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ウルトラマンメビウス外伝 RAYGA

 第8話  誰がために その8

 スペシウム弾頭弾が消えた。
 ガンウィンガーの主翼下から放たれた二発の超絶科学ミサイルは、命中寸前、身を起こして振り返ったスチール星人の手の一振りで、忽然と姿を消してしまった。
「な……」
 驚きに声が出ないアイハラ・リュウ。モニターにセザキ・マサトが現れる。
『隊長、上!!』
 声を訊くか聞かないかのうちに、アイハラ・リュウは操縦桿を切った。
 マニューバモードのガンウィンガーは超絶三次元起動が可能だ。だが、それでも間に合わない――視界をよぎる影。
 スパイラル・ウォール発動状態のガンブースターが割り込み、頭上から落ちてきたスペシウム弾頭弾に体当たりした。
「タ、タイチ!!?」
 広がる爆発、激しく震動する機体。
 そして、すぐにガンウィンガー上空を染める爆炎の中から、ガンブースターが飛び出してきた。
『――無事だ、隊長! さすがはスパイラル・ウォール』
 スペシウム弾頭の爆発の影響か、モニターに映る少しノイズ混じりのクモイ・タイチ。怪我をしている様子もない。
 ほっとしたのも束の間、アイハラ・リュウの瞳がスチール星人をみやる。
「けど、今のはなんだ? 手品でも使いやがったのか!? ――ミオ!」
『申し訳ありません、隊長。今の特殊能力は、ウルトラマンエースとの戦いでも記録されていませんので、詳細はわかりかねます。ただ――』
「ただ、なんだ!」
『はい。例のパンダグッズ大量窃盗事件の目撃談に、黒マントの男が通り過ぎるや、それらが掻き消すようになくなった……というものが。何かの比喩かと思って、重視していなかったのですが……』
「つまり、今のは奴の盗む能力ということか」
『はい、おそらく。……状況だけで推測するしかありませんが、自分の周囲にある特定の物体を、別の場所へ瞬間移動させる能力のように思われます』
「対策は!?」
 その問いにはイクノ・ゴンゾウが答えに出た。
『残念ながら、現時点で我々にあの能力を封じる手段はありません。しかし、過去のドキュメントでは、当時の防衛隊員の銃撃やエースの光線技がしっかり命中しています。ここから推察するに、ある一定以上の速さのものは対応できないのではないでしょうか』
「つまり、通常攻撃で対応しろってこったな! ――タイチ!」
『ああ、ガンブースターのガトリング・デトネイターの出番だな。援護、頼む』
「おう、任せろ! マサト、そっちは大丈夫か!?」
 大鳩超獣の回りを横滑りするように移動しつつ、攻撃を続けているセザキ・マサト。
『任せてください、こんなのテロチルスに比べれば遅い遅い!』
「油断すんなよ! ――んじゃ、プランE改で行くぜ! ガイズ・サリー・ゴー!!」
 大空にG.I.Gが唱和し、三機の動きが慌しくなった。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 戦場の造成地からほど近い山の峠に、ジープが止まった。
 運転席から降りた郷秀樹は、サングラスを取って戦況を見やる。
「ふむ……よく訓練されている。私の出番がなければいいのだが……さて」
 わずかに目を細めて、辺りを見回す。
「レイガは来ていない、か」
 ほんの少しだけ残念そうな表情をよぎらせ、再びサングラスを掛けた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 GUYSメカの攻勢に対し、ブラックピジョンは火炎放射、スチール星人は頭部から放つ火炎放射と光線攻撃で応じた。
 セザキ・マサトが担当したブラックピジョンはともかく、瞬間移動能力の有効範囲をはっきりと確認できていないスチール星人と戦うアイハラ・リュウとクモイ・タイチは、攻めあぐねた。
 特に、二人とも近距離格闘戦及び一撃離脱戦法を得意とするだけに、距離を取りつつの戦法にはいつものキレがない。
「タイチ! このままじゃ埒があかねえ!」
 スチール星人の頭部から放たれる光線を躱しつつ、アイハラ・リュウは叫んだ。
『だが、どうする隊長!』
「……さっきから考えてたんだが、お前のスパイラル・ウォールはこいつに当たった。こいつの瞬間移動能力はひょっとして、死角にある物は動かせないんじゃねえか?」
『なるほど。――セザキ隊員!』
『はい? なんすかー?』
 呼びかけに応じて、モニター画面に現われたセザキ・マサトは二人よりはまだ余裕のある表情だった。
『スチール星人を倒す。手を貸せ』
『いいけど、どうすんの?』
 そこでアイハラ・リュウが割り込んだ。
「タイチ、ガトリング・デトネイターで奴の前方足元を崩して、前のめりに転倒させろ。マサト、俺の合図でその奴の背中に一斉射撃だ! タイチも一緒にな!」
『G.I.G!』
『G.I.G』
 早速ガンウィンガーで牽制攻撃をかける。
 注意を十分引いたところで、ガンブースターがガトリング・デトネイターを放つ。
 狙い通り、スチール星人の前方足元に大穴が空き、スチール星人はバランスを崩して倒れ――なかった。
 そのまま空中へ躍り上がり、捻りを加えながら――

