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ウルトラマンメビウス外伝 RAYGA

 第6話 侵略のオトメゴコロ その7

 クモイ・タイチに殴られたユミは、草っ原に倒れ込んだ。
「あ……う……?」
 生まれて初めて男の人に殴られた恐怖と混乱で、身を起こしながらクモイ・タイチがいるはずの方向から少しでも離れようと這いずる。
 しかし、その先に足があった。
 ゆっくり見上げるその先で笑っているのは――GUYSの制服に身を包んだ女性隊員。確か、ヤマシロ隊員。
「かわいそうにねぇ」
 そのセリフとは裏腹な笑みが、その頬に浮かんでいる。
「気づきさえしなければ、現実に戻れたかもしれないのにさ。……あたしは君ら人間を殺すつもりはないんだよ? だってそうでしょ? あたしにとっちゃ、君ら人間は乳牛と同じ。糧を得るためには生きていてもらわないと。乳牛を乳が出なくなっちゃうほど痛めつけたり、食べちゃったりしたら意味ないじゃん?」
「…………じゃあ、どうしてこんなこと……」
 目の前で、得意げな笑みはそのままに、ヤマシロ隊員の姿はヤマグチ・カズヤに変わった。
「従順じゃない乳牛は人間も処分するじゃないか。別に君一人死ぬまで搾り取っても、代わりは山ほどいるわけだしさ」
 カズヤはつま先でユミの顎を引っ掛けると、そのまま器用にくるりとユミをひっくり返した。
「そもそもボクたちの存在を現実として認識した人間には、死んでもらわなきゃね。ボクらは大昔からそうして人間たちに迫害されてきた。ボクらを生み出したのは人間のくせにね? もっとも、だからこそボクらはその都度人間の方法論を取り入れて、生き抜いてきたんだけれども」
「人間が……あなたたちを……?」
「そう、その目」
 混乱醒め切らず、青ざめたユミを指差すのは、派手なワンピースにジーンズを穿いたトオヤマ。 
「何かを恐れる気持ち。それに人間が形を与えた時、私達は生まれた。神だの悪魔だの竜だの吸血鬼だの怪物だの魔物だの、そういう存在『夢民』は全てそう。けれど、そういう生まれだから、あなたたちが得意な科学の力では、決してその存在を捉えることは出来ない。幻を計測する科学技術や道具はないでしょ? 私達は幻ではない幻。存在する幻。……そしてあなたは、その魔物に囚われてしまった哀れな獲物」
 トオヤマの背後で、再び風景が一変した。
 赤い空、赤い大地、そして燃えている岩。まるで、話に聞く地獄のような光景。
 辺りを見回していたトオヤマは、ウェーブのかかった茶髪に指を通しながら、ふふんと笑った。
「――これはあなたの地獄のイメージかしらね? じゃ、ちょうどいいわ」
 言うなり、その姿はシノブに戻った。
「同じ人間の姿なら、まだ甘えられるだろうよ。けれど、これはどうかねぇ?」
 言葉とともに変化が始まる。
 巨大化しながら、その服が金属装甲へと変わってゆく。その姿が人からかけ離れてゆく。
 二足歩行で二腕を持つ無骨そのもののヒューマノイド形態。頭部の三連ビームガトリングガン、両肩の一対の砲塔。腕は大剣。

 無双鉄神インペライザー。

『へえ、これがあんたの恐怖の形かね』
 かつて、地球を恐怖のどん底に突き落とした恐るべき侵略ロボット。
 声もなく恐怖に縛られたユミを目掛け、遙か上空からインペライザーの三連ビームガトリングガンが――

