ウルトラマンメビウス外伝 RAYGA
第8話 誰がために その3
同時刻――都内の繁華街。
地下鉄の改札口を通るトオヤマ一家とマキヤ一家の姿があった。
トオヤマ家の姉妹とマキヤ家の姉弟、計4人の幼稚園から小学校中学年の子供たちのはしゃぎように、二人の母親は楽しげに微笑む。
お互い両手を子供とつなぎ、階段を上がってゆく。その先は地下の飲食店街。
通路の両側に並ぶショーウィンドウの中には、家では食べることの出来ない様々なメニューが所狭しと展示されている。
それは、子供にとっての夢の国。
「じゃあ、ちょっと遅くなったけど、お昼ご飯食べましょうか。お買い物はそれからね」
マキヤの言葉に、先ほどからせわしなく左右を飛び交っていた子供たちの視線が、さらに落ち着きを失う。
「マキヤさぁん、まずは駆けつけ――」
「ダメ」
甘えた声を出したトオヤマに、マキヤは寸前のにこやかな母性たっぷりの笑みが嘘のようにジト目で睨んだ。
「子供がいるのにお酒は不許可に決まってるでしょ。大体、あなたがどこから駆けつけたってのよ」
「ふーんだ。お酒だなんて言ってないもーん」
「じゃあ、何を駆けつけ三杯いく気だったのよ」
「え、ええと……コーヒー?」
「ご飯食べる前に胸焼け起こすわよ。……さ、みんな食べたいの決まったかなぁ?」
鮮やかに表情をコロリと変えて、四人の子供たちに笑いかけるマキヤ。
一斉に子供たちは手を上げた。
「あたしハンバーグ!」
「おこさまらんちー……」
「とんかつーとんかつー!」
「おうどん〜」
「じゃあ、わたしはケーキで――」
「はい、トオヤマさん。ケーキはお昼ご飯ではありません」
「え〜。いいじゃ〜ん」
「子供の前だっつーとろーが」
ぺし、と手刀で額に突っ込みを入れられ、口を尖らせたトオヤマの姿に子供たちが笑う。
「ん〜、と。――じゃあ、あそこのグリルに行きましょうか」
マキヤが通路の片隅を指差す。入り口脇のショーウィンドウには、子供たちがそれぞれに希望した料理が並んでいた。
それを一瞥して、トオヤマが唸る。
「すごい、グリルなのになぜかうどんがあるわ」
「いいじゃないの。手間がかからなくて。――わたしはじゃあ、オムライスでもいただこうかしら」
子供たちを押し立てて、マキヤが店に入ってゆく。
トオヤマはショーウィンドウをじっと見つめて、一つ頷いた。
「ん〜……じゃあ、わたしはナポリタンにしておくわ。あ〜、お腹すいた〜」
しかし、この中の誰一人として今日の昼ご飯を食べられないことになろうとは、そのときの彼らには知るよしもなかった。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
マキヤ・トオヤマ両家が地下飲食店街のグリルに入店した五分後。
その直上の地上ビル街に、この暑いのに黒マントをまとった怪しげな男の姿があった。
行きかう人々の合間でもそれとわかるほど異様な雰囲気を放つその男。
しかし、周囲の人間はちらりと見やるだけで特段の興味を示してはいない。
マント男の後ろを、メイド姿の少女がチラシを配りながら歩いてゆく。
風景に対する違和感という点では、男より目立っていた。
「……さて、始めるか」
黒マントが翻り――ビル街の上に広がる青空が砕けた。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
GUYS日本支部臨時ディレクションルームに緊張が走った。
正面巨大パネルに映る異常事態。
空が割れて、舞い散っていた。鳥の羽根のように。
「東京都心直上の空間異常感知!! これは――ヤプールの侵攻!?」
シノハラ・ミオの悲鳴じみた声、鳴り響く緊急警報。急にルーム内を右往左往し始める一般隊員……とトリヤマ補佐官。
「ヤプール!? ヤプールとはあれかね!? 空をパリーンと割って登場する!? あれはもう出現せんのではなかったのかね!? マル! どうなんだ!?」
「そうです! ミライ君がいたときに、メテオールのディメンジョン・ディゾルバーで半永久的に異次元へ繋がる回廊を閉じたはずです!」(※ウルトラマンメビウス第26話)
「じゃあ、なんで東京の空が割れておるんだ!?」
