ウルトラマンメビウス外伝 RAYGA
第8話 誰がために その6
翌日。
「食べ終わったんなら、さっさと出かける準備をしな」
朝御飯を食べる終わるなり、シノブが言い出した。
食後のお茶をゆっくり飲んでいたシロウは、唐突な指示にしばし湯飲みを持ったままぽかんとする。
「出かけるって、どこへ?」
昨日、クモイ・タイチと郷秀樹にそれぞれ出された課題に向かう、気持ちの整理がまだできていない。気分的には出かけたくはなかった。
シノブは台所を出て行きながら言った。自分の部屋に向かっている。
「マキヤさんとトオヤマさんのお見舞いだよ。昨日の夜、あんたが家を空けてる間に電話があってね。みんな無事だったって連絡と、あんたへのお礼だったんだけどさ。ま、ご近所さんだし、連絡受けたんだからお見舞いぐらい行っておかないとね。――あんたも行きたいだろ? なんたって、あんたが助けたんだから」
「別に、俺はそんなつもりで――」
いつも通りに渋ろうとしたものの、すぐに思い直す。
感謝の気持ちを拒絶してはいけない、といつだったか郷秀樹に言われたことを思い出した。
「……ま、いいか。お礼はともかく、元気な面ぐらいは拝んでおいても」
湯飲みを空けたシロウは、それを流しに置いて、自室へと戻った。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
昼前。
都心部へ出てきたシロウとシノブは、トオヤマ・マキヤ母子が収容されている総合病院へ向かった。
病院内部は人がごった返していた。
辺りをうんざりした顔で見回しながら、シロウはシノブに訊いた。
「……イチロウん時に比べても、人の数がやたら多くねえか、かーちゃん?」
「そりゃ、千人近くが閉じ込められた大事故だからねぇ。この病院にもたくさん搬送されてるんだろうさ。そんで私たちみたいに面会に来た人たちがあふれてるってこと。それより、はぐれるんじゃないよ?」
「あいあい」
適当に生返事を返して、シロウはシノブの後をついてゆく。
歩きながら、暇なので行き交う地球人の顔を見ていたが――
「……なー、かーちゃん」
「なんだい」
エレベーター待ちのホールで、シロウはふと訊いた。
「なんか、妙に暗い顔の連中が多いみたいなんだけど」
ちらっとシロウを見やったシノブは、正面を向くと小さな声で言った。
「死亡確認は病院で行うからね。現場で亡くなって搬送されてきた人や、搬送されてきたけど処置が間に合わずに亡くなった人もいるだろうし――シロウ、お前、無遠慮に歯を見せるんじゃないよ」
「シボウカクニンて……死んだ奴がいたのか!?」
「そりゃあ、あれだけの災害だからね。死者は……今朝の段階で百人以上って話だったね」
「百……!?」
たちまちシロウは目を剥いた。
「え、でも、俺……」
自分では、昨日の首尾は最高だと思っていた。無駄な戦いもせず、無駄に戦わせもせず、自分自身は地面にすら足をつかないで終わらせたはず。それなのに――手からこぼれた命が、百。それ以上。
目を白黒させているシロウに背を向けたまま、シノブは疲れたようなため息を漏らした。
「あんたのせいじゃないよ。……運が悪かったのさ。病気も、事故も、災害も……みんな、最後は運。人はいつか死ぬもんだ。あんた一人で救える命なんて……わずかなものさ。だから、余計に胸を張りな。あんたは、マキヤさんとトオヤマさんと、そのお子さんたちをきちんと守れたんだ。えらいよ」
「かーちゃん……」
確かに、そもそもその百の命は自分が守ろうとしていたものではない。だから気にする必要はないはず。はずなんだけれど……。
昨日の昼に見せられた、エミの怒った顔とユミの困り顔が脳裏にちらつく。
「さ、行くよ」
エレベーターの扉が開く。顔を両手で覆って泣いている女や、うつむいて唇を噛んでいる男、様々な表情の人が下りてきた。
