ウルトラマンメビウス外伝 RAYGA
第10話 闇と光の間に…… その4
フェニックスネスト・ディレクションルーム。
アイハラ・リュウが苛々しながらうろついていた。
シノハラ・ミオはあえて無視し、デスクトップのモニターに流れる情報を眺めている。
「――隊長、イクノ隊員が今ベースゲートを通過。もうすぐ到着します。それから、セザキ隊員のメモリーディスプレイの反応が高速に乗りました。今のところ渋滞はないので、すんなり行けば一時間で目的地の坂田自動車に着けると思いますが……」
言葉を濁すシノハラ・ミオに、足を止めたアイハラ・リュウは怪訝な顔をした。
「が? がって何だ、ミオ。なんかあるのか?」
「オオクマさんの家から坂田自動車まで、今の時間帯なら高速に乗るより下道行った方が早いんです。確実に」
「……遠回りしてるってことか? わざわざ?」
「道のり的には、そうですね。時間差で20分ほどあります」
「なんでまたそんなことをしてやがんだ、マサトのやつ?」
「それは本人に聞いてみないと……でも、リョウコちゃんからの報告から推測するなら、時間を稼ぐためでしょうね。オオクマ・シロウとの接触時間を出来るだけ引き伸ばし、その正体を暴くために」
「あのバカ……本物だったらいいが、相手が催眠術や洗脳を使う星人の変装だったらどうするつもりだ。一人で危ねえ橋渡りやがって。帰ってきたらぶん殴ってやる」
「お言葉ですが、隊長。一人ではなく、一般市民であるところのアキヤマ・ユミさんを同行させています。タクシーの運転手にしても、相手が星人の疑いがあるのに乗せたとなると……これ、どう上手くいっても隊長の責任問題になりかねないのでは?」
「俺の首なんか、いつでもくれてやる。だが、このまま放置するわけにはいかねえ。なんとかしねえと」
通信回線の呼び出し音が鳴った。シノハラ・ミオが出る。
「――リョウコちゃんから通信です」
「出せ」
即座にメインパネルにヤマシロ・リョウコのバストアップが映った。
『隊長、今の状況ですけど――』
「リョウコ! ちょうど良かった、セザキの暴走を止めろ!」
報告を途中で遮られたヤマシロ・リョウコは、目をぱちくりさせた。
『は? 止めるって言ったって』
「あいつは今、高速に上がったところだ。だが、そこからなら下道で目的地へ先に着ける。最短最速ルートのナビをこっちからメモリーディスプレイに送る。先回りして待ち受けろ。これは命令だ!」
『は? は、はい! G.I.G!』
「それで、状況は!?」
『あ? え、と。はい。セザキ隊員がアキヤマさんを人質にとって、シロウ君と交渉中です!』
たちまちアイハラ・リュウは目を剥いた。
「はぁ!? 人質だとおぉ!? お前、敵に一般市民を人質取られてるって、最悪の状況じゃねえか!!」
『あ、いえ。敵じゃなくって、セザキ隊員が――はうあっ! ヤバ、これナイショだった!!』
『もー! リョウコさん、なにバラしちゃってんですかー!』
画面の向こうで黄色い声が交錯するのを遠くに聞きながら、アイハラ・リュウとシノハラ・ミオはしかめっ面を見合わせていた。
「……………………は? 今なんつった、あいつ。セザキ隊員が?」
「はい。一般市民を人質にとって、オオクマ・シロウと交渉……と聞こえましたが、隊長」
「おう、俺もそう聞こえた」
アイハラ・リュウは、メインパネルに視線を戻した。
「――あー、リョウコ。悪いが、もういっぺん状況を説明してくれ」
『えー……と。い、異常ありません!』
「嘘こいてんじゃねえっ!! ぶん殴るぞ!!」
『うにゃー!』
たちまちヤマシロ・リョウコはしゅんとうなだれた。
『……ごめんなさい。実は……』
ヤマシロ・リョウコはわかっている範囲で、状況を説明し始めた。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
タクシーの中。後部座席。
セザキ・マサトが解説を続けていた。
「君が偽者でも、本物でもそれぞれに問題があるんだよね。実は」
「……………………」
「まず、偽者であった場合からいこうか。この場合、君が何者かも、何故オオクマ・シロウに化けているのかも、どうでもいいんだよ。軍としてはね。大事なのはレイガがレゾリューム粒子の影響で消滅したという事実。つまり、ウルトラマンを倒す方法がこの世に存在するという証になる。それを求めている連中には、実に嬉しい結果だと思わないか?」
