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ウルトラマンメビウス外伝 RAYGA

  第9話  次郎とジロウ その8

 エントランスホールの先、オートロック式のドアを抜け、エレベーターに乗り込む。
 オオクマ・ジロウは4のボタンを押した。上昇を開始するエレベーター。
「なあ、さっきの話なんだけど」
「さっきの話?」
 階数表示を見上げていたオオクマ・ジロウは怪訝そうに振り返った。
「ああ。なんで嫁さんたちが家にいるかもしれない、って思ったんだ?」
「子供を育てるのは大変なんだよ」
 吐き捨てるような口調。子育てへの不満ではなく、そんなことも知らないのか、という雰囲気だ。
「娘のノブヨは一歳になったばかりだ。この年頃の赤ん坊ってのは、夜も昼もなく眠る。逆に言えば、夜も昼もなく起きて、親を求めるということだ」
「はあ」
 子育ての知識などあるはずもなく、そもそも興味のないシロウは生返事を返すしかない。
「夜中ずっと泣く赤子を世話する母親は、体力気力を根こそぎ奪われる。朝になれば、働きに出る夫を送り出すために朝食を作り、後片付けに洗濯、掃除……昼ごはんが終れば、子供を寝かしつける。この時、心身ともに疲れ果てた母親が一緒に眠ってしまうことを咎められるか?」
 苛立ちを隠しもしない口調でまくし立てている間に、目的の階へ到着した。
 エレベーターが開くなり、早歩きで飛び出す。シロウも慌ててその後を追いかける。
「つまり、家で寝てるかもってことか」
 広い廊下だった。人が三人並んで歩けるほどの幅がある。
 オオクマ・ジロウはこの建物をマンションと言ったが、実際は高級分譲住宅である。
 いわゆる壁面に直接玄関扉が設置されているルームタイプではなく、それぞれの玄関にポーチと大人の胸までの高さほどの門扉の備わったハウスタイプの高級分譲住宅。門扉の裏側には自転車やら植木鉢やらが置かれている。
 二人はその廊下をずかずか奥へと進んだ。
「家の電話に出ないだけなら外出も考えられるが、携帯に出ないのはおかしい。外出するにしても赤ん坊連れだぞ? どこで緊急連絡をしなければいけなくなるかわからないのに、忘れてなど行くものか。まして、避難したのなら俺の電話にかけてくるはずだ。携帯を忘れたとしても、公衆電話なり近所の人に借りるなりしてな。ヒサヨは賢い。こういう事態になれば、俺が必死で連絡を取ろうとすることぐらいわかっているはずだ」
「ふぅん。なるほどなぁ」
「ここだ」
 角を曲がったオオクマ・ジロウは、そこで足を止めた。
 行き止まりの玄関――扉に貼り紙がしてある。
 近づいてゆくと、誰が貼ったのか避難命令が出たことと、避難先が書かれていた。
「これが貼ってあるということは、誰かが様子を見に来たってことだよな?」
「管理人か、近所の住人か、それとも警備会社か……だが、反応がなかった。外出していると判断して、避難命令を知らずに帰って来た時のことを考えて、貼っておいてくれたんだろう」
 門扉を開けて、玄関扉の前に来たオオクマ・ジロウは、その貼り紙をもぎ取るように剥がし、手の中で握り潰した。
「おいおい。せっかく貼ってくれたのに、いいのかよ」
 答えず、鍵を開けて扉を開く――扉は途中で止まった。
「やっぱり……。くそっ、悪い予感が当たった」
 わずかに開いた扉の隙間にぴんと張り詰めた鎖。
「は?」
「間違いない。二人は中だ」
「なんでわかる? 見えるのか?」
「お前、バカか?」
 苛立ちを隠さぬ相変わらずのフレーズに、もうシロウは怒る気力も湧かない。
 オオクマ・ジロウは鎖を指差した。
「見てわからんのか、これを。チェーンロックだぞ!? 無理矢理ドアを開けられないために、中から掛ける鍵だ。いいか、な・か・か・ら・か・け・る・か・ぎ・だ!!」
「あー……なるほどな。――てか、じゃあ、どうやって開けるんだ?」
「おい、ヒサヨ! いるんだろ!? 返事をしろ!!!」
 オオクマ・ジロウは扉を叩きながら、隙間から大声で叫び始めた。
 しかし、反応はない。静まり返っている。
 振り向いたオオクマ・ジロウはシロウを睨んだ。
「何をしている、シロウ! そんなところでぼさーっと突っ立ってないで、手伝え!」
「手伝えって……なにを?」
 一緒に声を上げようにも、前のオオクマ・ジロウが邪魔で扉の隙間に顔を寄せられない。
「言われなきゃわからんのか!? 門の外にインターホンがあったろうが!! あれを押して来い! 連打して来い!」
「あ、ああ。なるほど」
 シロウが慌てて門を出て、インターホンを確認している間に、オオクマ・ジロウは再び叫び始めた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

