ウルトラマンメビウス外伝 RAYGA
第8話 誰がために その7
時を遡ること十数時間、GUYSジャパン・臨時ディレクションルーム。
一般隊員のいない午後11時。
不機嫌そうなアイハラ・リュウ。
いつも通り飄々と腕組みのクモイ・タイチ。
頭部に包帯を巻いたセザキ・マサト。
右腕を首から吊っているヤマシロ・リョウコ。
今日一日の事務処理を再度点検しているのか、ブリーフボードの書類を見ているシノハラ・ミオ。
ただ一人コンソールと向かい合い、警戒を続けているイクノ・ゴンゾウ。
以上、CREW・GUYSの6人と眠そうなトリヤマ補佐官、疲れた様子のマル補佐官秘書、いつも通り凛々しいミサキ総監代行の3人が揃っていた。
「それでは、ブリーフィングを始めます」
ミサキ・ユキの言葉から会議は始まった。
「まず、現状を確認しておくわ。相手はレジストコード・スチール星人と、それが操る大鳩超獣ブラックピジョン。ミオさん、説明お願い」
「はい」
シノハラ・ミオは頷いて一同を見渡した。
「クモイ隊員と隊長の入手した情報によれば、今回のスチール星人は、以前倒された個体の親族だそうです。ウルトラマンエースへの復讐が目的で、彼を地球へ呼び寄せるために暴れているとのこと――で、よろしいんですね?」
腕組みをしたまま、クモイ・タイチは頷いた。
「ああ。地球侵略が目的ではない。それは確かだ。それに、今日の戦いでレイガの説得に応じて姿を消しことからもわかるように、一応、あちらなりの道理を弁えてもいるらしい。ただし、地球人の命を斟酌するつもりはない」
トリヤマ補佐官がうんざりした顔で肩を落とす。
「ウルトラマンへの復讐で、地球人を巻き添えとは……迷惑な話だわい。ウルトラマンもスチール星人も」
その一言に顔色を変えた人物が二名。
「待てよ、トリヤマさん」
先に立ち上がったのはアイハラ・リュウだった。
「スチール星人はともかく、ウルトラマンまで迷惑ってのは言い過ぎじゃねーか!?」
「そうだそうだ!」
同調して席を立ったのは、ヤマシロ・リョウコ。
「昔のスチール星人だって、悪いことしてたのをウルトラマンに退治されたんでしょ!? だったら、今回の件はスチール星人の逆恨みだし、地球人はウルトラマンに守ってもらったんだから、そんな言い方しちゃダメだよ!!」
「し、しかしだな! 今回の件で死者が百名以上出ておる! その原因の一端がウルトラマンにもあることは明白ではないか!」
三機のGUYSメカがあっさりと撃墜されるシーンを生中継で披露してしまったため、広報を担当するトリヤマ補佐官は、記者会見で散々GUYSの不甲斐なさを報道陣から責められていた。
現場で命を懸けて戦った隊員たちを責められない以上、その責任の一端をウルトラマンにでも背負ってもらわなければ、我が身が辛い――というのが本音だったが、そんなことは口に出せない。
「犯罪者の逆恨みで起きたテロを、警察のせいにするってこと!? それ、筋違いもいいとこじゃない、この恩知らず!」
「ぐ……ぐぅ」
ヤマシロ・リョウコの直球指摘に、トリヤマ補佐官は胸でも刺されたかのように身悶えた。
「――リョウコさん、やめなさい」
遮ったのはミサキ・ユキ総監代行だった。
「ウルトラマンが地球人をかばい、守ってくれている以上、こういう事態もありえたこと。サコミズ総監が常々仰っていた、ウルトラマンと共に戦うというのは、こういうことも含んでいるのでしょう。とはいえ、それを一般市民の皆さんにも日々覚悟しておけ、というのは無理な話です。ミライ君の件で一歩踏み出したとはいえ、ね。だから、我々GUYSはあくまで地球人として、地球の平和を守るためにスチール星人と戦います。向こうにどんな事情があるとしても。これは、そのための作戦会議です」
一同を見回し、反論がないのを確認してから、ミサキ・ユキ総監代行はシノハラ・ミオを見やった。
「ミオさん、続けて」
「はい。……では、敵戦力の詳細を説明します。過去のドキュメントから確認できるスチール星人の特殊能力は、その仮面状の頭部から放つ光線及び火炎放射。あと、ウルトラマンエースとの戦いでは格闘戦を繰り広げており、身体能力もそれなりに高いと思われます。次に、超獣です」
シノハラ・ミオの言葉に応じて、イクノ・ゴンゾウが正面パネルに超獣のデータを呼び出した。
「レジストコード・大鳩超獣ブラックピジョン。以前に現れた個体は異次元人ヤプールに製造され、当時の防衛チームTACの基地を破壊すべく出現したようです。鳩笛に反応したという記述もありますが、今一つ信憑性に欠ける話です」
「鳩笛?」
「なんだ、鳩笛も知らんのか。やれやれ、最近の若いもんは」
アイハラ・リュウの疑問の声に、トリヤマ補佐官が呆れた声を出した。