 ガンウィンガーの軌道と交差した。

「しまっ――」
 ぶつかりはしなかったが、そこはスチール星人の範囲。
 ガンウィンガーは消えた。
 次の瞬間、ガンローダーの横に出現していた。
「――た!! ……ぅおっ!?」
 それはさしものアイハラ・リュウの腕を以ってしても躱せる距離ではなかった。
 横っ腹にガンウィンガーの突進を食らったガンローダーは、火花を噴きながらガンウィンガーと一緒に墜落し、造成中の崖に突っ込んだ。
『た、隊長!! セザキ隊員!! ――くっ!!』
 スチール星人が着地ざまに振り返って放った火炎放射を躱す――そこへ横から叩きつけられる秒速60mの突風。
『う、くあっ!!』
 機体の姿勢が崩れ、大気ごと押し流された。スチール星人の特殊能力範囲内に。
 次の刹那、空中で姿を消したガンブースターは、そのまま墜落した二機の傍に出現した。
 突風の中で態勢を立て直すべく、機体各所のモーター全開にしていたガンブースターに、すぐさま立て直すだけの余裕は残っていなかった。
 コマのように横回転しながら、それでもかろうじて先に墜ちた二機にぶつからぬ軌道を選んで、これも造成中の崖に突っ込む。
 そして、動きを完全に停止した三機に、スチール星人の指示に従ってブラックピジョンが白い毒液を吐きかけた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

『隊長、無事ですか!?』
 シノハラ・ミオの声に、コクピット内でうつぶせていたアイハラ・リュウは頭を振り振り起き上がった。
「――っかぁ〜!! 無事だ! くそっ、どうなったんだ!?」
『ガンウィンガーは瞬間移動させられて、ガンローダーの左側面へ突っ込んだんです。ガンローダーは中破、損傷率が……』
「タイチは!?」
『直後にブラックピジョンとスチール星人のコンビネーションを受けて墜落、そこのすぐ傍です』
「くそ、こうなったら白兵戦だ」
 トライガーショットを抜いて、コクピットを開けようとする。その表面が白濁した粘り気のありそうな液体にまみれているのを見て、ふと手を止めた。
「……なんだこりゃ?」
『ハッチを開けないで下さい、隊長!!』
「ああ!?」
『機体に、ブラックピジョンの毒液がかかっています! 機体周辺の空気にもおそらく毒素が――』
「けど、それじゃあこのまま」
 代わってイクノ・ゴンゾウがモニター画面に出た。
『ガンウィンガーとガンブースターは比較的損傷が低いです。再起動をかけてください!』
「ガンウィンガーとガンブースターはって……ガンローダーは!? マサトは大丈夫なのか!?」
『バイタルサインはありますが意識を失っているらしく、返答はありません。彼を守るためにも、再起動を早く!』
「く……けど、その間の牽制は――」
『大丈夫です。彼が……ウルトラマンジャックが来てくれましたから』
 言われて、アイハラ・リュウはコクピットハッチを凝視した。
 木工用ボンドをぶちまけたような濁ったハッチ越しに、巨大な人影が見えた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

