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ウルトラマンメビウス外伝 RAYGA

 第10話 闇と光の間に…… その1

 GUYSジャパン日本支部・総監執務室。
 デスクに着くサコミズ・シンゴ総監の前に、アイハラ・リュウの姿があった。
 向かい合う二人の表情は硬い。
「それで……クモイ隊員の容態は?」
 いつもの穏やかな笑みが消えたサコミズ・シンゴは、内心の緊張を隠すように両肘を机につき、顔の前で手を組んでいた。
 サータンとの戦いの直後、現場で血を吐いて昏倒したクモイ・タイチは、そのままGUYSメディカルに搬送され、ICUで集中治療を受けていた。
「タイチは――…………正直、ヤバい状態です」
 唇を引き結んだアイハラ・リュウは、声を搾り出すように告げた。
 サコミズ・シンゴの片目がわずかに細まる。
「確か、特別にクゼ元隊員を医療スタッフとして招聘したと聞いたけれど?」
「はい。テッペイは今もICUでタイチのことを診てくれてます。けど……」
 そこで言葉を切ったアイハラ・リュウは、視線を下に落として唇を噛んだ。
「……あいつは言ってました。今のタイチの状態は、現代医学の常識を超えていて手の施しようがない、と。専門的な話はよくわかりませんでしたが、なんでも全身の細胞の結合が弛んでしまっている状態で――」

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 GUYSメディカル・ICUセンター。
 白一色の部屋の真ん中に置かれたベッドに、気体吸入マスクを着けたクモイ・タイチが寝ていた。
 身体を覆う白い掛けシーツの全方位から、様々なコードやチューブなどが忍び込んでいる。
 その痛々しい姿を、室外の廊下からガラス窓に張り付くようにして見つめるヤマシロ・リョウコの姿。
 傍らに立つのは、かつてのGUYS隊員クゼ・テッペイ。
「細胞の結合が緩んでいるということは、そもそも人としての形を取っていることすら奇跡に近いということなんだ。いや……それ以前にあのダメージを受けて、細胞を構成する分子がまだ無事というのが、そもそも信じられないんだけどね」
 手に持ったカルテに目を通しながら、クゼ・テッペイはヤマシロ・リョウコに言った。その表情は、痛々しく歪んでいる。
 眉根をハの字に寄せたヤマシロ・リョウコは振り返り、救いを求めるようにクゼ・テッペイを見つめた。
「……タイっちゃん、助からないの……?」
「……………………」
 大きく息を吐き、ヤマシロ・リョウコの横に進んできたクゼ・テッペイは、その眼差しでガラスの向こうの患者を見据えた。
「人間に限らず、生物において細胞間の結合が弛んでしまったりしたら、普通なら全身から血や体液を噴き出して死んでしまう。だから、現代医学の知見で見る限り、今の彼の状態はありえない。何らかの力が細胞間の結合を締め直しているのか、もしくは体組織の崩壊を防ぐ何かの要因があるのか……でも、それも現状維持が精一杯だと思う」
「何とかならないの?」
 クゼ・テッペイはやるせなく首を振った。
「人体の細胞は六十兆個とも数百兆個とも言われている。それらが、接着剤を失ったプラモデルのパーツみたいにバラバラになってるんだ。外から接着剤のようなものを流し込む外科的手段は不可能だし、内部から再結合や再生を促すにも、そんな研究は――いや、そもそもその治療行為自体が今の奇跡的なバランスを崩してしまう可能性がある」
「そんな……」
「僕だって望みは捨てたくないし、捨てるつもりもない。一応、各方面に問い合わせはしてる。でも、今のところ一番頼りになりそうなのは……」
 クゼ・テッペイは唇を噛んだ。現代医学の敗北を口にしたくない、とでも言いたげに。
「誰でもない、彼自身の自然治癒力だけなんだ。彼自身の生きようとする力、その意志。それが上手く体内の回復システムを動かしてくれれば……あるいは」
「そう、ですか」
 ヤマシロ・リョウコは少しうつむいて、ガラスに押し当てていた掌を握り込んだ。
