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ウルトラマンメビウス外伝 RAYGA

  第9話  次郎とジロウ その4 

 ガンローダー内コクピット。
「こちらCREW・GUYS隊員、セザキ・マサトです。先に連絡した避難指示の状況はどうなっていますか?」
 通信機の画像に映像は映らない。通常の電話回線で目標の小学校の校長とつながっていた。
『――生徒には緊急避難訓練ということで、校庭へ。教職員がただいま点呼中です』
「迅速な対応、感謝します。今回の件では、真っ先に校舎の破壊が考えられますので、出来るだけ離れるようにしてください。僕ももうすぐそちらに――」
『どうかよろし――あ、ああっ!?』
 校長の叫び声に、何かが破壊されるような大音響がかぶる。
 セザキ・マサトは顔を上げた。キャノピーの向こうに見える景色――

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 霊園からも見えるほど派手に、煙が上がっていた。
 距離は――山一つ二つ先ぐらいか。
 爆煙とか火事の煙ではない。もうもうと立ち込める煙。
 そしてその源では、建物が壊れていた。
「……なんだ? 竜巻か!?」
「バカ、竜巻であんな建物があんな風に壊れるか!」
 オオクマ・ジロウの言った建物とは、かなり大きなものだった。この星ではテッキンコンクリートと呼ばれるタイプで、3階建てぐらいか。高さより横に広い。エミやユミが通っていたコウコウのコウシャとか言うやつによく似ている。総称して、ガッコウだったか。
「ガッコウ、とかいうやつか?」
「ああ、多分な。だが、一体なんであんなことに? ……とりあえず、異常事態だ。母さんのところへ急ぐぞ、シロウ」
「ああ」
 二人は出会って初めて息を合わせて頷き、階段へと駆け出した。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 坂田家の墓の前。
 郷秀樹と坂田次郎もその光景を見ていた。
「郷さん……」
「ああ。何か起きているな」
「怪獣かい?」
「わからないな。姿は見えないようだが……GUYSが飛んで行く先で起きたということは、何らかの異常事態なんだろう。下に降りた方がよさそうだな」
「そうだね」
 頷いた坂田次郎は、振り返って兄と姉の眠る墓に手を合わせた。
「ごめん、兄ちゃん。兄ちゃんの夢を受け継いでくれる若手のこと、きちんと紹介したかったけど、また今度来るね」
 目をつぶり、頭を下げる横で、郷秀樹も軽く頭を下げる。
 そして、坂田次郎はすぐに立ち上がった。
「じゃ、いこうか郷さん。元MATの隊員とUGM隊員候補としては、霊園に来ている人たちが慌てないように、避難誘導もしてあげないとね」
「ああ、そうだな次郎くん」
 嬉しそうに頷く郷秀樹。
 二人は辺りを見回しながら、小走りに階段へと向かった。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 フェニックスネスト・ディレクションルーム。
 メインパネルに崩壊してゆく小学校校舎が映っていた。辺りには粉塵だけでなく、大小さまざまな破片までが派手に舞い散っているが、やはり相変わらず怪獣などの姿は見えない。
「遅かったか!」
 悔しげに吠えたアイハラ・リュウは、すぐにイクノ・ゴンゾウを見やった。
「ゴンさん、何かわかるか!?」
「いえ。画像を見る限り、勝手に壊れてゆくようにしか……重力波の異常もなし、気圧も問題なし、局地地震の観測報告もありません。気温の変化も特にないので熱線攻撃というわけでもありませんし、マイナスエネルギーも、サイキック波も、異次元断層も、時空間連続体の歪みも検出されていません」
「一体なんだってんだ!?」
 その時、新しいウィンドウが開いてセザキ・マサトの通信回線が繋がった。
『――フェニックスネスト! こちらガンローダー・セザキ! 校舎からの退避は完了したようです! 現在は教職員・生徒ともに、校門から敷地外へ一斉に避難中! ガンローダーは校門を背にした位置でホバリング待機にて、警戒します!? それとも、攻撃を!?』
 アイハラ・リュウとイクノ・ゴンゾウは顔を見合わせた。
「攻撃って、マサト、なんか見えるのかよ!?」
『いえ、何も見えません! 見えないんですが……あの壊れ方はおかしいですよ! 怪獣が暴れているとしか思えない! 射たせて下さい!!』
