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ウルトラマンメビウス外伝 RAYGA

 第8話  誰がために その4

 落ちかかるビルの下から光とともに現れた巨大な人の姿が、それをがっしりと支えた。
 その重みに、思わず漏れる呻き声。片膝が崩れる。押し潰されそうに沈み込む身体。
 だが、その踏みしめた足の下に衝撃は伝わらない。
 足は、わずかだが空中に浮き上がっていた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 ガンウィンガーのコクピット。
 アイハラ・リュウは眼前に現れた光の巨人に、呆けたような表情を見せていた。
「レイガ……!! 来てくれたのか!!」

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 GUYS日本支部臨時ディレクションルーム。
「レジストコード・レイガ……もとい、ウルトラマンレイガです」
 こちらも呆けたように呟くシノハラ・ミオ。
 ミサキ・ユキは糸が切れた人形のように、すとんとパイプ椅子に腰を落とした。
「……よ、よかった……」
 その場にいる者全員の心の声を代弁するその言葉に、呆けていた周囲の隊員たちも思わず表情が崩れていった。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 現場にほど近い路上。
 郷秀樹は上げかけた右手をゆっくりと戻した。
 険しい表情で、ビルを支えているレイガを見つめる。
「……レイガ、いいのか。お前の身体は……」

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 両肩にのしかかるビルの残骸の重みに、レイガは動くことが出来ずにいた。
 迂闊に動けば、かろうじて浮き上がっている足が地面についてしまう。もしくは、バランスを崩してしまい、せっかく支えたこの大きな残骸を墜としてしまいかねない。
 重みだけではない。
 左腕から肩にかけて、右足から腰にかけて、内側から破裂しそうな激痛が炸裂している。
(……こ、これが――ジャックの言っていた……俺の身体が……分解している証…………その痛み……!!)
 すぐ前にふわふわ浮いている機体のコクピットに、見知った顔が見える。確か、地球人の防衛隊の隊長で……リュウとか呼ばれていたはずだ。
 その顔が安堵に緩んでいるのを見て、レイガはむしろ腹が立った。
(ぬぐ……く、くそ、勘違いしてやがる。絶対勘違いしてやがる顔だろ、それは! 俺はお前なんかのために出てきたわけじゃねえんだからな……!)
 レイガは動けぬままに、目線を下げた。
 出来る限りの透視能力を使い、周囲の様子を見透かす。
 このでかい瓦礫をどこへ下ろすにしても、地下通路に影響のないところでなければならない。この辺りに適当に放り出すなどもってのほか。出来れば樹木がうっそうと生い茂って、ある程度クッションの役目を果たしてくれる場所が――
「【……ウルトラマンジャック……? ではないな?】」
 宇宙人同士だけに通じる声が、背後から届いた。
 振り向けないが、誰の声かはわかる。スチール星人のものだ。
 肩越しにちらっと見やると、スチール星人は怪訝そうに小首を傾げていた。
「【ウルトラマンジャックはシルバー族のはず。お前のその体色は、明らかにブルー族のもの。何者だ? ひょっとして、最近宇宙警備隊に入ったというウルトラマンヒカリ――】」
 問い質しながら慎重に、スチール星人のゆっくりと重心が横に移動する。右足が上が――
「デアッ!!(動くなっ!!)」
 気迫のこもった叫びに、スチール星人の動きが止まった。右足を上げる前に。
「【……なんだと?】」
「【今、俺達が迂闊に動けば、この真下にある地下道が崩れ、そこにいる人間が埋まっちまう。だから、動くな】」
 レイガもまた、スチール星人に合わせて、地球人には聞こえない声で答える。
「【それから、俺は……レイガだ】」
「【レイガ? レイガだと? ……さっきのあのレイガか?】」
「【そ、そうだ】」
 ビルの重みにまた少し、身体が屈む。
 スチール星人はうろたえたように手を指し伸ばす。