「そ、それは私に聞かれましても……」
詰め寄られてしどろもどろのマル補佐官秘書。
「――シノハラ隊員、状況報告を!」
ミサキ・ユキ総監代行が入室してきた途端、(その場のトップ二人のせいで)うわつき気味だった空気が引き締まった。
三角メガネを白く輝かせたシノハラ・ミオの指が、華麗のコンソール上を踊る。
「過去のドキュメント報告内容から考えて、超獣出現の前兆現象と判断されます! ただし、まだ超獣本体は未確認……いえ、空間破片が!」
メインパネルの映像が舞い散るような空間の割れ目をズームアップする。
それらが集まり、巨大な怪獣の姿をオレンジ色の影としてかたどる。
その場にいる者達が息を飲んでいる間にも、シノハラ・ミオはヘッドセットでの通信を進めていた。
「ミサキ総監代行! たった今アイハラ隊長、ヤマシロ隊員、セザキ隊員がそれぞれ機体に乗り込みました。順次発進します!」
「作戦のブリーフィングもなしだけれど……今は時間が惜しいわ。承認します! でも、各機との回線を維持しておいて! 緊急事態につき、このまま通信回線にてブリーフィングを行います」
「G.I.G! ――あと、現状での超獣出現後20分の被害予測地域はこれです!」
メインパネルの画面が左右に二分割され、片方にCGによる都心ビル街模式図が出現した。その中心から、ドーム状のオレンジ部分が一定範囲に広がる。
ミサキ・ユキ総監代行は一つ頷いてトリヤマ補佐官を見やった。
「トリヤマ補佐官! 被害予測地域とその周辺10km以内の全住民避難の指揮をお願いします! 出来るだけ迅速に、けれどパニックによる混乱は最小限に抑えてください!」
「はっ、わかりました! おまかせ下さい!!」
先ほどのうろたえぶりが嘘のようにしっかり返事をしたトリヤマ補佐官は、マル補佐官秘書を伴い慌てて出てゆく。
その間に休憩中だったイクノ・ゴンゾウが戻ってきた。
「遅れました!」
素早くシノハラ・ミオの隣、GUYSメカのナビゲーション席に滑り込む。
「シノハラ隊員、三機のナビは私が」
「お願いします、イクノ隊員。私は状況分析に集中します」
「コントロール、受け取りました。――それから、ミサキ総監代行! 報告があります」
ヘッドセットをかぶったイクノ・ゴンゾウは、ミサキ・ユキ総監代行を振り返った。
ミサキ・ユキ総監代行は険しい表情でイクノ・ゴンゾウを見返す。
「今の事態に関係していることなら聞きます! それ以外なら、悪いけれど後回しにしてください」
「おそらく関わりがあろうかと思われます。今しがた、クモイ隊員より連絡がありました。P地区で起きた金属物ばら撒き事件は、レジストコード・宇宙超人スチール星人とレイガの戦闘の結果だったそうです。さらに、そこから姿を消したスチール星人が、何らかの活動をする可能性が高いとの情報を得たとのことです」
「じゃあ、これは……」
「タイミング的に見て、スチール星人の仕業である可能性が――」
「――超獣、出現! 避難誘導、間に合いません!!」
シノハラ・ミオの声に、その場にいた者の瞳は一斉にメインパネルへと吸い寄せられた。
巨大な影が実体化し、アスファルトで覆われた東京の道路上に突如巨大な超獣が出現した。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
都心・地下飲食店街のグリル。
トレイに料理を載せたウェイトレスが、トオヤマ・マキヤ両家母子の座る席へやって来ていた。
「こちら、ハンバーグセットとおこさまランチになります。それから、スペシャルうどんセットは――」
「ぼくー」
マキヤ家の弟が嬉しそうに手を上げる。
その瞬間。
突き上げるような衝撃に、店内の時が止まった。
店の中の何もかもが――テーブルも椅子も飾りも、人も荷物も、そしてもちろんトレイの上の料理も、トレイを持ったウェイトレスごと――その衝撃で浮き上がり、次の瞬間床に叩きつけられていた。
ガラスのショーウィンドウ、入り口の自動ドアが砕け散り、食器が叩きつけられ、ちょっとしたシャンデリア風の照明器具が天上にぶち当たって破片を店内にばら撒く。