「バカ言え! こっちじゃあ画像どころか何のセンサーにも反応してねえんだぞ! 発砲許可なんか出来るか! 今は生徒と教職員の避難保護を優先――おい、マサト!?」
 アイハラ・リュウの指示の最中に、セザキ・マサトは右に首を捻ってコクピットの外を見ていた。ガンカメラから映る映像を見る限り、壊れてゆく校舎は正面。側方に顔を向ける理由はないはずなのに。
『……なに? なんだ?』
「どうした、マサト!? 何か起きてるのか!?」
『いえ……教師と生徒たちが……何かを指差して……ボクに何かを伝えようと――あ!!!???』
 不意に何かに気づいて驚いたセザキ・マサトは、コクピットの中の何かをいじり始めた。
『隊長! ゴンさん! ガンカメラ!!』
 メインパネルのセザキ・マサトの通信ウィンドウの後ろに表示されていた、ガンカメラ映像のウィンドウが一番前に出て来る。
 それは壊れゆく校舎ではなく、グラウンドを映していた。
「……おい、どこを映して…………って、んんん!? なんだこりゃ!!??」
 目を瞬かせたアイハラ・リュウは、思わず二、三歩メインパネルに近づいていた。
 秋晴れのすがすがしい空の下、グランドに落ちた、原形を失いゆく校舎の影――その中で巨大な影が暴れていた。直立二足歩行型の怪獣らしきシルエット。腕らしきものも見える。そして、頭部であろうと思われる影の上部からは、長い触手が伸びて踊っている。
 まさにクモイ・タイチがタクシー運転手から聞いた証言の特徴に一致する影。
「――ゴンさん!!」
「シルエットを元にアーカイブを検索中! ……シルエットだけなので断定は出来ませんが、一番可能性の高いのは――出ました! ドキュメントM・A・Tに記載されている、レジストコード・忍者怪獣サータンです!」(帰ってきたウルトラマン第19話登場)
「そいつは透明怪獣なのか!?」
「……ええ……」
 イクノ・ゴンゾウは画面のドキュメントデータに素早く目を走らせる。
「……ええ!! はい、そうです! ドキュメントを見る限り、そう考えて間違いありません! しかし、これは――」
「見えずとも怪獣がそこに居るってンなら問題はねえ! ――マサト! 攻撃開始だ! それ以上進ませんな! そこで食い止めろ!」
『G.I.G!! ガンローダー・セザキ、攻撃開始します!』
「頼んだ! ゴンさん、他の連中にも大至急――」
「いけません、攻撃は――」
「あ?」
 怪訝そうな顔で振り返ったアイハラ・リュウの背後、メインパネルに攻撃を開始したガンローダーの映像が映った。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 霊園の駐車場。
 階段脇の売店前に数人の人だかりが出来ていた。
 広い駐車場のあちらこちらでも、足を止めて振り返っている人影がある。
 シロウとオオクマ・ジロウが売店に駆けつけると、シノブも売店前の人だかりの中、向こうの山影に粉塵舞い上がる異常事態に不安げな眼差しを向けていた。
「あ、いたいた。かーちゃ……」
「母さん!!」
 シロウの声を遮る大声に、シノブだけでなくその場にいた全員が何事かと振り返る。
 オオクマ・ジロウはシノブの傍に駆け寄った。
「母さん。久しぶり」
 見知った顔を見て、たちまちシノブは驚いて目を見開いた。
「あらあらあらあら。ジロウじゃないの。どうしたの、こんなところで。――あ、そうか。あんたもお父ちゃんの……」
「いや、あー……それもあるけど。その話は後で。とりあえず――」
 オオクマ・ジロウの目は、何かが壊れて粉塵を立ち舞わせている現場へ向いて細まった。すぐに母に顔を戻す。
「母さん、ここを立ち去るんだ。異常が目視できる距離なんて、巻き添えを食う可能性がある。シロウと一緒に早く駅へ。家へ帰って」
「いや、それがねジロウ。実は――」
 シノブは困り顔で、駐車場隅のバス停を見やった。
 止まったバスの周囲に売店前以上の人だかりが出来ているが、何かトラブルがあったのか、妙に殺気だった雰囲気が伝わってくる。
「バスが動かないらしいんだよ」
「バスが? エンジントラブル? それとも、運転手が何か?」
「ううん……聞いた話だと、駅前が地震だか怪獣だかの災害に遭ってほぼ全滅したとかで、バス経路のあちこちでも通行止めになっちゃって、動けないんだってさ。バス会社の方で至急走れる道を探して、別の最寄り駅までのルートを確保しようとしてるらしいけど……救出活動がどうしても優先されるからって」
「ということは、タクシーも難しいか」
 唇を噛んで辺りを見回す。既にタクシー乗り場にタクシーの姿はなく、待ち客の長い列が出来ていた。