「鳩笛というのは、鳩の形の素焼きの笛でな。そこらの土産屋に売っておる。尾羽の辺りから吹くと、こう、物悲し〜い、鳩の鳴き声みたいな音が出るのだ。なあ、マル。お前は知ってるよな?」
「はい〜。懐かしいですね。私も小さい頃にはよく吹いてました」
「へぇ〜。……それにあの超獣が反応する? 作戦に使えそうじゃねえか」
アイハラ・リュウの問い合わせに、ミオは首を振った。
「だから、いまいち信憑性の薄い話なんです。……詳しくは触れませんが、超獣を製造するのに使われたある鳩に特有の反応の様でもありますし……これを作戦の要諦に据えるのは危険だと思われます」
「なるほど」
「続けます。ブラックピジョンの攻撃手段は、確認されているだけで4つ。1.口から吐く火炎放射。2.羽ばたきによる秒速60mの突風。3.腹部の突起をミサイルのように放つ。4.口から放つ白い毒液。この他に、空中からビルをつかみ上げ、対象に落とすという頭脳攻撃も見せたようです」
「火炎放射に、風に、ミサイルに、毒――毒!?」
指折り数えていたリョウコが驚いて顔を上げる。
「毒ってなに!? あれ、鳩なんでしょ!?」
「鳩は元々、ピジョンミルクといって雛に食べさせるために分泌する白い液を、雄雌関係なしに出せるみたいよ? ヤプールはそこを改造して、毒の性質を持たせたんじゃないかしら」
「はー……さすがサイボーグ」
「まだ驚くのは早いわよ」
シノハラ・ミオの目配せに応じて、イクノ・ゴンゾウがブラックピジョンの正面図を正面パネルに表示する。
「サイボーグとしての真骨頂はここから。……この腹部は光波熱線を吸収し、放出する能力を持っているみたい」
「は?」
イクノ・ゴンゾウを除くその場に居合わせた全員が、目を点にした。
「ドキュメントによると、ウルトラマンエースのメタリウム光線を吸収し、エース自身に浴びせかけたとあるわ。実体弾まで反射できるかどうかはわからないけれど、レーザーやビームなどの光学兵器は跳ね返される可能性が高いと思った方がいいわね」
「ま、待て待て!」
割り込んだのはトリヤマ補佐官。
「それでは、シルバーシャークGも使えんということか!?」
「それは――」
なぜかシノハラ・ミオはミサキ・ユキ総監代行を見やった。その視線に頷き返すミサキ・ユキ。
「シルバーシャークGは今回、使えません」
驚きの声が一同の間から漏れた。
「どういうことっスか!?」
「相手がどこに出現するかわからないし、出現しても吸収反射されるかもしれない以上、光線砲であるシルバーシャークの使用を前提にした作戦は組めないということです。今日のように都内の高層ビル林立地帯に出現した場合、リョウコさんくらいの腕がないと……でも」
本人を含め、皆がヤマシロ・リョウコの右腕に視線を注いだ。
首から吊られた痛々しい右腕を。
「……肩を脱臼しただけだから、そんなに長くはかからないと思うんだけどー……ごめんね、みんな」
ちょっと悲しげにはにかむヤマシロ・リョウコ。
ミサキ・ユキ総監代行はそのまま続けた。
「そうでなくとも、市街地での発砲は厳に制限されます。だから、今回の作戦はGUYSメカを使用したものを立案してください。幸い、今日出撃した三人のうち、リョウコさんを除く二人は無事ですし――」
視線を受けて、アイハラ・リュウは額の正方形の絆創膏を撫でる。
その隣に座るセザキ・マサトも、額に包帯を巻いてはいるものの、実のところたんこぶが出来ているだけだった。
「――次に対象が出現した場合、アイハラ隊長、セザキ君、クモイ君の三人で出撃してください」
それぞれがG.I.Gを口にした。
それを頷いて受けるミサキ・ユキ総監代理。
頃合を見て、再びシノハラ・ミオが口を開く。
「では、その際の戦術プランですが、いくつかパターンを組んでみました。まず――」
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
現在。
真正面から突っ込んだガンウィンガーのビークバルカンが吼える。
入れ替わりに左側から飛来したガンローダーのダブルガンランチャーが、重金属弾頭をばら撒く。
ブラックピジョンの上体で炸裂する爆発が、視界を遮る――
「今だ!! タイチ!!」
『G.I.G!! ――ガトリング・デトネイター!』
アイハラ・リュウの指示を受け、ガンブースターが背後から急接近した。
全砲門が光学兵器のガンブースターは、腹部への攻撃を避けるため、背後からの攻撃に徹している。
三機がタイミングをずらして攻撃し、ブラックピジョンに決して的を絞らせない。
昨晩の作戦会議でのシノハラ・ミオいわく――
