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ウルトラマンメビウス外伝 RAYGA

  第9話  次郎とジロウ その5

 霊園駐車場。
「よー、なんだ。手こずってるな」
 不意に聞こえてきた声に、メモリーディスプレイの通信機能を落としたばかりのクモイ・タイチとセザキ・マサトはガンウィンガーを見やった。
 その翼上の端に若い男が一人腰を下ろして、足をぶらつかせていた。
「……オオクマか」
 シロウを確認した途端、クモイ・タイチは頭痛でも走ったかのように顔をしかめた。
「なんでお前がここにいる」
「おお、それがな。とーちゃんの墓がここにあってよ。たまたま今日はかーちゃんに連れて来られてたんだ」
「オオクマさんもいるのか。……今は忙しい。さっさと立ち去れ」
「そーゆーわけにもいかねーだろ。……せめて状況ぐらい教えろよ」
 翼端から飛び降りるシロウ。
「シロウ君、久しぶり」
 横から口を挟んだのはセザキ・マサト。
「顔を合わせて話をするのは夏以来だっけ? なに? 手伝ってくれるの?」
「おい、セザキ隊員」
 これ以上の関わりを制しようとするクモイ・タイチの腕をするりと躱して、セザキ・マサトはシロウに近寄った。
「手伝ってくれるんなら嬉しいけど……あれ、見える?」
 指し示す方向に目をやるシロウ。しかし、立ち込める粉塵は見えても、何かの姿は見えない。
「……なんかいるのか?」
「普通のやり方じゃ見えない怪獣がね。……正直、ボクらもお手上げ状態でさ」
「セザキ隊員!!」
 流石に機密情報を漏らしすぎだとクモイ・タイチが咎めたその時、別の声が上がった。
「何をしているんだ、シロウ!!」
 やってきたのは三人の男。二人は警備員、もう一人は黒ぶちメガネのオオクマ・ジロウ。どう見ても怒っている表情だ。
「人の仕事の邪魔をして!! お前は早く母さんのところへ戻れ!」
「はぁ? 邪魔だと? 何言ってやがる、邪魔してんのはお前の――おお?」
 有無を言わさず、警備員がシロウの腕に両側から腕を絡め、拘束した。
「ちょ、おい」
「弟が職務の邪魔をして、本当に申し訳ない」
 オオクマ・ジロウは戸惑いを隠せないCREW・GUYSの隊員二人に頭を下げた。
「弟?」
 クモイ・タイチの怪訝そうな問いに頷くオオクマ・ジロウ。
「私はオオクマ・ジロウと申します。一応、あれの兄です。お詫びは後ほど」
 そう言って再び深々と頭を下げると、警備員に向かって手を振った。
「ああ、そのままあっちへつまみ出してくれ。全く、バカだバカだと思っていたが、ここまで常識知らずとは……オオクマ家の恥さらしもいい加減にしろ」
「あーちょ、ちょっと待って」
 そのまま引きずっていこうとするのを止めたのは、セザキ・マサトだった。警備員の足が止まる。
 黒ぶちメガネの男オオクマ・ジロウは睨むような目つきで、セザキ・マサトを見やった。
「……なにか?」
「ああ、いやいや。ええと、彼はいいんです。彼はちょっと特殊な立場で――」
「だからここに残せと? バカなことを言わないでもらいたい」
「は?」
 敵意をたっぷりまぶし、感情をざっくり差し引いたその一言に、セザキ・マサトは思わずいつもの営業スマイルを硬張らせた。
「あなた方は怪獣退治のプロフェッショナルだろう。一般人に過ぎないこのバカに何を期待しているんだ。こんな、ろくに常識も知らない奴に頼る前に、やるべきことがあるはずだ。それとも、昨今の防衛隊は、素人に頼らなければ怪獣一匹倒せないほど役立たずなのか」
「ええと……いやぁ、それは……ねぇ、クモっちゃん」
 振られたクモイ・タイチは、しかし大きくため息をついた。
「オオクマ・シロウが一般人であるかどうかはともかく、今は我々で対策を練っているところだ」
「でも……」
「結構」
 オオクマ・ジロウは片手を上げ、セザキ・マサトの反論をぶった切った。その鋭い目つきで、じろりと二人を睨み据える。
「それでこそ怪獣退治の専門家というもの。では、私もここを早々に――」
「とはいえ、あなたはオオクマ・シロウをよく知らないようだ」