「――おまたせぇっ!!」
 空の彼方から高速で飛来したガンローダーが、サータンとガンウィンガーの戦場上空を駆け抜ける。
「クモっちゃん、一旦退がって! ――隊長、メテオール解禁を!」
 通信画面に二人のウィンドウが開いた。
『G.I.G。所定の作戦位置に戻る。頼んだ』
『よし、マサト! ガンウィンガー退避後、メテオール解禁! 制限使用時間は一分!』
「G.I.G!!」
 ガンウィンガーが、それまでとは違ったきびきびした機動で翼を翻し、後退してゆく。
 その翼が上下左右に動くのは、サータンによる最後の攻撃を躱しているらしい。
 セザキ・マサトは通信画面のウィンドウを閉じ、赤外線フィルターを掛けたガンカメラの映像を映し出した。
 ギョロ目の痩せた、耳のない直立象が映る。
 ガンウィンガーが所定の位置まで後退する時間稼ぎに、ガンローダーはサータン牽制の任を負う。
 攻撃されない距離を保ちつつ、周囲を旋回し続ける。サータンは警戒心を丸出しにこちらを凝視している。
「……何の装飾もないのがかえって不気味なんだよなー。色んな怪獣や異星人と対峙してきたけど、こんな不気味感、初めてだ」
 機外ではなく、映像だけを見ながら操縦をするのはかなり気を使う。
 やがて、クモイ・タイチから連絡が入った。
『――セザキ隊員!』
「G.I.G!!」
 頷いたセザキ・マサトは、メテオール発動レバーを入れた。
「パーミッション・トゥ・シフト! マニューバ! 食らえ、マクスウェル・トルネード・アルファ・パーティクルバージョン!!」
 ガンローダーが金色の輝きを放つ。機体各部のイナーシャルウィングが展開し、両翼中央が開いてブリンガーファンを露出する。
 その瞬間、サータンが動いた。
 振り上げた鼻を鞭のように振るう――その鼻が、ゴムのように伸びた。
「甘いっ!!」
 メテオール発動で超三次元起動が可能になったガンローダーは、その鼻を容易く躱し、交差するような軌道でサータンの頭上へと舞い上がった。
 両翼中央のブリンガーファンが唸りを上げて回転し、たちまち翼の下に二本の竜巻を生み出す。
 青い光を放つその二本の竜巻は、逃げる暇を与えることなくサータンを包み込んだ。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 オオクマ・ジロウ宅玄関前。
 扉を叩いていたオオクマ・ジロウの拳が止まった。そのまま、頭を扉の隙間に押し付け、肩を震わせる。
「……ダメだ、届かない。くそっ。くそおっ」
「そんだけ疲れてるってことか」
「いや……このマンションは各部屋にそれなりの防音処置が施してある。おそらく、寝室のドアを閉めてるんだろう。だが、インターホンに反応しないくらいには、疲れていたのかもしれん。……くそっ、もう少し彼女の様子に気をつけてやるべきだった……」
「今、そんなこと言ってもしょうがないだろ。――っと?」
 マンション上空を飛行機が飛び抜ける轟音が響いてきた。
 ポーチの脇から外の上空を見上げると、GUYSメカが一機が飛んでゆく。
「GUYSの機体だな」
「あれは……ガンローダーか。確か、あれで怪獣を実体化させるとか何とか……くそっ、いよいよ戦いも佳境ってことか」
 焦りを見せて、扉を開こうとガチャガチャ開け閉めを繰り返す。もちろん、その程度でチェーンロックが切れるはずもない。
 諦めてドアノブを放したオオクマ・ジロウは、背後を振り返った。廊下に並ぶ他所の家の玄関を見渡し、唇を噛む。
「……仕方がない。どこか、鍵の開いている家を探してお邪魔させてもらい、ベランダ伝いに――」
「――どけよ」
 オオクマ・ジロウを押しのけて、シロウはドアを開いた。
 それ以上の開口を邪魔しているチェーンロックをわしづかみにする。
「シロウ、なにを――」
「緊急事態なんだから、文句言うなよな――ふんんっ!!
 シロウが唸るなり、チェーンロックが引きちぎられた。それを止めていた扉ごと。
 チェーンロックの受けがあった部分を中心に、少しへし曲がった扉を力任せに開いたシロウは、呆然としているオオクマ・ジロウを振り返った。
「ほれ、開けたぜ? 入らねえのか?」