『鳩並の知能しか持ち合わせないブラックピジョンはこれで混乱させられるはず。後は隙を見てバインドアップ、メテオール『インビンシブル・フェニックス』で撃滅する――というのが、GUYSの戦力を最大限に生かした迎撃プランBです』
ブラックピジョンを中心に、公転軌道を描くように旋回攻撃を続ける三機のGUYSメカ。
超獣の怒りは既に頂点に達していたが、確かにどうしようもなく翻弄され続けていた。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
大衆食堂。
ざわめきが揺れていた。
GUYSメカ三機の猛攻を受けながらも、超獣が弱っているようには見えなかった。
とはいえ、GUYSの見事な戦いぶりは誰の目にも明らかだった。
そして、シロウはまだ悩んでいた。
シノブが持ってきてくれた食事には一切手をつけぬまま。
さすがのシノブも、そんなシロウの様子に不安そうな顔をしていた。
「シロウ、あんた……どうしちまったんだい? 最近、そんな顔ばっかりだね」
「…………え?」
そんな顔とはどんな顔だろう、と訝りつつ上目遣いにシノブを見やる。
シノブは茶碗と箸を置いて、少しだけ前屈みに身を乗り出した。声を落として訊く。
「――お前、戦いに行きたいのかい?」
「ち、違うよ! なに言ってんだ、かーちゃん」
思わずシロウは激しく首を振っていた。
「あれは俺とは関わりのない戦いなんだぜ? 何で俺が」
「だったら、なにを悩んでいるんだい。それは、あたしにも相談できないようなことなのかい?」
「そういうわけじゃないけど……」
すねているように、目をそらして口を尖らせるシロウ。
「だったら言ってみな。言えばそれだけですっきりすることもあるんだよ」
「でも、かーちゃんは地球人だろ。宇宙人の俺の気持ちなんか、わかりっこねえよ」
「わかるかどうかはあたしが決めることだ。あんたが決めることじゃない」
ぴしゃりと言われ、シロウはしゅんとした。
「とはいえ、話したくないものを無理に聞こうとは思わないよ。聞いてほしいのか、ほしくないのか、それだけで答えな。どっちだい?」
「……………………」
シロウはたっぷり顔を様々に歪めて悩みに悩んだ挙句、白旗を揚げた。
「……わかったよ。じゃあ、言うけど……友達ってほどじゃねえけど、知り合った奴がいてさ。そいつ、わけあってあんまり褒められたもんじゃねえことをやろうとしてるんだよ。多分、正確に話すとかーちゃんが怒るようなこと。けど、俺……そいつの話を聞いて、そいつの気持ちがわかっちゃってさ。そいつの邪魔をしないって、約束したんだよ」
シノブは真面目にふんふんと頷いて聞いている。
彼女が口を挟むつもりがない、と判断してシロウは続けた。
「けど……その話をエミにしたら、怒られた。俺の知らないエミの友達がもし、そいつのたくらみに巻き込まれてどうにかなっちまったら、それを許した俺を許さないって……。ユミも悲しそうで……。なあ、かーちゃん。俺、間違ってるのか? 何にもしてないぜ、俺? ただ、あいつのやることを邪魔しないって約束しただけなのに。結局、俺も……ウルトラマンにならなきゃいけないのか?」
いつものごとく、一刀両断、快刀乱麻を断つような答えを期待して訊いたシロウ。
しかし、シノブはじっと考え込んだままだった。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
「むぅ」
事態の推移を見守っていた黒マントの男は、唸っていた。
状況は膠着している。地球の防衛部隊は次の一手を打てず、こちらも向こうの戦法を打ち破れない。
「……誘うか。ブラックピジョン!」
黒マントの指令に応じて動きを止めたブラックピジョンは、いきなり腹部の突起をガンローダーに向けて放った。ミサイルというよりは投槍じみた円錐形の突起を、ガンローダーは難なく避ける。そして、反撃の一撃――
「今だ。そのままやられるんだ」
再びの指令に応じ、ブラックピジョンが仰向けに倒れた。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
大衆食堂。
ようやく効いたと見える超獣の転倒劇に、画面に見入っていた客と従業員が歓声をあげた。
「……優しい子だねぇ、お前は」
ようやく返って来た答えが、それだった。
「難しい話だよ。気持ちが絡むと、何事につけ人は割り切れないもんさ。あんたも、エミちゃんたちも、それから、あんたのその知り合いも」
そう言って、お冷やを口にする。
シロウは声こそ出さなかったが、驚き、焦り、慌てた。なぜあれだけぼやかしたスチール星人のことまで。テレパシーか何かで心を読まれたのか。
不意に、何の脈絡もなくシノブが軽く吹き出し、笑った。