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

(夢で死んだらどうなるんだろう)
 目の前で起きていることを遠い世界のことのように感じながら、ユミは思っていた。
(やっぱり死ぬのかな……わたしを生かして返さないって言ってたし……)
(死にたくないよ)
(でも、もうどうしたらいいかわかんない)
(考えている時間もなさそうだもんね)
(どうせ何か考えても、向こうがもう一つ先を行っちゃうんだよ)
(……諦めるの?)
(諦めたくなんかない。でも……もう疲れちゃった……)
(夢の中だけど、エミちゃんとあんなケンカしちゃったしね)
(クモイさんに殴られたのも)
(もうケンカはいやだよ)
(殴られると心が痛いよ。苦しいよ)
(……もうあんなのは嫌だよ……)
(もう一度…………エミちゃんに会いたかったな)
(シロウさんにも――)

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 三連ビームガトリングガンが、三条の光線を絡み合わせたビームを放つ。
 その眩しさに、ユミは思わず両手を差し上げて光を遮ろうとした。

 その両手が蒼い光を放っていた。

 驚く間もなく、降り注ぐビームはその蒼い光に弾かれ、周囲に飛び散り続ける。
 しばらくして、インペライザーは機械のくせに驚いたように二、三歩後退った。
 ユミが慌てて身を起こし、立ち上がった。
 辺りを見回すと自分を中心に2mほどの円状に、地面が盛り上がっている。
 否、その外側が今のビーム攻撃でえぐれたのだ。
 何が起きたのかと手を再び見やる。そして、認識した。
「……これ……シロウさんの!」
 覚えている。津川浦でレイガが偽のロボットウルトラセブンを倒したあの技の時に、その右手に宿っていた光だ。
「でも、どうして!?」
『ナンダ、ソレハ!??!』
 低音の電子音じみた声が遙か頭上から響く。
 はっとした。
 あの時――靄の彼方で、シロウさんはわたしの右手を握っていた。エミちゃんは反対側で左手を。
 ユミは拳を握り締めると、唇をきゅっと引き締めて立ち上がった。
(これは……シロウさんからの応援だ! ううん、シロウさんだけじゃない! エミちゃんの気持ちもこもってる!)
 胸に抱きしめたその光から、温かな心が流れ込んでくる。
 そして思い出した。合宿の時のことを。
 エミちゃんの手に重ねた自分の手を。シロウさんを想う、強い気持ちを。
 ぽろり、と涙の雫が頬を伝う。
(……やっぱり、エミちゃんは…………わたしが信じるエミちゃんだ。わかるよ、エミちゃんの気持ち。頑張れって、言ってくれてる。帰ってくるって、信じてくれてる!!)
『ナンダ、ソレハ!??! ナンナノダ!?』
 インペライザーは困惑している。
 背景が荒涼たる地獄の風景から、嵐吹きすさぶ海上に変わる。
 しかし、ユミは海の中に落ちなかった。大昔、神の子と呼ばれた存在のごとくに、荒れ狂う波間に微塵たりとも揺るがずに立っている。胸に拳を抱いて。
(そうだよ。シロウさんもエミちゃんも、最後まで戦った。シロウさんは弱気になりながらも戦い抜いて、クモイさんに認められた。エミちゃんは負けて泣くほど水泳大会を頑張った。そして……わたしはシロウさんに誓ったじゃない! エミちゃんにやるなって言わせるって。わたしは……わたしは……!!)
 ユミは右手を真っ直ぐ頭上に掲げた。
「ここで諦めちゃったら、いつまでたってもわたしはエミちゃんと並べない!!」
 光があふれる。ユミの姿が光に消える。そして――