 追い討ちめいたその言葉はクモイ・タイチ。そして、相手の十八番を奪うような鋭い眼差しで見据える。
 オオクマ・ジロウは怪訝そうな顔をした。
「なんですって?」
「彼がここにいることの意味を理解していないあなたに、彼をバカと評価する資格はない。少なくとも、過去において彼は地球防衛のために命を懸けて戦ってきた。それは俺が――俺たちがよく知っている」
「なに?」
 信じがたい話に目を見開くオオクマ・ジロウ。そのまま、立ち去りかねている警備員に両腕を絡められている弟を見やる。
「こいつが……? 何かの間違いだろう。こんなバカが何を――」
「間違い?」
 クモイ・タイチの眼がさらに細まり、その瞳に怒りの成分を含む。
「間違いとはなんだ。何も知らないあなたが、何の権限で我々の過去を否定する? あなたこそ、もう少し物を考えて口を開いた方がいい。わからないのなら、黙っていろ。そいつの兄だというのなら、母親のオオクマ・シノブさんに訊くといい。あの人は全て承知している」
「……母さんが? なぜ? いや、そうじゃない。お前たち、まさか母さんを巻き込んだのか!?」
「いや、あの人が関わったことはない。関わらせるつもりもない。だが、オオクマ・シロウの活動については熟知しているようだ」
「どういう意味だ」
「だから、母親に訊けと言っている。それ以上は、私が話すことではない。……ともかく、我々は今、作戦行動中だ。自分が一般人だという自覚があるのなら、これ以上の質問・詮索で我々の時間を奪うのはやめてもらおう。それから、そいつもそこへ置いて行ってくれて構わない。なにかの足しにはなるかもしれない」
 駐車場の端の人だかり――オオクマ・ジロウがやってきた方向を手で指し示す。そちらへどうぞ、と言わんばかりに。
「クモっちゃん……」
 感動しているセザキ・マサトを一顧だにせず、二人の間で視線が絡み合い、火花が散った。
「なるほど、確かに私は弟と今日会ったばかりだ」
 言葉ほどには全く退く気配を見せないオオクマ・ジロウ。
「あいつがどんな男か、どんな人生を送ってきたのかは知らない。あなたの方が出会いが早かったようだから、それなりに何か知っているのだろう。それも母に訊くとしよう。だが――」
 さらに眼に力を込めて、クモイ・タイチを睨む。
「だからと言って、弟を野放図に怪獣退治の現場に放り出す気はない。あいつを残せと言うのなら、兄として、こいつが何をするのか、何をさせるのか、見届けさせてもらう。それと……」
 びしりと指を突きつける。
「あなた方の仕事ぶりもだ。拒否はさせない。さっきからの対応は、とてもプロとしてのものとは思えん。落ち度が見つかれば、一納税者として、大いに問題とさせてもらうぞ」
「あの〜……今、非常事態ですし、そういうことはまた改めて、GUYS日本支部の方へ見学申し込みを……」
 控えめに異論を挟んだセザキ・マサトだったが、オオクマ・ジロウに睨まれると、すぐに目をそらしてしまった。
「ふざけるな! 小学生の社会見学ではないんだ! この危難にあってこそ、君たちの本当の姿を確認しなければ意味がない。さあ、続けろ。私に構わずな」
 顔を見合わせ、困ったことになったと目で示し合わせるGUYS隊員二人。
「――構わないわけにはいかないだろう、オオクマ君。とりあえず落ち着くんだ」
 深く、渋い声に一同が振り返れば、そこに郷秀樹と坂田次郎がいた。
 坂田次郎は警備員に何かを話して、シロウを解放させている。
「郷……さん。それに坂田社長も。どうして」
 尊敬する二人の姿に、戸惑いを隠せないオオクマ・ジロウ。
 警備員を元の立哨位置へと戻らせた坂田次郎は、振り返ってその肩を軽く叩いた。
「車を移動させて戻って来たら、君がGUYSの隊員と何か言い合っているのが見えたからさ。ともあれ、落ち着けよオオクマ君」
「は……」
 先ほどまでの勢いはどこへやら、殊勝な面持ちで頷く。
 坂田次郎はクモイ・タイチに向かって頭を下げた。
「申し訳ない、GUYSの隊員さん。彼はちょっと融通が利かない性格でさ。頭は非常にいいんだけど……ここは私に免じて、許してやってくれないかな」
「あなたは?」
「ああ、これは申し遅れた」
