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ウルトラマンメビウス外伝 RAYGA

 第10話 闇と光の間に…… その3

 走り出したタクシーの助手席に座るアキヤマ・エミは、握り締めた携帯の画面をじっと見つめていた。
 後部座席の二人は黙ったままだ。
 乗り込む前にセザキ隊員からお願いされたことを、改めて反芻する。

『――アキヤマさんにお願いしたいことは三つ。ああ、そんなに難しいことじゃないから気負わないで。一つは、後ろでボクとシロウ君が何を話していても、一切無視して口を挟まないでほしいんだ。で、二つ目は少し難易度上がるけど、運転手さんが何か口を挟もうとしたら別の話題を振ってほしい。適当な針路変更でもいいよ。その後のことはボクがなんとかするから。三つ目は――』

(――二人の話を聞いて、その内容をエミちゃんにメールで知らせること……できるかな。ううん、やらなきゃ……多分、どうしてシロウさんの様子がおかしいのか、セザキ隊員が調べてくれるんだ。だから、わたしだって)
 いつでも打ち込めるように、画面は既にメール作成画面になっている。二人の会話を邪魔しないよう、またメールのやり取りを気取られないよう、着信音、着信バイブも切ってある。
 あとは、その時を待つだけ。

 奇妙な緊張感を車内に詰め込み、タクシーは走る。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 タクシーの姿が見えなくなった途端、ヤマシロ・リョウコは緊張感あふれる厳しい表情で公園に戻り始めた。
「あ、ヤマシロ隊員?」
 慌てて追いかけるチカヨシ・エミ。
 ヤマシロ・リョウコは早足で歩き続けながら、振り返らずに話し始めた。
「とりあえず、エミちゃんでいい? そっちもリョーコちゃんでいいから」
「えーと、ごめんなさい。そこはリョウコさんで許してください」
「わかった。じゃ、状況の説明するね。――異常事態が起きてる。シロウ君がおかしい。これからオオクマさんちに戻って、お母さんから話を聞くつもり」
「じ、G.I.G」
「異常事態ってのは、エミちゃんたちが見たあれだけじゃないの。そもそもGUYSの科学分析では――」
 不意に言葉が途切れる。
 チカヨシ・エミは怪訝そうにヤマシロ・リョウコを見た。
 なぜか悔しげに唇を噛み締めてうつむいていたリョウコは、すぐに顔を上げた。
「――GUYSの科学分析では、シロウ君はこの間の戦いで消滅してるはずなんだよ」
「え?」
「詳しい話は出来ないけど、その昔、ウルトラマンメビウスがエンペラ星人に消されちゃったことがあるの(※ウルトラマンメビウスTV版第51話)。それと同じことが起きた。だから、シロウ君が帰って来てるはずはない」
「じゃ、じゃああれは――」
「それを、セッチーが……ごめん。セザキ隊員が暴いてくれると思う。ただ、これも知ってる通り、ウルトラマンメビウスはあの後すぐに復活してる。あれがホンモノである可能性も、あたしたちには否定できない」
「そんな……」
「そこら辺も含めて、セザキ隊員は適任だと思う。知的な駆け引きってことでは、あたしやタイっちゃんよりずっと頭良いし、ミオちゃんやゴンさんより融通がきく。アキヤマさんを連れてったのも、何か策があってのことだと――」
「そのことなんですけど、あたしもセザキ隊員に任務をもらってるんです。あ、ユミも」
「え?」
 足を止めて振り返ったヤマシロ・リョウコに、チカヨシ・エミは自分の携帯を見せた。
「ユミが、二人の会話の内容をメールで送ってくれることになってます。それをリョウコさんに伝えるようにって」
 呆然としていたリョウコの表情がたちまち崩れ、満面の笑みになった。
「ははっ、さっすがセッチー!! それで彼女を連れてったのかぁ。うん、G.I.Gだよ、エミちゃん。じゃあ、臨時アシスタントということでヨロシク」
「はい、任せてください!」
 頷き合った二人は再び歩き始めた。オオクマ家に向かって。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 タクシーの中。
「ところでシロウ君。聞きたいことがあるんだけどさ、どうせ着くまでヒマだし、聞いていいかな?」
 セザキ・マサトは窓の外を見ながら、気の抜けた口調で聞いた。
 助手席に緊張が走るのを感じつつ、そのままオオクマ・シロウの返事を待つ。
「……なんだよ」
 向こうの窓の外を見ているのが、窓ガラスに映っている。ちらっと視点を変えて、バックミラーに映るシロウを見つつ、考える。今の微妙な間はなんだろう、と。
「行き先の坂田自動車なんだけどさ。さっきの話で言ってた通り、君のお兄さんが働いてるところでいいんだよね?」
「他にどこがあるってんだ」
「いや、調べればわかるんだけど、そういう名前の自動車工場って日本中にあるからさ。一応確認しておいた方がいいと思って」
「それでいい」
「よかった」