「【だが、なぜだ。なぜ君がここに現れる? なぜそれを支える? ……そうか。ああは言っていたが、やはり地球人を守るために】」
「【違う】」
 首を横に振るレイガ。しかし、スチール星人もやるせなく首を横に振る。
「【私はお前を信じて、あの場所で暴れることをやめた。なのに、お前は……――この、裏切り者め】」
「【だから、違うって。いいから、ちょっと話を――】」
「【もはや問答無用! まずお前から血祭りに上げてやろう!!】」
 叫ぶなり、スチール星人は手を振った。上空で待機していた超獣が一声鳴いて、火を噴いた。
 紅蓮の火炎がビルを支えるレイガを――包まなかった。
『やらせるかよっ!!』
 レイガが支えるビルの瓦礫の下から飛び出したガンウィンガーが、ブラックピジョンに襲い掛かった。
 ビークバルカン、ウィングレットブラスターの連射がブラックピジョンに炸裂し、のけぞらせる。
『レイガ、こいつは任せろ! お前はそのでかいのを頼む!』
「【ちょっと待て、誰がそんなことを頼んだ! いいから誰も動くなって――】」
 叫んだものの、地球人にはおなじみの『ジュワッ!! シェアッ!!』としか聞こえない。
 止める間もなく、上空で戦闘を始める一機と一体。
「【――やはり地球人とグルだったか!!】」
「【だから違うっつってんだろうがっ! お前も人の話を聞け! ここで暴れるな! ……ぐぅっ】」
 振り返りながらの姿勢に無理が生じ、ビルの残骸がぐらりと傾ぐ。
「【嘘つきの指図は受けん! ――ブラックピジョン! その飛行体を撃墜するのだ!】」
「ぽろっぽー」
 スチール星人の指示に従い、超獣が火を吹いた。
 華麗に躱し、反撃のビークバルカン、ウィングレットブラスターの連射が炸裂する――流れ弾がアスファルトやビルの残骸を穿つ。
 決して小さいとはいえない震動が、レイガの足の下を走り抜ける。
「【ちょ……】」
 無傷のまま爆煙を掻き分けたブラックピジョンの反撃は、羽ばたき。秒速60mの風が吹き荒れる。
 抱えたビルの残骸が、右へ左へ大きく揺れ動き、レイガが苦悶の呻吟を上げる。
 風圧に狙われたガンウィンガーは、巻き込まれる前に頭上方向へと翔け上がった。
 先ほどヤマシロ・リョウコがやって見せた通りに、そのまま途中で180度反転し、真っ逆様に落ちて来る。
 一声鳴いて迎撃のために上昇するブラックピジョン。
 ばら撒かれる弾。上昇のために発生した下降気流。それに――先ほどと同じタイミングで飛び蹴りを放つべく、踏み出そうとするスチール星人。
 大地が震え、揺れ――
 振り返ったレイガは、支えていたビルの残骸を力任せに投げ飛ばした。

「待てっつってんだろうがぁっっ!!」

 今しもガンウィンガーと交差しようとしていたブラックピジョンを横殴りに襲う、隕石じみたコンクリートの塊。
「く、くっるくぅぅうぅぅ〜」
『どぉわっっ!!』
 ガンウィンガーもほぼ直撃のタイミングではあったが、操縦者の誇る持ち前の超絶操縦技術で機体を捻り、何とか躱す。
 先ほどのガンローダーとは逆に、横からの不意打ちを受けたブラックピジョンは、ビルの残骸を抱いたような格好で高層ビル街を飛び越え、その向こうに広がる大都会東京では珍しい緑の空間――皇居のお堀に墜落した。
『な、何しやがる、危ねえだろうがっ!!』
 そう叫ぶ地球人を無視して、レイガはスチール星人と向かい合っていた。右手で左肩を押さえ、片膝立ちで大きく肩を上下させている。無論、その膝も足の裏も接地してはいない。
 寸前でレイガの動きに気づき、危うく踏み切りを思いとどまっていたスチール星人も、驚いた様子でレイガを見ていた。
「【貴様……! よくも我が下僕を!!】」
 怒りに燃えて拳を握るスチール星人に対し、レイガは手の平を見せてその行動を制する。
「【だから、話を聞けって。俺はお前と事を交えに来たんじゃないんだってのに】」
「【何を今更。今も先に手を出したのは貴様だろうが!】」
「【だからよ、ここで戦ってもらっちゃ困るんだよ。あいつだけにしかあたらなかったのは悪いと思ってるが――】」
「【聞く耳持たん!! ――ふふん、その呼吸……その様子。どうやらどこか傷を負っているのか、調子を崩しているようだな。だが、攻めさせてもらうぞ。よもや卑怯と罵るまいな? 貴様とて、私をたばかり油断を誘うような卑怯者。……それに、復讐の成就という崇高な目的のためならば、私は敢えてその汚名、かぶる覚悟がある!!】」