 そう言って破顔した坂田次郎は、胸の内ポケットから名刺を取り出した。
「坂田自動車の坂田次郎と申します」
「え? 坂田自動車?」
 名刺に食いついたのはセザキ・マサトだった。
「ひょっとして、日本で唯一中小企業としてF-e1(フェーワン)レースに参加を決めた?」
「知ってるのか?」
「もちろんだよ!」
 知らぬげなクモイ・タイチに対し、セザキ・マサトは目を輝かせて坂田次郎の手を握った。
「日本の町工場の高い技術力を示す旗頭、坂田自動車!! 応援しています!」
「それはありがとう。でも、まだあのレースに愛称は決まってなかったはずだけどな。それも候補には挙がってたけど、ゴロ悪くない?」
「いやぁ……けど、ネット界隈ではもうその名前で定着しつつありますけどね。あと、鉄(Fe)ワンとか。ともかく、頑張ってくださいね」
「うん。ちなみに、その参加車両の開発設計技師が、実は彼なんだけど」
 そう言って、オオクマ・ジロウを指差す。
「えええ!? そうだったんですか!? あの、コスモSSS(シューティング・スター・スペシャル)2000の!? すごいじゃないですか!! それを先に言ってくれなきゃ!」
 セザキ・マサトは幸福満面でオオクマ・ジロウに駆け寄り、その手を握った。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 坂田次郎とクモイ・タイチたちがやり取りをしている間に、シロウはオオクマ・ジロウのところへやってきた。
 オオクマ・ジロウはシロウを見ない。腕を組んで仁王立ちをしているその背中に、シロウは声をかけた。
「――なんか、えらくケンカ腰だったな」
「ふん。プロフェッショナルというのは、そういうものだ。絶えず周りからの批判に晒され、その中ででも期待以上の成果を挙げる。彼らのようにプロフェッショナルでなければならない者は、余計に成果をきちんと挙げなければならない。そこでの妥協を、俺は自分にも他人にも許すつもりはない」
「言ってることはよくわからんが……雰囲気的に厳しいこと言ってんのはわかるぜ。やっぱお前、兄弟のくせにイチローとは大違いだな」
「兄さんと比べるなと何度言えばわかる」
 今度は激高しない。だが、振り向きもしない。ただ、口調の端々に怒りの成分がにじんではいる。
「けどよー、さっきあの二人を探しに行った時に、かーちゃんが言ってたぞ。お前もとーちゃんの息子だって。色々そっくりだってよ」
「……嘘をつけ」
「そっちこそ寝ぼけんな。かーちゃんがそんな下らねえ嘘つくかよ」
 オオクマ・ジロウは首だけ捻じ曲げて、シロウを見据えた。シロウも多少怒りの成分を混ぜた瞳でその視線を受け止める。
「ああ、そうだな。今のは俺の失言だ。そうか…………母さんがそんなことを言ってたか。自分ではわからないが……似てるのか」
 目を閉じ、考え込――もうとした時、セザキ・マサトが駆け寄ってきてその手を握り締めた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 本人が面食らっているのも構わずに、笑顔満面で激しくその握手を振りたくるセザキ・マサト。
「是非、日本の底力を見せて下さい。応援してます! オオクマ技師!」
「え? あ、ああ……いや、そうじゃなくて。今はそれどころじゃないだろう」
「そうでした。――で、こちらは?」
 セザキ・マサトが騒いでいる間に、クモイ・タイチと何か話していた郷秀樹は、自分の話題に振り返った。
 その紹介は、クモイ・タイチが行う。
「この人はかつての防衛チームMATの郷隊員だ。サータンとも戦ったことがあるそうだ」
「へええ……ってことは………………大先輩じゃないですか!? し、失礼しました!」
 慌てて敬礼する。
 郷秀樹はにっこり笑って、軽く敬礼を返す。
「後輩ががんばっているようで、何よりだよ。ちなみに、当時のサータンの影に一番最初に気づいたのは、次郎君――坂田社長でね」
 郷秀樹に集まっていた視線が、すぐに坂田次郎に移る。照れくさそうに頭を掻く坂田次郎。
「いやぁ、小学校の時のことだけどね。ともかく、GUYSはあれを倒す算段、つけたのかい?」
