ウルトラマンメビウス外伝 RAYGA
第9話 次郎とジロウ その2
フェニックスネスト・ディレクションルーム。
郊外とはいえ、白昼堂々駅とその周辺が丸々崩壊するという大惨事に、CREW・GUYSはおおわらわだった。
「監視衛星の映像解析! 周辺に敵性存在は確認できません!」
背をそらすようにして後方へ報告したシノハラ・ミオは、すぐに頬を引き攣らせた。
「隊長! ヘルメット持ってどこに行くつもりですか!! ここで指揮してください!!」
今しもディレクションルームから出て行こうとしていたアイハラ・リュウは、苦笑いで振り返った。
「け、けどよ」
「けどよもケフィアもありません!! 状況もわからないうちから出撃してどうするんですか!! 現場にはセザキ隊員とクモイ隊員が向かってます! とりあえず隊長は指揮官なんですから、もっとどっしり構えていてください!」
「……はい」
しゅんとして隊長席に戻るアイハラ・リュウ。
「イクノ隊員、現場との回線はまだ通じませんか!?」
「ダメですね。警察も消防も混乱していて状況把握が出来ていません」
「ビルの崩壊状況の続報はいかがです?」
「現時点では小康状態のようです。とはいえ、周辺のビルはあらかた崩壊してるので、壊れるものがなくなった、というべきかも知れませんが」
情報収集にあたっているイクノ・ゴンゾウ、情報分析をかけているシノハラ・ミオ、状況を見守るアイハラ・リュウ。そしてもう一人、ビル崩壊の瞬間を映すメインパネルを手持ち無沙汰に見つめているのは、ヤマシロ・リョウコ。
「……この壊れ方、どう見ても手抜き工事で崩壊って感じじゃないよね。怪獣が暴れてる感じ」
「でも、センサーに何の反応もないのよ。例えあれが怪獣や侵略異星人によるもので、それらが透明になっているとしても、そこにいる限り検出されるデータがあるわ」
「それってなに?」
「空気の乱れよ。熱を隠したり、人間の網膜やカメラのファインダーを騙すフィルターを駆使して姿を隠したとしても、そこで破壊活動を行う限り、空気の乱れだけはごまかせない――はずなのに、ビル崩壊に伴う空気の乱れは感知できても、それを壊している何かの動きを示すデータが感知できないの!」
「存在しない何かが壊してるってこと? ……なにそれ」
「居るけど居ない……か。その特性から考えれば、ウルトラマンメビウスがいた時に地球へ飛来した、レジストコード・宇宙量子怪獣ディガルーグが近いんだけどね……」(※ウルトラマンメビウス第19話登場)
「ああ、あれか」
相槌を打ったアイハラ・リュウはしかし、すぐに首を捻った。
「あれは……確か、存在確率三分の一ずつで、量子がどーたらこーたらっていうなんかよくわからん怪獣だったが……。しかし、今回みたいに完全に姿を消して暴れるってことはなかったはずだぜ」
「ええ、隊長の仰るとおりです」
シノハラ・ミオの指がコンソール上を走り、メインパネルに新しいウィンドウが開いた。ディガルーグの情報が表示される。
「アーカイブドキュメントを読む限り、ディガルーグは確実に存在しています。その上で、空間内における位置情報が三分の一ずつ別地点に分かれているという特性のようです。でも、今回疑われている『存在の痕跡はないけれど存在している』というのは、それとは別種の特性だと思います。それに、同時に複数箇所で破壊が行われている様子もありませんし」
「ってことは……全く新しい怪獣、ということか」
「この破壊が怪獣によるものならば、ですが。異星人の超能力や未知の新兵器という可能性もあります。もちろん、ESPやサイキック関連の波長もその他の異常も特には検出されてはいませんが。いずれにせよ……今のままじゃあ、解明の糸口さえ……」
悔しそうに唇を噛むシノハラ・ミオ。
その時、メインパネルに新しいウィンドウが開き、セザキ・マサトの姿が映った。
『フェニックスネスト! こちらガンローダー・セザキ!』
「どうした、マサト」
立ち上がったアイハラ・リュウが応じる。