悲鳴が交錯し、地下街のどこかが崩落したのか、灰色の粉塵が割れた窓や入り口から吹き込み、最後には照明が二、三度瞬いて消えた。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
東京P地区・オオクマ家。
「ただいま〜」
帰ってきたシロウは、漏れ聞こえるテレビの声を頼りに自分の部屋まで戻った。
すると、シノブがちゃぶ台を出してテレビを見ていた。
シノブはシロウの顔を見ると、立ち上がった。
「あら、おかえり。もういいのかい、エミちゃんとユミちゃんの方は」
麦茶を入れてくるよ、と言いながら台所へ向かうシノブ。
入れ替わるようにして部屋に入ったシロウは、ふとテレビ画面を見やった。
昼過ぎのビル街に、巨大な影が映っている。
「あん? また怪獣か?」
「そうだよ。いきなり出現したんだとさ」
台所からの声に、シロウはふぅんと生返事を返してちゃぶ台についた。
ニュースに映っているのは、鳥のような怪獣だった。
以前戦った火山怪鳥テロチルスより鳥といえば鳥らしいが、なにやら不自然な……生物としての違和感が付きまとう姿をしている。
腹部と襟元、背中が赤、喉元と両腕から腰にかけて緑、脚部が青、そしてそのそれぞれが羽毛だか鱗だかよくわからぬ飾りで覆われていた。臀部には五枚の尾羽がひらひらと踊っている。
頭部は白い短毛で覆われている。丸く大きな白眼の真ん中に前を見ていない小さな瞳。後方に長く伸びたトサカ、そして、今日も神社の境内や公園で聞いた、おなじみの鳩の鳴き声――ここまではとりあえず鳥の特徴といえる。
しかし、背中の背骨に沿って続いている背びれ、腹部から突き出した一本の突起物(身長比で考えて10mは優に超えている)、翼の先の三本指の爪に関しては、鳥とは言いがたい。
画面の中、その怪獣はビル街で暴れ回っていた。いくつものビルが倒壊し、爆発が連続し、炎が踊っている。
「大変だねぇ、これは」
戻ってきたシノブは、麦茶の入ったグラスをシロウの前に置いた。
「今日は休日だし、都心ともなればいっぱい人がいたはずなんだけど……大丈夫かしらねぇ」
「ま、運が悪かったと思うしかないだろ。ガイズだっけか? そいつらも来るだろうし」
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
GUYS日本支部臨時ディレクションルーム。
シノハラ・ミオの声が響く。
「アーカイブ・ドキュメントTACに同種族確認! レジストコード・大鳩超獣ブラックピジョンです!」(※ウルトラマンエース第18話登場)
「ということは、やはりヤプールが絡んで……?」
ミサキ・ユキ総監代行が唇を噛む。
「総監とフェニックスネスト不在のこんな時に……アイハラ隊長たちに連絡! 敵はただの怪獣ではないわ! 注意して!」
「G.I.G。――隊長! 敵の詳細情報を伝えます!」
イクノ・ゴンゾウが出撃準備中の三人に連絡している間に、黙ってコンソールを叩き続けるシノハラ・ミオ。
やがて、その表情が歪んだ。
「ミサキ総監代行! ブラックピジョンの足下直下の地下街で緊急事態発生!」
「どうしたの!?」
「おそらく、超獣の出現時の衝撃によるものと思われる内部の崩落・電気系統の異常により、非常用防火・耐震シャッターが誤作動、地下街の一部エリアを封鎖! 内部は完全に孤立! 閉じ込められた人の数は……正確なものは出せませんが、閉鎖されたエリア内の飲食店の数、休日の昼過ぎなどの状況を考えると――1000人近くにのぼるかと……!」
「なんですって!?」
ミサキ・ユキ総監代行だけでなく、その背後の会議机に地図を開いて、CREW・GUYS地上部隊と公共機関の連携指揮を執っていた一般隊員たちも、その報告に思わずその手を止め、息を呑んでいた。
警察・消防との連絡を取っていた担当も、思わず言葉を失っていたため、ヘッドセットから呼びかける声が漏れている。
シノハラ・ミオの冷酷なまでに落ち着いた報告は続く。
「過去の怪獣災害のデータから考えますと、今の状況で閉じ込められた人間の半数が重軽傷を負っている可能性があります。また、このまま地下街直上で戦闘を行えば、超獣の重み、活動による震動から天井が完全に崩落し、相当数が生き埋めになることは避けられません。加えて、いくつかのセンサー情報から火災の発生を示唆すると思われる異常な温度上昇も検知されており、このままでは……時間もありません」