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 フェニックスネスト・ディレクションルーム。
 メインパネルは左右に二分割され、左側に紫がかった竜巻の中で回転するサータン、右側に青い竜巻が映っている。
 やがて、右側の画面にもシルエットが映り始めた。それは徐々に左側に映っているサータンの姿を取り始めている。
「――隊長、成功です! 画像上、サータンの実体化確認!!」
「各種センサーにも反応。実体化は成功しています」
 イクノ・ゴンゾウとシノハラ・ミオの報告にミサキ・ユキとアイハラ・リュウは目顔を交わして頷き合った。
「よし、第二段階だ! タイチ! リョーコ! 作戦開始!! 二人とも、メテオール解禁!」
 たちまち二つの通信ウィンドウが開き、それぞれに映った二人が頷いた。
『『G.I.G』』
 次いで、新たなウィンドウが開き、金色の光を撒き散らすガンウィンガーが映る。
『パーミッション・トゥ・シフト! マニューバ! スペシウム弾頭弾、発射準備!』
 ファンタム・アビエイションにより、見ようによってはふわふわ頼りない機動を描くガンウィンガー。その主翼下のトランスロードキャニスターが前進し、ミサイルポッドが開く。
『ガンローダー、離脱します!!』
 セザキ・マサトの声とともに、竜巻が消えた。
 そこにいるのは、目を回したか頭をしきりに振っているサータン。もはや赤外線フィルターなしでも、その不気味な容姿を確認できる。
 サータンは正面で待ち構えるガンウィンガーを見るなり、威嚇するように鼻を振り上げ、甲高い声で吠えた。少し酔ったように身体をぐらつかせつつ。
『――スペシウム弾頭弾、発射!』
 クモイ・タイチの声とともに、左右のミサイルポッドから一発ずつミサイルが放たれる。
 ミサイルが直線軌道を描き、サータンへ迫る。
 その時、ヤマシロ・リョウコの声が割り込んだ。
『キャプチャーキューブ、発射!!』
 どこからともなく飛んできた青い光弾は、スペシウム弾頭弾ミサイルが命中する一瞬先に炸裂、展開し、サータンをクリスタル型のバリアの中に包み込んだ。ミサイルごと。
 ついで内部で起きる爆発。
 理論上ウルトラマンの放つ光波熱線と同威力を持つという爆発の衝撃や熱は、全てバリア内部で激しく複雑に乱反射し、内部に閉じ込めた存在を全方位から徹底的に痛めつける。
 その瞬間、ディレクションルームは誰一人歓声を上げたわけではなかったが、確かに喜びの空気に包まれていた。
 
