ウルトラマンメビウス外伝 RAYGA
第10話 闇と光の間に…… その2
翌日。
定時に出勤したシノハラ・ミオは、イクノ・ゴンゾウと引継ぎを行っている最中に、ふと気づいた。
「あら? 今日、セザキ隊員は遅番なの?」
「ええ。午後からですよ? ヤマシロ隊員と交代です。それが何か?」
「いえ……昨日、今朝は早くなりそうだって言ってたから……」
「私用じゃないですか? 少なくともGUYSの任務は入ってませんし、まだ来てません」
「ああ、そう」
曖昧な笑みを浮かべたシノハラ・ミオは、その話題をそれ以上続けることなく、引継ぎ打ち合わせに戻った。
しかし――
(……私用……ねぇ? そのくらいであのセザキ君が、私の誘いを? ……何か、腑に落ちないわね……)
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
その頃。
朝だというのに、いかにも気乗りのしない表情でとぼとぼ歩くセザキ・マサトの姿があった。
場所は都内の官公庁舎が集まる一角。
中でも一際威容を誇る建物の中に、その姿が吸い込まれてゆく。
入り口の脇には大きな表札が掲げられ、太々しい筆跡で建物の所有者の名前が書かれていた。
『防衛省』と。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
午後。
正午過ぎに出勤してきたセザキ・マサトとの引継ぎ作業中。不意にヤマシロ・リョウコの声のトーンが落ちた。
「――んー、と。引継ぎは以上だけど……セッチー、この後、時間ある?」
「は?」
時間あるも何も、今仕事の引継ぎをしていたところだ。この後は仕事の時間に決まっている。
「ええと、今のところ待機だと思うけど……なに? 何か相談?」
「うん。いずれにせよ、報告しとかなきゃだし」
セザキ・マサトは顔をしかめ、首を傾げた。相変わらずといえば相変わらずに、ヤマシロ・リョウコの発言は色々と大事な部分が抜けている。
「報告って、隊長に?」
その隊長――アイハラ・リュウは、同じディレクションルームの隊長席に居て、報告書を読んでいる。自分に告げる話の内容とは思えない。
案の定、ヤマシロ・リョウコは首を振った。
「ううん。オオクマさんに」
「オオクマって……ええと。ああ。シロウ君のお母さん? 報告って……やっぱ、シロウ君のこと、だよね」
「うん。シロウちゃんがどうなったのか、知ってるのは今のところあたし達だけだろうし……。もう数日経っちゃってるし、オオクマさん、心配してると思うんだよね。辛い話だけど……知っちゃってるからには、黙ったままなのはダメだと思うんだよ」
そう言ってうつむき、唇を噛む。
セザキ・マサトはちらっとディレクションルームの中に目を走らせた。
隊長も、シノハラ・ミオも今の話を聞いていた様子はない。
「……それは、そうだけど。でも、なんでボク?」
「タイっちゃんは入院中だし、ミオちゃんは基本オペレーターだし、ゴンさんは午前中で帰っちゃったし、隊長は……なんか違うと思うし」
ああ、とセザキ・マサトは納得した。確かに、隊長が一緒に行けば、報告は隊長が行うことになるだろう。それが肩書きを持つ者の責務、と言ってもいい。結果、付き添いが欲しいのに、自分が付き添いになってしまう。
「リョーコちゃんは自分で伝えたいんだ」
「……うん」
頷くヤマシロ・リョウコ。
確かに、GUYSの中でのキャラを考えれば、妥当な選択ではある。
シノハラ・ミオは控えているだけのタイプではないし(むしろ色々仕切るタイプだし)、イクノ・ゴンゾウは基本無口だから向こうに着くまでの間が持たない。確かに、こういう時は頼れる同僚ではなく、気の置けない友達に来てほしいものだ。それに、任務上の兼ね合いも考えたのだろう。オペレーターとしてのシノハラ・ミオの代わりは、セザキ・マサトでは足りない。