ディレクション・ルームが静まり返った。
ミサキ・ユキ総監代行も唇を噛み、表情を歪めてテーブルに置いた両拳を震わせている。
「――考えられる限り、最悪の状況ね。それでも」
きっと顔を上げたミサキ・ユキ総監代行は、高らかに告げた。
「それでも、わたしたちのすることは何一つ変わりません! シノハラ隊員、近辺の防衛軍専用飛行場に緊急退避を伝達! 戦域確保のため、超獣をそちらへ誘導します! イクノ隊員、アイハラ隊長に連絡! ブラックピジョンを飛行場へ! CREW・GUYS地上部隊には現場の避難誘導を続けさせて! それから――」
振り向いて、一般隊員へも告げる。
「地下街に閉じ込められた市民の情報を政府及び各自治体にも伝えて、近隣県の消防署からもレスキュー部隊の出動要請を! 防衛軍にも救出活動への協力を仰いで!」
そこかしこでG.I.Gの声が飛び交う。
「今、出来る最善を! 各自、全力を尽くしなさい!」
ディレクション・ルームは緊迫の中、ひっくり返ったような喧騒を再び取り戻した。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
東京P地区・オオクマ家。
シロウとシノブはまだニュース番組を見ていた。
ビル街を破壊する超獣――と、不意に画面が切り替わり、空の彼方から見覚えのある三機の飛翔体が迫ってきた。
「ガイズの飛行機が来たね」
ぼそりとシノブが呟く。
シロウもなんとなく頷いた。
「ああ。けど、あそこであのままドンパチする気か?」
「さぁ……どうだろうねぇ?」
そこで会話は途絶え、二人の意識は再び画面に取り込まれる。
その時、ちゃぶ台の上のコードレスホンが鳴った。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
都心・ビル街上空。
接近するガンウィンガー、ガンローダー、ガンブースター。
迫るブラックピジョン。左右の瞳の焦点が魚の目のように左右を向いたままなので、妙な不気味さがある。
そのくせ、鳴き声は鳩のような『ぽろっぽー』と聞こえる。
ガンウィンガーを駆るアイハラ・リュウが叫んだ。
『リョーコ! マサト! わかってんな!? まだ撃つなよ!』
すぐに元気のいいG.I.Gの声が返って来た。
『ミオさんが手配してくれてる飛行場の安全が確保されるまで、ですよね?』
『地上の避難状況はー?』
『その地区の東側から順次行っています』
ガンブースターに乗るヤマシロ・リョウコの問いに、イクノ・ゴンゾウが答える。
『威嚇・牽制攻撃の際は、そちらへの誘導をお願いします。防衛軍の飛行場へも近くなりますので』
ブラックピジョンの上空を通過して旋回する三機。
プラックピジョンは破壊の手を止め、三機の動きを追ってその場でくる〜りと回る。
それをガンローダーのコクピットから見下ろすセザキ・マサトが、苦笑いを浮かべる。
『こっち見んな――って言いたくなるような目つきだよね、あいつ。まあいいや。ええと……飛行場の準備完了次第、ガンローダーのメテオール・ブリンガーファンであいつを飛行場へ飛ばし、ガンフェニックストライカーにバインドアップ。メテオール発動、インビンシブルフェニックスで撃滅、という手はずですよね?』
『クモイ隊員の帰着が間に合えば、シルバーシャークも使えるかもしれません。準備はしています』
『ねえねえたいちょー。こいつ、ちょっと可愛くなーい?』
呑気な声はヤマシロ・リョウコ。
『なにぃ?』
『あたしらをじーっと目で追っかけてさー。これさー、このまま旋回運動してたらあいつ眼を回して倒れたりしないか――』
その時、不意にブラックピジョンが口を開いた。
突き刺すような筋状の炎がガンブースターを襲う。
『うわっひゃー!!』
慌てて機体を捻って躱した。
他の二機も旋回軌道を外れ、バラバラの軌道に分かれる。
『あ、あぶなー!』
『油断すんなリョーコ! お前の目にどう見えても、こいつは超獣なんだ! 怪獣を改造した兵器なんだぞ!』
『うっそ!? こいつ、サイボーグかなんかなの!? そういうことは先に言ってよ!!』