入れ替わって、自分達を含む色々な人が乗り込む。右腕を吊っている女、点滴をぶら下げた男、青ざめたおばさん、硬張った笑みで元気づけるおじさん。疲れ気味の看護婦、午後の予定を話し合う医者と看護士などなど。
エレベーターの一番奥の隅に押し込められたシロウは、今のシノブの話を反芻しながら、また自分の手を見下ろしていた。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
都内・超高層ビル最上階の社長オフィス。
いつものごとく、向かい合ったソファに腰を沈め、湯飲みを傾ける馬道龍と郷秀樹の姿があった。
「――不調だ」
馬道龍のふてくされた物言いに、郷秀樹は片眉を上げて応えた。
「ダメだったか」
「ウルトラ兄弟への恨みと地球人嫌いは相当根が深いな、あれは。こちらの言うことに耳を傾けようともせん。手出しすれば、超獣を解き放つと逆に脅された」
天下のメトロン星人を何だと思っているんだ、としきりに愚痴を漏らす馬道龍。
「所在はつかめないか」
「追わせてはみたが、撒かれた。……まあ、いずれどこかに姿を現わすだろう」
「ふむ。……それで? 今回の件、そっちの立場は?」
「いつもどおり、静観だ――情報だけ流すという意味だがな。あいつが巨大化して出現する前なら動きようもあったんだが、あれだけ暴れた後だ。見える形で何らかの決着をつけなければ、地球人は納得しないだろう。……心情としては、あいつの言い分もよくわかるがな」
湯飲みを傾けていた郷秀樹の手が止まる。ちらりと上目遣いに馬道龍を見る。
「……本音か? 珍しいな」
「よせ。どんな奴でも、同胞を異種族に殺されて、いい気分で居られるわけがあるまい。無論、自分のことは棚に上げておいて、だがな。ま、そんなことを斟酌する宇宙警備隊じゃないのはよくわかっている。……今のは生協構成員の大多数による意見――いや、愚痴だよ。聞き流してくれたまえ」
「大多数の愚痴とは、穏やかじゃないがな」
「愚痴ついでにもう一言、いいかね?」
馬道龍は湯飲みを置いて、ソファに背を預けた。
「なんだ?」
「エースを呼ばないのか? どうせ倒されるなら、エースにやられた方が奴の気も多少は済むだろうというのも含めて、その声は強い」
郷秀樹は首を振った。
「レイガにも言われた。……が、そのつもりはない。今、地球防衛の任に就いているのは私だ。エースへの恨みであろうとなんであろうと、地球の平和を乱す以上は、私が倒さねばならない」
「ま、清く正しい組織の論理だな。……とはいえ、レイガの奴は納得しなかっただろう」
見透かしたように頬を歪めて笑う馬道龍。
「ああ」
「だろうな。あいつは血の気が多い。そういう理屈は大嫌いだろう。……せっかくいい関係を築きかけていたのに、これでまた嫌われたな?」
言葉とは裏腹に愉快そうな馬道龍だが、郷秀樹は全く乗らなかった。ただ、湯飲みの水面に視線を落としているだけ。
「これで憎しみが増すなら、最初から長続きはしないさ。……絆と仲良しこよしは同じではない。お互いの立場や認識を理解し、お互いが違うことを認め合い、時に相手が過ちを犯すことを知っていてもなお、つなぐことをよしとするものだ」
最後に一あおりして湯飲みを空けた郷秀樹は、それをテーブルに置いた。
馬道龍は少し顔をひん曲げるようにして頷く。
「立場と、認識の違いを超えてつなぐもの、か。……なるほど、今なら私にもよくわかる」
「レイガは大丈夫だ。確かに、ウルトラ兄弟への印象は悪くなったかもしれないが、これで悪の道に落ちるほどやわではない。なにより、今、あいつの周りに居るのは、あいつが道に迷っても正しく導いてくれる人たちだ」
本当に何の心配もしていない郷秀樹に、馬道龍はまた見透かしたように笑った。