 二人の会話を聞いたアキヤマ・ユミは、すぐにメールを打った。
 ――『行き先はシロウさんのお兄さんが働いてる坂田自動車』

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 ――『行き先はシロウさんのお兄さんが働いてる坂田自動車』

 オオクマ家の台所でそのメールを受け取ったエミは、即座にそれをヤマシロ・リョウコに見せた。
 ヤマシロ・リョウコは頷いて、二人の向かいに座るオオクマ・シノブに聞いた。
「シロウちゃんはお兄さんが働いている坂田自動車に向かってるそうです。理由とか、わかりますか?」
「さあねえ。……そういえば、あの子に聞かれたっけね。ジロウの働いてる会社はどこだって。あたしゃ元々あの子が働いてた会社しか知らないから、そう言ったんだけど……。それを聞くためにエミちゃんたちを呼んだのかね」
 呆れた風に溜息をつくオオクマ・シノブ。
 言われたチカヨシ・エミは頷いた。
「そうみたいです。携帯で検索できるだろって、さっき公園で言ってましたから」
「そう……悪いわね、エミちゃん。そんなことで呼び出しちゃって。後でユミちゃんにも謝っておかないと」
「あ、いえ。気にしないで下さい」
「とはいえ……私が怒ってるのを知ってるのに、うちに帰らずそんなとこへ行くなんて……ねぇ。これはちょっと久々に本気で雷を落とさなきゃだめかしら」
 外見は静かなのに、にじみ出る怒気。母親特有のその威圧感に、エミが思わず背筋を伸ばす。
「……帰ってこないかもしれません」
 ヤマシロ・リョウコの一言に、オオクマ・シノブは怪訝な顔をした。
「ヤマ……シロさん? どういうこと?」
「あくまで可能性の問題ですけど……彼、本物のシロウ君じゃないかもしれません。違和感って言うか……いつもの彼じゃないって、お母さんはわかってるでしょ?」
「ん〜……確かに、初めて会った頃に戻った感じではあるわね。せっかくいい子に育ってきてたのに」
「それ、この間の戦いの後からじゃありませんか?」
「そうね。確かに帰ってきたときから様子が変だったわね。話もしないで布団に潜り込むし、挨拶もろくにしなくなったし、畑仕事にも出なくなっちゃって。ああそう、坂田さんの会社の件を聞かれたのも、帰ってきてからだったわ」
 頷いたヤマシロ・リョウコは、さらに表情を引き締めた。
「……お母さんに重要なお話があります。今のシロウ君について、GUYSでつかんでいる情報と、私の判断です。とりあえず、最後まで話だけでも聞いていただけますか」
「あの子が変な理由が、それでわかるの?」
「あくまで、可能性の問題だということを頭に入れておいてください。それに、真相はセザキ隊員がうまく聞き出せるかもしれませんので」
「わかったわ。ともかく、子供のことだもの。聞かせてちょうだい」

