでもなく辺りを見回している。
 彼が巨大化する直前の言葉通り、ウルトラマンジャックの登場を待っているのか。
 坂田自動車の社屋から少し離れた場所、高速道路の高架下に、様子を窺うセザキ・マサト、ヤマシロ・リョウコ、オオクマ・ジロウ三人の姿があった。
「――君らはCREW・GUYSだろう。何とかならないのか」
 苛立つオオクマ・ジロウの言葉に、セザキ・マサトは困惑気味に首を傾げた。
「考えなしに銃をぶっ放せば解決できるって話でもなさそうですしねぇ。だいたい、今、周辺地区で避難誘導をしている最中です。下手に刺激して暴れられちゃ、かえって被害が出ちゃいますよ?」
「だが、あの黒いドームの中には坂田社長が……」
「大丈夫」
 トライガーショットを見せて、頷くヤマシロ・リョウコ。
「一応、暴れだしたらキャプチャー・キューブで閉じ込める許可はミサキ総監代行から得ています。あたしとセザキ隊員、二人で最大計2分は行動を抑制できると予想してます」
「たった2分か……」
「大丈夫、GUYSの誇るメカがこっちへ向かってます。それに、戦場での2分てのは、重大な事態の分かれ目になりえますよ」
 渋い表情のオオクマ・ジロウにも、セザキ・マサトはいつも通り飄々と軽口を叩いて微笑む。
「……彼は来るのか?」
「彼?」
「クモイと言ったか? この間、霊園で会った」
「ああ。彼は……あの時の戦いで受けた負傷が原因で入院中です。今回は出てこれません」
「そうなのか。――スマン、電話だ」
 胸ポケットから携帯を取り出したオオクマ・ジロウはすぐに耳を当てた。
 たちまち、表情が壊れる。
「やあ、ヒサヨかぁ。どうしたんだい〜?」
 猫撫で声ですら生温い――もとい、猫撫で声よりさらに生温いその声に、二人のGUYS隊員は危うく腰砕けになりかけた。
「――そうか、ニュースで。ああ、俺は大丈夫。ちょうど外に出てたから。でも、社長が閉じ込められててね。え? うん。心配ないよ。無茶はしない。もちろんじゃないか。君を愛してるもの。必ず帰るから。うん、うん……もう出来てるの? そうか。すまないね、せっかくの料理をできたてでいただけなくて。………………何を言ってるんだ。俺にとっては大事なことだよ。うん。………………いやぁ、そんな。あははは。バカだなぁ。こいつぅ」
「……すみません。ストロベリートークは状況を弁えてください、オオクマさん」
 聞くに堪えない会話に耐えかね、ヤマシロ・リョウコは思わず口を挟んでいた。
 たちまちオオクマ・ジロウの表情が険しくなる。
「なんだ。お前、俺の妻になんか文句があるのか」
「文句があるのは妻じゃなくて、あんたにだ。いいから電話を終わらせろ」
 負けじと目尻を吊り上げて睨むヤマシロ・リョウコ。元競技者の眼力に、さしものオオクマ・ジロウもたじろいだ。
「わ、わかったよ。――あ、すまん。今は状況が状況だからな。うん。片付いたら連絡して、すぐ帰る。……うん。わかった。それじゃ」
 通話を切る――続けざまにコールが鳴った。
 たちまちヤマシロ・リョウコの眼が据わる。
「あんたんとこの嫁は状況が――」
「いや、この番号は家じゃない。ええと……会社? って、社長か!?」
「は?」
「電波届くの!?」
 驚く二人を尻目に、オオクマ・ジロウは慌てて通話ボタンを押した。
「――坂田社長!?」
『ああ、やっと繋がったよ。そっちは大丈夫かい?』
「何を呑気な。こっちの心配なんてしている場合ですか! そっちこそ無事なんですか!?」
『大丈夫大丈夫。今、社内を一通り回って、残ってた連中を開発室に集めたところだよ。ええと、報告しておいた方がいいのかな。僕以外に、開発室の若手三人と、総務の女の子二人が取り残されてる。それから、確認したけど電気・水道なんかのライフラインは全部生きてる。携帯は圏外表示だったんで、ここの固定電話からかけてるけど』
「とにかく、無事でよかった。脱出は出来そうですか?」
『ん〜……無理だと思うよ? ここから外が見えるんだけど、ウルトラマンがよく作るバリアのようなプリズム光に囲まれてる』
「……プリズム光?」
 オオクマ・ジロウの漏らした言葉に、二人のGUYS退院は怪訝そうな顔を見合わせた。
『ああ。えーと、わかりにくかったかな。光のカーテンというか、水溜りに浮く油膜のようなのっていうか……』
「いや、そこはわかりますが。こちらからでは、社屋は黒いベールのような物で包まれているんです。光のベールには見えません」
『へぇ。おかしなものだね。内と外で違って見えることに、何か意味があるのかな』
「さあ………………………………っていうか、やけに落ち着いてますね坂田社長」
『ん? まあ、この程度のことは小学生の頃から散々巻き込まれて慣れてるからね』
「散々って……」
『拾ってきた隕石から怪獣が出てきたり、落ちてきた衛星に潜り込んだら怪獣が住処にしてたり、ハイキング先で取った写真に怪獣が写っていたり……後で知ったことだけど、兄と姉の死にも星人が関わっていたらしいし』
「……………………」
『君はもう知っているんだろう? 郷さんのことを』
「……はい。今回の件は、どうもあの人をおびき出すためのもののようです」
『だったら、狙われたのは僕ということか。巻き添えを食ったみんなには悪いことをしちゃったな』
「悪いのは社長じゃありません!」
『ありがとう。ま、でも兄ちゃんと姉ちゃんの時と違って、僕はまだ殺されてない。これを運がいいと思うことにしよう』
「そんな呑気な」
『しかし、実際こちらからは何も手出しできないからなぁ。さっき上から見てたけど、GUYSの隊員さんと一緒なんだろ? そちらはどうだい?』
 オオクマ・ジロウはちらりと二人を見やった。
 セザキ・マサトはレイゾリューガの様子をうかがい、ヤマシロ・リョウコはこちらの会話に聞き耳を立てている。
「……まだ、様子見してます。あてになるかどうか」
『そうか。相手が相手だもんね。だったら……郷さんか君の弟くんに期待するしかないな』
「それは……そうですが……」
 まさか、弟がしでかしているらしいとは言えない。まだ自分でも事態を把握できていないのだし。
『ともかく、今からここに残っている人たちの名前を教えるから、家族と関係各所に無事を伝えてあげてくれ。今、僕らで出来るのはそれぐらいだ』
「了解しました。少しお待ち下さい」
 携帯を耳から外したオオクマ・ジロウはGUYS隊員に顔を向けた。
「社長がこれから、中にいる社員について教えてくれるそうだ」
 セザキ・マサトとヤマシロ・リョウコは顔を見合わせ、頷き合った。
 メモリーディスプレイを取り出し、通信回線を開くセザキ・マサト。ヤマシロ・リョウコは代わって見張りに立つ。
「――わかった。こちらからCREW・GUYS経由で伝えるよ。オオクマさんは社長の言葉を伝えて」
 頷いたオオクマ・ジロウは再び携帯を耳に当てた。
「ああ、すみません社長。どうぞ仰ってください。……はい、一人目は――」


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