『……いや、一応CREW・GUYS隊員としては常識だと思うけど――っとあ!』
セザキ・マサトの突っ込み中に、再びブラックピジョンの炎が奔った。旋回軌道を横切る攻撃に、ガンローダーは慌てて翼を翻す。
『くそぅ、手出しできないのはキツイなぁ。……とりあえずゴンさん、こいつの能力っつーか、性能説明ヨロシク〜』
『わかりました。しかし、くれぐれも油断して落とされないようにだけ気をつけてください』
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
ブラックピジョンの足下近く。
黒マントの男がビルの陰に潜んでいた。
男は上空を旋回する三機のGUYSメカを見やりながら、苛立たしげに舌打ちを漏らす。
「ちっ……まだウルトラマンは出て来ないか。ならば……ブラックピジョン、そのうっとおしいハエを墜としてしまえ」
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
東京P地区・オオクマ家。
電話に出たシノブが、怪訝な顔をした。
「はい、もしもし? こちらオオクマ……え? どなた? 聞こえづらいわ? ――あら、マキヤさん? どうしたの? え? シロウ? いますよ? ハイハイ、ちょっと代わりますね?」
差し出された受話器に、テレビを見ていたシロウは眉をひそめる。
「なに? 俺に?」
「マキヤさんから電話。あんたにだって」
「マキヤって、メガネの? なんで俺に……はいはい?」
『シロウちゃん……助けて…………お願い……』
たちまち、シロウの表情が険しくなった。シノブの耳には聞こえなかっただろうが、シロウの耳には聞こえていた。苦しげなマキヤの声の後ろで呻いているか細い子供の声を。母を呼ぶ泣き声を。
「おい、どういうこった!? どこにいる!?」
シロウのただならぬ声に、テレビを見ていたシノブがびっくりして振り返った。
『東京の……地下街にいるの……トオヤマさんと、トオヤマさんの子供たちと……うちの子供たちで…………地下に閉じ込められて……』
「トウキョウの地下……? ――!! ひょっとして、怪獣が出たところか!?」
驚きの表情で画面とシロウを交互に見やるシノブ。
『そう……なの…………携帯のテレビで見たら……この上に怪獣が出たみたいで…………さっきから、あちこちで天井が落ちて来てて……それに、うちの子やトオヤマさんが……火傷してるし……出口も封鎖されてるみたいなの………………火事も起きてるのか……煙も……げほ、ごほ……』
「つーか、あんたも怪我してるんじゃないのか!? 声がいつもどおりじゃねえぞ!?」
『私は……うふふ、足を傷めただけ…………だいじょうぶだから…………お願い……シロウちゃん。私はいいから……子供たちを――』
不意に声が途絶えた。ツー、ツー、と通話が切れたことを示す電子音だけがシロウの耳に残る。
「シロウ!」
シノブの声とほぼ同時に、シロウは受話器をちゃぶ台に置いて立ち上がった。
「わかってる! かーちゃん、ちょっと行って来んぜ!!」
「ああ、気をつけて行くんだよ!!」
シノブの声を背に受けて、シロウは玄関を飛び出した。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
都心・ビル街。
ブラックピジョンが炎を吐く。GUYSメカが躱す。
その繰り返しが延々続いていた。
CREW・GUYSはブラックピジョンを倒せこそしないが、その場に釘付けにすることには成功していた。
おかげで周辺の避難は順調に進んでいた。
『――アイハラ隊長、その地区の東側一帯の避難誘導がほぼ完了しました! 西側から進路を取った場合に限り、発砲できます!』
イクノ・ゴンゾウの連絡を聞いたアイハラ・リュウは、待ってましたとばかりに頬を緩めた。
「聞いたな、二人とも! 一気に片をつけるぞ!」
『G.I.G!!』
『よっしゃー!! そんじゃあ、リョーコちんから――いっきまーす!』
イクノ・ゴンゾウの指示通り、西側から真っ直ぐ突っ込むガンブースター。
『ガァァァァァトリング・デトネイタァァァァァ!!』
ガンブースターの全砲門による一斉射撃。