 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 オオクマ邸へ踏み込んだ二人は、玄関脇の寝室に飛び込んだ。
 大きなダブルベッドが中央で存在を主張している部屋――だが、その上には誰も居ない。
「いねえじゃねえか」
「リビングだろう。ベビーベッドはあっちにあるんだ」
 先に行くオオクマ・ジロウを追って奥へと進む。
 すると、リビング奥の畳の間に人影があった。若い女が右を下にして横たわっている。長めの髪を後ろで一くくり、服は飾り気のないTシャツに綿パン。
 オオクマ・ジロウはすぐに駆け寄って、その肩を揺すった。
「ヒサヨ! ヒサヨ、起きろ!」
「ううん……」
 さすがにインターホン連打でも起きなかっただけあって、目覚める気配もない。
「おい、ヒサヨ! 頼む、起きてくれ!」
 必死で喚くオオクマ・ジロウ。
 シロウはふと隣りの大きな木製の檻籠のようなものを見た。中に赤ちゃんが寝ている。これが『べびーべっど』とかいうものだろうか。
 すやすや眠っている赤ちゃんを見ていたシロウは、手を伸ばして指先で赤ちゃんの顔を軽〜く張った。
「お〜い、お前も起きろ〜起きろよ〜」
「!? お、おいシロウ! お前、ノブヨに何を!!」
「え? いや、どうせこいつも起こさなきゃ――ぐわ」
 シロウがオオクマ・ジロウを振り返った時。超音波攻撃がシロウを襲った。
 鼓膜をつんざく高音の音波攻撃に、思わず耳を塞ぐ。
「な、なんだぁ!?」
 無理矢理起こされた赤ん坊の泣き声――と、それまで全く目を開く素振りもなかった女の目が、ぱちりと開いた。
 その瞳は即座に赤ん坊の泣き声のする方に向かい、その傍に立っている見知らぬ人影に見開かれた。
「だ、誰!!!???」
「ほえ?」
「ノブヨに何をする気っ!! どこから入ったのよ!!??」
 空気さえ震える赤ん坊の泣き声の最中、女の悲鳴も劣らず凄まじい。
 そこにあった枕を鷲掴みに襲い掛かってきた女に対し、シロウはなすすべなく殴り飛ばされた。
 シロウをリビングに叩き出した女は、そのまま枕を投げつけると、次に壁際に置いてあったスティック型の掃除機を取り上げた。
「泥棒! 人殺し! 変態! 痴漢!!」
「ちょ、ちょっと待て! 俺は――」
「うるさいうるさいうるさい! うちの娘に手を出しておいて、言い訳無用!!」
 隠しもしない殺気をまとって振り回される掃除機を、尻餅をつきながら何とか躱すシロウ。
「ヒサヨ、待て! 待つんだ!」
 後ろから抱きついて止めようとしたオオクマ・ジロウはしかし――
「そっちにも!? このぉっ!!」
「うげ」
 振り回した掃除機がオオクマ・ジロウのみぞおちに入った。
 崩れ落ちる男に止めを刺そうと、さらに掃除機を振り上げた時――
「……あら? あなた?」
 腹を押さえてうつぶせ、悶絶しているオオクマ・ジロウに答える術はない。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 クリスタル型のバリアメテオール・キャプチャーキューブの薄青い輝きが砕け散った。
 その防御力はウルトラマンメビウスのメビュームシュートすら防ぎ、GUYSのメカを一撃で墜とすような光球・火球でさえ弾いてみせるメテオール。無論、理論上ウルトラマンの光波熱線の威力を再現したというスペシウム弾頭弾の爆発でさえも防ぎうるスペックを持つ。
 それゆえ、閉鎖空間である内部で爆発をさせれば、中に閉じ込められた対象物へのダメージは跳ね上がる――過去のGUYSでも使用された作戦である。
 だが、一分間対象を閉じ込め続けるはずのクリスタルは、十秒もたずに砕け散っていた。
「何だと!?」
 アイハラ・リュウが前のめりに身を乗り出す。
「――解析します! 前線のバックアップはイクノ隊員、お願いします!」
「G.I.G。……コントロール受け取りました」
 シノハラ・ミオの指がコンソール上を忙しく走り回り、自席のモニター上に映像を再生する。
 映像を各種解析ソフトにかけ、その結果を導き出す――
 その瞬間、シノハラ・ミオの表情が歪んだ。
「解析完了しました! 原因は背中のアイアンヘアーです!」
「は? アイアンヘアーって……高速振動で分解がどうのこうのって、あれか?」
「はい。前方で炸裂した爆発の衝撃で、サータンの背中がキャプチャーキューブに接触――」
 メインパネルにシノハラ・ミオの説明図解が3DCGの線画で再現される。
 クリスタル型の檻の中で後方へ押し付けられたサータン、その背中の接触部分の色が、青から緑、黄色、赤へと見る見る変色してゆく。そして、最後には砕け散る。一瞬遅れて、クリスタル型の檻も消失した。
「――結果、接触部分にはアイアンヘアーの超高周波振動による異常な負荷がかかり、エネルギー幕の形成力を突破、そこから破綻、崩壊したんです」
「なんて奴だ。それで、ゴンさん! サータンのダメージは!?」
「ダメージは……外傷は見られませんが、足にはきているようですね」
 画面上、サータンは確かに身体を左右に揺らしていた。
「足に来てるだけって……直撃したろうが!」
「理由はわかりませんが、実際サータンが致命傷を負っていないのは事実です」
「……隊長、それもアイアンヘアーによるものでは」
「ああ!?」
 シノハラ・ミオの報告に、アイハラ・リュウは顔をしかめる。 
「衝撃波というのは振動です。波長をずらした振動波をぶつけることで、地震の揺れを相殺する技術があります。あくまで想像にすぎませんけれど、超高周波振動で爆発の衝撃を相殺したのではないかと」
「そんなことまで……? くそ、こうなったら――」
 アイハラ・リュウは通信回線をつないだ。
「ガンフェニックストライカーにバインドアップだ! インヴィンシブル・フェニックスで勝負をかけろ!!」
『無理です、隊長!』
 答えたのはセザキ・マサト。
 アイハラ・リュウは目を剥いた。
「んだと!? やる前から諦めてどうする!!」
『だって、もうサータンが!!』
 悲鳴じみた声に画面を改めて見やれば、サータンの姿が薄れつつあった。
 アイハラ・リュウは声を失った。
 背後でミサキ・ユキが唸る。
「――もう、姿が……」
「く……マサト、もう一度マクスウェル・トルネードだ!」
『……もう、時間切れです』
 超絶科学メテオールは無制限に使ってよい技術ではない。それゆえの使用限界一分間という縛り。
 何もそれは完全に解析できていない技術を限度無しに使用すると、色々世の中の歯止めが利かなくなるから一分だけ、というわけではない。機体への反動、メテオール粒子の渦中に位置せざるをえないパイロットへの影響、使用戦域への影響、技術秘匿のための措置など、様々な角度からの安全性を考慮しての措置である。
 従って、一分間の使用時間が終わったからといって、すぐに次の一分間に使用することは許されない。
「くそっ! 実体化は成功したんだ! なのに……これで終わりかよ!!」
 その瞬間、画面上に爆発が起きた。
 ガンウィンガー、ガンローダー、そして地上からの援護射撃。
 まだ完全に姿の消えていないサータンに、ビーム弾の、実体弾の集中攻撃が降り注ぐ。
『隊長、まだ姿は完全には消えていない!』
『そうです、メテオールはダメでも通常攻撃でできるところまで!』
『ガンブースターに乗り込む間に消えそうだし、トライガーショットで援護するよ!』
「お前ら……」
 唇を噛んだアイハラ・リュウは、振り返ってミサキ・ユキを見据えた。
「ミサキさん!」
「ええ。――次の手を」
 ミサキ・ユキも表情を引き締めて頷いた。
 