「くく、本当に君は地球人が好きだな。……ともあれ、今回の件をどう決着つけるのか。楽しみにさせてもらうとしよう」
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
病室。
一部屋四人の多床室にトオヤマとマキヤはいた。
マキヤは起きていて、二人の来訪に喜んだが、トオヤマは口元に酸素吸入器を当てたまま眠っていた。
マキヤ自身は頭部に巻かれた包帯で、顔の左側がほとんど隠れてしまっている。
気遣うシノブに対し、マキヤは大丈夫だからと言って面談室へと場所を移した。同室の他の入院患者とその見舞い客を避けるためだ。
「――うちの旦那やお義父さんお義母さんはさっき、お昼ご飯を食べに行っちゃって。トオヤマさんちのご家族も。だから、ちょうどよかったわ。この時間で。でも……お見舞いなんてよかったのに」
「なに言ってるの。こういう時はお互い様。それに……ことの結末はしっかり自分で確認させないとね」
そう言って、シノブはシロウの背中を軽く叩いた。
「そうですか。本当に嬉しいわ。ありがとうございます、シノブさん」
小部屋に入りながら、二人に頭を下げる。
面談用のテーブルに二人が着き、その向かいの席にマキヤが腰を下ろした。
そして、シロウににっこり微笑む。
「まずはシロウちゃん、昨日は助けに来てくれて本当にありがとうね。おかげでうちの子たちもトオヤマさんちも、何とか無事だったわ」
「それで、そのお子さん達は……?」
「あの子達は小児病棟です。実は――」
「……なあ。その包帯ぐるぐる巻きで、そんなに悪いのか?」
「これ!」
無遠慮な物言いに、すぐシノブの手がシロウの太腿を打った。
「いたあっ!」
「そんなズケズケ言う人がありますかっ!」
「ああ。いいんですよ、シノブさん。……怪我の具合はそれほどでもないんだけど……ちょっと、ひどい有様なのよ」
「ああ? ひどいってなにが――あいたっ!!」
無言で飛ぶシノブの手。
そんな二人の様子に、マキヤは微笑んだ。
「うん……。あれって、ちょうどお昼ご飯どきでね……運ばれてきた熱いおうどんを頭からかぶっちゃって。――ああ、でもこの方がなんだかかっこよくない? ほら、ア○ナミ・レ○とかみたいで。ね?」
あはは、と冗談めかして笑うマキヤに、シノブは痛ましげに眉をひそめた。
「マキヤさん……それじゃ、ひょっとして……」
答えず、ただ困った笑顔のまま頷くマキヤ。
二人の間で交わされた無言のやり取りを理解できず、シロウは怪訝そうに顔をしかめた。
「なんだ? なんなんだ?」
再び炸裂する太腿叩き。
「いったぁ! なにすんだよ、かーちゃん!」
「あんたはうるさい。後で説明したげるから、わかんないなら黙ってな」
「ちぇー、なんだよそれー」
口を尖らせるシロウを無視し、シノブは再びマキヤを見る。
「それで、お子さんたちの具合は?」
「ええ、おかげさまで二人とも命はとりとめました。……まあ、ちょっと脚が……私とおんなじ感じになっちゃって。息子の方は男の子だからまだしも、娘の方が……ミニスカート穿けなくなっちゃって。でも、トオヤマさんとこのお姉ちゃんに比べたら、まだましだから」
「まあ……。トオヤマさんとこは確か、姉妹だったわよね? 二人とももっとひどいの?」
「お姉ちゃんの方が、落ちてきた天井の瓦礫に挟まれて右脚の複雑骨折だそうです。正直、元通りに歩けるかどうか……。妹さんの方は幸い、擦り傷切り傷だけで済みましたけど……お姉ちゃんの傍から離れたがらないそうです。お姉ちゃんにかばってもらったのをわかってるみたいで……」
「まあ……まあ……」
「トオヤマさん本人は、頭を打ったらしくて……まだ。お医者さんは異常はない、とおっしゃてましたけど……」
痛ましげに顔をしかめ、口元を隠すように押さえて、まあ、を連発するシノブ。その隣で、シロウは大きく首を傾げていた。