 オオクマ・シノブの求めに応じて、ヤマシロ・リョウコは話し始めた……。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 タクシーの中。
 セザキ・マサトの質問は続いていた。
「シロウ君、この間の戦いのことなんだけどね」
「なんだよ」
「あのサータンて怪獣を素手で殴ってたじゃん? あれ、痛くなかった? あいつの毛って、すごい振動で何でも弾いちゃうって聞いてさ。ウルトラマンジャックのスペシウム光線も弾き飛ばされてたし。どうだった?」
「はん。あんなもん、痛いわけあるかよ」
「へえ、すごいじゃん」
「あったりまえだ。むしろこそばゆかったぐらいだぜ。あんなもんに弾かれるようじゃ、ジャックのスペシウムも大したことはねえってことさ」
 以前そのスペシウム光線にやられただけでなく、自分の光線も弾かれていたことは棚に置いているようだ。セザキ・マサトもあえてそこには触れずに続ける。
「ふぅん。じゃあさ、何であんな姿の消し方したの?」
「あんなって、どんなだよ」
「いや、右足と左腕から噴き出してる黒い煙に呑まれて消えたように見えたからさ。リョーコちゃんも心配しちゃって。だから今日様子を見に来たんだよ。まあ、無事そうだったからよかったけど、なんであの時だけいつもみたいに空の彼方へ飛んでいかなかったのかな、と思って」
「……………………どうでもいいだろ、そんなこと」
「ん、まあ確かに? 暇潰しの質問だから、どうでもいいっていえばどうでもいいんだけどさ」
「だったら聞くな、うっとおしい」
「うーん……ボクはいいんだけどね。リョーコちゃんやクモッちゃんほどシロウ君には興味ないから。ただ、GUYSの他の隊員が不審がっててさ」
「……なにをだよ」
「君が消えた直後、ディファレーターとレゾリュームの対消滅反応が検出されてるんだよね」
 窓ガラスにうっすら映っているシロウの頬が、ピクリと動いたのが見えた。
「それを持ち出して、君が消滅しちゃった――なんて言っててさ。君があんなドラマチックな消え方するもんだから、小心者の地球人は大騒ぎだよ」
「はん、知るかよ。臆病者は怖がらせときゃいいんだ。どうせ怖がってるだけで何もできねえくせによ」
「いやでも、このままじゃ、あんまりよくないのも確かなんだよねー」
「あ?」
 ようやく、というべきか。シロウは顔をしかめてセザキ・マサトを見やった。
 しかし、セザキ・マサトはまだ窓の外を見つめている。
「いやねー、消えたはずの君がここにいるってことはさぁ……可能性があるわけでしょ?」
「可能性って、何のだよ」
「そりゃ、死んだはずの人がいるわけだからさぁ」
 セザキ・マサトは窓からシロウに向き直り――つつ、トライガーショットの銃口をシロウの脇腹に押し当てた。
「!!」
「……おーっと。これだけ近いと、君の身じろぎでも暴発する可能性があるから、動かない方がいいよ」
 先ほどまでの気乗りしないようないい加減な口調ではなく、威圧のたっぷりこもった低い声。
 オオクマ・シロウはセザキ・マサトの言葉通り動きを止めていた。
「てめえ……」
「ついでに言っておくけど、リョーコちゃんほどの技量はないにしても、ボクは今のCREW・GUYSの中で唯一の軍人出身者だ。この距離で外すことは期待しない方がいいし、彼女ほど甘くないからトリガー引くのをためらうことも期待しないでほしいな」


 二人の会話に耳をそばだてていたアキヤマ・ユミは状況を理解し、すぐに――否、大慌てでメールを打った。
 ――『せざきじゅうしろうさんつきつけてる』

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 オオクマ家。
 事のあらましを一通り聞き終わったオオクマ・シノブは、唸って考え込んでいた。
「あの子が偽者かもしれないなんて……」
 ヤマシロ・リョウコはあえて黙っている。
 そこへ、アキヤマ・ユミからのメールが届いた。
「……リョウコさん、これ」
「なになに。……『せざきじゅうしろうさんつきつけてる』? ……何かの暗号?」
 メール画面に並んだ文字列に、ヤマシロ・リョウコが首を傾げる。
「セザキジュウシロウって、誰? つうか、なにを突きつけてるの?」
「えーっと………………セザキ……隊員が、銃を、シロウさんに突きつけてるんじゃないですか?」
 チカヨシ・エミが至極真っ当な回答案を述べたが、ヤマシロ・リョウコは腕組みをして唸った。
「うぅ〜ん……アキヤマさんも乗ってるのに、あのセッチーがそんな危ない真似するとは思えないんだけど……」
「でも、そうとしか」
「それ、返信してもいいの?」
「あ、はい」
「じゃ、おねがい。文面は……」

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 タクシーの中。
 運転手も背後のただならぬ気配に、ちらちらバックミラーを気にしている。
 どうすべきかとハラハラしていると、すぐにメールが返って来た。何の指示かと急いで文面を呼び出す。
 届いたのは――
『詳しく』
 それだけだった。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 タクシーの中。後部座席。
 運転席の困惑と、助手席の絶望を感じることもなく、二人の睨み合いは続いていた。
「ボクが本気かどうかは、クモっちゃんに鍛えられた君にならわかるはずだよね。ぼくは今、間違いなく殺意を持って、これを君に突きつけている」