 朗々と謳い上げるスチール星人の言葉を半分聞き流しながら、レイガは再び辺りの様子を透視で確認した。
 やはり、今の震動だけでもあちこちでいくらかの崩壊が起きている。
 レイガは覚悟を決め、すっくと立ち上がった。
「【……わかった。どうしても戦いたいなら、相手になる。その代わり、場所だけでも移させてくれ】」
「【その手に乗るものかっ! 言ったはずだ、地球人などどうなろうと知ったことではない! 行くぞ!!】」
 構えるなり、地響きを立てて駆け寄ってくるスチール星人。
(くそったれ。やるしかねえのかよ)
 レイガは拳を握り締めた。
 今の状況では、奴をなるべく素早く叩きのめすしかない。
 だが、出来るか。
 殺してしまうことなく、叩きのめすだけで済ませられるか。
 脳裏に血反吐を吐いて倒れた地球人たちの姿がフラッシュバックする。
 恐れが甦り、その拳を震えさせる。
(大丈夫……奴は地球人とは違う。防御力に関しては、それなりにあるはずだ。さっきだって……)
 いきなり、駆け寄ってくるスチール星人の頭頂部近くから、炎が噴き出した。
 それを白く輝く左手で払いのけ、握り締めた右拳を放つ。
 しかし、それは空を切った。レイガの頭上をトンボを切って越えてゆくスチール星人。
「【しまっ……】」
 躱されたこと自体はどうでもいい。跳ばれたことが最悪だった。
 スチール星人が着地した時の衝撃は計り知れない。下手をすると地下街全部が陥没――
 マキヤとトオヤマが、崩れ落ちる土砂瓦礫の下敷きに生き埋めになってしまう想像が脳裏をよぎる――
 もう迷っている暇などなかった。
 脳裏に甦る幾多の光景の中から、最適な行動を選択する。
 右拳を引き戻す反動をそのまま、左足を後方へ突き出す力に換えて――
「ジェアッ!!!」
 背後に着地しようとしたスチール星人を、レイガは着地前に渾身の(といっても手加減できないのだが)後ろ蹴りで蹴り飛ばした。
 そんなギリギリの瞬間に攻撃を食らうとは思っていなかったのか、スチール星人は全く無防備な胸板でその一撃を受け止めた――受け止めてしまった。
 レイガの左足に伝わる、強力な手応え。何かが折れ、砕ける感触。
「【お……ぐああっっ!!??】」
 一つの弾丸と化したスチール星人は、倒壊したビル街の間を吹っ飛び、下僕と同じ皇居に落着した。
 受身が取れなかったのか、今の一撃が強すぎたのか、起き上がれずに身悶えるスチール星人にレイガが飛ぶ。
 その脇を、ガンウィンガーが駆け抜けた。
「!?」
『とどめは任せろ、レイガ! ――メテオール発動! パーミッション・トゥ・シフト! マニューバ!!』
 ガンウィンガーが金色に輝き、機体のあちこちから小さな翼が展開される。挙動が揺れ、残像が尾を引く。
『スペシウム弾頭弾――』
「デュワワッ!!(余計なことをするなっ!!)」
 発射態勢に入って挙動が安定したその瞬間、レイガはガンウィンガーを横殴りにひっぱたいた。
 いかに超絶技巧の操縦技術の持ち主といえど、予想だにせぬその一撃を躱すことは出来なかった。
 そのままお堀の中に墜落するガンウィンガーを一瞥もせず、レイガはスチール星人の傍に着地する。
「【レ、レイガ……お前は……】」
「【――動くな。今治す】」
 胸を押さえて身を起こそうともがくその傍に片膝をつき、右手を差し伸ばす。
 白く輝く光を浴びたスチール星人は、たちまちもがくのをやめた。
「【痛みが……引いてゆく……? だが、なぜ……?】」
「【すまん。さっきもそうだが、とっさの攻撃は手加減できなくてな】」
「【お前は……なにがしたいのだ?】」
 怪訝そうなスチール星人に、レイガは皮肉っぽい笑いを漏らした。
「【ふ……邪魔をして悪いとは思ってる。けど、俺にも退けない事情があってな】」
 顔を先ほどまでの戦場に向ける。戦いの残滓たる、粉塵たなびく瓦礫の空間を。
「【あそこの地下に、地球人が作った通路がある。そこに知り合いが閉じ込められた。あの怪獣が出現したせいだ】」
「【知り合い……? さっき言っていた、守りたい家族というやつか】」
 頷くレイガ。
「【ああ、そうだ。しかも直接、助けを求めてきた。だから、俺はここへ来た】」