「……………………」
「じゃあ、君が本物だった場合はどうか。その場合、連中はウルトラマンにはレゾリュームの影響をなかったことに出来る方法、もしくは能力があると判断するだろうね」
「それのどこが問題なんだ? 状況が振り出しに戻るだけだろうが」
「違うね。レゾリューム粒子を防ぐ、もしくは無効化できる方法があるという証が残っちゃうんだよ。そして、奴らはこう考える。……『レゾリュームを防ぐ方法を再現すると同時に、さらにより強い力を研究しよう。もしくはレゾリュームを防ぐ力を、さらに無効化するような力を手に入れよう』とね。そこで……ボクは君にまず聞くのさ。君は、ニセモノかい? それとも、ホンモノ?」
ぎょろりとオオクマ・シロウの眼差しが、真っ直ぐセザキ・マサトの瞳を見返す。
「要するに、お前は……その軍とやらの回し者ということか」
へえ、とセザキ・マサトは皮肉めいた笑みを浮かべた。
「なかなか鋭いね。……でも、半分当たりで半分外れ」
「……………………」
「ここから先は今はナイショ。聞きたいなら、まずそっちの話を進めてもらおうか。ニセモノなのかホンモノなのか、それから……レイガとの約束って言葉の意味についてね」
――『セザキ隊員、軍の回し者だって。よくわからないけど、シロウさんがニセモノでもホンモノでも大変なことになるみたい』
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
オオクマ家・玄関先。
電話で呼んだタクシーを待つ間にも、アキヤマ・ユミのメールは届く。
それを見せられたヤマシロ・リョウコは、しかし、ふぅんと興味なさそうに応じただけだった。
かえってチカヨシ・エミが気を遣う。
「リョウコさん? これって、大変なことじゃないんですか? セザキ隊員が軍の回し者って……」
「元々セッチーはCREW・GUYSのメンバーの中で唯一の防衛軍上がりっていうのが、看板みたいなものだから。まあ、そういうこともあるだろうね。そんなことより、今大事なのはシロウちゃんがニセモノかホンモノかってこと。それ以外は気にする必要はないよ」
「そんなものですか……」
「今のセッチーは情報を引き出すために色々嘘をついてる可能性もあるから、大事なこと以外は聞き流す方がいいよ。こっちまで惑わされちゃったら、いざという時バックアップの初動が送れちゃうかもしれないし」
しれっと話しつつ、タクシーの姿を待って道の彼方をしきりに気にしているヤマシロ・リョウコ。
チカヨシ・エミはすごいなぁ、と心底感心した声を上げた。
「セザキ隊員のこと、信じてるんですね」
「当たり前じゃん。そうでなきゃ、背中を預けて戦うとか出来ないよ。それに、あたし、こういう性格だからさ。いつも戦場ではセッチーにバックアップしてもらってるんだ。でも、今回はあたしがセッチーのバックアップ。そのことに邪魔になりそうな話は、全部脇に置いとく」
「その時、自分にとって一番大事なことは何か、をきちんと把握する……ということですね」
「エミちゃんもアキヤマさんのこと、きちんとバックアップしてあげなよ? 多分、今、とっても不安だろうからさ」
「はい」
頷いたチカヨシ・エミは早速メールに文面を打ち込んだ。
――『大丈夫。セザキ隊員は味方。でも、ウソとか言う人なんだって』
(……う〜ん。これだと印象悪いか。じゃあ……)
打ち直す。
――『大丈夫。セザキ隊員は味方。でも、すぐ適当なこと言う人なんだって。あんまり信じない方がいいよってさ』
(……さっき、より……は、ワルっぽさは薄まってるよね。ま、いいや。これで)
送信ボタンを押す。
そのとき、玄関からオオクマ・シノブが姿を現わした。
「二人とも、本当に私もついていかなくていいのかい?」
「オオクマのおばさん……」
「ごめんなさい」
即座にヤマシロ・リョウコは頭を下げた。
「さっきも話したとおり、あたし達がアキヤマさんとチカヨシさんを守るだけで精一杯です。お母さんもいたら、万が一の時に誰かを助けられない可能性があります。だから、申し訳ないけど、ここで待っていてください」
「そうかい……」
不安と寂しさを織り交ぜた表情を見せるオオクマ・シノブ。