「いやぁ、それが……」
 気恥ずかしそうに言葉を濁すセザキ・マサトに、クモイ・タイチはため息をつく。
 見えない怪獣がいるということ、そしてその名前がサータンだということを何故彼らが知っているのか、ということへの疑問はわかないのだろうか。多分、新マンである郷秀樹が教えたのだろうと察しはつくが――と思っていると、オオクマ・ジロウが食いついた。案の定、というべきか。
「待ってくれ。サータン? 怪獣? 本当にいるのか? あそこに? 何も見えないぞ?」
 その場にいる全員が、埃舞い立つ小学校の破壊現場に視線を送った。
 クモイ・タイチが答える。
「赤外線カメラでないと確認できないが、確かにいる。だが、こちらの攻撃は一切当たらない。地面に映る影で居場所はわかるが……撃退する手段が今のところない。CREW・GUYS日本支部が今、総力を挙げて分析している」
「それはいつ終わる? いつ対抗手段が出来て、いつ作戦行動は開始される?」
「現場で警戒活動中の我々に訊かれても困る。我々はどんな命令が来ても即応できるように、ここで待機・警戒している」
「――原子核放電作戦はどうだ?」
 話に割り込んできたのは、郷秀樹だった。
 一同が怪訝そうに郷秀樹を見やる。
「当時、MATでサータンを実体化させるのに使った作戦だ。中性子は原子核にぶつかると進行方向を変えるという考え方の下、二機のマットジャイロの間に金属網を吊り下げ、原子核を放電した」
 話を聞いて、それぞれに考え込むセザキ・マサトとオオクマ・ジロウ。
 シロウは内容が理解できないていで、話をしている二人を交互に見ている。
 考え込んだままの二人の代わりに、クモイ・タイチが訊く。
「それで、その作戦の成否は? 当時の防衛隊では歯が立たなかったと聞いたが」
「ああ。実体化には成功した。だが、網にかかって暴れるサータンにマットジャイロが引きずり墜とされそうになったため、中断してしまった」
「それでは、使えないな……」
 残念そうにうつむき、もうもうと埃立つ小学校校舎の破壊現場へと再び視線を飛ばすクモイ・タイチ。
 その時、オオクマ・ジロウが口を開いた。
「質問を受け付けるだけの余裕はあるか?」
「あ? ああ……」
 クモイ・タイチは曖昧に答えて、セザキ・マサトを見やった。
 郷秀樹とオオクマ・シロウはともかく、オオクマ・ジロウと坂田次郎は一般人だ。話していいものか、と目配せを送る。送ったつもりだった。
 だが、そんな心配など初めから頭にないような笑顔で、彼は頷いていた。
「はいはい。ボクと彼で説明できる範囲なら答えますよ」
「では……原子核放電という言葉自体もよくわからないんだが、そもそも何故そんな妙な作戦が必要だったんだ?」
 基本中の基本の問いかけ。過去に戦ったことのある郷秀樹、その事件に関わっていたらしい坂田次郎、そして今関わっているGUYSの二人はともかく、オオクマ兄弟は状況がまるでわかっていない。

 セザキ・マサトはわかっている範囲で、オオクマ・ジロウにことのあらましを説明した。
 一応シロウにも聞こえるように話していたが、ちんぷんかんぷんなのはその表情を見ていればわかる。

「――なるほど。色々科学考証的に突っ込みたいところはあるが、相手は中性子を連想させる能力を持ち、実際過去にはその原子核放電とやらで実体化できている、と」
 腕組みをして眉をひそめているオオクマ・ジロウ。さっきまでの怒り顔はどこへやら、いっぱしの研究者の表情になっている。
 そこで、話の間少し離れていたクモイ・タイチが、メモリーディスプレイの通信を落としながら戻ってきた。
「今、イクノ隊員に確認した。MATの原子核放電作戦についての詳細な報告データはあるが、再現は難しいそうだ」
「どうして?」
 セザキ・マサトだけではなく、郷秀樹もオオクマ・ジロウも怪訝そうな顔つきになっている。
「結局、失敗した作戦だからだ。実体化はできたが、原子核放電を続けられなければ無意味だとも証明している。それに、失敗したからこそ研究もされていない。必要な機材を揃え、それが実戦で実用に耐えうるかを確認しなければならないわけだが……」