とはいえ、セザキ・マサト自身の中でも、この件についてはまだ整理が付いていないことがあるので、この誘い自体はあまり歓迎できる気分ではなかったりする。
でもしかし。
助けを求める友達を、無碍には出来ない。
(リョーコちゃんが辛いことを率先しようとしている時に、ボクだけ逃げるわけにもいかないかぁ。ここは……押し殺して)
頷いて、頬を緩める。
「じーあいじー。じゃあ、隊長に外出許可を取ってくるよ。多分、事情を話せば許してもらえると思うし」
「うん。ごめんね、無理言って」
「いいよいいよ。じゃあ、ちょっと待ってて」
軽く二度、ヤマシロ・リョウコの肩を叩いてセザキ・マサトは踵を返した。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
だが。
事態はセザキ・マサトが考えているほどすんなりとは行かなかった。
彼女の付き添いとして出てゆくこと自体は、パトロールを兼ねてということで問題なく許可が下りたのだが、その間に着替えてきたヤマシロ・リョウコが普段着で行くことに許可が下りなかった。
まず反対したのはシノハラ・ミオ。
「GUYSの任務上知りえた秘密を報告しに行くのだから、GUYSの制服を着てゆくべき」
という主張に、まあそりゃそうだとアイハラ・リュウも同調した。
たまたま顔を出したミサキ・ユキが、それに賛意を示した。
さらに、これも偶然やってきたトリヤマ補佐官とマル秘書官も、(全く内容を理解して居ないにもかかわらずなぜか)一般的常識だとして正装=制服で行くことを強硬にぶち上げる。
最後に定時報告を受けるため、パネル画面上に現れたサコミズ総監までもが(概ね女性陣とトリヤマ補佐官の勢いに押されて)その意見を尊重する口ぶりとなり――定時上がりのはずだったヤマシロ・リョウコはなぜか残業扱いとなり、GUYSの制服姿のままセザキ・マサトとともにタクシーに乗ってオオクマ家の前へ到着したのだった。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
オオクマ家の門の前でじっと表札を見つめたヤマシロ・リョウコは、インターホンを前に両手で自分の頬を撫でた。
「……うー、緊張して来たよ」
「とりあえず、ボクは話さないからね。がんばんなよ」
「セッチー……それ、ちょっと冷たくない?」
「ボクはあくまで付き添いなんでしょ?」
「そりゃそうだけど……」
「ともかく、まず挨拶なんだからヘルメット脱ぎなよ」
「あ、うん」
思い出したように顎紐を外し、ヘルメットを脱いで髪を振る。ショートヘアが広がり揺れた。
「よーっし。やるよ、セッチー!!」
「うんうん。いいからさっさとインターホン押して」
「ぽちっとな」
鼻息を荒げて、インターホンを押す。
すると、なぜかインターホンではなく扉が開いた。
「――はーい。どちらさん? ……って、あら。GUYSの」
顔をのぞかせたのはオオクマ・シノブだった。
そこにヤマシロ・リョウコの姿を認めたオオクマ・シノブは顔をほころばせた。
「あら、いつぞやの。ええと……そうそう。シロウのマブダチの――」
「はい! お久しぶりです。その節はどうも」
「――オリンピック射撃選手の。ヤマザキさん!」
「あはははは〜、ヤマシロです〜。アーチェリーの」
とりあえず訂正しつつ、苦笑するしかない。
「あっらぁ〜。ほんと、ごめんなさい。……この間といい、間違えてばっかりで申し訳ないわ。ええと、ヤマシロさんヤマシロさん。アーチェリーの、ヤマシロさん、ね。よし、覚えたわ」
呪文のように呟いて、ぐっと両拳を握り、虚空に向けてどや顔をさらす。
空笑いでごまかしていたヤマシロ・リョウコは、一旦左右に首を振った。気持ちを落ち着け、乱されかかったペースを取り戻す。
ここから先の話は、笑って済ませられることではない。
まず頭を下げ、うつむいたまま告げる。