しかし、それをブラックピジョンは垂直にひょいっと翔んで躱した。
的を失った弾頭は、とあるビルを直撃した。たちまち爆発と崩壊が起きる。
『――うそぉ!? あの距離であの一撃を、躱すかぁ!?』
『だったら、落ち際は狙い目だぜっ!!』
次いで突入してくるのはガンウィンガー。狙い済ましたビークバルカンの赤い光跡が、虚空を裂く。
そう。虚空を。
『……な……!! なんだと!?』
ブラックピジョンは落ちてこなかった。およそ飛翔の用に足るとは思えぬ短い翼を大きく激しく羽ばたかせ、空中に静止している。
『鳥のくせにホバリング!? ハチドリじゃあるまいし! ……こいつ、ハトじゃないのかよっ!?』
セザキ・マサトの突込みが冴え渡るが、誰も今は応えられない。
『けど――上等だ! 止まってるならそこにいてくれる方が、狙いやすいってぇ!!!!』
ホバリングしているのはガンローダーも同様だった。
『ゴンさん、飛行場の準備待てない! ごめん! 隊長、メテオールの許可を――』
その時、ブラックピジョンがガンローダーの方へ向き直った。
『セッチー!!』
『大丈夫、炎の射程距離外――』
その思い込みが油断となった。
ブラックピジョンのはばたきが一層激しくなる。巻き起こされる風が強くなる――ガンローダーが、姿勢制御を失うほどに。
『な――なんだ、この風……うわ、操縦桿がっ!!』
ブラックピジョンの羽ばたきで巻き起こる風は秒速60mに匹敵すると、さっきイクノ・ゴンゾウからレクチャーを受け、それに対応すべく覚悟を決めていたセザキ・マサトだったが、実際に叩きつけられた風圧はその比ではなかった。
左右にそそり立つビルの間を吹き抜け、さらに速度と威力を増してガンローダーに襲い掛かった風の威力は、秒速100mを超えていた。
ガンローダーはおろか、その背後に建っていた高層ビルがいくつも崩壊、倒壊、横倒しになる。ガラスというガラスが砕け、壁面の化粧タイルが禿げ、その下のコンクリートが崩壊し、看板・非常階段が消し飛ぶ。
ガンローダーは風に煽られて吹っ飛び、倒壊するビルに何度かぶつかり、破片の直撃をいくつも受け――ひっくり返った状態で路上に墜落した。
『セ、セッチィィィィィィ!!?』
「セザキ!!」
素早くイクノ・ゴンゾウの通信が割り込む。
『――生命反応あります! 応答はありませんが、大丈夫です!』
『くっそー!! よくもセッチーを! こうなったら……あたしが仇をっ!!』
方向を変え、叩きつけられる強風を、機体を捻って躱したガンブースター。ブラックピジョンの頭上上空方向へ翔け上がる。
『その攻撃の死角は……ここだあああああっっっ!!!』
ブラックピジョンの頭上直上からの垂直降下攻撃。
羽ばたきによる衝撃波はホバリングをしながらのため、上空へは角度を取れない。また、上空へはビルによる風速強化が発生しにくい。
上空を見上げ、吐き出されたブラックピジョンの炎をロールで絡むように躱しながら接近・接射――
「!! ――リョーコ! 逃げろ!!」
ここぞ、という瞬間の一瞬前。
アイハラ・リュウの指示も空しく。
ガンブースターは『蹴り飛ばされた』。
唐突に出現した、巨大異星人によって。
ギザギザの円盤を後頭部に三箇所あしらったメカメカしいヘルメットかマスクをかぶっているかのような、黄色と黒のウェットスーツを着ているかのような――そんな巨大なヒューマノイド。
その飛び蹴りによって吹っ飛ばされたガンローダーは、超高層ビルに叩きつけられ、そのままあちこちから放電を放ち、煙を吹きながらずり落ちるように落下した。
「リョーコ!!!! 返事をしろ、リョーコ!!」
『隊長!!』
シノハラ・ミオの叫びが通信機に入った。
『新たな敵はレジストコード・宇宙超人スチール星人です!』
「そんなことより、リョーコの状態は!?」
悲鳴も残さなかった部下に、一抹の不安を覚えるアイハラ・リュウ。
あのタイミングで、あの蹴りは酷すぎる。下手をすると、ヤマシロ・リョウコはコクピットで――
すぐさまイクノ・ゴンゾウが応えた。
『生命反応あり! 一応無事のようですが……彼女からも返答ありません! 意識を失っているようです!!』
「くそったれ!! こいつ……!!」