「そんな悠長な時間はないな」
 オオクマ・ジロウの断定に頷くクモイ・タイチ。
「そういうことだ。それに失敗した作戦を再現しただけでは、それより先へ進めるわけでもない。……とはいえ、他に手があるわけでもないんだが」
「オオクマ君、君ならどうする?」
 坂田次郎の不意の問いかけに、オオクマ・ジロウは困惑した。
「何故私に?」
「いや、ちょっと思ったんだけどさ……今、関わってるEV(電気自動車)の関連で、電子一個でどうこうって技術がなかった? それを応用して、電子を中性子に置き換えてうまく操作するとか、できないの?」
「電子一個……ひょっとして、単電子CCD(電荷結合素子:Charge Couple Device)のことですか? 確かにあれは電力消費を抑える上で重要な技術ですが、別にEVに限ったものではないですし、素子自体の開発は2001年に成功してますから……民生はともかく、ひょっとしたら、今はもうGUYSの隊員さんが持ってるその携帯端末ぐらいには使われているかもしれません」
 意外な説明に、二人は思わず自分のメモリーディスプレイに目を落とした。
「しかし、電子一個を操作する技術と中性子を操作する技術の互換性というのは、ちょっと……そうですね、社長にもわかるように説明するなら……単電子CCDの技術を車の運転技術に置き換えた場合、中性子は……UFOの操縦技術ぐらい次元が違う、といえばいいでしょうか」
「UFO!? なんでUFO!?」
「それぐらい今の科学水準では難しく、判明していないことの方が多い領域ということです。中性子の遮断ぐらいなら、原子力発電の現場などで培った技術があるんですが……」
「確認しておきたいことがあるんだが」
 口を挟んだのは、クモイ・タイチ。
「あれは本当に中性子の塊なのか?」
 現場をちらりと見やったオオクマ・ジロウは難しげな顔で首を捻った。
「あれ、と言われても私は見てないので、なんとも言えないが……論理的に考えるなら、違うだろうな。もし、中性子の塊ならあんなところに存在していない。分散や密度の問題には目をつぶったとしても、透過力の強さでとっくに地面を突き抜けて地球の核方向へ落ち、その過程で膨大な放射能を撒き散らし、最後には消えているはずだ。いかに中性子といえども、地球ほどの密度を突き抜けることは容易ではない」
「では、あれは」
「あくまで私的見解として言わせてもらうなら、その体組成が中性子かどうかはともかく、中性子的な状態に体組織を変えて活動できる生命体ということだろう。ミミック・オクトパスやカメレオンのように――あれは体表面の色素を変えるだけだが、これは体組織の組成そのものを変えることができるわけだ。自由な行動を邪魔する物体を透過するのに一番都合のいい能力として、進化の過程で獲得したのかもしれない。だから、それがうまく働かない高密度物質、コンクリートを破壊する。実際は何か痛みのようなものを伴っているから、あそこまで執拗に暴れている、という仮説も考えられる」
 クモイ・タイチは聞き終わるや否や、セザキ・マサトを見やった。自分では理解できかねるから任せた、という視線だ。
 セザキ・マサトはセザキ・マサトで、黙ったままオオクマ・ジロウの説を反芻していた。
「……なるほどね。いや、でも、なかなかの推理だと思います。少なくとも、中性子の塊だというよりは説得力がある」
「どちらにせよ、今の科学では荒唐無稽の部類に入る説明だ。科学技術で飯を食う者の端くれとして、納得はしていない」
「まあまあ。……となると、対策はどうしたらいいんだろ? コンクリートで周りを固めて、動きを止める?」
 オオクマ・ジロウは大きくため息をついた。
「固まるまで待ってくれるものか。それなら落とし穴に落とした方がまだいい。……ただし、表層土は密度的にはスカスカだから、最低でも深度数百mの穴でなければ意味はない。そう、放射性廃棄物の地層処分場レベルの」
「そりゃ無茶だなぁ。そんなの使えるわけない」
「わかっている。いずれにせよ、やつを倒すための方策は……」
 オオクマ・ジロウはちらりと郷秀樹を見やった。
「結局のところ、郷さんの言うとおり、原子核をぶつけて実体化させるのが早いといえば早いのかもしれない」