「オオクマさん、すみません。実は、今日はシロウちゃんのことで――」
「シロウ? ああ、だったら今、ちょうどおやつ食べ終わったところよ。呼ぶわね」
「はい、シロウちゃんがおやつを――…………は?」
思わず顔を上げる。
問い質す間もなく、家の中を向いたシノブは大声で叫んだ。
「シロウ! シロウ! お客さん、お前に用事だよ! ちょっと出といで!!」
ヤマシロ・リョウコとセザキ・マサトは目をぱちくりさせて顔を見合わせた。
「え? なに? なになに? どーゆーこと? ――セッチー?」
「いや、ボクに聞かれても……」
「――うっせーな。二人を呼んだのはこっちなんだから、そのままうちに上げりゃあ……」
ぶつくさ言いながら奥から姿を現したのは、まごうことなきオオクマ・シロウだった。
「エミちゃんたちじゃないわよ。ほら」
なぜか得意顔でヤマシロ・リョウコたちを見せる。
「よ、よぅ」
ヤマシロ・リョウコは十年ぶりぐらいに偶然クラスメイトに出会った、みたいな挙動不審気味に片手を挙げた。予想外の展開にまだ頭の中がぐるぐる回っているらしい。
休日にごろごろしていたおっさんが呼ばれた時みたいに、だらけきった表情だったオオクマ・シロウは――二人を見た途端、顔をしかめた。
「あ? その制服……なんでGUYSが」
「あんたに用だってさ」
「用……?」
怪訝そうにじっと二人を見やる。
「なんだよ」
「え〜と……ちょっと、ちょ〜っと待ってね」
掌を見せてそれ以上の会話を制したヤマシロ・リョウコは、セザキ・マサトの首を抱え込んでオオクマ家に背を向けた。
(ちょっとセッチー! いるじゃない! 生きてるじゃない! 誰よ、死んだとか言ったのは!!)
(……間違いなくリョーコちゃんでしょ)
(………………むぅ……)
セザキ・マサトを抱え込んだまま、ちらりと目だけでオオクマ・シロウを見やる。
(足、あるよね……)
(ボクの目の錯覚か、蜃気楼か、幻覚でなければ、はっきりと。幽霊でもなさそうだけどね。お母さんにも見えてるみたいだし――)
(なんで!? どーゆーことなのさ!?)
(だからボクに聞かないでってば)
ぼそぼそ話しているとオオクマ・シロウが苛ついた声を上げた。
「本当に何しに来たんだよ、お前ら。え〜と、ヤマシロとセザキだっけか。用事ないんならさっさと帰れ」
「いやいやいやいや!」
慌ててセザキを解放したヤマシロ・リョウコは、再び玄関口へ戻った。
「あのさ、こないだの戦いの時にさ、なんか変な消え方したもんだからさ、その……大丈夫だったかな〜っと思って、さ」
ふん、と鼻先で笑うように一息吹いたオオクマ・シロウは、尊大な表情で自分の胸を一叩きした。
「見ての通りだよ。で? 用事はそれだけか? だったらさっさと消えろ。俺はてめえらと関わってるほどヒマじゃねえ」
「シロウ!!」
ぞんざいすぎる扱いを見かねて、オオクマ・シノブが口を挟んだ。
「あんた、自分を心配してきてくれた人に対して――」
「なんだよ。頼んでねえだろ。勝手にこいつらが――」
「まあまあまあまあ」
開戦寸前の親子喧嘩に割って入ったのはヤマシロ・リョウコ。いつの間にか玄関の中へ入り込んで、シロウの前に立っていた。目をきらめかせながらシロウの手を取り、両手で握り締める。
「そうだよ、何にしても無事でよかったよ。あの黒い霧に飲まれて消えたように見えちゃったからさ、タイっちゃんともどもてっきり」
「タイ……なに?」
あからさまに嫌そうな顔をして手を剥がそうとするオオクマ・シロウ。そうはさせじと満面に喜びの笑みを浮かべて振りたくるヤマシロ・リョウコ。
「ほんと、君が消えちゃった時は、恥ずかしながら取り乱しちゃってさぁ。やー、だからこうして無事な姿を見られて嬉しいったらもー……あ〜、抱き締めちゃうぞ、この♪」
「やめろ」