「大丈夫。お母さんの心配、全部ぶっとばしてシロウちゃんを連れて帰ってきますから」
「はい。――あたしも、ユミも、危なくならない程度にがんばってきますから、待っててください!!」
「……わかったよ。じゃあ、任せるよ。エミちゃん。ヤマシロさん」
二人は視線を交わし、頷き合って――
「G.I.G!!」
同時に胸に拳を当てる敬礼をした。
そうしている間に、タクシーが到着した。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
そこは真っ暗闇だった。
何もないのか、光がないから何も見えないのかよくわからない。
おそらくは後者なのだろうとオオクマ・シロウはぼんやり思った。
なぜなら自分の姿すら、見えないからだ。
だが。
ふと気がついた。そういえば、自分は闇の粒子に飲まれて消えたのだと。
身体を失い、精神体的存在になっているのなら、前者の可能性だって否定できない。
とはいえ。
どちらであれ、問いに対する解答には意味がなさそうだった。
ここがどこなのか、わからないことに変わりはない。
今がいつかすら、知る術はない。
わかっているのは、自分が死んだということ――否、身体を失ったということと、思念だけがかろうじて自覚できる程度に残っているということだけ。
(……ここは時間と空間の狭間だ。忘れられ、捨てられたものが辿り着く場所――そう、名づけるなら、『忘却の墓場』ってとこかな。くくく……ようこそ、オオクマ・シロウ。いや、ウルトラマンレイガ)
いつからそこにいたのか、もしくはいつから認識できるようになったのか。
テレパシーめいたその声の主は、片膝を抱え、片脚を伸ばした格好でそこに浮いていた。
オオクマ・シロウの姿で。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
(お前は……何者だ)
警戒を隠さないその呻きに、もう一人のシロウはにんまり頬を歪めた。
(おいおい、酷いな。この姿を見て、それはないんじゃないか? 見ての通りだよ)
(ふざけるな。オオクマ・シロウは俺だ。その姿は――)
(くははは。ま、俺もお前も面倒臭いのは嫌いだからな、単刀直入に言うぜ。俺はお前だ。お前が捨ててきた、過去のお前だよ。だから同じ姿をしている。タネがわかれば何の不思議もないだろ)
(過去の……俺が捨ててきただと……? どういうことだ)
もう一人のシロウは、空を見回した。
(今言ったろ? ここは時間と空間の狭間。時間を限りなく細かく刻んでいった末に残る最小単位のさらにその隙間、空間を限りなく細かく刻んでいった末に残る最小単位のさらにその隙間、らしい。なんで俺様がこんなところで生まれたのかも、どうして消えたはずのお前がここに来たのかも俺は知らん。俺に判っているのは、俺がお前の残りカスだってことだけだ)
(残りカス……)
(そうとも。地球に逃げ込んでから、お前、一体どれだけの『自分』を捨ててきたかわかってるか?)
歪な笑みを消そうともせず、片手で空間を薙ぎ払う。
すると虚空に過去の記憶場面が乱れ舞った。
ソフィーに破れるシーン。
地球に落ちるシーン。
オオクマ家に皆が集まっているシーン。
初めての怪獣との戦い。
郷秀樹との出会い。
イチロウとの出会い。
GUYSの面々との出会い。
ツルク星人に敗れたシーン。
ジャックに敗れたシーン。
海辺の修行。
皆との約束。
共に戦った記憶。
月面での決戦。
ユミの心に入り込んだ時。
友、と初めて呼んだ相手。
ジロウ。
そして、消滅。
(……この時々に、お前はレイガであることを捨て、地球人オオクマ・シロウになってきただろう。その結果、お前が持っていた崇高な理念や明確な目標、消しがたい覚悟、強固な決意、そして宇宙でも最強の種族、ウルトラ族であるという誇りさえも捨てちまった。俺は、お前が捨てたそれらが、この時空の狭間で再び結集した存在。だからこそ、もう一人のお前だと言い切れる。お前の過去は、俺が全て持っているんだからな)
(……………………)
(もっとも、俺とお前の間には埋めがたい溝がある)
(溝だと? 同じ存在なのに?)
(おーっとっと。誰が同じ存在だ誰が。俺はもう一人のお前であっても、同じ存在じゃねえよ。一緒にするな、負け犬が)
(……………………!)