「【……来たな、ウルトラマンジャック】」
 右拳を頭上に突き上げ、左腕を肩の位置に掲げたポーズを解くウルトラマンに、スチール星人は告げた。
「【やはりエースは呼ばなかったか。愚かな――では、小手調べだ。ブラックピジョン、やれ!】」
 スチール星人の腕の一振りに従って、くるっぽーと鳴いたブラックピジョンが襲い掛かる。
 突進してきた超獣を受け流し、軽く投げとばす。空中で一回転して、ブラックピジョンは落ちた。
 そのまま倒れた背中に跨り、チョップを叩き込む。
 数発入れたところで、ブラックピジョンが立ち上がった。
 飛び退がって構えるウルトラマン――その背後で、空間が砕けた。
「ジェアッ!?」
 割れた空間の中から現われ、ウルトラマンを羽交い絞めにしたのは――ブラックピジョン。
 二体目のブラックピジョンだった。
 スチール星人が身体を揺すって笑う。
「【卑怯だと思うかね? しかし、私は二体目がいないとは言ってないしな。……いや】」
 長く伸びた人差し指で虚空を真一文字に払う。
 途端に、スチール星人の背後は次々と壊れ始めた。そして、次々とブラックピジョンが……。
 ブラックピジョンの羽交い絞めを外そうと身悶えていたウルトラマンは、思わずその動きを止めていた。
 その呆然としているかのような様子に、スチール星人はさらに興に乗って身体を揺する。
「【少々作りすぎた。そもそも何体いるか、私もよくわからないんだ。今ではな。さて、ジャック。いかに君が強いといえども、この軍団に勝てるかな? ……くくく、私の力はわかっただろう。光の国に助けを乞え! エースを呼べ!!】」

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 GUYS日本支部臨時ディレクション・ルーム。
「なんて……数、なの」
 呆然と呟くシノハラ・ミオの言葉は、その場にいる者全ての思いの代弁だった。
 誰も、動けない。
 誰も、正面メインパネルの画面から目が離せない。
 だから、その人が入室したことにも気づかなかった。
「――全員、正気に戻りなさいっ!!」
 脳みそに直接冷水をぶっ掛けるかのような、清冽な命令。
 我を失っていた者達は、眠りから醒めたように目を見張った。そして、声の主を見やる。
 決然として立つミサキ・ユキ総監代行を。
「この程度、メビウス――ヒビノ・ミライ隊員がいた時にもあった危機です! 心をしっかり持ちなさい!!」
 叱咤された隊員たちの瞳に、勇気の光が宿る。
「これよりCREW・GUYS日本支部は非常事態を宣言し、あらゆる手段を発動します! ――イクノ隊員! GUYSメカの状況報告!」
「は……はっ! ガンウィンガー、ガンブースター共に再起動をかけています! ガンローダーは中破! 乗組員は無事のようです!」
「再起動にあなたの手は必要!?」
「いえ、現場の二人で十分です」
「では、あなたも手伝ってください! 次に、シノハラ隊員!」
「はい!」
「シルバーシャークGを自動射撃モードで起動!」
「え……いいんですか!?」
「許可は取りました! 超獣軍団を街へ入れないことが最優先です!!」
「G.I.G!! シルバーシャークG、自動射撃モードで起動開始! ……エネルギー回路作動、セーフティーロック解除。ゴンさん、敵影補足はそちらでお願いします」
「G.I.G」
 動き始めた室内の様子に目を配りながら、なぜかミサキ・ユキの口元はなぜか少しだけ嬉しそうに緩んでいた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 GUYS日本支部臨時ディレクション・ルーム外の通路。
「ひやー……えらいことになってきたね。これはさすがに予想してなかったや」
 メモリーディスプレイの画像で戦場の状況を見ながら、ヤマシロ・リョウコが呆れ顔で小首を傾げる。
 その隣には、彼女をテレポーテーションで運んできたシロウの姿があった。
「……いや、それでもジャックにはウルトラブレスレットがある。それに、スチールの奴が真っ先にやられちまったら、同じだ」
「そだね。――行くかい?」
 シロウは頷いた。揺るがぬ意志をその瞳に宿して。
「ああ。……お前は地球を守れ。俺は、スチールの奴を助ける」
「うん。頑張れ、シロウちゃん」
 左腕同士を打ち合わせ、頷き合う。
 そしてシロウは、ヤマシロ・リョウコの肩に手を置いた。
「シロウちゃん?」
「リョウコ、ありがとうな。この戦いがどう決着しても、お前の言ってくれたことは忘れねえ。そんで以って、この借りはいつか返す」
「いいよ、そんなの」
 照れくさそうにヤマシロ・リョウコははにかんだ。
「あたしたち友達っしょ。困ってる時に助け合う、それが友達。貸し借りなんて言わない」
「だから、今度はお前が困ってる時に助ける。よーく、憶えとけ」
 にんまり笑って、指を差す。そして、次の瞬間、光と共に姿を消した。
 見送ったヤマシロ・リョウコは苦笑した。
「なんだよ、憶えとけって。まるっきりザコ敵の捨て台詞じゃん。……似合ってるけど」
 くすくす笑いながら踵を返し、少しむずむずする右肩に手を当て、大きく腕を回す。
「んじゃま、左腕だけだけどシルバーシャークの……って、あれ?」
 動きを止める。自分が今動かしてるのは、確か脱臼した――
 ヤマシロ・リョウコは肩を落として盛大にため息をついた。肩越しにイタズラ坊主の消えた空間を睨む。
「……なんだよー、ちゃんと借り返してくれてんじゃん。まったく、治すなら治すって言えよなー。びっくりしちゃったよ。ちょっと」