『R地区の現場へ向かう途中のN地区上空からだけど、今回の事件に関係するかもしれないものを見つけた。ガンカメラの映像で確認を。ボクの現在位置から、これの元がなんなのか調べて』
開いたウィンドウに映っているのは、森の中にぽっかり空いた広場の中、破壊され尽くし原形を留めていない廃墟だった。露わになっている破砕面の白さが生々しく、つい最近壊れたことが素人目にもわかる。
『場所はN地区の、昨日隕石が落ちたと連絡のあった地点の近くだよ。多分、隕石落下地点とここと壊された駅をつなげば――』
「――セザキ隊員、ビンゴです」
目にも止まらぬ速さでキーボードを叩いていたシノハラ・ミオはメガネをきらめかせた。
「ほぼ直線ですね。これは……なにを意味しているんでしょうか。……それと、その施設は厚生労働省から二束三文で地元自治体に売り払われた、官僚用の厚生福祉施設です。長らく使用されてはいなかったようなので、今救助活動をする必要はないと思われます」
『了解。じゃあ、このまま駅の方へ向かうよ』
ウィンドウが閉じると同時に、鈍い音がした。
隊員たちの視線の先に、デスクに拳を叩きつけたアイハラ・リュウが居た。
「……くそっ、つまり、隕石はやっぱりそういうことだったってことかよ」
「いえ、まだ結論を出すには情報が足りません。今も言ったように、怪獣ではない可能性も十分にあります」
シノハラ・ミオの冷静な一言に、アイハラ・リュウは再びデスクに拳を叩きつける。
「ええい、まだるっこしいっ! ――リョーコ!」
「は、はい!」
ヤマシロ・リョウコは勢いよく立ち上がった。
「ガンブースターでミオと出撃だ! ――ミオ! マサトの見つけた、破壊された施設と隕石を調査し、今回の件を解明する糸口がないか探れ」
「G.I.G!!」
びしっと敬礼を切ったヤマシロ・リョウコに遅れじと、シノハラ・ミオもデスクの下からヘルメットを出して抱えた。
「G.I.G。シノハラ・ミオ、ヤマシロ・リョウコの両名で現場の調査に向かいます」
頷くアイハラ・リュウに敬礼し、シノハラ・ミオはヤマシロ・リョウコと並んでディレクションルームを出て行った。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
『坂田家之墓』。
郷秀樹が手を合わせている墓碑銘には、そう刻んであった。
「――それが、あんたの言っていた大事な家族のお墓かい、郷秀樹」
シロウの声にも郷秀樹は振り返ることなく、ただ頷いた。
「ああ。恋人と……その兄で俺の恩人が眠っている。ともに喜び、ともに夢を追い、時に励まし、時に怒ってくれる、俺の大事な……大事な家族だった」
「そうか」
シロウはそれ以上何も言えなかった。何か言おうかとは思ったものの、何も思いつかなかった。何を言っても安っぽい気遣い以上のものにはならない。
合掌を解いた郷秀樹は、立ち上がってシロウを見やった。
「それで? どうしたんだ、お前は。こんなところで」
シロウは先ほどまでいた場所を指差した。
「いや、あっちにとーちゃんの墓があってさ。かーちゃんに連れられて来たんだ」
「ほう。ここにか。それはまた偶然だな」
「全くだ。けど、手間が省けた。お前に聞きたいことがあったんだ」
「なんだ?」
シロウはふと自分の左手に視線を落とした。痺れを自覚する。
「実は、俺の――」
「あれー? 郷さん? ……あー、やっぱり郷さんだ!!」
体のことについて相談しようとしたシロウの声を遮ったのは、中年男の声だった。郷秀樹と二人して振り返れば、花とバケツを携えた背広姿の男が二人、こちらにやってくるところだった。
先を歩いてくるシノブぐらいの年かさの男には見覚えがないものの、後ろを歩いている若いメガネ男は、どこかで見た気がする。
ぽっちゃりした体型の年かさの男が、しきりに郷秀樹の名を親しげに呼んでいる。郷秀樹も、それに応えて見たこともないほどにこやかに微笑んでいる。
「そろそろ来てるんじゃないかと思ってたよ、郷さん。活躍はテレビで見てたからね」
(……え?)