「ジュワッ!!」
 
 蒼と黒の巨人が出現した。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

『ウ、ウルトラマンだと!?』
 インペライザーが明らかに動揺した。
 背景が変わる。荒れ狂う海上から、灼熱の砂漠へと。
 インペライザーの姿も、ツルク星人の姿に変わる。
「そんなバカな。そのウルトラマンは登場できぬようにしておいたはずだ! なぜ!?」
 ウルトラマンレイガ(ユミ)はいまだ光り続けている右手を拳に握り締めた。
「人が人を思いやりあう気持ちがある限り、ウルトラマンは絶対に助けに来るの!」
 声はユミのもの。
「その声……貴様がなぜ!?」
「理由なんか知らない。でも、レイガはわたしのウルトラマンだもの! あなたなんかがどうにかできるわけがないんだから!」
 ウルトラマンレイガ(ユミ)は右手刀を立て、左拳を胸の前に握るファイティングポーズを取った。
 ツルク星人も剣の両腕を開き、構える。
「……だが、お前の記憶ではそのウルトラマンはこの宇宙人に負けている。この姿でいる限り――」
「とりゃー!!」
 いささか緊迫感に欠けた気合の叫びとともに、ウルトラマンレイガ(ユミ)は殴りかかった。
 基本のなってない、まるっきりのテレフォンパンチ。姿こそウルトラマンレイガでも、中身はユミなのだ――が。
「!?」
 時間と空間を消し飛ばしたように、ツルク星人は上空高くに吹っ飛ばされていた。
 真っ直ぐの右ストレートパンチだったにもかかわらず、ウルトラマンレイガ(ユミ)の上空へ。顎を跳ね上げ、のけぞるように。
 落ちてきたのは、なぜか巨大なボクシングリングの上。
「ぐはあーーーーーっっっ!!」

グシャアアッッ!!

 受身を取ることも出来ず頭から落ちたツルク星人は、その瞬間大量の血を撒き散らした。
 すぐに起き上がったツルク星人の顔はしかし、飛び散った血の量に比して、ほとんど傷ついてはいない。額からあふれた血が、仮面に沿って顎に伝い、滴り落ちているだけ。
「……な、なんだこれはっ!! まるで――」
「まるでマンガみたい? そうよ、殴り方とか蹴り方とか、わたし格闘技なんて全然知らないもん! だからマンガとか、アニメとかそんなもので見たことあるシーンの再現でやってみたのよ! でも、それで十分!」
「なにがだっ!? なんでだっ!?」
「これが愛の力だからっ!! 戦い方なんてどうだって、エミちゃんとシロウさんの応援があれば、わたしは絶対に負けない!!」
 自らの力を天に向かって誇示するように、頭上へ両腕を広げ、力を込める。
 ツルク星人は唖然とした。
「愛だと? ……バカが」
「やあーっ!!」

ドゴォォォォォンッッ!!

 また時間と空間が消し飛んだ。
 基本も何もない、アッパーカットで拳を振り上げたままポーズを決めているウルトラマンレイガ(ユミ)。その背後でまたしてものけぞり吹っ飛ぶツルク星人。
「うぎゃあああーーーーーっっっ!!」

グワシャアアッッ!!

 再び受身を取ることも出来ず頭から落ちたツルク星人は、またも大量の血を撒き散らした。
 すぐに起き上がったツルク星人の顔は、やはり飛び散った血の量に比して、ほとんど傷ついてはいない。額からあふれた血も、先ほどと同じまま。増えたようには見えない。
「う、うう……こ、この俺様がまるで雑魚のような悲鳴を……!」
「ええーい!」

ドォォォォォンッッ!!

 消し飛ぶ時間と空間。
 今度は攻撃の型ですらない。格闘技で言えば、腕で相手の攻撃を払ったかのようなポーズを決めているだけで、ツルク星人は仰け反り――以下略。
「ぎゃぴりぃぃぃぃんん!!」

ズシャアアッッ!!