「だったら……大丈夫ですよ」
 その声は、言葉ほどに強くはない。語尾もわずかに震えている。
「タイっちゃんは頑張り屋だから。自分しか頼れないなら、自分でなんとかしちゃう人だから。……ううん、追い込まれた時ほど本気になって、力を見せる人だもん。きっと…………きっと、今度だって、絶対」
 すがる瞳でガラス越しにクモイ・タイチを見つめるヤマシロ・リョウコ。
 クゼ・テッペイはその肩に手を置いた。
「僕らの時と同じように、君たちにも強い絆がある。その思いは必ず届くさ。……僕も、その絆の力を信じるよ」
 頷くヤマシロ・リョウコの肩を軽く叩き、クゼ・テッペイはその場を後にした。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 自室に戻ったクゼ・テッペイは重い溜息をついて、天井を仰いだ。
「本人の自然治癒力に任せるしかない? 医師として、こんなセリフ……これほど悔しいことはない……くそっ」
 デスクの天板が、激しく鳴った。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 GUYSジャパン日本支部・総監執務室。
「そうか……。他の隊員たちの動揺は?」
「表面的には。ミオも、ゴンさんも、それにマサトも、それなりに感情のコントロールが出来る奴らですから、比較的冷静に業務を遂行してくれています」
「君は?」
 じっとアイハラ・リュウを見やるサコミズ・シンゴの眼差し。
 アイハラ・リュウは苦笑した。
「隊長ですよ、俺は」
「……辛いな」
 いえ、と首を振るアイハラ・リュウ。
「俺は信じてますから。タイチは、こんなことでくたばったりはしないって。あいつは、必ず戻ってきます」
 そのきらめく眼差しに、一点の曇りもない。
 サコミズ・シンゴはその時初めて、唇にほんの少し笑みを浮かべた。
「わかった。……それから、もう一人の方は?」
「レイガ、ですか」
 たちまち渋い表情に戻ったアイハラ・リュウに、サコミズ・シンゴは頷いた。
「あれは……ミオとゴンさんの分析が出ました。残念ですが、リョウコの言ってた通り……」
「消滅、か」
 痛ましげに表情を歪め、うつむくサコミズ・シンゴ。重い溜息がデスクに落ちた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 フェニックスネスト・ディレクションルーム。
「納得いかない」
 頭を掻き毟っていたセザキ・マサトは、両拳をディレクション・テーブルに叩きつけた。
 コンソールを叩いていたシノハラ・ミオは、手を止めて溜息をついた。視線をゆっくり宙に巡らせてから、セザキ・マサトに向ける。
「しつこいわね、あなたも。レジストコード・ウルトラマンレイガが消滅したという客観的証拠があるって言ってるじゃない」
 白い指がコンソール上の、予定になかったキーを叩き、メインパネルに科学的データのグラフや報告書が展開される。
「――レゾリューム粒子との接触でウルトラマンが消失する際には、微量ながら衝撃波と光子が発生する。それはメビウスがエンペラ星人に消滅させられた時のデータに残っているの。おそらく闇と光の因子の対消滅で漏れたエネルギーなんでしょうね。今回、レイガが黒い炎に飲まれて消えた際にもそれは観測されてる。これらの客観的証拠が揃ってるのに、なにが納得できないのよ。あなた、そんなキャラじゃないでしょ?」
「そっちじゃない!!」
「は?」
 顔を上げたシノハラ・ミオを、振り返ったセザキ・マサトの瞳がじっと見据える。
「なんでレイガがレゾリューム粒子に侵されてる話を、ボクら共通の認識にしてなかったんだよ!」
「なんで、と言われてもねぇ」
 困惑顔で小首を傾げる。
「知ってたところで、何ができたわけでもないでしょうに」
「ってか、なんなのさ、その落ち着きは。ひょっとしてミオちゃん……知ってたの!?」
 ええ、と頷きながらシノハラ・ミオは眼鏡を外した。空いた手で目頭の辺りを揉む。