シロウがその言葉の意味に戸惑っている間に、近づいた二人はどちらともなく手を差し出し、がっちりと握手した。
「次郎君も元気そうでなによりだ」
「郷さんこそ。それより、ひどいじゃないか。戻って来てるんなら、連絡ぐらいくれてもいいのに」
「すまんすまん。ちょっと色々あってな。二十年前の時とは違って、今回はいつまでいられるかわからないんだ」
「郷さんの仕事の大変さはわかってるけど、僕たち家族なんだからさ。そんな遠慮はやめてほしいなぁ」
「いやぁ、本当にスマン。しかし……まさか、今日会えるとはね。これは坂田さんとアキちゃんのお導きかな?」
「ほんと、そうだね」
会話は途切れ、二人は同時に『坂田家之墓』を見やる。
二人の間に流れる独特の雰囲気に、シロウは何も言えないまま押し黙っていた。
この空気感は、どこかで感じたことがある。……確か…………イチロウの病室で、イチロウとシノブが話していた時か。
「あの〜、すみません……」
タイミングを見計らって口を挟んだのは、もう一人の背広男。
年はシロウより一回りほど上に見える。マキヤに似た黒ぶちのメガネを掛け、目つきが鋭く、少々気難しそうな印象を覚えるが……どこかで会ったか、もしくは顔を見た気がする。ただ、どこでなのかがわからない。
その男は、郷秀樹に次郎君と呼ばれた年かさの男に訊ねた。
「坂田さん、紹介していただけますか? ひょっとして、こちらは……」
振り返った坂田次郎は、満面に笑みを浮かべて頷いた。
「うん。この人が郷秀樹さ。例の流星号のパイロット。おまけに元MAT隊員で、姉ちゃんの婚約者だったんだよ」
「やっぱり!! この方が!!」
大袈裟なぐらい驚いて、見るからに目を輝かす男。気難しそうな印象もどこへやら、だ。
坂田は郷秀樹に顔を戻した。
「郷さん、こちらはオオクマ・ジロウ君。今、ある大手自動車会社から、うちに出向で来ている設計技師でね」
「オオクマ・ジロウ君か。郷秀樹です、初めまして」
「は、はいぃ!!」
進み出たオオクマ・ジロウは傍目にもガチガチの動きで、郷秀樹の差し出した手を両手でつかんだ。
「オ、オオクマ・ジロウと申します! は、初めまして!! 郷さんのことは、坂田社長からお噂をかねがね、いえ、それ以前から存じ上げておりました! 町の自動車工場からレースを目指しつつ、MATの隊員としても戦い続けた不世出のパイロット……もちろん、流星号を創られた坂田健さんともども、尊敬すべき神様のような人として、憧れておりました! お会いできて、この上なく光栄です!!」
まるで生まれて初めてアイドルと握手をしたかのようなテンパり方で、激しく手を振る。よく見ると目が潤んでいる。
「今回、その伝説を受け継ぐべく、坂田社長が坂田自動車工場の看板を掲げて再びレースに参加すると聞き、及ばずながら力になりたいと思って、幕閣の末席に加えていただきました! 坂田社長には、本当に御世話になっております!!」
「いやいや、こちらこそ次郎君をよろしく頼むよ……って、二人ともジロウなんだな」
「はい、恐れ入ります。とは言っても、私は数字の二の方のジロウですが」
「そうか。……しかし、レースに復帰するのか、次郎君?」
郷秀樹の表情が、嬉しそうに崩れる。
坂田次郎は少し得意げに頷いた。
「うん。いよいよ、ね。会社の方も軌道に乗ったし、余裕も出来た。自動車レースの参加と優勝は兄ちゃんと郷さんの悲願だったからね。二人の夢は、当然僕の夢さ。もっとも、郷さんの時とはちょっと違うレースだけど」
「というと?」
「EV(電気自動車)レースなんだ。社会がガソリン車からEV車へシフトする中で、その最高峰を担うF−1みたいな位置づけのレースイベントを作ろうって、日本の自動車業界から話が出てきてね。とはいえ、EV車の技術を持ってるのはほとんどが大手だから、裾野を広げる意味で大手からうちのような挑戦的な中小零細へ技術供与が行われることになったんだ。で、うちには彼が来たわけ。うちにはEVのノウハウがないからね」
「私にとっての反骨心の象徴のような坂田自動車が40年ぶりにレースへ復帰すると聞いて、自ら志願しました。初代流星号の設計図とか、涎が止まりません」