手を握り締めたまま、引き寄せようとするヤマシロ・リョウコに抗うオオクマ・シロウ。その表情はさらに歪んでいる。だが、その引き剥がそうとする手の動きをのらりくらりと躱して追従し、握手し続ける。
「シロウちゃんが無事なら、タイっちゃんももう安心だね。――というわけで、お願いがあるんだよ」
「知るかっ! 手を、手を離せっ!」
「タイっちゃんを助けてくれるなら、離してあげるーって言ったらどうするー?」
「……はあ? なんだそりゃ」
怪訝そうなオオクマ・シロウに、ぬふふ、と含み笑いを漏らすヤマシロ・リョウコ。
「まあ、話は見た方が早いと思うからさ、これからちょっとGUYSジャパンに来てよ」
「ざけんな、俺はそんなに暇じゃあ――」
その瞬間、ヤマシロ・リョウコの笑みが消えた。今までにない力で握り締めた手を引き寄せる。油断していたオオクマ・シロウはつんのめるようにしてヤマシロ・リョウコの肩に顔を埋めてしまう。
「――シロウちゃん、お願い」
冗談めかした笑み声を全て削ぎ落とした、真剣な声色で低く呟くように告げる。
「マジでタイっちゃんの命がかかってる。もう、君しか頼れそうにないから――」
「ふざけんなっつってんだろうが」
オオクマ・シロウは空いている手でヤマシロ・リョウコの肩を押して態勢を戻した。
「なんで俺が地球人なんかを」
「……シロウちゃん? え?」
「俺はお前らの救急箱じゃねえ! 誰が怪我してようが知ったことか!! ――くそ、離せ離せ離せ離せ!!」
しつこく捕まえ続けるヤマシロ・リョウコの手を、何とか引き剥がそうと縦横無尽に振りたくる。柳に風、のごとくにその力をうまく受け流し、握り続けるヤマシロ・リョウコ。
「……シロウちゃん? タイっちゃんが大変なんだよ? 命の瀬戸際――」
「だから知らねえつってんだろ! 俺はこの後用事があるんだよ!!」
「そりゃ、都合のいいお願いだってわかってるけど……タイっちゃんだよ!? タイっちゃんの命より大事な用事って、なにさ!」
「お前に関係ないっ!! ――この、離せっ!!」
「言ってくんなきゃ、離さないっ!!」
「てめえっ!!」
握手の手を離すか離さないか、奇妙な駆け引きが始まった。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
そんなやり取りを玄関の外で見ていたセザキは、ふと人の気配を感じて振り返った。
片やポニーテイル、片やロングヘアの女子高生二人が小首を傾げていた。
「あれー……GUYSの人だ」
「ええと……セザキ、さんでしたよね」
セザキ・マサトの脳内人物照合コンピューターはタイムラグなしで二人の名前を呼び出し、にこやかなスマイルを満面に作らせた。
「やあ、アキヤマさんとチカヨシさん。こんにちは。今学校帰り?」
はい、と頷いたのはチカヨシ・エミ。
「今日は部活が休みになったんで、たまたま早く帰れたんです。あと、シロウさんに来るように呼ばれたので」
「こんにちは、セザキ隊員。この間(※第7話)はご心配をおかけしました」
アキヤマ・ユミはしっかり頭を下げる。
「いやいや。あの後も特に連絡なかったみたいだけど、別に変わったことはない?」
「ええ、大丈夫ですとも」
「…………ええ。はい」
自分のことでもないのに、なぜかはっきりきっぱり言い切ったチカヨシ・エミに対して、アキヤマ・ユミは少し頬を染めた。(※小ネタ集・参照)
その反応に微妙な甘酸っぱさを感知したセザキ・マサトは、あえてスルーすることにした。
「そうか、よかった。こんな可愛い女子高生に何かあったら世界の損失だからね。何かあったらいつでも相談を――」
「それより、シロウさんどうかしたんですか?」
セザキ・マサトのスウィートトークをあっさりぶった切り、玄関の中をそっと見やるチカヨシ・エミ。
「ん? いや、シロウ君よりうちのリョーコちゃん――ヤマシロ隊員がね」
玄関で押し問答めいたことをやっている二人を、セザキ・マサトも見やる。