 またも受身を取ることも出来(以下略)
 起き上がったツルク星人の顔は、(以下略)
「こ、こいつ……何も知らんのをいいことに、夢の世界を……捏造しやがって!!」
「愛の力は、世界を変える!! 地球だって救っちゃうんだから!」
 まるで親友がそうするかのように、拳を突き出して高々と宣言するウルトラマンレイガ(ユミ)。
 拳が蒼い光をひときわまぶしく放つ。
「だ、ダメだ……わけがわからん」
「よかったじゃない!」
 叫びながら、ユミは両手を左へ水平に差し伸ばした。そのまま、ゆっくりと右へと回してゆく。光の残滓がその軌道を彩る。
「あなた、不条理な夢が大好物なんでしょ? たまには自分が不条理だって思う夢を味わってみれば?」
「じょ、冗談じゃ――」
「レイジウム光線!!」
 立てたまま降り下ろした右腕の中ほどに、左拳を押し当てる。
 逃げようとしたツルク星人に、蒼い光線が命中した。
「ぐああああっ――だが、この光線は威力が拡散してダメージはないと、貴様の記憶が――」
「シロウさんの力はこんなもんじゃないもんっ!!」
 ぐっと力を込める。レイジウム光線の輝きが増した。
「ぐおあっ!! ……な……貴様、まさか……!!」
 やがて光線が終わり、苦しむツルク星人の身体を蒼い放電が走り始めた。
「き、貴様……また捏造しやがったな……! こいつの強さまで……だ・か・ら……恋する乙女はキライなんだぁ〜っ!! 妄想が過ぎ――」
 セリフを最後まで言い切ることなく、ツルク星人は爆発飛散した。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 風景はいつの間にか、ビルの建ち並ぶ街中に変わっていた。
 しかし。
(あれ?)
 ウルトラマンレイガ(ユミ)は自分の手を見下ろした。変身が解けない。
 敵を倒したのに、夢から醒める気配もない。
(どうして?)
「本体はやられてないからな」
「え? ――きゃあっ!!」
 いきなり背後からの衝撃を受け、ウルトラマンレイガ(ユミ)はうつ伏せに倒れた。
 すぐに起き上がって辺りを見回せば、GUYSの隊員服に身を固めたクモイ・タイチが立っていた。ウルトラマンレイガと同じ縮尺・身長で。
「え? ええっ? ――っと、そうか、夢だから」
 クモイ・タイチは合宿中によく見せていた、構えない構えでじっとビルの谷間に佇んでいる。
 その冷たく澱んだ眼差しに、ユミは心に走る怯えを止められない。
「その通りだ。そして、本体がやられない限り、お前がいくら相手を倒しても、それはお前の記憶の中から再構成された幻を倒しているに過ぎん。俺にダメージはないし、代わりはいくらでも作られる。こんなふうにな」
 そう言った次の瞬間、クモイ・タイチが無数に増えた。まるで忍者の分身の術のように。
 思わずたじろぐウルトラマンレイガ(ユミ)。
「しかし、お前は一人。この夢の世界を操る俺と違い、意識の分割が出来ないお前は分身も出来ないし、戦いを続ければ続けるほど、疲れてゆく。身体はともかく、その心がな。……くく、終わりのない戦いをしたことはあるか? 古来より幾多の人間がその果てを夢想したが、実際にそれを続けられた者はいないそうだ。さて、ろくにケンカをしたこともない、恋する乙女の妄想パワーはいつまで続くかな?」
「――恋する乙女の力がどれくらいかですって!?」
「!?」
 ウルトラマンレイガ(ユミ)の声ではなかった。クモイ・タイチ同様、ウルトラマンレイガ(ユミ)自身も、声の出所を探して顔をあっちこっちに向けている。
「そんなの昔から決まってるでしょ! 無限大よ!!
 1ブロック離れた場所で、光の柱が立ち上った。
 その中から現われたのは――赤と銀色の体色、左下腕に装着した炎の形状をしたブレスレット。
「「ウ……ウルトラマンメビウス!?」」
 クモイ・タイチとウルトラマンレイガ(ユミ)の声が完全に重なった。
「それにその声……エミちゃん!?」
「そうよ!」
 駆け寄ってきたウルトラマンメビウス(エミ)は、ウルトラマンレイガ(ユミ)とともにファイティングポーズを取った。
「でも、どうして?」
「あたしはあんたに生み出されたのよ。ユミ」
「……わたしが?」
「ええ。あんたが信じたチカヨシ・エミ。それがあたし。残念ながら、現実のあたしではないんだけどさ……ユミのピンチを放ってなんかおけない、それがあんたの信じるあたしでしょ!?」