「それにしても……やっぱりあんたも、つくづくオオクマ家の男の子だねぇ」
おかしそうに声を抑えて笑い続ける。
「は?」
「いやねぇ、サブロウにも似たようなことがあったのをさ、今、思い出しちゃったよ」
「サブロウって……俺の一つ上の兄貴になるやつか。要するに、俺がこの姿を借りた」
「そうさ。……あの子は三人の中でもかなりのやんちゃでねえ。いや、やんちゃなのはイチロウが一番だったけど、サブロウはなんていうのか……見栄っ張りの負けず嫌いでね。あの写真じゃあ大人しそうだったけど、結構な不良だったのさ」
「フリョウ?」
「ああ、わかんないかい。まあ、子供のヤクザみたいなもんさ」
物騒なセリフを、なぜか懐かしむような慈愛の笑みで紡ぐシノブ。
「いっとき暴走族にも入ってたみたいだけどね。……あれは、そうだね。あの子が高校2年の時だったかしらね。そのとき、あの子には頭の上がらない先輩が二人いてねぇ。一人は不良の先輩。もう一人は部活の先輩」
「ブカツって……エミやユミのやってる水泳部みたいなのか」
「そうそう。それで……あの子はバカだったからね、不良の先輩の腕っ節の強さに憧れ、部活の先輩の人間味に憧れていたのさ。ところが……部活の先輩には妹さんがいてね。その時1年生だったんだけど、いじめにあってたんだよ。それをしてたのが他ならぬ不良の先輩とその彼女さん達」
「ふぅん」
シロウは適当に相槌を打ちながら、お冷やを飲んだ。
「お金を脅し取られたり、悪いことさせられたりで心が参っちゃった妹さんは、家から出られなくなっちゃったのさ。可愛い妹さんがそんなことになっちまった原因を知った部活の先輩さんは怒ったのなんの。物凄い剣幕でうちに来てねぇ。サブロウがその不良の先輩と知り合いなのは知ってたから、居場所を教えろって。バット持って、目を血走らせて、本気で怒ってたね」
シノブはお冷やに口をつけ――ため息を漏らした。
「ところがねぇ。サブロウはサブロウで、不良の先輩に部活の先輩を腕づくで黙らせろって命令されててね。まあ、忠誠試しみたいなもんだったんだろうさ。お前はどっちの味方だって。さあ、不良の先輩か、部活の先輩か。サブロウは進退窮まっちまった」
シロウはごくりと喉を鳴らした。
確かに、まさに今の自分を見ているような状況だ。エミ達かスチール星人か。だが、どちらを取っても後悔するのはわかりきっている。
「それで、どうなったんだ?」
「どうなったと思う?」
「え、いや……わからねえよ、そんなの」
戸惑うシロウに、シノブはにんまり頬を緩めた。
「じゃあ、いつかサブロウに会った時に訊きな。ここから先は、たとえ母親のあたしでも話しちゃいけないところだからね。あの子の誇りに関わる」
そのはっきりとしない言い回しに、シロウは顔をしかめるしかない。
「話をお前に戻そうかね」
「あ、うん……」
表情を引き締めたシノブの真顔につられ、シロウも思わず頷いてしまっていた。
「さっきの話、あたしに怒られるようなことだとわかっててあんたが許したってことは、その人にもよっぽどの理由があるんだろ? だったら、それは仕方がない。けど、それならなおさら、あんたがそこで選んだことについて、自分の責任をしっかり見つめなきゃ」
「俺の……責任?」
「そう」
頷いて、シノブはお冷やを一口飲んだ。
「あんたが約束したことがどういう意味を持つのか、エミちゃんたちに教えてもらったんだろう? それでもその約束は守らなきゃいけないものなのかどうか、守らなきゃいけないのなら、守りたいのなら、ここで座っているだけでいいのか……」
「ちょ、ちょっと待てよ、かーちゃん。それじゃまるで……約束を破ってもいいって言ってるみたいに聞こえるぜ」
「そういう時もあるって、以前教えたろう?」
シノブの刺すような視線に、シロウは思い出した。自分の拳に目を落とす。
「……拳骨、上等」
「約束は守るのが当たり前。破っちまったら相応の罰を受けなきゃならない。けれど、約束に縛られちまって、より大事ななにかが失われることもある。いいかい、シロウ? 約束ってのは縛ったり、縛られたりするものじゃない。自分の意志で守るものだよ。意志のない約束なんて意味がない。価値もない。よ〜く思い返してみな。あんたがこれまで結んできた約束の重さは、それが約束そのものだったからかい?」
言われて思い出す。シノブとの約束。エミとの約束。ユミとの約束。タキザワ、イリエ、クモイ、カズヤ、郷秀樹、馬道龍、リョーコ、サコミズ、マキヤ……彼らが口にした約束。その中身の軽重に関わらず、約束を彼らが守るだろうと信じたのはなぜか。
そして、裏返せば彼らが自分の言葉を信じてくれたのはなぜか。
理屈が通っているから? 利益があるから?