 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 オオクマ・ジロウ宅リビング。
「ごめんなさい、あなた……」
 腹部を押さえてリビングのソファに沈む夫に寄り添い、オオクマ・ヒサヨは泣きそうな顔で謝っていた。
 それに対して、脂汗を額に浮かべた夫は無理やりに微笑んでいた。
「い……いいんだ。とも、かく……ヒサヨと、ノブヨが……無事でよかった」
「あなた……」
 見詰め合う夫婦の目は少し潤んで――
「おい、早く逃げねーとやばいんじゃねえのか?」
 無粋な割り込みはシロウ。
 その存在を思い出したかのように振り返ったオオクマ・ヒサヨは、じっとその顔を見つめた。しかし、すぐに怪訝そうに顔をしかめる。
「ええと……サブロウさん? イメチェンでもした? なんか、感じが……。でも、どうしてあなたが――」
「いや、彼はシロウだ。母さんが新たに迎えた弟らしい」
「新たに迎えたって……」
「いや、そんなことはどうでもいいからよ。早くしろって」
「ああ、そうだな。……う、く」
 呻きながら身を起こすオオクマ・ジロウ。
 それを不安げに手を添え、支えて立たせるヒサヨ。
「俺はいい。大丈夫だ。ヒサヨはノブヨを」
「え、ええ……」
 頷いてベビーベッドへ駆け寄る。
 シロウは変わってオオクマ・ジロウに左肩を貸した。何気なく背中に回した左手を白く光らせる。
「……う? あれ? 楽になってきた」
 すぐに曲がっていた身体を真っ直ぐ伸ばし始めたのを見て、シロウはそっと肩を外した。
 まだ泣き止まない赤ん坊を胸に抱いたまま、バッグを持とうと身を屈めようと少し苦心しているヒサヨ。
 だが、オオクマ・ジロウはそれを止めた。
「物は持つな。ノブヨさえ連れ出せばいい」
「でも……」
「物があれば、そちらに気が引かれる。お前はノブヨだけを守れ。君たちは俺が守る。それに、何がなくなっても、俺が取り戻してみせる。だが、君たちの命だけは、俺では取り戻せない。だから」
「ん、わかったわ。あなた」
 まったく躊躇なくバッグを捨てたヒサヨは、泣きじゃくる赤ん坊をあやしながら夫の元へと戻ってきた。
「それじゃ、行きま――」
 刹那、ベランダに面したガラスサッシに影が落ちた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 中途半端に見えるというのは、時に油断を生む。
 ガンウィンガーは突進してきたサータンを、いつも通りの紙一重で躱した――つもりだった。しかし、アイアンヘアーの生み出す高周波振動が、機体に衝撃を与えることまでは計算になかった。
 結果、触れもしないのにガンウィンガーは吹っ飛ばされた。
 そして、振動は透過する。
 高速振動をその身に浴びたクモイ・タイチは、ガンウィンガーとガンスピーダーの装甲、GUYSのスーツとヘルメットによる振動減衰のおかげでかろうじて分解こそ免れたものの、激しく脳を揺らされ、一瞬で気絶していた。
 機首を仰向かせ、コントロールを失ったまま吹っ飛んで行く先には、レンガ色のマンションがあった。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 ジープの運転席で戦況を見ていた郷秀樹は、右手を差し上げた。
 光があふれ出す。

 その光の中から、ウルトラマンが現れた。
 
 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 ベランダ越しに見える風景――明らかにコントロールを失って高速飛来してくるGUYSメカ。
 衝突、爆発、崩壊、死――
 ネガティブなイメージに声もなく膝から崩れ落ちるヒサヨ。ただ、その腕に強く抱きしめた赤子を守るために、ベランダにだけは背を向けて。
 それを守るべく、その背に覆いかぶさるオオクマ・ジロウ。
 そして、そんなオオクマ・ジロウ一家を背に、左手を白く、右手を蒼く輝かせ、鬼神のごとき表情で迫り来る死に立ち向かうシロウ。
 だが――