 バス停にしろタクシーの待合場所にしろ、駐車場に止めてある車にしろ、売店周辺にしろ、その場にいる誰もが不安そうに声を掛け合っている。
 そして、階段からは異常を知った人たちが、続々と駐車場へと降りてきている。
 しばらく考えた後、オオクマ・ジロウは頷いた。
「わかった。うちの社長が車で来てる。お願いして乗せてってもらおう。待っていてくれ、母さん。今すぐ頼んで――」
「待ちなさい」
 踵を返そうとした次男を、シノブは肩に手を置いて止めた。
「母さん?」
「あたしはいいから。もしあんたがその社長さんに頼めるのなら、あそこでタクシー待ちをしてる妊婦さんや、子供連れの家族を優先したげなさい」
「え……?」
 オオクマ・ジロウは唖然として返しかけていた体を戻し、シノブの視線を追う。
 確かに、バス停には不安げな妊婦、タクシーの待合場所には赤ん坊を抱いて落ちつかなげな女性の姿が見える。
「いや、でも母さん。あれは見ず知らずの人だし――」
「人助けに見ず知らずは関係ないよ、ジロウ」
 きっとまなじりを決して告げるシノブ。
 横で黙って見ていたシロウは、やれやれと肩をすくめた。こうなるとシノブは絶対に引き下がらない。
「いいかい、ジロウ。ここにはお父さんが眠ってるんだ。お前、お父さんの前でそんなことでいいのかい?」
 しかし、ジロウは少しむっとした顔で、すぐに言い返した。
「むしろ、父さんの前で母さんに何かあったら、その方が俺は申し訳ないね。……悪いけど、俺は父さん似じゃないから。母さんが父さんから受け継いだ考え方は、俺の中にはない。ともかく、俺はまず母さんを助ける。他の人はその後だ。反論は聞かない」
 言い切ると、オオクマ・ジロウはシロウを見やった。
「シロウ、母さんを頼む。俺は坂田社長を呼んで来る」
「あ、おう」
 答えを聞くか聞かないかのうちに、オオクマ・ジロウは階段に向かって駆け出していた。
 その後ろ姿を見送るシノブとシロウ。
「あ〜あ、行っちまった」
 呟きながら、シロウはちらりとシノブを見やった。
 シノブは複雑な表情をして、そっとため息を漏らしていた。
「……ったく、あの子は……」

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

「ダブルガンランチャー!!」
 ガンローダーの尾翼前方に装備された2連装機関砲が火を吹く。
 撃ち出された弾丸は空気を引き裂き、立ち込める粉塵を蹴散らす。そして――小学校の裏山の地肌を抉り取った。
「あ、あれ?」
 日光の射角とグラウンドで暴れる影の位置関係から、必ずそこにいるという場所目掛けて引き金を引いたはず。なのに。
 もう一度、引き金を引き直す。今度は連射しつつ、左右へ微妙に機体を揺らし、弾丸をばら撒くように撃つ。
 それでも、何の反応も得られなかった。全て、山肌を削り抉っている。
「実体弾じゃダメなのか!? なら!! バリアブルパルサー!!」
 主翼下のビーム砲から重粒子ビームが放たれ、粉塵を切り裂いた。
 それでもやはり、抉り取られ削られるのは山肌で、ダメージを受けているのはそこに生えている草木ばかり。
 グラウンドの影は嘲笑うかのように、象の鼻のように見える触手を振り回している。
「な……なんだよ、これ!? くそ、こうなったら――」
 速度スロットルレバーを前進させ、バリアブルパルサーを放ちながら前進してゆく。だが、近づいても何も変わらない。相変わらず対象は見えないし、隠れている何かにビームが当たることもない。
 何か違和感を覚えるものはないかと、トリガーを引きながら『その空間』を凝視していたセザキ・マサトの耳を、突如クモイ・タイチの一喝が打った。
『――セザキ隊員、捻れっ!!』
 ほぼ同時に、警告音が鳴り響く。右側方から高速飛来する機体――ガンウィンガー。
 衝突コースを構わず突っ込んでくる同僚の機体を躱すために、とっさに操縦桿を左へ切った。ローリングしながら左へスライド移動という、GUYSメカならではの三次元機動を見せて、その場を回避――
「!!??」
 機体に衝撃が走った。
 衝突はしていない……はずだ。キャノピー外の回る風景を、ガンウィンガーが高速で横切っていった。火花の尾を引いて。
「――なんだ? なんなんだ!?」
 混乱しながらも機体を水平に戻し、さらにそのまま現場から離れる軌道を取る。何が起きたかはわからないが、この場は危険だと防衛軍時代に培った勘が告げている。
『無事か、セザキ隊員!』