「できるんですか、そんなこと?」
 さっき否定された作戦が再び言及されたことに、目をぱちくりさせるセザキ・マサト。
「一応、過去において原子核放電作戦による実体化までは成功しているのだから、不可能ではないだろう。装備機材の件も、少し考えて置き換えをすればそんなに時間はかからないかもしれない」
「というと、なにか腹案があるのかな?」
 興味津々のていで坂田次郎が聞く。
「腹案というほどのことはありませんが……原子核放電という言葉の意味をずっと考えていて、アルファ粒子を思い出しました」
「アルファ粒子? ……どこかで聞いたような?」
 考え込むセザキ・マサト。
「不安定核の崩壊現象に伴って放出される、ヘリウムの原子核だ」
「ああ。核分裂に伴って放射されるアルファ、ベータ、ガンマ線のアルファね。なるほど」
「そうだ。中性子2、陽子2で構成され電荷はプラス2。ただし、空気中では数cm移動するぐらいの間しか存在できない。原子核放電作戦は、これを利用したんだろう。技術的な方法論は機密事項だろうからともかく、体表面に密着した網からアルファ粒子を放出させれば、移動距離は関係なくなる」
「なるほど。……要するにそのアルファ粒子を安定的にサータンに浴びせ続けられれば、実体化している間に攻撃を当てられるかも――あ、隊長だ」
 セザキ・マサトはメモリーディスプレイの呼び出しに応じ、少し離れて画面に出たアイハラ・リュウと何事かを話し合い始めた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 その間に、シロウがボソリと呟いた。心の中で。
(……あー、面倒くせえな)
 その声に反応したのは、もちろん郷秀樹のみ。他の者はセザキ・マサトの通信に耳をそばだてている。
(いいや、もう俺が行ってちゃっちゃとやってやるか――)
(やめておけ)
 踵を返して離れようとするシロウの肩を、郷秀樹はむんずとつかんだ。
 怪訝そうに見返すシロウ。
(はぁ? ――ああ、身体のことか)
(それだけじゃない。あいつには、お前では歯が立たない)
(……久々に聞いたな、それ。地球人の誇りを汚すなってやつか? それとも俺では実力不足ってか?)
(腕の話じゃあない。……お前は、雲を殴れるか?)
(雲だ?)
 怪訝そうに空を見上げる。青い秋空にひとひらの白い雲がたゆたっている。
(バカにするなよ。あれは水蒸気の塊だってことぐらい俺でも知ってる。殴れるわけないだろうが)
(今回の怪獣は、そういう相手だ。触ることも出来ないものを、どうやって倒す?)
(……………………)
(それに、お前が気づいているとおり、その身体はもう限界だ。変身しても、戦えるのは1分が限度だろう。その後は……変身能力を失う。いや、下手をするとそのまま消滅するかもしれん)
(……つまり、俺はもう役立たずということか)
 気落ちした、というより最後通告を受けたという諦めの顔つき。自嘲めいた笑みがうっすら浮かんでいた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 フェニックスネスト・ディレクションルーム。
 メインパネルにセザキ・マサトのウィンドウが開いた。
『はい、こちらセザキ。どうかしましたか?』
「サータンが姿を消した」
 アイハラ・リュウは憮然とした表情で告げた。セザキ・マサトも一瞬、無念の表情を浮かべた。
「野郎、小学校の体育館も完全に破壊しつくして、姿を消した。……だが、姿を確認する方法はわかったからな。この地区から都心までの地域に設置されている、災害監視システムのカメラに赤外線認識フィルターをかけ、奴を追う。俺たちはその予想される進行方向に防衛線を張る。お前らも移動だ」
『そのことなんですが、隊長。ちょっと今、話し合っていることがあって』
「なんだ?」
『あの怪獣は、中性子状態での透過がしにくいからコンクリートを潰しているんじゃないかって。だから、分厚いコンクリートで囲んだ場所に閉じ込めれば――』
「マサト……あのな。そんな場所、どこにあるってんだ!」