「で、でも、どうしてウルトラマンメビウスの姿で?」
「さあ? あんたがウルトラマンレイガだからじゃない? だってあんた、昔、東京決戦で戦ってるところを見たメビウスが。ほら」
「ああ……」
 思い出して、ウルトラマンレイガ(ユミ)は深く頷いた。
 確かにそれは、自分の胸に秘めていた想い。本物のエミちゃんにすら話したことのない、儚い片思い。
「きっとそうだね、エミちゃん。だって……シロウさんには内緒だけど、あの頃ウルトラマンメビウスのお嫁さんになりたかったんだもん、わたし」
「さもありなん、ってやつね。ふふふ」
「ふん、タネが割れれば何のことはないな」
 無数のクモイ・タイチが一斉に足を踏み鳴らした。
「きゃっ……!」
「!?」
 震脚により発生した揺れが、ビル街とともに二人のウルトラマンを揺るがす。
「俺の支配を受け付けない幻を作り出したのは驚いた。だが、たかだか二体。俺の敵ではない」
「二体? どこを見ている」
 ウルトラマンメビウス(エミ)の足元に落ちかかる影から、立ち上がる人影。
 それは、二人の前に居並ぶクモイ・タイチと全く同じ顔をしていた。
「クモイさん!?」
「師匠まで作ったの!? ユミ、凄い!」
 眼前に居並ぶ連中とは違い、合宿の時に着ていたトロピカルな柄のアロハシャツのクモイ・タイチは二人の前に進み出た。怒りを秘めた眼差しで向かいの自分を睨みつけながら、胸ポケットからサングラスを取り出してかける。
「ま、数のことはどうでもいいが、俺の顔で下らないことを言うな。粗悪品が」
「粗悪品? ……ともにこの女の記憶から生み出された俺と貴様に、違いなどあるか」
「あるだろうが」
 サングラスが日の光を弾く。
「戦いでものを言うのが数だと? 違うな。このクモイ・タイチ、口が裂けてもそんなことは認めん。戦いでものを言うのは……」
 握り締めた右拳を突き出した。
「こいつに込めた魂だ!」
 その瞬間、ビルの谷間を熱い風が吹き抜けた。
 風を受けて怯んだクモイ・タイチ(GUYS)が、憎々しげに吐き捨てる。
「く……こいつ……。そうか。こいつに対する本来の恐怖を、味方とすることによって安心と信頼に変えやがったのか」
「では、行くぞ」
「たかが三に――」
 ずいっと踏み出したクモイ・タイチ(アロハ)に対し、津波のごとくに襲い掛かろうとした無数のクモイ・タイチ(GUYS)。
 その刹那、クモイ・タイチ(アロハ)の背後から両脇を抜けて、光波熱線が奔った。
 ウルトラマンメビウス(エミ)のメビュームシュートと、ウルトラマンレイガ(ユミ)のレイジウム光線。
 カウンターの形で命中した二つの光線は、次から次へとクモイ・タイチ(GUYS)を消滅させてゆく。
 二条の光線の間を悠々と歩いて迫るクモイ・タイチ(アロハ)にも、光線をかいくぐって幾人ものクモイ・タイチ(GUYS)が襲い掛かる。
「――ふんっ!!」
 気合とともに突き出した拳。
 次の瞬間、正面から迫っていた数人が触れられもせずに吹っ飛んだ。
 かろうじてその攻撃を受けなかった者も、次の回し蹴りで吹っ飛ぶ。
 そして、残らず空に星を残して消えた。
「な……なんだそれはっ!? 貴様、本当に俺か!?」
 狼狽するクモイ・タイチ(GUYS)に対し、クモイ・タイチ(アロハ)はにんまり頬を歪めた。
「おいおい。俺はアキヤマに作られた幻だからな。まともな武術を使えるわけなかろうが」
「はあっ!!??」
「アキヤマが俺に望んだのはただ一つ。誰よりも何よりも強くあること。武術の知識がなく、オオクマがしたたかに叩きのめされるシーンの記憶しか持たぬからこそ、俺は生み出された。人間、自分の体では、それが実体でないとわかっていても、どうしても無意識に限界を作ってしまうからな。だが、アキヤマのイメージでしかない俺に限界はない――と、少なくともアキヤマは思っている」
「要するに、また強さを捏造したのか」
「捏造、か」
 瞬時に間合いを詰めたクモイ・タイチ(アロハ)は、無動作で右拳をクモイ・タイチ(GUYS)の腹部にめり込ませた。
 灰のようになって文字通り崩れ落ちるクモイ・タイチ(GUYS)。
 クモイ・タイチ(GUYS)たちの間に動揺が走る。
「――この魂の拳が捏造かどうか、とくと味わうがいい。さあ、かかって来い。片っ端から魂を叩き込んでやる」