「まあ、薄々は、だけどね」
「え……」
「月面での戦い以降、彼の身体から噴出していた黒い粒子――その粒子からレゾリューム粒子反応が検出されていたもの。何が起きているかまでは知らなかったけど、何かおかしなことになってるのは気づいてたわ」
「ひょっとして……他のみんなも」
 眼鏡を掛け直したシノハラ・ミオは、束の間宙に視線を走らせ記憶を探る。
「そうね。隊長には報告したし、ゴンさんは一緒に分析してもらってたわ。リョーコちゃんは知らなかったみたいだし、気にもしていなかったみたい。彼女に事実を教えたっていうクモイ隊員は……どういうルートで知ったのかはわからないけど、ひょっとしたら私たちより詳しく事態を把握していたかもしれないわね。リョーコちゃんの話からすると」
「つまり、ボクだけが――」
「そうなるわね。……でも、それがどうかして?」
 いっそ冷徹なその一言に、セザキ・マサトは思わず続ける言葉を忘れた。
「どうかしてって……」
「セザキ君」
 眼鏡の奥の瞳が、じっとセザキ・マサトを見据える。生徒をたしなめる女教師のように。
「申し訳ないけど、私にはあなたがまるで仲間外れにされて怒っているようにしか見えないわ。あなた……日頃の言動はともかく、今、この時にそんな幼稚なことを言う人じゃないでしょう? 第一、クモイ隊員やリョーコちゃんほど、彼に、レイガに入れ込んでいたわけでもないじゃない。本当に、何を怒っているの?」
 セザキ・マサトはしばし、黙り込んだ。視線をせわしなく漂わせて、言葉を捜す。そして、頷いた。
「……いや。むしろ、その捉え方のほうが正しいよ。ボクは、ボクに何の相談もなかったことに怒ってる」
 内心の揺らぎを現わすかのように、その語尾は微妙に震えている。
 シノハラ・ミオはとことん呆れ果てた表情で、ため息を盛大に漏らした。
「セザキ君、あなた…………なに言ってるかわかってる? 今も言ったけど、あなたに相談して何が変わったって言うの? まさか、あなたならレイガからレゾリューム粒子を排除できたとでも? そんなわけないじゃない。リョーコちゃんがクモイ隊員から聞いたとおり、あれは地球人の科学技術でどうにかできるような――」
「シノハラ隊員!」
 デスクを叩くと同時に、立ち上がる。その激しい音と、厳しい怒声に思わずシノハラ・ミオは身を竦ませた。
 セザキ・マサトの頬が、引き攣っている。彼女が見たことのない、真剣な表情。
「あまりボクを――」
 そこで、言葉は途切れた。
 唐突に訪れたその沈黙に、シノハラ・ミオはますます怪訝そうに眉根を寄せた。
「セザキ……君?」
「……――いや」
 急に首を振って、天井を仰ぎ、大きく深呼吸をする。
 そして、再びシノハラ・ミオに視線を落とす。その表情は、いつものにやけた軟派な笑みに戻っていた。
「ごめん、大声出しちゃって。そうだね、今のはボクらしくなかった。忘れてよ。ははは」
 乾いた笑い。いつもの能天気な笑いとのギャップに、シノハラ・ミオの表情はますます硬張る。
 黙っていると、セザキ・マサトは歩き出した。ディレクションルームから出て行こうとしている。
「あ、ちょ、ちょっと、どこへ行くの!? 待機中よ!?」
「んー……ちょっと顔洗って落ち着いてくる。すぐに戻るよ」
 振り返らず、そのまま軽く手を振って出てゆく。
 空気の漏出音とともにスライドドアが閉まり、ディレクションルームに沈黙が落ちる。
「……ふぅう……」
 思わず、天井を見上げたシノハラ・ミオの唇から弛緩の吐息が漏れた。
「なんなのよ、今の」
 ちらりと、セザキ・マサトが出て行ったドアに視線を走らせた。
「ん〜……。セザキ君……ちょっと印象を改める必要があるかしらね。でも、本当に何をそんなに……?」

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 ディレクションルーム外の通路を歩きながら、再びセザキ・マサトの表情は険しくなっていた。
「……くそ、これだから民間出の人はさぁ。緊張感が足りないっていうか、危機感がないっていうか……。――!!」