「――なあ、ちょっといいか?」
言いながら腰を上げる。身体を伸ばして、泣きそうになっているマキヤの顔を挟もうとするかのように、両手を近づけた。
全く空気を読んでないその行動に、マキヤもシノブも呆気に取られているその隙に――両手が白く光った。わずかに、シロウの頬が引き攣る。
ものの二十秒ほどで、光は消えた。
「……シロウ、今、あんた何を……」
「あ……あら?」
驚いているシノブを尻目に、マキヤが包帯で覆われた左目を押さえていた。
「痛みが消えたわ……? シロウちゃん、何をしてくれたの?」
「怪我を治した」
けろりとした顔で、シロウは言った。
「皮膚の損傷だけみたいだし、そんなに大したもんじゃねーけど。元々助けてくれって頼まれてたんだし、こんくらい問題ねーよな? かーちゃん?」
「あ、うん……」
何が起きたのか、理解できていない態で曖昧に頷くシノブ。
「ちょ……ちょっと待って。シノブさん、見てもらえます?」
マキヤは言いながら、大慌てで頭に巻いた包帯を解いてゆく。その下から現れた、不細工なサージカルテープで止められたガーゼもむしりとる。
「どう? シノブさん、痕、残ってる?」
期待に目をキラキラさせながら、シノブを見やる。シノブはすぐに頷いた。
「全然。……はあ〜……きれいなものよ? ほんとに火傷してたの?」
感心しきりに手を伸ばし、テーブル越しにマキヤの頬に触れる。
やけどの跡は、全く残っていなかった。残っているのは、たった今剥がしたサージカルテープの接着剤の剥げ残りぐらいだ。
シノブは再び、感に堪えぬような嘆息を漏らして、首を一つ振った。
「はぁぁ〜、まったく何にもないわ。いつもどおりのマキヤさんよ。こりゃ大したもんだよ、シロウ。えらいねぇ」
「ちょ、ちょっとごめんなさい」
慌てて席を立ったマキヤは、近くの鏡を見に行った。
そして、満面に笑みを浮かべて駆け戻るなり、シロウの首っ玉に抱きついた。
「う、うおっ!!??」
「シロウちゃん、愛してるっ!!」
「は、はあ!? ――うっぷ、ぷあ」
「マ、マキヤさん!?」
意外とボリュームのある胸にぐいぐい押し付けられ、柔らかい塊に翻弄されるまま、ただ目を白黒させているシロウ。傍で見ているシノブの方がむしろ慌てていた。
「ありがとうありがとう、本当にありがとう! 顔の傷痕は一生残るって、お医者さんにも言われてたの!! だから、赤い人みたいなマスク作らなきゃって! ……まあ、正直それもいいかなとは思ったけど。でも、やっぱり嬉しいっ!! ん〜、もう、本当にありがとう、愛してるわっ!!」
言いながら、キスの雨をシロウの顔に降らせる。口紅こそ塗っていなかったが――思わぬ仕打ちに、シロウはどうしていいかわからぬ顔で硬直していた。
余りのハジけぶりに、隣のシノブも止めるのを忘れて、ただあんぐり口を空けている。
舞い上がったマキヤは、そのままシロウの両手を取った。
「シロウちゃん、子供たちとトオヤマさんにもお願いできる!?」
「ちょっと、マキヤさん! シロウは――」
「いいぜ?」
困惑顔で顔中にふりそそいだキスの跡を拭いながら、シロウは言った。
「けど、そこまでだかんな」
自ら制限を口にしたシロウに、シノブは目をぱちくりさせる。マキヤも黙って頷いている。
シロウは落ち着いた表情で続けた。
「あんたと、あんたの子供。それにトオヤマとその子供。俺が助けるのは、そこまで。あとはどれだけあんたと仲のいい友達でも、子供の大事な相手でも、それ以上はしない。それだけは、言っとく」
「そうだね。シロウが地球人じゃないとばれたら……GUYSの人はともかく、他の人たちがどう騒ぐかわからないからね。――マキヤさん、わかってると思うけど、敢えて言わせてもらうわ。絶対に、シロウが今言った以上のことは、私がさせません。いいわね?」