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 造成地の戦場。
 スチール星人の要求に、ウルトラマンは一切答えない。身じろぎもせず、聞いているだけだ。
 やがて、スチール星人はお手上げのゼスチャーで話し合いの終了を示した。
「【……残念だ、ウルトラマンジャック。私は平和的に話し合いで決着をつけたかったのだがな。こうなっては仕方がない。まず、手始めこの地球人どもを血祭にあげてやろう。――踏み潰せ!!】」
 最初のブラックピジョンが、踊るようなステップでGUYSメカに近寄ってゆく。
 その足を大きく振り上げ――
「ヘア゛ッ!!」
 ウルトラマンは両手を胸の前で交差させ、力強く開いた。
 ボディスパーク。
 激しいエネルギーフラッシュが輝き、背後から組み付いていたブラックピジョンはショックを受けてたたらを踏む。
 次いで、ウルトラマンは両腕を前に伸ばし手の平を合わせた。
 その指先が閃き光る。
 指先の狙う先、GUYSメカを今しも踏み潰そうとしていた足が火花を噴き、ブラックピジョンは横様に倒れた。
「【む!?】」
 スチール星人が体勢を整えるより早く、ウルトラマンは側転から空中へ跳び上がり、ブラックピジョンの群れが動き出す前にその傍に着地した。
「【おのれっ!!】」
 突き出した拳は受け流された。逆にその腕をつかまれて、腰投げで投げ飛ばされた。
 起き上がり、蹴りを放つ。これも受け止められたものの、ウルトラマンは少し後退った。
「【このっ!!】」
 ここぞと攻め込むが、守りを固めるウルトラマンを突き崩せない。
 しかし、ブラックピジョンに指示を下す暇もない。待機にされたままの超獣は、元々の鳩の群れのように呑気に鳴きながら命令を待っている。
 結果、攻撃が大振りとなり、隙が増え――そこにウルトラマンの反撃が加わる。
「【くそっ!! 離れろ!!】」
 業を煮やして頭部から火炎放射を放つ。
 ウルトラマンはバック転で躱す。距離が空いた。
「【――よし!!】」
 ブラックピジョンへ一斉攻撃の命令を――下そうとして、その動きが止まる。
 ウルトラマンが、腕を十字に組んでいた。
「【しまっ――】」
 放たれる光波熱線。
 一瞬遅れて、頭部から放つ光線。

 その刹那。
 蒼い閃光が戦場を照らし出した。

 突如虚空に出現した蒼い球体が、スペシウム光線とスチール星人の光線の間に立ちはだかった。


「ジュワッ!!!」


 蒼と黒、少しの銀の身体のもう一人のウルトラ族――レイガは、左右に両手を広げた姿で出現した。
 右手に蒼い光、左手に白い光を宿し、ばちばちと両手で双方の光線を防いでいる。
 それぞれの光線を防ぎきったレイガは、スチール星人を背に、ウルトラマンに相対した。
「【レイガ……だと?】」

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 風が吹いた。

 向かい合うレイガと新マンの間を、砂埃が吹き散らされてゆく。
 スペシウム光線の構えを解いたウルトラマンに、一つ頷いたレイガはそのまま振り返った。
「【……レイガ。またなのか?】」
 先に口を開いたのはスチール星人だった。
 しかし、レイガはゆっくり首を振った。
「【いや、今回は違う。この辺に知り合いはいない】」
「【では、なぜ来た】」
「【……友として、お前の間違いを正しに】」
「【なに?】」
 出現したきりその場から動かぬレイガが放つ異様な雰囲気に、スチール星人は警戒の素振りを見せる。ゆっくり、横へ動いてゆく。
「【友、だと? 私とお前が?】」
「【この間、俺との約束を守ってくれた。それだけで十分だ】」
「【………………。それで? 私の間違いとは?】」
 いぶかしむスチール星人。
 様子を見ているウルトラマンも、身じろぎせず二人の会話を聞いている。