――『せざきやるきほんき』

「……けっ、おもしれえ。ここでこの角度で俺を撃ちゃあ、このタクシーとかいう乗り物もただじゃすまねえぞ。俺はともかく、お前も、運転手も、アキヤマも死ぬぞ」

 ――『わたしやばいしぬ』

「今も言ったけど、ボクは軍人だ。それだけの犠牲でそれより大勢の人が救えるなら、それをする」

 ――『せざきまじやばいわたししぬ』

 シロウの瞳に初めて明らかな怯みが映った。
「てめえ……なんでそこまで」
「GUYSをあまりなめないでほしいな。地球防衛がボクらの仕事だ。まして、人の心を利用したり踏みにじるような真似をして地球に侵入したり、侵略してくる連中に、ボクは一切の遠慮はしない」
「……侵略? だと? ふん、バカを言うな。誰がこんな無価値な星を」
「それこそ笑止な言い訳だね。侵略以外で、死んだはずのシロウ君の姿をしてオオクマ家に入り込む理由がない。しかも、あんな下手な芝居で」
「芝居? 芝居なんかしてねえよ。あれが本当の俺だ」
「本当のオレ、ということは……やっぱりニセモノと認めるんだな」

 ――『しろうさんしんだ?にせもの?なに?いみふめい』

 オオクマ・シロウはがっと目を剥いた。かろうじて叫ぶのを抑えた風な低い声で、ドスを聞かせる。
「ニセモノじゃねえ。俺は俺だ。それに、死んでねえ」
「そんなセリフをこの状況でそのまま信じろって? 君の頭で考えてみたってわかるんじゃない? 無理でしょ?」
 沈黙が漂う。
 やがて、オオクマ・シロウはちらりと助手席のアキヤマ・ユミの後頭部を見やった。
「……くそ。アキヤマがいなけりゃ……約束がなけりゃ、てめえなんか今すぐこのタクシーごとぶっ飛ばしてやんのによ」
「約束って……オオクマさんとの約束か。女の子に手を上げない、とかいう」
 しかし、それだとさっきヤマシロ・リョウコを吹っ飛ばしたり、チカヨシ・エミを投げ飛ばした件と矛盾する。
「違う。レイガとの約束だ」
 もう好きにしろ、と言いたげにシロウは身体の緊張を解いて、バックシートに背中を預けた。

 ――『しろうさんれいがやくそく?』
 ――『とりあえず大丈夫みたい』

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 オオクマ家台所。
 大きな安堵の吐息が三人の口から漏れた。
 メールに漢字が現れたため、何がしかの危機は脱したのだろうと思われた。ひらがなだけの方が余計に緊迫する。
「……マジでなにやってんのよ、セッチーの奴」
「メールも打ててるし、とりあえずユミは大丈夫みたいですけど……でも……」
「これじゃあ何があったか、さっぱりだわねぇ。あ、二人ともお茶のおかわりは?」
「いただきます」
「ありがとうございます」
 二人の湯飲みに急須から茶が注がれる。
 最後に自分の分も注いで、三人はとりあえず一息つく。
「あ、お茶菓子出さないと。確か、クッキーが……」
「そんな、お気を使わず」
「リョウコさん、返信していいですか?」
「なにをさ」
「現在位置を聞いといた方がいいかと思って」
「あー、それいいね。聞いといて。――ああ、お母さん。そんな上の、あたし取りますよ」
「いいのいいの、お客さんなんだから」
「でも危ないですよ」
「大丈夫。……っと、ほら取れた」
「リョウコさん、送っときました」
「ああ、ありがとう。――ああ、オオクマさんそんなお皿まで用意しなくても」
「あらあら、ダメよ。女の子はそういうところまで気にしないと」
「そんなものですかね〜。あたし独り身だから、どうしてもそういうのズボラになっちゃって」
「なるほど、そういうところで女の子をアピールするものなんですね」
「勉強になるね、エミちゃん」
「そこで頷くとうちのお母さんに怒られる気がする。あはは」
 明るい笑いが響いた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 タクシーの中。
 ちらちらと後ろを気にする運転手。
 ちょうどいいか、とアキヤマ・ユミは横を向いた。
「すいません、運転手さん。これ、今どの辺りを走ってるんですか?」
「あ? ああ、今はね――」

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 オオクマ家。
「あ、ユミから返信来ました。――もうすぐ高速に乗るみたいです」
「そっか。ええと、坂田自動車はどこにあるんだっけ?」
「そういえば、私も知りたいわね。ジロウの今の職場だって言うし。どこにあるの?」
 クッキーを一枚食べながら、のほほんと聞くオオクマ・シノブ。
「検索します、ちょっと待ってください」
「わかったら、あたしは先回りしとこうかな。なんか、きな臭いことになってるみたいだし……」
 気の抜けた様子でお茶をすすっていたヤマシロ・リョウコは、ふと思い出したようにメモリーディスプレイを取り出した。
「一応、今の状況だけでも隊長に報告しておくか」