(怒るか? くくく……いやぁ、お前は怒らない。自分を弱いと認めちまったお前は、こんな誇りを傷つける一言にいちいち噛みつきはしなくなった。だが、本当のお前はそうじゃなかったはずだ。ウルトラ兄弟を倒し、あんな偽善者どもよりも自分は強いと証明すると意気込んでいたお前は、自分の強さを疑われた時、強さを否定された時、腕ずくでそれを否定したはずだ)
(……………………)
(ほらな? 言い返せねえだろ? 俺の言葉を肯定し、今の自分を否定する。……もうお前はレイガじゃなくなっているんだよ、オオクマ・シロウ)
(だとして……お前の目的はなんだ。こんなところで、俺を相手に得意げになるのがお前の目的か)
もう一人のシロウは、ぽんと手を打ち合わせ、嬉しそうにシロウに指を向けた。
(さすがだ、元俺。じゃあ、本題に入ろう。……これはチャンスなんだよ)
(チャンス?)
(そうだ。もう一度全てをやり直し、再びスタートを切るための唯一のチャンス。ものすっげえ簡単に言っちまえば、生き返るチャンスってことだ)
(……わからん)
(お前に今、姿がないのは何故だと思う?)
(死んだからだろう)
(死んではいないさ。身体は消滅したがな。……俺は、その消滅した身体を復元できる)
(なに!?)
(理由は教えねえ。だが、それだけの力がある。だからこそ、今のお前には身体がなく、俺にはこうして身体があるんだ)
(それで)
(出来るんだから、俺は身体を復元し、現実に戻るつもりだ。そうだろう? 俺はまだ何一つ目的を遂げてないんだからな。戻らねえ理由がねえ。……だが、それにはお前の承諾がいる)
(あ? なんだそれは……意味がわからん)
(二つの意志に一つの身体。どちらが戻るか、意志の統一が出来なきゃ元の時間の流れ、空間の中へは戻れねえ仕組みなのさ。つまり、身体の主導権を俺に引き渡せと言っているんだ)
(……………………)
(お前ではなく、俺でなければならない理由ははっきりしてる。一つには俺が、お前ではなく俺の力で身体を復元するからだ。もう一つには、お前じゃあ戻ったところでまた負け犬街道をひた走って、結局自滅するのが見え見えだからだ。次に身体を失ったり、死んじまった時にこんな機会が来るとはかぎらねえ。だからここは、『俺』を戻してもらいたい)
(……つまり、お前が俺の身体を乗っ取り、ここから出て行くためには俺の許可が必要ということか)
(ん〜、まあニュアンスがちょっと違うが……面倒くせえからそういうことにしておくぜ。ともかく、純粋で、強さだけを信じ、何者にも縛られることのない以前の俺というお前が、元々お前が抱いていた望みをかなえてやろうってんだ。何の不満がある?)
(……………………)
(一応先に釘を刺しておくが、その許可ってやつも、今ここでの口先だけでは意味がねえぞ。お前が本心から、後の生き方を俺に任せると思わなければ、俺は出てゆくことが出来ねえ)
(そうなのか)
(ああ。ここからお前のいた現実に戻るってのは、次元を飛び越えるぐらいの力がいるんだぜ? そんな適当な心の力で、本気のパワーが出るわけねえだろう。俺としても残念極まりないが、ここから出られるのはどちらか一人。それもお互いが本気で同意してということだ。もちろん、負け犬に堕落したお前を出す気は俺にはないぜ。俺を捨てたお前に、存在理由なんかそもそも認めてねえんだからな)
(……そしたら、俺はここでこうしたままか)
(知るかよ)
もう一人のオオクマ・シロウは皮肉げな笑みを浮かべて、低く笑った。
(そうかもしれん。そうじゃないかもしれん。……俺が向こうで生き直せば、もしかしたらお前を……まあ、過去の過ちとして程度には認める時が来るかも知れねえ。そうしたら、ひょっとしたらお前は俺と再び一体化できるかも知れねえな。逆に、お前が俺を受け入れれば、と言うこともある。まあ、どっちにしろ今はお前の過去の存在でしかない俺に、未来のことなんかはっきり判るわけもねえ)
(なるほど……。それで、考える時間はもらっていいのか)
(ああ。好きなだけ考えな。どっちにしろ、俺達の時間は止まっちまってる。全く皮肉なこった。止まってるせいで時間だけは無限にある。くはははは)
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