 光が溢れた。
 ベランダのさらにその先、眩しくて直視できないほどの光。
 その光が消えた時、ベランダの先の風景はなくなっていた。代わりに見えるのは、銀一色のなにか。
「……な、なんだ?」
 恐る恐る顔を上げたオオクマ・ジロウが、ベランダの向こうを見て不思議そうに漏らす。
 ヒサヨも少しずつ顔を上げ、背後を見やる。赤ん坊を抱いたまま。
「何が……起きた、の……?」
「なぁに、大したことじゃねえさ」
 シロウは冷や汗を一筋たらしながら、にんまり頬を歪めた。
「お前らのヒーロー、ウルトラマンのご登場だ」

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 レンガ色のマンションの前に立ち塞がり、飛んできたガンウィンガーをしっかり受け止めた新マンは、そのまま機体をそっと足元の公園へ下ろした。
 そして、姿を消したサータンのいる方向を見やる。
「へあ゛っ!」
 新マンの両目から光が放たれ、サータンを探し当てる。
 過去、一度戦ったことのある相手。対処法はわかっている。
 新マンは勢いよく右手を空に向けて突き上げた。指を『V』字に立てて。
 そこから放たれたエネルギー波を浴びたサータンが、たちまち実体化した。
「ジェアッ!!」
 両腕をついての側転から上空へ飛び上がり、捻りを切りながらサータンの首を蹴り飛ばす。
 横倒しになったサータンは、すぐに立ち上がった。
 甲高く怒りの咆哮をあげ、ぐりんと一振りした鼻を新マンめがけて放つ。
「シュエアッ!!」
 長く伸びたその鼻を、新マンは右手首で受けた。右腕に巻きついたそれを、左手でつかみ、手繰る。
 サータンも自慢の鼻で新マンを引き寄せるべく、踏ん張り、仰け反る。
 長い鼻の両端で力比べ。ちょうどチェーンデスマッチのような光景だった。
 じりじりと鼻を手繰り、距離と縮めてゆく新マン。
 鼻を振り回して新マンをなぎ倒すべく、上体を盛んに揺するサータン。
「ヘアアッ!!」
「キシェアアアアアン!」
 その不気味な外見とは裏腹な高音の咆哮が響き渡る。
 ――と、その背後からビーム砲が浴びせかけられた。
 予想外の攻撃につんのめり、そのまま倒れ伏すサータン。
 その上空を、ガンローダーとガンブースターが通り過ぎてゆく。
『ウルトラマン! 援護するよ!』
『クモっちゃんと小学校の仇、絶対取るんだ!!』
 隙を見つけてガンブースターに乗り込んでいたヤマシロ・リョウコ。そして、目の前でなす術もなく小学校を全壊させられた怒りをぶつけるセザキ・マサト。
 それぞれの思いの丈に頷き返した新マンは、鼻を右腕から引き剥がしてジャンプした。
 空中で身体を捻って、サータンの上に飛び降りる。その背中に跨り、殴りつける。
 嫌がるように身体を揺すったサータンは、尻尾で新マンの背中を打ち叩いた。
 叩かれた勢いのまま前転して逃れる新マン。その前に、鼻を振り回して立ち上がるサータン。
『今だ! バリアブルパルサー!! ダブルガンランチャー!!』
『ガァァァトリングッッッ!! デェェェトネイタァァァァァァ!!』
『ジェアッ!!』
 ウルトラマンは膝立ちのまま、腕を十字に組んだ。
 背後からのガンローダー、ガンブースターの全砲門攻撃に加え、正面からのスペシウム光線がサータンを襲う。
 派手な炸裂光が輝き、爆煙が立ち込める。
 誰もが止めを刺したと思った瞬間、爆煙を引き裂いて鼻が伸びた。新マンの首に巻きつき、そのままうつぶせに引き倒す。
 次いで、その両腕で残る爆煙を掻き分け蹴散らしてサータンが――無傷の宇宙怪獣が姿を現した。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 フェニックスネスト・ディレクションルーム。
「どういうこった!? スペシウム光線とGUYSメカの総攻撃でも無傷だと!? 実体化してんじゃねえのかよ!」
「ウルトラマンの超能力により、実体化しているのは確かです。一旦消えかけていた各種センサーの反応も回復しています」
 アイハラ・リュウの咆哮に、シノハラ・ミオが冷静な声で答える。
「なら、なんで!」
 しばしの沈黙。その間もコンソール上を這い回る指が止まることはなく、その瞳も各種情報を一つも見逃さじと動き回る。
「……おそらく……アイアンヘアーによる防御ではないかと」
「またそれかっ!! つうか、ウルトラマンの光線すら防ぐのかよ!!」
「さすが宇宙怪獣、というべきなのでしょうか……」
 ディレクションルームに沈黙の帳が落ちる。
 誰もが次の手を打てずにいた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 マンションのエントランスを出たオオクマ・ジロウ一家とシロウ。
 エンジンがかかったままジープの運転席には、誰もいない。
「……郷さんが……。やっぱり、そうなのか……」
 振り仰ぎ、戦う新マンを見やるオオクマ・ジロウは複雑な表情だった。
 あなた、と妻に急かされて我に返り、同じように新マンを見ているシロウを見やる。
「シロウ、ジープの運転はできるか?」
「いや、できねえ」
 即座に首を振ったシロウに舌打ちをして、運転席を覗き込んだオオクマ・ジロウは再び舌打ちをした。
「くそ、やっぱり。俺はオートマ限定なんだ。ミッション車は――」
「私、ミッション運転できるわよ?」
「え?」
「長く運転してなかったから、ちょっと不安はあるけど……でも、いいの? この車の運転手の人は……」
「問題ない」
 ちらりと戦う新マンの背中を見やって、オオクマ・ジロウは言った。
「理由は後で話す。ともかく、早くこの場から離れるのが最優先だ」
「わかったわ。じゃあ、ノブヨをお願い。あなた」
「あ、ああ。わかった」
 赤ん坊を受け取り、後部座席に乗り込もうとする。ふと、立ち尽くしているシロウに気づいた。
 首にサータンの長く伸びた鼻を巻きつけたまま立ち上がったウルトラマンの背中を、じっと見つめている。
「おい、シロウ!! 何をしている! 早く乗れ!!」
「――……なんでだ?」
 振り返りもせずの一言に、オオクマ・ジロウはあんぐり口を空けた。
「なんでって……バカかお前、お前をここに置いていけるわけないだろうが!!」
 途端にその怒声に怯え、泣き始める赤ん坊。オオクマ・ジロウは慌てて赤ん坊を腕の中で揺らしてあやし始める。
「ああ〜。ごめん、ごめんなノブヨ〜。お父さん、大声出してごめんな〜……――おい、シロウ!
 今度は赤ん坊を刺激しないように、小さい声で。
「おい、なんであいつ、ブレスレットを使わねえ? そうすりゃすぐに終わるだろうが」
 何かに焦っているような顔つきのシロウ。オオクマ・ジロウは顔をしかめた。
「ブレスレット? ……ブレスレットなんか、どこにあるんだ!?」
「え? ……ええ?」
 驚いた様子でもう一度見直すシロウ――確かに、新マンの左手首にブレスレットは見当たらない。
 オオクマ・ジロウは呆然としているシロウの襟首をつかんだ。
「そんなことはどうでもいいから、さっさと乗れ!!」
「おわっ」
 シロウを力任せに助手席へ押し込み、助手席ドアを手荒に閉める。自分は娘を抱いたまま、後部座席に乗り込んだ。
「よし、いいぞヒサヨ!」
「はい」
 久しぶり、というには慣れた手つき足さばきでクラッチを踏み、ギアチェンジをして、アクセルを踏む。
 ジープは華麗に滑り出した。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