 クモイ・タイチの問いかけに、セザキ・マサトはキャノピーの外を見やる。一度離脱したガンウィンガーが大きく旋回しているのが見えた。
「クモっちゃん、どういうこと!?」
『奴の攻撃だ! 近づきすぎて影が見えなくなっていただろう!』
「あ……」
 確かに。接近すればグランドに落ちている影は見えなくなる。見えずともそこにいるものだ、と思っていたから大丈夫と思っていたが、よく考えれば相手の動きが見えなくなるのだ。あまりにも迂闊だった。
 グランドの影を再度見直し、追撃がないのを確認して、セザキ・マサトは大きく安堵の吐息をついた。がっくりと頭をシートのヘッドレストに預ける。
「……さんきゅー、クモっちゃん。助かったよ」
『――二人とも、退け』
 アイハラ・リュウの指示の声に、セザキ・マサトは飛びつくように回線を開いた。
「隊長! てか、ゴンさ〜ん! こいつ、攻撃が当たらないんですけどー!? 一体どうしたら!」
『攻撃は無駄です。中止して、退いて下さい』
 イクノ・ゴンゾウの冷静な声。
「いやでも、小学校が壊されてるんだよ!? それを黙って指をくわえて見てるなんて……!!」
『悔しいのはわかりますが、当たらない弾を撃ち続けても意味はありません。ともかく、今、この怪獣のデータを解析中です。生徒・教職員・周辺住民の避難も終わったようですから、一旦退がって下さい』
「……………………」
『マサト、タイチ、退がれ』
 諦め切れず、瓦礫と化してゆく小学校校舎を睨むセザキ・マサトの耳に、アイハラ・リュウの、こちらも悔しさの滲む低い声が聞こえた。
『今は対策を立てるのが先決だ。帰って来いとは言わねえ、とりあえず退がれ』
『G.I.G』
 いつも通りの冷静な口調で答えるクモイ・タイチ。ガンウィンガーはすぐに翼を翻す。
 しばらく唇を噛んだセザキ・マサトも、やがてうつむいて了解するしかなかった。
「……G.I.G。ガンローダー、退がります。けど、どこまで……」
『後方3kmほどのところに霊園があります。かなり広い駐車場があるので、そこへ。現地と警察に連絡しておきます』
「うん。頼むよ、ゴンさん」
 そう言って一旦回線を切る。
 一つため息をついてキャノピーの外を見やる。もう生徒達も教師達もそこにはいなかった。
「……ごめんよ。大事な学び舎を守れなくて。でも、必ずこいつは倒してみせるから。今は……ごめん」
 呟いて、スロットルレバーを入れる。
 ガンローダーは翼を翻し、指定された方角に機首を向けた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 霊園。
 オオクマ・ジロウが、郷秀樹と坂田次郎を連れて売店前に戻ると、そこは黒山の人だかりとなっていた。
 駐車場の入り口は既に出ようとしている車の行列ができて、動かなくなっている。
「母さん、この人が、今、俺がお世話になっている坂田自動車の社長さん」
 シノブは頭を下げた。
「初めまして。ジロウの母です。うちの息子がお世話になってます」
「いえ、こちらこそ」
 坂田次郎も頭を下げ返す。
「オオクマ君の力添えで、私たちの悲願が達成できそうなんです。彼にはいつも助けていただいています」
「実はさ、坂田社長のご家族もこちらの霊園に眠っておられてね。今日は父さんの墓参りも兼ねて、そちらにもお参りに来てたんだ。ほら、覚えてないかな。俺が子供の時に憧れてるって言ってた、流星号の――」
 まるで子供のように目を輝かせて自慢げに話すジロウに、シノブはため息をついて、その額をこつん、とやった。
「バカ。今はそれどころじゃないだろ? 後にしな。それより、あんたが行ってる間に駐車場の入り口があんなことになっちゃってるから、もう車じゃ動けないよ」
 そちらを見やったオオクマ・ジロウは、苛立たしげに顔を歪め舌打ちをした。
「バカどもが。少しは考える頭というものがないのか。……これじゃあ帰れないじゃないか」
「いや、帰ることはないよ」
 混雑からクラクション鳴り響く駐車場入り口を見ていた坂田次郎の言葉に、オオクマ・ジロウは目を剥いた。
「は? 坂田さん? 何を言ってるんですか! あそこで戦闘が始まったら、ここも流れ弾なんかが飛んで来るかも――」
「大丈夫だよね、郷さん?」
 いわくありげな笑みを浮かべて、郷秀樹を振り返る坂田次郎。
 郷秀樹は少し肩をそびやかして微笑み返す。
「……そうだな。しかし……」
 まだ粉塵が立ち昇っている現場を見やった郷秀樹の目が細まり、その横顔に緊張が浮かぶ。
「あれを倒すのは、GUYSでは難しいかもしれないな」