少し深刻な真顔で頷くシノブに、マキヤはしっかり頷いた。
「ええ。わかっています。……我ながら身勝手だとは思うけど、どうしてもトオヤマさんと子供たちだけは助けてあげてほしいの。それ以上はお願いしないし、このことは絶対に口外しない。だから、お願い。シロウちゃん」
「いいぜ。じゃあまずはさっきの病室に戻って――」
「待ちなさい」
立ち上がるシロウを止めたのはシノブ。
先に立っていたシノブは、その手に包帯を持っていた。
「な、なんだよかーちゃん。今いいって――」
「あんたじゃないよ。……マキヤさん、これを巻きなさい。あなたがその状態で院内を歩き回っていたら――」
「ああ、そうか。騒ぎになってしまいますね。じゃあ、シノブさん。お願いできます?」
そう言いながら、席に着く。
にっこり微笑んだシノブはその後ろに立って、マキヤの頭に包帯を巻き始めた。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
広い露天駐車場。
見渡す限り、というほどではないが普通の住宅地の2ブロック分ぐらいはありそうな面積のアスファルトの大地に白線と矢印が刻まれ、その囲いの中に何台かの車がぽつんぽつんと置いてある。
その駐車場を囲む金網の柵越しに、黒マントに黒い広鍔帽の男は立ち尽くしていた。
「……ここが……弟がアジトにし、エースと戦い、死んだ場所……」
町で聞いたとおりだった。
当時、弟が根城にしていた工場は、宇宙人の基地だったという噂から取り壊され、土地も40年ほどの間に人の手から手へ渡り歩き、いくつかの建物が建っては倒された挙句、今は駐車場になっている――
「……地球人の時間とは、なんとめまぐるしく早いのか……。だから事の真偽を深く考えもせず、偽善者を崇め奉るのだな」
セミの鳴き声も聞こえない、都会の黒き広場に黒いマントが踊った。
「だが、ここなら……レイガの知り合いもおるまい。さあ、仕切り直しだ。来い! ブラックピジョン!」
残暑の陽射し強き空に、羽のような空の欠片が舞った。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
病院。
まずトオヤマを目覚めさせ、二人のそれぞれの子供を癒したシロウは、トオヤマからも手厚いお礼を受けた。(お礼の内容にはあえて触れない)
その後は子供たちからのお礼もそこそこに、病棟を出てロビーへ降りてきていた。
シノブが、シロウの顔色の悪さとこの特殊な能力で騒ぎになるのを恐れてのことだった。
「――何よりのお見舞いになったねぇ」
そんなことを言いながら、いたって普通の見舞い客が帰るところを装いつつ、ロビーを横切ってゆく。
「何か食べて帰るかい?」
横に並ぶシロウは、左腕と右足の痛みを隠しながらのため、疲れた表情で頷くしかできない。
ふと、ロビーに置かれたテレビから聞こえる声に、気を取られた。
足を止めて振り返ったシロウに、シノブは怪訝そうにしてその袖を引いた。
「どうした? テレビが見たいのかい?」
「ああ……また怪獣が出たみたいだ」
シノブの表情が曇る。少し考えて、頷いた。
「そうかい。……でも、とりあえずここは出よう。マキヤさんたちのことが騒ぎにならないうちにね。テレビは、どこかよそで見ましょ。私に任せておきなさい。ささ、行くよ」
「あ、うん……」
シノブに促され、シロウは渋々歩き始める。
ロビーのテレビの前には、そうしている間にも人だかりが出来て、もうシロウの位置からでは画面が見えなくなっていた。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
病院玄関からそそくさと出てゆく母子の背中を見送る視線があった。
ロビーのソファに座る、右腕を三角巾で吊った女。