「……まあ、勘違いだったみたいなんでいいんだけど」
言葉の中身が理解出来なかったのか、それともその割に少し硬張っているセザキ・マサトの横顔を不思議に思ってか、二人の女子高生は顔を見合わせる。
「それで……入ってもいいんですか?」
アキヤマ・ユミの問いかけに、セザキ・マサトの笑顔が戻った。
「ん? ああ。別に今日のは挨拶みたいなものだから、全然。どうぞどう――」
道を譲ろうと後退った時、ひときわ大きなオオクマ・シロウの怒声が響いた。
「しつこいってんだよ! なんなんだ、お前!!」
突き飛ばされたのか、ヤマシロ・リョウコが玄関内から背中向きに飛び出してきた。
驚く女子高生を制し、素早く踏み込んだセザキ・マサトががっしり受け止める。
びっくりした表情のヤマシロ・リョウコ――が口を開くより早く、オオクマ・シノブの雷が落ちた。
「シロウ!! お前! 何てことするんだい!」
「うっせー! あいつがうっとおしいからだ!」
セザキ・マサトが顔をしかめ、ヤマシロ・リョウコが驚きから回復する前に、二人の横を駆け抜けた風があった。
「シロォォッッ! こぉのバカ弟子がぁ!!」
チカヨシ・エミである。
玄関の敷居を踏み越える前に、既に拳は振りかぶられていた。
師匠による鉄拳制裁――は、見事に空振った。
あっけなく受け流された挙句、その勢いのままかる〜く投げ飛ばされた。セザキ・マサトが支えているヤマシロ・リョウコの方へ。
「――え?」
まさかそんな風に返されると思ってもいなかった女子高生は、一瞬、なにが起きたかわからぬままになっていた。頭と足がひっくり返っている。当然、一介の女子高生が受身を取れる体勢ではない。
「――リョーコちゃん!!」
「合点!!」
セザキ・マサトが勢い良くヤマシロ・リョウコを立ち上がらせ、ヤマシロ・リョウコが飛んできたチカヨシ・エミを受け止める。さらにその二人を再びセザキ・マサトが受け止め、どっしりと支え――切れずにそのまま後方へと転倒した。
「ちょ、ちょっと、大丈夫ですか!?」
悲鳴じみた声をあげて、アキヤマ・ユミがよってくる。
「あたたたた……チカヨシさん、リョーコちゃん大丈夫!?」
「あたしは大丈夫ー。さんくすセッチー」
「あたしも大丈夫ですー。ごめんなさいー」
「いいっていいって」
「そうそう。セッチーには役得役得♪だもんね」
アキヤマ・ユミの手も借りて三人が起き上がっている間に、玄関内では親子喧嘩が再燃していた。
「あんた、何を苛ついてんのか知らないけど、やっていいことと悪いことの区別もつかないのかい!!」
「うっせー! 今のはあいつが先に仕掛けてきたんだろうが!」
「どんな理由があろうとも、オオクマ家の男が女の子に手を上げるなんて、あっちゃいけないんだって教えただろう!」
「知るかっ! 我が身を守るのが一番大事に決まってんだろうが!! 痛い目を見るのがいやなら、最初からかかってこなきゃいいだけの話だ! 拳振り上げた時点で、あいつは俺の敵に回ったんだよ!! 敵は排除するのが全宇宙の掟だ!」
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
「……なんか、変だよねシロウさん」
怪訝そうなアキヤマ・ユミの呟きに、スカートの汚れを払っていたチカヨシ・エミも頷く。
「うん。いや……変って言うか……初めて地球に来た時に戻っちゃったみたい」
「――二人は彼が地球に来た時のことを知ってるの?」
口を挟んだのはセザキ・マサト。ヤマシロ・リョウコも口は挟まないものの、興味ありげに視線をその場に向けている。
アキヤマ・ユミとチカヨシ・エミは顔を見合わせた。
「ええと、エミちゃんは裏山に落ちたシロウさんをオオクマさんやご近所の人達と一緒に、ここまで運んで来たって」