タクシーの中。
オオクマ・シロウの説明が続いていた。
「――んでもって、あいつはとうとう決断したわけだ。俺に身体を明け渡すことをな」
「ということは、君はその過去のオオクマ・シロウということか」
「過去だ?」
ドスの利いた低い声と共に、オオクマ・シロウはじろりとセザキ・マサトを睨んだ。
「はっ、なにが過去だ。俺は俺だ。ウルトラ族のレイガだ。俺が本物だ。言ってみりゃあ、あいつは木の枝の先っぽみたいなもんさ。間違った挙句、ぽっきり折れちまった。だが、俺は幹。俺が奴の間違いをやり直し、正しいレイガであってみせる」
「ふぅん。……一応聞いておくけどさ。ボクらが知ってるシロウ君が、身体の主導権を取り戻す可能性は?」
「あるわけねえだろ」
大きく鼻を鳴らす。
「いいか、俺がこっちにいるってことは、あいつは本気で俺に身体の主導権を譲り渡したってこった。そして、俺があいつに再び主導権を渡すことなどありえない。なぜなら、俺こそが正当で、あるべき姿の、本当のレイガなんだからな」
自信過剰気味の薄ら笑いに頬を歪め、慢心に満ちた態度で胸を張る。畏れ入るがいい、とばかりの態度で前を見やる。言いたいことは言い終わったらしく、それ以上は口を開かない。
そんなオオクマ・シロウをじっと横目で見やりつつ、セザキ・マサトはそっと内心で呟いた。
(やれやれ……)
話が飛びすぎてて、まともな評価は出来ない。だが、嘘にしては大袈裟すぎて、嘘と断定するのもアホらしいほどだ。何より、嘘をついている風には見えない。むしろ、大阪を首都にするだのなんだのと、信じがたい発言を本気で繰り返していた、防衛軍時代の某先輩を思い出すほどに本気を感じる。
「じゃあ、君とあっちに残ったシロウ君との約束ってのは?」
オオクマ・シロウの薄ら笑みはまだ貼りついていた。邪悪、とまでは言わないが、あまり品性を期待できない笑みだ。
「もうわかってんじゃねえの? お前だって、前に座ってる女を使ってそれを確認したわけだろう」
「そうか……。オオクマ・シロウと親しい者を傷つけない――そういう約束か。やっぱり」
大きく頷くセザキ・マサト。
(そこだけは守ったのか。彼らしい……)
一応、話に筋は通った。だから、邪魔だからといって怒りのままに排除するわけにはいかないのだ。オオクマ・シノブもアキヤマ・ユミも――
(あれ? おかしくないか? だったら、どうしてさっき――)
ちらりと横目でもう一度、オオクマ・シロウの表情を窺う。
何も変わらない。変わっていない。こちらの表情を窺っている様子はない。言葉通り、地球人の思惑など歯牙にもかけていないのか。それとも……。
「……なんだ?」
見つめすぎたか。
セザキ・マサトの訝しげな視線に気づいて、こちらも怪訝そうに眉をひそめる。
セザキ・マサトは思い切って聞いてみた。
「いや……だったらなんで、さっきリョーコちゃんとエミちゃんを突き飛ばしたのさ。ボクが受け止めなかったら、二人とも怪我していたかもしれない」
「誰だそれ。……って、ああ。突き飛ばしたってことは、ヤマシロとチカヨシか。はっ、ありゃあ勢いだ。ヤマシロは俺の手をしつこくつかんで離さなかったし、チカヨシは実力差も考えねえでかかってきたんで、軽〜く受け流してやったらあんな勢いがついちまっただけだ。なんだな、夏の修行で身につけた達人の技の再現ってのは、本当に抑えがきかねえもんだな。ま、あれで怪我しても俺のせいじゃねえし」
「本気かい、それ」
「当たり前じゃねえか。なに言ってんだ。俺から手を出したわけじゃねえんだぞ」
オオクマ・シロウはうるさそうに顔をしかめて睨む。言い繕っている風には見えない。本気でそう思っている――頭の悪そうな――顔だ。
「コンクリートを殴って拳を怪我したら、それはコンクリートのせいか? わかってて殴った奴がバカなんだ。俺はウルトラ族だぞ。それを知ってて俺を苛つかせりゃあ、あんなことにもなる。殺されなかっただけでもありがたく思うんだな。ひ弱な種族は黙って言うことだけ聞いてりゃいいんだ」
「なるほど」
同意ではなく、納得の意味で呟く。
「約束について、もう一つ聞いておきたいんだけど」
「なんだよ。まだあんのかよ」
「どうして君はあちらのシロウ君との約束を守る?」
「は?」
顔をしかめる。