「【……ならば、なぜ私の邪魔をした? さっきのビルの残骸も、君の知り合いのいないところに下ろせば済む話だろう。ブラックピジョンにぶつけ、さらには私をここまで吹っ飛ばす必要はないはずだ】」
「【どこにいるのか、わからねえんだよ】」
「【…………? 何を言っている】」
 回復してきたのか、身を起こすスチール星人。
「【噂に聞くウルトラ族の超能力を使えば、その程度のことなど――】」
「【言ったはずだぜ。俺は光の国からの逃亡者だ。そんな訓練は受けてねえ。ちょいとかじった透視能力で見つけられたとしても、地面の下の、崩れかけのトンネルの中から、小さな地球人数人だけを救い出すなんて繊細で器用な力の使い方は、出来ねえんだ】」
「【なんと……そうか。それで、どこに下ろすわけにもいかぬから、ずっと……】」
「【ああ。そういうわけだ。……救出自体は地球人に任せるしかない。俺に出来るのは、この戦いを止めることだけだった】」
 白い輝きが消えた。疲れ切ったように、もう片膝をつくレイガ。相変わらず肩の上下が大きい。カラータイマーも点滅を始めた。
 スチール星人はその間に立ち上がり、自分の胸を押さえる。
「【……ふむ。見事だ。どうやら私の早とちりだったようだな。裏切り者、卑怯者呼ばわりしたこと、謝ろう】」
 そう言うと、右手を一払いした。瓦礫の下でもがいていたブラックピジョンの姿が消える。
「【スチール星人……】」
 立ち上がったレイガはスチール星人に頭を下げた。
「【こちらこそ、手加減できず悪かった】」
「【いいさ。それだけ必死だったのだろう? ……君の言い分はわかった、この場は退こう】」
「【ありがとう。恩に着る】」
「【なに、どちらにせよウルトラマンジャックは出て来なかったのだ。いい潮時だろう。それに――約束だからな】」
 スチール星人はレイガの肩に手を置いた。
「【正直なところ、今の君の説明が嘘か真か、私にはわからない。だが、君の行動は信じるに足るものだ。だから、今回は君の言葉を全面的に信じる】」
「【……この借りはいつか、必ず返す】」
 だが、スチール星人は首を横に振った。
「【いや、いい。君だって必殺技も使わなかったし、こうして治してくれもした。これで十分だし、そもそも君が言っていただろう。大事な人が巻き込まれたらウルトラ族の力を以って救い出す、と。その宣言通りのことをしただけだ。借りも貸しもない。それに――】」
 一旦言葉を切って、傍らに顔を向けるスチール星人につられ、レイガもそちらを見やった。
 お堀の中に座礁しているガンウィンガー。
「【――私の復讐に、関係のない君を巻き込みたくはない。これ以上私の味方をすれば、この星での君の立場がなくなる。それは、君を匿っている家族にとってもよくない】」
「【……………………】」
「【家族を大切にしたまえ、レイガ】」
 そう言うと、もう一度レイガの肩を叩き、スチール星人は姿を消した。
 レイガも一つ頷いて、姿を消した。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 臨時ディレクションルーム。
「――アイハラ隊長、無事です! 返答ありました!」
 イクノ・ゴンゾウの声に、呆然と画面を見詰めていたミサキ・ユキ総監代行は我に返った。
 続けてシノハラ・ミオの報告が上がる。
「星人の撤退を受けて、地下街の救出活動を開始! 各地自治体からの応援も続々出発しています」
「整備班と医療班を各GUYSメカに派遣して、隊員と機体の応急処置を!」
「ミサキ総監代行、レイガの件はいかがいたしましょう?」
『――レイガの件は俺に任せてくれ』
 正面パネルに映ったのは、クモイ・タイチだった。
『なら、俺も行くぜ』
 すぐにその隣にアイハラ・リュウが割り込む。ヘルメットを脱いだその額に、血が滲んでいる。
「リュウく――アイハラ隊長!! 大丈夫なの!?」
 ミサキ・ユキの言葉に、アイハラ・リュウはサムズアップで応える。
『この程度、どーってことないっス。それより、あいつ……このままじゃすまさねえ』
「……アイハラ隊長……」
 アイハラ・リュウの怒りのボルテージが天井知らずに上がっていることを、ミサキ・ユキは画面越しにでもひしひしと感じていた。
 このまま行くなと言っても、おそらく彼は単独行動してしまう。隊員時代から、そういう男だった。