 レイガの脳裏に、先ほどヤマシロ・リョウコから受けた薫陶が甦る。


「戦え、シロウちゃん。スチール星人と。新マンやGUYSが彼を倒す前に。彼が、地球人の命をこれ以上奪っちゃう前に。そうして、あいつに思い知らせるんだ。自分が――」


「【俺は、弱い】」
 レイガの告白に、スチール星人は小首を傾げた。
 構わず続ける。
「【ウルトラマンジャックよりも弱い。あるいは、地球人よりも……弱い。そしておそらくは、ウルトラマンエースよりも】」
「【何が言いたい】」
「【だが、お前はそんな俺よりもさらに弱い】」
「【……………………】」
「【お前が、ウルトラマンジャックと戦って勝つことはない。それを証明しに来た】」
「【……戯言を】」
 スチール星人の声の響きには、警戒と失望の色があふれていた。
「【そんな御託を並べたところで、結局私の復讐を邪魔し、地球人を守りたいだけなんだろう。私は約束を守ったのに……裏切り者め。やはり、お前もしょせんはウルトラ族ということか】」


「どうやったって言葉では埋めきれない溝ってあるよ。そんな時はもう行動で示すしかないじゃん。相手が現実を認識してくれなければ、届かない言葉もあるから。今回はそれが戦うことなのが哀しいけど……それでも、これは避けて通れない。そして、ここで大事なのは、必ず勝つこと。手を隠すとか、戦術なんか考えるな。最初からクライマックスで、どかーんとかましちゃえ!!」


「【今はなんとでも言え。……ここからは俺が相手をする】」
 レイガは左拳を胸の前に握り締め、右手刀を前に突き出す構えを取った。
 スチール星人も両手を顔の左右に広げて構えた。
 そのまま、睨み合う――不意に、光が奔った。
 遙か彼方より放たれた光撃がブラックピジョンの一体の頭部に命中した。
 悲鳴を一声残し、火花を噴きながら崩れ落ちるブラックピジョン。他のブラックピジョンが慌てふためく中、爆発飛散した。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 GUYS日本支部臨時ディレクションルーム。
「――ブラックピジョン一体、撃破。さすがです」
「さすがね、ヤマシロ隊員」
 シノハラ・ミオの報告に、ミサキ・ユキ総監代行が同意する。周囲の一般隊員からも、なぜかちらほらと拍手が起こっている。
 正面パネル前に立つヤマシロ・リョウコはしかし、振り返りもせず次の動作に入っている。
 そして、そのまま口を開く。
「ミオちゃん、隊長たちにさっきの話、ヨロシクね。あたし……こっからもうトップギアで行くから」
「G.I.G。リョーコちゃん、今回は反撃ないから心置きなくやんなさい」
 いつになく優しげに微笑んで、シノハラ・ミオはコンソール作業に戻る。
 その間に、もうヤマシロ・リョウコは次の標的に向けて引き金を引いていた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

「【な、なんだ!?】」
 動揺するスチール星人に対し、レイガは微動だにしない。
「【地球人が、本気を出し始めたんだ。地球人の技術だから、詳しい話は知らないが……こいつは大気圏外の宇宙戦艦を撃ち抜く兵器だぜ】」
「【なんだと……!? ならば、反射して――】」
「【無駄だ】」
 一斉に光線源の方向を向いたブラックピジョン。
 しかし、その居並ぶ超獣の頭を光線が次々撃ち抜いてゆく。反射のために腹部で受け止めることが出来ないまま、沈んでゆく。
「【むぅ……頭部だけを!? なんという精度だ。だが、これでどうだ!!】」
 スチール星人が手を大きく振るった。
 次から次へ、倒される毎に新たに空間を壊して新たな超獣が出現する。
「――シェアッ!!」
 それまで状況を見守っていたウルトラマンが跳んだ。空中で捻りを切って、急降下する。
 出現したばかりのブラックピジョンに流星キックが命中し、ふっ飛ばした。
 そして振り返りざまに、手刀を腰だめにしまま別の一体とすれ違う――走る閃光。響く斬撃音。ウルトラ霞切り。
 身体を痙攣させながら倒れる超獣。
 光線技を使うことなく、体術のみでブラックピジョンをねじ伏せてゆくウルトラマン。
 おかげでブラックピジョンはスチール星人とレイガの睨み合いに介入できずにいる。
 さらに、二人の傍で沈黙を守っていたGUYSメカまでもが息を吹き返した。
 再度舞い上がったガンウィンガーとガンブースターが参戦し、周囲は完全な混戦状況に陥っていた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 GUYS日本支部臨時ディレクションルーム。
 イクノ・ゴンゾウが報告の声をあげた。
「ガンウィンガー、ガンブースター、戦線復帰。ウルトラマンと協力し、ブラックピジョンの戦域離脱を阻止します。また、ガンローダーも通信回復。セザキ隊員は意識を回復しました。特に重大な怪我を負ってはいないとのこと。これから再起動シークエンスを試した後、復帰が無理ならガンスピーダーだけでもイジェクトして脱出を図るとのことです」
「ブラックピジョン、六体目撃破。七体目、撃破」
 今やカウントするだけになりつつあるシノハラ・ミオ。ふと、その表情が曇った。
「……上空に侵入機体? かなり大きい……これは!?」
 急いで情報を確認するその肩に、ミサキ・ユキ総監代行の手が置かれた。
「――大丈夫。心配する必要はないわ。帰ってきたのよ」