興奮しすぎたか、頬を赤く上気させたオオクマ・ジロウのメガネは白く曇っていた。
郷秀樹は、少し照れくさそうにはにかんだ。
「あの設計図、まだ残ってたのか」
「当たり前じゃないか。僕にとっては兄ちゃんの遺してくれた、大切な大切な夢の地図なんだから。今回の車、その設計図を下敷きに、一から勉強して僕が基本形をデザインするんだ。で、彼が細部を詰めてくれる。――ね、オオクマ君」
「はい! 坂田社長、坂田健さん、そして郷さんの夢を汚さぬよう、微力ではございますが、私の全力を尽くさせていただきます!!」
「頼りにしてるよ。――兄ちゃんたちの悲願、きっと僕がこの手で成し遂げてみせるよ、郷さん」
「……ああ。楽しみだな」
あらためて微笑む郷秀樹の瞳に、一抹の寂しさがよぎる。それは、いまだに眩しく輝く過去への憧憬なのか、ついには届かなかった夢への惜別なのか。
「今日は、ようやくレース出場の目途が立ったんで、その報告も兼ねて墓参りに来たんだけど――ところで、郷さん。そちらの方は?」
手持ち無沙汰にしていたシロウに、話題が移る。
「ああ、彼はオオクマ・シロウ。えーと……私の仕事仲間だ」
「郷さんの? ……じゃあ、彼が」
複雑な表情の坂田次郎に、郷秀樹はいたずらっぽくウィンクを送る。
二人の無言のやり取りを理解できないオオクマ・ジロウは、進み出て手を差し出した。
「初めまして。君もオオクマですか。奇遇ですね」
「ああ。よろしく」
シロウには全く興味のない相手だったが、郷秀樹の顔を立てて無愛想に手を握り返す。
ただ、じっとこちらを見つめてくるオオクマ・ジロウの眼差しが気になった。何かを探るような目つき。
「郷さんと一緒ということは、坂田さんのお墓参りに? あなたも坂田さんをご存知なんですか? かなりお若くていらっしゃるようですが」
「いや、俺は別の墓参りで来ただけで……郷秀樹とはたまたま」
すると、オオクマ・ジロウはその手を離さず、さらにじっとシロウの顔を見つめた。
その目つきと異様な雰囲気に、少し気圧される。
「……な、なんだよ」
「いや、奇遇が重なるなぁ、と思いまして。実は私の父の墓もこの霊園にありましてね。後でお参りしておかねばならないのですが……」
ちらりと瞳を走らせた方角に、もし彼の言う父の墓があるというのなら、それは先ほどまでシノブといた方向だった。
「それにしても、お名前といい、お墓といい、それに……こうして近くで見ると、お顔も他人とは思えません。私には弟が居るんですが……背格好も君によく似てるんですよ。生まれはどちら?」
「ええと……生まれっていうか、住んでるのはP地区の――」
「P地区?」
オオクマ・ジロウの表情が目に見えて曇る。
「重ね重ね奇遇……なことに、私の実家もP地区なんですが……」
シロウもなにやら妙な胸騒ぎを覚えた。
言われてみれば、このオオクマ・ジロウという男、どこかで見たというより……。
「……………………かーちゃんの名前は、オオクマ・シノブっていうんだけど」
探るように言うシロウの脳内で閃く光景がある。水引きの上に置いてあった、家族の集合写真。四人のうちの一人が、メガネを掛けていた。
「それはそれは。実は私の母も、シノブでして……………………オオクマ・シロウ?」
「オオクマ・ジロウって……」
二人の瞳がばっちり絡み合い、握った手を微動だにせぬまま数秒が過ぎる。
「ええと……ちなみに、お父上のお名前は?」
「オオクマ・タロウ」
「オオクマ・イチロウとサブロウいう名前に心あたりは?」
「一応俺の兄貴だな。サブロウの方は会ったことはないが」
「あいつは今、大阪だからね。っていうか……君、やっぱり母さんから連絡だけ来てた新しい弟……なのか?」
「確か、かーちゃんが言ってた二番目の兄貴の名前……ジロウ」
二人のやり取りを聞いていた郷秀樹と坂田次郎は顔を見合わせた。
「オオクマ君、オオクマ君。ひょっとして、彼が春頃に言っていた新しい弟?」
「どうも……そのようです」
困惑しきりの複雑な表情で答えながら、握手をほどく。
「まさか、こんなところで初対面とは……待てよ?」