 不意に立ち止まったセザキ・マサトは、ジャケットの内ポケットから携帯を取り出した。音も立てずに震えているその携帯を開き、番号を確かめる。そして、舌打ちを漏らした。
「なんだよ、このタイミング。……もうミオちゃんの分析が流れちゃったってことなのか?」
 二、三秒その画面を見ていたセザキ・マサトは、それをそのまま元の内ポケットに入れ――吐き捨てた。
「業務中だよ。一昨日かけ直しやがってくださいな、と」

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 GUYSジャパン日本支部・総監執務室。
 サコミズ・シンゴは難しい表情で唸っていた。
「地球上で死んだと思われていたウルトラマンが、その後復活していたと言う話は過去にもあるから……絶望的だとは言い切れないけど……」
「でも、あいつはウルトラ兄弟ではないんですよね?」
「うん、そうなんだ。だから、心配してる。ミライの時のように(※ウルトラマンメビウス第51話)、復活できていればいいんだけど……」
「あの時は……俺たちとの強い絆があったから、奇跡的に復活できた。そうですよね?」
「ああ。そうだ。GUYSの仲間として戦い、死線をくぐり抜け、お互いに信じ合うことが出来たからこその奇跡、だね」
「そこまでの絆がレイガと地球人との間にあったのかどうか、か」
 腕組みをしたアイハラ・リュウは、サコミズ・シンゴ同様難しい表情で唸った。
「個人的に仲の良かった地球人はいるようですし、GUYSでもタイチやリョーコはかなり肩入れしてたようですが……」
「どちらにしても、クモイ隊員同様信じて、祈るしか方法はない、か」
 疲れたように溜息をつく。
「せめて、もう少し早くシノハラ隊員やクモイ隊員の報告が僕の耳にまで届いていれば、手立てが出来たかもしれないが……」
「二人の報告が? サコミズ総監に? どういうことです?」
 怪訝そうなアイハラ・リュウに、サコミズ・シンゴは表情を緩めた。
「ああ、リュウは知らなかったか? ウルトラマンに対する、レゾリューム粒子による対消滅効果を無効化する方法が――」
 その時、デスクの上の通話機が、内線の呼び出し音を立てた。
 即座にサコミズ・シンゴが出る。
「はい、サコミズ・シンゴです。……ああ、イクノ隊員」
 画面上に現れたのは、イクノ隊員だった。ごつい体格の隙間からかろうじて見える背景からして、GUYSメカの整備ハンガーにいるらしい。
『申し訳ありません、サコミズ総監。そちらにアイハラ隊長はおいでですか?』
「ああ、いるよ。――リュウ、君にだ」
 頷いて、アイハラ・リュウを促す。
 アイハラ・リュウはデスクを回ってサコミズ・シンゴの横に立った。
「おう。どうした、ゴンさん。回収してきたガンウィンガーの状態はどうだ? どれぐらいで復帰できそうだ?」
『それが……アライソ整備班長が直接隊長に話をしたいと。至急ハンガーまでおいでいただけますか?』
 アイハラ・リュウとサコミズ・シンゴは顔を見合わせた。たちまちアイハラ・リュウの表情が、世も末を迎えたような苦渋に満ちる。
「……あっちゃー。やっぱお小言かぁ。――わかった。すぐ行く」
『お願いします』
 画面が暗転し、アイハラ・リュウはデスクの前に戻った。
「それでは、ちょっと怒られてきます」
「ん、ああ。……ま、気を落とさずにね」
「G.I.G」
 踵を打ち鳴らし、サコミズ・シンゴに敬礼して、アイハラ・リュウは総監執務室を後にした。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 アイハラ・リュウが執務室を出た直後。
 再び内線がかかってきた。
 今度は、アライソ整備班長本人だった。
「……アライソさん?」
 サコミズ・シンゴは怪訝そうに眉をしかめた。画面のアライソ整備班長からは、アイハラ・リュウが心配していたような怒気は感じられない。むしろ何か悲痛な空気さえ感じられる表情だった。
『サコミズさん……リュウのやつはもう出たかい?』