 レイガが先の戦いで地球人の味方をしてくれたことは、報告で聞いている。アイハラ隊長も知っているはずだ。ニセウルトラセブンの時には、共闘もしている。だからこそ、なぜこんな真似をしたのか、自分で問い質さないと気が済まないはずだ。
「……わかったわ」
 ため息混じりにミサキ・ユキは頷いた。
「ただし、二つ条件がある。いい?」
『なんです?』
「一つ、医療班の到着を待って、応急処置を受けること。二つ、必ずクモイ隊員と行動すること」
『……G.I.G』
『では、俺はそちらに行かず、隊長と合流する』
「お願い」
 通信が落ちる。
 すぐに、ミサキ・ユキはイクノ・ゴンゾウに指示を下した。
「イクノ隊員、アイハラ・リュウ隊長の状況をモニター。一人で動かないように、見張っていて」
「G.I.G」
「よろしい。では……GUYS日本支部はこれより、地下街に閉じ込められた人たちの救出に全力を傾けます。シノハラ隊員、管制補助よろしく」
「G.I.G。――ゴンゾウ隊員、地下街の基本構造・耐震それと現状の損傷データいただきます」
 水を得た魚の如く、シノハラ・ミオの指がありえないほどの速度で動き始める。
「進入計画立案まで、30……いえ、10分お待ち下さい」
 モニター画面にいくつものウィンドウが次々と開き、映り込んだメガネのレンズが白く光る。
 長い半日の始まりだった。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 地下街入り口。
「……ここか」
 崩落し、瓦礫に埋まった地下街への階段前に、黒い鍔広帽で黒マントの男が立っていた。
 そこビルの中から通じる入り口だったが、現在、そのビル自体が瓦礫の山に変わっていた。見上げれば、空さえ見える。
「ふむ。とりあえず、見つからぬ程度にいくつか空けておくとしよう」
 黒マントを振ると、そこにうずたかく積もっていたコンクリートと鉄筋の塊の山が消えた。
 ぐしゃぐしゃに砕けた扉の枠と、その奥の閉じられた防火扉が露出した。
「ここはこれで――む!?」
 立ち去ろうと振り返った黒マントの男は、背後にいつの間にか立っていた男に気づき、身構えた。
「……物体転移能力か」
 そう問うたのは、革ジャンにサングラスをかけた長身の男。
「誰だ――いや……地球人ではないな? ウルトラマンジャックか」
「そうだ」
 頷いた男――郷秀樹はサングラスを外し、胸ポケットに収めた。
「そういうお前はスチール星人だな? こんなところで何をしている?」
「見ての通り、瓦礫の撤去だ」
 それ以外にどう見える、と言いたげに両手を広げて辺りを示す黒マントの男。
「なぜだ?」
「なぜ? 変なことを聞くのだな? お前もウルトラマンだろう。大好きな地球人を救うための道は多いに越したことはないんじゃないのか?」
「もちろん、そうだ。だが、この惨状はお前がやったことだろう。そんなことをするなら、最初から暴れなければいい」
「……約束だからな」
「約束?」
「そうだ。この星に来て交わした、たった一つの守るべき約束だ。そのためにあの場は退いた。だが、それだけでは私の気持ちが収まらぬのでな。私の引き起こした事態なのだから、出来る限り私が償っておくべきだろう」
「わからないな。スチール星人、お前は一体何をしに来たんだ?」
 怪訝そうな郷秀樹に、スチール星人は帽子の鍔の縁越しに憎々しく目を細めた。
「……何をしに来た? ふん、そうだろうな。貴様らウルトラ兄弟は、自分が殺した相手にも家族がいることなど、考えもすまいな。その家族がどれだけ深く貴様らを憎んでいるかも」
「殺された……?」
「貴様の弟、エースにだよ!!」
 こらえきれぬように叫んで、黒マントを翻す。
「この星が銀河法の支配下にない、無法地帯であるのをいいことに、貴様の弟エースは――いや、そもそも貴様らウルトラ兄弟は、悪は問答無用で葬ればいいと思っているのだろう!! 罪の軽重など量ることなく、裁きといえばお得意の超能力で葬るだけ。その思い上がりを、私は叩き潰しに来たのだ!!」
 郷秀樹の表情が曇る。目がわずかに細まった。
「……狙いは地球ではなく、俺たちウルトラ兄弟か」
「そうとも。だが、私が本当に復讐したいのはエースだけだ。ジャック、貴様ではない。貴様も色々な恨みにまみれてはいようが、そうした他人の恨みまで代わって晴らしてやろうと思うほど、私は酔狂でも無分別でもない」