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

(これじゃ、ダメだよ)
 レイジウム光線でクモイ・タイチ(GUYS)の群れを次々と消滅させながら、ユミは考えていた。
(この中に本体はいないはずだよね。どうにかして、本体を探さないと……)
(でも、どうしたらいいんだろ)
(もし、現実世界からここを操っていたら……お手上げだよ?)
(ううん、でもそれはないんじゃないかな。それだったら、シロウさんたちがなんとかしてくれるはず)
(そうだよ! やれないことの心配なんか、してる場合じゃない! ここで戦えるのは私だけなんだから!)
(だとして、相手はどこに隠れてるのかな? この舞台の裏とかだったら、どうしたらいいんだろ?)
(……考えるのよ……。見つけるためにはどうしたらいいのか……)
 風景が変わった。
 人間の身長を基準に考えれば広大な洞窟。ウルトラマンの身長を基準に考えれば、それほど高くも広くもない洞窟。
 ただし、重力が逆向きに働いていた。しかも、自分の意識は天井からぶら下がって戦っている、と感じているというややこしい状況。
(ひゃあ、なにこれ……って、これは夢なんだから、何でもありなんだよ!)
 一瞬慌てたユミだったが、すぐに自らに言い聞かせ、心を鎮めた。
 戦闘可能空間が狭まったことで、クモイ・タイチ(アロハ)が前、ウルトラマンメビウス(エミ)が背後を守る形になった。
(ラッキーかも)
 ユミはウルトラマンメビウス(エミ)をレイジウム光線で援護しつつ、再び考え始める。
(……相手は不条理な夢を見せるのが得意って言ってた。でも、自分が見せられるのは苦手みたいだった。だから……相手にとって不条理な光景や状況を作り出せれば、何らかの反応があるんじゃないかな? だとしたら……なんだろう? 相手が嫌がる状況……)
(考えて……………………どこから夢に来たのかわからないけれど、今までの中に必ずヒントがあるはずだよ)
(エミちゃんちでのお勉強……それからヤマグチさんちに行って……多分、喫茶店からは夢のはず。喫茶店でシロウさんの争奪戦があって……スペシャルパフェを食べ切り損ねて……公園へ行って……宇宙人に襲われて……ウルトラマンまでシロウさんを狙ってて……ヤマグチさんが告白してきて……断って……)
(……………………なんだか、ほんと嫌な目に遭ってるなぁ、わたし。……ああ、そういえば言ってたよね……)

『わたしたち『夢民』の生きる糧は、あなたたちの夢。精神エネルギー。感情が発する力。人によっては気とも言うわね。中でも、私は『不条理な夢』でなければ、力を得られないの』

(つまり、わたしが嫌な思いをすれば、それだけ相手は力を増――)
(あれ?)
 何かが引っかかった。
(なんだろう。……どこだろう……)
(相手の好み……力を得るのは……不条理な夢を見た時の感情が放つ、精神エネルギー……? 精神エネルギー!?)
 頭の隅で火花が弾けた。何かと何かが繋がった閃きの光。
(最近どこかで聞いた! なんだっけ、なんだっけ、なんだっけ…………………………)
 頭の中でもう一度今日あったことを巻き戻してゆく――それが喫茶店で停止した。
 エミちゃんと、わたしと、シノハラ隊員が話しているシーン。

(マイナスエネルギー!!)