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 周囲で立て続けに起きる爆発、炸裂。
 幾重にも響き渡る鳩の鳴き声。
 次々と獲物に食らいつく光線。
 その一方で砕ける空間。現れ続ける超獣軍団。

 その狂騒の中で、スチール星人とレイガだけが、時間が止まったように立ち尽くしていた。
「【……これが邪魔以外のなんだというのだ、レイガ】」
「【わかってねえな。俺がお前と向かい合ってるから、連中は手を出さないんだ。俺が、そう頼んだ】」
「【つまり、この戦いに介入したければ、貴様を倒せということか】」
 レイガは答えなかった。
「【――だんまりか。いいだろう、ではまず貴様から倒してくれる!】」
 いきなり、スチール星人は跳んだ。
 空中で反転しながら、レイガに蹴りを放つ。
 蹴りを胸に受けたレイガは、無様に倒れた。
 すぐさま立ち上がったところへ、組み付くスチール星人。膝蹴りから背中を殴りつける。再び倒れ伏したレイガの背中を踏みしめようとする。
 レイガは身を翻して足元から逃れると、低い姿勢からスチール星人の腰を抱え込むようにしてタックルした。そのまま、怪力を生かして押し倒す。
 しかし、すぐに顔を蹴り飛ばされた。
 転がるようにして距離を置き、立ち上がると、スチール星人も立ち上がっていた。
「【どうした。急に腕が落ちたな。昨日の蹴りの鋭さは、こんなものじゃなかっただろう】」
 低く前のめりの姿勢であえぐレイガ。左腕をぶらりと下げている――カラータイマーが点滅し始めた。
「【こっちにも色々あるんだよ】」
「【そうか】」
 二段蹴りから裏拳、組み付いての首相撲から膝蹴り――そこで、受けに回っていたレイガが反撃した。首を押さえるスチール星人の両腕を内側からはねあげ、がら空きの胴に両拳を揃えて叩き込む。その強力な一撃に、スチール星人はたたらを踏んで後退った。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 脳裏に幾度も閃く光景――それは、最適の反撃方法。
 それを無視して戦うというのは、思った以上に骨が折れるものだった。
 無意識に選び出す光景を無視するという意識的選択の分、どうしても対応がワンテンポ遅れてしまう。
 だが、それでもレイガはこだわった。
(……思い出せ、自分の戦い方を。自分だけの戦い方を)
 スチール星人の蹴りが空を切る――絶好のチャンス。
 フラッシュバック。
 がら空きの脇腹へ渾身の回し蹴りを――出さない。
「ジェアッ!」
 変わりに放った手刀一閃。しかし、スチール星人の腕で受け止められた。
 反撃の一撃をあごに食らい、のけぞる。
 フラッシュバック。
 バック転しながら、遠心力を生かした蹴りで相手のあごを蹴り抜――かない。
(殺してたまるか。こんなくだらない戦いで! 何の意味もねえ、意地を通すだけの戦いで、こいつも俺も、命なんか落として良いわけがねえ!)
 踏み留まる右足――走る痛み。腰が砕けそうになる。
(ぐうっ!! ――くぅぅっ)
 もう一つ、テンポを狂わせる内なる敵。左腕と右足を蝕む痛み。
 おかげで重心は狂い、自分の思い描く動きがずれる。
(それでも……今回ばかりは、俺は、俺の手で勝ち取らなきゃいけない。勝利を!)
 ヤマシロ・リョウコの声が甦る。 


『――自分が弱いってこと、ウルトラ兄弟を相手にするには実力不足だってことを、君が勝つことで思い知らせる。でも、それだけじゃあ退いてはくれないはず。だから、こう言うんだ。ウルトラマンエースに勝つためには――』


(勝つ、なにが何でも、勝つ!)
 ともすればくじけたくなる心に言い聞かせるように繰り返す。
(そうでなければ、俺の言葉は届かねえ!!)