そんな計算高いものじゃなかった。お互いに。無論、中にはそんなものもあったけれど、そうでないものが大半だった。
「約束の重さ……」
「そう。約束は重いんだよ。けれど、その重さは約束だからじゃない。今のあんたなら、わかるはずだ。何が大事なのか」
「……うん……」
わかる。わかってしまう。
心と魂を背負う戦いを経験したからこそ、約束という他愛もない言葉のやり取りにも含まれている心の重さを。そこに込められた意志を。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
大鳩超獣が仰向けに倒れた隙を突いて、アイハラ・リュウの命令が発された。
「今だ! ガンフェニックストライカー、バインドアップ!」
『G.I.G!』
『G.I.G』
三機のGUYSメカが合体し、巨大な統合攻撃戦闘機となった。そのまま大推力を生かして距離を取り、大きく旋回する。
「メテオール解禁! パーミッション・トゥ・シフト・マニューバ! ――インビンシブル・フェニックス!!」
矢継ぎ早の指示に機体が応え、機体各所のイナーシャルウィングが展開、黄金色のメテオール粒子を全身から放つ。
その黄金色のエネルギー粒子をまとったまま、ガンフェニックストライカーは真っ直ぐブラックピジョンに突撃――直前で急制動をかけた。
金色のガンフェニックストライカーの残像が、起き上がるブラックピジョンを直撃し――
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
大衆食堂。
また、歓声があがる。
「……けど、俺は…………」
一度うつむいたシロウは、すぐに顔を上げた。
「かーちゃん。それでもやっぱり俺、あいつの邪魔はしたくねえ。けど、そうしたらエミやユミに嫌われちまう。だから、あいつを止めなきゃならない。でもあいつを止めるってことは、邪魔をすることで……。もう、どうしたらいいのかわかんねえ。あー、頭が爆発しそうだ」
頭をかきむしって、顔を机に伏せる。
「あっちを立てれば、こっちが立たず、かい。やれやれ、困ったねぇ」
シノブも大きくため息を漏らし、頬杖をついた。
「――あのさー。そもそも、それをお母さんに聞くのは無理があるんでないかい?」
「じゃあ、誰に聞けって――……あ?」
思わず切り返してしまったが、シノブの声ではない第三者の――聞き覚えのある若い女の声に、シロウは振り返った。
真後ろの席、そこで指を二本立てて笑っているのは――
「にゃはー、おっひさー」
赤い野球帽を目深にかぶり、右腕を首から吊った若い女だった。
「リョーコ!?」
「うんうん、悩んでいるねぇ青少年。話は聞かせてもらった。ここは一つ、リョーコお姉さんが一肌脱いであげようじゃないか」
ヤマシロ・リョウコは席を立って、そのままシロウの隣の席に移りながらその肩を軽く叩く。
シノブが小首を傾げる。
「あら……あなた、どこかで…………ええと……そう、確かオリンピックか何かの」
「あ、はい。あたしは――」
ニコニコ笑いながら帽子を取り、丁寧に頭を下げるヤマシロ・リョウコ。
「――ええと、ヤマシナさん? よね? 弓矢の」
下げた頭はそのままごっちんとテーブルに墜落した。
「……ヤマシロですぅ。確かにどっちも京都の地名なんで、よく間違われるんですけどー。あと、競技は弓矢じゃなくてアーチェリーですー」
起き上がり、困り笑顔で答えるヤマシロ・リョウコに、シノブは苦笑した。
「あらまあ、それはごめんなさい。そういうのには疎くて。それで……シロウとはお知り合い?」
「いや、かーちゃん、その、こいつは……」
「マブダチでっす」
「まあ、それはそれは」
意味不明に親指を立てて満面の笑顔を浮かべるヤマシロ・リョウコに、さもありなんとばかりに頷くシノブ。
シロウはげんなりした顔で虚空に視線を漂わせる。
「何だ、この茶番は」
その時、周囲で続いていた歓声が驚愕のざわめきに変わり、最後には悲鳴めいた声になった。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
直撃を受けたブラックピジョンが、呆然と立ちすくんでいる。
過剰なエネルギー・ダメージを受け、全身の神経が断裂したのではないか――というアイハラ・リュウの予想は、次の瞬間裏切られた。
ブラックピジョンの腹部中央から、突然放たれるエネルギー光線。
「んなくそーーー!!!!!」
操縦桿を思い切り捻って、危うく躱す。いや、躱しきれずに上面装甲がいくつか火花を噴いた。
メテオール効果時間内でなければ、機動性が足りず撃墜されていたかもしれない。
ガンフェニックストライカーは追撃を躱すべくランダム機動を続けながら、ブラックピジョンから距離を置く。
「マサト、損傷状況は!」