「うん。そん時はレイガの姿だったけどね。目を覚ました時は、ちょうどあんな感じだった。不良っぽいていうか、誰も信じないっていうか」
「私は夏休みに入った直後ぐらいに紹介してもらったんですけど、やっぱりまだ不良っぽかったです。暴走族と争いになったときも、暴走族より――」
「ユミ、しぃっ!」
チカヨシ・エミの制止にアキヤマ・エミみは慌てて自分の口を押さえる。
セザキ・マサトとヤマシロ・リョウコは顔を見合わせた。
「ははぁ、なるほど。あの時のあれは、そういうことだったのか」
「でもでも、あれはわたし達を守ってくれるためで――」
「そうそう、そりゃあ確かに、その……ちょっとやりすぎ感がしないでもないでもないでもないけど……でも、止めてって言ったら止めてくれたし……」
「ああ、はいはい。大丈夫大丈夫」
必死でオオクマ・シロウの弁護をする女子高生二人に、ヤマシロ・リョウコはにっこり微笑んで二人をそれぞれ両腕に抱き寄せた。安心させるように背中に回した手で軽く叩く。
「今さら過ぎたことを蒸し返す気はないからさ。それより、最近は落ち着いてきた彼が……一体どうしたんだろうね、ホント」
落ち着きを取り戻した二人を解放して、玄関を再び見やる。
ヒートアップしきった親子喧嘩はとどまるところを知らない。見ている側としては、いつかオオクマ・シロウがオオクマ・シノブに手を上げるんじゃないかとひやひやする。
「……親を親とも思わない言動、誰も信じない……女の子を突き飛ばす…………ふむ」
セザキ・マサトはオオクマ・シロウの様子をじっと観察をする。
とはいえ、何が違うかを判断するには、あまりに以前のオオクマ・シロウを知らない。
それでも、この間霊園であったときの印象からすると、雲泥の差を感じられた。警備員に両腕を抱えられて引きずられて行きそうになっていたあの姿は、今の彼からは感じられない。今の彼なら、その場でぶっ飛ばして叩きのめしかねない。あれを命じたオオクマ・ジロウ――兄ともども。
やはり、前回の戦いで黒い霧に飲まれて消えたことに関連があるのだろうか。
それとも……。
「とりあえず、あのケンカを止めましょう」
そう提案したのはアキヤマ・ユミ。その表情には決意が宿っている。
チカヨシ・エミは怪訝そうにして、首を振った。
「止めるって……あたしどころかGUYSの隊員さんでも吹っ飛ばされたのに、あんたがどうしようって言うのよ」
ヤマシロ・リョウコも頷いてその意見に同調する。
「そうだよ、アキヤマさん。下手に手を出したら怪我じゃすまないよ? 今のはセッチーがうまく受け止めてくれたからみんな無事だったけど、次も同じようにうまく行くとは――」
「いやいや、どういう状況でも女の子に怪我はさせないよ、ボクは。例え肋骨全部折れても――」
「それ以上言うと、変なフラグ立っちゃうからやめとこうな、セッチー」
「それは別にいいんだけど」
「いいのかよ」
ヤマシロ・リョウコの突込みを笑顔で受けたセザキ・マサトだが、すぐに表情を引き締めた。
「それより、いきなり殴られたりしたら流石に僕でも間に合わない。――あ、そうだ。キャプチャーキューブ使っちゃー」
腰からトライガーショットを抜き放つ。女子高生二人の顔が、さっと引き攣った。
ヤマシロ・リョウコが間髪入れず首を横に振る。
「ダメ」
「ですよねー」
照れ隠しに笑いつつ、ガンホルダーに戻す。
「ったく、当たり前でしょ。どこの世界に親子喧嘩の仲裁にメテオールなんて。そもそも許可下りるわけないじゃん」
「片方宇宙人の親子喧嘩もそうそうあるもんじゃないけどね」
「――……心配していただいてありがとうございます」
アキヤマ・ユミは頭を下げた。
「でも、大丈夫。『自分に出来ないこと』はわかってるつもりですから。そもそも、あたしたちを呼んだのはシロウさんですから、その話をすれば――」
「ああ、そういやそうだっけ。忘れてた」
暢気に笑うチカヨシ・エミ。