「ああ。今そっちへ向かってる。……こんなことを頼める義理じゃないけど、お手柔らかにね」
 サコミズ・シンゴの苦笑にも、アライソはにこりともしない。
『ん、ああ。それは……いいんだが。ちょっと、とりあえずあんたにだけは先に伝えておこうと思ってね。実は……』

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 GUYSメカを格納しているハンガー。
 アイハラ・リュウが顔をのぞかせると、ちょうどアライソが通信回線を落とすところだった。
「アライソさん、わりぃ」
 いつものように片手で拝むような仕草をしつつ、腰を低くして頭を下げるアイハラ・リュウ。
「ほんと、毎度毎度世話かけちまってすまねえ。タイチには俺からキツ〜っく言っとくから――」
「あの小僧の容態はどうだ?」
 振り返ったアライソは、視線でパイプ椅子に座るよう促し、自分は少し離れたテーブルに向かう。
 てっきり怒声だか罵声だかわからない叱責、もしくは拳骨ぐらいは飛んでくるものと覚悟していたアイハラ・リュウは、その落ち着いた声音に目をぱちくりさせた。拍子抜け、どころの話ではない。
「……おやっさん?」
「いいから、そこに座れ」
「あ、はぁ……」
 居心地の悪い空気を感じながら、恐る恐るパイプ椅子に腰を下ろす。
 アライソは湯飲み茶碗を二つとやかんを下げて戻ってきた。
 差し出された湯飲み茶碗を受け取ると、そのままやかんの中身を注ぎ込む。麦茶らしかった。
 自分の湯飲みにも茶を注いだアライソは、アイハラ・リュウの前に別のパイプ椅子を引っ張ってきてそこに腰を下ろした。そして、ひとまず湯飲みをあおる。
「……で、どうなんだ?」
 じろりと見やる眼。
 予想外の展開に呆けていたアイハラ・リュウは最前の問いを思い出し、湯飲みに一口つけてから答えた。
「かなりヤバい。……けど、まだ死んでねえ」
「そうか」
 答えながら、手の中の湯飲みをじっと見つめるアライソ。
「おやっさん、どうしたんだ? なんか、変だぜ?」
「単刀直入に言うぞ。――ガンウィンガーの廃棄処分が決まった」
「……………………は?」
 アイハラ・リュウの動きが止まった。
 アライソ整備班長も湯飲みに目を落としたままだ。
「い……いやいやいやいや。何言ってんだおやっさん。何でガンウィンガーが」
 空笑いを放ちながら、ハンガーを見やる。
 そこにガンウィンガーはあった。
「確かに今回はひどい落ち方だったけどよ、ウルトラマンがきちんとキャッチしてくれたし――」
「そういうこっちゃねえんだ」
「じゃあ、どういうことなんだよ!」
「――論より証拠だ。来い」
 言うなり、アライソ整備班長は湯飲みを傍らのテーブルに置き、長めのレンチスパナを手にして席を立った。
 怪訝そうにしてアイハラ・リュウも湯飲みを置き、その後ろに従う。
 ガンウィンガーの傍まで来たところで、アライソはレンチスパナを持った腕を伸ばしてアイハラ・リュウを制した。
「あんまり不用意に近づくな。――これで、その装甲を少し叩いてみろ」
 差し出されたレンチスパナを受け取ったアイハラ・リュウは、指示された行為の意味を図りかねながら、かるーくコクピット下部の装甲板にそれを当てた。
 ぱり、という音とともに何かが割れて砕けた。
 それが装甲板だと認識するのに、数秒を要した。
 叩いた、というほど力を込めたつもりはない。大事な機体だ。撫でた、というのが妥当なほどの衝撃だったはずだ。なのに、防衛軍の戦闘機など足元にも及ばない高強度の装甲板が、まるでウエハースか何かのように割れ、砕け、細かい飛沫と欠片になって足元に落ちていた。
「なんだこりゃ…………なんだこりゃあ」
「ごらんの有様ってわけだ。――いつ崩壊するかわからんぞ。あんまり傍に居るな」
 ぶっきらぼうに言ったアライソ整備班長は、そのまま元の席へと戻ってゆく。
 アイハラ・リュウは状況が今一つ飲み込みきれず、手元のレンチスパナと壊れて風穴の開いてしまった装甲板を交互に見比べた。