『大丈夫です! 装甲板をかすめただけで、飛行・戦闘に支障なし!』
「くそったれ、メテオールもダメなのかよ! タイチ、スチール星人はまだ――」
『いや、来たぞ!!』
クモイ・タイチの叫び声と同時に、スチール星人が出現した。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
大衆食堂。
二体に増えてしまった敵に、客も従業員も固唾を飲んで画面に見入っている。
画面から目を戻したヤマシロ・リョウコは、表情を引き締めて、もう一度シノブに頭を下げ直した。
「ええと、改めまして……初めましてです、オオクマさん。あたし、今はCREW・GUYSやってるヤマシロっていいます。夏の戦いではシロウちゃんにはお世話になりました」
「あっらー、そうだったのかい。でも、GUYSの皆さんは――」
ちらりとテレビの方を見やる。
「あはは。あたし、これなんで」
首から吊った右腕を示すヤマシロ・リョウコに、シノブはあらまあ、と痛そうな顔をした。
そこへすかさず、隣のシロウが仏頂面で口を挟む。
「腕を怪我したのとここに居るのと、何の関係があるんだよ」
「いや〜、手っ取り早く君に治してもらおうかと思ってさ」
「俺は救急箱じゃねえ」
「じょーだんじょーだん」
渋い顔のシロウに、ヤマシロ・リョウコはからからと笑う。
「昨日の戦いで、隊長を無様に落としてくれやがったんで、今度はそういうことのないよう、お目付け役をタイっちゃんと隊長に頼まれたのさ」
くっとシロウの表情が硬張った。昨晩のやり取りが脳裏に甦る。
「戦場へ出て行かないように、か。心配しなくても、今の俺は――」
「うそうそ。もー、それも冗談だって。真に受けないでってば。まー、頼まれたのは確かだけど、だからってだけで来たわけじゃないよ。第一、それだけだったら声なんてかけないって」
「じゃあ、なんなんだよ」
「友達だからね。ピンチに駆けつけたのさ」
にま、と口角を上げて少し得意げな微笑。
「………………あ?」
シロウは聞き違いかと顔をしかめた。自分が何のピンチに陥っているというのか。
いやまあ確かに、現状はこれまで味わってきたピンチと同じくらい深刻な気分だが、結局のところ個人的な悩みだ。ピンチと呼ぶのはいささか大袈裟な気がする。
「なに、友情に不慣れなマブダチに道を示してやろうと思ってさ。――ってか、ぶっちゃけ歯痒いんだよねー。出ない答えに悶々としてるのを、横で見てるのも聞いてるのも」
「かーちゃんでも出せない答えが、リョーコに出せるのかよ」
「ん? そうかな? 出せないんじゃなくて、出さないだけだと思うけど?」
ヤマシロ・リョウコの視線がちらりとシノブを見やる。
「……………………」
その視線を避けるように箸を取り、食事を再開するシノブ。やや冷めたお味噌汁をすする音がちょっとわざとらしい。
ヤマシロ・リョウコはすぐシロウに瞳を戻し、にかっと笑った。
「ともかく、ここはあたしに任せなさいって。悪いようにはしないから。――オオクマさん、シロウちゃんを借りてってもいいですか?」
言いながらシロウの腕を取って、立ち上がる。
シノブはにっこり笑ってどうぞ、と答えた。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
『隊長、状況はプランEだ。スプリットを!』
クモイ・タイチの進言に、アイハラ・リュウは頷いた。
「おう、ガンフェニックストライカー、スプリット!!」
一機の巨大攻撃機が三機のGUYSメカに分離する。
そのまま、ガンローダーがブラックピジョンへ、ガンウィンガー・ガンブースターがスチール星人へと向かう。
「マサト、牽制は頼んだ!」
『G.I.G!』
ブラックピジョンへの攻撃を再開するガンローダー。
「タイチ! メテオール解禁だ!! やれ!!」
『G.I.G。パーミッション・トゥ・シフト・マニューバ! ――スパイラル・ウォール!!』
その間に、ガンブースターがイナーシャルウィングを展開し、金色の輝きを放つ。
高速回転とメテオール粒子が生み出す無敵の球形防御壁をまとい、スチール星人へ突っ込んでゆく。
同時に。
「メテオール解禁! パーミッション・トゥ・シフト・マニューバ! ――スペシウム弾頭弾!!」
ガンウィンガーもイナーシャルウィングを展開し、メテオール粒子を空に撒き散らした。主翼下のトランスロードキャニスターが前進し、ミサイルポッドが開く。
スパイラル・ウォールの突撃を、身軽に空中へ跳び上がり、伸身一回転捻りで躱すスチール星人――しかし、そこでガンブースターの軌道がぐにゃりと曲がった。それこそ、野球のゲームやアニメなどでよくある魔球のように、慣性など一切無視して。
着地したばかり、しかも背後からではさすがのスチール星人も躱すことは出来なかった。
ぶつかられ、つんのめって倒れ伏したところへ、スペシウム弾頭弾が降り注ぐ――