「そうなの?」
「ああ、かなり厄介なやつだ」
「ふぅん……ま、なんにせよ、シロウ君だっているんだし、ここはむしろ動かない方が安全だと思うよ、オオクマ君」
 坂田次郎はオオクマ・ジロウに顔を戻し、自信に満ちた表情で言い切った。
「え? でも? ええ?」
 事情を知らないオオクマ・ジロウは何がなんだかわからない。
 話題に上ったシロウは、そ知らぬふりで粉塵舞い散る現場の方を見ている。
 二人の素性を知っているシノブは、軽くため息をついて次男の肩を叩いた。
「――社長さんには何か思うところがあるんでしょ。あんたも男なら慌てず騒がず、もっとどっしり落ち着きな」
 途端に、オオクマ・ジロウの顔色が変わった。むっとした表情で母親を見やる。
「母さん……それは……父さんみたいにってことかい?」
 シノブの表情が少し曇った。
「妙に今日は突っかかるねぇ。誰もそんなことは言ってないだろ。こういうときにぎゃあぎゃあ騒げば、回りに無用の不安が広がる。だから落ち着けって言ってるだけじゃないか。いつもはあんたが言うことだろ、こういうことは」
「あ、いや……そうか。ごめん」
 反論の余地もないほど完璧に言い負かされ、オオクマ・ジロウはうつむいてしまった。
 その時、霊園のスピーカーから軽やかな音楽の放送が流れてきた。
「――本日は当霊園へのお越し、まことにありがとうございます。駐車場に駐車中のお客様にお知らせいたします。只今、当局よりGUYSの機体が当駐車場に着陸するとの連絡がありました。大変申し訳ございませんが、大至急お車を端の方へ移動していただきますよう、よろしくお願いします。繰り返します。当駐車場にGUYSの機体が着陸すると――」
 ざわめきが広がる。
 GUYSが来る、という期待と、なぜ今ここに、という戸惑い。
 郷秀樹と坂田次郎は頷き合った。
 実際、動ける車のほとんどは入り口に集まってにっちもさっちも行かなくなっているので、移動しなければならない車は数台だけだ。ただ、その数台の中に坂田次郎と郷秀樹の車があった。
「すまないが、オオクマ君たちはここで待っていてくれ。僕と郷さんの車を移動してくるよ」
「わかった」
「わかりました」
 シロウとオオクマ・ジロウの頷きを背に、二人はそれぞれの車へと向かった。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 フェニックスネスト・ディレクションルーム。
『こちらガンブースター・リョーコちゃんでーす。登山組の人と合流して、隕石のサンプルもらったよー。このままセッチーの援護に向かう〜?』
 既に離陸準備を着々と進めている画像。
「いや、一旦麓のミオと合流して、その隕石を渡してからだ。通信はそのままつないでおけ。――ミオ!」
 アイハラ・リュウの呼びかけに、すぐウィンドウが開いた。
『はい、隊長』
「リョウコから隕石サンプルを受け取れ。調査は続行しろ』
『了解です。……廃墟調査の現状報告は?』
「何かわかったのか?」
『破壊状況が、想定していたものとは少々違うようです。……これを』
 そう言って持ち上げたのは、拳大のコンクリート片だった。
『こう言ってはなんですが、さすが官僚が無駄金つぎ込んだだけあって、なかなか密度の高い、品質のいいコンクリートです。が――』
 シノハラ・ミオの手がコンクリート片を握り締めると、それは砂の塊であったかのようにぐしゃりと簡単に崩れた。CREW・GUYS隊員の中では一番非力なシノハラ・ミオの腕に、さほどの力が入った様子もないのに。
 砂の流れが涼しげな音を立てて、掌と指の間から零れ落ちてゆく。
『この通りです。見た目はともかく、石としての形状をかろうじて保っている程度の硬さしかありません。まるで……高周波振動か何かで結合力を極限まで失ったかのような有様です。でも、それが全てのコンクリート片に共通しているわけではなく、元の強固さを保っている瓦礫も存在しているんです』
「つまり……どういうことだ?」
 こういう科学関係の説明にはとんと疎いアイハラ・リュウは、腕組みをしたまま首を捻る。
『怪力と重量で破壊した、というだけでは説明がつきません。ここを壊した何かは、それに加えて別の破壊方法――それこそ、高周波攻撃のような手段……そうですね、隊長にもわかりやすく言うと、一秒間に数千回とか数万回という激しく細かい振動を与えて、物体をぼろぼろにするような手段を有している可能性がある、ということです』
「なるほど……とりあえず、危険な能力を持つ相手らしいということはわかったぜ。このまま作戦会議をする。回線はつないでおけ』