セザキ・マサトは目を細めて、問いを重ねた。
「こちらに戻って来れたのなら、もう守る必要はないじゃないか」
「ん、まあそりゃそうだ」
「じゃあ、どうしてそんな律儀に?」
「律儀って……」
なんでそんなことを聞くのかと言いたげに不思議そうだったオオクマ・シロウは、不意に軽く噴き出した。
「ああ、そうか。くくく……そんなんじゃねえよ」
「"そんなん"?」
「俺の本質が律儀だとか、義理堅いって話がしたいんだろうが――生憎だな。俺とお前ら地球人は対等じゃねえんだ。そんな感情、抱くわけがない。俺に取っちゃあ、お前らなんか虫けらさ。宇宙のゴミだ」
「なら、なぜなんだい?」
オオクマ・シロウは、くはははは、と愉快げに笑った。
「おいおい、俺をなんだと思ってやがる。虫けらだからって見る端から潰すとでも? 確かにお前らのことは嫌いだが、命と見りゃあ潰さずにいられないような悪党じゃねえんだぜ、俺は。この星に興味なんざねえのに、そこにたかってるハエを殺してやる必要がどこにある。そこまで善人でもねえし、狂人でもねえし、暇でもねえよ。くはは、まぁ俺に害を及ぼさねえなら、別に何してようと構いやしねえのさ」
(なるほど。価値を認めないから、命を奪ったり傷つける価値さえも見出していない、ということか。とはいえ……)
セザキ・マサトは一切口を挟まず、オオクマ・シロウに好きなように話させ続ける。
「あいつとの約束は、何も俺を縛らねえ。野原いっぱいの花畑の、ほんの一角の花だけ触らないでくれ、と言われればそれぐらいは考慮してやるさ。他に使える部分はたくさんあるんだからな。そもそも、お前らがどうあがいたって、せいぜい俺を苛つかせるだけだ。それだって俺の力を見せ付ければ黙るに決まってる。守るも守らねえもねえ、意味自体がねえのさ。そんな約束にはな」
(これまでのシロウ君の行動や考え方に意味と価値を与えない……いや、否定するがために、リョーコちゃんもアキヤマさんも苗字で呼ぶ。それで、リョーコちゃんがクモっちゃんの件を告げた時も、あんな風に応じたのか。もしくは……クモイ・タイチという、多大な影響を与えた人間の存在自体を否定しようとしている可能性もあるか。さて……これはどうしたものか)
「つうか、そういうことを平気で言える辺り、やっぱお前ら地球人はあざといよなぁ。くくく」
お前たちの底を見たぜ、とばかりに得意げなオオクマ・シロウ。
セザキ・マサトは答えなかった。自分の思考に沈んでいる。
そもそも求められなければ口を開く必要性を認めていないオオクマ・シロウは、そのまま一つ鼻を鳴らして窓の外へと目を戻した。
アキヤマ・ユミは息を潜めて次の会話を待つ。
三者三様の沈黙を詰め込んで、タクシーはひた走る。
――『シロウさんの正体、セザキ隊員はわかったみたいだけど、私には全然意味わかんない』
――『元々のシロウさんと親しかった人は傷つけられないって、シロウさんと約束したって』
――『私にわかったのは、これまでの優しいシロウさんじゃないってことだけ。泣きそう』
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
もう一台のタクシー。
メモリーディスプレイを片手に、助手席で運転手のナビをしているヤマシロ・リョウコ。
後部座席で携帯を見ていたエミは下唇を噛んだ。泣きそう、と書くしかなかったユミの気持ちが痛いほど伝わる。
「ユミ……。シロウさん、どうして……」
「何か連絡あった? ――運ちゃん。次の信号、右へ入って。そしたらしばらくそのまま道なりに真っ直ぐで」
「へい」
運転手の返事を確認してから、振り返る。
「エミちゃん、どうかした?」
チカヨシ・エミは続けざまに送られてきたメールの文面を読み上げた。
「――リョウコさん、これはどう受け取ったらいいんでしょうか」
身体を正面に戻して、じっと考え込むヤマシロ・リョウコ。
「ふむ…………まず、セッチーは正体を突き止めたってことだよね。で、突き止めたってことまでは、アキヤマさんも理解できた。でも、その中身を理解できない……頭のいい彼女でもわからない、説明できない正体ってことは、少なくともどこかの星人が化けた偽者じゃあない、ってことだと思う」
「なるほど」