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 タクシーの中――後部座席。
 シロウは不貞腐れてバックシートに背中を埋めたが、セザキ・マサトは緊張を途切れさせることなく銃口をシロウの脇腹に突きつけている。
「レイガとの約束って、どういうことだ」
「それを何でお前に話す必要がある」
「……………………」
 セザキはしばらく考え込んだ。銃口は押し当てたまま、背中をバックシートに埋める。腕組みをしているかのような体勢を作り、外からは銃を突きつけているようには見えないように装う。
「――ふむ。じゃあ、取引といこうじゃないか」
「取引? は、てめえら地球人と取引なんかできるかよ。嘘つきで偽善者、猜疑心の塊で自己中心的。これまでにしてきたことを振り返ってみやがれ。信用なんかされる余地がどこにある?」
「何の話だよ」
「ギエロン、ムルロア……他にもウルトラ兄弟がこの地球を守るために壊滅させた星とか、挙げていくか?」
「ああ。そういうことか。……そこについては否定しないよ。こちらにもこちらの事情があったからね」
「あん? 星を壊すのに、どんな事情があるってんだ」
「残念ながら当時、地球には次々と襲い繰る侵略者を防ぐだけの力を持っていなかった。その力を得るために、実験はどうしても必要だった。今のアキヤマさんの置かれている状況同様、必要な犠牲だった。……ま、それが軍人としての言い分だよ。実際、一般的な地球人にとっては今でも星人は侵略者と同義語だからね。その立場から言わせてもらえば、宇宙の平和を守ることをお題目に唱えていた連中が、地球への侵略を許しさえしなければ、そこまで考える必要はなかったのかもしれないけど。そのへんどうなのさ、君がウルトラ族ならば」
「だから自分たちは正しいってのか」
「自分のことでもないのにボクらを責めるなら、自分たちの至らなさについてまず謝ってほしいね。この広い銀河には、君たちが間に合わずに、いや、君たちが気づかぬうちに侵略され、滅ぼされた星がいったいいくつあるんだい?」
「俺は……宇宙警備隊じゃ――」
「知らないよ。地球人の認識じゃ、ウルトラ族はみんな宇宙警備隊員だ。過去、そんなのしか来てないんだから。君がウルトラ族である以上、地球人は君を宇宙警備隊員とみなすし、君のその言い分も自分たちの役目を横に置いたものとしか聞こえない。第一、君がウルトラの星で安穏に暮らせたのは、そこが宇宙警備隊の中心だったからだろ? 圧倒的な力に守られて生きてきた君に、自力で身を守ろうとしたボクらを責める資格があるのかな? ……嘘つき? 偽善者? 猜疑心の塊? 自己中心的? さてはて、全部自分のことかい?」
「てめぇ……」
「覚えておくことだね。他人を批判する時は、常に自分も同じ批判にさらされるってことを。正義にしろ、平和にしろ、絶対的な価値観なんてもの、軍人は信じない」
 オオクマ・シロウがそれ以上口を開かないことを確認したうえで、セザキ・マサトは一呼吸置いた。
「もっとも、それは別にボクの方で問題にしたい話じゃない。ボクが聞きたいのは、君が本物か偽者か。その合理的な判断が出来る話だ。嘘つきで偽善者、猜疑心の塊で自己中心的であろうとも、聞きたいのはこっちなんだから君はボクを信用する必要なんてない。信用できるかどうかを判断するのは君じゃなくて、ボクなんだから」
「……………………」
 答えず、じろりとセザキ・マサトを見やるオオクマ・シロウ。
「で、取引の内容だ。君が、きちんと合理的な話をしてくれるなら、最短コースで目的地に向かう。そうでないなら、このまま走り続けるだけだ。当てもなく、同じところを延々と」
「……そういう手できたか。汚ねえ野郎だ」
「おっと。言ったろ? 他人を批判する時は、常に自分も同じ批判にさらされるって。腕っ節にものを言わせて、言うこと聞かせようって君は、ボクら弱者からすれば十分卑怯者で汚い人種だよ? それに、戦いは自分の土俵に相手を引き込むところから始まってるものさ。目的地を知らず、行き方も知らないって弱みをこちらに見せた時点で、君は大きくアドバンテージを取られてた。楽をせずに、自分で調べるべきだったね」
「……………………」
「ついでだから、これも覚えておくといい。君みたいな脳みそ筋肉バカには理解しにくいだろうけど、知性は力だ。例えば……さっき、君がうっかり漏らしたろ? この窮地を脱出するために、アキヤマさんを犠牲にしてまでタクシーを破壊することは出来ないって。それがわかっているから、ボクはここまで強気に出られる。そして、君が本物ならそうできないことも、ボクは知っていた。それを確認するために、わざわざこうして危ない橋を渡ったわけさ。全部理解できたかな?」
「てめえ、とことんムカつく奴だな。全部終わったら、絶対そのくるくる回る舌を引っこ抜いて、惨たらしくぶっ殺してやる」
 眼と歯を剥いて威嚇するオオクマ・シロウに、セザキ・マサトは飄々として目を細めた。
「それは褒め言葉と受け取っておくよ。……負け犬クン」