(人間の負の感情に伴って発散する精神エネルギー、それがマイナスエネルギーだったよね!? この相手はわたしを嫌な目に遭わせて、苦しむ時に発散する感情の精神エネルギーを力としてる! つまり、この相手はマイナスエネルギーを力にしてるんだ! )
(逆に考えれば、人間の正の感情に伴って発散するエネルギー、仮にプラスエネルギーというとして、それをここで発生させれば、相手は嫌がるかもしれない!?)
(でもなに? 人間の正の感情って。楽しいとか、嬉しいとか、そういう感情? でも……それをどうやって発散させればいいの?)
 後から後から押し寄せる無数のクモイ・タイチ(GUYS)を蹴散らし続けるクモイ・タイチ(アロハ)とウルトラマンメビウス(エミ)。
 殴られたり蹴られたり、吹っ飛ばされたりする時の生々しい響きと苦鳴が洞窟に反響して、ユミにはあまり良い気分ではない。ここで心地よい感情を発散させるのは難しそうに思えた。
(最初は守る方向が決められるから助かるって思ったけど……これが目的だったのかな。だったら、わたしの嫌がることをよくわかってるよね……いやらしいぐらい……)
(……あ、そっか)
 不意にウルトラマンレイガ(ユミ)はレイジウム光線を撃つのをやめた。
(相手はわたしの記憶や感情を利用してるんだから、そんなの当たり前だよね)
(だったら……別に戦おうと思う必要はないんだ。そう思えば思うほど、かえって向こうの思う壺になっちゃう)
(だから……わたしは――)
 ユミはさらに変身を解いた。ただし、身長はそのまま。
『……なんだ。もう降参か?』
 どこからともなく響く、クモイ・タイチの声。誰が出しているのかはわからない。
 チラッと背後を覗ったウルトラマンメビウス(エミ)とクモイ・タイチ(アロハ)に対し、ユミは力強く頷いて胸の前で両手を組んだ。
 目を閉じ、大きく息を吸い込んで――

「シロウさん、大好き!!」

 心の底から。腹の底から。
 閉じたまぶたの裏に、その人の顔かたちを思い描いて。その人との約束を、絆を思い出しながら。
 人間の声量とは思えない声は洞窟に反響してゆく。
 その途端、クモイ・タイチ(GUYS)の動きが止まった。
 まるで蛇頭の怪物に睨まれたように、石化してゆく。

「エミちゃん、大好き!!」

 たかだか1年とちょっとの付き合いかもしれない。それでも、そう言い切れる。それだけの絆を積み重ねてきたと信じられる。

 洞窟が揺れた。
 ぱらぱらと細かい石片が、足元から頭上へ落ちてゆく。
 ウルトラマンメビウスが、エミの姿に戻った。振り返ったエミは、嬉しそうに微笑んでいる。

「みんな、大好き!!」

 そうだ。自分は幸せな女の子なのだ。かけがえのない友人を持ち、大好きな人と出会い、親や先生、級友、部活、近所の人たち、年下年上関係なく、尊敬できる人たちに囲まれている。
 苦しいことや嫌なこと、悲しいこともなかったわけじゃないけれど、おおむねわたしは幸せに生きていると断言できる。
 だから、帰りたい。あそこへ。わたしがいるべき場所へ。これからも絆を積み重ねるために。大好きなみんなとともに生きてゆくために。

 洞窟の中を、大きな亀裂が走ってゆく。
 足元から、巨大な岩の塊が剥がれて、頭上へ落ちてゆく。
 クモイ・タイチとエミはユミのところまで戻ってきて、前後を守る。
 三人を包むように出現した光の半球は、誰の力によるものか。

「だから、わたしは絶対、諦めない!!」

 世界が――壊れた。


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