『G.I.G』
 シノハラ・ミオが頷いた直後に、クモイ・タイチのウィンドウが開いた。
『こちらガンウィンガー・クモイ。一時退避先の現地上空に到着した。……着陸は出来そうだが……』
「何か気になることでもあんのか?」
『いや、駐車場を出てすぐの交差点ど真ん中で、車同士の衝突事故のようだ。……信号機が不調なのか? それに、双方の後続車が車間を詰め過ぎて、動けなくなっている。片車線の先では通行止めになっているし……これでは警察も到着できまい』
「わかった、一応警察には状況を通報しておく。とりあえず着陸してマサトと合流、次の指示を待て。回線はそのままつないでおけ」
『G.I.G』
 その時、ディレクションルームの出入り口が開いて、トリヤマ補佐官とマル秘書がやってきた。
「アイハラ隊長! GUYSメカを現場から退かせたそうだが、状況はどうなっておるのかね!?」
「トリヤマさん。ちょうどよかった、これからあの怪獣について、ゴンさんに説明をしてもらうところだ。あんたも聞いていてくれ」
「怪獣!? 怪獣が確認されたのかね?」
「まだ確認できたのは影だけだ。実体がねえ。そこんところの秘密を調べてる」
「影があるのに実体がない? ……わけがわからん。だ、大丈夫なんだろうな」
「当たり前だ! これ以上好き勝手させてたまるかよ」
 倒すべき敵の片鱗が見えたことで、アイハラ・リュウの闘志は否が応にも燃え上がっている。
「――隊長、セザキ隊員も着陸体勢に入りました」
「わかった。現場の二人が落ち着いたら始める――怪獣の動きも見落とすな」
「G.I.G」
 その場にいる者の目が、メインパネルの画面上、駐車場に着陸する二機のGUYSメカにひきつけられた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 霊園。
 現場を離れ、着陸してきた2機のGUYSメカに好奇の視線が集まっていた。
 霊園の職員と警備員が周囲に立ち入り禁止の折りたたみ式バリケードを立て、自分たちも立ち番をして一般人の接近を制する。
 そうやって出来た大きな輪の中に、セザキ・マサトとクモイ・タイチが姿を現わした。
「あ。ありゃクモイだ」
 そう声を上げたのはシロウ。シノブもああ、あの人かいと頷いている。
 それを横で見ていたオオクマ・ジロウは、またも変な顔で二人を見やった。
「GUYSの隊員と知り合いなのか、母さん?」
「ああ。何回かうちに来たしね。シロウもお世話になってるから」
「かーちゃん、俺、ちょっと話を聞いてくるわ」
「あ、これ。ちょっと」
 止める間もなく、シロウはするすると人込みをすり抜けて進んでゆく。差し伸ばしかけた手を人込みに止められて、シノブは手を引かざるをえない。
「やれやれ、クモイさんのお仕事の邪魔をしなきゃいいけど」
「あのバカが。……俺が連れ帰ってくる。母さんはここにいてくれ」
 母の肩を叩いて、オオクマ・ジロウが進み出た。
「ああ、そうかい。でも、あんたも無理はするんじゃないよ?」
「無理ってなんだよ」
 笑って、人込みを掻き分けてゆく。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 フェニックスネスト・ディレクションルーム。
『――こちら、セザキ。現場に到着しました』
 セザキ・マサトが通信してきた。そのウィンドウの隣にクモイ・タイチも現れる。
『クモイ・タイチ、現場に到着した』
『え〜と……ちょっと、周囲の人たちの視線が痛いです』
「我慢しろ。今からあの怪獣について、ゴンさんが説明してくれる」
「全員の通信がリンクしましたので、これより説明を開始します」
 言うなり、メインパネルに新しいウィンドウが開き、画面に一枚の写真が映った。
 タクシー運転手の証言にあった直立させた象を縦に細長く引き伸ばしたような、鼻の長い不気味な怪獣。
 その濃い灰色の肌には、角や羽根や触覚のような、およそ華美な装飾と呼べそうなものは何もなく、ただ剛毛がまばらに生えているだけ。遠目にはのっぺりたるんで皺の寄った身体が、近くではざらざらしていそうなその肌目がそれぞれに生々しく、まさしく象を思わせる。
 ただし、巨体に比して小さな頭部と、その頭部に比して大きな二つの目が実に不気味で、それを見た女性隊員二人は即座に不快そうな表情を見せた。無論、トリヤマ補佐官も。
「ドキュメントM・A・Tより、レジストコード・忍者怪獣サータン。攻撃手段は見た目どおり、あの鼻と腕、尻尾です。飛び道具の類はありませんが……厄介なのが、アイアンへアーと呼ばれるこのまばらに生えた毛です」