「風穴が開いたなら埋めてやる。機器が故障したなら直してやる。直せなくとも交換という手もある。だが、砂糖菓子になっちまったもんを元に戻すのは整備屋の仕事じゃねえ」
「装甲板だけじゃねえのか?」
 席に戻ったアライソ整備班長は、手酌で湯飲みに茶を注いでいた。
「そっからは見えねえだろうが、背面にうちの若いもんが落ちた大穴があいてる。中の相当な部分まで、その有様だ。よくもまあ、動力関連やらメテオールやらの暴走も起こさずに、ここまで帰ってこれたもんだ。大したもんさ」
「なんだってこんなことに」
 ガンウィンガーを見やり見やり、戻ってきたアイハラ・リュウ。
「イクノだったか、さっきまで来てた奴」
 その手からレンチスパナを受け取ったアライソは、代わりにアイハラ・リュウの湯飲みを返した。
「あいつが言うにゃ、高周波振動をまともにくらって、原子・分子間の結合が不安定になった結果だろうってこった」
「ああ……なるほど。タイチと一緒、か」
 受け取った湯飲みに口をつけながら、アイハラ・リュウは思い出していた。コンクリートを片手で握り潰したシノハラ・ミオの映像を。
「完全におシャカなのか。おやっさん」
「素人でも見りゃあわかる話だ。こうなっちまったら、もう手の施しようがねえ」
 無念さのこもったその一言。
 しかし、それはそれとして既に運命を受け入れたのか、ガンウィンガーを見据えるアライソの横顔には、諦めの色が漂う。
「それに、こいつは立派に使命を果たしたんだ。褒めて送り出してやれ」
「使命を? ……そうか。確かに……ミライがいた頃からずっと一緒に戦ってきたからな。十分戦ったよな」
「そっちもだが……俺が言ってるのはそういうこっちゃねえよ」
「あん? じゃあ、なんだってンだ」
 湯飲みを置いたアライソは、腕を組んだ。
「お前らにとっちゃあ、こいつは敵を倒すための武器であり、ともに戦う仲間だったんだろうがな。だが、こいつにはもう一つ使命があったんだ」
「……………………」
「それはな。お前らを守り、生かして戻すことだ。いや、むしろ俺たちにとっちゃあ、そっちが主だった」
 ああ、なるほどとアイハラ・リュウは声に出さずに頷いた。
 確かに、こいつの前世代主力機ガンクルセイダーに比べると、過剰とさえ感じられるほどの防御性能と安定感のおかげで、何度命を救われてきただろう。それまでとは一線を画す圧倒的な攻撃力と、派手なパフォーマンスのメテオールに目を引かれがちだが、理不尽の象徴たる怪獣や侵略者達と互角に渡り合いながら、これまで搭乗隊員が誰一人欠けることなく生きて戦場から戻って来れたのは、地味ではあるが常に最大限の力を発揮し続けてくれていたその防御力のおかげだ。
 無論、その力を引き出せるように整備を怠ることのなかったアライソ班長はじめ、整備班の人たちの尽力なしには語れない。
「こいつは立派にその使命を果たした。……残念ではあるが、どこかでほっとしてもいるよ」
 そう呟くアライソ班長の横顔は、孝行息子を彼岸に見送る親の寂しさが揺れているように見えた。
 その企画段階から関わって来たアライソ班長にとっては、まさに息子同然なのだろう。
 アイハラ・リュウはもう一度ガンウィンガーを見やった。
 ハンガー正面の扉から差し込む夕陽を浴びて、静かに佇む機体。
 それは、戦場へと自分たちを送り出す人たちの無言の祈りの象形(かたち)なのだと、改めて思った。
「……いい機体だったよ、おやっさん。本当に。俺達の誇りだ」
「そいつぁ、何よりの言葉だよ。あいつにとっても……俺にとってもな」
 そう言って微笑み、湯飲みを軽く捧げる。
 アイハラ・リュウも微笑んで、軽く捧げ返した。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 GUYSジャパン日本支部・総監執務室。
 サコミズ総監は内線でミサキ・ユキと話をしていた。
「――というわけで、しばらくGUYSジャパンはガンウィンガーなしの運用を迫られることになる」