「だけど、二本目のメールにあるとおり今のシロウちゃんは元々のシロウちゃんとは別の存在で、元々のシロウちゃんと約束したって言ってる」
「それって結局、ニセモノっていうことじゃないんですか?」
「それならセッチーはそう判断するはずだし、アキヤマさんがこんなに混乱するとは思えないよ。彼女、頭良いんでしょ?」
「確かに……変ですよね、このメール。意味がわかんない」
「とりあえずそこまでだね、今は。アキヤマさんが目の前で得た情報でさえ、理解できないってんだから、あたしたちがこれだけの情報でわかるのは無理だよ。ともかく、大事なのは二つ目の前半。これってつまり、アキヤマさんがそこにいる限り、シロウちゃんが暴れそうにないってことだよね。今はこれがわかったことでよしとしようよ。……あ、そうだ。返信お願いできる?」
「あい! G.I.G!」
陽気に敬礼をして、メール作成の画面を呼び出す。
しばらく腕組みをして考えていたヤマシロ・リョウコは、うん、と頷いて口を開いた。
「坂田自動車へ向かう目的は聞いてる? ――そう伝えて」
「G.I.G」
猛烈な勢いでメールを打ち始めるチカヨシ・エミ。
ヤマシロ・リョウコはメモリーディスプレイを見て、再び運転手のナビに戻った。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
高速道路を走るタクシー。
「――さて、俺は話すことは話したぜ」
「じゃ、次はボクの話す番か。防衛軍の目論見を」
「いや、興味ねえからいい」
「え〜。そう来るかい」
あまりの素っ気無さに、本気でがっかりするセザキ・マサト。
駆け引きの上での言葉でなく、本気で興味なさそうだった――にんまり笑みを浮かべてはいるが。
「お前ら地球人がウルトラ族に対抗する力を身につける? けけ、できるもんならやってみやがれ。それこそ見ものってもんだぜ」
その笑みには、さっきとは違って明確な悪意が感じ取れる。
「ククククク……自分たちが信じ、守ってきた地球人に、レゾリューム粒子で攻撃されるウルトラ兄弟の慌てぶり、それに対して奴らがどう対処するかを含めて、よ。実に楽しみなイベントじゃねえか。だから、俺の知ったこっちゃねえし、ここで聞く気もねえ」
「徹底してるわけだ、その立場は」
「当たり前だろ。それより――もうその銃をしまえよ」
じろりと脇腹に押し当てられているトライガーショットに目を落とす。
「話すことはもうねえし、嘘かどうかはお前が判断するんだろ。だったらそいつにはもう意味はねえ。万が一暴発でもしたら、俺はともかくお前らが死んで、目的地に着けなくなっちまう。……まあ、その時はその辺の地球人片っ端から捕まえて聞き出すだけだが――」
窓枠に片肘を置いて、頬杖を突く。
「――できれば、あんまり大きな騒ぎにはしたくねえんだ。今はよ。だから、さっさとしまえ」
「ふむ。正論だね」
頷いて、セザキ・マサトはトライガーショットを腰に戻した。
そして、運転手に対して口を――開こうとした時、不意にアキヤマ・ユミが振り返った。
「ねえ、シロウさん。どうして坂田自動車なの? 別に自動車に興味があるわけじゃないんでしょ?」
事前に取り決めておいた禁を破ってまでのその問い掛けに、セザキ・マサトは思わず口を開けたままぽかんとしてしまった。
そうだ。そのことを忘れていた。
(ナイスアシスト、アキヤマさん)
オオクマ・シロウはめんどくさそうに一回だけアキヤマ・ユミを見やり、すぐに窓の外へと視線を戻した。
「……兄貴がいるんだよ。二番目の。この前の怪獣騒ぎの時、変な風に別れたきりだったからよ。一応、無事だったぞって顔を見せとこうと思って」
嘘だ、とセザキ・マサトは直感した。
今までのオオクマ・シロウの言動と一致しない。今の彼にとって、地球人の家族に価値はないはずだ。
何か隠している。
だが、ここから先は今回の行動の核心部分だ。そう簡単に口を割るとは思えない。現場に到着させて、様子を見るしかない――本当にそこに家族がいるのなら、今までのオオクマ・シロウとの『約束』が生きるはず。下手な行動、例えば破壊活動なんかは出来ないだろうし。
一人頷いて、セザキ・マサトは運転手に改めて指示した。
「運転手さん、ここから用賀インターへ向かってください」
「用賀、ですか。方向は逆になってしまいますけど」