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 オオクマ家。

 ――『セザキ隊員とシロウさん取引中。本当のこと話したら、目的地へ。嘘ならずっとこのまま』

 三人で頭を寄せ合うようにして、チカヨシ・エミの携帯画面を覗き込んでいる。
「……あの子、暴れないかね。頭使う取引とか苦手だし」
 オオクマ・シノブが不安げに呟く。
 チカヨシ・エミはしかし、首を横に振った。
「あたしの知ってるシロウさんなら、そんなことしません。わからないなりに、自分のわかるところまで考える人です。わからなかったら、わからないって聞いてきますよ」
「あ、続きが来たよエミちゃん」
「あーはいはい。どれどれ……」

 ――『わたし、人質だって。シロウさんに対しての。byセザキ隊員』

 沈黙が漂った。
 それぞれが文面を見て、その意味を正しく捉えようと考える沈黙が。
「……ユミが? シロウさんへの? え? 逆じゃないの?」
「……なにやってんだセッチー……」
「でも、あの子への人質ってユミちゃんに聞こえるように言ったってことは……それが効果的とわかったってことだから、少なくとも偽者じゃないってことかね」
「そうか。シロウさんが偽者だったら、人質の意味ないもんね。……あれ? でも、GUYSの隊員がシロウさん相手に人質? あれ?」
「ともかく、ユミちゃんがいるから、あの子は暴れられないってことなんでしょうね」
「どっちにしても一般人を人質にするとか、マジ外道だねセッチー。……確かにあたしらとは任務に対するスタンスが違うとは思ってたけど。う〜む。褒めていいのか、怒るべきなのか……こんなの隊長に報告できないや」
「ええ。確かに、人の子の母としては絶対に褒めてやれないやり方だけど……今のところ危険はなさそうだし、もう少し様子を見ましょ」
「あ、また来た」
「なになに?」

 ――『ムカつく。セザキ隊員、シロウさんを脳みそ筋肉バカって言った。マジムカつく』
 ――『また言った。セザキ隊員、シロウさんを負け犬呼ばわり。マジムカつく。反論したいいいい!!!ε=ヽ(`д ´#)ノ』

「……ユミってこんなキャラだっけ……?」
「うわー。はっちゃけてるねぇ……」

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 タクシーの中。後部座席。
 不貞腐れたオオクマ・シロウは心を落ち着けるように、大きく息を吐いた。
「……まあ、気に食わないのは確かだが、別にお前ら地球人に知られたところで、どうでもいい話だからな。俺の正体については、話してやってもいい。けど、その前にこっちも条件を出すぜ」
「ふむ。聞くだけ聞くよ」
「俺が本物かどうか、お前が何でそんなに気にする。――前に座ってるアキヤマはレイガと仲が良かったから、偽者か本物か気になるのはまだわかる。けどよ、絶対的な価値観なんて信じねえってぬかしたお前が、まさかアキヤマとかチカヨシとか、かーちゃんとの絆とやらのために、こんなことしてるわけじゃねえだろう? それに、お前が肯定した地球人のずる賢さで言えば、怪しいならそのまま俺を撃ち殺した方が話は早えはずだ。それがこうして取引を持ちかけてくるってことは、なんか他の目的があるんじゃねえのか。それを教えろ」
 へえ、とセザキ・マサトは意外そうに頬を緩めた。
「君にしては考えてるじゃないか。確かにね。君が本物だったら喜ぶ人は多いみたいだし、ボク以外には大事なことなんだろうね。それも。……いいよ、その洞察に敬意を表して教えてあげるよ。今の君という存在が持つ、重い意味を」
「……今の俺が? 重い? なんだそりゃ」