再び表情を引き締め直し、シロウを見据える。
「君が一人で父さんの墓参りに来てるわけはないよな。母さんも?」
「ああ、かーちゃんならあの辺の下の売店で待っててもらってるぜ」
シロウは霊園の斜面の遙か下方、駐車場の方を指差した。
「俺はこの郷秀樹に話があったんで、ちょっと時間もらって来たんだ」
たちまち、オオクマ・ジロウは険しい顔になって舌打ちを漏らした。
「ちぃっ、それを先に言え!」
「いや、先にって」
シロウの抗議に耳を貸さず、オオクマ・ジロウは坂田次郎に向き直る。
「坂田さん、少し時間をもらってよろしいでしょうか?」
「ああ、いいよ。シロウ君は郷さんに話があるんだろ? その話が済んで、シロウ君が下に降りたらこっちへ戻って来るといい。それまで待ってるよ」
「ありがとうございます。それでは、行って参ります」
頭を下げるや、踵を返して早速歩き始めるオオクマ・ジロウ。
シロウは少し困惑顔で郷秀樹を見やった。
郷秀樹に坂田次郎の提案を拒む様子はない。
どうやら郷秀樹の正体を知っているらしいとはいえ、地球人を前に話したい相談事ではない。今回は諦めるしかない。
「いや、俺ももう降りるよ。相談はまた今度でいいや」
「そうか? 次郎君が気になるなら、向こうの日陰で話をしても」
「いやいや、そっちも久しぶりなんだろ? 別に急ぎの話じゃねえし。んじゃ、また」
既に階段へ向かっているオオクマ・ジロウの後を追って、シロウは駆け出した。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
フェニックスネスト・ディレクションルーム。
「隊長、セザキ隊員とクモイ隊員から通信です」
イクノ・ゴンゾウの報告を受け、アイハラ・リュウは隊長席から立ち上がった。
正面メインパネルに二人の画像が開く。
『こちらガンローダー・セザキ、現場に到着しました。只今上空を旋回して状況の視認中。詳しい状況はガンカメラの画像を確認してください』
『こちらクモイ。駅前ロータリーに着陸した。地上から状況確認を行う』
クモイ・タイチの画像の横に、新たなウィンドウが開いた。
メモリーディスプレイのカメラで撮っているらしい。見渡す限り瓦礫が広がる光景。
『……ひどいものだ。ビルというビルが木っ端微塵にされている。一応、何かがいる気配は感じない。あてになるかどうかは知らんがな』
「各種センサーにもかからない相手だ。むしろ、お前のその感覚の方が信用できる気がするぜ」
『その期待に応えられればいいんだがな。ともかく、出来る範囲で要救助者の探索を行いながら情報を収集する。――救助隊の状況は?』
「ん? ――ゴンさん、どうだ?」
アイハラ・リュウに振られたイクノ・ゴンゾウは、渋い表情で首を横に振る。
「町の各所で、瓦礫に道が寸断されているので……今すぐというわけには行きませんが、ただ、確実に周辺へは近づいています。一応、セザキ隊員の空撮でわかる範囲の情報も各機関に提供していますし」
『了解。救助待ちの人たちには、すぐに来ると伝えておく』
「お願いします」
クモイ・タイチは、頷いて画面から消えた。
続いて、セザキが再び声をあげる。
『……隊長、変です』
画像の中のセザキ・マサトは、コクピットの外を見やっていた。
「なんだ、今度は」
『いえ……周囲を旋回しているんですが、怪獣やそれに類する巨大な存在が移動したという痕跡がありません』
「どういう意味だ?」
『怪獣にしろ、星人にしろ、姿を消して移動しているなら、町の外へ出てもその形跡が残るはずです。立ち木が折れていたり、草むらを足跡が押し潰していたり……地中に潜ったのなら、大規模に地面が露出してるとか。ですが、この周辺には全くそんな形跡が見当たりません。まるで、街中だけで暴れて、そのまま消えたか、跳んでったような』
アイハラ・リュウは腕組みをして、唸った。その間にもセザキ・マサトの報告は続く。
『見落としはないかと何度も旋回していますが、全く見当たりません』
「……………………。他に気づいたことはないか?」
『他、ですか……』
画像の中のセザキ・マサトが首を巡らせた。
『いえ、特に……。ああ、そうそう』