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 それは、組み手というより喧嘩だった。
 お互いに技術など二の次で、ひたすら殴り合い、蹴り合い、投げ合い、組み合う。
 攻め手がクルクルと変わり、お互い無様にたたらを踏み、転げ回る。
 そのうち、業を煮やしたようにスチール星人は後方宙返りで距離を置いた。
 両腕を顔の横に開く。仮面状の頭部突起から放たれる光線。
 対するレイガもスラッシュ光線を放ち、光線を射ち落とす。
「【!!】」
 スチール星人が怯んだ隙に、レイガは跳んだ。空中で横様に体を捻りながらの回し蹴り。
 後方へ飛び退ってレイガの蹴りを躱したスチール星人は、そのまま拳を握り、攻め込む。
 突き出された拳に対し、両腕で回し受け、受け流すレイガ――いつの間にか、攻防のリズムのずれはなくなり、正確になってきていた。
 焦れて放ったスチール星人の蹴りを、膝を上げて受け止める。お互いが足を下ろした直後に放たれた逆の足の回し蹴りも、半歩踏み込み、相手の膝の上に腕の背を当てるようにして受け止める。
「【くぬ……おのれっ!!】」
 再び距離を置き、今度は火炎放射を放つ。怪獣が吐く単発短時間の『炎の息(ファイヤーブレス)』とは違い、長時間放ち続けるものだ――が、レイガは両手に白い輝きをまとわせ、並べて突き出したまま炎に自ら突っ込んだ。
 放たれ続ける炎を蹴散らし、相手の顔面を並べた掌底で吐く。
 まさか、そんな強引な破られ方をするとは思いもしなかったスチール星人は、目に見えて怯んだ。
 そこへ、レイガの拳が炸裂する。
 顔、胸、腹……一発一発に意志を込めた重い拳に、スチール星人は態勢を取り戻せず殴られっ放しになった。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 GUYS日本支部臨時ディレクションルーム。
 正面パネルに映るブラックピジョンを正確に撃ち抜く作業を続けながら、それでもヤマシロ・リョウコの意識の隅には、常に画面の端で戦うレイガのことがあった。
(そうだよ、がんばれレイガちゃん。君の本気をそいつに思い知らせるんだ。話をするのはそれから。あたしは、それまで君にこいつらを近づけさせない!!)

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 ガンブースターコクピット。
 次から次へと湧いて出るブラックピジョンの背中へ、手当たり次第にガトリング・デトネイターをばら撒きながらも、クモイ・タイチは目の端にレイガを捉えていた。その唇が、薄く緩む。
「案外出来てるじゃないか。そうだ、技に囚われるな。知らないからこそ出来ることがある。それが今のお前の強み。そして……お前の最大の長所は、特殊能力ではない。その拳に乗せた思いを、重みに変えられることだ」

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 両手を水平に胸の前で向かい合わせ、振り上げた右腕を前方へ振り出す。
 円形のこぎり状に形を変えたスペシウム・エネルギーが唸りをあげて襲い掛かり、ブラックピジョンの首を刎ねる。
 爆発飛散するブラックピジョンの最後を見届けることなく、次のブラックピジョンへ飛び蹴りを放つ。
 背後の二体を巻き込んで倒れる姿を見届けて、ウルトラマンはちらりとレイガを見やった。
(……レイガ)
 戦いはレイガが押している。自分が介入する必要はなさそうだった。
 一つ頷いて、ウルトラマンは目の前の新たな敵に注意を戻した。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 抵抗の反撃を試みたものの、手数でも一撃の重さでも打ち負けたスチール星人は大きく飛び退がり、距離を取った。
 そうはさせじと距離を詰めるレイガの手前に光線を炸裂させ、その突進を食い止める。
「【おのれ、レイガ!!】」
 両肩を大きく上下させながら、スチール星人は叫んだ。
「【こうなれば、致し方ない。……これでも気を遣っていたのだがな。もう、いい。全て、焼き尽くしてくれる!!】」
 両手を突き上げ、天のなにかに祈りを捧げるようなポーズ。
「【――ふははははははは、来い、全てのブラックピジョン!! 次元の壁を砕いて、ここへ集結するのだ!! わーっははははははははは!!!】」
 空が、砕け散った。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 GUYS日本支部臨時ディレクションルーム。
「異次元空間とのゲートが完全解放!! ブラックピジョンの数、測定限界を超えてます!」
 シノハラ・ミオの悲鳴もどこ吹く風で、引き金を引き続けるヤマシロ・リョウコ。
 シノハラ・ミオの背後で、腕組みをしたまま画面を見据えているミサキ・ユキ。
「――ミサキ総監代行! 来ました!」
 イクノ・ゴンゾウの報告を聞いた途端、ミサキ・ユキの口許がわずかに緩んだ。
「これで、決まったわ」