「デェアッ!!」
 空中一回転捻りからのキック。
 さらに飛び蹴り、ハイキック。
 正面喉元へのチョップ、チョップ、チョップ。
 その腕を、サータンがつかんだ。両方とも。
「シェ、ジュワッ!!」
 両腕を力任せに押し広げられ、がら空きになった胸元へサータンの鼻が袈裟懸けに叩きつけられた。
 たたらを踏んで後退ったその胸へもう一撃――
「やらせるもんかっ!!」
 ヤマシロ・リョウコとともにガンブースター全身六門のビームキャノンが咆哮した。
 ちょうど片膝をついて下がった新マンの頭上を通過して、サータンの前面を撃つ六つの光条。
 その威力に押し戻されるサータンの手が、ウルトラマンの腕を解放する。
 続けて、サータンの背後側からガンローダーが攻撃を開始する。
 しかし。
「……くそっ、効いているのか、これ!?」
 背中からの攻撃には、さほど怯む様子がない。アイアンヘアーの密集率が高いからだろうか。
 嫌がるように振り回された尻尾を、ガンローダーは大きく回避した。
 そこで、ウルトラマンが動いた。
 腰だめに手刀を構えたまま、走り出す。
 鼻と両腕を大きく振り上げて迎え撃つサータン。
 交差する瞬間、ウルトラマンの手刀がサータンの胴を水平に薙いだ。