「なんだ?」
『上から見てるとよくわかるんですが、結構破壊されてる区域は限定されてますね。駅前にしても、商店街辺りはほぼ無傷ですし。町外れの方になると、ほとんど破壊の跡もありません』
「ふぅん……どういうことだ?」
答えを求めて再びイクノ・ゴンゾウを見やるアイハラ・リュウ。
しかし、イクノ・ゴンゾウはやるせなく首を振る。
「わかりません。今のところ、この破壊に意図があるかどうかさえはっきりしていないので……意思の介在が証明できれば、意図を読むことも出来るかもしれませんが。あるいは意思ではなく、なにかの条件が重なった結果ということも考えられますし……」
「そうか。じゃあ、ゴンさんは二人から送られてくる画像の分析を。マサトは引き続き上空の哨戒を続けろ。ほんの些細な異常も見逃すなよ」
『G.I.G』
セザキ・マサトは、画面から消えた。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
霊園・坂田家の墓の前。
「郷さん、あんな後輩の面倒を見るなんて、大変そうだね」
オオクマ兄弟の並んだ背中を見送りながら、坂田次郎はにかっと意地悪そうに頬笑んだ。
先を行くオオクマ・ジロウに追いつき、何か話しながら階段を下りてゆくシロウ。
「正確には、後輩じゃないんだよ。彼は宇宙警備隊じゃあないからね」
「そうなんだ? ……ふぅん。じゃあ、彼は何のために地球へ?」
「それは………………まあ、色々あって、ね」
「なるほど。やっぱり大変そうだ」
言葉を濁す郷秀樹に、坂田次郎はそれ以上追及しない。
昔なら聞かせてもらえるまで引き下がらなかったところだが、五十代にもなってそんなことはしない。
「それより、久しぶりだし、伝えておかなきゃいけないことが色々あるんだ。……南さんのこと、知ってる?」
「南猛(みなみ・たけし)隊員のことか? 元MATの?」
MAT時代の先輩にして戦友の懐かしい名前に、郷秀樹の表情が少し和んだものの、すぐに苦笑に変わった。
「あー……いや。実は神戸にいた時も、連絡を取ってたのは、ここで偶然顔を合わせてしまった次郎君にだけだったから、あの人のことは……」
「ああ……あの時ね。ええと、87年だったかな、88年だったかな? 僕がまだよその自動車修理工場でお世話になってた頃だ。――そういえば、あの時も兄ちゃんと姉ちゃんの墓の前で、偶然ばったり出会ったんだっけ。これはやっぱり、二人が呼んでくれたんだよ。あの時も、今日も」
嬉しそうに顔をほころばせ、兄と姉が眠る墓を見やる。
郷秀樹も、束の間優しげに目を細め、その横顔と墓碑を見やった。
「それで、次郎君? 南さんに何かあったのか?」
「うん。実は……この6月に亡くなったんだ」(※最下段)
「えっ」
「郷さんには連絡したかったんだけど、どこにいるかわからなくて」
「そうか……南隊員が」
郷秀樹は目を伏せた。少し眉根を寄せ、束の間、祈るようにまぶたを下ろす。
坂田次郎も悲しみを宿した瞳を伏せる。
「あの人には、郷さんが光の国へ帰った後、色々お世話になったよ。兄ちゃん、郷さんに続く、三人目の兄ちゃんみたいに思ってた。ほら、郷さん憶えてる? 約束のこと」
「約束? ……約束って?」
「ほら、郷さんが地球を去る時に言ってくれたじゃない。大きくなったらMATに入れって」(※帰ってきたウルトラマン第51話)
「ああ。あのことか。けど、MATはもう……」
「だから、僕はUGMに入る予定だったんだ。南さんに色々教えてもらって、推薦ももらってたんだよ? 資格取得のために働きながら夜間学校に通ってたんだけど……卒業前にUGMが解散しちゃってさぁ」
坂田次郎は残念そうに大きくため息をついた。
「結局、それで僕が郷さんとの約束を守れなくなっちゃったこと……ずっと気にしてたなぁ。南さんのせいじゃない。そもそも怪獣が居なくなったんだから、仕方ないことなのにさ」
「ふふ、あの人らしいな。優しくて、義理堅くて、弱い立場の人の気持ちをよくわかっていて……いつも笑ってる人だった。俺も、MAT時代には何度あの人に助けてもらい、勇気づけてもらったかわからない。そうか……亡くなったのか」