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
シロウはヤマシロ・リョウコに腕を引かれるまま、大衆食堂を出た。
歩きながら、ヤマシロ・リョウコがまず謝る。
「悪いね、せっかくの家族団らんを裂いちゃって」
「なんであそこで話さねーんだよ。なんか、かーちゃんがいると不都合があんのか? 声だって、回りに聞こえないように抑えて――」
口を尖らせ気味のシロウに、ヤマシロ・リョウコは一つ、ため息をついた。
「不都合があるのは、シロウちゃんのかーちゃんの方」
「あ?」
「相変わらず鈍いなぁ。……そこが長所でもあり、短所でもあるんだろうけどさ。君の場合」
「だから、どういう意味だよ」
少しいらつきを込めたその声に、ヤマシロ・リョウコは足を止めた。シロウも足を止め、振り返る。
「さっき言ったっしょ? オオクマさん、答えを出せないんじゃなくて、出さないんだって。君自身に、考えに考え抜いて答えを出してほしいの。君が異星人で、自分が地球人だからってのもあるかもしんない。自分が口を開けば、地球人としての立場を君に押し付けてしまうかも、って心配してるかもね」
「かーちゃんがそう望むなら、俺は別に――」
「わかってないねー。それじゃあ君はかーちゃんの操り人形じゃないの。君が大嫌いな、さ。だから、かーちゃんは自分で考えなって言ってんの。いい加減、かーちゃんの愛情ぐらい読んでやんなよ、悩める青少年。そんなんじゃ、いつまでたっても恩返しできないぜ?」
シロウはむっとした顔で黙り込む。
ヤマシロ・リョウコは再び歩き出した。
「まあ、あたしとしても、そんなオオクマさんだから、ここから先の話は知らせない方がいいと思ってさ。……多分、本人も聞きたがらないだろうし」
まだ不満ありありの表情のまま、とぼとぼついてくるシロウ。
「何でリョーコにそんなことがわかるんだよ」
「……………………」
不意に、ヤマシロ・リョウコは細い路地に入った。商業ビルと賃貸マンションに挟まれた、人が一人やっと歩けるほどの幅の狭い路地。左右の地面や壁に設置されたエアコンの室外機が唸りを上げ、熱い風を噴き出している。無論、人目はおろか聞き耳を立てる人間などいない。
「まー、これから話すのはちょっとしたズルだからねー……」
「あ? なんか言ったか?」
室外機の唸りに紛れ、聞き取れなかったシロウに、ヤマシロ・リョウコは曖昧に微笑んで首を振る。
「ううん。……ここから先を耳に入れると、さっき話してた――えーと、エミちゃんやユミちゃんだっけ? みたいなこと、オオクマさんにも言われると思うからさ。それは嫌でしょ?」
「……………………」
ほどほどに奥へ入ったところで、ヤマシロ・リョウコは足を止めて振り返った。表情がきりりと引き締まっている。
「じゃあ、時間もないし、いきなり本題に入るよ」
「お、おう」
その張り詰めた雰囲気にシロウもつられ、少し姿勢を正した。
「君が叶えたい望みは二つ。一つは、あのスチール星人に復讐を遂げさせたい。もう一つは、でも地球人に被害を出させたくない。君の言い分ではもっと細かい条件になるんだろうけど、今は簡単にそう言っとく。納得して?」
「……わかった」
ヤマシロ・リョウコは次いで、人差し指、中指、薬指を立てた左手をシロウに示してみせた。
「この条件を満たす決着は、三つ。一つ、GUYS、もしくは新マンの力でスチール星人が倒される場合。二つ、ウルトラマンエースがやってきて、別の場所で戦う場合。三つ、スチール星人が何らかの理由で地球を立ち去る場合。ここまでわかる?」
「つまり、一つ目はあいつの望みが叶わずに終わるパターン、二つ目は叶うパターン、三つ目は心変わりするパターンだな」
「そう。飲み込みが早くて助かるよ。……でも、一つ目のパターンでは、スチール星人は復讐を遂げることは出来ない。二つ目は……どう? エースは来てくれそう?」
シロウは首を振った。
「ジャックにも会って来たが、呼ぶつもりはないと言っていた。あくまで暴れるなら、最後は自分が倒すと」
「じゃあ、実現する可能性は薄そうだね」
「けど、三つ目だって期待できないぞ。あいつも、その点についてだけは妥協しない」
「てことは、現状では一つ目のパターンで終わるってことだよね。……ここまでは理解、OK?」
「ああ。わかりやすい」
「でも、シロウちゃんはそれでいいの?」
「あ?」
現状確認から、不意に自分の意志を聞かれ、シロウは戸惑った。どういう意味か。
「さっきの話だと、君はスチール星人に目的を達成させたいわけだよね。……それが、エースと戦わずしてやられちゃう。それで、君は良いわけ?」
「……何を言ってんだ。良いも悪いも、あいつがそれを選んだわけで――」
「あれ?」
ヤマシロ・リョウコは怪訝そうに顔をしかめた。