「うん。次のインターで降りて、高速を乗り直して下さい。早く着くなら下道でもいいです」
「わかりました」
返事を聞いて、ちらりとアキヤマ・ユミを見やる。彼女はすまなさそうに小さく頭を下げた。
セザキ・マサトは首を振って、微笑んでやる。そして、天井を向いて冗談っぽく言った。
「――けど、あれだね。お兄さんに無事を伝えるって、なにさ。さっきの話を聞いてから聞くと、まともすぎてすんごく嘘っぽく聞こえるよ」
「うるせー」
「一応、ボクもGUYSの隊員だから質しておくけどさ。向こうで暴れるなよ? ってか、こないだの件でわかってるだろうけど、ボク、お兄さんの仕事にすんごく期待してる人間の一人だから。なんかあったら……泣くぞ?」
「……………………」
「あらら、無視ですか。心配だな〜」
冗談めかして言いながら、その視界の隅でしっかりとオオクマ・シロウの表情を観察する。
オオクマ・シロウの反応は、思ったとおり薄い。内心の思惑を隠そうとして、わざと興味を持たないふりをしているように見える。
無論、今の発言は彼に向けたものではない。アキヤマ・ユミに――その先でメールを受け取っているヤマシロ・リョウコに向けてしたものだ。
果たして、こちらの意図をうまく伝えてくれるか。
今のセザキ・マサトに、それを知る術はない。
――『シロウさんは、坂田自動車に勤めてるお兄さんに挨拶したいんだって』
――『セザキ隊員はうそ臭いって』
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
もう一台のタクシー。
アキヤマ・ユミからのメール文面を聞いたヤマシロ・リョウコは、難しい顔をして唸った。
「う〜……ん。セッチーでもその程度かぁ。となると、やっぱなんか別の目的がありそうだね」
「シロウさんが坂田自動車で何かしでかすってことですか?」
「うん。セッチーは何か感づいてはいるんだろうね。目的そのものはともかく。だから、本人に警戒されるのがわかってるのに、うそ臭いなんて聞こえよがしに言ったんだと思う」
「でも、本当にそこにお兄さんがいるのなら、さっきの約束の件があるし、暴れたりはしないんじゃ……」
「わかんないよ、それは。約束のこと自体、実は目的を果たすための嘘かも知れないし。ともかく、お兄さんの件は坂田自動車に電話して裏とっておこう。――ミオちゃん、聞こえる?」
メモリーディスプレイに、怪訝そうなシノハラ・ミオの姿が映った。
『どうしたの? 現場にまだ到着してないはずだけど』
「セッチーから、オオクマ・シロウは坂田自動車に勤めてるお兄さんに会いに行くつもりだって話が来てる。確認お願い。あと、出来たら避難かなんか対策とっておいた方がいいかも」
画面の中のシノハラ・ミオは、頭痛をこらえるように少し目頭を押さえた。
『……あのね。具体的な脅威の中身もわからないのに、避難なんて指示できないわよ。影響が大きいんだから、そういうのは。やるなら会社だけじゃなくって周辺全域でやらなきゃいけないもの。第一、シロウ君が本物かどうかって話はどうなったの? そういう話が出るってことは、やっぱりニセモノだったの?』
「う〜……ん、とね。そっちは詳細不明。あたしたちの知ってるシロウちゃんを本物としたら、ニセモノらしいけど……アキヤマさんいわく、性格は全然違うものみたいって。とりあえず、どこかの星人が化けたタイプの偽者じゃないみたい」
『……? ええと、ごめんなさい。よくわからなかったわ。変身タイプじゃないけどニセモノって、どういうこと? 多重人格とか、そういう話?』
「ああ。なぁるほど。さすがミオちゃんだ。それ、近いかも。――まあ、可能性の話としては、別の精神体に身体を乗っ取られてるとか、催眠で操られてるというのもありえるだろうけどさ。今も言ったとおり、専門家じゃないアキヤマさんと、概要をメールでやり取りしてるだけだから、詳しいことはわかんない。向こうで合流して、隙があったらセッチーに報告してもらうよ」
『G.I.G。――じゃあ、そうね。避難指示は無理だけど、最低限お兄さんには表に出て来てもらっておきましょうか』
「ん。それがいいかも。あたしたちが行くことも伝えておいて。んじゃ、ヨロシク」
シノハラ・ミオの画面が消え、ナビの画面に戻る。
目的地の坂田自動車まで、もうすぐだった。