『ガンウィンガー単体での戦力だけでなく、ガンフェニックストライカーでの運用も出来ないとなると、かなりの戦力低下と言わざるをえませんね』
 画面の中のミサキ・ユキは、不安げに唇をくわえるような表情をしている。
 サコミズ・シンゴの表情も曇らざるをえない。
「クモイ隊員。レイガ。そして、ガンウィンガーか。リュウたちには辛い状況が続くな」
『はい……』
「でも、彼らのことだ。このくらいの難局はなんとか乗り切ってくれるとは信じているよ。一応、トリヤマ補佐官を通じて新しい機体の発注もしておいたけど……正直いつ届くかわからないそうだ」
『現在のGUYS主力機ですからね。特にガンウィンガーは支援機のガンローダー、ガンブースターと違って、単体運用している支部も多いですから』
「ともかく、ないものねだりをしてもしょうがない。僕らはあらゆる手段を講じて、現場のリュウたちを支えなきゃいけない。これまで以上に君の力と支えが必要になってくると思う。よろしく頼むよ」
『もちろんです、サコミズ総監』
 ぱっと花が咲くように、ミサキ・ユキの笑顔がほころんだ。
『リュウ君たちが万全の体制で、不安なく現場に臨めるよう、力を尽くします。お任せ下さい』
 サコミズ・シンゴは微笑み頷いて、回線を切った。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 夜。
 待機番に入ったヤマシロ・リョウコとイクノ・ゴンゾウに後を任せ、アイハラ・リュウ、セザキ・マサト、シノハラ・ミオは退勤した。
 三人一緒に建物を出てゲートに向かう途中、アイハラ・リュウが足を止めた。
「あー。俺、ちょっとタイチの様子を見てから帰るわ。テッペイと話もしておきたいし。んじゃ、二人ともお疲れ。また明日な」
 軽く手を挙げて、そのまま医療棟へ向かう。
「お疲れっしたー」
「お疲れ様でした」
 会釈を終えたシノハラ・ミオは、ちらりとセザキ・マサトを見た。誰かからメールが来たのか、じっと手の中の携帯の画面を見ている。
(んー……)
 今から言おうとしている言葉によって何か勘違いされないかしら、とか、あまつさえ傍に寄るのも嫌になるような奇行に走ったりしないだろうか、とかちょっとだけ考えて――
「セザキ君、このあと……暇? ちょっと付き合わない?」
 シノハラ・ミオとしては、ギリギリの賭けに近いほど、思い切った誘いだった。
 男として見てはいない相手だ。相手はこちらを女と見てはいるようだが。勘違いされる可能性はかなりある。
 しかし、昼間に見たいつもと違うセザキ・マサトの様子が、気になっていた。何かを隠している、と女の勘が告げている。それを探りたい。
「いや、やめとくよ」
「え?」
 あまりに素っ気無いそのセリフに、シノハラ・ミオは思わず固まった。
 嬉しさのあまり踊りだすのではないか、と危惧して構えていたのに、全くスルー。完全に普通すぎる断りの文句に、どう対処していいかわからない。そのぐらい、想定外の返事と態度だった。
 ぱくん、と携帯を閉じたセザキ・マサトは済まなそうに苦笑していた。
「明日、ちょっと早くなりそうでさ。また今度誘ってよ。じゃ、おやすみ」
 それだけ言うと、さっきのアイハラ・リュウと同じように軽く手を挙げて、そのままゲートへ向かう。
「……え……ええぇ〜?? ちょ、ちょっと……なんなの、それ……」
 取り残されたシノハラ・ミオは、止めそこねた手を突き出したまま、言い用のない虚脱感に苛まれていた。
 一陣の秋風がロングの髪を吹き散らした。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 同時刻。
 GUYSジャパン本棟屋上にサコミズ・シンゴの姿があった。
 冴え冴えと晴れ渡る秋の夜空。
 星を見つめ、そっと呟く。
「……すまない。君の同胞を、守りきれなかった。せっかく僕ら地球人を信じて託してくれたのに……」
 答えが返ることはなく。
 ただ流れ星が一つ、走って消えた。


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