「やっぱユミは落ち着いてるなぁ。んじゃ、任せる。……万が一の時は骨を拾ってあげるからねー」
「やめてよ、エミちゃん」
くすっと笑って、アキヤマ・ユミはオオクマ家の敷居を跨いだ。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
1分で事態は収拾した。
別に特別なことを言ったわけではない。
「用事ないなら帰りますね」
アキヤマ・ユミのその一言でオオクマ・シロウは矛を収めた。
とはいえ、保護者としてオオクマ・シノブが収まらない。
そのため、アキヤマ・ユミはオオクマ・シロウを外へ連れ出した。
「お説教は敷居を再び跨いでからにして下さい、お客さんが待ってますから」
その一言で、オオクマ・シノブもとりあえずその場は矛を収めることにした。
一同は場所を移すことにして、近所の公園に向かった。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
「……ユミって、ほんとすごいよね。あの親子喧嘩をあっという間に仲裁しちゃうなんて」
「……………………」
驚き覚めやらぬ顔で見つめるチカヨシ・エミに、アキヤマ・ユミはものすごく変な顔をした。
喜び半分、がっかり半分――いつか言わせてみせると胸に誓ったセリフが、ここでこんな風に出てしまったことへの葛藤が現われた表情だった。
(……これはノーカウント。これはノーカウント…………そうよ。これじゃない。わたしが求めてるのは、こういうことじゃないんだからっ!)
そんな内心の懊悩をその場の誰一人知ることもなく、話は進む。
「で、なんでお前らがまだいるんだ」
オオクマ・シロウは明らかな敵意をGUYS制服を着た二人に向けている。
腕組みをしたヤマシロ・リョウコはにっこり笑った。
「あ、気にしないで。どうぞそっちの話を続けて?」
ふん、と鼻を鳴らしオオクマ・シロウはアキヤマ・ユミを見やった。
「ま、外へ出たのはちょうどいい。お前、これから案内しろ」
女子高生二人は顔を見合わせた。オオクマ・シロウの態度もそうだが、言葉の中身も今ひとつ要領を得ない。
「案内って、どこへですか?」
「サカタジドウシャだ」
その言葉に反応したのはセザキ・マサトだった。怪訝そうに眉根を寄せる――が、口は挟まずに耳をそばだてる。
女子高生二人は再び顔を見合わせていた。
「サカタジドウシャって、自動車の会社ですか? ……エミちゃん、知ってる?」
「ユミが知らないのに、あたしが知ってるわけないじゃん」
お互いに小首を傾げて、オオクマ・シロウに向き直る。そして頭を下げた。
「ごめんなさい、わたしにはわかりません」
「おい、勘違いするな。俺は道順を聞いてるんじゃねえ。案内しろって言ってんだ。かーちゃんと違って、何か調べる方法があるんだろうが。ケイタイだかなんだったかでよぉ。さっさとやれ」
そのあまりに傲慢な物言いに、チカヨシ・エミの表情が引き攣った。
「ちょっと、シロウ。あんた……!!」
「あん? なんだ、お前が知ってんのか?」
「知らないっつったでしょ! 聞いてなかったのか、このバカ弟子!」
「ちっ、知らねえんなら口を挟むな。あんまりうるせえと――」
眼を据わらせて拳を握る――そこで、チカヨシ・エミの肩をセザキ・マサトが押さえた。
「坂田自動車ならボクが案内できるよ」
驚きの眼差しが集まる――オオクマ・シロウだけは目をすがめて唇を歪めていた。
「そうか……お前、そういやこの間、あのじじいとオオクマ・ジロウに会って、やたら興奮してやがったな。こいつは盲点だった」
セザキ・マサトはちらっと視線をそらした。何かを見ての動きではなく、今のセリフに少し考えさせられたからだった。
(あれを覚えてる? ……違うのか? まあいいや)
「じゃあ、もうお前らに用は――」
手を振って女子高生二人を追っ払おうとするオオクマ・シロウ。その機先を制して、セザキ・マサトは口を挟んだ。