室内だというのに赤い野球帽をかぶり、サングラスをかけたその女は、テレビが告げる怪獣出現の報には一瞥もくれず、二人の後を追うように立ち上がった。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
GUYSジャパン・臨時ディレクションルーム。
警報が鳴り響く。
「――東京Y地区にレジストコード・大鳩超獣ブラックピジョン出現!」
シノハラ・ミオの報告に、ざわめきが広がる。
だが、それは一般隊員の声だった。
アイハラ・リュウはじめとするCREW・GUYSは、頷き合って立ち上がる。
「来やがったな! ――マサト! タイチ! 行くぞ!」
ヘルメットを小脇に抱えた二人が頷く。
「ミオ! ゴンさん! バックアップ頼むぜ!」
G.I.G、の声とともに5人は整然と動き始めた。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
東京Y地区。
異次元から出現した超獣ブラックピジョンが炎を吐き、辺りの住宅地を火の海に包んでいた。
恐慌の悲鳴を上げ、蜘蛛の子を散らして避難する人々を嘲笑うように、くるっぽーと呑気な鳴き声が響く。
そして、その破壊活動を背に、黒マントの男は笑っていた。
「はーっははははは!! いいぞ、やれ! その炎で偽善者どもをいぶり出せ! エースを呼ぶかがり火とするのだ! はーっははははは」
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
都内、マキヤ達が入院している病院に近い商店街――の大衆食堂。
お昼時だけあって、店内は結構混んでいた。
シノブとシロウは空いていた席を見つけて、滑り込む。
客のほとんどは、店の奥の棚の上に乗っかったテレビを見ていた。暴れている超獣の生中継映像。多くの人がご飯を食べながらも画面に集中している。店主やおかみさんも、働きながら画面を気にしていた。
「昨日の今日かよ」
「東京Y地区だって」
「うぇ、家に近いよ。やだなー」
「火事が起きてるみたいだな」
「GUYSはまだ来ないのか」
決して大きくはないが、不安げな言葉のやり取りが辺りでぼそぼそ行われている。
「――ここでいいだろ? ああ、あんたはそのままテレビ見てな。適当に見繕ってくるからね」
シノブはそういうと、テレビを凝視するシロウを残して料理を取りに行ってしまった。
セルフサービスという昔ながらの大衆食堂のシステムを理解していないシロウは、素直に頷いて言いつけ通りテレビに集中する。
画面の中では、大鳩超獣がまるでオモチャを踏み潰すかのように、地球人の家を壊していた。
逃げ惑う人々の姿が時折差し挟まれる。
それらを見ながら、シロウは顔の前で指を組んだ。
何かが引っかかっていた。
顔も良く知らない地球人のピンチなど、どうでもいい――はずだ。
『その人たちが傷ついたり、死んだりしたら……あたしたちはシロウに辛く当たるかもしれない』
『誰か知り合いが傷つけられたら……どうしたらいいか、わからなくなると……思います』
怒った顔のエミと、悲しそうなユミ。
けれど。
そんなことを言い出したら、レイガは地球を守るウルトラマンになってしまう。
恩とか、気持ちとか、損得計算とか、そういうものがあるから俺は戦うのだ。平和だとか、正義だとか、そんなもののためには戦いたくない。
だから。
でも。
それでいいのか。
二人にそんな顔をさせたままで。
とはいえ。
『お前……ウルトラ族のくせに、案外話のわかる奴だな』
『たとえ地球人でも、君が家族だというなら考慮しよう』
『【――私の復讐に、関係のない君を巻き込みたくはない】』
スチール星人との約束も重い。