「毛だぁ? 毛がどうした?」
 サータンの画像が拡大され、その頭部をクローズアップする。そこには象の頭部のうぶ毛を思わせる、針金じみた細く硬そうな毛が生えていた。
「これは毛というよりは触角か触手に近いものです。『触毛』とでも呼びましょうか。常時高速振動しており、触れた物を削り取ったり結合力を低下させる能力があるようです。そうですね……動きっぱなしの電動のこぎりとでも考えてください。もっとも、振動のレベルは全く段違いですが」
『高速振動……ということは!』
 はっとするシノハラ・ミオに、イクノ・ゴンゾウは頷いた。
「そうです、シノハラ隊員が確認したコンクリート強度の極度の劣化は、このアイアンヘアーによるものと見て間違いないでしょう。拡大図では頭部だけですが、全身に生えています」
「触れるだけで大怪我をする相手ってことか」
「それから、こちらの方が重大な情報なのですが……サータンは別名・中性子怪獣とも呼ばれています」
『『中性子?』』
 セザキ・マサトとシノハラ・ミオの声が重なった。
 嬉しそうににやけるセザキ・マサトを差し置いて、シノハラ・ミオが続ける。
『イクノ隊員、中性子ってあの中性子ですか? 陽子とくっついて原子核を構成する』
「はい。そうです。ドキュメントによると、当時の防衛隊コンピューターがはじき出した結論として、そのように。その結論の前提となったのは、この怪獣がある特殊な能力を持っているからです。――これを見てください」
 新しいウィンドウが開き、小学校校舎破壊のシーンが映し出されている。もう校舎はほぼ原形をとどめていない。ただの瓦礫と化している。
「その地区に設置された災害監視システムのカメラ映像です。破壊が続いていますので、おそらくそこにまだやつはいるのでしょう。このレンズに赤外線認識フィルターをかけます」
 画像に少し赤みがかかったと思った途端、瓦礫の山の中に先ほどの画像と同じものが出現した。すなわち、忍者怪獣サータンが。
『『『「「あ!?」」』』』
 イクノ・ゴンゾウ以外の全員が、驚きの声を唱和していた。
「いわゆる赤外線カメラには二種類あります。赤外線を探知するタイプと、赤外線をフラッシュ代わりに放って、その反射によって対象を浮かび上がらせるタイプですが、今使ったフィルターは後者です。そして――」
 校舎をあらかた壊し終えたサータンは、体育館に向かっている。
 その巨体が、裏庭に生えていた巨木に当たった――が、巨木は倒れるどころか、揺れもしない。
「……なんだ!? 今の、通り抜けたのか!?」
 アイハラ・リュウの驚きに、トリヤマ補佐官が不思議そうな目をサータンに向けつつメインパネルに近づく。
「そ、そういえば少し存在感が薄い気がするのう。うっすら背景が透けておるような……ひょっとして、幽霊なのか!?」
「補佐官補佐官。幽霊怪獣ではなく、忍者怪獣です」
「おぉ、そうだったそうだった。ということは、隠れ身の術か空蝉の術か」
「雲隠れの術という言い方も聞いたことがありますね」
 忍者独特のドロンのポーズを取るトリヤマ補佐官とマル秘書の、いつもの掛け合いはとりあえず流され、イクノ・ゴンゾウの説明は続く。
「あれが、あの怪獣を中性子怪獣と結論づけさせた能力です。当時のコンピューターは現在のものほど高性能ではなく、データも今ひとつ曖昧なものが多かったので、物質を透過するイコール中性子で出来た存在、と結論付けたようですね」
『はあ?』
 理解不能のていで声を上げたのはシノハラ・ミオだったが、ディレクションルームでもアイハラ・リュウとトリヤマ補佐官、マル秘書は首を傾げていた。
「どういうことだ?」
『中性子粒子の流れ、つまり中性子線は透過力が強いからね』
 答えたのは防衛軍出身のセザキ・マサト。その表情には、やや硬さがある。
『中性子爆弾というのがあるんだ。核爆発にも耐えるような遮蔽物の向こうに存在する生物だけを、中性子放射線で殺せる兵器として造られたものさ。だから、物質を透過する存在は中性子で構成されている、と当時のコンピューターは判断したってことじゃないかな』
「はい。加えて、中性子はその大きさが非常に小さく、電荷を持たないため観測も難しいという事実、それに中性子星は可視光を放たないので見えないという研究報告もあります。それらもその結論を補強したのではないかと推察されます」
『でも、イクノ隊員』
 異論の声を上げたのはシノハラ・ミオ。