「悪いけどさ、アキヤマさんついてきてくれる?」
「え?」
「――おい、勝手に」
「そうだよ、セッチー。それならあたしが一緒に」
そう言いながら、ヤマシロ・リョウコの目は女子高生二人をこの今や危険人物に等しい男と一緒にしておくのはダメだ、と告げている。
しかし、セザキ・マサトは冷淡な表情で首を振った。
「残業中でしょ、リョーコちゃんは。用事は済んだんだから、さっさと帰って報告。とりあえず今はタクシー呼んできてよ」
「あ、うん……」
納得できない面持ちながらも、公園の外の道路へ向かうヤマシロ・リョウコ。
そして、セザキ・マサトは再びアキヤマ・ユミを見やった。
「で、もちろんタクシー代はこっちでもつからさ。どう?」
「えと……どうして、わたしを?」
「一人じゃ寂しいから」
「は?」
目を点にして顔を見合わせる女子高生二人。
オオクマ・シロウも呆れたように鼻を一つ鳴らして、それ以上口を閉ざす。
「ま、ついてきてくれればわかるよ。シロウ君、いいよね?」
「――行けるなら、どうでもいい。さっさと連れて行け」
「うん。じゃあ、行こうか――っていうか、先行ってて」
「さっきの女を追えばいいんだな?」
「そゆこと」
再び鼻を鳴らして歩き始めるオオクマ・シロウ。
その背中を見据えるセザキ・マサトの眼差し――その冷たさに、女子高生二人は息を呑んだ。
「あ、あの……セザキ隊員」
「本当に大丈夫……なんですか?」
「んー……多分ね」
「多分って……」
不安げな二人に、セザキ・マサトは顔を寄せた。
「それよりさ、二人にはちょーっと頼みたいことがあるんだ。やってくれる?」
にんまり笑うセザキ・マサトに、二人はさらに不安げな表情で顔を見合わせた。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
三人で公園を出ると、既にタクシーがとまっていた。
いらついた表情を隠しもせずに待っているオオクマ・シロウ。
「おせえぞ。なにしてやがる」
「いやぁ、モテる男は辛いってね。せっかくだからメルアド交換してたの」
「メル……なんだ、そりゃ」
「おっと、宇宙人にはわからない話か。まあ、お互いの電話番号の教え合いみたいなものさ」
「くっだらねえことしてんじゃねえよ。さっさと行くぞ」
「はいはい。(……ふむ。電話番号は理解できる、と)――じゃあ、アキヤマさんは前の助手席に乗って」
「はい」
頷いたアキヤマ・ユミは開かれた助手席に身を滑り込ませる。
「そんじゃ、チカヨシさん。リョーコちゃんのこと、ヨロシクね?」
「G.I.G!!」
GUYSに倣って、胸の前で拳を水平に構える敬礼で答えるチカヨシ・エミ。
頼もしげに微笑むセザキ・マサトに対し、オオクマ・シロウは興味なさげに鼻を鳴らす。
そして、後部座席へ先に入ろうとしたセザキ・マサトの肩を、ヤマシロ・リョウコがつかんで止めた。ちらっと助手席に座って携帯を握り締めているアキヤマ・ユミを見やる。女子高生らしからぬ緊張にまみれたその横顔に、一層顔が険しくなる。
「……本当にいいんだね? 彼女」
「ああ、大丈夫大丈夫。無理なことはさせないから。それと、後のことはエミちゃんに頼んであるから。じゃ、よろしく」
軽く肩を叩いて、座席に潜り込む。
「え? エミちゃんって、チカヨシさんに? なにを? ――って、わ」
「邪魔だ、どけ」
中を覗き込もうとしていたヤマシロ・リョウコを押しのけ、最後にオオクマ・シロウが乗り込む。
「じゃ、行ってくるね〜」
残る二人に手をひらひら振ったセザキ・マサトは、運転手に告げた。
「――お待たせしました。とりあえずどっからでもいいんで首都高環状線、外回りに乗ってもらえますか。細かいナビはその都度伝えますので」
「はい、わかりましたー。まずは首都高ね」
心安く答えて、運転手はタクシーを発進させた。