 ウルトラマン肉弾戦必殺の一閃――『ウルトラ霞切り』。

「――ゼア……ッ」
 だが、崩れ落ち、片膝を着いたのは新マンだった。
 手刀として繰り出した右手を左手で押さえて。
 そして、カラータイマーが点滅を始めた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 戦場を離れてゆくジープ車中。
 助手席のシロウは窓から身を乗り出すようにして、後方の戦いに見入っていた。
「……やっぱり……ブレスレットを使わねえのか? けど、なんでだ?」
 険しい表情で漏らす呟きは、風に散る。
 ブレスレットを使え、ブレスレットはどうした、とテレパシーで呼びかけてみても、なぜか返事はない。
 何かがおかしい。
 悪島でテロチルスと戦った時とは違う。もうウルトラマンの戦い方をレイガに見せつける必要はないはずだ。
 ツルク星人の時とも違う。素早いツルク星人相手には、ブレスレットチョップが一番効率的な戦い方だった。しかし、サータンはそれほど素早くない。いや、今のウルトラ霞切りがブレスレットチョップだったなら、決着はついていた。
 対機械文明戦争の時はともかく、この間のスチール星人の時も――
「――?」
 シロウは引っかかりを覚えた。
(……この間のあの…………超獣ブラックピジョンだったか? あの時、奴はブレスレットを使っていたか? いや……けど……じゃあ、なんでだ? あの数を相手にするのに、ブレスレットを使わない理由……そして、今回も……。……………………いや……もしかして……ひょっとすると…………使わないんじゃなくて、使えない?)
 ふと思いついた可能性に、シロウは思わず自分の左手に目を落としていた。
 対機械文明戦争の時、月面での決着がついた直後――


「わかった。では……こうしよう」
 右手でブレスレットに触れる。温かな光が左手から放たれ、シロウを包む。
 光の輪郭が、失われた左腕と右足を描く。
(…………!? 手と、足の感覚が……戻った?)
「お前の手足を一時的に復元した。だが、あくまで一時的なものだ。体内では闇の侵蝕が続く。それは、時に耐え難い痛みと苦しみを伴うだろう。そして、最後にはお前という存在は消滅してしまう。だから、手遅れにならないうちに、光の国へ帰る決断をするんだ」
(……………………。帰るかどうかはともかく……礼は言っておく。ありがとう、ジャック)
「もって半年だ。変身をして、力を使えばそれだけ消耗する。気をつけろ」
 新マンはそのまま姿を消した。



「――あの時かっ!!」
 急に叫んだシロウに、運転席のヒサヨも後部座席のオオクマ・ジロウも驚く。
 剣呑な顔つきで怒気を撒き散らしながら、前を向き、助手席に腰を落とすシロウ。歯軋りをしながら、その瞳は握り締めた拳を見つめていた。
「俺は……アホだっ!!!」
 左拳を、何の手加減もなく自分の額に叩きつける。隣で運転しているヒサヨがびくりと肩を震わせる。
 あの時の光はただ単に、暗黒粒子への耐性を高めてくれるためのものだと思っていた。あの一度で、自分の体の中に眠る光の力を完全に目覚めさせ、暗黒粒子の侵食を食い止めるようにしたのだと。
 だが、そうじゃない。実際はブレスレットがレイガと一体化することで、暗黒粒子の侵食を防いでいてくれたのだ。だから、あの戦い以降、ジャックはブレスレットを使えなかった――使わなかったのではなく、レイガの体の維持を最優先に考えていたために、使うという選択肢を選べなかったのだ。
「く……そっ!!」
 脳にめり込めとばかりに、左拳を額に押し付ける。
 軋みをあげる頭蓋、走る痛み。
 それでも、今、心があげている悲鳴と痛みに比べるべくもない。

(それに、お前が気づいているとおり、その身体はもう限界だ。変身しても、戦えるのは1分が限度だろう。その後は……変身能力を失う。いや、下手をするとそのまま消滅するかもしれん)

(今ならまだ間に合う。光の国へ、帰るんだ)

(何度でも言うさ)


 シロウは両手で顔を覆った。そのまま、天を見上げる。
「くそが、何が諦めたくないだ。何が中途半端な気持ちだ! ……これじゃあ、役立たずどころか、完全な足手まといじゃねえかっ!!」
「シロウ? さっきから何を喚いて……」
 後部座席からオオクマ・ジロウがかけてくる心配そうな声も、今のシロウには聞こえない。
「あいつに……ジャックに守ってもらっていながら、指図は受けないとか、俺の勝手だとか粋がって……なんなんだ、俺はっ! 最悪だ、愚図だ、バカだアホだ最低だ、恥知らずで恩知らずの下衆だ! 挙句の果てに、あいつのピンチにこのざまとか……」
 ぴしり、と頭の中で何かのスイッチが入った。
「……そうだよ。あいつのピンチだ。ピンチなんだよ」
 再び窓の外へ上体を出し、遙か遠ざかり行く後方を見やる。
 新マンとサータンの戦いは続いている。
 両手でつかんだ長い鼻を担ぐようにしての一本背負い。
 倒れたサータンへのしかかろうとして、蹴り飛ばされる。
 シロウの目から見ても、新マンが攻めあぐねているのは一目瞭然だった。
「あの……バカ野郎がっ!!」
 ぎしり、と食いしばったシロウの奥歯が鳴った。


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