 ――『今のシロウさんは意味が重いってbyセザキ隊員<意味不明』

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 セザキ・マサト。
 元防衛軍軍人。関西地方の部隊に配属されていたが、CREW・GUYSの新規隊員募集に応じた防衛軍内60名の精鋭猛者の中から、ただ一人選ばれた男である。
 これは公然の秘密であるが、以前より防衛軍はGUYSが持つ超テクノロジーや怪獣撃退のノウハウを得たいという野望を持っていた。しかし、元科学特捜隊出身のサコミズ総監の意向もあり、なかなか人材を送り込めずにいた。
 今回の新規募集にあたり、防衛軍は出向という形ででもCREW・GUYS内に防衛軍枠を作るよう日本政府に働きかけ、政治を動かして内々にサコミズ総監にそれを認めさせた。表向きに公表しなかったのは、GUYSは国連組織であり、そのようなことが公になれば組織の中立性が疑われる事態となり、ひいてはそれをゴリ押しした政治家・軍関係者それぞれの立場も危うくなるためである。
 ただし、サコミズ総監が受けざるを得なかったのは、自分の立場より国内で活動するGUYS隊員・職員の立場を考えてのことである。灰色の決着でも、組織の上層部ともなれば飲まざるを得ない流れというものもある。
 防衛軍はそうして獲得した枠へ30人の候補を送り込み、公募枠にも30名の候補を(本人の自由意志という建前で)送り込んだ。
 セザキ・マサトはその防衛軍人として唯一、サコミズ総監のメガネにかなって参加を許された。彼が選ばれた理由は、合わせて60人もの防衛軍候補の中で最もやる気がないのが見え見えだったからだ、と(うそかまことか)後にアイハラ・リュウは聞かされている。
 ちなみに、公募枠で通ったのはこの他、クモイ・タイチとシノハラ・ミオだけである。イクノ・ゴンゾウとヤマシロ・リョウコはスカウト枠にて参加となった。(シノハラ・ミオについては、、ミサキ・ユキの強い意向があり、ほぼ出来レースと言ってよい)
 こうして防衛軍人枠は(おそらくサコミズ総監の目論みどおり)結局意味のない枠となったものの、セザキ・マサトの存在により防衛軍側もとりあえず一人は送り込んだ、という実績を得たことで不満の声を封じ込めざるを得なかった。

 そんなこんなでGUYSへ潜り込んだ防衛軍のスパイであるセザキ・マサトは、サコミズ総監の見込みどおり、全く防衛軍からの指示を無視した。
 いやむしろ、防衛軍からの指示を受けてその意図を読み取り、他にも潜り込んでいるであろう防衛軍への情報提供者を邪魔するように動いていた。それは奇しくも、オオクマ・シロウが指摘した地球人の過去の罪に対する、彼なりのけじめなのだが……そんなことは誰も知らないため、セザキ・マサト生来の面倒臭がりのゆえ、と認識され、呆れられ、半分くらい諦められていた。