「じゃあ、あたしの勘違いだったのかな。なんか、シロウちゃんの口ぶりだと、スチール星人にエースと戦わせてあげたいって思ってるように感じたんだけど」
「いや、その通りだ」
「じゃあ、エースと戦えないままやられたらダメじゃん」
「……まあ、そうだな。けど、あいつはそう簡単にやられるような――」
「地球人をなめない方がいいよ、レイガちゃん」
いっそ寒さを感じるほど、冷たい響き。思わずシロウは口をつぐんでいた。
「それに……こんなことは本当は言っちゃいけないんだけど。たとえGUYSが力及ばなくても、新マンがいるんだよ。今の地球には。スチール星人が本当にGUYSと彼を相手にして勝てると思う?」
シロウは答えられず、口を真一文字に引き結んでいた。
脳裏に甦るは、これまで見てきたウルトラマンジャックの戦い。
あらゆる事態に即応し、揺るぎない意志で以って全てを守り抜く戦士。――そう、光の国の反逆者であるはずのレイガでさえも、守ってくれる。
シロウは、左手に目を落としながら口を開いた。
「……望み薄、だな」
「じゃあ、シロウちゃんはスチール星人のために戦ってあげる? 地球人と、ウルトラマンと。それで、勝てる?」
シロウは即答を避けた。自分の中で、口に出していい言葉を探し出す。
「……勝てるかどうかは……キッツい戦いになりそうだが。けど、俺はそんなことをするつもりはないぜ」
「じゃ、スチール星人を見捨てるんだ。復讐を遂げさせたい、とか言っておいて」
「……それは……」
答えられない。いつも、そこから先が進まないのだ。
復讐を遂げるかどうかはともかく、仇であるエースと向かい合わせてやりたいのは確かだ。仇討ちの結果、スチール星人が倒されてしまったとしても、それは力及ばない彼の問題のはずだ。だから、この戦いでもジャックに勝てないとしたら、力及ばないスチール星人の問題だ。
そこに、自分が介入するべき理由は何もない。本人も、それでよしとしているのだから。
しかし、だからと言って放置し、このまま戦禍が広がれば――
うつむいて唸っていると、ヤマシロ・リョウコが近づいて来た。自由になる左手を、そっとシロウの頬に添え、上向かせる。
「シロウちゃん、あのスチール星人は友達なんでしょ?」
唐突かつ気恥ずかしいその質問に、シロウはそっぽを向いた。
「それは…………わからねえ。どうなのか……会って話したのも二回きりだし……」
すぐにヤマシロ・リョウコの手が、シロウの顔を元に戻す。
「でも、あたしとだってまだ片手ぐらいじゃなかったっけ? だけど、あたしは君のことを友達だと思ってる。たとえ君が違う星の人で、違う価値観を持っていて、この地球を守るためになんか働かないって言ったとしても、それはそれで認めるし、だからって君を嫌いになんかなれない。これって友達だよね? それとも、あたしの一方的な思い込み、なのかな?」
「……リョーコ……」
「友達だって思うなら、その人のためになることをしてあげなきゃ。それがどうしても譲れなくて、埋めようのないものなら、たとえ友達同士でも戦うことも仕方ない。でも、そうでないのなら一緒にもっといい方法がないか考えようよ。一緒にいい方向へ踏み出してあげようよ。それが友達ってものじゃない? あたしはそう思う」
「もっといい方法? あるのか、そんなもの」
ヤマシロ・リョウコは静かに首を振った。
「本当にそれがいい方法かどうかは、君が判断して。今からあたしが言うのは、あくまで地球人で、GUYSの隊員で、でも、君を友達だと思っているあたしの意見。受け入れられないなら、そう言って。その時は――」
「その時は?」
シロウの頬から手を引いたヤマシロ・リョウコは、少し眉をたわめたまま微笑んだ。
「あたしは戦いに行く。それだけ」
シロウは、知らず自分の胸を押さえていた。いつか感じた、胸の内側を何かで絞られているような感覚。ヤマシロ・リョウコの微笑に、それを感じた。
それを足蹴にするのはやってはいけないことのような気がして、シロウは頷いていた。
「……わかった。話してくれ」
頷いたシロウに、ヤマシロ・リョウコも頷き返した。
「今から言うのは、君にとっても多分、耳の痛いことだと思う。けど、あたしはあえて言うよ。そうでなきゃ、大事なことが伝わらないから」
「わかった」
「それともう一つ」
「なんだ」
いきなりヤマシロ・リョウコは舌をぺろんと出した。今までの真面目な雰囲気をぶち壊して。
「これって、ひょっとしたらGUYSのみんなへの裏切りになるかも知れないからさー。悪いけど……タイっちゃんやみんなにもナイショでお願い」
片手で拝むヤマシロ・リョウコに、シロウはその時ようやく表情を崩した。
「わかった。俺と、リョーコとの秘密、だな」
「うん」
嬉しそうに笑みをこぼす。
そして、ヤマシロ・リョウコは話し始めた。