「うん。……それと、郷さんのことも気にしてたよ。郷さんが死んだのは自分たちの力が足りなかったからだって、ここへ来て兄ちゃんに謝ってたのを覚えてる。まさか、生きてて光の国へ行っちゃった、とは言えなかったし、ちょっと罪悪感を感じてたんだけどね」
「そうか……また、そちらのお墓参りもしておきたいな。今度案内してくれないか、次郎君」
「うん。きっとだよ? ――それから、次は多分嬉しい話」
沈みがちだった空気を払拭するように、坂田次郎は笑顔を振りまく。
「さっきのレースの件なんだけど、うちの車のパイロットが決まったんだ。で、経歴を調べたら、びっくりしたよ」
「なにが?」
「郷さん、神戸にいた時、カートレーサーの指導してたでしょ? そこ出身の子だよ」(※劇場版ウルトラマンメビウス&ウルトラ兄弟)
「え?? ほんとかい、次郎君」
その時の郷秀樹の笑顔は、紛れもなく地球人・郷秀樹のものだった。
「ほんとほんと。神戸時代の郷さんの話も色々聞いたしね。うちが郷さんと関わりがあるって知って、すっごく喜んでたよ。もちろん、僕もだけど」
「それは確かに嬉しい話だ。そうか……あの時の子供たちの一人が」
「嬉しいよね」
坂田次郎は、大きく両手を振り上げて伸びをする。秋晴れの青空を見上げる頬は、緩みっぱなしだった。
「オオクマ君もそうだけど、こうやってさ、兄ちゃんと郷さんの夢を確実に受け継いだ人間が集まって、次の時代へ向かってる。その中で、僕もまだ夢を誰かに預けずに、自分で追える立場にいる。僕、本当に夢を諦めなくてよかったと思ってるよ」
「ああ。……『諦めなければ、必ず夢は叶う』。俺たちも、そう信じ、願っている」
「俺たち……? 俺たちって、ひょっとして……」
郷秀樹は、空を見上げた。その真ん中で眩しく輝く太陽を。
「人類が夢を追い続け、いつかその夢を叶えて宇宙の兄弟となる日を。そのために、俺たちは戦っているんだ。……戦い続けているんだ」
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
途中、二つの踊り場を挟み、駐車場へと一直線に降りてゆく階段。
そこを下りながら、不意にオオクマ・ジロウは言った。
「……言っておくが、俺はまだお前を弟と認めたわけじゃないぞ」
二段遅れで後をついてきていたシロウは、ムッとして言い返した。
「別にいいけどな、いちいち認めてくれなくとも」
「ああ??!! 弟のくせになんだ、その口の利き方は!!」
「!? 弟と認めてないって言ってなかったか、今!?」
「それはそれ、これはこれだ!!」
「自分勝手な奴。……イチローとは大違いだな」
その途端、オオクマ・ジロウの足が止まった。
振り返って、物凄い目でシロウを睨む。最前の怒っている目つきとは違う。憎しみ……でもない。シロウにはよくわからない感情で睨まれていた。
「お前、兄さんに会ったのか」
「ああ。けど、そんときゃ目をやられてて、あっちは俺の顔を見てないけどな」
「目を? ……ああ、あの時か。それはまあいい。だが、言っておくぞ!! 俺を兄さんと比べるな!!」
「ああ?」
「俺は俺、兄さんは兄さんだ。あんなのと、一緒の物差しで測るな!」
「いや、別に俺はそんな」
シロウは困惑げに顔をしかめた。
いつもならこうもぎゃいぎゃい喧嘩腰に言われると頭に来るところだが、なぜか今は困惑の方が先に立つ。
その理由は恐らく、オオクマ・ジロウの眼差しにあるのだろう。よくわからなかったが、なぜかそこに映る感情に、共感めいた思いを覚えてしまう。ただ、その感情がなんなのか、シロウ自身にもよくわからない。
「お前、イチローのことが嫌いなのか?」
たちまちオオクマ・ジロウは頬に引き攣りを走らせた。何を堪えているのか、唇を噛み締める。
「……部外者のお前に、うちの兄弟の何がわかる。ともかく、兄さんの話はするな。ましてや、俺と比べるな」
それだけ言い放つと、オオクマ・ジロウは再び階段を降り始めた。
(※)南猛隊員を演じておられた池田駿介さんは、2010年6月にお亡くなりになりました。ご冥福をお祈りします。