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 突如、戦場上空を、巨大な影がよぎった。
 高笑いをあげていたスチール星人、ウルトラマン、レイガ、CREW・GUYS、そして割れた空から次々と侵入してくるブラックピジョンもその影を落としたものを見上げた。
 それは、全長70mの巨体を悠々と虚空に泳がせていた。
「――フェニックス……ネスト!?」
 アイハラ・リュウの叫びに応えたようにモニター画面にウィンドウが開く。
『リュウ、待たせた』
 そう告げて、はにかんでいるのは――
「サコミズ総監!?」
 画面の中でサコミズ総監は頷いた。
『ようやく修理が終わってね。ちょうどよかったみたいだな。――異次元のゲートはボクが塞ぐ。任せてくれ』
「ジ、G.I.G!! ――CREW・GUYS! フェニックスネストの防衛を最優先!」
 通信回線にあふれるG.I.Gの声は、歓喜にあふれていた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

「【なんだ、あれは】」
 戦いを中断し、見上げるスチール星人。
「【……地球人の、この星をなにがなんでも守ってみせるという心の形だ】」
「【ふん。今さら飛行要塞の一つや二つ、投入されたところで……】」
 自らの呟きに答えたレイガの声に振り返ったスチール星人は、ぎょっとした。
 レイガが異様な姿になっていた。
 左腕と右脚からは黒い瘴気のようなものが、その他の部分からは光の粒子が煙のように立ち昇っている。そして――体の青と黒のカラーパターンが動いていた。吸い込まれるように、ねじれながら右腕に集まってゆく。
 その不気味な姿に、スチール星人は思わず後退っていた。
「【……な、なんだ、それは】」
「【俺にもよくわからん。だが……】」
 レイガの右手が自らの胸の前にかざされた。青と黒の複雑なストライプパターンに包まれたその腕は、たちまち白い霜を噴き始めた。
「【これは、俺の背負う心の形、らしい。無論――】」
 凍りついたかのようなその指先を、スチール星人に向ける。
「【――お前の心もだ】」
「【私の……? 何を言っている? ここまで邪魔をしておいて、なにが――】」

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

「メテオール解禁! ディメンジョン・ディゾルバー、発射!」
 サコミズの指がフェニックスキャノンの発射ボタンを押した。 

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 フェニックスキャノンから放たれたエネルギーの奔流が、砕け散ったオレンジ色の空を舐めてゆく。
 割れた空間の端が融けるように滴り始め、開口部が埋まってゆく。
「【な、なにぃ!? なんだ、異次元空間を閉鎖するだと!? 地球人にはそんなことが出来るのか!? だ、だが……】」
 驚きながら振り返ったスチール星人は、しかし、レイガに対してまだ威勢を張ってみせた。
「【現時点で既に数十体のブラックピジョンが、ここに侵入――】」
 レイガの右腕は完全に氷に包まれ、巨大な刃と化していた。凍りついた空気中の水分が、周囲にダイヤモンドダストとなってきらめき漂っている。
「【くそ、やらせるものかっ!!】」
 氷には炎、と考えたスチール星人は火炎放射を放った。
 その炎を、氷の刃が真っ直ぐ突く。
 たちまち、炎が凍った。そして次の瞬間、砕け散った。
「【ほ、炎が――!!】」
 腰砕けに崩れ落ちるスチール星人。
 レイガは物も言わずにその氷の刃を振りかぶった。そして、周囲を一閃する。
 ダイヤモンドダストが尾を引いて奔り、渦を巻き、陽の光にきらめき踊る。
 かなりの距離があるにもかかわらず、氷の刃が切り裂いた軌跡を追うように、次々とブラックピジョンの群れが凍りつき、次いで砕け散って行く。
「【あ、ああ……私の、私の力が――!!】」
 この戦いが始まって初めて、スチール星人の絶望に満ちた声が響いた。


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