「エースと戦いたいなら、なぜ地球に来た?」
「なぜ? さっきからなぜなぜなぜなぜ、そればっかりだなジャック! ああ、なにか? 私が光の国へ攻め入るのが難しそうだから、攻めやすそうな地球を狙ったとでも!? はっ。そうだ……お前たちはそうやって、我々を見下し続けるのだよ。犯罪者など、その程度のものだと!! ああ! ああ!! 実に腹立たしい! 実に苛立たしい!!」
 両手を突き上げ、吼えるように叫ぶスチール星人。
「なぜ!? 決まっているだろう! 弟は! ここで!!」
 大きく持ち上げた足を二度、床に叩きつけるようにして踏みしめた。そして、怒りに歪んだ顔を上げ、かっと郷秀樹を睨みつける。
「殺されたからだ! この星の、この島の、ここで!! 弟を殺したおかげで、貴様らは英雄様だ! だから、貴様らが偽善者面して登場しやすいように地球人の街を壊してやったのだよ!」
「だが、ここにエースはいない」
「らしいな」
「知っていて……あんな破壊活動をしたのか」
「貴様らを英雄扱いするような連中の生き死になど、知ったことではない。そして、貴様が地球駐在のウルトラマンだというのなら、貴様を倒して次のウルトラマンが来るのを待つだけだ。……エースが出て来るまで、何度でもな。だから――」
 スチール星人は不意に言葉を切って、郷秀樹に指を差し向けた。
「エースを呼べ、ジャック。貴様がエースを呼ぶなら……貴様は見逃してやる。いや、地球人の街を破壊するのも思いとどまってやってもいい」
「……………………」
「ウルトラ兄弟の面子にかけて、悪党と交渉はしないか? 私は別にそれでもいいぞ。破壊活動を続けるだけだ」
 マントを翻す――
「待て」
 郷秀樹の声に、スチール星人の動きが止まった。出方を窺うように、マントを翻した姿勢のまま、視線だけ郷秀樹を見ている。
「あの超獣は……どうやって手に入れた」
「その問い……その表情…………ああ、そうか」
 失望の吐息がスチール星人の唇を割る。首を左右に振りながら、答えた。
「貴様、私がヤプールの尖兵として来たのかもしれない、と、それを恐れているのだな? これほどの憎しみを燃やしている私を見ずに、ヤプールを!! この私の怒りが、憎しみが、あの悪意の塊のような異次元人のそそのかしによるものではないかと疑っているのだな!? まったくふざけた話だ!!」
「待て、スチール星人! それは――」
「貴様らに殺された被害者の、悲しみ嘆き怒り狂う親族を前にして、お前よりお前の黒幕が怖いと、そう言うのだな!? それがお前の本音なのだろう!? 地球人びいきのウルトラ兄弟め! いいとも、私は寛大だ! 教えてやる! 教えてやろう!!」
 再び郷秀樹に向き直ったスチール星人は、両手を突き上げた。そうして、指を突きつける。
「あれは、弟の遺産だよ!」
「遺産?」
「そうとも! ヤプールは弟に超獣製造機、テリブルミキサーという機械を与えていた! しかし、弟はそれを使わないままエースに殺されてしまった……いや、元々使うつもりなどなかったのかもしれない。あいつは確かに嫌がらせをするのが好きだったが、それを他人任せにするようなことだけはしなかったからな。ともかく、残されたそれを使い、私があの超獣を作ったのだ。弟の遺産で弟の仇を討つ。なかなか出来たシナリオだとは思わないか?」
「そうか……。今回の件にヤプールが介在しないことは、よくわかった。しかし、ヤプールの技術を使うのはやめた方がいい。お前自身が気づいていないだけで、ヤプールの残留思念による精神汚染は――」
「貴様の指図は受けん、ウルトラマンジャック!!」
 黒いマントが翻り、その中から先ほど消された瓦礫のいくつかが飛び出した。人間の頭部ほどもあるコンクリートの塊や、鉄筋の生えた塊、壊れた看板などが郷秀樹を襲う。
「!!」
 とっさに腕で頭部をガードする郷秀樹。
 しかし、幸いにか、あるいはスチール星人の狙い通りにか、それらが郷秀樹に当たることはなかった。
「超獣を作る材料はこの地球でいくらでも手に入る。エースが来るまで、俺は破壊し続ける。貴様に超獣が倒せるかな? くくくく……」
 郷秀樹が背けていた顔を戻した時には、黒マントの男は消えていた。笑い声の余韻だけを残して。


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