アイハラ・リュウは機体を翻し、間合いを取った。
まだ空中静止を続けているブラックピジョン。その下で悠然とたたずむスチール星人。
やはりあの超獣はスチール星人の下僕だったのか、両者は争うことなく、残ったガンウィンガーに狙いを定めている。
「くそ、このままじゃあ攻撃のオプションがねえ! ミサキさん、なんか手はねえのか!?」
『退いて、アイハラ隊長』
ミサキ総監代行の指示に、アイハラ・リュウは頬を引き攣らせ、唇を噛んだ。
『ミッションの要であるガンローダーがあの状態です。悔しいのはわかるけれど、超獣と星人をその場から一息に遠ざける策がありません。かといって、避難誘導が終わりきっていない今、有効な攻撃のオプションも望めない。とりあえず、ゆっくりと東側に誘導して地下街から遠ざけるの。地下街の安全さえ確保できれば、あとは街中ではあるけれど……シルバーシャークを起動、撃滅する作戦に切り替えます』
「………………。G.I.G」
ただ一人戦場に立っていることの重みを知るアイハラ・リュウは、胸に渦巻くあらゆる文句と罵声と雄叫びを飲み込んで頷き、操縦桿を握り直した。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
眼前に残るは、鋭角なシルエットが特徴的な飛行体が一機のみ。
(レイガは地球人を侮るなと言っていたが……大したことはなかったな)
スチール星人は、辺りを見回した。
(さて……この期に及んでも、ウルトラマンジャックはまだ現れないか。地球人の抵抗をすべて排除せねば出て来れぬ、というのなら――)
再び正面の飛行体を視界に捉える。
(やってしまえ、ブラックピジョン!)
ぽろっぽー、と鳴いて超獣は飛行体に飛び掛った。
さっと退く飛行体。
ビルの間を旋回して、再び襲い掛かるブラックピジョン。
再び翼を翻して躱す飛行体。
(………………?)
スチール星人は首をひねった。
戦場から去る動きではない。かといって、反撃をしようというのでもない。こちらの出方をうかがうように、最小限の動きだけで躱している。
何か企んでいるのか。
ならば。
(ブラックピジョン、奴の逃げる方向へビルを倒し、逃げ場をなくしてしまえ!)
指示通りに、ブラックピジョンは飛行体への体当たりと見せかけて、ビルへと突っ込んだ。
先ほどの暴風で壁面を削り取られ、耐久力の弱っていたそのビルは、巨大生物の体当たりに耐え切れず、中ほどでへし折れた。そして、後退するように体当たりを躱していた飛行体の上へと落ちかかる。
(ふふ……さあ、これで地球の防衛戦力は――)
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
ガンウィンガーのコクピットが翳った。
頭上を見上げたアイハラ・リュウの顔が引き攣った。
「……な……ふざけんな、こんなもんが落ちたら――」
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
GUYS日本支部臨時ディレクションルーム。
「――閉鎖された地下街の9割が崩壊、閉じ込められた人間はほぼ――」
悲鳴じみた声で叫ぶシノハラ・ミオは、思わず席を立ち上がっていた。
イクノ・ゴンゾウ、一般隊員、そして……ミサキ・ユキ総監代行までが、そのあまりに絶望的な光景に、目を背けることも忘れて声を失っていた。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
絶望の現場にほど近い、人気のない路上にジープが急停止した。
そこからでも、ぼっきりへし折れた高層ビルが落ちてゆく光景は見えた。
ジープを運転していた男・郷秀樹は、険しい表情のまま右手を差し上げ――
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
唐突に、絶望の現場を覆い尽くす閃光。
太陽が出現したかのようなその輝きに、スチール星人は思わず眩しげに手で視界を遮った。
(……来たか、ウルトラマンジャック!!)
「ジュワッ!!」
その場にいる者、その場を見ている者全ての期待を背負い、それは出現した。