 とはいえ、物事には時期というものがある。
 防衛軍が躍起になって情報を集める事態が発生した。
 一つは伝説の東京決戦から始まる。
 ウルトラマンを消滅させる力――レゾリューム光線の存在を地球人が認識した時から、今回の件は始まっていた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 タクシーの中。後部座席。
「ところで、地球人にとって一番怖いのはなんだと思う? シロウ君」
「知るか。へっ、弱すぎるてめえらに一番とかあるのかよ。怖いもんだらけじゃねえのか?」
 むっすり不貞腐れたまま、ぶっきらぼうに言い捨てる。
 セザキ・マサトは頷いた。
「うん。それは否定はできないな。GUYSはともかく、各国の軍はその思想に基づいて創られていると言ってもいいからね。それに怖いものならやられる前にやれ、やるなら根元から断て、というのも軍の一部では真面目に語られてる。まあ、その意見の妥当性は今はどうでもいい」
「どうでもいいなら言うな。回りくどいんだよ、お前はいちいち」
「ああ、ごめんごめん。口数が多いのは生まれつきでさ。言うべきことを言っておかないと気が済まないんだよ。ま、いいや。――ともかく、軍が現状で一番恐れているのは、ウルトラマンが地球人の味方をやめる、という展開だよ」
「……なんだと?」
 興味なさそうだったオオクマ・シロウの瞳が、再びセザキ・マサトに戻ってきた。
 にんまりと、悪魔めいた笑みを浮かべてそれを受け止めるセザキ・マサト。
「ありえないと思うのかい? 君が?」
「……いや、そうじゃねえ。地球人はみんなウルトラマンを崇め奉っているもんだとばかり」
「尊敬や憧れの裏側には、必ず妬み嫉みや憎しみ、恐怖があるものさ。光が強ければ強いほど、影も濃くなるの理屈でね」
 君もその口じゃないのか、という思いを視線に乗せて、ちらっとオオクマ・シロウを見やる。しかし、当のオオクマ・シロウは神妙な顔つきで聞いていた。理解できなかったか、それとも……。
「軍は――ボク個人的には矛盾してるとは思うんだけど、その影を散らすための力を持っておくべきだと信じてるのさ。自分たちがその影から生まれ、なお濃い闇を生み出す存在であることを脇に置いておいてね」
「意味わからねえ」
「うん、ここは理解しなくてもいい。理解してほしいのは、軍はウルトラマンを超える力――単純に言えば、ウルトラマンを倒せる力を欲しがってるってこと。そしてなお悪いことに、地球上の国の数だけ同じ組織があり、それぞれがそれぞれを信用してないんだよ」
「あん? それじゃお前、もしそんな力が手に入ったら……」
「真っ先に自分の同胞へ向ける可能性がある。それが今の地球人だよ」
 さらっと言ったそのセリフに対し、オオクマ・シロウはバカみたいにあんぐり口を空けたまましばらく呆けていた。
「……いやいやいやいや。なんだそれ。バカじゃねえのか」
「うん。どう考えてもバカだとしか言いようがないね。君になじられても仕方がない」
「自分でわかってるのにどうしようもないとか、狂ってるな。まあ、バカがバカ同士バカやって自滅したところで俺の知ったことじゃないがな。勝手にやり合って滅んじまえ。お似合いの結末だ」
 さっき馬鹿にされたことの意趣返し、とばかりに楽しそうに笑う。
 だが、セザキ・マサトは怒りもせずににやけ面のまま話を進める。
「で、その力の中でも、今、特に注目されてるのがレゾリューム粒子なんだ」
 ほう、と声を上げたオオクマ・シロウから笑みが消える。興味をそそられたように眼差しが真剣になった。
「ことの始まりは数年前、ウルトラマンメビウスとエンペラ星人の決戦の時に遡るんだ。あの時、ウルトラマンメビウスは、エンペラ星人の放ったレゾリューム光線で消滅した」
「ああ。レゾリュームはウルトラ族が唯一防げない――ウルトラマンを倒せる力」
「そう。そしてこの夏、月面の裏での決戦で君はその威力を身に染みて味わったはずだ。……まあ、君が本物だとしての話だけど」
「……………………」
「ここで大事なのは、レゾリューム光線がエンペラ星人固有の超能力ではなく、科学の力で再現できるという事実だ。これの持つ意味が、シロウ君でもわかるだろう?」
「地球人の手でも再現できると……?」
「現実に出来るかどうかは議論の余地があるだろうけど、そもそもGUYSでは過去に星人が残して行ったり、天才が生み出した『超科学』と呼ばれる部類のテクノロジーを実際に使っている。連中が夢を見たくなるのも当然だね。そして、それを事実として認識したら、あの組織は他の組織も同じ答に到達すると考える」
「だから、他の組織に先駆けて自分のところで確保したい、か」
「そうそう。わかってるじゃないか」
「へっ、小心者の臆病者が考えそうなこった」
「いやはや、耳が痛いね。――まあ、それはともかく。そこで、君の話だ。ここまで前ふりに長々と付き合ってくれてありがとう」
「だから、そういうのは余計だっつーんだよ。さっさと言え」

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 タクシーの中。助手席。

 聞き耳を立てていたアキヤマ・ユミは少し考え込んだ。
 今の話を要約すると……
 ――『軍がウルトラマンを倒すために、レゾリューム光線をほしがってるって。シロウさんがそれに関係してるみたい』

 すぐ返信が来た。

 ――『なにそれ、ありえない。いろんな意味で』

 これにも少し考えて、アキヤマ・ユミはすぐ返信した。

 ――『詳しくはCMの後で』

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 オオクマ家。

 アキヤマ・ユミからの返信メールを覗き込んでいた三人は、しばらくの沈黙の後、それぞれに呟いた。
「……CMの後かぁ。おトイレ行っとこうかな」
「じゃ、あたしは隊長に報告を」
「お茶が冷めちゃったね、淹れ直しましょ」


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