『地層処分場とか……ないですか?』
『――相変わらず考えなしね』
 割り込んできたのはシノハラ・ミオの通信画面。背景からして、どうやらフェニックスネストの格納庫のようだ。
『隊長。シノハラ・ミオ、ただいま戻りました』
「ご苦労。隕石のサンプルは分析班へ頼む」
『G.I.G。ヤマシロ隊員はこのまま再出撃するそうです』
「わかった」
『それから、セザキ隊員。郊外といっても、そこは都内。そんなところに放射性廃棄物の地層処理場があるわけないでしょう。第一、例えそんな場所があっても、向こうが実体化しない限り、連れて行けないのよ? もう少しましな策を考えなさいな』
『……くそぅ。いい案だと思ったんだけどなぁ。ここでも実体化がネックかぁ』
『最初からそこがネックなんですから、要するに全く進んでいないってことよ。まったく残念がる話じゃないわ』
 シノハラ・ミオの遠慮ない口撃に、セザキ・マサトはため息を漏らす。
『あと、アルファ線をぶつければ実体化しそうだって話もあるんですけど……無理ですよねー』
『アルファ線? ……確か、原子分裂に伴って発生する放射線、だったわよね。ええと、正体はヘリウム粒子の原子核で、電荷がプラス2で――』
 大学受験の問題を話し合っているかのようなやり取りに、聞いていたアイハラ・リュウは苦悶めいた表情を浮かべて首を振る。
「あー、もういい。そういうややこしい専門用語のやりとりは分析班でやってくれ。俺は聞いていてもわか――」
「あ」
 やたら大きなその声に、アイハラ・リュウは困惑の表情のまま振り返る。
「なんだなんだ、今度はゴンさんかよ」
「そうか、電荷がプラス2の粒子なんだ。アルファ粒子は」
 珍しく歓喜の表情を浮かべて立ち上がるイクノ・ゴンゾウ。
「は? なに言ってんだ、ゴンさん」
「だから。荷電粒子の一種なんですよ、アルファ粒子――つまり、原子核というのは」
「だから――なんだと? カデンリュウシ? んん? ええと、どっかで……聞いたような」
 メインパネルの向こうで、シノハラ・ミオが眉間に人差し指を当てて呆れたように首を振る。
『んもう。隊長、しっかりしてください。荷電粒子って言えば、ガンローダーのメテオール、ブリンガーファンの荷電粒子ハリケーンにも使わ……あ』
 目を見開いたまま、凍りついたように動きを止める。
 異常事態に、セザキ・マサトは顔色を変えた。
『え? なに? どうしたの、二人とも?』
『セザキ隊員、偉い! それよ!』
 通信ウィンドウいっぱいにシノハラ・ミオの顔がアップになる。
『は?』
「そうか、過去の放電網作戦にとらわれ過ぎてた。ブリンガーファンは荷電粒子によって様々な効果を発生させる!」
 猛烈な勢いでコンソールを操作し始めるイクノ・ゴンゾウ。
『それだけじゃないわ! イクノ隊員!』
 高揚感に包まれた表情でまくし立てるシノハラ・ミオ。その背景が流れているところを見ると、どうやら話しながら早歩きで移動しているらしい。
『マクスウェル・トルネード(※)よ! あのメテオールは熱エントロピーの違う分子を選択的に振り分けの出来る技術! それに比べれば、アルファ粒子だけを選択的に振り分けるなんて、難しい技術じゃないんじゃない!?』(※ウルトラマンメビウス第46話にて使用)
「ええと……まるでわけがわからないんだが」
 困惑しきりな隊長――がかえりみられることはなく、イクノ・ゴンゾウはすぐに応える。
「なるほど、確かにそれはいい案です。わかりました。今すぐマクスウェル・トルネードの開発者、フジサワ博士に連絡して調整をお願いしてみます」
「あ、いや、だからね」
『その必要はないわ』
 唐突に新たなウィンドウがメインパネルに開いた。
『話は聞かせてもらったわ! 任せてもらおうじゃないの、このあたしに』
 画面の中に現れたのは、ふてぶてしい笑みに唇を歪めた白衣の女性。
「げ」
 たちまちアイハラ・リュウの表情が強張る。
 ウィンドウの女性は手をひらひらさせた。
『はぁ〜い♪ おっひさ〜。隊長になってからは初めてだっけ、アイハラ隊長?』
「フジサワ博士!? ……えらくまたタイミングのいい……っつーか、良過ぎンだろ!? いくらなんでも!?」