お互いがお互いの約束を守った後だけに、余計に。ここでそれを反故にすることは、単なる裏切り以上の意味を持つ。一度約束を守って信用させておいてからの裏切りは、確かに効果的ではある。だが、だまし討ちの中でも最低最悪のやり方だ。
だまし討ち自体を否定はしない。かつて、メビウスを倒したのは、まさにその方法だったのだから。
だが、相手によるだろう。
自分が同情を寄せ、わずかなりとも心を通じ合わせた相手にそれをするのは、心が『許されない』と告げている。
だから。
自分は今、ここで悩むしかない。
例え、背後の席に誰かが座ったとしても――
椅子同士が少しぶつかって謝られたとしても――
かーちゃんがおいしそうな食事を運んで来てくれたとしても――
答えが出ない問いを延々考え続けなければならない。この頭のどこかに、この袋小路を突き抜ける何かがあることを期待して。
そうしている間にもブラックピジョンの破壊活動は続き――ふと、歓声じみた声が食堂に満ちた。
画面上を迫り来る三つの影。GUYSメカが出動していた。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
迫り来る大鳩超獣を見据えながら、ガンウィンガーのコクピットに乗るアイハラ・リュウは叫んだ。
「――タイチ! スチール星人がどこから出てくっかわからねえ! 周辺の警戒を怠るな!」
『G.I.G』
落ち着いた声が返る。
「マサト、最初から飛ばしてゆくぞ! メテオール解禁!」
『G.I.G! パーミッション・トゥ・シフト・マニューバ!』
ガンローダーのイナーシャルウィングが黄金粒子を振り撒いて展開される。
両翼の上下装甲版が開き、内蔵された大型ファンが回り始める。
『いくぞぉぉぉぉ!!! ブリンガー・ファン最大稼動!! 超電磁・た・つ・ま・きぃぃぃぃぃ!!!!』
両翼のファンのそれぞれから発生した荷電粒子の竜巻がうねり踊り、ブラックピジョンを捕らえた。そのまま、大きく引き抜いて戦闘の可能な造成地へと投げ飛ばす。
超獣はきりもみ状態のまま、造成地の崖に頭から突っ込んだ。
『いよっっしゃーーー!!』
「よくやった、マサト! タイチ、気配はあるか!?」
『今のところない』
「なら、このままプランAで行く! ガンフェニックストライカー、バインドアップだ!」
二人のG.I.Gが唱和して、三機のメカは空中合体を開始した。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
目が回ったのか、ブラックピジョンはそのまま立ち上がれず、しきりに地面を掻いてもがいていた。
「くく……そんな力があったのか。だが、甘い」
黒マントの男はそのマントを翻し、空に向けて右手を突き上げた。そして、指を鳴らす。
「今だ、やれ! ブラックピジョン!!」
途端に、もがいていたブラックピジョンはくるりと寝返りを打ち、上空に向かって翼を激しく打ち扇ぎはじめた。
巻き起こる激風。
押し寄せる空気の塊にあおられ、三機のGUYSメカは安定した機動を維持できない。無論、その状況での合体は不可能だった。
三機は衝突の危険を回避すべく合体シークエンスを途中で中止し、別々の軌道を描いて空域を離脱する。
「くそ!」
アイハラ・リュウは舌打ちを漏らした。
「風速60mでは、さすがに合体は無理かよ!」
『滝から落ちる大木に抱きついて、下の岩に叩きつけるような作業だからな』
いまいちよくわからない比喩はクモイ・タイチ。
『んー、それにさらに上から合体技とかするくらいの難易度? うんたらドッキングーって。はっはっはー』
虚しい空笑いはセザキ・マサト。
それぞれに突っ込みを入れることなく、アイハラ・リュウは指示を下す。
「こうなったら、ひとまずこのまま戦闘継続する! ――隙を見て、バインドアップだ!」
G.I.Gの唱和が通信回線を行き交った。