『中性子だけで身体を構成することは不可能です。ありえません。そもそも中性子と陽子が結合して原子核を形成、その周囲に電子があることで原子となり、原子が色々に結合して多様な分子となり、分子が集まって物質が構成される……高校生レベルの科学的常識ですよ!?』
「はい。原子核から飛び出した中性子の寿命自体、15分ほどらしいですしね。ですが、当時は怪獣――それも宇宙怪獣ならありうる、と考えられたようです」
「宇宙怪獣!? こいつ、宇宙怪獣なのか!?」
 アイハラ・リュウの驚愕に、イクノ・ゴンゾウはこともなげに頷いた。
「ええ。以前に現れた時は、都内の小学校に落着した隕石から出現したそうです。経過ははしょりますが、当時の防衛隊では全く手に負えず、ウルトラマンも相当苦戦したようです」
 サータンの画像の横に、新マンのウィンドウが立ち上がる。
『けれど……いくら宇宙怪獣だからと言って、そんな論理の飛躍』
「まったくです」
 まだ不満げなシノハラ・ミオに、イクノ・ゴンゾウは同意した。
「私もこの結論にはいささか不満があります。しかし、問題はそこではありません」
「そうだ!」
 意外にも同意の声を上げたのはトリヤマ補佐官だった。
「問題はこやつをどうやって倒すかだ」
「そうそう、その通りですよ補佐官!」
『そのために敵の正確な情報を把握しようとしているんじゃありませんか。ちょっと黙っていただけます?』
 氷の刃のように冷たいシノハラ・ミオの口調に、得意げに胸を張っていたトリヤマ補佐官も、その横でよいしょをしていたマル秘書も凍りつく。
 しょげる二人を無視して、イクノ・ゴンゾウは続けた。
「ですが、実際、サータンが相手では現有兵器で効果を上げることは出来ません。文字通り、触れることすら出来ないわけですから」
『実弾もビーム兵器も通過しちゃうからねぇ……』
 経験者のセザキ・マサトはがっくり肩を落とす。
「待てよ。けど、あいつは建物を壊してるんだぞ?」
 不満そうなアイハラ・リュウにイクノ・ゴンゾウは頷いた。
「そうですね。ドキュメントにもなぜかコンクリートの建物に反応して破壊し続けたとの記述があります」
「いや、そうじゃなくてだな。壊せるってことは、実体があるってことだろう!?」
「そのはずなんですが……ドキュメントを見る限り、当時の防衛隊の攻撃もウルトラマンの攻撃もすり抜けています。最終的にはウルトラマンが何らかの超能力で実体化させ、倒したそうですが……それを再現できるメテオールは、現在のGUYSにはありません」
 現在の地球の技術――メテオールという超絶科学ではあるが――では、理論上ウルトラマンの放つ光波熱線と同程度の威力を再現することは出来るようになったが、その多様な超能力の全てを再現できるわけではない。当時の新マンがサータンを実体化させた現象については、サンプル数がその一件だけということもあり、全く研究されていない。
「ともかく、この怪獣を解析するにも、対策を考案するにも時間が必要です。GUYSの科学分析班には既に解析を頼んでいますが……正直、体組織のサンプル一つない状況では、彼らの苦戦も必至かと……」
 イクノ・ゴンゾウの顔にも苦悩の色が濃い。
 科学分析を得意とするイクノ・ゴンゾウとしては、幽霊を科学分析せよと言われているようなものだ。色々と言いたいことはあるだろう。
 それでも、現実の被害が生じている以上は、何らかの対策をとる必要がある。アイハラ・リュウは頷いた。
「わかった。……マサト、タイチはそのままそこで待機だ。こちらの方針が決まり次第、すぐに活動してもらう」
 二人のG.I.Gが返り、通信が落ちる。
「それからリョーコ、さっきの指示は変更だ。ミオを乗せて帰って来い。その隕石サンプルで何かわかるかも知れねえ。ミオの力も借りるぞ」
 さらに二人からもG.I.Gが返り、通信用ウィンドウが消えた。
「トリヤマさん」
 振り返ったアイハラ・リュウに、トリヤマ補佐官は全て心得たように頷いた。
「わかっておる。この現象……いや、怪獣の進行方向については情報をもらったからな。引き続き避難指示を出して、その指揮をわしが取る。だが、都心には入れるな。ビルだらけの都心で暴れられたら、とんでもないことになる。なんとしても今のうちに撃退作戦を考えつくのだぞ、アイハラ隊長!」
「G.I.G!!」
 アイハラ・リュウの力強い敬礼を見届けて、トリヤマ補佐官&マル秘書のコンビはディレクションルームを後にした。


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