『いや〜、今回のはちょっと異次元っぽい怪獣だってサコっちから聞いてさぁ。異次元って言えば、あたしの出番っしょお? それに、今聞いてたら面白そうな作戦じゃん? 協力してあげる……ってか、あたしも噛ませろよ』
「噛ませろって……」
『まあまあ。無敵を誇ってる奴の鼻っ柱へし折るのは、あたしのライフワークみたいなもんだし? 既に異次元科学研究所とそっちのデータベースつないで、メテオール改造のプラン解析は始めてるんだけどね』
「早っ」
 にひひ、と笑うフジサワ博士に、アイハラ・リュウはもはや呆れて突っ込むしか出来ない。
 ミサキ・ユキ総監代行の級友であり、サコミズ・シンゴ総監でさえ頭が上がらない彼女に逆らえる人間は、少なくとも日本にはいない。メビウスがいた頃から、したい放題なのは変わらない。本当にまったく変わっていない。
『はっ、なにが早いもんかね。事態は常に流動してんのよ。ぐだぐだ言ってる間に、やれることはいくらでもあんでしょうが。んじゃ、こっちの作業が終わったら、また連絡する。んー……』
 ちらっと画面外を見やり、すぐに顔を戻す。
『一時間てとこね。メテオール改造の目途は。それまでにそっちも体勢整えな。最低限、ガンローダーを整備班に渡しておかないと、それだけ遅れることになるよ』
「わ、わかってる!」
『結構。なら、すぐにとっかかりな。じゃ』
 素っ気無く通信が落ち、ウィンドウが消える。
 代わりに前に出てきたのは、シノハラ・ミオのウィンドウだった。
『隊長! これで奴を実体化させられますね! ――とりあえず、これ、分析班に渡してすぐそちらへ向かいます!!』
 画面に隕石サンプルを掲げた直後、通信は切れた。
「……………………ええと」
 嵐の後の静けさを思わせる空隙の間に、アイハラ・リュウはぽりぽりと頭を掻く。
 振り向けば、イクノ・ゴンゾウは既に各種手配を始めている。
「結局、何がどうなるのか、誰か俺にわかるように説明してくれんかな」
 虚しくアイハラ・リュウの声が響いた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

(それは……お前次第だ)
 郷秀樹のテレパシーはあくまで優しい。
(変身できない俺に、何が出来る?)
(ウルトラ族の姿になれずとも、戦うことは出来るさ。地球人として。レイガ……いや、オオクマ・シロウという人間は、もはや超能力だけが力ではないと知っているはずだぞ)
(……………………)
 確かに。
 地球人はそうしている。足りないものをお互いに支え合うことで、一人では出来ないことでも達成してみせている。自分も、その中に加わるだけのこと……なのだろう。
 それでも、何かが心の中で抗っている。それは違うと、叫んでいる。
(確かに……)
 自分の中で抗う何かが何であるのか、わからないまま言葉を紡ぐ。
(だけど、それは……まだ俺には諦めでしかない。諦めたくないんだ。まだ。……こんな中途半端な気持ちのまま、そんなこと、決めたくない)
(かつて――俺たちも、変身できなくなった時があった)
(あ?)
(セブン兄さんは、それでも地球防衛チームの隊長として戦い続け、多くの部下を失い、最後には自分さえも命を落としかけた)
(………………)
(俺や兄さん、エースが一緒だった時は、みんなで地球人として生きていた。大きな地震で住んでいた町が崩壊した時も、俺達はウルトラの力を使えないことに悔しさはあったが……それでも地球人として、地球人とともに精一杯その困難に立ち向かい、乗り越えてきた。俺たちの超能力がなくとも、時間はかかっても、それぐらいの苦難は乗り越えてみせる。それが地球人だ)
(俺にも、なれるって言うのか……地球人に)
(ああ。だが……それはお前の言うとおり、まだ早い決断かもしれない)
(あ?)
(今ならまだ間に合う。光の国へ、帰るんだ)
(……………………そこへ、戻るか)
(何度でも言うさ)
(………………)
 何も答えぬまま、シロウはテレパシーを打ち切った。


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